(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6805762
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
C23C 22/00 20060101AFI20201214BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20201214BHJP
C09D 1/00 20060101ALN20201214BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20201214BHJP
C22C 38/06 20060101ALN20201214BHJP
【FI】
C23C22/00 B
H01F1/147 183
!C09D1/00
!C22C38/00 303U
!C22C38/06
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-232610(P2016-232610)
(22)【出願日】2016年11月30日
(65)【公開番号】特開2018-90836(P2018-90836A)
(43)【公開日】2018年6月14日
【審査請求日】2019年7月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
(72)【発明者】
【氏名】名取 義顕
(72)【発明者】
【氏名】松本 卓也
(72)【発明者】
【氏名】屋鋪 裕義
【審査官】
▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/061722(WO,A1)
【文献】
特開2016−196701(JP,A)
【文献】
特開平11−080971(JP,A)
【文献】
特開平11−152579(JP,A)
【文献】
特開2002−069657(JP,A)
【文献】
特開2006−336106(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/146821(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00
H01F 1/147
C09D 1/00
C22C 38/00
C22C 38/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に、
リン酸金属塩と、
平均粒径が2μm以下の無機化合物微粒子と、
水酸基を保持し、分子量が50〜2000である低分子有機化合物と、
を含有し、
前記無機化合物微粒子の含有量が、前記リン酸金属塩100質量部に対し、0.5〜20質量部であり、
前記低分子有機化合物の含有量が、前記リン酸金属塩100質量部に対し、0.05〜10質量部であり、かつ、
クロムを含有しない無機絶縁被膜を有する、無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記リン酸金属塩は、Al、Ba、Co、Fe、Mg、Mn、Ni、及び、Znからなる群より選択される1種又は2種以上の金属元素とリン酸との塩である、請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記無機化合物微粒子の平均粒径は、0.05μm〜2.0μmである、請求項1又は2に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記無機化合物は、酸化物、水酸化物、炭酸塩、及び、硫酸塩の少なくとも何れかである、請求項1〜3の何れか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記無機化合物は、アルミナ、ギブサイト、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、炭酸マグネシウム、酸化チタン、タルク、カオリン、シリカ、ベントナイト、及び、硫酸バリウムの少なくとも何れかである、請求項1〜4の何れか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項6】
前記低分子有機化合物は、水酸基を分子内に2基以上有する、直鎖状又は複素環状の有機化合物である、請求項1〜5の何れか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項7】
