特許第6811545号(P6811545)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6811545
(24)【登録日】2020年12月17日
(45)【発行日】2021年1月13日
(54)【発明の名称】細胞解離剤の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20201228BHJP
【FI】
   C12Q1/06
【請求項の数】8
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-70323(P2016-70323)
(22)【出願日】2016年3月31日
(65)【公開番号】特開2017-176079(P2017-176079A)
(43)【公開日】2017年10月5日
【審査請求日】2018年12月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】佐野 進弥
(72)【発明者】
【氏名】野口 枝莉
【審査官】 中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/015030(WO,A1)
【文献】 井出利憲著、「無敵のバイオテクニカルシリーズ 特別編 細胞培養入門ノート」、株式会社羊土社、2004年6月20日、pp. 43-49
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00−3/00
C12N 1/00−7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト骨格筋芽細胞に対する細胞解離剤の活性および安全性を決定する方法であって、以下:
マウス線維芽細胞を播種する工程、
前記細胞解離剤を用いて、播種されたマウス線維芽細胞を、一度の反応で完全解離させる工程、ここで、解離中の前記細胞解離剤の濃度を変化させず、またここで前記細胞解離剤の活性を測定する、
前記細胞解離剤を作用させて得た解離細胞の細胞生存率を計測する工程、
前記細胞生存率に基づき、バイアビリティを評価する工程、
を含む、前記方法。
【請求項2】
細胞解離剤を作用させて得た解離細胞を基材に再接着させた際の、接着率を計測する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
バイアビリティが、75%以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
基準細胞解離剤を用いてヒト細胞およびマウス線維芽細胞に対する活性をそれぞれ測定し、両測定値の比較により基準値を求める工程をさらに含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
基準値に基づいて、測定値を較正する工程をさらに含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
細胞解離剤の活性の測定が、マウス線維芽細胞を前記細胞解離剤で完全解離するために必要な解離時間の測定であって、該解離時間が1〜15分である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
解離時間が、1〜15分の範囲にない場合に、さらに細胞解離剤の濃度を変えて細胞解離剤の活性を決定する工程をさらに含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
ヒト骨格筋芽細胞を用いた医療用製品の製造に用いる細胞解離剤の好適な使用濃度を決定する方法であって、マウス線維芽細胞に異なる複数の濃度の細胞解離剤を作用させる工程と、マウス線維芽細胞を一度の反応で完全解離するために必要な解離時間を測定する工程と、解離後のマウス線維芽細胞のバイアビリティを測定する工程と、バイアビリティを実質的に低下させない、解離時間が最も短い濃度を好適な使用濃度として決定する工程とを含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞解離剤の活性を決定する方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患や拡張型心筋症などにより損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞等の利用が試みられている(非特許文献1〜2)。
