【発明が解決しようとする課題】
【0020】
ところで、振幅や位相差の測定について、被測定信号Vinと参照信号Vrsの周波数にずれがある場合、このずれに応じた大きさでかつ時間的な変化で測定誤差を生じ、高確度な測定ができないという課題があった。
【0021】
従来のFRAを用いた測定では、OSC−FRAの形態で使用され、被測定信号Vinと参照信号Vrsが同期していることを前提にしており、測定対象である信号成分が直流成分に変換され、交流成分を積分器やローパスフィルタを通し直流分のみを取り出す処理を行っている。
このような処理において、被測定信号Vinと参照信号Vrsの周波数のずれで生じる誤差がどのように、どの程度の大きさで起こるのかを定量的な面も含めて説明する。
【0022】
たとえば、商用電源には周波数50Hzや60Hzが存在しており、測定対象によっては、もともと特定の周波数を持っている場合がある。
このような信号を被測定信号Vinとし、参照信号Vrsの周波数を50Hzや60Hzに設定にし、測定に
図13に示す同期検波器や、
図16に示す二位相同期検波器を用いたとする。
この場合、商用電源の周波数と、同期検波器の参照信号Vrsの周波数は一致せず、相対的なずれが生じることがほとんどである。
【0023】
被測定信号Vinの周波数finと参照信号Vrsの周波数frが異なる場合、
図13(a)(b)に示す乗算器Mの各出力(ウ)は、式(3)(6)で与えられ、fin−frおよびfin+frの2つの周波数成分を持つ交流信号となる。
この信号を
図14に示すように、参照信号Vrsの周期の定数倍の区間で積分する積分器で構成したローパスフィルタを通過させた場合を考える。
この場合、finがfrの1以外の整数倍のとき(たとえばfr=50Hzでfinが100Hzや150Hzというような場合)、正弦波の周期性から積分器からなるローパスフィルタの出力は0となる。
【0024】
周波数が上記にあてはまらない場合には、ローパスフィルタを通過させれば、信号に減衰は生じても0にはならない。
ここで、複数の信号源間の周波数のずれが測定結果に与える影響を定量的に扱うため、ずれの度合いを表すパラメータδを導入する。
被測定信号Vinの周波数finを、参照信号Vrsおよびδを用いて表せば、
fin=(1+δ)fr ・・・・・・・・・・・・(13)
となる。
たとえば、fr=50Hzでδ=+0.01であれば、被測定信号Vinの周波数finが1%(=0.01×100%)、参照信号Vrsの周波数frより高いことを表わす。
これを具体的に示すと、
fin=(1+0.01)×50Hz=50.5Hz ・・・・・・(14)
となる。
【0025】
図13(a)(b)に示す同期検波器によれば、被測定信号Vinの周波数がfrではなくfinであれば、乗算器の出力はそれぞれ式(3)(6)で与えられる。
式(3)(6)中のfinを(1+δ)frと置き換えると、同期検波器における出力Vs、Vcは、それぞれ以下の式(15)(16)で表すことができる。
【数3】
【数4】
ただし、
図13(a)(b)に示す同期検波器中のローパスフィルタは、
図15に示す積分器Iの構成である。
【0026】
ここで、式(15)(16)にあらわれるsinc(x)の関数は、下記の式(17)で定義される関数である。
【数5】
【0027】
また、式(15)(16)で与えられるVsとVcを、
図15(b)に示す直交座標−極座標変換器Trcに入力した場合の、振幅Vおよび位相θを計算すると、以下のように表わすことができる。
【数6】
【数7】
【0028】
式(18)(19)がどのように振る舞う関数かを考えると、まず、sinc(δnπ)および|sinc(δnπ)|は、正弦波関数をその引数で割った形で定義される、
図20に示すように振る舞う偶関数である。
図20では引数をπの定数倍の形で表わしており、引数が0のときは1、引数が0以外の時は絶対値が常に1より小さく、引数が0を除いたπの整数倍のとき0となる関数である。
特にδ=0と置いてみると、Vs、Vc、Vは
Vs=Va・cosθin ・・・・・・・・・(20)
Vc=Va・sinθin ・・・・・・・・・(21)
V=Va ・・・・・・・・・(22)
θ=atan(sinθin,cosθin)=θin ・・・・(23)
となり、fin=frとした場合と同じ結果になることが確認できる。
δ≠0の場合、すなわちfin≠frの場合は、sin、cosそれぞれの同相成分の測定結果として、
・振幅Vaに、δとnで決まる、sinc関数などで表わされる係数がかかる
・位相がδnπずれた形(θin→θin+δnπ)となる
ことがわかる。
