(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6812346
(24)【登録日】2020年12月18日
(45)【発行日】2021年1月13日
(54)【発明の名称】mRNAを効率よく生体内に送達できるポリイオンコンプレックス並びにこれを用いた関節症の治療薬および治療法
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7105 20060101AFI20201228BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20201228BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20201228BHJP
A61K 47/34 20170101ALI20201228BHJP
A61K 47/18 20060101ALI20201228BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20201228BHJP
C07K 14/47 20060101ALI20201228BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20201228BHJP
【FI】
A61K31/7105
A61K48/00
A61P19/02
A61K47/34
A61K47/18
A61K47/42
C07K14/47ZNA
C12N15/12
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-532572(P2017-532572)
(86)(22)【出願日】2016年7月29日
(86)【国際出願番号】JP2016072322
(87)【国際公開番号】WO2017022665
(87)【国際公開日】20170209
【審査請求日】2019年6月6日
(31)【優先権主張番号】特願2015-151564(P2015-151564)
(32)【優先日】2015年7月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】597144679
【氏名又は名称】ナノキャリア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】位▲高▼ 啓史
(72)【発明者】
【氏名】大庭 伸介
(72)【発明者】
【氏名】鄭 雄一
(72)【発明者】
【氏名】片岡 一則
【審査官】
星 功介
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2015/121924(WO,A1)
【文献】
UCHIDA, Satoshi et al.,In Vivo Messenger RNA Introduction into the Central Nervous System Using Polyplex Nanomicelle,PLOS ONE,2013.02.13, Vol.8, e56220,p.1-9,ISSN 1932-6203
【文献】
BABA, Miyuki et al.,Treatment of neurological disorders by introducing mRNA in vivo using polyplex nanomicelles,Journal of Controlled Release,2015.01.17, Vol.201,p.41-48,ISSN 0168-3659
【文献】
UCHIDA, Hirokuni et al.,Modulated Protonation of Side Chain Aminoethylene Repeats in N-Substituted Polyaspartamides Promotes,Journal of the American Chemical Society,2014, Vol.136,p.12396-12405,ISSN 0002-7863
【文献】
American Journal of Translational Research,2014, Vol.6, No.6,pp.736-745
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−31/80
A61K 47/00−47/69
A61K 48/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン性ポリマーとmRNAとを含んでなる、ポリイオンコンプレックスであって、
カチオン性ポリマーが、カチオン性非天然アミノ酸をモノマー単位として含む重合体であり、カチオン性非天然アミノ酸が、側鎖として、−(NH−(CH2)2)p−NH2で表される基{ここで、pは2、3または4である}を有するアミノ酸である、ポリイオンコンプレックスを含む、変形性関節症またはリウマチ性関節炎を処置することに用いるための医薬組成物であって、
