特許第6808169号(P6808169)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6808169鉄化合物粒子、その製造方法、及びそれを用いた酸化触媒
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6808169
(24)【登録日】2020年12月11日
(45)【発行日】2021年1月6日
(54)【発明の名称】鉄化合物粒子、その製造方法、及びそれを用いた酸化触媒
(51)【国際特許分類】
   C01G 49/02 20060101AFI20201221BHJP
   C01G 49/00 20060101ALI20201221BHJP
   B01J 23/745 20060101ALI20201221BHJP
   B01J 23/755 20060101ALI20201221BHJP
   B01J 23/889 20060101ALI20201221BHJP
【FI】
   C01G49/02 A
   C01G49/00 A
   B01J23/745 M
   B01J23/755 M
   B01J23/889 M
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-176555(P2016-176555)
(22)【出願日】2016年9月9日
(65)【公開番号】特開2018-39709(P2018-39709A)
(43)【公開日】2018年3月15日
【審査請求日】2019年6月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】毛利 登美子
(72)【発明者】
【氏名】須田 明彦
(72)【発明者】
【氏名】森川 健志
【審査官】 廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−235222(JP,A)
【文献】 特開2002−151068(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2002/0192152(US,A1)
【文献】 中国特許出願公開第102218317(CN,A)
【文献】 OPUTU Ogheneochuko et al.,Journal OF Environmemtal Sciences,2015年,35,83-90
【文献】 CHAUDHARI Nitin K. et al., Journal of Nanoscience and Nanotechnology ,2011年,11,4457-4462
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 49/00−9/08
B01J 21/00−38/74
B01J 20/00−20/28
B01J 20/30ー20/34
C02F 1/28
C01B 3/00−6/34
H01M 4/00−4/62
H01M 4/86−4/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−FeOOH結晶相を含有し、一次粒子の形状がロッド状であり、一次粒子の長軸の平均長さが1〜25nmかつ長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)の平均値が3〜10であり、溶媒中において動的光散乱法により測定された平均粒子径が1〜600nmであることを特徴とする鉄化合物粒子。
【請求項2】
周期表第4〜12族に属するFe以外の3d及び4d遷移金属元素並びにAl元素からなる群から選択される少なくとも1種のFe以外の金属元素が前記β−FeOOH結晶相にドープされており、前記Fe以外の金属元素とFe元素との原子比(Fe以外の金属元素/Fe元素)が0.001〜0.5であることを特徴とする請求項に記載の鉄化合物粒子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の鉄化合物粒子からなることを特徴とする酸化触媒。
【請求項4】
Feイオンを含有する原料溶液Aと中和剤を含有する原料溶液Bとを0〜50℃の温度条件下で混合して、pH1.8〜3.0のコロイド溶液を調製し、請求項1又は2に記載の鉄化合物粒子を得ることを特徴とする鉄化合物粒子の製造方法。
【請求項5】
前記Feイオンが、3価のFeイオンであることを特徴とする請求項に記載の鉄化合物粒子の製造方法。
