【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例により、さらに詳しく説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
〔グリース組成物の調製〕
下記各表に示す配合量にて実施例1乃至実施例11、並びに例1乃至例11に使用するグリース組成物を調製した。
【0040】
なおグリースの調製に用いた各成分の詳細及びその略称は以下のとおりである。
(a)基油
・ポリアルファオレフィン(40℃における動粘度:48mm
2/s)
・ポリアルファオレフィン(40℃における動粘度:100mm
2/s)
・エステル油:東京化成工業(株)製、トリメリット酸トリス(2−エチルヘキシル)(40℃における動粘度:100mm
2/s)
・鉱油(40℃における動粘度:40mm
2/s)
(b)増ちょう剤
・脂環−脂肪族ジウレア化合物:ジフェニルメタンジイソシアネートと、シクロヘキシルアミン及びステアリルアミンとから合成されるジウレア化合物(シクロヘキシルアミン:ステアリルアミン=3:7(モル比))
(c)添加剤
(c1)極圧添加剤
・トリフェノキシホスフィンスルフィド(TPPS):BASFジャパン(株)製、IRGALUBE TPPT
・ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP):(株)ADEKA製、アデカキクルーブZ112
・トリクレジルホスフェート(TCP):富士フイルム和光純薬(株)製、リン酸トリトリル
(c2)防錆添加剤
・Caスルホネート(TBN405):塩基価405mgKOH/g、Chemtura社製、Bryton C400
・Caスルホネート(TBN24):塩基価24mgKOH/g、(株)MORESCO製、モレスコアンバーSC−45
・Caスルホネート(TBN0):塩基価0mgKOH/g、(株)MORESCO製、モレスコアンバーSC−45N
・Caスルホネート(TBN505):塩基価505mgKOH/g、Chemtura社製、Bryton C500
・Baスルホネート:(株)MORESCO製、モレスコアンバーSB−50N
(c3)その他添加剤
・金属不活性剤:ベンゾトリアゾール系化合物、城北化学工業(株)製、BT−LX
・酸化防止剤:ジアリールアミン系酸化防止剤、BASFジャパン(株)製、IRGANOX L57
なおその他添加剤は、実施例1乃至実施例11並びに例1乃至例11の各グリース組成物(全質量)に対して、上記金属不活性剤、酸化防止剤をあわせて3質量%となるように添加した。
【0041】
また以下の試験評価に用いた転がり軸受は以下のとおりである。
・転がり軸受:鋼シールド付き玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)
・保持器:樹脂製冠形保持器 又は 波形鋼板保持器
【0042】
実施例1乃至実施例11、例1乃至例11のグリース組成物が封入された転がり軸受について、以下の手順を用いて、低温保持後の音響特性(低温軸受音響評価)、耐フレッチング摩耗特性として衝撃試験後の音響特性(インパクトフレッチング評価)、並びに、高温保持後の音響特性(耐熱性評価)について、それぞれ評価した。以降の説明において、グリース組成物の例番号を、これを封入した転がり軸受の性能評価の例番号としても扱うものとする。
なお、上記実施例1乃至実施例11並びに例1乃至例11のグリース組成物の混和ちょう度を、JIS K 2220 7に従い測定した。
【0043】
<試験方法>
1.低温軸受音響評価
鋼シールド付き玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)に、試験グリース組成物を、軸受容積の25%〜35%で封入した。
この玉軸受を−40℃に保持した後、直ちに音響特性を評価した。
上記の玉軸受をハウジングにセットして、軸受内径にシャフトを挿入して、外輪に対してアキシアル方向より39Nの予圧をかけた後、試験用モータの回転軸にシャフトを結合し、玉軸受が内輪回転するようにした。
ついで、回転速度1,800rpmで回転させ、後述する手順にて音響評価試験を行った。
【0044】
2.インパクトフレッチング評価
鋼シールド付き玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)に、試験グリース組成物を、軸受容積の25%〜35%で封入した。
この玉軸受を
図3に示す構成で加振機にセットして振動試験を実施した。振動試験は、外輪に対してスプリングにて50Nの予圧をかけ、またシャフトと玉軸受にアキシアル方向から4Nの重りをかけ、室温、周波数10Hz、加速度3G、ストローク15mm、試験時間4時間の条件で実施した。