mRNAが、Runt関連転写因子1(Runx1)、コア結合因子ベータ(Cbfbeta)、性決定ボックス9(Sox9)、およびプロテオグリカン4からなる群から選択される関節形成を促進する因子をコードするものである、医薬組成物。
【請求項2】
カチオン性ポリマーが、ポリエチレングリコールとのブロック共重合体である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
カチオン性ポリマーが、下記一般式(I):
【化1】
{式中、
R
1は、ポリエチレングリコールであり、ポリエチレングリコールと隣り合うアミノ酸とはリンカーを介して結合してもよく、
R
2は、メチレンまたはエチレンであり、
R
3は、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基であり、pは、2、3または4であり、
R
4は、水素、保護基、疎水基、または重合性基であり、
Xは、カチオン性天然アミノ酸であり、
nは、2〜5000のいずれかの整数であり、
n
1は、0〜5000のいずれかの整数であり、
n
3は、0〜5000のいずれかの整数であり、
n−n
1−n
3は、0以上の整数であり、式中の各繰り返し単位は記載の都合上特定の順で示されているが、各繰り返し単位は順不同に存在することができ、各繰り返し単位はランダムに存在してもよく、また、各繰り返し単位は同一であっても異なっていてもよい}で表される、請求項1または2に記載の
医薬組成物。
【請求項4】
mRNAが、Runx1をコードするものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
pが、3または4である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
pが、4である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
2日に1回または3日に1回投与することを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
7日に1回投与することを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【0001】
本願は、特願2015−151564号(出願日:2015年7月31日)の優先権の利益を享受する出願であり、その内容の全体が引用されることにより本願に組込まれる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、mRNAを効率よく生体内に送達できるポリイオンコンプレックス並びにこれを用いた関節症の治療薬および治療法に関する。
【背景技術】
【0003】
体内の好適な箇所に薬剤を送り届けるドラッグデリバリーシステムは、副作用の少ない新しい医薬を提供するものとして研究開発が行われている。その中で、ポリイオンコンプレックス(以下、「PIC」ともいう)を用いたドラックデリバリーシステムは、ナノミセルに薬物を包接させて疾患部位特異的に薬物を送達することが可能な技術として注目を集めている。
【0004】
PICを応用した技術として、特に核酸を副作用少なく体内に送達できるシステムが開発されてきた(特許文献1および2)。特許文献1および2では、DNAと新しいカチオン性ポリマーとのポリイオンコンプレックスが発明者らにより開発されている。また、RNAとカチオン性ポリマーとのポリイオンコンプレックスも発明者らにより発表されている(非特許文献1)。
【0005】
変形性関節症(OA)は、慢性の分解性関節疾患であり、軟骨組織の合成と分解のバランスが崩れることによって引き起こされる(非特許文献2)。変形性関節症は、高齢者における主要な健康問題である(非特許文献3)。しかしながら、変形性関節症の病態修正薬(DMOAD)は未だ臨床用途では開発されていない(非特許文献4および5)。
【0006】
Runx1は、胚および成体において軟骨形成を制御することで知られている(非特許文献6および7)。2つの異なるDMOAD候補化合物が、Runx1を介した治療効果を有することが明らかとなってきている(非特許文献8および9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4535229号公報
【特許文献2】特許第5061349号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】H. Uchida et al., Journal of the American Chemical Society 136, 12396-12405 (2014)
【非特許文献2】G. Nuki, Z Rheumatol, 58, 142-147 (1999)
【非特許文献3】D. T. Felson et al., Annals of Internal Medicine 133, 635-646 (2000)
【非特許文献4】Z. Jotanovic et al., Current drug targets 15, 635-661 (2014)
