【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構さきがけ研究「社会的課題の解決に向けた数学と諸分野の協働」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
佐藤 茂雄 ほか,量子ニューラルネットワーク実現への試み−量子ビットをニューロンとして使うために−,電子情報通信学会誌,2004年 6月 1日,Vol.87,No.6,pp.488-492
【文献】
金城 光永 ほか,量子ニューラルネットワークの学習アルゴリズムに関する考察,電子情報通信学会技術研究報告,2006年 6月 9日,Vol.106,No.102,pp.37-40
【文献】
WIEBE, Nathan et al.,Quantum Deep Learning,arXiv:1412.3489. [オンライン],2015年 5月22日,pp.1-34,[検索日 2017.03.10], インターネット:<URL : https://arxiv.org/abs/1412.3489>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
互いに相互作用する複数の量子ビットにより構成された量子系を含み、一定の時間間隔を複数に分割した各時刻における各量子ビットからの信号を保持する複数の仮想ノードを備えた量子レザバーと、
前記複数の仮想ノード間の線形結合における線形重みを決定する重み決定部と、
前記量子ビットの1つに前記時間間隔で入力信号を与える信号入力部と、
該信号入力部が与えた入力信号に対し、前記重み決定部にて決定された線形重みを用いて線形結合した前記仮想ノードの状態の重ね合わせから得られる出力信号を読み出す信号読出部と
を備えることを特徴とする量子情報処理システム。
前記重み決定部は、前記入力信号に対する理想的な出力信号を示す教師信号を再現するように、学習により前記線形重みを決定することを特徴とする請求項1に記載の量子情報処理システム。
互いに相互作用する複数の量子ビットにより構成された量子系を含み、一定の時間間隔を複数に分割した各時刻における各量子ビットからの信号を保持する複数の仮想ノードを備えた量子レザバーに対し、前記量子ビットの1つに前記時間間隔で入力信号を付与し、
前記複数の仮想ノード間の線形結合における線形重みを決定し、
前記量子ビットの1つに付与した入力信号に対し、前記線形重みを用いて線形結合した前記仮想ノードの状態の重ね合わせから得られる出力信号を読み出す
処理をコンピュータが実行することを特徴とする量子情報処理方法。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
(実施の形態1)
図1は本実施の形態に係る量子情報処理システムの全体構成を説明するブロック図である。本実施の形態に係る量子情報処理システムは、二値のビットデータを処理する古典コンピュータとして機能する古典コンピュータ部10と、互いに相互作用する複数の量子ビットにより構成される量子系を含み、各量子ビットの状態の重ね合わせに基づいて得られる信号を出力する量子コンピュータ部20とを備える。
【0011】
古典コンピュータ部10は、制御部11、記憶部12、入出力部13、観測部14、及び学習部15を含む。
【0012】
制御部11は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等を備える。制御部11のCPUは、ROM又は記憶部12に予め記憶された各種プログラムを実行することにより、古典コンピュータ部10及び量子コンピュータ部20の動作を制御する。制御部11のRAMは、各種プログラムの実行中に生成されるデータ等を一時的に記憶する。
なお、本実施の形態では、CPU、ROM、RAM等を備えた制御部11により量子コンピュータ部20の動作を制御する構成について説明するが、FPGA(Field Programmable Gate Array)、アナログ回路等の処理回路を用いて量子コンピュータ部20の制御を行ってもよいことは勿論のことである。
【0013】
記憶部12は、HDD(Hard Disk Drive)などの記憶装置を備え、各種プログラム及びデータを記憶する。記憶部12が記憶するプログラムには、古典コンピュータ部10の動作全体を制御するためのプログラムであるオペレーティングシステム(OS)12A、量子コンピュータ部20の動作を制御するためのプログラム(量子プログラム)12B等が含まれる。また、記憶部12が記憶するデータには、量子コンピュータ部20に入力する入力データ、量子コンピュータ部20の動作を制御するために必要な制御データ等が含まれる。