振動試験実施後の玉軸受を加振機から取り出し、続いて音響特性を評価した。
上記の玉軸受をハウジングにセットして、軸受内径にシャフトを挿入して、外輪に対してアキシアル方向より39Nの予圧をかけた後、試験用モータの回転軸にシャフトを結合し、玉軸受が内輪回転するようにした。
ついで、室温にて、回転速度1,800rpmで回転させ、後述する手順にて音響評価試験を行った。
【0045】
3.耐熱性評価
鋼シールド付き玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)に、試験グリース組成物を、軸受容積の25%〜35%で封入した。
この玉軸受をハウジングにセットして、軸受内径にシャフトを挿入して、外輪に対してアキシアル方向より39Nの予圧をかけた後、試験用モータの回転軸にシャフトを結合し、玉軸受が内輪回転するようにした。
ついで、前記ハウジングを140℃に加熱した状態で回転速度3,000rpmで200時間回転させた後に、下記手順にて音響評価試験を行った。
【0046】
[音響評価]
各試験グリース組成物を使用した玉軸受の音響性能を、アンデロンメータを用いて、Mバンド(300〜1800Hz)のアンデロン値を測定することにより評価した。
詳細には、上述の予圧、温度条件及び回転数の条件にて回転を開始し、回転開始1分後(耐熱性評価の場合には200時間の回転後)の時点において、玉軸受の外輪の外周に半径方向にて速度型ピックアップを接触させ、外輪に伝わる機械的振動を検出してアンデロン値を算出し、以下の基準にて各試験における音響性能を評価した(測定上のアンデロン値の最大値:50)。実施例1乃至実施例11並びに例1乃至例11の試験グリースにつき、それぞれ6個の玉軸受を用いて試験を行い、アンデロン値の平均値を求め、評価に供した。なお、Mバンドの周波数:300〜1800Hzは、人にとって耳障りな音と言われている。
<評価基準(1)低温軸受音響評価>
本実施例の試験条件において、アンデロン値が2を超えると騒音が顕著となるため、2以下を好適と評価する。さらにアンデロン値が1未満となると、静粛性が向上するため、最適と評価する。
E(最適):アンデロン値が1未満
A(好適):アンデロン値が1以上2以下
N(不適):アンデロン値が2超
<評価基準(2)インパクトフレッチング評価>
本実施例の試験条件において、アンデロン値が0.5を超えると異音(傷音)が顕著となるため、0.5以下を好適とする。
A(好適):アンデロン値が0.5以下
N(不適):アンデロン値が0.5超
<評価基準(3)耐熱性評価>
本実施例の試験条件において、アンデロン値が2を超えると騒音が顕著となるため、2以下を好適と評価する。
A(好適):アンデロン値が2以下
N(不適):アンデロン値が2超
【0047】
結果を表1(実施例1乃至実施例11)及び表2(例1乃至例11)に示す。なお、表中の配合量:質量%は組成物の全質量に対する値である。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
表1に示すように、保持器を備える転がり軸受において、ポリアルファオレフィンと、脂環−脂肪族ジウレア化合物を含有し、そしてTPPS(トリフェノキシホスフィンスルフィド)とCaスルホネート(塩基価:405、24mgKOH/g)を含有するグリース組成物(実施例1乃至実施例7)、又はTCP(トリクレジルホスフェート)とCaスルホネート(塩基価:405mgKOH/g)を含有するグリース組成物(実施例8及び実施例9)、TPPSとBaスルホネートを含有するグリース組成物(実施例10)、そしてTCPとBaスルホネートを含有するグリース組成物(実施例11)を用いることで、保持器の種類によらず、低温保持後の音響特性(低温軸受音響評価におけるアンデロン値:0.2〜1.8)及び耐フレッチング摩耗特性(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.2〜0.5)の双方の特性に優れ、また高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:1.2〜1.8)にも優れることが確認された。
また、混和ちょう度が200〜260の範囲(実施例1乃至実施例11)、防錆剤の過塩基性Caスルホネートの塩基価が20〜500mgKOH/gの範囲(実施例1乃至実施例9)にあるグリース組成物を用いることで、低温保持後の音響特性、耐フレッチング摩耗特性、高温保持後の音響特性が優れたものとなることが確認された。
なお、保持器として樹脂製冠形保持器を用いた実施例2は、低温軸受音響評価におけるアンデロン値が0.2(評価:E(最適))となり、同一処方のグリース組成物を用いた波形鋼板保持器(実施例1)を使用した場合の同アンデロン値:1.2(評価:A(好適))と比べてアンデロン値がより低く抑えられ、低温保持後の音響特性により優れることが確認された。
