(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6810420
(24)【登録日】2020年12月15日
(45)【発行日】2021年1月6日
(54)【発明の名称】下塗り材及びこれを用いた塗膜形成方法
(51)【国際特許分類】
C09D 1/04 20060101AFI20201221BHJP
C09D 133/00 20060101ALI20201221BHJP
C09D 5/10 20060101ALI20201221BHJP
C09D 5/02 20060101ALI20201221BHJP
C09D 5/00 20060101ALI20201221BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20201221BHJP
B05D 1/36 20060101ALI20201221BHJP
B05D 7/14 20060101ALI20201221BHJP
B05D 3/12 20060101ALI20201221BHJP
【FI】
C09D1/04
C09D133/00
C09D5/10
C09D5/02
C09D5/00 D
B05D7/24 302P
B05D7/24 301F
B05D7/24 302J
B05D7/24 303A
B05D7/24 302U
B05D1/36 Z
B05D7/14 M
B05D3/12 Z
【請求項の数】3
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2017-20537(P2017-20537)
(22)【出願日】2017年2月7日
(65)【公開番号】特開2018-127526(P2018-127526A)
(43)【公開日】2018年8月16日
【審査請求日】2020年2月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000108904
【氏名又は名称】ダイキ工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】500128549
【氏名又は名称】エス・エルテック株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504319585
【氏名又は名称】丸栄産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090697
【弁理士】
【氏名又は名称】中前 富士男
(74)【代理人】
【識別番号】100127155
【弁理士】
【氏名又は名称】来田 義弘
(74)【代理人】
【識別番号】100176142
【弁理士】
【氏名又は名称】清井 洋平
(72)【発明者】
【氏名】池田 幹友
(72)【発明者】
【氏名】橋本 芳章
(72)【発明者】
【氏名】天野 佳絵
(72)【発明者】
【氏名】内田 康起
【審査官】
桜田 政美
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭49−015721(JP,A)
【文献】
特開2008−223137(JP,A)
【文献】
特開平7−207191(JP,A)
【文献】
特開2016−034621(JP,A)
【文献】
特開2001−207118(JP,A)
【文献】
特開2004−002637(JP,A)
【文献】
中国特許出願公開第1456600(CN,A)
【文献】
中国特許出願公開第103305041(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/04
B05D 1/36
B05D 3/12
B05D 7/14
B05D 7/24
C09D 5/00
C09D 5/02
C09D 5/10
C09D 133/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船倉表面に塗布する下塗り材であって、
珪酸リチウムを6〜12質量%、アクリル系共重合体エマルジョン又はアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを3〜6質量%、顔料を2〜4質量%、分散剤を0.2〜0.4質量%含む水溶液からなることを特徴とする下塗り材。
【請求項2】
船倉表面に塗膜を形成する方法であって、
船倉表面に4種ケレン相当以上の清浄度となる下地処理を施す工程と、
下地処理された前記船倉表面に、請求項1記載の下塗り材を塗布して下塗り層を形成する工程と、
前記下塗り層上にエポキシ樹脂塗料を塗布して上塗り層を形成する工程とを備えることを特徴とする塗膜形成方法。
【請求項3】
請求項2記載の船倉表面の塗膜形成方法において、前記エポキシ樹脂塗料は金属粉を含むことを特徴とする塗膜形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船倉表面に塗布する下塗り材及びこれを用いた塗膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
貨物運搬船の船倉表面は、エポキシ樹脂系塗料によって被覆されているが、石炭や鉱石などの積荷その物と積み下ろし時に使用するブルドーザー等の重機の両方から強い衝撃を受けるため、腐食による発錆や摩耗などによる塗膜の劣化が著しい。エポキシ樹脂系塗料に硬度の高いアルミナ粒子などを混合して塗膜の耐用年数を延ばす工夫などもなされてはいるが、未だコストに見合う充分な耐用年数を有する塗膜の開発には至っていない。そのため、1〜3年ごとに船倉表面の塗り替えが行われている。しかし、エポキシ樹脂系塗料の場合、サンドブラストなどによる船倉表面の錆落とし処理が必要となるため、工程数が多く工賃が高いという問題がある。