【請求項6】
前記原料溶液Aが、周期表第4〜12族に属するFeイオン以外の3d及び4d遷移金属元素イオン並びにAlイオンからなる群から選択される少なくとも1種のFe以外の金属イオンを更に含有するものであることを特徴とする請求項4又は5に記載の鉄化合物粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−FeOOH結晶相を有する鉄化合物粒子、その製造方法、及びこの鉄化合物粒子を用いた酸化触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
Feは、地球上での存在量が豊富であり、人体に対して無害であるため、資源の枯渇や人体への安全性といった観点において、重要な元素の一つである。このため、鉄化合物を利用した材料開発は重要な技術開発の一つとして、従来から活発に行われている。
【0003】
このような鉄化合物の中でも、鉄錆の一種であるβ−オキシ水酸化鉄(akaganeite)は、顔料、磁性粉材料、塗膜補強用顔料、二次元フェライト原料、樹脂用補強材として従来から利用されているが、最近では、α−Feの前駆体や、水の酸化触媒として有用であることも知られてきた。
【0004】
このようなβ−オキシ水酸化鉄(β−FeOOH)の製造方法としては、例えば、特開昭55−339号公報(特許文献1)には、塩化アンモニウムと尿素を溶解した水溶液を予め60℃以上に加温し、これに塩化第二鉄水溶液を加え、その際の混合液温度を60℃以上に保持して加水分解することによって、β−FeOOHを製造する方法が開示されている。また、特開昭58−135135号公報(特許文献2)及び特開昭58−135136号公報(特許文献3)には、塩化第一鉄水溶液に酸素含有ガスを通気して酸化することにより、β−オキシ水酸化鉄粒子粉末を製造する方法において、前記塩化第一鉄水溶液に第二鉄塩や強酸を添加した後、酸化することが記載されている。更に、特開平3−109215号公報(特許文献4)及び特開平3−109216号公報(特許文献5)には、塩化第二鉄水溶液にオキシカルボン酸又は硫酸イオンを共存させ、100℃の温度で熟成させることによって、β−FeOOHを製造する方法が開示されている。また、Appl.Phys.Lett.、2007年、第90巻、103504頁(非特許文献1)には、NaNOの存在下で塩化第二鉄を70℃に加熱することによってβ−FeOOHが得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭55−339号公報
【特許文献2】特開昭58−135135号公報
【特許文献3】特開昭58−135136号公報
【特許文献4】特開平3−109215号公報
【特許文献5】特開平3−109216号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Alan G.Jolyら、Appl.Phys.Lett.、2007年、第90巻、103504頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のβ−FeOOHの製造方法では、加熱時の結晶成長により、β−FeOOHの粒子径が大きくなり、例えば、特許文献1に記載の方法で得られるβ−FeOOH粒子は、粒子径が0.3〜0.8μm、軸比(長軸/短軸)が10〜50であり、特許文献3に記載の方法で得られるβ−FeOOH粒子は、長軸の長さが0.4〜0.6μm、軸比(長軸/短軸)が3〜5であり、特許文献4に記載の方法で得られるβ−FeOOH粒子は、長軸の長さが0.18μm、軸比(長軸/短軸)が2.4であり、非特許文献に記載の方法で得られるβ−FeOOH粒子は、粒子径が150〜200nm、軸比(長軸/短軸)が10〜13であるため、水系スラリーとしての安定性が低く、また、比表面積が小さく、触媒としての性能が低いものであった。
【0008】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、水系溶媒中で安定に存在することが可能であり、酸化触媒活性に優れた鉄化合物粒子及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、特許文献4に記載の方法において、加熱時の結晶成長による粒子径の増大を抑制するために、熟成温度を50℃以下に変更してβ−FeOOH粒子を製造したところ、β−FeOOH結晶相が形成されず、酸化触媒として十分に機能しないアモルファス構造のβ−FeOOH粒子が得られることを見出した。