【0051】
一方、ポリアルファオレフィンに替えて基油としてエステル油を用いた例1及び例2にあっては、耐フレッチング摩耗特性(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.2)は満足できる結果となったものの、低温軸受音響評価におけるアンデロン値がいずれも2をはるかに超えた値となり、低温保持後の音響特性に欠ける結果となった。また、高温保持後の音響特性も悪化し(アンデロン値が2を上回る)、耐熱性に欠ける結果となった。
すなわち、基油としてポリアルファオレフィンを採用したグリース組成物とすることで、これを用いた転がり軸受は、低温保持後の音響特性に優れ、耐熱性も有するものとなることが確認された。
【0052】
防錆添加剤として、塩基価が0mgKOH/gのCaスルホネートを用いた例3は、低温保持後の音響特性(低温軸受音響特評価におけるアンデロン値:0.2)は非常に優れるものの、実施例2と比べて耐フレッチング摩耗特性が悪化し(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.6)、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:2.5)も悪化した。
また、防錆添加剤として、塩基価が505mgKOH/gの過塩基性Caスルホネートを用いた例4は、実施例2と比べて、低温保持後の音響特性(低温軸受音響特評価におけるアンデロン値:1.5)はやや劣るものの十分に良好な結果となり、耐フレッチング摩耗特性(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.2)も同等の評価を得たものの、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:2.5)は大きく悪化する結果となった。
【0053】
なお、例3(Caスルホネートの塩基価0mgKOH/g)、実施例5(同24mgKOH/g)、実施例2(同405mgKOH/g)、及び例4(同505mgKOH/g)の比較より、カルシウムスルホネートを過塩基性とすることで耐フレッチング摩耗特性は向上し、塩基価が高いほど、耐フレッチング摩耗特性は良好となる傾向がみられた。しかし高温保持後の音響特性に関しては、塩基価が高くなりすぎると却って特性が悪化する傾向がみられた。
塩基価成分はスラッジ分散能力を有することが知られており、塩基価成分が少ない(例3)と、耐熱性試験で生成した劣化物は十分に分散せず、該劣化物の凝集などにより、軸受の異音を発生させることが確認された。一方、塩基価成分が多すぎても、塩基価成分に由来する灰分の増加に伴い、無機物の凝集によって軸受の異音を発生させることが確認された(例4)。
以上の結果から本発明のグリース組成物において、カルシウムスルホネートの塩基価はは20〜500mgKOH/gが好適であることが確認できる。
【0054】
また、極圧添加剤をTPPS(トリフェノキシホスフィンスルフィド)に替えてZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)とした例7にあっては、低温保持後の音響特性(低温軸受音響特性におけるアンデロン値:0.4)は非常に優れるものの、実施例2と比べて耐フレッチング摩耗特性が悪化(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.6)し、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:2.2)も悪化した。
また、極圧添加剤としてZnDTPを採用した場合、防錆添加剤をBaスルホネートとした例5及び例6にあっても、低温保持後の音響特性は満足できる結果となったものの(低温軸受音響評価におけるアンデロン値:1.5(例5)、0.5(例6))、実施例10および実施例11と比べて、耐フレッチング摩耗特性が悪化(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:いずれも0.6)し、また、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:3.0(例5)、2.5(例6))も悪化した。
ここで
図4及び
図5に、実施例1、実施例10、実施例11、例5、例6及び例7における振動試験実施後の軸受レース面の観察結果を示す(
図4(a)実施例1、(b)実施例10、(c)実施例11;
図5(a)例5、(b)例6、(c)例7)。
図4及び