【非特許文献5】D. J. Hunter, Nat Rev Rheumatol 7, 13-22 (2011)
【非特許文献6】A. Kimura et al., Development. (England, 2010), vol. 137, pp. 1159-1167
【非特許文献7】K. T. LeBlanc et al., J. Cell. Physiol., 230 (2), pp. 440-448 (2015)
【非特許文献8】F. Yano et al., Ann Rheum Dis 72, 748-753 (2013)
【非特許文献9】K. Johnson et al., Science 336, 717-721 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、mRNAを効率よく生体内に送達できるポリイオンコンプレックス並びにこれを用いた関節症の治療薬および治療法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、カチオン性ポリマーとして、非天然アミノ酸をモノマー単位として含む重合体であり、非天然アミノ酸は、側鎖として、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基{ここで、pは2、3または4である}を有するカチオン性ポリマーと、mRNAとを含むポリイオンコンプレックスが、mRNAを長時間持続的に高発現させることを明らかにした。本発明者らは、変形性関節症を、上記カチオン性ポリマーとRunx1のmRNAとを含むポリイオンコンプレックスを投与することにより処置できることを明らかにした。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0011】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)カチオン性ポリマーとmRNAとを含んでなる、ポリイオンコンプレックスであって、
カチオン性ポリマーが、カチオン性非天然アミノ酸をモノマー単位として含む重合体であり、カチオン性非天然アミノ酸が、側鎖として、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基{ここで、pは2、3または4である}を有するアミノ酸である、ポリイオンコンプレックス。
(2)カチオン性ポリマーが、ポリエチレングリコールとのブロック共重合体である、上記(1)に記載のポリイオンコンプレックス。
(3)カチオン性ポリマーが、下記一般式(I):
【化1】
{式中、
R
1は、ポリエチレングリコールであり、ポリエチレングリコールと隣り合うアミノ酸とはリンカーを介して結合してもよく、
R
2は、メチレンまたはエチレンであり、
R
3は、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基であり、pは、2、3または4であり、
R
4は、水素、保護基、疎水基、または重合性基であり、
Xは、カチオン性天然アミノ酸であり、
nは、2〜5000のいずれかの整数であり、
n
1は、0〜5000のいずれかの整数であり、
n
3は、0〜5000のいずれかの整数であり、
n−n
1−n
3は、0以上の整数であり、式中の各繰り返し単位は記載の都合上特定の順で示されているが、各繰り返し単位は順不同に存在することができ、各繰り返し単位はランダムに存在してもよく、また、各繰り返し単位は同一であっても異なっていてもよい}で表される、上記(1)または(2)に記載のポリイオンコンプレックス。
(4)上記(1)〜(3)のいずれかに記載のポリイオンコンプレックスを含んでなる、関節症を処置するための医薬組成物であって、
mRNAが、Runx1のmRNAである、医薬組成物。
(5)pが、3または4である、上記(4)に記載の医薬組成物。
(6)pが、4である、上記(5)に記載の医薬組成物。
(7)2日に1回または3日に1回投与することを特徴とする、上記(4)〜(6)のいずれかに記載の医薬組成物。
(8)7日に1回投与することを特徴とする、上記(5)または(6)に記載の医薬組成物。
(9)関節症が、変形性関節症またはリウマチ性関節炎である、上記(4)〜(8)のいずれかに記載の医薬組成物。
(10)上記(3)に記載のポリイオンコンプレックスであって、pが3または4であるポリイオンコンプレックスを含む、mRNAの細胞内への送達剤。
(11)pが4である、上記(10)に記載の送達剤。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、関節内投与したルシフェラーゼmRNAの発現を示す。
【0013】
【
図2】
図2は、関節内投与したルシフェラーゼmRNAの発現量の経時的推移を示す。
【0014】
【
図3】
図3は、変形性関節症に対するRunx1のmRNAの投与の影響を示す。
図3では、カチオン性ポリマーとしてpが2であるポリマーを用いている。
【0015】