前記低分子有機化合物は、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール、1,6−ヘキサンジオール、グリセリン、ポリオキシアルキレングリコール、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、及び、ポリオキシアルキレンエステルの少なくとも何れかである、請求項1〜6の何れか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
電気機器の高効率化・小型化は、地球温暖化防止のため、また、世界的な省エネルギーの観点から、近年ますます強く要望されている。電気機器を高効率化・小型化するには、様々な方策が必要であるが、モータ鉄芯あるいは小型トランス鉄芯として使用される電磁鋼板においても、磁気特性の向上や加工性の向上などが求められている。
【0003】
一般に、これら電磁鋼板の表面には、絶縁被膜が形成されている。かかる絶縁被膜には、絶縁性の他に、耐蝕性、溶接性、密着性、耐熱性などの被膜特性が必要とされている。電気機器の高効率化や小型化を図るためには、モータの発熱(ジュール熱)を抑制することが重要であり、そのための対策として、鉄芯や巻き線の効率を高めたり、放熱板などを設置して抜熱性を高めたりするような対策が行われてきた。
【0004】
電磁鋼板そのものを高性能化・効率化したとしても、モータやトランスを製作する際に所定の形状に電磁鋼板を加工することで、電磁鋼板には加工歪が導入される。導入された加工歪は磁気特性を劣化させることから、加工後に、需要家にていわゆる歪取り焼鈍を行うことにより、より一層の電子機器の効率化が可能である。
【0005】
一方、電磁鋼板の表面に塗布されている絶縁被膜は、以下の3種に大別される。
(1)耐熱性が重視された、750℃の歪取り焼鈍可能な無機被膜
(2)打抜き性と溶接性の両立を目指した、歪取り焼鈍可能な有機無機混合被膜
(3)打抜き性が重視された、歪取り焼鈍不可の有機被膜
【0006】
上記3種類の絶縁被膜の中で、汎用されているものは、歪取り焼鈍が可能な、上記(1)及び上記(2)の無機成分を含む絶縁被膜である。特に、上記(2)の有機無機混合被膜は、無機被膜と比較して打抜き性が格段に優れるため、主流となっている。
【0007】
上記(2)に示したような、電磁鋼板の有機無機混合絶縁被膜に関する技術としては、例えば、以下の特許文献1及び特許文献2に開示されているような技術がある。以下の特許文献1では、重クロム酸塩と、酢酸ビニル、ブタジエン−スチレン共重合物、アクリル樹脂等の有機樹脂エマルジョンと、を主成分とする処理液を用いて絶縁被膜を形成する方法が開示されている。また、以下の特許文献2では、クロム酸水溶液とエマルジョンタイプの樹脂と有機還元剤とを混合したものであり、かかるクロム酸水溶液が、易溶性アルミニウム化合物、2価金属の酸化物等及びH
3BO
3を含み、更に、クロム酸水溶液中のMe
2+/Al
3+のモル比が0〜7.0であり、((Al
3+)+(Me
2+))/CrO
3のモル比が0.2〜0.5であり、かつ、H
3BO
3/CrO
3のモル比が0.1〜1.5の範囲にある処理液を用いて、絶縁被膜を形成する方法が開示されている。
【0008】
一方、近年では、環境問題に対する意識の高まりから、6価クロムを含有するクロム酸水溶液を用いない絶縁被膜の開発が進められている。そのような技術として、例えば以下の特許文献3には、特定組成のリン酸塩と、ホウ酸及び/又はコロイダルシリカと、特定粒径の有機樹脂エマルジョンと、を特定割合配合し、鋼板に焼き付けることにより、クロム化合物を含まない処理液で従来のクロム化合物を含有する絶縁被膜と同等の被膜特性を有し、かつ、優れた歪取り焼鈍後のすべり性を保持する処理方法について、記載されている。
【0009】
また、以下の特許文献4では、リン酸金属塩と、特定範囲の水酸基価及び粒径を有する樹脂エマルジョンと、を特定割合配合することで、被膜特性に優れた絶縁被膜を有する電磁鋼板を製造する技術が開示されている。
【0010】
更に最近では、以下の特許文献5において、リン酸金属塩と、ゼータ電位の絶対値が30mV以上である有機樹脂エマルジョンと、を特定比率に配合した処理液から形成された絶縁被膜を有する電磁鋼板に関する技術が開示されている。
【0011】
また、上記(1)の無機被膜に関する技術としては、例えば、以下の特許文献6及び特許文献7に開示されているような技術がある。以下の特許文献6には、リン酸金属塩と、特定粒径及び特定表面積を保持するシリカ又はケイ酸塩フィラーと、を特定量含有した、絶縁性に優れた絶縁被膜を保持する電磁鋼板に関する技術が開示されている。また、以下の特許文献7には、Zr化合物、B化合物、Si化合物を特定割合で含有することで耐水性、耐蝕性の劣化を防ぎ、打抜き性に優れた無機質絶縁被膜付き電磁鋼板に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特公昭50−15013号公報
【特許文献2】特開平03−36284号公報