【0029】
また、振幅Vは式(18)から、
(1)δnが0以外の整数となる場合には0となる(すなわち測定感度がなくなる。)
(2)θinに対してπ(=180°)の周期をもつ周期関数となる
ということもわかる。
【0030】
同期検波器で振幅と位相は、以下のような幾何学的解釈に基づいた処理が行われる。
平面のベクトルを
【数8】
、そのx軸、y軸方向の成分としてそれぞれVs、Vcのうち共通の係数で割ったcosθin、sinθinとする。 すなわち、
【数9】
と表すと、
図21(a)のように、
【数10】
のX軸からの偏角はθinを表わし、θinを0から2πまで変化させてみると、
【数11】
はこの平面上で半径1の円を描く。
【0031】
次に、fin≠frの場合で、上記と同様に幾何学的な考察をする。
この場合の平面のベクトルを
【数12】
、そのX軸、Y軸方向の成分としてそれぞれVs、Vcのうち共通の係数で割ったものとすると、
【数13】
は
【数14】
と表せる。
この
【数15】
は、(θin+δnπ)をパラメータとして、
図21(b)のような実線部の楕円を表わすベクトル方程式になっている。
【0032】
そして、この場合、(θin+δnπ)は、
【数16】
の偏角(=位相の測定値)ではなく、
図21(b)の楕円とともに描かれている点線の補助円上の点を表わすベクトルの偏角であり、θin、nおよびδに応じて決まる偏角のずれφが存在する。
【0033】
すなわち被測定信号Vinとして、θinの位相を持つ、参照信号Vrsの周波数frとはδの割合だけずれた周波数fin=(1+δ)frの信号を非同期で検波すると、同期検波器における位相測定値θは、以下のようになる。
θ=atan((1+δ)sin(θin+δnπ),cos(θin+δnπ))
・・・・・・・・・(26)
ここで、θを、θin+δnπからのずれφを使って表す、すなわち
θ=θin+δnπ+φ ・・・・・・・・・(27)
としてφを定義すると、φは、
図21(b)や
図22中に示した偏角を表わす。
すなわち、φは、finとfrが非同期であることに起因する位相測定値のずれ分を表わすことがわかる。
【0034】
そして、式(26)(27)より、φは
tan(θin+δnπ+φ)=(1+δ)tan(θin+δnπ)
φ=atan((1+δ)sin(θin+δnπ)、cos(θin+δnπ))
−(θin+δnπ) ・・・・・・・・・(28)
という形となる。
【0035】
ただし、ここで|δ|<1であれば、atanにより求まる位相は、θin+δnπと同じ象限であることと、sin(x)をcos(x)で除した関数であるtan(x)が周期πの周期関数であることを考慮すると、既述のφはθinを変数と考えたとき、周期πの周期関数となる、すなわち、θinの関数としてのφは、
φ(θin)=φ(θin+π)
・・・・・・・・・(29)
を満たす。
【0036】
上記を踏まえて、参照信号Vrsとは非同期の同じ周波数fin(=(1+δ)fr)を持つ2つの信号Vin1、Vin2を
図17に示す構成で、振幅比と位相差を測定する場合を考える。
この場合、Vin1、Vin2それぞれについて上記での考察を当てはめれば、振幅比Go’と位相差θd’は、
【数17】
【数18】
という形となる。
【0037】
以上から、被測定信号Vinの周波数finと参照信号Vrsの周波数frが非同期であった場合、被測定信号Vin自体の本来の振幅比(Va1/Va2)や位相差θd=(θin1−θin2)に対して、被測定信号Vinの位相θin1、θin2や、周波数のずれの度合いδ、積分回数nをパラメータとした測定誤差が発生することがわかる。
【0038】
式だけではイメージしづらいので、|δ|<<1と考えた場合の近似式と、いくつかの具体的な値でどの程度の誤差になるのかをシミュレーションで示す。
まず計算結果を近似するに当たり、|x|<<1(たとえば、5%、0.05程度以下)の場合に成り立つ近似式として、
(1+x)
n≒1+nx
・・・・・・・・・(32)
を用い、さらに、逆数はn=−1、√はn=1/2の場合であることを考慮に入れGo’およびθd’の式(30)(31)に対して(32)で与えられる1次近似を用いる。
まずGo’の式(30)について考える。
【数19】
ただしψは、
ψ=atan((1−cos2θd),sin2θd)・・・・・・・・・(34)
で定義される、被測定信号Vin間の位相差θdのみで決まる定数である。
Go’は|δ|<<1のとき(33)のように近似でき、2つの被測定信号Vin間の位相差θd(=θin1−θin2)に対し、以下のような振る舞いになる。
