特許第6806008号(P6806008)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6806008
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】コイルの診断装置
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/50 20200101AFI20201214BHJP
   G01R 31/12 20200101ALI20201214BHJP
   G01R 31/34 20200101ALI20201214BHJP
【FI】
   G01R31/50
   G01R31/12 Z
   G01R31/34 F
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-168033(P2017-168033)
(22)【出願日】2017年8月31日
(65)【公開番号】特開2019-45276(P2019-45276A)
(43)【公開日】2019年3月22日
【審査請求日】2019年12月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000100768
【氏名又は名称】アイシン・エィ・ダブリュ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】木村 英明
(72)【発明者】
【氏名】馬場 貴章
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 匠
【審査官】 青木 洋平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−058221(JP,A)
【文献】 特開2013−024850(JP,A)
【文献】 特開2005−037351(JP,A)
【文献】 米国特許第5256977(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/50−31/74
G01R 31/12−31/20
G01R 31/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コイルにインパルス電圧を印加する電圧印加部と、
前記インパルス電圧に対する前記コイルからの応答電圧を検出する応答電圧検出部と、
前記応答電圧を微分して微分電圧を演算すると共に前記応答電圧を積分して積分電圧を演算する信号処理部と、
前記応答電圧と前記微分電圧と前記積分電圧とに基づいて前記コイルの電気的特徴を示す判定指標を演算する指標演算部と、
診断対象の前記コイルである対象コイルの前記判定指標に基づいて前記対象コイルに異常があるか否かを判定する判定部と、を備えるコイルの診断装置。
【請求項2】
前記判定部は、前記対象コイルの前記判定指標と、正常な前記コイルである基準コイルの前記判定指標との比較に基づいて判定する請求項1に記載のコイルの診断装置。
【請求項3】
前記信号処理部は、前記応答電圧が振幅中心と交わる第1ゼロクロス点以降のデータに基づいて前記微分電圧及び前記積分電圧を演算し、
前記指標演算部は、前記第1ゼロクロス点以降の前記応答電圧と前記微分電圧と前記積分電圧とに基づいて前記判定指標を演算する請求項1又は2に記載のコイルの診断装置。
【請求項4】
前記信号処理部は、前記第1ゼロクロス点の次の正側又は負側のピーク点以降のデータに基づいて前記微分電圧及び前記積分電圧を演算し、
前記指標演算部は、当該ピーク点以降の前記応答電圧と前記微分電圧と前記積分電圧とに基づいて前記判定指標を演算する請求項3に記載のコイルの診断装置。
【請求項5】
前記対象コイルの異常は、当該対象コイルを構成する導体間の絶縁不良を含む請求項1から4の何れか一項に記載のコイルの診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイルに異常があるか否かを診断するコイルの診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