【特許文献3】特開平06−330338号公報
【特許文献4】特開2000−129455号公報
【特許文献5】特開2002−69657号公報
【特許文献6】国際公開第2010/146821号
【特許文献7】特開2011−246783号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上説明したようなモータやトランスの高効率化・小型化に伴い、加工時に導入される加工歪による磁性劣化が課題となってきたことから、加工歪を除去するための歪取り焼鈍が重要性を帯びてきている。最近では、歪取り焼鈍の効率化が求められる場合が増加してきた。すなわち、従来、歪取り焼鈍は、750℃前後の焼鈍温度・2時間程度の均熱時間で行われるのが一般的であったが、近年では、より生産性を向上させるため、800℃や850℃に焼鈍温度を上げて短時間化する要求が増加してきた。しかしながら、これまで主流であった有機無機混合型の絶縁被膜を持つ電磁鋼板では、耐熱性が十分ではないために歪取り焼鈍温度を上げることができないという問題点があった。
【0014】
また、従来の無機絶縁被膜では、クロム酸塩を含有していたり、電磁鋼板の絶縁被膜に求められる打抜き性、耐蝕性、外観、歪取り焼鈍後の密着性、耐蝕性、耐熱性といった諸特性が得られなかったりして、絶縁被膜として採用できないという問題点があった。
【0015】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、より優れた耐熱性、耐蝕性及び外観を有し、従来よりも高温での歪取り焼鈍を実施した後であっても優れた絶縁性を示す無方向性電磁鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討を行った結果、特定組成のリン酸金属塩と、特定の無機化合物微粒子と、低分子有機化合物と、が特定割合で含有されている絶縁被膜を表面に形成することで、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜の耐熱性を向上させることが可能であるとの知見を得て、以下で詳述する本発明を完成するに至った。
かかる知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0017】
(1)表面に、リン酸金属塩と、平均粒径が2μm以下の無機化合物微粒子と、水酸基を保持し、分子量が50〜2000である低分子有機化合物と、を含有し、前記無機化合物微粒子の含有量が、前記リン酸金属塩100質量部に対し、0.5〜20質量部であり、前記低分子有機化合物の含有量が、前記リン酸金属塩100質量部に対し、0.05〜10質量部であり、かつ、クロムを含有しない無機絶縁被膜を有する、無方向性電磁鋼板。
(2)前記リン酸金属塩は、Al、Ba、Co、Fe、Mg、Mn、Ni、及び、Znからなる群より選択される1種又は2種以上の金属元素とリン酸との塩である、(1)に記載の無方向性電磁鋼板。
(3)前記無機化合物微粒子の平均粒径は、0.05μm〜2.0μmである、(1)又は(2)に記載の無方向性電磁鋼板。
(4)前記無機化合物は、酸化物、水酸化物、炭酸塩、及び、硫酸塩の少なくとも何れかである、(1)〜(3)の何れか1つに記載の無方向性電磁鋼板。
(5)前記無機化合物は、アルミナ、ギブサイト、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、炭酸マグネシウム、酸化チタン、タルク、カオリン、シリカ、ベントナイト、及び、硫酸バリウムの少なくとも何れかである、(1)〜(4)の何れか1つに記載の無方向性電磁鋼板。
(6)前記低分子有機化合物は、水酸基を分子内に2基以上有する、直鎖状又は複素環状の有機化合物である、(1)〜(5)の何れか1つに記載の無方向性電磁鋼板。
(7)前記低分子有機化合物は、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール、1,6−ヘキサンジオール、グリセリン、ポリオキシアルキレングリコール、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、及び、ポリオキシアルキレンエステルの少なくとも何れかである、(1)〜(6)の何れか1つに記載の無方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように本発明によれば、特定組成のリン酸金属塩と、特定の無機化合物微粒子と、低分子有機化合物と、が特定割合で含有されている絶縁被膜を表面に形成することで、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜の耐熱性、耐蝕性及び外観を向上させることが可能となり、従来よりも高温での歪取り焼鈍を実施した後であっても優れた絶縁性を保持した無方向性電磁鋼板を得ることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0020】