【0010】
そこで、本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、Feイオンを含有する原料溶液と、中和剤を含有する溶液とを、50℃以下の温度条件下でコロイド溶液のpHが1.8〜5.0となるように、混合することによって、β−FeOOH結晶相を含有する一次粒子径が小さい鉄化合物粒子が得られることを見出し、さらに、この鉄化合物粒子が水系溶媒中で安定に存在し、酸化触媒活性に優れていることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明の鉄化合物粒子は、β−FeOOH結晶相を含有し、一次粒子の形状がロッド状であり、一次粒子の長軸の平均長さが1〜25nmかつ長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)の平均値が3〜10であり、溶媒中において動的光散乱法により測定された平均粒子径が1〜600nmであることを特徴とするものである。
【0012】
本発明の鉄化合物粒子においては、周期表第4〜12族に属するFe以外の3d及び4d遷移金属元素並びにAl元素からなる群から選択される少なくとも1種のFe以外の金属元素が前記β−FeOOH結晶相にドープされていてもよく、この場合、Fe以外の金属元素とFe元素との原子比(Fe以外の金属元素/Fe元素)が0.001〜0.5であることが好ましい。
【0013】
本発明の酸化触媒は、このような本発明の鉄化合物粒子からなることを特徴とするものである。
【0014】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法は、Feイオンを含有する原料溶液Aと中和剤を含有する原料溶液Bとを0〜50℃の温度条件下で混合して、pH1.8〜3.0のコロイド溶液を調製し、前記本発明の鉄化合物粒子を得ることを特徴とする方法である。
【0015】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法においては、前記Feイオンが、3価のFeイオンであることが好ましく、また、前記原料溶液Aが、周期表第4〜12族に属するFeイオン以外の3d及び4d遷移金属元素イオン並びにAlイオンからなる群から選択される少なくとも1種のFe以外の金属イオンを更に含有するものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、水系溶媒中で安定に存在することが可能であり、酸化触媒活性に優れた鉄化合物粒子を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1で得られたコロイド溶液(1カ月静置後)の粒度分布を示すグラフである。
図2】実施例1〜3及び比較例1で得られたコロイド溶液をカーボンペーパー上に担持した試料について測定したX線回折パターンを示すグラフである。
図3】実施例1で得られた鉄化合物粒子の室温における57Feメスバウアースペクトルを示すグラフである。
図4】実施例1で得られたコロイド溶液中の鉄化合物粒子を示す電子顕微鏡写真である。
図5】実施例で使用した酸化触媒活性評価装置を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0019】
先ず、本発明の鉄化合物粒子について説明する。本発明の鉄化合物粒子はβ−FeOOH結晶相を含有するものである。また、本発明の鉄化合物粒子においては、β−FeOOH結晶相以外の他の鉄化合物が含まれていてもよい。このような他の鉄化合物としては、α−FeOOH、γ−FeOOH、δ−FeOOH等の他のオキシ水酸化鉄結晶相、フェリヒドライト、FeO、Fe、Fe等の酸化鉄、水酸化物や鉄錆に含まれる成分、これらのアモルファス成分が挙げられる。
【0020】
本発明の鉄化合物粒子においては、β−FeOOH結晶相の含有量が、全ての鉄化合物結晶相に対して、50〜100mol%であることが好ましく、70〜100mol%であることがより好ましく、80〜100mol%であることが特に好ましい。β−FeOOH結晶相の含有量が前記下限未満になると、酸化触媒活性が低下する傾向にある。なお、本発明におけるβ−FeOOH結晶相の含有量は、鉄化合物粒子のX線回折パターンの2θ=30〜40°において観測される、各鉄化合物に由来する最も強度が高いピーク又は2番目に強度が高いピークの強度比から求められる値である。また、本発明におけるβ−FeOOH結晶相は、X線回折測定以外の方法、例えば、メスバウアー分光分析、X線吸収微細構造解析(XAFS)等によっても確認することができる。