【
図4】
図4は、変形性関節症に対するRunx1のmRNAの投与の影響を示す。
図4では、カチオン性ポリマーとしてpが3であるポリマーを用いている。
【0016】
【
図5】
図5は、Runx1のmRNA投与群における様々なマーカー遺伝子の発現とTUNEL法による細胞死への影響を示す。
【0017】
本発明のポリイオンコンプレックスは、(i)カチオン性ポリマーを含んでなるブロック共重合体と、(ii)mRNAとがポリイオンコンプレックスとを少なくとも含んでなるものである。本発明のポリイオンコンプレックスにおいて、カチオン性ポリマーは、非天然アミノ酸をモノマー単位として含む重合体であり、非天然アミノ酸は、側鎖として、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基{ここで、pは2、3または4である}を有する点に特徴がある。pは、好ましくは3または4であり、最も好ましくは3である。カチオン性ポリマーは、ポリエチレングリコールブロックとブロック共重合体を形成したものであってもよい。(i)の共重合体と(ii)のmRNAは溶液中でポリイオンコンプレックスを形成している。本発明のポリイオンコンプレックスは、溶液中、好ましくは水溶液中に提供され得る。
【0018】
本発明のポリイオンコンプレックスは、カチオン性ポリマーとmRNAとを含み、ナノミセル形態を取ると考えられる。従って、本発明のポリイオンコンプレックスは、本明細書では、ポリイオンコンプレックス型ミセルと言うことがある。
【0019】
本明細書では、mRNAとは、メッセンジャーRNAを意味する。
【0020】
本発明のポリイオンコンプレックスでは、mRNA中のシチジンおよびウリジンは修飾されていてもよい。修飾されたシチジンとしては、例えば、5−メチル−シチジンが挙げられ、修飾したウリジンとしては、シュードウリジンおよび2−チオ−シチジンが挙げられる。修飾シチジンおよびウリジンは、全シチジンおよびウリジンの10モル%以上、20モル%以上、または30モル%以上含まれていればよい。
【0021】
本明細書では、「対象」とは、ヒトを含む哺乳動物である。対象は、健常の対象であってもよいし、何らかの疾患に罹患した対象であってもよい。
【0022】
本発明では、カチオン性ポリマーは、例えば、カチオン性天然アミノ酸および/またはカチオン性非天然アミノ酸をモノマー単位として含んでいてもよい。ここで、カチオン性天然アミノ酸としては、好ましくはヒスチジン、トリプトファン、オルニチン、アルギニンおよびリジンが挙げられ、より好ましくはアルギニン、オルニチンおよびリジンが挙げられ、さらに好ましくはオルニチンおよびリジンが挙げられ、さらにより好ましくはリジンが挙げられる。
【0023】
本発明では、カチオン性ポリマーにおいて、非天然アミノ酸をモノマー単位とする重合体部分は、例えば、アスパラギン酸またはグルタミン酸をモノマー単位として含む重合体に、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基{ここで、pは2、3または4である}を導入することにより得ることができる。当業者であれば、アスパラギン酸またはグルタミン酸をモノマー単位として含む重合体とジエチルトリアミン、トリエチルテトラアミンまたはテトラエチルペンタアミンを反応させることにより、この非天然アミノ酸をモノマー単位とする重合体部分を得ることができる。
【0024】
本発明の好ましい態様では、カチオン性ポリマーは、下記一般式(I):
【化1】
{式中、
R
1は、ポリエチレングリコールであり、ポリエチレングリコールと隣り合うアミノ酸とはリンカーを介して結合してもよく、
R
2は、メチレンまたはエチレンであり、
R
3は、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基であり、pは、2、3または4であり、
R
4は、水素、保護基、疎水基、または重合性基であり、
Xは、カチオン性アミノ酸であり、
nは、2〜5000のいずれかの整数であり、
n
1は、0〜5000のいずれかの整数であり、
n
3は、0〜5000のいずれかの整数であり、
n−n
1−n
3は、0以上の整数であり、式中の各繰り返し単位は記載の都合上特定の順で示されているが、各繰り返し単位は順不同に存在することができ、各繰り返し単位はランダムに存在してもよく、また、各繰り返し単位は同一であっても異なっていてもよい}で表されるものとすることができる。
【0025】
上記式(I)において、pは、好ましくは3または4であり、最も好ましくは3である。
【0026】
上記式(I)において、保護基としては、C
1−6アルキルカルボニル基が挙げられ、好ましくはアセチル基であり、疎水性基としては、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ピレンおよびこれらの誘導体またはC
1−6アルキル基が挙げられ、重合性基としては、メタクリロイル基およびアクリロイル基が挙げられる。これらの保護基、疎水性基および重合性基をブロックコポリマーに導入する方法は当業者に周知である。
【0027】
上記式(I)において、ポリエチレングリコール(PEG)は、平均重合度5〜20000、好ましくは10〜5000、より好ましくは40〜500であるが、ブロックコポリマーとmRNAとのポリイオンコンプレックス形成が阻害されない限り特に限定されない。カチオン性ポリマーのPEGの末端は、水酸基、メトキシ基または保護基で保護されていてもよい。
【0028】
上記式(I)において、リンカーは、例えば、−(CH
2)r−NH−{ここでrは、1〜5のいずれかの整数である。}または−(CH
2)s−CO−{ここでsは、1〜5のいずれかの整数である。}とすることができ、好ましくはペプチド結合により式(I)の隣り合うアミノ酸と結合することができる。また、リンカーは、好ましくは、PEGのメチレン側でPEGとPEGのO原子を介して結合していてもよい。
【0029】
上記式(I)において、nは、0〜5000のいずれかの整数であり、例えば、0〜500のいずれかの整数であり、mは、0〜5000のいずれかの整数であり、例えば、0〜500のいずれかの整数であり、m+nは、2〜5000のいずれかの整数であり、例えば、2〜500のいずれかの整数である。
【0030】
本発明のある態様では、カチオン性ポリマーは、PEG−リンカー−ポリカチオンブロックのブロック共重合体をカチオン性ポリマー{ここで、PEG、リンカーおよびポリカチオンブロックは、上記で定義される通りである。}とすることができる。
【0031】
本発明者らは、ポリイオンコンプレックスの形成に用いるカチオン性ポリマーが、側鎖として、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基{ここで、pは2、3または4である}を有するモノマー単位を含む重合体である場合に、mRNAが長期に体内で存在しうること、特にpが3または4である場合に、体内でmRNAが顕著に長期間持続的に高発現することを見いだした。従って、本発明において、カチオン性ポリマーは、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基{ここで、pは2、3または4である}を側鎖に有するモノマー単位を含むものであり、pは、より好ましくは3または4であり、さらに好ましくは3である、カチオン性ポリマーとすることができる。
【0032】
本発明者らは、本発明のポリイオンコンプレックスにおいて、mRNAをRunx1のmRNAとしてこれを関節症モデル動物に投与したところ、Runx1により関節症の症状の進展が遅くなること、または改善することを見いだした。
【0033】
従って、本発明では、本発明のポリイオンコンプレックスを含む、関節症を治療するための医薬組成物が提供される。本発明のある態様では、mRNAが、関節形成を促進する因子のmRNAである。関節形成を促進する因子の非限定的な例としては、Runt関連転写因子1(Runx1)、コア結合因子ベータ(Cbfbeta)、性決定ボックス9(Sox9)、およびプロテオグリカン4などの関節形成を促進する転写因子が挙げられる。
【0034】
本発明のある態様では、関節症は、変形性関節炎またはリウマチ性関節炎である。
【0035】
本発明のある態様では、式(I)において、R1が保護されたポリエチレングリコールであり、pが3または4であり、R4は水素または保護基であるカチオン性ポリマーとRunx1のmRNAとのポリイオンコンプレックス型ミセルを含む、関節症(例えば、変形性関節炎またはリウマチ性関節炎)の処置のための医薬組成物である。
【0036】
ある態様では、本発明の医薬組成物は、賦形剤をさらに含んでいてもよい。
【0037】
ある態様では、本発明の医薬組成物は、関節投与用に製剤化されたものとしてもよい。
【0038】
本発明の別の側面では、関節症を、その必要のある対象において処置する方法であって、本発明の医薬組成物の有効量を対象に投与することを含んでなる、方法が提供される。
【0039】
本発明では、本発明の医薬組成物を対象に投与すると、mRNAからのタンパク質の発現が対象内で少なくとも2日間、好ましくは3日間持続させることができる。従って、本発明の医薬組成物は、2日おき、または3日おきに投与することができる。
【0040】
また、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基において、pが3または4である場合には、対象内で少なくとも4日間、好ましくは8日間mRNAを発現させることができる。従って、本発明の医薬組成物は、−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基において、pが3または4である場合には、例えば、3日に1回、好ましくは4日に1回、より好ましくは5日に1回、さらに好ましくは6日に1回、さらにより好ましくは1週間に1回投与することができる。これにより、投与回数が削減され、患者における治療負担が大幅に軽減される。
【実施例】
【0041】
実施例1:ポリイオンコンプレックスの作製