以下で詳述する本発明の実施形態は、電気機器の鉄芯材料として使用される電磁鋼板(無方向性電磁鋼板)について説明するものであり、特に、耐熱性が良好であり、かつ、有機樹脂を含有する絶縁被膜と同等以上の特性を保持する、クロム酸を含有しない絶縁被膜を有する無方向性電磁鋼板について、詳細に説明する。
【0021】
<絶縁被膜が形成される電磁鋼板について>
まずはじめに、本発明の実施形態に係る絶縁被膜が形成される電磁鋼板について説明する。
【0022】
本実施形態で使用される電磁鋼板は、特に限定するものではないが、質量%で、Si:0.1%以上、Al:0.05%以上を含有し、残部がFe及び不純物からなる無方向性電磁鋼板を用いることが好適である。Siは、含有量が増加するに従って電気抵抗を増加させて、磁気特性を向上させる元素であるが、電気抵抗の増加と同時に脆性が増大する。そのため、Siの含有量は、4.0質量%未満であることが好ましい。同様に、Alも、含有させることで磁気特性を向上させる元素であるが、磁気特性の向上とともに圧延性が低下していく。そのため、Alの含有量は、3.0質量%未満であることが好ましい。
【0023】
また、本実施形態において使用する電磁鋼板には、上記のSi、Al以外にも、残部のFeの一部に換えて、Mnを0.01質量%〜3.0質量%の範囲で含有させることが可能である。また、本実施形態において使用する電磁鋼板において、その他のSやN、Cと言った典型元素の含有量は、合計で100ppm未満であることが好ましく、より好ましくは30ppm未満である。
【0024】
本実施形態では、上記鋼成分を有する鋼塊(例えば、スラブ)を熱間圧延により熱延板としてコイル状に巻き取り、場合によって熱延板の状態で800℃〜1050℃の範囲に焼鈍し、その後、0.15mm〜0.5mmの厚みに冷間圧延した上で、更に焼鈍したものを電磁鋼板として使用することが好ましい。更に、本実施形態で使用する電磁鋼板においては、表面粗度は比較的小さい方が磁気特性が良好となるため、好ましい。具体的には、圧延方向(L方向)、及び、圧延方向に対して直角な方向(C方向)の中心線平均荒さ(Ra)がそれぞれ1.0μm以下であることが好ましく、0.1μm以上0.5μm以下であることが更に好ましい。中心線平均粗さRaが1.0μmを超える場合には、磁気特性が劣化する傾向が見られるためである。
【0025】
<絶縁被膜について>
上記のような電磁鋼板(無方向性電磁鋼板)の表面には、絶縁被膜として、以下で詳述するようなクロムを含有しない絶縁被膜が形成される。本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の表面に形成される絶縁被膜は、リン酸金属塩と、無機化合物微粒子と、を主成分とし、かつ、クロムを含有しない無機絶縁被膜であり、かかる無機絶縁被膜中には、更に、低分子有機化合物が所定量含有されている。以下、かかる絶縁被膜について、詳細に説明する。
【0026】
[リン酸金属塩]
本実施形態に係る無機絶縁被膜に含有されるリン酸金属塩は、リン酸と金属イオンとを主成分とする溶液(例えば、水溶液等)を乾燥させたときに固形分となるものである。上記リン酸の種類としては、特に限定されるものではなく、公知の各種のリン酸を使用することが可能であるが、例えば、オルトリン酸、メタリン酸、ポリリン酸などを使用することが好ましい。
【0027】
また、上記金属イオンの種類としては、特に限定されるものではないが、Al、Ba、Co、Fe、Mg、Mn、Ni及びZnからなる群より選択される1種又は2種以上を用いることが好ましく、特に、Al及びZnの少なくとも何れかを用いることが更に好ましい。
【0028】
ここで、リン酸金属塩溶液を調製する際には、オルトリン酸等の各種のリン酸に対し、金属イオンの酸化物、炭酸塩、及び、水酸化物の少なくとも何れかを混合することが好ましい。
【0029】
[無機化合物微粒子]
本実施形態に係る無機絶縁被膜中には、主成分の一つとして無機化合物微粒子が含有される。本実施形態に係る無機化合物微粒子は、平均粒径が2μm以下のものであり、好ましくは、平均粒径が0.05μmから2μm以下のものである。また、本実施形態に係る無機化合物微粒子として、比較的難溶性のもの(例えば、20℃における水への溶解度が1g未満程度であるもの)を用いることが好ましい。
【0030】
なお、上記のような無機化合物微粒子の平均粒径は、公知の方法により測定することが可能であるが、本実施形態においては、レーザ回折・散乱法によって求めた粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。