【0021】
また、本発明の鉄化合物粒子においては、一次粒子の形状がロッド状である。このようなロッド状の鉄化合物一次粒子において、長軸の平均長さは1〜50nmである。一次粒子の長軸の平均長さが前記下限未満になると、結晶性の低下により触媒活性が低下し、他方、前記上限を超えると、水系溶媒中での安定性が低下して担体への塗布や乾燥が困難となり、機能付与が容易にできず、さらに、比表面積が小さくなり、酸化触媒活性が低下する。また、水系溶媒中での安定性が向上し、さらに、比表面積が大きくなり、酸化触媒活性が向上するという観点から、一次粒子の長軸の平均長さとしては、5〜25nmが好ましい。
【0022】
また、前記ロッド状の鉄化合物一次粒子において、長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)の平均値(平均軸比)は3〜10である。一次粒子の平均軸比が前記下限未満になると、結晶性の低下により触媒活性が低下し、他方、前記上限を超えると、比表面積の低下により触媒活性が低下する。加えて、安定したコロイド溶液が得られず、担体への塗布や乾燥が困難となり、機能付与が容易にできなくなる。また、適度な結晶性と比表面積の両立、及びコロイド溶液の安定性の観点から、一次粒子の平均軸比としては、3〜7が好ましい。
【0023】
なお、このような鉄化合物一次粒子の長軸及び短軸の長さは、例えば、TEM像又はSTEM像において測定することができる。また、本発明において、「一次粒子の長軸の平均長さ」は、TEM像又はSTEM像において、無作為に抽出した50個以上の鉄化合物一次粒子の長軸の長さを平均した値であり、「長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)の平均値(平均軸比)」は、無作為に抽出した50個以上の鉄化合物一次粒子の長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)を平均した値である。
【0024】
本発明の鉄化合物粒子においては、溶媒中(好ましくは水中)において動的光散乱法により測定された平均粒子径が1〜600nmであることが好ましく、1〜300nmであることがより好ましく、1〜150nmであることが特に好ましい。鉄化合物粒子の平均粒子径が前記範囲を逸脱すると、酸化触媒活性が低下する傾向にある。
【0025】
また、本発明の鉄化合物粒子においては、β−FeOOH結晶相にFe以外の金属元素がドープされていてもよい。これにより、金属元素がドープされていないβ−FeOOH結晶相に比べて、酸化触媒活性が向上する傾向にある。また、前記Fe以外の金属元素は、その一部がドープされずにβ−FeOOH結晶相の周囲に担持されていてもよい。このようなFe以外の金属元素としては、周期表第4〜12族に属するFe以外の3d及び4d遷移金属元素並びにAl元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素が好ましい。これらの金属元素は、Fe元素と原子半径が近いため、容易にFe元素と置換したり、あるいは、β−FeOOH結晶格子内もしくは結晶粒界に取り込まれたりしやすいと考えられる。また、これらの金属元素のうち、より高い酸化触媒活性が得られるという観点から、Ni元素、Co元素、Mn元素、Cr元素、Zn元素、Al元素が好ましく、Ni元素、Co元素、Al元素がより好ましく、Ni元素が特に好ましい。
【0026】
本発明の鉄化合物粒子において、このようなFe以外の金属元素とFe元素との原子比(Fe以外の金属元素/Fe元素)としては、0.001〜0.5が好ましく、0.002〜0.45がより好ましく、0.005〜0.4が特に好ましい。Fe以外の金属元素/Fe元素が前記下限未満になると、酸化触媒活性が低下する傾向にあり、他方、前記上限を超えると、β−FeOOH結晶相の成長が妨げられる傾向にあり、また、Fe以外の金属元素を均一にドープすることが困難となり、酸化触媒活性が向上しにくい傾向にある。なお、本発明における「Fe以外の金属元素/Fe元素」は、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法、エネルギー分散型X線分光法(SEM−EDX)、X線光電子分光分析法(XPS)等により求めることができる。