回転電機や変圧器等のコイルにインパルス電圧を印加して、その応答電圧を観測して当該コイルの良否を診断する技術が知られている。例えば、特開2012−242377号公報には、応答電圧と、応答電圧を微分した微分電圧と、さらにその微分電圧を微分した二階微分電圧(二次導関数)とに基づいて、コイルの特徴量(LC及びRC)を求めて、良否を診断している。ここで、LCはインダクタンスとキャパシタンスとの積、RCはレジスタンス(抵抗成分)とキャパシタンスとの積である([0014]〜[0015]等)。
【0003】
しかし、二階微分電圧は、応答電圧に含まれるノイズも先鋭化されるため、ノイズ成分を多く含んだものとなる。このノイズ成分は、コイルの特徴量の導出にも影響するため、コイルの良否の判定精度が低下する可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−242377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記背景に鑑みて、インパルス電圧を印加して得られる応答電圧に基づいて、より高い判定精度でコイルの良否を診断する技術の提供が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
1つの態様として、上記に鑑みたコイルの診断装置は、
コイルにインパルス電圧を印加する電圧印加部と、
前記インパルス電圧に対する前記コイルからの応答電圧を検出する応答電圧検出部と、
前記応答電圧を微分して微分電圧を演算すると共に前記応答電圧を積分して積分電圧を演算する信号処理部と、
前記応答電圧と前記微分電圧と前記積分電圧とに基づいて前記コイルの電気的特徴を示す判定指標を演算する指標演算部と、
診断対象の前記コイルである対象コイルの前記判定指標に基づいて前記対象コイルに異常があるか否かを判定する判定部と、を備える。
【0007】
応答電圧と微分電圧と二階微分電圧とに基づいてコイルの電気的特徴を示す判定指標を演算して、対象コイルの良否を判定する方法が知られている。しかし、微分の階数が増えることによって周波数の高いノイズ成分もより先鋭化されるため、判定指標の精度が低下し、コイルの良否判定の精度も低下する可能性がある。本構成では、応答電圧と微分電圧と積分電圧とに基づいて判定指標が演算される。3つの電圧の階数の離間数は、応答電圧と微分電圧と二階微分電圧とを用いる場合も、応答電圧と微分電圧と積分電圧とを用いる場合も、“2”である。つまり、応答電圧と微分電圧と積分電圧とを用いる場合、積分電圧から見て微分電圧は二次導関数に当たる。従って、応答電圧と微分電圧と積分電圧とに基づいて適切に判定指標を演算することができる。この場合には、応答電圧から見た微分は一次導関数で留まり、微分の階数の増加に伴うノイズ成分の先鋭化も抑制されるため、判定指標の精度の低下も抑制できる。その結果、判定指標に基づく対象コイルの良否の判定精度を向上させることができる。つまり、本構成によれば、インパルス電圧を印加して得られる応答電圧に基づいて、より高い判定精度でコイルの良否を診断することができる。
【0008】
コイルの診断装置のさらなる特徴と利点は、図面を参照して説明する実施形態についての以下の記載から明確となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】コイルを使用する回転電機のステータの一例を示す斜視図
図2】インパルス試験によるコイルの診断装置の一例を示すブロック図
図3】インパルス試験における等価回路図
図4】応答電圧及び応答電圧のサンプリング原理を示す波形図
図5】応答電圧・微分電圧・積分電圧による判定指標演算原理を示す説明図
図6】応答電圧・微分電圧・二階微分電圧による判定指標演算原理を示す説明図
図7】良品と不良品との判別原理を示す説明図
図8】応答電圧の一例を示す波形図
図9】良品の応答電圧と不良品の応答電圧との違いを示す波形図