図5に示す通り、振動試験実施後において、実施例1、実施例10及び実施例11のレース面に生じた傷は極めて軽微(走査型白色干渉計により測定された最大谷深さが1μm以下)であるのに対し、例5〜例7においてはインパクトフレッチング摩耗に伴う深く(同3μm以上)、100μm以上にも到達する長い傷がみられ、これが音響特性に影響を与えたとみられることが確認できる。
また、防錆添加剤としてCaスルホネートを用い、極圧添加剤としてTPPS(実施例1、
図4(a))、又はZnDTP(例7、
図5(c))を用いた場合、ZnDTPを使用した例7の傷の方が明らかに大きいことがわかる。さらに、防錆添加剤をBaスルホネートとし、極圧添加剤をTPPS(実施例10、
図4(b))、TCP(実施例11、
図4(c))、ZnDTP(例6、
図5(b))とした場合においてもレース面の傷の違いは明らかであり、ZnDTPを使用した例6の傷の方が実施例10および11の傷よりも大きい。例5(
図5(a))のように例6と保持器が異なる場合でもその差は明確であった。
以上の結果より、トリフェノキシホスフィンスルフィド及びトリクレジルホスフェートのうち少なくとも一種と、過塩基性のカルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種の組み合わせを用いたグリース組成物により、耐フレッチング摩耗特性を優れたものにすることが確認された。
【0055】
さらに、グリース組成物の混和ちょう度が280である例8は、耐フレッチング摩耗特性(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.2)及び高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:1.5)ともに、実施例2と同等の結果となったものの、低温軸受音響評価におけるアンデロン値が10となり、低温保持後の音響特性が大きく悪化する結果となった。これは例8のグリース組成物は軟質であるためグリース粘度が下がり、チャーニング(軸受動作時にグリースが軸受内部で絶えずかき混ぜられた状態となること)によって保持器の自励振動が発生したと考えられる。
他方、グリース組成物の混和ちょう度が180である例9は、硬質のため離油量が少なくなり、インパクトフレッチング時の接触面への潤滑油の供給が減り、インパクトフレッチング摩耗が発生した。また高温保持後においては、硬質のために基油滲み出しが少なく潤滑性が低くなることに加え、増ちょう剤を起因とする異音の発生のために、音響特性が悪化したと考えられる。
【0056】
そして、基油として鉱油を用いた例10及び例11は、ポリアルファオレフィンを用いた実施例2及び実施例10と比べて、低温保持後の音響特性(低温軸受音響特評価におけるアンデロン値:いずれも1.5)はやや劣るものの十分に良好な結果となった。ただ、実施例2及び実施例10と比べて耐フレッチング摩耗特性が悪化し(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.8(例10)、1(例11))、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:2.2(例10)、3.2(例11))も悪化した。
【0057】
なお、実施例1及び実施例2の比較にて述べたように、例1及び例2、並びに例5及び例6の比較からも、波形鋼板保持器(実施例1、例1、例5)に比べて、樹脂製冠形保持器(実施例2、例2、例6)は、低温軸受音響評価におけるアンデロン値が低く抑えられ、低温保持後の音響特性に関して良好な結果となったことが確認された。
これは、熱膨張係数は鋼板よりも樹脂の方が大きいため、−40℃の低温では樹脂製保持器は鋼板保持器よりも縮む割合が大きくなる。このため、樹脂製保持器では鋼板保持器よりもポケット−ボール間の隙間が小さくなり、低温音響特性が良好となる。
このように樹脂と金属の熱膨張の差が異なるため、樹脂製保持器の方が低温音響特性に有利に働く。
なお、耐熱性試験における音響特性の悪化は、熱膨張の差よりも、グリースの劣化による粘度上昇が主要因となると考えられる。
【0058】
以上の通り、ポリアルファオレフィンと脂環−脂肪族ジウレア化合物(ウレア系増ちょう剤)とを含有し、そしてトリフェノキシホスフィンスルフィド(TPPS)及びトリクレジルホスフェート(TCP)のうち少なくとも一種と、過塩基性カルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種とを含有するグリース組成物は、これを封入してなる転がり軸受において、耐フレッチング摩耗特性に優れ、また低温における音響特性を優れたものとすることができ、耐熱性にも優れる、転がり軸受の提供を実現できることが見出された。
【0059】
以上、最良の実施形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれものである。