特許第6807053号(P6807053)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6807053
(24)【登録日】2020年12月9日
(45)【発行日】2021年1月6日
(54)【発明の名称】スプリング移動工具
(51)【国際特許分類】
   F16D 65/00 20060101AFI20201221BHJP
【FI】
   F16D65/00 E
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-81144(P2017-81144)
(22)【出願日】2017年4月17日
(65)【公開番号】特開2018-179183(P2018-179183A)
(43)【公開日】2018年11月15日
【審査請求日】2020年3月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000170
【氏名又は名称】いすゞ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107238
【弁理士】
【氏名又は名称】米山 尚志
(72)【発明者】
【氏名】木下 博正
(72)【発明者】
【氏名】森 仁志
【審査官】 山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】 実開昭57−59220(JP,U)
【文献】 特開2006−17266(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 49/00−71/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボルト挿通孔が形成されたアンカーブラケットと、前記ボルト挿通孔の両側に配置されて前記アンカーブラケットに移動可能に支持される一対のシューウェブと、前記一対のシューウェブ間の前記ボルト挿通孔の近傍で第1方向に延びて両端部が前記一対のシューウェブに連結されるリターンスプリングとを有するドラムブレーキを車体側に固定する際に、前記ボルト挿通孔を挿通したボルトを締結するための締結工具と前記リターンスプリングとが干渉してしまう干渉状態から前記締結工具と前記リターンスプリングとが干渉しない非干渉状態にするために、前記リターンスプリングの前記両端部間の中間領域を前記第1方向と交叉する第2方向の一側へ変形させるスプリング移動工具であって、
前記リターンスプリングの前記中間領域を前記第2方向の他側から支持可能なスプリング支持部を一端側に有する第1リンクと、
前記リターンスプリングの前記中間領域の前記第2方向の前記一側に配置される前記ドラムブレーキの所定の被係止部に対して係止可能な係止部を一端側に有し、前記第1方向に延びる回転軸を中心として他端側が前記第1リンクの他端側に対して回転自在に連結される第2リンクと、を備え、
前記干渉状態の前記リターンスプリングの前記中間領域に対して前記第1リンクの前記スプリング支持部を前記第2方向の前記他側から当接させて、前記ドラムブレーキの前記被係止部に対して前記第2リンクの前記係止部を係止した初期状態から、前記第1リンクと前記第2リンクとの前記回転軸を含む連結部を前記第2リンクの前記係止部を中心として前記第2方向の前記一側へ移動させると、前記第1リンクの前記スプリング支持部は、前記連結部の前記移動に伴って前記第2方向の前記一側へ移動するとともに、前記リターンスプリングの前記中間領域を前記第2方向の前記一側へ変形させて前記リターンスプリングを前記非干渉状態にする
ことを特徴とするスプリング移動工具。
【請求項2】
請求項1に記載のスプリング移動工具であって、
前記第1リンクの前記スプリング支持部と前記回転軸との間の直線距離である第1リンク距離は、前記干渉状態の前記リターンスプリングの前記中間領域と前記被係止部との間の前記第2方向に沿った直線距離である被係止部スプリング間距離よりも長く、
前記第2リンクの前記係止部と前記回転軸との間の直線距離である第2リンク距離は、前記第1リンク距離と前記被係止部スプリング間距離との差よりも長く、
前記初期状態の前記連結部は、前記被係止部よりも前記第2方向の前記一側に配置され、
前記初期状態の前記連結部を前記第2リンクの前記係止部を中心として前記第2方向の前記一側へ移動させる際には、前記連結部を前記アンカーブラケットに近接する方向へ移動させる
ことを特徴とするスプリング移動工具。
【請求項3】
請求項2に記載のスプリング移動工具であって、
前記第1リンクのうちの前記スプリング支持部と前記回転軸との間の領域は、前記第1方向から視た場合における前記干渉状態の前記リターンスプリングの前記中間領域と前記被係止部とを結ぶ仮想直線よりも前記アンカーブラケット側への前記連結部の移動を許容する形状に形成される
ことを特徴とするスプリング移動工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スプリング移動工具に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、ドラムブレーキが記載されている。このドラムブレーキのブレーキシューはそれぞれアンカーピンを介してアンカーブラケットに枢止されており、アンカーピンを揺動中心として揺動可能とされる。両ブレーキシューのウェブ部の先端部間にはリターンスプリングが跨設されており、ブレーキシューは、ブレーキ操作がなされていないときには、リターンスプリングの付勢力により、それぞれ内方に揺動した位置で保持される。アンカーブラケットは、中央部に開口を有し、この開口の周囲に設けたボルト挿入口に挿入されたボルトを介して車体のアクスルハウジングに固定される。なお、同公報には、リターンスプリングとアンカーブラケットのボルト挿入口とが重なって配置された状態が図示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−242238号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載のドラムブレーキのように、リターンスプリングとアンカーブラケットのボルト挿入口(ボルト挿通孔)とが重なって配置される場合には、ドラムブレーキを車体側に固定する際、アンカーブラケットのボルト挿通孔に挿通したボルトを締め付けるための締付工具とリターンスプリングとが干渉してしまう。締付工具とリターンスプリングとの干渉を避けるためにドラムブレーキの裏側から締付工具で締結すると、ドラムブレーキの裏側のスペースは狭いので、締結作業が煩雑になる可能性がある。また、ドラムブレーキからリターンスプリングを取り外した状態で締結作業を行うと、締結作業後にリターンスプリングを取り付ける必要があるので、ドラムブレーキを車体側に取り付ける取付作業の作業工程が増加してしまう。
【0005】
そこで、本発明は、ドラムブレーキのボルトの締結作業時にリターンスプリングを締結工具と干渉しない非干渉状態にすることが可能なスプリング移動工具の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明の第1の態様は、ボルト挿通孔が形成されたアンカーブラケットと、ボルト挿通孔の両側に配置されてアンカーブラケットに移動可能に支持される一対のシューウェブと、一対のシューウェブ間のボルト挿通孔の近傍で第1方向に延びて両端部が一対のシューウェブに連結されるリターンスプリングとを有するドラムブレーキを車体側に固定する際に、ボルト挿通孔を挿通したボルトを締結するための締結工具とリターンスプリングとが干渉してしまう干渉状態から締結工具とリターンスプリングとが干渉しない非干渉状態にするために、リターンスプリングの両端部間の中間領域を第1方向と交叉する第2方向の一側へ変形させるスプリング移動工具であって、第1リンクと第2リンクとを備える。第1リンクは、リターンスプリングの中間領域を第2方向の他側から支持可能なスプリング支持部を一端側に有する。第2リンクは、リターンスプリングの中間領域の第2方向の一側に配置されるドラムブレーキの所定の被係止部に対して係止可能な係止部を一端側に有し、第1方向に延びる回転軸を中心として他端側が第1リンクの他端側に対して回転自在に連結される。
【0007】
干渉状態のリターンスプリングの中間領域に対して第1リンクのスプリング支持部を第2方向の他側から当接させて、ドラムブレーキの被係止部に対して第2リンクの係止部を係止した初期状態から、第1リンクと第2リンクとの回転軸を含む連結部を第2リンクの係止部を中心として第2方向の一側へ移動させると、第1リンクのスプリング支持部は、連結部の移動に伴って第2方向の一側へ移動するとともに、リターンスプリングの中間領域を第2方向の一側へ変形させてリターンスプリングを非干渉状態にする。
【0008】
上記構成では、干渉状態のリターンスプリングを非干渉状態にする場合には、先ず、リターンスプリングの中間領域に対して第1リンクのスプリング支持部を第2方向の他側から当接させて、ドラムブレーキの被係止部に対して第2リンクの係止部を係止した初期状態にする。次に、第1リンクと第2リンクとの連結部を、第2リンクの係止部を中心として第2方向の一側へ移動させる。これにより、第1リンクのスプリング支持部は、連結部の前記移動に伴って第2方向の一側へ移動するとともに、リターンスプリングの中間領域を第2方向の一側へ変形させてリターンスプリングを非干渉状態にする。このため、ドラムブレーキを車体側に固定する際に、アンカーブラケットのボルト挿通孔にボルトを挿通してボルトを締結する締結作業時に、締結工具とリターンスプリングとの干渉を防止することができ、作業性を向上させることができる。
【0009】
また、第1リンクのスプリング支持部は、干渉状態のリターンスプリングの中間領域に対して第2方向の他側から当接した状態で、リターンスプリングの中間領域を第2方向の一側へ変形させる。このように、スプリング支持部をリターンスプリングの中間領域に対して第2方向の他側から当接させて、スプリング支持部を第2方向の一側へ移動させることによって、リターンスプリングの中間領域を第2方向の一側へ変形させるので、スプリング支持部とリターンスプリングとの擦れを抑えることができ、リターンスプリングの損傷を抑制することができる。
【0010】
本発明の第2の態様は、上記第1の態様のスプリング移動工具であって、第1リンクのスプリング支持部と回転軸との間の直線距離である第1リンク距離は、干渉状態のリターンスプリングの中間領域と被係止部との間の第2方向に沿った直線距離である被係止部スプリング間距離よりも長い。第2リンクの係止部と回転軸との間の直線距離である第2リンク距離は、第1リンク距離と被係止部スプリング間距離との差よりも長い。初期状態の連結部は、被係止部よりも第2方向の一側に配置される。初期状態の連結部を第2リンクの係止部を中心として第2方向の一側へ移動させる際には、連結部をアンカーブラケットに近接する方向へ移動させる。
【0011】
上記構成では、干渉状態のリターンスプリングを非干渉状態にする場合には、先ず、初期状態にし、次に、第1リンクと第2リンクとの連結部を、第2リンクの係止部を中心としてアンカーブラケットに近接する方向へ移動させる。
【0012】
第1リンクのスプリング支持部と回転軸との間の直線距離である第1リンク距離は、干渉状態のリターンスプリングの中間領域と被係止部との間の第2方向に沿った直線距離である被係止部スプリング間距離よりも長く、第2リンクの係止部と回転軸との間の直線距離である第2リンク距離は、第1リンク距離と被係止部スプリング間距離との差よりも長い。また、上記初期状態で、第1リンクと第2リンクとの連結部は、被係止部よりも第2方向の一側に配置される。このように、少なくとも2つのリンク(第1リンク及び第2リンク)と1箇所のスライド移動部(第1リンクのスプリング支持部)とを有するトグル機構によってリターンスプリングの中間領域を変形させるので、比較的小さな力でリターンスプリングを干渉状態から非干渉状態にすることができる。
【0013】
本発明の第3の態様は、上記第2の態様のスプリング移動工具であって、第1リンクのうちのスプリング支持部と回転軸との間の領域は、第1方向から視た場合における干渉状態のリターンスプリングの中間領域と被係止部とを結ぶ仮想直線よりもアンカーブラケット側への連結部の移動を許容する形状に形成される。
【0014】
上記構成では、第1リンクのうちのスプリング支持部と回転軸との間の領域は、第1方向から視た場合における干渉状態のリターンスプリングの中間領域と被係止部とを結ぶ仮想直線よりもアンカーブラケット側への連結部の移動を許容する。連結部が、上記仮想直線をアンカーブラケット側へ越えると、リターンスプリングの復元力は、第2リンクの係止部を中心として連結部をアンカーブラケット側へ移動させるように作用するので、リターンスプリングの復元力を利用してリターンスプリングを非干渉状態に保持することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ドラムブレーキのボルトの締結作業時にリターンスプリングを締結工具と干渉しない非干渉状態にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】ドラムブレーキの正面図である。
図2図1のII−II矢視断面図である。
図3】本発明の一実施形態に係るスプリング移動工具の斜視図である。
図4図1のドラムブレーキの要部の拡大図である。
図5】リターンスプリングを移動する際の説明図であって、(a)は移動前の状態を、(b)は移動後の状態をそれぞれ示す。
図6】ボルトの締結作業の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において、FRは車両の前方を、UPは上方を、INは車幅方向内側をそれぞれ示し、図3において、一点鎖線CLはスプリング移動工具の軸棒の中心軸(回転軸)を示す。また、図5(a)、図5(b)及び図6では、分かり易くするためにスプリング移動工具のハッチングを省略している。
【0018】
本実施形態に係るスプリング移動工具30は、ドラムブレーキ1を車体(図示省略)側に締結工具17を用いて締結固定する際に、締結工具17とドラムブレーキ1のリターンスプリング4とが干渉しないようにするための工具である。
【0019】
図1及び図2に示すように、ドラムブレーキ1は、アンカーブラケット2と一対のシューウェブ6a,6bとリターンスプリング4とを有する。なお、以下の説明において、ドラムブレーキ1に関する方向は、ドラムブレーキ1を車体側に固定した状態における方向を示す。
【0020】
アンカーブラケット2は、側面視において略円形状に形成され、車幅方向に延びる車軸(図示省略)が挿通する車軸挿通孔7を中央部に有する。アンカーブラケット2の車軸挿通孔7の周囲には、複数(本実施形態では、8つ)のボルト挿通孔3が形成される。ドラムブレーキ1は、ボルト挿通孔3にボルト5(図6参照)を挿通させて該ボルト5を締結することによって、車体側の非回転部22(図6参照)に対して固定される。アンカーブラケット2の一側面(本実施形態では、車幅方向外側面)には、下端部にアンカー8が固定され、上端部にSカム9が回転自在に取り付けられる。アンカー8及びSカム9は、ボルト挿通孔3よりもアンカーブラケット2の径方向の外側で車軸挿通孔7を上下方向に挟む位置に配置される。アンカー8は、一対のアンカーピン11を有する。
【0021】
一対のシューウェブ6a,6bは、車幅方向に相対向する一対の板部(外板部12及び内板部13)をそれぞれ有し、車両の側面視において略半円形状にそれぞれ形成されて、アンカーブラケット2の車幅方向外側で前後に離間して車軸挿通孔7を挟む位置に配置されて周方向に沿って上下に延びる。シューウェブ6a,6bの下端側は、アンカー8のアンカーピン11を介してアンカーブラケット2に回転自在に支持され、上端側は、Sカム9に接触している。シューウェブ6a,6bの径方向外側には、ブレーキシュー14が固定され、シューウェブ6a,6bがブレーキシュー14を支持する。シューウェブ6a,6bの上端側には、シューウェブ6a,6bを互いに近接させる方向へ付勢するリターンスプリング4が架け渡され、シューウェブ6a,6bの下端側には、アンカースプリング15が架け渡される。ブレーキ操作がされると、Sカム9が回転し、シューウェブ6a,6bの上端側がリターンスプリング4の付勢力に抗してアンカーピン11を回転軸として互いに離間する方向へ傾動し、この傾動によってブレーキシュー14が径方向外側へ移動して車輪(図示省略)側に当接して制動力を発生させる。ブレーキ操作がされない間は、リターンスプリング4によってシューウェブ6a,6bが互いに近接させる方向に付勢され、ブレーキシュー14が車輪側から離間した状態に保持される。
【0022】
リターンスプリング4は、アンカーブラケット2の車幅方向外側に配置されて、シューウェブ6a,6b間のボルト挿通孔3(図1中のボルト挿通孔3a,3b)の近傍で前後方向(第1方向)に延びるコイルスプリングである。リターンスプリング4の前後の両端部は、シューウェブ6a,6bの上端部に設けられたピン16a,16bを介してシューウェブ6a,6bの上端部に連結される。ピン16a,16bは、シューウェブ6a,6bの上端部の各々の外板部12と内板部13との間で車幅方向に延びる。リターンスプリング4のうちの前後の両端部間の領域4a(以下、中間領域4aという。)は、コイル状に形成されて前後方向に延びる一対のコイル部18a,18bと、一対のコイル部18a,18b間で前後方向に直線状に延びる棒状部19とを一体的に有し、ボルト挿通孔3aと車幅方向に重なり、ボルト挿通孔3bと側面視において隣接する位置に配置されている。リターンスプリング4の中間領域4a(本実施形態では、中間領域4aのうちの棒状部19)は、ドラムブレーキ1を車体側の非回転部22(図6参照)に対して固定する際、ボルト挿通孔3a,3bを挿通したボルト5(図6参照)の締結時(以下、単にボルト5の締結時という。)に、締結工具17(図6参照)と干渉する。すなわち、ドラムブレーキ1のリターンスプリング4は、ボルト5の締結時に締結工具17と干渉してしまう状態(以下、干渉状態という。)となっている。
【0023】
図4図5(a)及び図5(b)に示すように、ドラムブレーキ1のうちリターンスプリング4の中間領域4aよりも、前後方向(第1方向)と交叉する第2方向(図5(a)及び図5(b)に一点鎖線10で示す方向)の上側(一側)へ離間する位置には、シューウェブ6a,6bの外板部12の上端部20が配置される。本実施形態では、シューウェブ6a,6bのうち、後側のシューウェブ6bの外板部12の上端部(所定の被係止部)20に、後述するスプリング移動工具30の係止端部32bが係止される。なお、図4には、ドラムブレーキ1に対してスプリング移動工具30を使用する際の使用位置を二点鎖線で図示している。
【0024】
スプリング移動工具30は、ボルト5の締結時にリターンスプリング4が締結工具17と干渉してしまう干渉状態から、リターンスプリング4が締結工具17と干渉しない状態(図5(b)及び図6参照。以下、非干渉状態という。)にするための工具であって、図3に示すように、第1リンク31と第2リンク32とを備える。第1リンク31と第2リンク32とは、各々の端部同士が、所定方向に直線状に延びる軸棒33を介して軸棒33の回転軸CLを中心として回転自在に連結される。なお、以下の説明において、スプリング移動工具30に関する方向は、リターンスプリング4を干渉状態から非干渉状態にするために、ドラムブレーキ1に対してスプリング移動工具30をセットした最初の状態(図5(a)参照。以下、初期状態という。)における方向を示す。
【0025】
図3図5(a)及び図5(b)に示すように、第1リンク31は、第1アーム部31aと支持板部31bとを一体的に有する。第1アーム部31aは、車幅方向と交叉する板体であって、第2リンク32との連結部34(軸棒33の回転軸CLを含む)から下方へ延びる。第2リンク32との連結部34の軸棒33及び回転軸CLは、前後方向(第1方向)に延びる。第1アーム部31aは、その上端と下端との間の所定の高さ位置で前後方向に延びる曲折部35を有し、車幅方向外側へ突出する山形状に形成される。支持板部31bは、上下方向と交叉する板体であって、第1アーム部31aの下端から車幅方向内側へ延びる。支持板部31bは、上面側に溝状のスプリング支持部36を有する。すなわち、第1リンク31は、下端側(一端側)にスプリング支持部36を有し、上端側(他端側)が第2リンク32に連結される。スプリング支持部36は、支持板部31bの上面から下方へ凹んだ状態で前後方向に延びる溝であって、リターンスプリング4の中間領域4aのうちの棒状部19に対して下方から係合する形状に形成される。
【0026】
第2リンク32は、第1リンク31との連結部34から下側へ延びる第2アーム部32aと、第2アーム部32aの先端に一体的に設けられる係止端部(係止部)32bとを有する。すなわち、第2リンク32は、下端側(一端側)に係止端部32bを有し、上端側(他端側)が第1リンク31に連結される。第2アーム部32aは、車幅方向と交叉する板体である。係止端部32bは、第2アーム部32aの先端から車幅方向内側へ曲折してから下側へ曲折する断面略L字状の板体であって、シューウェブ6bの外板部12の上端部20に係止可能に形成される。係止端部32bは、シューウェブ6bの外板部12の上端部20に上方から係止した状態で(図5(a)及び図5(b)参照)、外板部12の上端部20に上方から当接する当接面部37を有する。
【0027】
次に、スプリング移動工具30を前後方向から視た場合における第1リンク31及び第2リンク32の長さについて、図5(a)に基づいて説明する。なお、図5(a)には、初期状態が図示されており、初期状態では、第1リンク31の支持板部31bのスプリング支持部36が、干渉状態のリターンスプリング4の棒状部19に第2方向(図5(a)中の一点鎖線10で示す方向)の下側から当接し、第2リンク32の係止端部32bが、シューウェブ6bの外板部12の上端部20に対して係止されて当接面部37(図3参照)が外板部12の上端部20に第2方向の上側から当接している。
【0028】
図5(a)に示すように、第1リンク31のスプリング支持部36(本実施形態では、スプリング支持部36の上面)と軸棒33の回転軸CL(図3参照)との間の直線距離(第1リンク距離)L1は、干渉状態のリターンスプリング4の棒状部19(本実施形態では、棒状部19の下面)とシューウェブ6bの外板部12の上端部20の上面との間の第2方向に沿った直線距離(被係止部スプリング間距離)L3よりも長い(L1>L3)。第2リンク32の係止端部32bの当接面部37と軸棒33の回転軸CLとの間の直線距離(第2リンク距離)L2は、第1リンク31の上記距離L1とドラムブレーキ1の上記距離L3との差よりも長い(L2>L1−L3)。初期状態の連結部34は、シューウェブ6bの外板部12の上端部20よりも第2方向の上側に配置される。
【0029】
次に、ドラムブレーキ1を車体側に固定する際の作業について、図5(a)、図5(b)及び図6に基づいて説明する。ドラムブレーキ1を車体側に固定する際には、先ず、図5(a)に示すように、第1リンク31の支持板部31bのスプリング支持部36を、干渉状態のリターンスプリング4の棒状部19に第2方向の下側から当接させ、第2リンク32の係止端部32bを、シューウェブ6bの外板部12の上端部20に対して係止されて当接面部37が外板部12の上端部20に第2方向の上側から当接させて、上述した初期状態にする。次に、第2リンク32の係止端部32bの当接面部37とシューウェブ6bの外板部12の上端部20との当接部分を中心として第1リンク31と第2リンク32との連結部34を上方の車幅方向内側(アンカーブラケット2に近接する方向)へ傾動(移動)させる。すなわち、第2リンク32の係止端部32bとシューウェブ6bの外板部12との当接部分を中心として連結部34を第2方向の上側へ移動させる。図5(b)に示すように、第1リンク31のスプリング支持部36は、連結部34の上記移動に伴って、第2方向の上側へ移動するとともにリターンスプリング4の中間領域4aを第2方向の上側へ変形させてリターンスプリング4を非干渉状態にする。そして、第1リンク31と第2リンク32との連結部34を、前後方向から視た場合における干渉状態のリターンスプリング4の棒状部19とシューウェブ6bの外板部12の上端部20とを結ぶ第2方向に沿った仮想直線10よりも車幅方向内側へ移動させる(図5(b)参照)。すなわち、第1リンク31のうちのスプリング支持部36と軸棒33の回転軸CLとの間の領域は、シューウェブ6b(ドラムブレーキ1を構成する部品)との当接を回避して上記仮想直線10よりも車幅方向内側への連結部34の移動を許容する形状(本実施形態では、第1アーム部31aが山形状に形成され、支持板部31bが第1アーム部31aの下端から車幅方向内側へ延びる形状)に形成される。連結部34が第2リンク32の係止端部32bとシューウェブ6bの外板部12との当接部分よりも上側で上記仮想直線10を車幅方向内側へ越えると、リターンスプリング4の復元力が、第2リンク32の係止端部32bとシューウェブ6bの外板部12との当接部分を中心として、連結部34を車幅方向内側(アンカーブラケット側)の下方へ移動させるように作用する。すなわち、リターンスプリング4の復元力によってリターンスプリング4が非干渉状態に保持される。最後に、図6に示すように、スプリング移動工具30によってリターンスプリング4を非干渉状態に保持した状態で、アンカーブラケット2のボルト挿通孔3を車体側の非回転部22のボルト挿通孔23と連通させて、ボルト挿通孔3,23にボルト5を挿通し、ボルト挿通孔3,23に挿通されたボルト5に対してナット24を螺合させて、ボルト5を締結工具17によって締め付ける。ボルト5を締め付けてドラムブレーキ1を車体側に締結固定した後、スプリング移動工具30の第1リンク31と第2リンク32との連結部34を、第2リンク32の係止端部32bとシューウェブ6bの外板部12との当接部分を中心として車幅方向外側(アンカーブラケット2から離間する方向)へ移動させて、スプリング移動工具30を取り外す。なお、図5(b)には、移動前(干渉状態)のリターンスプリング4の棒状部19を二点鎖線で図示している。
【0030】
上記のように構成されたスプリング移動工具30では、ドラムブレーキ1を車体側に固定する際に、アンカーブラケット2のボルト挿通孔3にボルト5を挿通してボルト5を締結する締結作業時に、締結工具17とリターンスプリング4との干渉を防止することができ、作業性を向上させることができる。
【0031】
また、第1リンク31のスプリング支持部36は、干渉状態のリターンスプリング4の中間領域4aの棒状部19に対して第2方向の下側から当接した状態で、リターンスプリング4の中間領域4aを第2方向の上側へ変形させる。このように、スプリング支持部36をリターンスプリング4の中間領域4aに対して第2方向の下側から当接させて、スプリング支持部36を第2方向の上側へ移動させることによって、リターンスプリング4の中間領域4aを第2方向の上側へ変形させるので、スプリング支持部36とリターンスプリング4との擦れを抑えることができ、リターンスプリング4の損傷を抑制することができる。
【0032】
従って、本実施形態によれば、ドラムブレーキ1のボルト5の締結作業時にリターンスプリング4を締結工具17と干渉しない非干渉状態にすることができる。
【0033】
また、第1リンク31のスプリング支持部36と回転軸CLとの間の直線距離L1は、干渉状態のリターンスプリング4の中間領域4aとシューウェブ6bの外板部12の上端部20との間の第2方向に沿った直線距離L3よりも長く、第2リンク32の係止端部32bの当接面部37と回転軸CLとの間の直線距離L2は、第1リンク31の上記距離L1とドラムブレーキ1の上記距離L3との差よりも長い。また、初期状態の連結部34は、シューウェブ6bの外板部12の上端部20よりも第2方向の上側に配置される。このように、少なくとも2つのリンク(第1リンク31及び第2リンク32)と1箇所のスライド移動部(第1リンク31のスプリング支持部36)とを有するトグル機構によってリターンスプリング4の中間領域4aを変形させるので、比較的小さな力でリターンスプリング4を干渉状態から非干渉状態にすることができる。
【0034】
また、第1リンク31のうちのスプリング支持部36と軸棒33の回転軸CLとの間の領域は、上記仮想直線10よりも車幅方向内側への連結部34の移動を許容する形状に形成される。すなわち、第1リンク31は、上記仮想直線10よりも車幅方向内側への連結部34の移動を許容するので、リターンスプリング4の復元力を利用してリターンスプリング4を非干渉状態に保持することができる。
【0035】
なお、本実施形態では、リターンスプリング4の中間領域4aを、一対のコイル部18a,18bと棒状部19とによって構成したが、これに限定されるものではなく、例えば、中間領域4aの全域がコイルスプリングであってもよい。この場合、第1リンク31のスプリング支持部36は、コイルスプリングを支持可能な形状に形成される。
【0036】
また、本実施形態では、第1リンク31に溝状のスプリング支持部36を設けたが、これに限定されるものではなく、例えば、第1リンク31の支持板部31bの上面のうちの車幅方向に離間した位置に上方に突出する少なくとも1対の凸部(スプリング支持部)を設けてもよいし、或いは第1リンク31の支持板部31bに代えてJ字状のフック(スプリング支持部)を設けてもよい。
【0037】