【0014】
なお、量子プログラム12Bは、DVD−ROMなどのメディアM(非一時的な記録媒体)によって提供されるものであってよい。この場合、量子情報処理システムが備える古典コンピュータ部10は、図に示していない読取装置を用いて、メディアMから量子プログラム12Bを読み取り、記憶部12内に量子プログラム12Bをインストールする。
【0015】
入出力部13は、キーボード、マウス等の入力デバイス、及びディスプレイ装置等の出力デバイスを接続する入出力インタフェースを備える。入出力部13は、入力デバイスを通じて入力されるデータを制御部11へ送出し、制御部11は、入出力部13からのデータに基づいて各種処理を実行する。また、制御部11は、量子コンピュータ部20から出力される出力データ等のユーザへ報知すべきデータを取得した場合、当該データを、入出力部13を通じて出力デバイスへ出力する。
【0016】
観測部14は、量子コンピュータ部20の出力層23に接続されており、量子レザバー22から読み出される出力データを、出力層23を通じて取得する。観測部14は、取得した出力データを制御部11へ送出する。
【0017】
学習部15は、量子コンピュータ部20に入力する入力データについて理想的な出力データを示す教師データを記憶するためのメモリ(不図示)を備える。学習部15は、出力層23に接続されており、出力層23を通じて読み出された出力データと、予め記憶されている教師データとに基づき、出力層23が出力データを読み出す際のパラメータ(後述する線形重み)を決定する。学習部15により決定された線形重みは、制御部11を通じて出力層23にフィードバックされる。
【0018】
なお、本実施の形態では、古典コンピュータ部10が学習部15を独立した構成要素として備える構成としたが、制御部11が学習部15の機能を備えていてもよい。この場合、教師データは例えば記憶部12に記憶される。制御部11は、学習フェーズにおいて、観測部14を通じて取得した量子コンピュータ部20からの出力データと、記憶部12から読み出した教師データとに基づき、出力層23が出力データを読み出す際の線形重みを決定し、読み出しゲート23へのフィードバックを行うことにより、学習部15の機能を実現する。
【0019】
量子コンピュータ部20は、入力層21、量子レザバー22、及び出力層23を含む。
【0020】
入力層21は、古典コンピュータ部10の制御部11から入力される入力データに基づく時系列信号を、量子レザバー22の量子系が備える量子ビットへ出力する。量子ビットへ出力する時系列信号は、ブールタスクのように0又は1の値を取るバイナリの信号であってもよく、ダイナミカルタスクのように0から1の範囲の連続変数の信号であってもよい。
【0021】
量子レザバー22は、互いに相互作用する複数の量子ビットにより構成される量子系を含む。量子レザバー22が備える量子系としては、例えば、液体及び固体NMR(Nuclear Magnetic Resonance)量子スピンアンサンブル、超伝導量子回路、トラップイオン、量子ドット、光格子上の中性原子に代表されるような量子力学に基づいて振る舞う物理系を含む制御性のある任意の量子系を用いることができる。量子レザバー22の構成については、後に詳述することとするが、本実施の形態では、ハミルトニアンによる時間発展を多重分割することによってノード数を増やした仮想ノードを用いて量子レザバー22を構築する。
【0022】
出力層23は、例えば、単電子トランジスタ、ラジオ波を検出するコイル、レーザ光を用いた格子検出器などの観測手段を各量子ビットに対応して備え、量子レザバー22の量子系が備える各量子ビットの状態を観測すると共に、各量子ビットの状態の観測結果に基づき、学習部15にて決定された線形重みを利用して出力データを読み出す。
【0023】
なお、上述した量子情報処理システムでは、古典コンピュータ部10と量子コンピュータ部20とを便宜的に分離した構成としたが、必ずしも両者を分離して備える必要はなく、古典コンピュータ部10及び量子コンピュータ部20を一体に備えたシステム(装置)として構築してもよい。
【0024】
図2は量子系のダイナミクスを説明する説明図である。量子レザバー22が備える量子系は、N個(Nは2以上の整数)の量子ビットにより構成されるものとする。なお、
図2の例では5量子ビット(すなわち、N=5の場合)の量子系を示している。
【0025】
N個の量子ビットからなる量子系は、2
N ×2
N のハミルトニアン密度行列ρにより記述される。閉じた系における量子系のダイナミクス(量子ダイナミクス)は、ハミルトニアンH、2
N ×2