【0003】
このような試みの一環として、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた(特許文献1、非特許文献2)。
シート状細胞培養物の治療への応用については、火傷などによる皮膚損傷に対する培養表皮シートの利用、角膜損傷に対する角膜上皮シート状細胞培養物の利用、食道ガン内視鏡的切除に対する口腔粘膜シート状細胞培養物の利用などの検討が進められており、その一部は臨床応用の段階に入っている。
【0004】
シート状細胞培養物を臨床応用する場合には、その適用可能性や有効性、安全性、保存性、移送性などを担保するため、製造方法を最適化する指標の設定や、品質管理の一環としてその製造において用いる原材料や薬品の安全性を担保することなども必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2007−528755号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Haraguchi et al., Stem Cells Transl Med. 2012 Feb;1(2):136-41
【非特許文献2】Sawa et al., Surg Today. 2012 Jan;42(2):181-4
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、臨床用の細胞培養物を製造する際に使用する細胞解離剤の活性や安全性を簡便かつ低コストに検査するための方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、細胞を含む医療用製品(例えば、医薬品、再生医療等製品など)のヒトへの臨床応用に当たっては、当該医療用製品の適用可能性や有効性だけでなく安全性の担保も重要な課題となるところ、医療用製品の製造に実際に用いられる薬品には、医薬品グレードの製品が存在しないものもあり、そのような薬品を医療用製品の製造に用いる場合には、医薬品製造に用い得る活性および安全性を有しているかを、毎回確認する必要があるという課題に直面した。
【0009】
例えば、ヒト骨格筋芽細胞培養物の製造に使用する細胞解離剤について活性および安全性を確認する場合、実際に細胞培養物の製造に用いるヒト骨格筋芽細胞を用いて検査するのが最も信頼性が高いといえる。しかしながら、ヒト骨格筋芽細胞はヒトから採取した骨格筋組織から調製されるため、細胞のリソース自体が少なく、薬品の検査用に利用できる量を確保することは困難である。
【0010】
本発明者らは、かかる状況に鑑み、ヒト骨格筋芽細胞を用いた細胞解離剤検査に代わる、信頼性が高く簡便に実施可能な検査方法の開発を目指して研究を重ねたところ、マウスの線維芽細胞に対する細胞解離剤の活性および安全性は、ヒト骨格筋芽細胞に対するそれと密接に相関するという新たな事実を見出した。かかる事実に基づいて鋭意研究を続けた結果、マウスの線維芽細胞に対する活性および安全性試験の結果に基づいて、ヒト骨格筋芽細胞に対する活性および安全性を高い信頼性で推定可能であることを見出し、さらに研究を重ねた結果本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明の一側面は、下記に掲げるものに関する:
(1)ヒト細胞に対する細胞解離剤の活性を決定する方法であって、マウス線維芽細胞に対する前記細胞解離剤の活性を測定することを含む、前記方法。
(2)基準値に基づいて、測定値を較正することをさらに含む、上記(1)に記載の方法。
(3)基準値が、基準細胞解離剤を用いてヒト細胞およびマウス線維芽細胞に対する活性をそれぞれ測定し、両測定値の比較により求められるものである、上記(2)に記載の方法。
(4)ヒト細胞に対する細胞解離剤の安全性を評価する方法であって、マウス線維芽細胞のバイアビリティおよび/または機能に対する前記細胞解離剤の影響を評価することを含む、前記方法。
【0012】
(5)ヒト細胞を用いた医療用製品の製造に用いる細胞解離剤のスクリーニング方法であって、マウス線維芽細胞を候補細胞解離剤で完全解離するために必要な解離時間を測定し、該解離時間が1〜15分であるものを選択することを特徴とする、前記スクリーニング方法。