【0031】
本実施形態に係る無機絶縁被膜において、無機化合物微粒子の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、0.5質量部以上20質量部以下とする。無機化合物微粒子の含有量が0.5質量部未満である場合には、絶縁被膜の耐熱性を向上させることが困難となるため、好ましくない。一方、無機化合物微粒子の含有量が20質量部を超える場合には、外観が劣位となるため、好ましくない。かかる無機化合物微粒子の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、好ましくは1質量部以上10質量部以下であり、より好ましくは3質量部以上10質量部以下である。
【0032】
無機化合物微粒子の成分としては、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、及び、硫酸塩の少なくとも何れかが好ましく、塩化物、硝酸塩、窒化物、又は、臭化物等は好ましくない。かかる無機化合物としては、具体的には、酸化物としては、例えば、アルミナ、シリカ、ベントナイト、タルク、カオリン、酸化マグネシウム、酸化チタン等を挙げることができ、水酸化物としては、例えば、水酸化マグネシウム、ギブサイト等を挙げることができ、硫酸塩としては、例えば、硫酸バリウム等を挙げることができ、炭酸塩としては、例えば、炭酸マグネシウム等を挙げることができる。
【0033】
[低分子有機化合物]
本実施形態に係る無機絶縁被膜中には、低分子有機化合物が含有される。かかる低分子有機化合物は、水酸基を保持しており、かつ、分子量が50〜2000の範囲内となる比較的低分子量の有機化合物である。かかる低分子有機化合物は、水酸基を2基以上保持していることが好ましい。また、かかる低分子有機化合物は、上記のような水酸基及び分子量を有し、更に水溶性を有しており、水100gに対する溶解度が10g以上であるものが更に好ましい。かかる低分子有機化合物を無機絶縁被膜中に含有させることで、耐蝕性及び外観を向上させることができる。
【0034】
本実施形態に係る低分子有機化合物は、更に具体的には、水酸基を分子内に2基以上有する直鎖状又は複素環状の有機化合物であることが好ましい。かかる低分子有機化合物として、具体的には、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール、1,6−ヘキサンジオール、グリセリン等を挙げることができ、更には、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリオキシアルキレングリコール類、ポリオキシエチレンモノアルキルエーテル、ポリオキシエチレンメチルグルコシド等のポリオキシアルキレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレンモノエステル等のポリオキシアルキレンエステル類等を挙げることができる。本実施形態に係る絶縁被膜では、上記のような各種の低分子有機化合物の少なくとも何れかを用いることが可能である。ここで、本実施形態で着目する低分子有機化合物が、上記のような一部の高分子化合物である場合、上記の分子量としては、ゲル浸透クロマトグラフィーにより測定した数平均分子量を用いることとする。
【0035】
水酸基を有する低分子有機化合物の分子量が50未満である場合には、処理液調合時に揮発し易く、所定の組成を維持することが難しい場合があり、好ましくない。一方、水酸基を有する低分子有機化合物の分子量が2000を超える場合には、製膜のための焼き付け後にも有機化合物が被膜中に残存し易く、残存した有機化合物が歪取り焼鈍時に酸化焼失して被膜特性を劣化させる可能性があり、好ましくない。低分子有機化合物の分子量は、好ましくは、80以上1500以下であり、より好ましくは、100以上1200以下である。
【0036】
本実施形態に係る無機絶縁被膜において、上記のような水酸基を有する低分子有機化合物の含有量は、リン酸塩100質量部に対し、0.05質量部以上10質量部以下とする。低分子有機化合物の含有量が0.05質量部未満である場合には、低分子有機化合物を含有させる効果が見られず、好ましくない。一方、低分子有機化合物の含有量が10質量部を超える場合には、塗布乾燥時の最適温度範囲が狭くなるため、好ましくない。かかる低分子有機化合物の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、好ましくは0.1質量部以上8.0質量部以下であり、より好ましくは1.0質量部以上5.0質量部以下である。
【0037】