まず、mRNAを含有するポリイオンコンプレックスを作製した。
【0042】
1−1.pAsp(DET)、pAsp(TET)またはpAsp(TEP)をモノマー単位として含む重合体の合成
本実施例では、ポリアスパラギン酸の側鎖に−(NH−(CH
2)
2)
p−NH
2で表される基{ここで、pは2、3または4である}を導入することにより、表題の重合体を得た。具体的には、一方の末端がメトキシ基であり、他方の末端がアミノプロピル基である、数平均分子量23,000のポリエチレングリコール(MeO−PEG−NH
2)(日本油脂から購入した)を塩化メチレンに溶解した。β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物(BLA−NCA)(中央化製品社から購入した)をN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)と上記塩化メチレン溶液の混合液に添加して溶解させ、反応溶液を得た。次いで、反応溶液を40℃で2日間反応させて、ポリエチレングリコール−ポリ(β−ベンジル−L−アスパルテート)ブロック共重合体(MeO−PEG−PBLA)を得た。
1H−NMRによる解析から、PBLA部分の数平均分子量は約14,000であり、重合度は約66であった。
【0043】
次に、MeO−PEG−PBLAにジエチレントリアミン、トリエチルテトラアミンおよびテトラエチルペンタアミンをそれぞれ反応させて、MeO−PEG−pAsp(DET)ブロック共重合体、MeO−PEG−pAsp(TET)ブロック共重合体、およびMeO−PEG−pAsp(TEP)ブロック共重合体を得た。具体的には、MeO−PEG−PBLAをベンゼンに溶解し凍結乾燥させた。凍結乾燥したMeO−PEG−PBLAをN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)に溶解させた。その後、得られた溶液にジエチレントリアミン、トリエチルテトラアミンおよびテトラエチルペンタアミン(それぞれ和光純薬から購入した)をそれぞれ滴下し、40℃のマイルドな無水条件で反応させて、MeO−PEG−pAsp(DET)ブロック共重合体、MeO−PEG−pAsp(TET)ブロック共重合体、およびMeO−PEG−pAsp(TEP)ブロック共重合体を得た。得られたブロック共重合体は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により、鋭い単一の分子量分布(Mw/Mn=1.04)を示した。
【0044】
1−2.mRNAの調製
まず、ヒトRUNX1発現ベクターを調製した。pUC57ベクター内に、XhoIおよびBalI/SmaI制限酵素切断部位で挟んだ3×FLAGタグ付きヒトRUNX1(GenBank登録番号:NM_001754.4;配列番号1)のオープンリーディングフレーム(以下、RUNX1−FLという)をクローン化した。得られたRUNX1−FLをpSP17ベクターに導入した。mMESSAGE mMACHINE T7 Ultra Kit (Ambion, Carlsbad, CA, USA)を用いて直鎖状化したpSP17ベクターからT7プロモーター駆動性にヒトRUNX1−FLの転写を行い、その後、poly(A) tail kit (Ambion)を用いて転写物にポリAを付加した。転写されたmRNAをRNeasy Mini Kit (Qiagen, Hilden, Germany)を用いて精製した。同様の方法で、EGFPのmRNAを調製した。Luc2は、pGL4.13 (Promega, Madison, WI, USA)のタンパク質転写領域を用い、同様の方法でmRNAを調製した。
【0045】
1−3.ポリイオンコンプレックス型ミセルの調製
1−1で得られたそれぞれの共重合体溶液と各種mRNA溶液とを別々に10mM Hepes緩衝液(pH7.3)中で混合して、ポリイオンコンプレックスを得た。mRNAの濃度は、225μg/mLとし、共重合体中のアミノ酸残基のアミノ基(N)と核酸中のリン酸基(P)との混合比(N/P)は、8となるようにした。共重合体溶液とmRNA溶液とは1:2の量比で混合されたので、mRNAの濃度は150μg/mLとなった。
【0046】
対照として、mRNAのリポプレックスをLipofectamine(商標)2000 (Life technologies, Carlsbad, CA)を用い、製造者マニュアルに従って調製した。
【0047】
実施例2:mRNAを含むポリイオンコンプレックス型ミセルの関節内投与試験
ICRマウス(8週齢)の正常なひざ関節に麻酔下で3μgのLuc2を含むように調製された20μLのポリイオンコンプレックス型ミセルを投与した。1.5mgのD−ルシフェリンを含む100μLの溶液を前記マウスに静脈内投与し、IVIS(商標)Imaging System (Xenogen, Alameda, CA, US)を用いて、様々な時点(ミセル投与後24時間、48時間、または96時間)でルシフェラーゼの関節内での発現を確認した。