【0003】
他方、鉄の防錆方法の一つとして、鉄の表面をアルカリ性に保ち不動態化する方法が知られている。一般に、鉄はpH9〜12.5の範囲においてFe
2O
3の不動態層が形成され安定な状態になるといわれている。例えば特許文献1には、ポリマーセメントと骨材と水と亜硝酸リチウム溶液とを混合してなるモルタルをモルタル吹付ノズルを介してコンクリート構造体の所定個所に吹き付けることを特徴とするモルタル吹付工法の発明が開示されている。この発明では、コンクリート中に埋設されている鉄材表面の塩素イオンによって破壊された不動態皮膜が亜硝酸リチウムにより再生され錆発生を防止する。
【0004】
また、特許文献2には、珪酸ソーダと亜鉛粉末とを混合して調整した亜鉛粉末含有スラリーに珪酸リチウムを混合撹拌して得られる水系コーティング材の発明が開示されている。亜鉛粉末含有スラリーは、亜鉛粉末がシリカの緻密な被膜で覆われていて水中安定性に優れており、長時間放置しても品質が変わらない。そのため、亜鉛粉末含有スラリーを用いて水系コーティング材を調整することによって、金属に塗布したときの強い付着性、塗膜の十分な硬さ、耐塩水噴霧性等の優れた防錆性を有する水系コーティング材を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−177567号公報
【特許文献2】特開2004−2637号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されているモルタルは、長期防錆性に優れているとされているが、船倉表面に塗布する場合、塗膜厚さを700μm〜800μm程度にする必要があり、従来のエポキシ樹脂系塗料の3〜4倍の高コストとなる。
また、特許文献2に記載されている亜鉛粉末含有スラリー及び水系コーティング材は、基本的に、水系ジンクリッチ塗料を、より安価に提供するものである。ジンクリッチ塗料は、素地が露出する塗膜欠陥が発生した際に、鋼がカソード、亜鉛粉末がアノードとして作用することにより鋼を防食する(犠牲防食作用)。従って、鋼材表面を完全にケレンしておかないと、亜鉛粉末の効果が得られないという問題がある。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、塗膜の高強度化と下地処理の軽減によるコストの削減が可能となる下塗り材及びこれを用いた塗膜形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、第1の発明は、船倉表面に塗布する下塗り材であって、
珪酸リチウムを6〜12質量%、アクリル系共重合体エマルジョン又はアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを3〜6質量%、顔料を2〜4質量%、分散剤を0.2〜0.4質量%含む水溶液からなることを特徴としている。
【0009】
本発明では、船倉表面に発生した錆粒子の間に下塗り材を浸透させることにより、錆粒子を骨格とする強固な塗膜を形成する。
珪酸リチウムは、水溶液中において、鎖状分子がリチウム原子を取り囲むポリシリケートとして存在する。ポリシリケート構造は、錆層に浸透した後、ナノメータオーダーの厚さを有する固形の連続被膜を錆粒子表面に形成し、錆層全体を強固な組織にする。
但し、珪酸リチウム水溶液が硬化すると、塗膜表面に多数の亀裂が発生することが判明したため、本発明では、アクリル系共重合体エマルジョン又はアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを珪酸リチウム水溶液に添加し、亀裂を防止する。
なお、珪酸リチウム水溶液は無色透明であるため、顔料を珪酸リチウム水溶液に添加し、隠ぺい率(塗膜が下地の色を覆い隠す度合)を向上させる。併せて、顔料粒子の凝集を防止するため、分散剤を添加する。
【0010】
また、第2の発明は、船倉表面に塗膜を形成する方法であって、
船倉表面に4種ケレン相当以上の清浄度となる下地処理を施す工程と、
下地処理された前記船倉表面に、第1の発明に係る下塗り材を塗布して下塗り層を形成する工程と、
前記下塗り層上にエポキシ樹脂塗料を塗布して上塗り層を形成する工程とを備えることを特徴としている。
【0011】
本発明では、錆層を船倉表面の被膜として利用するため、従来のような入念な下地処理を必要とせず、4種ケレン相当の清浄度でよい。下地追従性及び一定の耐水性が要求される上塗り層には、変形能力が高く耐水性に優れるエポキシ樹脂塗料を使用する。
【0012】
また、第2の発明に係る塗膜形成方法では、前記エポキシ樹脂塗料は金属粉を含むことを好適とする。これにより、上塗り層の耐摩耗性が向上する。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、船倉表面に発生した錆粒子の間に下塗り材を浸透させることにより、錆粒子を骨格とする強固な塗膜を形成するので、高強度の塗膜を実現することができる。また、従来のような入念な下地処理が不要となるので、コストの削減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係る下塗り材の作用を説明するための模式図である。
【
図2】鋼材表面に残存する錆層に下塗り材を浸透させた試験片断面の元素マッピングである。(A)はFe、(B)はO、(C)はSiの各分布を示している。
【発明を実施するための形態】
【0015】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態について説明し、本発明の理解に供する。