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板では、上記のような、特定組成のリン酸金属塩と、特定の無機化合物微粒子と、低分子有機化合物と、が特定割合で含有されている無機絶縁被膜を表面に形成することで、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜の耐熱性を向上させることが可能となる。上記のような成分を有する絶縁被膜を形成することで耐熱性が向上する理由について、その詳細は不明であるが、無機化合物微粒子の周囲に特定のリン酸金属塩が化合することで、耐熱性が向上するものと推察される。無方向性電磁鋼板の表面に、かかる無機絶縁被膜を形成することで、従来よりも高温での歪取り焼鈍を実施した後であっても優れた絶縁特性を実現することが可能となる。
【0038】
[絶縁被膜の付着量]
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板において、上記のような絶縁被膜(無機絶縁被膜)の付着量は特に限定するものではないが、例えば、0.5g/m
2以上2.5g/m
2以下の範囲内とすることが好ましい。絶縁被膜の付着量が0.5g/m
2未満である場合には、層間抵抗等が劣化しやすくなり、絶縁性の保持が困難となる可能性がある。一方、絶縁被膜の付着量が2.5g/m
2を超える場合には、密着性が劣化する傾向が顕著となる可能性がある。絶縁被膜の付着量は、より好ましくは、0.5g/m
2以上1.0g/m
2以下である。
【0039】
ここで、絶縁被膜の形成に用いる処理液中における固形分含有量が、上記のような絶縁被膜の付着量とほぼ等しくなる。なお、絶縁被膜の付着量を事後的に測定する場合には、公知の各種測定法を利用することが可能であり、例えば、水酸化ナトリウム水溶液浸漬前後の重量差を測定する方法や、検量線法を用いた蛍光X線法等を適宜利用すればよい。
【0040】
[絶縁被膜の形成方法]
本実施形態では、上記のような成分を含有する処理液を調整し、かかる処理液を電磁鋼板(無方向性電磁鋼板)の表面に塗布及び乾燥させることで、上記のような絶縁被膜を形成することが可能である。
【0041】
なお、上記処理液を電磁鋼板表面に塗布する場合、塗布方式は特に限定されるものではなく、公知の塗布方法を適宜利用することが可能である。上記処理液を塗布する際に、例えば、ロールコーター方式を用いても良いし、スプレー方式、ディップ方式などの塗布方式を用いても良い。
【0042】
また、塗布された処理液を加熱・乾燥させる際の加熱方式についても、特に限定されるものではなく、公知の加熱方法を適宜利用することが可能である。加熱方法として、例えば、通常の輻射炉による方法を用いても良いし、誘導加熱方式などの電気を用いた加熱方式を用いても良いが、加熱速度の制御精度の面から、誘導加熱方式を用いることが、より好ましい。これらの加熱方式を利用して、処理液の溶媒の沸点以上の温度を所定時間保持することにより、絶縁被膜を形成することができる。
【0043】
なお、上記処理液中に、更に、界面活性剤などの添加剤を含有させても良い。かかる界面活性剤としては、例えば、非イオン系界面活性剤を用いることが好ましい。また、上記処理液中に、その他光沢剤などを含有させても良い。
【0044】
以上、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板における絶縁被膜について、詳細に説明した。
【実施例】
【0045】
続いて、実施例を示しながら、本発明に係る無方向性電磁鋼板について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例のうち本発明例に該当するものは、本発明に係る無方向性電磁鋼板のあくまでも一例にすぎず、本発明に係る無方向性電磁鋼板が下記の例に限定されるものではない。
【0046】
質量%で、Si:3.1%、Al:0.6%、Mn:0.1%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、板厚0.30mmであり、L方向及びC方向の表面粗度がRa(中心線平均粗さ)でそれぞれ0.28μmである無方向性電磁鋼板の表面に、以下の表1に示す処理液をロールコーターで塗布した後、炉温500℃で50秒間加熱して、絶縁被膜を形成した。
【0047】
以下の表1に示す処理液を、以下のようにして調整した。
すなわち、リン酸金属塩として、オルトリン酸と、Al(OH)
3、Mg(OH)