【0048】
関節におけるルシフェラーゼの発現は、関節投与から1日後には観察できた(
図1および2)。
【0049】
PEG−PAsp(DET)をカチオン性ポリマーとして用いた場合には、発現量は低下したものの、2日後にもルシフェラーゼの発現が確認できた(
図1A)。
【0050】
PEG−PAsp(TET)をカチオン性ポリマーとして用いた場合には、発現が少なくとも4日間持続し、発現量も維持された(
図1B)。発現量は低下したものの、投与から8日後にもルシフェラーゼの発現が確認できた(
図1B)。PEG−PAsp(TEP)については写真は掲載しないが、PEG−PAsp(TET)と同様に少なくとも4日間は発現が持続し、投与から8日後でもルシフェラーゼの発現が確認できた(データ非掲載)。
【0051】
得られた結果から、ルシフェラーゼの発現量を定量するために、一秒あたりのフォトンカウントを算出した(
図2)。
図2AおよびBによれば、PEG−PAsp(DET)は、少なくとも2日間はmRNAの発現を持続させた。また、PEG−PAsp(TET)は、投与後1日目からルシフェラーゼが高発現させたが、驚くべきことに、2日目、4日目で発現量を増加させ、少なくとも8日目まで発現が持続させた(
図2AおよびB)。さらに、PEG−PAsp(TEP)は、投与から1〜2日後にルシフェラーゼを高発現させ、その後は、発現量は低下させたものの、発現を投与から8日後まで持続させた(
図2A)。
【0052】
このように、PEG−PAsp(DET)、PEG−PAsp(TET)およびPEG−PAsp(TEP)はいずれも、生体内でmRNAを少なくとも2日間は高発現させることができた。また、PEG−PAsp(TET)およびPEG−PAsp(TEP)は、生体内でmRNAを少なくとも8日間は高発現させることができた。
【0053】
次に、本実施例で用いたカチオン性ポリマーによるmRNAの軟骨への送達と、それによる毒性の有無を確認した。
【0054】
EGFPのmRNA(3μg)とPEG−PAsp(DET)を含む20μLのポリイオンコンプレックス型ミセルをマウスの正常なひざに関節内投与した。対照として、20μLのリン酸緩衝液(PBS)を同様にマウスの正常なひざに関節内投与した。投与から24時間後、ひざを組織学的解析に供した。
【0055】
ひざの組織学的切片を作製し、抗GFP抗体を用いた免疫組織学によりEGFP mRNAのひざ関節内での発現を確認した。すると、EGFPタンパク質は、関節軟骨の表層と中央部で発現した。また、TUNEL法を用いて常法により、関節軟骨での細胞死の程度を観察したところ、ポリイオンコンプレックス型ミセルを投与した群と、PBSを投与した群とで差は見られなかった。このことから、本実施例で用いたポリイオンコンプレックス型ミセルは、生体内(例えば、ひざ関節内)でmRNAを発現させることが可能であること、mRNAを発現させる用量で投与しても毒性を示さないことが明らかとなった。mRNAは、高い免疫原性を有することで知られているが、mRNAが有する抗原性に起因する問題は観察した限り見られなかった。
【0056】
実施例3:変形性関節症モデル動物における変形性関節症の治療
現在までのところ、mRNAの生体内への送達とその持続的発現が困難であることから、生体における疾患の治療には高い障壁が存在した。実施例2により、本発明のポリイオンコンプレックスを用いると、生体内でmRNAを長期間持続的に高発現させることができた。そこで、本実施例では、本発明のポリイオンコンプレックスを用いて疾患の治療を試みた。
【0057】
変形性関節症モデル動物としては、変形性関節症モデルマウスを用いた。このモデルマウスは、ひざの内側側副靭帯と内側半月を手術で除去することにより作製した(S. Kamekura et al., Osteoarthritis Cartilage 13, 632-641 (2005)を参照)。変形性関節症は、術後1ヶ月で誘導された。組織学的OARSIスコアリングシステムにより変形性関節症の重篤度を評価した(S. S. Glasson et al., 2010 Osteoarthritis Research Society International. Published by Elsevier Ltd, England, vol. 18 Suppl 3, pp. S17-23 (2010)を参照)。
【0058】
関節形成を促進する因子として、Runx1を選択し、実施例1に記載された通りに、そのmRNAとPEG−PAsp(DET)と混合してポリイオンコンプレックス型ミセルを形成させた。得られたミセル溶液20μL(すなわち、Runx1のmRNAとして3μg)を術後1ヶ月の変形性関節症マウスのひざに3日に1回の頻度で1ヶ月間投与した。陰性対照としては、mRNAとしてEGFPを用いたポリイオンコンプレックス型ミセルを術後1ヶ月の変形性関節症マウスのひざに3日に1回の頻度で1ヶ月間投与した。
【0059】