【0027】
このような本発明の鉄化合物粒子は、鉄化合物結晶相がβ−FeOOH結晶相以外の鉄化合物粒子や鉄化合物がアモルファス構造である鉄化合物粒子に比べて、低い過電圧で電気化学的な酸化触媒として機能するとともに、酸化触媒活性の安定性に優れている。
【0028】
次に、本発明の鉄化合物粒子の製造方法について説明する。本発明の鉄化合物粒子の製造方法は、Feイオンを含有する原料溶液Aと中和剤を含有する原料溶液Bとを0〜50℃の温度条件下で混合して、pH1.8〜5.0のコロイド溶液を調製することによって、β−FeOOHの結晶相を有する鉄化合物粒子を得る方法である。
【0029】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法に用いられるFeイオンとしては、2価のFeイオン(Fe2+)であっても3価のFeイオン(Fe3+)であってもよいが、ロッド状のβ型の鉄化合物粒子が容易に形成されるという観点から、Fe3+が好ましい。このようなFeイオンの原料溶液Aにおける濃度としては特に制限はないが、0.01〜1mol/Lが好ましい。また、Feイオン源としては溶媒に溶解するものであれば特に制限はなく、例えば、塩化物、硝酸塩、硫酸塩等の無機塩、クエン酸塩等の有機塩が挙げられる。
【0030】
また、本発明の鉄化合物粒子の製造方法においては、必要に応じて、原料溶液AにFeイオン以外の金属イオンを更に含有させてもよい。これにより、β−FeOOHの結晶相にFeイオン以外の金属イオンがドープされ、酸化触媒活性が向上する傾向にある。なお、前記Fe以外の金属元素は、その一部がドープされずにβ−FeOOH結晶相の周囲に担持されていてもよい。Feイオン以外の金属イオンの原料溶液Aにおける濃度としては特に制限はないが、0.0001〜0.8mol/Lが好ましい。また、Feイオン以外の金属イオン源としては溶媒に溶解するものであれば特に制限はなく、例えば、塩化物、硝酸塩、硫酸塩等の無機塩、クエン酸塩等の有機塩が挙げられる。
【0031】
このようなFeイオン以外の金属イオンとしては、周期表第4〜12族に属するFeイオン以外の3d及び4d遷移金属元素イオン並びにAlイオンからなる群から選択される少なくとも1種の金属イオンが好ましい。これらの金属イオンは、Feイオンと原子半径が近いため、容易にFe元素と置換したり、あるいは、β−FeOOH結晶格子内もしくは結晶粒界に取り込まれたりしやすいと考えられる。また、これらの金属イオンのうち、より高い酸化触媒活性が得られるという観点から、Niイオン、Coイオン、Mnイオン、Crイオン、Znイオン、Alイオンが好ましく、Niイオン、Coイオン、Alイオンがより好ましく、Niイオンが特に好ましい。
【0032】
また、本発明の鉄化合物粒子の製造方法において、原料溶液AにFeイオン以外の金属イオンを更に含有させる場合、FeイオンとFeイオン以外の金属イオンとのモル比(Feイオン以外の金属イオン/Feイオン)としては、0.2/100〜80/100が好ましく、0.5/100〜80/100がより好ましく、1/100〜75〜100が特に好ましい。Feイオン以外の金属イオン/Feイオンが前記下限未満になると、酸化触媒活性が低下する傾向にあり、他方、前記上限を超えると、それ以上酸化触媒活性が向上しない傾向にある。
【0033】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法に用いられる溶媒としては前記イオン源を溶解できるものであれば特に制限はなく、例えば、水、水溶性有機溶媒(メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、アセトン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド等)、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒が挙げられる。
【0034】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法に用いられる中和剤としては中和作用を有する塩基性化合物であれば特に制限はなく、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア等の無機塩基性化合物、エチレンジアミン、ヒドラジン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機塩基性化合物が挙げられる。原料溶液Bにおける中和剤の濃度としては特に制限はないが、0.01〜1mol/Lが好ましい。
【0035】
また、本発明の鉄化合物粒子の製造方法においては、必要に応じて、アミノカプロン酸やε−カプロラクタム等の分散剤を使用してもよい。このような分散剤は、原料溶液A及びBのいずれに添加してもよいが、原料溶液Bに添加することが好ましい。
【0036】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法においては、このような原料溶液Aと原料溶液Bとを0〜50℃の温度条件下で混合してコロイド溶液を調製する。原料溶液Aと原料溶液Bとを、前記下限未満の温度条件下で混合すると、反応が進行しにくく、得られる鉄化合物粒子の結晶性が低くなり、他方、前記上限を超える温度条件下で混合すると、鉄化合物粒子の平均粒子径や、ロッド状一次粒子の長軸の長さ及び平均軸比が大きくなり、水系溶媒中で安定性や酸化触媒活性が低下する。また、β−FeOOH結晶相を有する平均粒子径の小さい鉄化合物粒子が確実に得られるという観点から、混合温度としては10〜30℃が好ましい。なお、原料溶液Aと原料溶液Bとの混合方法としては、十分に撹拌できる方法であれば特に制限はない。
【0037】
また、本発明の鉄化合物粒子の製造方法においては、コロイド溶液のpHが1.8〜5.0となるように原料溶液Aと原料溶液Bとを混合する。コロイド溶液のpHが前記下限未満になると、Fe3+の水酸化物化が進行しないため、β−FeOOH結晶相が形成せず、酸化触媒活性が低下する。他方、コロイド溶液のpHが前記上限を超えると、鉄化合物粒子の平均粒子径が著しく大きくなり、水系溶媒中で安定性や酸化触媒活性が低下する。また、β−FeOOH結晶相を有する平均粒子径の小さい鉄化合物粒子が確実に得られるという観点から、コロイド溶液のpHとしては1.9〜4.0が好ましく、2.0〜3.0がより好ましい。
【0038】
このようにして得られる鉄化合物粒子は、β−FeOOHの結晶相を含有し、一次粒子の形状がロッド状であり、小さな長軸の平均長さ及び平均軸比を有する一次粒子により構成されるものである。このような鉄化合物粒子は酸化触媒活性に優れている。
【実施例】
【0039】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0040】
(実施例1)
ビーカー中で、FeCl・6HO(27.30g、101mmol)をイオン交換水(500ml)に溶解し、Feイオン濃度が0.2mol/Lの金属イオン含有原料水溶液(原料溶液A)を調製した。また、ビーカー中で、イオン交換水で1/2に希釈したエチレンジアミン溶液(11ml)をイオン交換水(500ml)に溶解し、中和剤含有原料水溶液(原料溶液B)を調製した。
【0041】
原料溶液AとBとを、室温(25℃)下、送液ポンプを用いて5.5ml/分でビーカーに供給して混合し、撹拌子を用いたマグネティックスターラー(回転速度:400rpm)で30分間撹拌し、鉄化合物のコロイド溶液を調製した。pHメーターを用いて、得られたコロイド溶液のpHを測定したところ、2.2であった。
【0042】
得られたコロイド溶液200mlをガラス製ビーカーに入れ、マグネティックスターラーを用いて撹拌しながら、10%NH水溶液を添加してコロイド溶液のpHを8に調整した。その後、沈殿物をろ過により回収し、水洗、減圧ろ過を行い、さらに45℃で乾燥して鉄化合物粒子を得た。
【0043】
(実施例2)
ビーカー中で、FeCl・6HO(27.30g、101mmol)とNiCl・8HO(1.98g、8.40mmol)とをイオン交換水(500ml)に溶解し、Feイオン濃度が0.2mol/Lの金属イオン含有原料水溶液を調製した。原料溶液Aとしてこの金属イオン含有原料水溶液を用いた以外は実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液(pH2.3)を調製し、鉄化合物粒子を得た。
【0044】
(実施例3)
鉄化合物のコロイド溶液のpHが3.0となるようにエチレンジアミンの量を変更した以外は実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液(pH3.0)を調製し、鉄化合物粒子を得た。
【0045】
(実施例4)
NiCl・8HOの代わりにMn(NO・6HO(1.82g、6.33mmol)を用いた以外は実施例2と同様にして鉄化合物のコロイド溶液(pH2.3)を得た。
【0046】
(実施例5)
エチレンジアミンの代わりにアンモニアを用いた以外は実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液(pH2.2)を得た。
【0047】
(実施例6)
エチレンジアミンの代わりに水酸化ナトリウムを用いた以外は実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液(pH2.1)を得た。
【0048】
(実施例7)
エチレンジアミンの代わりにモノエタノールアミンを用いた以外は実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液(pH2.1)を得た。
【0049】
(比較例1)
鉄化合物のコロイド溶液のpHが6.8となるようにエチレンジアミンの量を変更した以外は実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液(pH6.8)を調製した。得られたコロイド溶液は速やかに固液2相に分離したため、そのまま、ろ過して固形分を回収した後、水洗、減圧ろ過を行い、さらに45℃で乾燥して鉄化合物粒子を得た。
【0050】
(比較例2)
Appl.Phys.Lett.、2007年、第90巻、103504頁に記載の方法に従って鉄化合物粒子を調製した。すなわち、精製水(100ml)中にNaNO(4.25g、0.05mol)とFeCl・6HO(2.03g、0.0075mmol)とを添加し、70℃で5時間加熱した。生成した沈殿物を遠心分離により回収した後、100℃で2時間乾燥して鉄化合物粒子を得た。
【0051】
(比較例3)
特開平3−109215号公報に記載の方法において、熟成温度を室温に変更して鉄化合物粒子を調製した。すなわち、FeCl・6HO水溶液を撹拌しながら、Feイオンに対してクエン酸イオンが0.5mol%となるようにクエン酸三ナトリウム水溶液を添加して、クエン酸イオンが共存する1MのFeCl水溶液を得た。このFeCl水溶液を室温で5時間熟成して鉄化合物粒子を得た。
【0052】
(比較例4)
熟成温度を50℃に変更した以外は比較例3と同様にして鉄化合物粒子を得た。
【0053】
<鉄化合物粒子の特性評価>
(i)平均粒子径測定
得られたコロイド溶液を1か月間静置した後、微粒子粒度分布測定装置(日機装(株)製「ナノトラックUPA250EX」、レーザー波長:780nm、測定範囲:0.8〜6000nm)を用いて動的光散乱法により粒度分布を測定し、算出した体積平均径(MV)を鉄化合物粒子の平均粒子径とした。その結果を表1に示す。なお、図1には、実施例1で得られたコロイド溶液(1か月間静置後)の粒度分布を示す。
【0054】
(ii)X線回折測定
実施例1〜3及び比較例1〜4については、得られた鉄化合物粒子をそのまま測定用試料として使用した。一方、実施例4〜7については、得られたコロイド溶液をカーボンペーパー上に滴下して自然乾燥させた後、水及び0.1MのKOH水溶液を用いて洗浄して測定用試料を作製した。これらの測定用試料について、粉末X線回折装置((株)リガク製「Ultima IV」)を用いて、管電圧:40kV、管電流:40mA、X線:CuKα線(波長λ=1.5418Å)の条件でX線回折(XRD)測定を行なった。得られたX線回折パターンにおいて、β−FeOOH結晶相に由来するピークの有無を確認した。その結果を表1に示す。なお、図2には、実施例1〜3及び比較例1で得られた鉄化合物粒子のX線回折パターンを示す。また、β−FeOOH結晶相の形成は、メスバウアー分光分析(図3)によっても確認することができる。
【0055】
(iii)形状観察及びサイズ測定
得られたコロイド溶液中の鉄化合物粒子を、透過電子顕微鏡(日本電子(株)製「JEM−2100F」)を用いて観察した。図4には、実施例1で得られたコロイド溶液中の鉄化合物粒子のDF−STEM像を示す。得られたDF−STEM像において、無作為に抽出した50個以上の鉄化合物一次粒子の形状を観察した。また、これら50個以上の鉄化合物一次粒子の長軸及び短軸の長さを測定して、長軸の平均長さを求め、さらに、長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)を算出して、その平均値(平均軸比)を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0056】