(6)ヒト細胞を用いた医療用製品の製造に用いる細胞解離剤の好適な使用濃度を決定する方法であって、マウス線維芽細胞に異なる複数の濃度の細胞解離剤を作用させる工程と、マウス線維芽細胞を解離するために必要な解離時間を測定する工程と、解離後のマウス線維芽細胞のバイアビリティを測定する工程と、バイアビリティを実質的に低下させない、解離時間が最も短い濃度を好適な使用濃度として決定する工程とを含む、前記方法。
(7)ヒト細胞が、ヒト骨格筋芽細胞またはヒト心筋細胞である、上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、細胞を含む医療用製品の製造において必須な薬品の検査、とくに細胞解離剤など、細胞に直接作用させるが医薬品グレードの製品が存在しない薬品の検査において、薬品のロットごとの活性および安全性検査における手間およびコスト、ひいてはシート状細胞培養物の製造コストを削減することができる。また、本発明により、細胞を含む医療用製品の製造において好適に用いることができる薬品のスクリーニングも簡便かつ低コストに行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は培養した細胞を、細胞解離剤で処理した様子を観察した顕微鏡像である。左列はヒト骨格筋芽細胞、右列はマウス線維芽細胞の写真図であり、上段は反応前、中段は反応2分後、下段は反応5分後の様子をそれぞれ表す。
図2図2は培養した細胞を、細胞解離剤で処理した様子を観察した顕微鏡像である。左列はヒト骨格筋芽細胞、右列はマウス線維芽細胞の写真図であり、上段は反応8分後、中段は反応11分後、下段は反応15分後の様子をそれぞれ表す。
図3図3は15分間細胞解離剤で処理をした細胞を再接着させた様子を観察した顕微鏡像である。左列はヒト骨格筋芽細胞、右列はマウス線維芽細胞の写真図であり、上段は再接着開始1時間後、中段は3時間後、下段は5時間後の様子をそれぞれ表す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願および他の出版物や情報は、その全体を参照により本明細書に援用する。これらの出版物や情報の記載と本明細書の記載において矛盾が生じる場合は、本明細書の記載が優先される。
【0016】
本発明は一側面において、マウス線維芽細胞に対する細胞解離剤の活性を測定することを含む、ヒト細胞に対する細胞解離剤の活性を決定する方法に関する。
本発明において、「細胞解離剤」とは、細胞と当該細胞以外の物(当該細胞以外の細胞(同一細胞種または異なる細胞種)を含む)との接着を解離させるための剤をいう。細胞解離剤は主に、トリプシン、ディスパーゼ、コラーゲナーゼ、アキュターゼ、アキュマックス、エラスターゼ、パパイン、プロナーゼ、ヒアルロニダーゼなどの細胞外マトリクスを分解することができる成分やEDTAなどの二価のカチオンのキレート剤を含む。
【0017】
本発明は、ヒト細胞に対する細胞解離剤の活性および安全性がマウス線維芽細胞に対するそれと密接に相関するという事実に基づく。したがって本発明によれば、マウス線維芽細胞に対する細胞解離剤の活性および安全性を測定することで、当該細胞解離剤がヒト細胞に対してどの程度の活性および安全性を有するものであるかを推定することができる。
【0018】
本発明に用いられるヒト細胞は、接着性の細胞であれば特に限定されない。しかしながら発明の目的に鑑みると、移植用に用いられる細胞、特にシート状細胞培養物として形成され、移植され得る細胞であることが好ましい。シート状細胞培養物を形成し、移植され得る細胞としては、例えば、接着性の体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞、脂肪幹細胞、肝幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞、iPS(induced pluripotent stem)細胞などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などが挙げられる。上記好ましい細胞の非限定例としては、例えば筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞など)、間葉系幹細胞(例えば、骨髄、脂肪組織、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、胎盤、臍帯血由来のものなど)、心筋細胞、線維芽細胞、心臓幹細胞、脂肪幹細胞、肝幹細胞、胚性幹細胞、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)、滑膜細胞、軟骨細胞、上皮細胞(例えば、口腔粘膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、鼻粘膜上皮細胞など)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞など)、肝細胞(例えば、肝実質細胞など)、膵細胞(例えば、膵島細胞など)、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞などが挙げられ、好ましくは骨格筋芽細胞、心筋細胞が挙げられる。本発明に用いられる細胞は、体組織から採取された細胞であってもよいし、iPS細胞などの幹細胞から分化させたものであってもよい。
【0019】
細胞解離剤の活性の測定には、当該技術分野において公知の方法を用いることができる。かかる方法としては、例えば接着した細胞が解離するまでの時間を計測すること、一定時間経過後に解離した細胞の数を計測することなどが含まれる。
【0020】
本発明の方法においては、事前にマウス線維芽細胞に対する活性とヒト細胞に対する活性との相関関係について調べておくことが好ましい。相関関係としては、例えばコンフルエントな密度の細胞を同じ細胞解離剤で処理した時の、解離するまでの時間比、一定時間経過後に解離する細胞の数の比、細胞解離剤の濃度によって解離する細胞の数の比などが挙げられるが、これに限定されない。相関関係は直前に調べてもよいし、データとして蓄積されたものであってもよい。
【0021】
本発明は一態様において、マウス線維芽細胞における測定値を、基準値に基づいて較正することをさらに含む。本発明において「基準値」とは、マウス線維芽細胞に対する活性と対象のヒト細胞に対する活性との相関関係を表す値である。これに限定するものではないが、例えばコンフルエントな密度の細胞を細胞解離剤で処理した時の、完全解離するまでの時間の関係の場合、本発明者らにより、コンフルエントなマウス線維芽細胞を5分間で完全に解離させる活性を有する細胞解離剤は、コンフルエントなヒト骨格筋芽細胞を8分間で完全に解離させることができることが明らかとなった。したがって、完全解離時間を活性の指標とした場合、基準値として、1.6という係数を設定することができる。
【0022】
かかる基準値に基づいてマウス線維芽細胞から得られた測定値を較正することで、対象ヒト細胞における活性を得ることができる。例えば上述の例でいえば、コンフルエントなマウス線維芽細胞を4分で完全に解離させる活性を有する細胞解離剤であった場合、この細胞解離剤によって、コンフルエントなヒト骨格筋芽細胞は約6.4分で完全解離されることになる。
【0023】
基準値を設定する場合、検査対象の細胞解離剤を用いて実際にマウス線維芽細胞とヒト細胞を解離させる必要は必ずしもなく、過去のデータの蓄積から求めてもよい。例えば、基準となる細胞解離剤を用いて、マウス線維芽細胞および対象ヒト細胞を解離させて活性を測定し、両測定結果を比較することにより求めた基準値を、それ以降の検査の基準値として用いてもよい。
【0024】
本発明は別の態様において、マウス線維芽細胞のバイアビリティおよび/または機能に対する細胞解離剤の影響を評価することを含む、ヒト細胞に対する細胞解離剤の安全性を評価する方法を含む。バイアビリティおよび/または機能に対する細胞解離剤の影響を評価する方法としては、当該技術分野において知られた方法を用いることができ、かかる方法としては例えば、細胞解離剤を一定時間作用させた後の細胞生存率を計測する方法、細胞解離剤を作用させて得た解離細胞を再び基材に接着させて、接着率を計測する方法などが挙げられる。
【0025】
本態様の方法においては、事前にマウス線維芽細胞に対するバイアビリティおよび/または機能に対する細胞解離剤の影響とヒト細胞に対する安全性との相関関係について調べておくことが好ましい。相関関係としては、例えば同じ解離剤で同じ時間処理した際の細胞生存率の比や、細胞解離剤を作用させて得た解離細胞を再接着させた際の接着細胞数の比、などが挙げられる。
【0026】
細胞解離剤がヒト細胞に対して安全であると評価できるためには、例えば前記細胞解離剤を、細胞が完全解離するまで作用させた後のバイアビリティが、ヒト細胞に換算して65%以上、好ましくは75%以上であることが望ましい。あるいは、例えば前記細胞解離剤を、細胞が完全解離するまで作用させた後、再度一定時間接着培養した場合の細胞接着率(または接着細胞数)が、細胞解離剤を作用させていない細胞を同じ時間接着培養した場合の細胞接着率(または接着細胞数)と比較して65%以上、好ましくは75%以上であることが望ましい。
【0027】
本発明は別の一側面において、ヒト細胞を用いた医療用製品(例えば、医薬品、再生医療等製品など)の製造において用いる細胞解離剤のスクリーニング方法に関する。
上述のとおり、本発明は、マウス線維芽細胞に対する細胞解離剤の活性が、ヒト細胞に対する細胞解離剤の活性と相関していることに基づくものである。したがって、マウス線維芽細胞に対する好適な活性を示す細胞解離剤を選択することにより、ヒト細胞を用いた医療用製品の製造に好適な細胞解離剤をスクリーニング可能である。
【0028】
本発明の一態様において、ヒト細胞を用いた医療用製品は、シート状ヒト骨格筋芽細胞培養物である。ヒト骨格筋芽細胞を用いる場合、マウス線維芽細胞の完全解離時間が約1〜15分であれば、ヒト骨格筋芽細胞に対して十分に活性を示し、なおかつ細胞を傷害しない程度の活性であることが、本発明者らにより見出された。本明細書において「完全解離時間」とは、基材に接着した状態の細胞集団に解離剤を作用させ、細胞を全て解離させるまでの時間を意味する。細胞集団の密度は特に限定されないが、好ましくは30〜100%コンフルエント、より好ましくは50〜100%コンフルエント、最も好ましくは100%コンフルエントであってよい。すなわち、いかなる密度の細胞集団であっても、15分以内の作用で完全解離することができれば、十分な活性を有していると判断できる。例えばヒト骨格筋芽細胞に対する活性の場合は、基材に接着した状態のマウス線維芽細胞を約1〜15分間、好ましくは2〜8分間の作用で完全に解離することができる細胞解離剤が、ヒト骨格筋芽細胞に対して十分に活性を示し、かつ細胞を傷害しない程度の活性であるといえる。
【0029】
したがって本発明のスクリーニング方法は、好ましい一態様において、コンフルエントなマウス線維芽細胞を候補細胞解離剤で完全解離するために必要な解離時間を測定すること、および該解離時間が1〜15分であるものを選択することを含む。より好ましくは、解離時間が2〜8分であるものを選択することを含む。
【0030】
また本発明は別の側面において、細胞解離剤を、ヒト細胞を用いた医療用製品(例えば、医薬品、再生医療等製品など)の製造において用いる場合の、好適な濃度を決定する方法にも関する。
上記スクリーニング方法と同様に、細胞解離剤がマウス線維芽細胞に対して最も好適な活性を示す濃度を決定することにより、前記細胞解離剤を、ヒト細胞を用いた医療用製品の製造において用いる場合の、好適な濃度を決定することができる。細胞解離剤の活性は、細胞解離時間が短くなればなるほど好ましい。また、かかる濃度の決定にあたっては、マウス線維芽細胞のバイアビリティに対する影響を考慮してもよい。この場合、マウス線維芽細胞のバイアビリティを顕著に低下させない濃度が好ましく、バイアビリティを実質的に低下させない濃度(例えば、バイアビリティの低下率が10%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下、0.5%以下などとなる濃度)が特に好ましい。したがって、細胞解離剤の好適な濃度の例としては、マウス線維芽細胞のバイアビリティを実質的に低下させることなく、最も解離時間が短くなる濃度が挙げられる。
【実施例】
【0031】
本発明を以下の例を参照してより詳細に説明するが、これらは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0032】
例1.ヒト骨格筋芽細胞とマウス線維芽細胞との活性の比較
(1)培養細胞の調製
ヒト骨格筋芽細胞およびマウス線維芽細胞(BALB/3T3)の凍結保存細胞を、37℃に設定したウォーターバスで融解させた。細胞融解液をチューブに移した後、20%アルブミンを含むハンクス平衡塩液、または10%FBSを含む培地を添加し、遠心分離して上清を廃棄した。細胞を懸濁させた後、再度遠心分離し、上清を廃棄した。次いで、再び20%アルブミンを含むハンクス平衡塩液、または10%FBSを含む培地で懸濁し、細胞数およびバイアビリティを確認した。