θdが0もしくはπ(=180°)、つまり同じ向きもしくは逆向きのベクトルの測定であれば、式(33)の根号の中の1−cos2θdは0となるため、式(33)の大括弧[ ]の中身は1となり被測定信号Vin間の本来の振幅比Goに対して、Go’には1次近似の範囲では誤差はあらわれない。
θdが±π/2(=±90°)の時は、式(33)の根号の中の1−cos2θdは最大値である2となるため、式(33)の大括弧[ ]の中は、参照信号Vrsを基準にした被測定信号Vinの位相に応じて、最大約(1±δ)の範囲で値の差異が生じる。
【0039】
以上のことから、Go’をθdの関数と考えたとき、θdに対してπ(=180°)の周期をもつ周期関数として近似的に見えるような振る舞いが観測されることがわかる。
また、位相差の測定値θd’は、θinが、
【数20】
ここで、
【数21】
の近似を用いると、φは、
【数22】
と、φをδに関して一次近似できる。
【0040】
このことを用いると、θ’in1、θ’in2はそれぞれ、
【数23】
と1次近似できる。
よって、|δn|<<1のとき、θd’は、
【数24】
と一次近似でき、θd’もGo’と同様にθdを中心とした正弦波状の振る舞いを示すことがわかる。
θd’は、2つの被測定信号Vin間の位相差θdにより、振幅比Go’と同様に、θdが0もしくはπ(=180°)であれば、(1−cos2θd)が0となることから、θd’の測定値に誤差はあらわれない(
図21(b)で幾何学的に示したように、この場合はこの近似に限らず、厳密にこうなる)。
【0041】
一方、θdが±π/2(=±90°)の時は、(1−cos2θd)が2となるため、参照信号Vrsを基準にした被測定信号Vinの位相に応じて、最大約(1±δ)の範囲で相対誤差が生じる。
【0042】
Go’およびθd’について、これらのことを確かめるため、厳密解である式(30)(31)と近似解である式(33)(39)を比較したグラフを
図23に示す。
被測定信号Vinの位相差θdにより測定結果の経時変化の様子が異なることが、近似した式でほぼ再現できていることがわかる。
【0043】
これらの結果からみると、主に参照周波数frと被測定信号Vinの周波数fin間のずれの度合いδが10%以下(0.1以下)であれば、近似解は厳密解をほぼ完全に再現し、振幅特性を定量的に考察することが可能、δが30%程度でもおおよその特性を定性的に考えることは十分可能であることがわかる。
【0044】
このように、被測定信号Vinの周波数finと参照信号Vrsの周波数frの間に相対的なずれ(1+δ)があると、振幅比や位相差測定の際に、被測定信号Vin間の位相差に依存し、かつずれδにほぼ比例するような形で測定誤差が発生する。
また、θin2は参照信号Vrsを基準としたときの被測定信号Vin2の位相である。
参照信号の周波数と被測定信号との周波数がfin=(1+δ)frの形でずれていた場合、積分器Iにおいて1回の測定結果が得られる間(n・Trの時間が経過する間)に、参照信号の位相に対して、被測定信号Vinの位相θin2はδn・2π(δn回転)だけ進む。
【0045】
すなわちθin2は、参照信号Vrsの位相を基準として考えた時、時刻tの関数θin2(t)として、以下のように変化するという形で表すことができる。
θin2(t)=θin2(0)+δn・2π・t/(n・Tr)
=θin2(0)+(2π・δ/Tr)・t
=θin2(0)+(2π・δ・fr)・t ・・・・(40)
このように表すと、式(33)(39)で表わされる振幅比Go’や位相差θd’の測定結果の時間経過は、式中のcosの引数中のθin2が2倍されていることにも注意すると、積分回数nによらず、周波数2δ・fr(もしくは周期Tr/(2δ))で、真値Go(=Va1/Va2)およびθd(=θin1−θin2)を中心に、ほぼ正弦波の形で時間変化することがわかる。
【0046】
このことを改めて式として書くと、Go’およびθd’の周波数をfmeasとしたとき、
fmeas = 2δ・fr ・・・・・・・・(41)
と、参照信号Vrsの周波数とずれに比例した周波数の形で表せる。
【0047】
そこで、本発明の目的は、被測定信号の周波数finと参照信号の周波数frがずれているときに、2つの被測定信号間の振幅比および位相差の測定値が周期的に時間変化してしまうという課題に鑑み、同期検波器やFRAによる測定において、被測定信号の周波数finと参照信号Vrsの周波数frが同期を取られていない場合にも、2つの被測定信号Vin間の振幅比および位相差の測定値を安定した出力が得られ
る非同期FRAを提供することにある。