2などの各金属水酸化物、酸化物、炭酸塩を混合撹拌して、以下の表1に示した各リン酸金属塩処理液を調製し、40mass%水溶液とした。その後、かかる水溶液を用いて、リン酸金属塩中の各金属元素の比率が以下の表1に示した値となるように、処理液を調整した。かかる処理液中に、以下の表3に示す低分子有機化合物を添加・攪拌した。また、無機化合物微粒子は、粉末状のものを使用し、あらかじめ有機系分散剤等を用いて水100質量部に対し20質量部分散させたものを準備し、リン酸金属塩100質量部に対して、被膜中の固形分で表1に示した質量部となるように、上記処理液中に添加し、。攪拌混合した。なお、濃度調整の際には、適宜純水を添加することとした。なお、無機化合物微粒子の分散が悪い場合には、あらかじめホモジナイザーで水中に分散させたものを、乾燥質量で表1中の比率になるよう含有させた。
【0048】
ここで、以下の表1のリン酸金属塩処理液において、各金属源として、市販の以下の化合物を利用した。また、クロム酸Mgについても、市販のものを利用した。
【0049】
Al:Al(OH)
3
Ba:Ba(OH)
2
Co:CoCO
3
Fe:Fe
3O
4
Mg:Mg(OH)
2
Mn:MnO
Ni:Ni(OH)
2
Zn:ZnO
Ca:CaO
K:KOH
【0050】
また、以下の表2に示した無機化合物微粒子、及び、以下の表3に示した低分子有機化合物のそれぞれについても、市販の各化合物を利用した。なお、表2に示した各化合物の平均粒径(D50)、及び、表3に示した各化合物の分子量は、それぞれカタログ値である。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
【表3】
【0054】
得られた各処理液を、上記の無方向性電磁鋼板の表面に対しロールコーターを用いて塗布し、500℃の加熱炉中で板温が350℃となるように50秒間焼き付けた後、以下のようにして絶縁被膜の被膜特性を評価した。得られた結果を、以下の表4にあわせて示した。
【0055】
<絶縁性>
絶縁性は、JIS法(JIS C2550)に準じて測定した層間抵抗を基に、
4:30Ω・cm
2/枚以上
3:10Ω・cm
2/枚以上30Ω・cm
2/枚未満
2:3Ω・cm
2/枚以上10Ω・cm
2/枚未満
1:3Ω・cm
2/枚未満
として評価した。
【0056】
<耐食性>
耐蝕性は、JIS法の塩水噴霧試験(JIS Z2371)に準じて行い、4時間経時後のサンプルで10点評価で行った。評価基準は、以下の通りである。
【0057】
10:錆発生が無かった
9:錆発生が極少量(面積率0.1%以下)
8:錆の発生した面積率=0.1%超過0.25%以下
7:錆の発生した面積率=0.25%超過0.50%以下
6:錆の発生した面積率=0.50%超過1%以下
5:錆の発生した面積率=1%超過2.5%以下
4:錆の発生した面積率=2.5%超過5%以下
3:錆の発生した面積率=5%超過10%以下
2:錆の発生した面積率=10%超過25%以下
1:錆の発生した面積率=25%超過50%以下
【0058】
<外観>
絶縁被膜の外観は、得られた絶縁被膜付きの無方向性電磁鋼板の外観検査を、熟練の検査員により実施して、
5:光沢があり、平滑で均一であるもの
4:光沢はあるが均一性に若干劣るもの
3:やや光沢があり平滑ではあるが均一性に劣るもの
2:光沢が少なく、平滑性にやや劣り均一性に劣るもの
1:光沢、均一性、平滑性の劣るもの
として評価した。
【0059】
<耐熱性>
耐熱性は、歪み取り焼鈍後の耐蝕性で評価した。750℃、800℃、850℃の各温度で窒素100%雰囲気中で1時間加熱処理を行い、続いて、温度50℃、湿度90%の恒温恒湿槽で48時間経時した後、耐蝕性と同様の錆発生面積率を評価した。評価基準は、以下の通りである。
【0060】
10:錆発生が無かった
9:錆発生が極少量(面積率0.1%以下)
8:錆の発生した面積率=0.1%超過0.25%以下
7:錆の発生した面積率=0.25%超過0.50%以下
6:錆の発生した面積率=0.50%超過1%以下
5:錆の発生した面積率=1%超過2.5%以下
4:錆の発生した面積率=2.5%超過5%以下
3:錆の発生した面積率=5%超過10%以下
2:錆の発生した面積率=10%超過25%以下
1:錆の発生した面積率=25%超過50%以下
【0061】
【表4】
【0062】
上記表4から明らかなように、試験の結果、鋼板表面に、リン酸金属塩と、平均粒径が2μm以下の無機化合物微粒子とを主成分とし、分子量が50〜2000であり水酸基を保持する低分子有機化合物を含有し、無機化合物微粒子の含有量が、リン酸金属塩100質量部に対し、0.5〜20質量部であり、低分子有機化合物の含有量が、0.05〜10質量部であり、かつ、クロムを含有しない絶縁被膜を有する本発明の電磁鋼板は、比較例と比較して、絶縁性、耐蝕性、及び、外観に優れ、更に高温での歪取り焼鈍に耐える耐熱性の改善効果が顕著であった。
【0063】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。