N のハミルトニアン行例、及び、時刻tにおける密度ρ(t)により定義される。密度ρ(t)は、時間間隔τが経過した後、ハミルトニアンHに従って、ρ(t+τ)=e
-iHτρ(t)
iHτ に時間発展する。
【0026】
量子系の観測可能な物理量は、2
N ×2
N のハミルトニアン行列Oにより定義され、その平均値<O>=Tr[Oρ(t)]は量子系から得られる。密度行列を4
N 次元の演算子空間におけるベクトルXとして記述したとき、任意の物理演算子は状態Xに対する線形マップとして記述される。ユニタリ時間発展は、次式のように書き直すことができる。
【0028】
ここで、4
N ×4
N の行列U
τは、U
τU
τT=Iの関係を満たし、ユニタリ性を有する。
【0029】
量子ダイナミクスを情報処理に活用するために、量子レザバー22が備える量子系への入力信号Sk(k=1,2,3,…)を導入する。ここで、入力信号Skは、ブールタスクのように0又は1の値を取るバイナリであってもよく、ダイナミカルタスクのように0から1の範囲の連続変数であってもよい。各時刻t=kτ(k=1,2,3,…,τは一定の時間間隔)において、入力信号Skは1つの量子ビットに入力され、その量子ビットの状態は、ρ
sk=|ψ
sk><ψ
sk|に置き換えられる。ここで、|ψ
sk>は、以下の式により表される。
【0031】
各量子ビットから得られる信号は、各量子ビットにおいて局所的に観測可能な物理量の平均値により定義される。ここで、観測可能な物理量として、i番目の量子ビットに作用するパウリ演算子Z
i を使用する。例えば、スピンを量子ビットとして用いる場合、観測可能な物理量は、核スピンの磁化率に対応する。時刻tにおいてi番目の量子ビットから得られる信号をx’
i (t)とした場合、x’
i (t)は、次式により表すことができる。
【0033】
図3は入力信号及び量子ダイナミクスの時間変化の一例を示す図である。
図3Aに示す入力信号Skは、例えば0又は1の値を取るバイナリの時系列信号である。このような入力信号Skを、入力層21を通じて、量子レザバー22の量子系が備える量子ビットの1つに与えた場合、ハミルトニアンH、2
N ×2
N のハミルトニアン行例、及び密度ρ(t)により定義される量子ダイナミクスは、ハミルトニアンHに従って時間発展する。このとき、各量子ビットから得られる信号x’
i (t)は、入力信号Skを反映して、例えば
図3Bに示すような時間変化を示す。
【0034】
x
i (t)=Tr[Z
i ](i=1,…,N)のように演算子空間における基底を適切に選択することにより、状態x(t)の最初のN個の要素(実ノードという)は、信号x’
i (t)=[1+x
i (t)]/2に置き換えられる。本実施の形態では、信号として使用されない状態x(t)の残り(4
N −N)個のノードを、隠れノードとして参照する。量子レザバー22の特徴の1つは、実ノードに対する入力信号を通じて、指数関数的に多くの隠れノードが観測されることである。
【0035】
図4は仮想ノードの抽出例を説明する説明図である。本実施の形態では、時刻kτ(k=1,2,3,…)のタイミングでのみ量子レザバー22から信号を抽出するのではなく、時間間隔τの間、量子系はその量子系の時間発展を与えるハミルトニアンに従って時間発展することを利用し、時間間隔τをV分割(Vは2以上の整数)したそれぞれの時刻における各量子ビットの情報を抽出する。すなわち、N個の量子ビットを備えた量子レザバー22からは、1つの時間間隔τの間に合計N×V個のデータが出力されることになる。本実施の形態では、N×V個のデータをこのタイムステップにおける出力ノードとして利用する。時間発展を多重分割することによってノード数を増やしているので、このN×V個の出力ノードを以下では仮想ノードと称する。
【0036】
入力層21を通じて入力される時系列信号は、量子系の時間発展を介して仮想ノードへと出力される。この仮想ノードには、過去の入力信号を基に処理された信号が保持されている。しかしながら、量子系の時間発展が乱雑さを含む無秩序なものであるため、仮想ノードの情報からうまく有意義な情報を引き出すことが必要である。以下、複数の仮想ノードを備えた量子レザバー22から出力信号を読み出す手法について説明する。
【0037】
図5は量子レザバー22から出力信号を読み出す手法を説明する説明図である。仮想ノードの状態を{x’
ki}により記述する。ここで、kは1≦k≦L(Lは適宜の整数)を満たす整数であり、iは1≦i≦NVを満たす整数である。なお、x’
k0=1.0を一定のバイアス項として定義する。
【0038】
本実施の形態では、学習フェーズにおいて、入力信号Skを与えたときの理想的な出力信号である教師信号ηkを再現するように、仮想ノードから信号を読み出す際の線形重みw
LRを決定する。具体的には、学習部15は、各仮想ノードの状態{x’
ki}に基づいて得られる出力信号yk=Σx’
ki・w
i (w
i は各仮想ノードに対する線形重みであり、iは0〜NVの整数) と、教師信号ηkとの間の二乗平均誤差を次式により算出し、算出した最小となるように線形重みw
LRを決定する。このとき、学習部15は、例えば、ムーア・ペンローズの疑似逆行列を用いることにより、線形重みw
LRを容易に算出することが可能である。また、線形重みの決定法については、疑似逆行列以外にも、必要に応じて、様々な選択肢が存在することを付言しておく。例えば、レザバーにおける計算素子数が多すぎる場合、過学習による問題を防ぐために、Ridge回帰、Lasso回帰、ならびにElastic netの手法などによる線形重みの正則化を適宜導入することができる。あるいは、再帰的最小二乗法やいわゆるFORCE学習法などを用いて、学習過程をバッジ処理でなく、リアルタイム処理で行うことも可能である。
【0040】
学習フェーズにおいて学習部15が決定した線形重みw
LRは、制御部11を通じて出力層23にフィードバックされる。出力層23は、フィードバックされた線形重みw
LRを用いて、最終的な出力信号ykを次式に従って量子レザバー22から読み出すことができる。すなわち、本実施の形態に係る量子情報処理システムでは、量子レザバー22から出力信号を読み出す際に、線形重みw
LR以外のパラメータを必要としないことを特徴の1つとしている。よって、量子系の設計上、不均一性や不完全性を有していてもよく、任意の量子系を利用することができる。
【0042】
なお、学習部15は、学習により線形重みw
LRを取得する代わりに、最適化した物理量O
trained を次式により求め、<O
trained >として出力してもよい。
【0044】
以下、本実施の形態に係る量子情報処理システムの動作について説明する。
図6は本実施の形態に係る量子情報処理システムにおいて実行される処理の手順を説明するフローチャートである。なお、
図6のフローチャートにより示される動作は、制御部11が、記憶部12に記憶されたOS12A、量子プログラム12B等の各種プログラムを読み出して実行し、古典コンピュータ部10及び量子コンピュータ部20が備える各部の動作を制御することによって実現するものである。
【0045】
制御部11は、処理対象となる入力データに基づく時系列信号を、量子コンピュータ部20の入力層21を通じて量子レザバー22に入力する(ステップS11)。
【0046】
次いで、制御部11は、量子レザバー22から出力時系列信号を読み出す際の線形重みw
LRを取得済みであるか否かを判断する(ステップS12)。
【0047】
線形重みw
LRを取得済みである場合(S12:YES)、制御部11は、線形重みw
LRのデータを出力層23に与えると共に、量子レザバー22から出力時系列信号の読み出しを指示する。量子コンピュータ部20の出力層23は、量子レザバー22が備えるN×V個の仮想ノードの状態を観測し(ステップS13)、仮想ノードに保持されている信号に対して線形重みw
LRのデータを適用して、量子レザバー22から出力時系列信号を読み出す(ステップS14)。出力層23にて読み出された出力時系列信号は、観測部14を通じて、制御部11に送出される。
【0048】
また、線形重みw
LRを取得済みでない場合(S12:NO)、制御部11は、線形重みw
LRを学習により決定するように学習部15に指示する。学習部15は、理想的な出力時系列信号である教師信号と、出力層23を通じて量子レザバー22から読み出される時系列信号とに基づき、線形重みw
LRを学習により決定する(ステップS15)。学習部15により決定された線形重みw
LRは、制御部11に通知される。線形重みw
LRを決定した後、制御部11は、処理をステップS11に戻す。
【0049】
なお、
図6に示すフローチャートでは、線形重みw
LRを取得済みでないと判断した場合に学習フェーズに移行し、学習により線形重みw
LRを決定する構成としたが、時系列信号の入力時に、まず学習フェーズに移行して線形重みw
LRを決定し、その後に出力時系列信号を取得する構成であってもよい。
【0050】
また、量子レザバー22から読み出して得られる出力時系列信号を、入力層21を通じて再度量子レザバー22に入力し、フィードバック学習を行う構成としてもよい。
【0051】
以下、本実施の形態に係る量子情報処理システムの性能評価について説明する。量子系の時間発展は、従来の計算機で使われているニューラルネットワークやリカレントニューラルネットワークの一種であるエコーステートネットワークのダイナミクスと異なる。本実施の形態では、量子コンピュータの計算能力を最大限に引き出すために、時間多重化及び仮想ノードといった概念を導入している。本実施の形態では、ベンチマーク評価によってその効果を検証した。
【0052】
図7及び
図8はベンチマーク評価による評価結果を示すグラフである。各グラフの縦軸は非線形性を表し、横軸は短期間の記憶容量(Short term memory capacity)を表している。なお、非線形性は、0又は1の二値をランダムに入力し、rステップ前(rは1以上の整数)までのすべての入力のパリティ(偶奇)を出力させるパリティ検査タスクを指標として用いた。
【0053】
図7Aのグラフは、量子ビット数が2の場合(N=2の場合)の評価結果を示している。同様に、
図7B及び
図7Cのグラフは、それぞれ量子ビット数が3及び4の場合の評価結果を示し、
図8A〜
図8Cのグラフは、それぞれ量子ビット数が5〜7の場合の評価結果を示している。各グラフには、参考として、従来のエコーステートネットワーク(ESN)の評価結果を「×」のマークにより示している。ここで、ESN10、ESN50、ESN100、ESN200、ESN300、ESN500は、それぞれ10ノード、50ノード、100ノード、200ノード、300ノード、500ノードからなるESNの評価結果を表す。
【0054】
本実施の形態に係る量子情報処理システムでは、10ノードのESNと同等の性能を2又は3量子ビットで実現可能であり、50ノードのESNと同等の性能を4量子ビットで実現可能であることが
図7A〜
図7Cのグラフから読み取ることができる。また、量子ビット数を増やすことにより、更なる性能向上を見込むことができ、100〜500ノードのESNに匹敵する性能を5〜7量子ビットで実現可能であることが
図8A〜
図8Cのグラフから読み取ることができる。
【0055】
以上のように、本実施の形態では、万能量子計算機上の量子アルゴリズムとは異なり、実際に実現されているような不均一性や不完全性を含む量子多体系の実時間ダイナミクスを、誤り訂正などの既存の量子情報処理において必要とされている操作を用いずに、そのまま時系列データ処理へと活用することを可能とする。
【0056】
更に、実現が容易な(若しくは既に実現されている)比較的小規模の量子系であっても、非常に高い情報処理能力を引き出すことができる。例えば、2〜7量子ビットの量子系を数値的にシミュレートすることにより、量子情報処理システムの性能評価を行い、標準的なリカレントニューラルネットワークであるエコーステートネットワークと比較した結果、500ノードのエコーステートネットワークが有する記憶容量、非線形パリティ検査容量と同等の能力を有することが示された。
【0057】
数値計算においては、量子系のハミルトニアンにおけるパラメータに与え、平均的な性能評価を行っており、この目的で最適化された量子系ではなく、不均一性を有する無秩序な量子系であっても、本実施の形態で開示した手法を利用することが可能である。近未来的に実験で実現される10〜100量子ビットからなる量子系を用いて物理的に実装することにより、大規模な情報処理が量子学習を用いて可能になる。
【0058】
量子系は線形なシステムであるが、粒子数(量子ビット数)に対して次元が指数的に増加するため、本実施の形態で導入した仮想ノードを通じて、非線形性を引き出すことが可能である。仮想ノードの導入による非線形性の誘導方法は、より一般的に、大規模な線形システムを非線形時系列データ処理に利用するための方法として利用することも可能である。よって、自然言語処理、音声認識処理、雑音の除去、動画におけるパターン認識、株価予想、ロボットなどの動的システムにおける自立制御など、非線形時系列データ処理が必要となる分野において、本実施の形態に係る量子情報処理システムを利用することができる。
【0059】
(実施の形態2)
実施の形態1では、量子レザバー22が単一の量子系を備え、この量子系が備える量子ビットの1つに入力信号を付与する構成としたが、量子レザバー22が独立した量子ダイナミクスを有する複数の量子系を含み、各量子系が備える量子ビットの1つに入力信号を付与してもよい。
実施の形態2では、量子レザバー22が複数の量子系を含む空間多重化の手法について説明する。なお、実施の形態2に係る量子情報処理システムの全体構成については、実施の形態1と同様であるため、その説明を省略することとする。
【0060】
図9は実施の形態2に係る量子レザバー22の構成を説明する説明図である。実施の形態2に係る量子レザバー22は複数の量子系を含み、各量子系が複数の量子ビットにより構成されている。ここで、量子レザバー22に含まれる複数の量子系が全く同じ結合、各種パラメータを有するアンサンブル量子系であった場合、各アンサンブル量子系が十分に離れていたとしても、それぞれから得られる時系列が同期してしまう現象が起こり得る。このため、量子レザバー22に含まれる複数の量子系は、少なくとも一部の結合、又はQR数、τ、仮想ノード数などのパラメータが異なり、それぞれが独立した量子ダイナミクスを有することが好ましい。
【0061】
なお、
図9には、量子レザバー22が3つの量子系を含み、各量子系が5つの量子ビットを備える構成を便宜的に記載したが、量子レザバー22の構成は
図9に示すものに限定されるものではない。量子レザバー22に含まれる量子系の数、及び各量子系が備える量子ビットの数はそれぞれ任意に設定され得る。
【0062】
量子コンピュータ部20が備える入力層21は、複数の量子系(
図9の例では3つの量子系)がそれぞれ備える量子ビットの1つに入力信号である時系列信号を与える。各量子系が備える量子ビットの1つに入力信号を与えた場合、ハミルトニアンH、2
N ×2
N のハミルトニアン行例、及び密度ρ(t)により定義される各量子系における量子ダイナミクスは、それぞれのハミルトニアンHに従って時間発展する。
【0063】
本実施の形態では、時刻kτ(k=1,2,3,…)のタイミングでのみ量子レザバー22から信号を抽出するのではなく、時間間隔τの間、量子系はその量子系の時間発展を与えるハミルトニアンに従って時間発展することを利用し、時間間隔τをV分割(Vは2以上の整数)したそれぞれの時刻における各量子ビットの情報を量子レザバー22が備える複数の量子系からそれぞれ抽出する。
【0064】
出力層23は、例えば、単電子トランジスタ、ラジオ波を検出するコイル、レーザ光を用いた格子検出器などの観測手段を各量子系を構築する量子ビットに対応して備え、量子レザバー22に含まれる複数の量子系が備える各量子ビットの状態を観測すると共に、各量子ビットの状態の観測結果に基づき、学習部15にて決定された線形重みを利用して出力データを読み出す。
【0065】
以下、結合は異なるが、QR数、τ、仮想ノード数(時間発展の多重分割数)などのパラメータが同一である複数の量子系を用いて空間多重化を行った量リザバー22を有する量子情報処理システムの性能評価について説明する。
【0066】
図10〜
図13は実施の形態2に係る量子情報処理システムのベンチマーク評価による評価結果を示すグラフである。
図10及び
図11は、それぞれNARMA2、NARMA10というベンチマークタスクを用いて、空間多重化の寄与を調べた結果を示している。各グラフの横軸は計算素子の総量であり、具体的には(量子ビットの数)×(時間発展の多重分割による仮想ノード数)×(空間多重化の数)を表している。また、縦軸はエラー(NMSE)を表している。各グラフは、空間多重化を5回まで施した結果を示している。
【0067】
図10及び
図11に示すグラフでは、NMSEの値が大きい程、計算機のパフォーマンスが低いことを表しているが、NARMA2及びNARMA10の何れのベンチマークタスクを用いた場合であっても、空間多重化により右下がりの傾向を示しており、計算能力が向上していることが分かる。
【0068】
図12及び
図13は、それぞれ非線形性の次数が1及び3の場合の記憶容量を示している。各グラフの横軸は計算素子の総量であり、具体的には(量子ビットの数)×(時間発展の多重分割による仮想ノード数)×(空間多重化の数)を表している。また、縦軸は記憶容量を表している。各グラフは、空間多重化を5回まで施した結果を示している。
【0069】
図12及び
図13に示すグラフでは、記憶容量の値が大きいほど計算能力が高いことを表しているが、非線形性の次数が1及び3の場合であっても、空間多重化により右上がりの傾向を示しており、計算能力が向上していることが分かる。
【0070】
量子レザバーでは分子が計算資源となるが、巨大な分子を有するレザバーは簡単に設計及び準備できない可能性がある。しかしながら、実施の形態2で示した空間多重化の手法では、計算能力を向上させるために、試料となる分子の大きさを巨大化する必要はなく、比較的準備し易い小さな分子を複数種用意するといった簡単な操作で計算能力を向上させることができる。
【0071】
今回開示された実施の形態は、全ての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上述した意味ではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。