また、本実施形態では、第2リンク32の係止端部32bを係止する相手側の被係止部を、シューウェブ6bの外板部12の上端部20としたが、これに限定されるものではなく、ドラムブレーキ1のうちリターンスプリング4の中間領域4aよりも第2方向の一側(本実施形態では、上側)に配置される所望の部分を被係止部とすることができる。
【0038】
また、本実施形態では、第2リンク32に断面略L字状の係止端部32bを設けたが、これに限定されるものではなく、被係止部(本実施形態では、シューウェブ6bの外板部12の上端部20)の形状に応じた様々な形状の係止端部32bを設けることができる。
【0039】
また、本実施形態では、第1アーム部31aを山形状に形成し、支持板部31bを第1アーム部31aの下端から車幅方向内側へ延ばすことによって、第1リンク31のうちのスプリング支持部36と軸棒33の回転軸CLとの間の領域を、上記仮想直線10よりも車幅方向内側への連結部34の移動を許容する形状としたが、前記領域の形状は、これに限定されるものではない。第1リンク31のうちのスプリング支持部36と軸棒33の回転軸CLとの間の領域を、ドラムブレーキ1を構成する部品との接触を回避して上記仮想直線10よりも車幅方向内側への連結部34の移動を許容する他の形状に形成してもよい。
【0040】
また、本実施形態では、初期状態の連結部34を、シューウェブ6bの外板部12の上端部20よりも第2方向の上側に配置したが、これに限定されるものではなく、例えば、初期状態の連結部34を、シューウェブ6bの外板部12の上端部20よりも第2方向の下側に配置してもよい。
【0041】
また、本実施形態では、リターンスプリング4を干渉状態から非干渉状態にする際に、連結部34を、上記仮想直線10よりも車幅方向内側へ移動させたが、連結部34を、上記仮想直線10よりも車幅方向内側へ移動させなくてもよい。
【0042】
また、本実施形態では、アンカーブラケット2の車幅方向外側のボルト5のヘッド部を締結工具17で締め付けることによってボルト5を締結したが、アンカーブラケット2の車幅方向外側にナット24を設けた場合には、締結工具17でナット24を締め付けることによってボルト5を締結してもよい。
【0043】
また、本実施形態では、前後方向(第1方向)に延びるリターンスプリング4を第2方向の上側へ移動させたが、第1方向及び第2方向はこれに限定されるものではない。例えば、上下方向(第1方向)に延びるリターンスプリングを前後方向(第2方向)の一側へ移動させてもよい。
【0044】
以上、本発明について、上記実施形態に基づいて説明を行ったが、本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではなく、当然に本発明を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。すなわち、この実施形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施形態、実施例および運用技術等は全て本発明の範疇に含まれることは勿論である。
【0045】
例えば、上記実施形態では、シューウェブ6a,6bの下端側が、アンカー8のアンカーピン11を介してアンカーブラケット2に回転自在に支持され、上端側が、Sカム9に接触しているドラムブレーキ1を例示したが、ドラムブレーキはこれに限定されるものではなく、Sカム9に代えてホイールシリンダーを有し、ホイールシリンダーによってシューウェブ6a,6bが傾動するドラムブレーキであってもよいし、或いは、シューウェブ6a,6bの上端部間及び下端部間の双方にホイールシリンダーを有し、ブレーキの作動時にシューウェブ6a,6bの全体が互いに離間する方向に移動するドラムブレーキであってもよい。
【符号の説明】
【0046】
1:ドラムブレーキ
2:アンカーブラケット
3:ボルト挿通孔
4:リターンスプリング
4a:リターンスプリングの中間領域
5:ボルト
6a,6b:一対のシューウェブ
12:シューウェブの外板部
17:締結工具
20:シューウェブの外板部の上端部
30:スプリング移動工具
31:第1リンク
32:第2リンク
32b:係止端部(係止部)
34:連結部
36:スプリング支持部
図1
図2
図3
図4
図5
図6