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、回転電機や変圧器のコイルの診断装置の実施形態を図面に基づいて説明する。ここでは、図1に示すような、回転電機のステータ100に巻装されるコイル30の良否を診断する診断装置1を例示する。ステータ100は、図1に示すように、コア20とコア20に巻装されるコイル30とを備える。本実施形態では、ステータ100は、三相交流により回転磁界を発生させるものであり、U相、V相、W相に対応する三相コイルを備えている。各相のコイル30は、中性点N(N1,N2)において電気的に接続されている。コア20は、磁性体材料を用いて形成されている。コア20には、軸方向AD及び径方向RDの内側に開口部を有するスロット40が周方向CDに沿って一定間隔で複数形成されている。U相用のスロット40、V相用のスロット40、W相用のスロット40は、周方向CDに沿って繰り返し現れるように配置されている。
【0011】
コイル30は、銅やアルミニウムなどの導電性を有する線状導体35を用いて構成されており、線状導体35の表面には樹脂等の電気的絶縁性を有する材料による絶縁被膜が形成されている。本実施形態では、延在方向に直交する方向での断面が矩形状である平角線の線状導体35により形成されるコイル30を例示している。
【0012】
絶縁被膜が充分でなかったり、傷等によって絶縁被膜が劣化したりするとコイル30を形成する線状導体35の絶縁性が低下する。その結果、隣接する線状導体35同士が短絡したり、線状導体35とグラウンドとが短絡(地絡)したりする可能性が生じる。診断装置1は、短絡や地絡に繋がるような絶縁不良をコイル30の異常として検出し、コイル30の良否を診断する。コイル30が断線したり、導体同士が短絡したり、導体が地絡したりした場合には、コイル30の電気的な特性が大きく変動する。しかし、絶縁不良の場合は、例えば隣接する線状導体35の間の抵抗値には変動が生じるが、コイル30の電気的な特性の変動としては目立つものではなく、その検出が容易ではない。そこで、大電圧のインパルス電圧をコイル30に印加することによって生じる応答電圧に基づいて、絶縁不良の有無が判定される。
【0013】
図2は、コイル30をインパルス試験により診断する診断装置1のシステム構成を示しており、図3は、インパルス試験における等価回路を示している。診断装置1は、図2に示すように、電圧印加部2と、応答電圧検出部(V−DTCT)3と、信号処理部(SIG−PR)4と、特徴量演算部(FT−CAL)5と、判定部(COMP)6とを有している。
【0014】
電圧印加部2は、コイル30にインパルス電圧を印加する機能部であり、直流電源2a、電流制限抵抗2b、コンデンサ2c、充放電スイッチ2dを有している。コンデンサ2cには、充放電スイッチ2d及び電流制限抵抗2bを介して直流電源2aに接続されている状態で、電荷がチャージされる。ここで、充放電スイッチ2dを介してコンデンサ2cとコイル30とを電気的に接続すると、コンデンサ2cにチャージされた電荷が充放電スイッチ2dを介して一気にコイル30に放電され、コイル30にインパルス電圧が印加される。
【0015】
応答電圧検出部3は、インパルス電圧に対するコイル30からの応答電圧を検出する。応答電圧検出部3は、図4に示すように、所定のサンプリング間隔で時刻tにおける応答電圧v(t)を取得する。本実施形態では、応答電圧検出部3は、応答電圧をアナログ−デジタル変換して取得するA/Dコンバータを中核として構成されている。
【0016】
信号処理部4は、図5を参照して後述するように、応答電圧を微分して微分電圧を演算すると共に応答電圧を積分して積分電圧を演算する。本実施形態では、応答電圧検出部3が取得したそれぞれの時刻tにおける応答電圧v(t)を微分及び積分することによって微分電圧及び積分電圧が演算される。本実施形態では、信号処理部4は、マイクロコンピュータやDSP(Digital Signal Processor)等のプロセッサを中核として構成されている。
【0017】
特徴量演算部5は、応答電圧と微分電圧と積分電圧とに基づいてコイル30の電気的特徴を示す判定指標(特徴量)を演算する。特徴量演算部5も、マイクロコンピュータやDSP等のプロセッサを中核として構成されている。図3の等価回路に示すように、コイル30は、インダクタタンスLとレジスタンス(抵抗成分)Rとの直列回路として示すことができる。ここで、コイル30の線間容量をCとすると、インダクタンスとキャパシタンスとの積LC、及び、レジスタンス(抵抗成分)とキャパシタンスとの積RCをコイル30の電気的特徴を示す特徴量とすることができる。これらの特徴量“LC”及び“RC”は、判定部6がコイル30の良否を判定するための判定指標である。従って、特徴量演算部5は、指標演算部と称することができる。
【0018】
判定部6は、診断対象のコイル30である対象コイルの特徴量(判定指標)に基づいて対象コイルに異常があるか否かを判定する。判定部6も、マイクロコンピュータやDSP等のプロセッサを中核として構成されている。当然ながら、応答電圧検出部3、信号処理部4、特徴量演算部5、判定部6が、例えばA/Dコンバータを内蔵した1つのプロセッサチップによって構成されていてもよい。例えば、判定部6は、対象コイルの特徴量(判定指標)と、正常なコイル30である基準コイルの特徴量(判定指標)との比較に基づいて対象コイルの良否を判定する。
【0019】
図5に示すように、応答電圧検出部3は、時刻t=0〜n(n:任意の自然数)の期間にわたって、時刻tにおける応答電圧v(t)を取得する。当然ながらサンプリング間隔が短い方が、応答電圧の時間的な分解能が高くなって好適である。また、A/Dコンバータの分解能が高い方が、応答電圧の電圧分解能が高くなって好適である。但し、分解能が高ければデータ容量も大きくなるので、メモリなどのストレージ素子或いはストレージ装置は充分な容量が確保されていることが好ましい。このようなストレージ素子或いはストレージ装置も応答電圧検出部3に含まれる。
【0020】
また、応答電圧検出部3は、特徴量の演算に用いる応答電圧の範囲“T”を設定する。図8の波形図は、応答電圧の一例を示しているが、初期には応答電圧波形に歪みが観測される。上述したように、電圧印加部2は、コンデンサ2cに溜めた電荷を充放電スイッチ2dを介して一気にコイル30に放電することによって、インパルス電圧を印加する。この際、充放電スイッチ2dには一時に大電流が流れる。このため、多くの場合、充放電スイッチ2dは複数のスイッチ素子を並列接続することによって構成されている。複数のスイッチ素子の切換わりには微小な時間差が生じることがあるため、応答電圧の初期は波形が乱れることが多い。従って、コイル30の良否を判定するためのデータにはこの初期の応答電圧を含まないことが好ましい。また、ストレージ素子及びストレージ装置の容量は有限である。従って、応答電圧検出部3は、図5に示すように、特徴量の演算に用いる応答電圧の範囲“T”を時刻t(j)〜時刻t(k)に設定する(j,k:n以下の自然数。)。
【0021】
このように有効なデータの範囲“T”が設定された応答電圧は、図5に示すように、{v(j)、v(j+1)、v(j+2)、・・・、v(k)}を要素とする行列として表すことができる。信号処理部4は、応答電圧を微分及び積分することによって、微分電圧及び積分電圧を算出する。応答電圧と同様に、微分電圧及び積分電圧も時刻t=jから時刻t=kの範囲の各時刻tにおける微分値及び積分値を要素する行列として表すことができる。
【0022】
応答電圧、微分電圧、積分電圧、及び特徴量(LC,RC)は、図5に示すような行列式として表すことができる。ここで、応答電圧と微分電圧とを含む行列を“D”、特徴量(LC,RC)の行列を“X”、積分電圧の行列を“E”とすると、行列式は、下記式(1)で表すことができる。
【0023】
D・X=−E ・・・(1)
【0024】
式(1)から特徴量である“X”を求めるために、式(1)の両辺に“D”の転置行列Dを乗ずると、式(2)となる。
【0025】
・D・X=−D・E ・・・(2)
【0026】
さらに、式(2)の左辺において“X”だけが残るように、式(2)の両辺に逆行列を乗ずると、式(3)を経て式(4)となる。尚、“D・D”の行数及び列数の関係より逆行列が作れない場合には疑似逆行列を用いると好適である。
【0027】
(D・D)−1・D・D・X=−(D・D)−1・D・E ・・・(3)
X=−(D・D)−1・D・E ・・・(4)
【0028】
“X”は、上述したように特徴量(LC,RC)の行列である。従って、式(4)の右辺を演算することによって、特徴量(LC,RC)を導出することができる。つまり、図5に示すような手順に沿って、取得した応答電圧から特徴量(LC,RC)を導出することができる。
【0029】