【0033】
それぞれの細胞の融解時バイアビリティは、骨格筋芽細胞が95%、BALB/3T3が96%であった。また、骨格筋芽細胞のCD56陽性細胞率は94%であった。
【0034】
(2)細胞培養
それぞれの細胞を、2.23×10個〜9.14×10個分取し、上記(1)に記載の条件でそれぞれの細胞を遠心分離し、上清を廃棄した。それぞれのペレットに、骨格筋芽細胞については20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液を含有するMCDB131培地、BALB/3T3については3T3培地をそれぞれ15mL加えて懸濁し、得られた細胞懸濁液を全量それぞれ培養フラスコ(Nuncフィルターキャップ付き細胞培養用フラスコ80cm2、Thermo Fisher Scientific社製)に播種し、37℃、5%CO下で、コンフルエントまでインキュベートした。コンフルエントの時点で目視観察にて、細胞が接着していることを確認した。
【0035】
(3)細胞解離試験
コンフルエントまで培養した細胞の培養上清を廃棄し、室温のハンクス平衡塩液(HBSS)を10mL加えて表面をリンスした。HBSSを廃棄し、再度HBSSで同様に表面をリンス、HBSSを廃棄した後、室温の細胞解離剤(TrypLE Select Enzyme、Thermo Fisher Scientific社製)10mLをそれぞれに加え、2分、5分、8分、11分および15分COインキュベーター内で反応させ、経時的な解離状態を顕微鏡で観察した。
【0036】
結果を図1〜2に示す。骨格筋芽細胞は、解離剤添加から2分後では、まだ多くの細胞が接着を維持しており、5分後から徐々に解離が始まり、8分後には観察視野中のほとんどの細胞の解離が確認された。一方、BALB/3T3は骨格筋芽細胞よりも早期に解離が始まり、反応開始から5分後にはほとんどの細胞の解離が確認された。上記の試験は異なる3つのロットの細胞解離剤を用いて行ったが、どのロットでもフラスコから解離するまでに要する時間は一致していた。したがって、正常な活性を持つTrypLE Select Enzymeは、5分間以上の反応によってBALB/3T3を解離、8分間以上で骨格筋芽細胞を解離させることが示された。
【0037】
例2.解離剤処置後の細胞状態の確認
トリプシン型セリンプロテアーゼは、基質の高次構造を認識して限定的に、あるいは非限定的に基質タンパク質を加水分解するため、細胞と長時間反応させることによって、表面タンパク質を消化し、細胞傷害を起こす可能性がある。そこで細胞解離剤が解離細胞に与える影響について調べるため、解離細胞のバイアビリティと接着能を確認した。
【0038】
例1で解離させた細胞をそれぞれチューブに移し、フラスコをさらに10mLのHBSSでリンスした後、同じチューブに回収した。それぞれの細胞を遠心分離し、上清を廃棄後、20%アルブミンを含むハンクス平衡塩液、または10%FBSを含む培地で懸濁して細胞数およびバイアビリティを計測した。続けてインキュベート時間を「コンフルエントまで」ではなく「1時間、3時間および5時間」とし、播種細胞として細胞解離剤で15分間処理した細胞を用いた以外は、例1(2)と同様にして、インキュベートを行った。所定の時間経過後、細胞の接着状態を顕微鏡で観察した。
【0039】
結果を図3に示す。解離剤処理後の細胞のバイアビリティは、骨格筋芽細胞、BALB/3T3ともにいずれのロットでも95%前後であり、15分間の細胞解離剤処理によるバイアビリティの低下は認められなかった。また同細胞を再接着させた様子を経時的に観察したところ、最終的に播種した細胞ほとんどが接着および伸展しており、接着能の低下も認められなかった。したがって、正常な活性を有するTrypLE Selectによる15分間以内の処理は、細胞に傷害を起こさないと考えられた。また、本実験において、ヒト骨格筋芽細胞およびBALB/3T3について同様の結果が得られたことから、細胞解離剤がヒト細胞のバイアビリティや接着能などの機能に与える影響をマウス線維芽細胞によって評価できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明により、臨床用のシート状ヒト細胞培養物を製造する際に必要とされる細胞解離剤の活性および安全性の検査を、低コストで簡便に行うことが可能となる。
図1
図2
図3