投与1ヶ月後で、陰性対照では、サフラニン−Oを用いて染色した組織切片において典型的な変形性関節症の症状が見られた。観察された症状としては、骨棘(こつきょく)および軟骨分解が挙げられ、これらは関節軟骨の厚みの減少および染色強度とその構造の破壊により証明された(
図3A)。これに対して、Runx1のmRNAを導入した群では、変形性関節症の表現型が抑制される傾向を示し、特に骨棘形成において顕著であった(
図3A)。
【0060】
免疫組織学により、手術から2ヶ月後(すなわち投与完了から1ヶ月後)のひざにおけるRunx1タンパク質の発現を確認した。マウスを安楽死させ、4%パラホルムアルデヒドを含むPBSで環流して固定した。ひざ関節を回収し、4%パラホルムアルデヒドを含むPBSでさらに一晩固定し、0.5Mエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を含むPBSを用いて脱カルシウム処理した。次いでひざ関節をパラフィン包埋し、7μm厚の正面切片を作製した。
【0061】
切片を抗Flag抗体 (1:100; F1804, M2, Sigma-Aldrich), 抗GFP抗体 (1:500; ab290, Abcam, Cambridge, MA), 抗Runx1抗体 (1:100; ab23980, Abcam), 抗Sox9抗体 (1:200; sc20095, Santa Cruz Biotechnology), 抗PCNA抗体 (1:1000; 2586s, Cell Signaling Technology)と、CSAII Biotin-free Tyramide Signal Amplication System (Dako, Glostrup, Denmark)とを組み合わせて染色した。また、切片は、抗タイプXコラーゲン抗体(1:500; LB-0092, LSL-Cosmo Bio co., ltd., Tokyo, Japan)、抗タイプIIコラーゲン抗体(1:500; LB-1297, LSL-Cosmo Bio co., ltd.)、抗IL−1β抗体(1:100; sc7884, Santa Cruz Biotechnology)、および抗MMP−13抗体(1:500; mab13426, Millipore)でも染色した。いずれの切片もメチルグリーンで対比染色した。
【0062】
その結果、Runx1タンパク質は関節軟骨において強く発現し、骨棘様領域において発現は特に顕著であった(
図3B)。関節症の重篤度を評価したところ、Runx1のmRNA投与群では、陰性対照群と比較して重篤度が低下した(
図3C)。
【0063】
次に、カチオン性ポリマーとして、PEG−PAsp(DET)の代わりに、PEG−PAsp(TET)を用いる以外は上記と同様に変形性関節症の治療を試みた。
【0064】
サフラニン−Oを用いて染色した切片から、Runx1のmRNA投与群では、EGFP投与対照群と比較して、変形性関節症が抑制された(
図4A)。また、Runx1タンパク質の発現は、関節軟骨において強く観察された(データ非掲載)。さらに、免疫組織学的観察結果から、EGFPおよびRunx1タンパク質が、関節軟骨で強く発現した(
図4B)。そして、Runx1のmRNA投与群では、変形性関節症と骨棘の形成とが、Runx1のmRNA投与群において、陰性対照群と対比して統計学的に有意(p<0.05)に抑制できた(
図4C)。
【0065】
さらに、Runx1のmRNA投与群と陰性対照群とで各種因子の発現量を確認した。
【0066】
Sox9は、胚および成体において軟骨への分化と維持のマスター転写因子であるが、Runx1のmRNA投与群では陰性対照群よりも関節軟骨細胞において強く発現した(
図5A上段左パネル)。タイプIIコラーゲンは、主要な軟骨組織マトリックスタンパク質であるが、Runx1のmRNA投与群では陰性対照群よりも強く発現した(
図5A上段中央パネル)。さらに、増殖細胞核抗原(PCNA)も、Runx1のmRNA投与群において陰性対照群よりも強く発現した(
図5上段右パネル)。このことは、Runx1が軟骨細胞の初期分化を促進する働きを有していることを示唆する。
【0067】
これに対して、タイプXコラーゲンやMMP13は、Runx1のmRNA投与群と陰性対照群とで大きな違いは認められなかった(
図5下段左パネルおよび下段中央パネル)。IL−1βは、Runx1のmRNA投与群において陰性対照群よりも発現量が低かった(
図5下段右パネル)。
【0068】
Runx1のmRNA投与のアポトーシスへの影響をTUNEL法により分析した。しかしながら、Runx1のmRNA投与群と陰性対照群とで変形性関節症の関節における細胞死において大きな差は認められなかった(
図5CおよびD)。
【0069】
リウマチ性関節炎とRunx1との関係が知られ、リウマチ性関節炎においては病態がIL−1βを介することも知られている。本実施例で、Runx1が関節においてIL−1βの発現を大きく抑制できたことから、リウマチ性関節炎も本実施例の手法により処置ができることが明らかである。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]