良品と不良品(絶縁不良箇所を有するコイル30)との違いは、例えば、絶縁不良の場所や程度によって、特徴量(LC,RC)の各要素を軸とする二次元空間において区別することができる。つまり、当該二次元空間において、良品と不良品とを判定することができる。このような判定方法については、本明細書の背景技術の説明において提示した特開2012−242377号公報にも開示されているとおり公知であるので、詳細な説明は省略する。
【0030】
また、判定部6は、良品(基準コイル)のクラスター(群)の特徴と、診断対象のコイル(対象コイル)のクラスターの特徴とを比較してもよい(相対識別)。例えば、判定部6は、距離(distance)や類似度(association)という定量値を求めて、判定してもよい。例えば、距離には、ユークリッド距離やマハラノビス距離を利用することができる。また、これらの他、カーネル密度関数法、1クラスSVM(Support Vector Machine)を用いて判定を行ってもよい。
【0031】
ところで、特徴量(LC,RC)の導出は、図5を参照して上述したように、本実施形態では、応答電圧、微分電圧、積分電圧を用いる一方、図6の比較例に示すように、応答電圧、微分電圧、二階微分電圧を用いて導出することもできる。応答電圧の取得、及び特徴量の演算に用いる応答電圧の範囲“T”の設定については、図5と同様である。図5では、信号処理部4は、応答電圧を微分及び積分することによって、微分電圧及び積分電圧を算出したが、図6では、信号処理部4は、応答電圧を微分すると共に、さらに微分することによって、微分電圧及び二階微分電圧を算出する。二階微分電圧も、応答電圧及び微分電圧と同様に、時刻t=jから時刻t=kの範囲の各時刻tにおける二階微分の値を要素する行列として表すことができる。
【0032】
応答電圧、微分電圧、二階微分電圧、及び特徴量(LC,RC)は、図6に示すような行列式として表すことができる。図5では、応答電圧と微分電圧とを含む行列を“D”、特徴量(LC,RC)の行列を“X”、積分電圧の行列を“E”としたが、図6では、“D”を微分電圧と二階微分電圧とを含む行列とし、“E”を応答電圧の行列とする。“D”、“X”、“E”を用いた式は、上記式(1)と同一であり、以下、上記式(2)〜(4)と同様に式(1)を変形することによって、特徴量(LC,RC)を導出することができる。
【0033】
但し、図6の比較例に示すように、二階微分電圧の波形は、応答電圧に含まれるノイズが先鋭化されるため、ノイズ成分を多く含んだものとなっている。二階微分電圧は、行列“D”の要素であり、行列“D”は、式(4)においても、使用されているため、ノイズ成分が特徴量(LC,RC)の精度に影響する。
【0034】
図7は、良品と不良品との判別原理を示す説明図であり、ここでは、定量値として距離(distance)を用いている。左側は、応答電圧、微分電圧、二階微分電圧に基づいて特徴量を導出した場合の良品(GOOD)と不良品(NG)との分布を表している。また、右側は、応答電圧、微分電圧、積分電圧に基づいて特徴量を導出した場合の良品(GOOD)と不良品(NG)との分布を表している。これらは、共に発明者らによるシミュレーションの結果を模式的にプロットしたものである。図7に示すように、応答電圧、微分電圧、積分電圧に基づいて特徴量を導出した場合の方が、良品(GOOD)と不良品(NG)とが明確に分離されており、明確な判定が可能であることが判る。
【0035】
ところで、図8等を参照して上述したように、応答電圧の波形には、初期に歪みが観測されるため、応答電圧検出部3は、コイル30の良否を判定するためのデータにこの初期の応答電圧を含まないように、データの範囲“T”を設定している。応答電圧検出部3は、データの範囲“T”を、少なくとも、応答電圧が初めて振幅中心と交わる第1ゼロクロス点tx1以降に設定すると好適である。つまり、信号処理部4は、応答電圧が振幅中心と交わる第1ゼロクロス点tx1以降のデータに基づいて微分電圧及び積分電圧を演算し、特徴量演算部5は、第1ゼロクロス点tx1以降の応答電圧と微分電圧と積分電圧とに基づいて特徴量を演算すると好適である。
【0036】
図8に示すように、振動する応答電圧は、正方向又は負方向の1回目のピーク点(第1ピーク点tp1、本実施形態では第1プラスピーク点tpp1)を過ぎた後にはほぼ安定する。従って、この第1ピーク点tp1を過ぎ、1回目に応答電圧が振幅中心と交わった第1ゼロクロス点tx1以降のデータを用いてコイル30の良否が判定されると好適である。