【0016】
[本発明の技術思想]
本発明では、船倉を構成する鋼材10の表面に発生した錆粒子11の間に下塗り材12を浸透させることにより、錆粒子11を骨格とする強固な塗膜を形成する(
図1参照)。具体的には、錆層中の浮き錆等を除去し、鋼材10表面に残存する錆層に、珪酸リチウムを含む下塗り材12を浸透させ、錆層と一体化した下塗り層を形成する。
下塗り材12に含まれる珪酸リチウムは、錆粒子11からなる錆層に浸透した後、ナノメータオーダーの厚さを有する固形の連続被膜を錆粒子表面に形成し、錆層全体を強固な組織にする。
【0017】
鋼材表面に残存する錆層に珪酸リチウムを含む下塗り材を浸透させた試験片断面の元素マッピングを
図2に示す。例えば電子線マイクロアナライザ(EPMA)の場合、試料に電子線を照射して発生する特性X線の波長と強度から構成元素を分析することができる。
図2(A)はFe、
図2(B)はO、
図2(C)はSiの各分布を示している。Feは母材である鋼材を、Oは錆である酸化鉄を、Siは珪酸リチウムの分布を示していると解釈することができ、錆層の深部まで珪酸リチウムが浸透していることが
図2からわかる。
【0018】
[下塗り材]
本発明に係る下塗り材は、船倉表面に塗布する下塗り材であって、珪酸リチウムを6〜12質量%、アクリル系共重合体エマルジョン又はアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを3〜6質量%、顔料を2〜4質量%、分散剤を0.2〜0.4質量%含む水溶液から構成されている。
【0019】
珪酸リチウムが12質量%超であると、スラリー濃度が上昇して錆層への浸透力が低下するだけでなく、硬化後の塗膜に亀裂が発生する。一方、珪酸リチウムが6質量%未満であると、錆層への浸透作用が不十分となる。
【0020】
アクリル系共重合体エマルジョン又はアクリル/スチレン共重合体エマルジョンが6質量%超であると、錆層への浸透力が低下する。一方、アクリル系共重合体エマルジョン又はアクリル/スチレン共重合体エマルジョンが3質量%未満であると、所定の柔軟性と付着強度が確保できない。
なお、珪酸リチウムとアクリル系共重合体エマルジョン又はアクリル/スチレン共重合体エマルジョンの質量比は、2:1程度が好ましい。
【0021】
顔料には、酸化チタンやアルミニウム・ペーストなどを使用することができる。
顔料が4質量%超であると、錆層への珪酸リチウムの浸透が阻害される。一方、顔料が2質量%未満であると、隠ぺい率が低下する。
【0022】
分散剤には、湿潤分散剤やノニオン系界面活性剤などを使用することができる。
分散剤が0.4質量%超であると、所定の付着強度が得られない。一方、分散剤が0.2質量%未満であると、顔料粒子が凝集する。
【0023】
[上塗り材]
上塗り材には、金属粉を10〜15質量%含有するエポキシ樹脂塗料を使用する。
金属粉としてはアルミナなどを使用することができる。
【0024】
[塗膜形成方法]
塗膜の形成手順を以下に示す。
(STEP−1)
船倉表面に4種ケレン相当以上の清浄度となる下地処理を施す。
4種ケレンは、粉化物及び汚れを落とす程度の下地処理であり、例えば、15MPa〜25MPa程度の水圧の高圧水をノズルから船倉表面に向けて噴射して船倉表面の下地処理を行えばよい。
【0025】
(STEP−2)
下地処理された船倉表面に、前述した下塗り材を塗布して下塗り層を形成する。
下塗り層の厚さは20μm〜40μm程度(塗量として100g/m
2程度)とする。
乾燥時間の目安は約1日間であるが、錆層の状況によって変動する。
【0026】
(STEP−3)
下塗り層上に、前述したエポキシ樹脂塗料を塗布して上塗り層を形成する。
上塗り層の厚さは30μm〜60μm程度(塗量として160g/m
2〜320g/m
2程度)とする。
乾燥時間の目安は約1日間である。
【0027】
以上、本発明の一実施の形態について説明してきたが、本発明は何ら上記した実施の形態に記載の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。
【実施例】
【0028】
本発明の効果について検証するために実施した検証試験について説明する。
試験に使用した下塗り材の配合を表1に示す。エマルジョンにはアクリル系共重合体エマルジョンを、顔料にはアルミニウム・ペーストを、分散剤には湿潤分散剤を使用した。
【0029】
【表1】
【0030】
表1に示す下塗り材を用いて実施した塗膜性能試験結果の一覧を表2に示す。
使用した鋼板は無処理自然暴露錆鋼板(150mm×70mm×3.2mm)と4種ケレン自然暴露錆鋼板(150mm×70mm×3.2mm)の2種類とし、上塗り材にはエポキシ樹脂塗料を使用した。塗装方法は刷毛塗装とし、塗布量は下塗り材100g/m
2、上塗り材160g/m
2とした。なお、試験片の養生は試験室における気乾養生とした。
付着強度試験は、JIS K5600−5−7「塗料一般試験方法−第5部:塗膜の機械的性質−第7節:付着性(プルオフ法)」に準じて実施した。
【0031】
【表2】
【0032】
CASE1、5、6は、付着強度が1.0N/mm
2未満であったため、評価は×(不可)とした。CASE2は、付着強度が1.0N/mm
2以上であったが、塗膜表面に亀裂が認められたため、評価は△(可)とした。
一方、CASE3、4は、付着強度が1.0N/mm
2以上で、塗膜表面の亀裂も認められなかった。特に、CASE4は、付着強度が1.5N/mm
2以上であった。因って、CASE3の評価を○(良)、CASE4の評価を◎(優良)とした。
【符号の説明】
【0033】
10:鋼材、11:錆粒子、12:下塗り材