(iv)
カーボンペーパー上に、得られたコロイド溶液を滴下して自然乾燥させた後、水及び0.1MのKOH水溶液を用いて洗浄して測定用試料を作製した。この測定用試料を作用極として図5に示す酸化触媒活性評価装置に装着した(図5中のS)。対極Cとして白金線、参照極RとしてAg/AgCl、溶液として0.1MのKOH水溶液(pH12.8)を用いて電流電位曲線を求めた。このとき、電流値が安定するまで、掃引を複数回繰り返した。得られた電流電位曲線に基づいて、電流密度が2mA/cmの場合の電位(E、単位:V vs.RHE)を求めた。その結果を表1に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
表1に示した結果から明らかなように、Feイオンを用い、pH2.0〜3.0の範囲内で調製したコロイド溶液から得られた鉄化合物粒子(実施例1〜7)は、ドーパントの有無にかかわらず、1か月静置後の平均粒子径が11〜230nmであり、β−FeOOH結晶相を有するものであることがわかった。また、図4及び表1に示したように、実施例1〜7で得られた鉄化合物粒子は、一次粒子の形状がナノロッド状であった。また、その長軸の平均長さは15〜19nmであり、平均軸比(長軸/短軸)は4.6〜5.4であった。
【0059】
一方、Feイオンを用い、pH6.8となるように調製したコロイド溶液は速やかに固液2相に分離し、得られた鉄化合物粒子(比較例1)は、1か月静置後の平均粒子径が790nmであり、また、β−FeOOH結晶相以外の構造(詳細は不明であるが、Feに近い構造であると推定される)を有するものであった。このことから、コロイド溶液のpHが中性付近では、平均粒子径が600nm以下のβ−FeOOH結晶相を有する鉄化合物粒子を得ることは困難であることがわかった。
【0060】
また、NaNOの存在下でFeClを70℃で加熱して得られた鉄化合物粒子(比較例2)は、β−FeOOH結晶相を有し、一次粒子の形状がナノロッド状のものであったが、その長軸の平均長さが200nmであり、平均軸比(長軸/短軸)が13であった。これは、加熱処理によって粒子が大きくなったためと考えられる。
【0061】
さらに、クエン酸イオンの存在下でFeClを50℃以下の温度で熟成させた場合(比較例3〜4)には、アモルファス構造の鉄化合物粒子が得られ、β−FeOOH結晶相は形成しなかった。これらの結果を考慮すると、特開平3−109215号公報に記載の方法では、β−FeOOH結晶相を形成するために、FeClを100℃以上の温度で熟成させる必要があることがわかった。
【0062】
また、表1に示した結果から明らかなように、β−FeOOH結晶相を有し、一次粒子の形状がナノロッド状であり、一次粒子の長軸の平均長さ及び平均軸比が所定の範囲内にある本発明の鉄化合物粒子(実施例1〜7)は、電流密度が2.0mA/cmにおいて過電圧が1.60〜1.73V(vs.RHE)であり、Feに近い構造であると推定される鉄化合物粒子(比較例1)、一次粒子の長軸の平均長さ及び平均軸比が大きい鉄化合物粒子(比較例2)、アモルファス構造の鉄化合物粒子(比較例3〜4)に比べて、低い電圧で電流が流れ、優れた電気化学触媒であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
以上説明したように、本発明によれば、水系溶媒中で安定に存在することが可能であり、酸化触媒活性に優れた鉄化合物粒子を容易に得ることが可能となる。また、本発明の鉄化合物粒子は、コロイド溶液として得ることができる。したがって、本発明の鉄化合物粒子は、コロイド溶液を担体(例えば、導電材料、半導体材料、絶縁体材料)等に塗布することによって、前記担体に簡便に固定化することができ、前記担体に酸化触媒機能を付与することが可能となる。
【0064】
また、本発明の鉄化合物粒子は、特殊な製造装置を使用せずに、安価な材料を用いて常温で製造できるため、幅広い用途展開が期待できる。さらに、本発明の鉄化合物粒子は、顔料、磁性粉材料、塗膜補強用顔料、二次元フェライト原料、樹脂用補強材、α−Feの前駆体、電気化学的な水の酸化触媒等、多くの用途展開が期待できるほか、例えば、光触媒との組み合わせにより、人工光合成システムへの応用も期待できる。
【符号の説明】
【0065】
C:対極
P:電源
R:参照極
S:測定用試料
図1
図2
図3
図4
図5