【0037】
さらに、安定することを考慮すると、応答電圧検出部3は、データの範囲“T”を、第1ゼロクロス点tx1の次の正方向又は負方向のピーク点(第2ピーク点tp2、本実施形態では第1マイナスピーク点tnp1)以降に設定すると好適である。この“T”は、例えば、図8に示す第1期間T1に設定することができる。この場合、信号処理部4は、第1ゼロクロス点tx1の次の正側又は負側のピーク点である第2ピーク点tp2以降のデータに基づいて微分電圧及び積分電圧を演算し、特徴量演算部5は、当該第2ピーク点tp2以降の応答電圧と微分電圧と積分電圧とに基づいて特徴量を演算する。当然ながら、積分電圧に代えて二階微分電圧を用いる場合も同様である。
【0038】
また、発明者らによる実験解析によると、さらにデータの範囲“T”を遅らせることによって、良品と不良品との特徴量の差が広がることが確認された。例えば、図8における第1期間T1から第2期間T2にデータの範囲“T”を変更することで、より特徴量の差が大きくなることが確認された。図9は、第1期間T1及び第2期間T2における良品の応答電圧(実線)と不良品の応答電圧(破線)とを示している。図9を参照すると第1期間T1における両応答電圧の時間差Δt(位相差)に比べて、第2期間T2における両応答電圧の時間差Δtの方が大きい。当然ながら、微分電圧や積分電圧、又は二階微分電圧の時間差Δtも大きくなるため、これらを用いて導出される良品と不良品との特徴量(LC,RC)の差も大きくなる。
【0039】
尚、図8及び図9から明らかなように、第1期間T1に比べて第2期間T2では、応答電圧の振幅が小さくなっている。従って、電圧の分解能が充分ではない場合、第2期間T2では、時間差Δtが大きくなる一方で、電圧の分解能が低くなって精度が低下する可能性がある。このため、例えば応答電圧検出部3を構成するA/Dコンバータの分解能が低い場合などでは、使用するデータの範囲“T”を第1期間T1とした方が好ましい場合もある。また、A/Dコンバータの基準電圧が可変であり、ダイナミックレンジが可変な場合には、応答電圧の振幅の減衰に応じて、ダイナミックレンジを変更すると共にデータの範囲“T”を第2期間T2に設定してもよい。
【0040】
以上、説明したように、本実施形態によれば、インパルス電圧を印加して得られる応答電圧と、応答電圧を微分した微分電圧と、応答電圧を積分した積分電圧とに基づいて、より高い判定精度でコイルの良否を診断することができる。
【0041】
〔実施形態の概要〕
以下、上記において説明したコイルの診断装置(1)の概要について簡単に説明する。
【0042】
コイルの診断装置(1)は、1つの態様として、
コイル(30)にインパルス電圧を印加する電圧印加部(2)と、
前記インパルス電圧に対する前記コイル(30)からの応答電圧を検出する応答電圧検出部(3)と、
前記応答電圧を微分して微分電圧を演算すると共に前記応答電圧を積分して積分電圧を演算する信号処理部(4)と、
前記応答電圧と前記微分電圧と前記積分電圧とに基づいて前記コイル(30)の電気的特徴を示す判定指標を演算する指標演算部(5)と、
診断対象の前記コイル(30)である対象コイルの前記判定指標に基づいて前記対象コイルに異常があるか否かを判定する判定部(6)と、を備える。
【0043】
応答電圧と微分電圧と二階微分電圧とに基づいてコイル(30)の電気的特徴を示す判定指標を演算して、対象コイルの良否を判定する方法が知られている。しかし、微分の階数が増えることによって周波数の高いノイズ成分もより先鋭化されるため、判定指標の精度が低下し、コイル(30)の良否判定の精度も低下する可能性がある。本構成では、応答電圧と微分電圧と積分電圧とに基づいて判定指標が演算される。3つの電圧の階数の離間数は、応答電圧と微分電圧と二階微分電圧とを用いる場合も、応答電圧と微分電圧と積分電圧とを用いる場合も、“2”である。つまり、応答電圧と微分電圧と積分電圧とを用いる場合、積分電圧から見て微分電圧は二次導関数に当たる。従って、応答電圧と微分電圧と積分電圧とに基づいて適切に判定指標を演算することができる。この場合には、応答電圧から見た微分は一次導関数で留まり、微分の階数の増加に伴うノイズ成分の先鋭化も抑制されるため、判定指標の精度の低下も抑制できる。その結果、判定指標に基づく対象コイルの良否の判定精度を向上させることができる。つまり、本構成によれば、インパルス電圧を印加して得られる応答電圧に基づいて、より高い判定精度でコイル(30)の良否を診断することができる。
【0044】
ここで、前記判定部(6)は、前記対象コイルの前記判定指標と、正常な前記コイル(30)である基準コイルの前記判定指標との比較に基づいて前記対象コイルの良否を判定すると好適である。
【0045】
正常なコイル(30)である基準コイルにインパルス電圧を印加して得られた判定指標を基準値とした相対評価を行うことによって、適切に対象コイルの良否を判定することができる。生産ロットや材料のロットに応じて基準コイルを適宜設定することもできるので、良否判定の精度が安定する。
【0046】
また、前記信号処理部(4)は、前記応答電圧が振幅中心と交わる第1ゼロクロス点(tx1)以降のデータに基づいて前記微分電圧及び前記積分電圧を演算し、前記指標演算部(5)は、前記第1ゼロクロス点(tx1)以降の前記応答電圧と前記微分電圧と前記積分電圧とに基づいて前記判定指標を演算すると好適である。
【0047】
例えば、電圧印加部(2)は、コンデンサ(2c)に溜めた電荷をスイッチ(2d)を介して一気にコイル(30)に放電することによって、インパルス電圧を印加する。この際、スイッチ(2d)には大電流が流れるため、スイッチ(2d)は複数のスイッチ素子を並列接続することによって構成される場合がある。複数のスイッチ素子の切換わりには微小な時間差が生じることがあるため、応答電圧の初期は波形が乱れることが多い。また、単一のスイッチ素子でスイッチ(2d)が構成されていた場合でも、チャタリング等の発生によって、応答電圧の初期の波形が乱れることがある。従って、コイル(30)の良否を判定するためのデータにはこの初期の応答電圧を含まないことが好ましい。振動する応答電圧は、正方向又は負方向の1回目のピーク点(tp1)を過ぎた後にはほぼ安定する。従って、この1回目のピーク点(tp1)を過ぎ、1回目に応答電圧が振幅中心と交わった第1ゼロクロス点(tx1)以降のデータを用いてコイル(30)の良否が判定されると好適である。
【0048】
さらに、前記信号処理部(4)は、前記第1ゼロクロス点(tx1)の次の正側又は負側のピーク点(tp2)以降のデータに基づいて前記微分電圧及び前記積分電圧を演算し、前記指標演算部(5)は、当該ピーク点(tp2)以降の前記応答電圧と前記微分電圧と前記積分電圧とに基づいて前記判定指標を演算すると好適である。
【0049】
上述したように、応答電圧の初期は波形が乱れることが多い。正方向又は負方向の1回目のピーク点(tp1)及びこれを過ぎた第1ゼロクロス点(tx1)よりも後の、2回目のピーク点(tp2)以降のデータを用いると、初期の波形の乱れの影響をほぼ受けることなく、コイル(30)の良否を判定することができる。
【0050】
ここで、前記対象コイルの異常は、当該対象コイルを構成する導体(35)間の絶縁不良を含むと好適である。
【0051】
対象コイルの異常には、断線、グラウンドへの短絡、コイル(30)を構成する導体(35)同士の絶縁不良等がある。断線やグラウンドへの短絡などは、他の試験方法でも比較的明確な検出が可能である。導体(35)同士の絶縁不良では、導体間の抵抗値が変動するが、その検出は例えば抵抗値の測定では測定誤差との区別が困難である。しかし、印加されたインパルス電圧に対する応答電圧によれば、絶縁不良による抵抗値の変動も検出できる。従って、コイルの診断装置(1)により診断される対象コイルの異常に、コイル(30)を構成する導体(35)同士の絶縁不良を含むと好適である。
【符号の説明】
【0052】
1 :診断装置(コイルの診断装置)
2 :電圧印加部
3 :応答電圧検出部
4 :信号処理部
5 :特徴量演算部(指標演算部)
6 :比較部(判定部)
30 :コイル
35 :線状導体(導体)
tnp1 :第1マイナスピーク点(第1ゼロクロス点の次の正側又は負側のピーク点)
tx1 :第1ゼロクロス点
v(t) :応答電圧
LC :特徴量(判定指標)
RC :特徴量(判定指標)
X :特徴量(判定指標)
図1
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