(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の未分化性及び複分化能を維持したまま細胞増殖を促進する培地、並びに多能性幹細胞等から神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導を効率化させる培地(以下、これらを総称して本発明の培地ともいう)を提供する。さらに本発明は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を未分化性、複分化能を維持し、分化を抑制させたまま長期に効率よく培養する方法、並びに多能性幹細胞等から神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を効率的に誘導する方法(以下、これらを総称して本発明の方法ともいう)を提供する。
【0016】
(1)キレート化鉄
本明細書中、キレート化鉄とは、鉄キレート剤と結合した鉄、又は鉄結合性タンパク質と結合した鉄を指す。
キレート(chelate)とは、複数の配位座を持つ配位子(多座配位子)による金属イオンへの結合(配位)をいう。キレート化とは、配位子の有する2個以上の配位原子が、共に1つのイオン又は原子に配位して環状化合物を形成することを指す。配位とは、電子対供与体から電子対受容体への電子の供与のことをいい、配位によってできた結合を配位結合という。配位子(ligand)とは金属に配位する化合物を指す。配位子は孤立電子対を持つ基を有しており、この基が金属と配位結合する。配位子のうち、複数の配位基を持つ配位子を多座配位子という。配位原子とは、配位子を構成する元素の中で金属と直接結合する原子を指す。
キレート錯体とは、多座配位子と金属とが結合し形成された環状の化合物を指す。キレート錯体は配位子が複数の配位基を持っており、配位している物質から分離しにくい。
また、鉄と錯体を形成し得る物質であって、タンパク質以外の物質を鉄キレート剤と呼び、鉄と錯体を形成し得るタンパク質を鉄結合性タンパク質と呼ぶ。
本明細書中、鉄キレート剤と結合した鉄、又は鉄結合性タンパク質と結合した鉄は、それぞれ、鉄キレート剤と鉄キレート錯体を形成している鉄、又は鉄結合性タンパク質と鉄キレート錯体を形成している鉄を意味する。
【0017】
本発明に使用するキレート化鉄は、鉄キレート剤と結合した鉄であってもよく、鉄結合性タンパク質と結合した鉄であってもよく、鉄キレート剤と結合した鉄と鉄結合性タンパク質と結合した鉄の組み合わせであってもよい。本発明に使用するキレート化鉄は、1種類のキレート化鉄からなってもよく、複数種類のキレート化鉄からなってもよい。
【0018】
本発明の一実施形態として、キレート化鉄は、鉄キレート錯体を培地に添加することにより培地中に提供される。また別の実施形態としては、キレート化鉄は、鉄と錯体を形成していない鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質と、鉄供給源とをそれぞれ培地に添加することにより、培地中に提供される。本明細書中、鉄供給源とは、錯体を形成していない鉄であって、鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質と錯体を形成し得る鉄を指す。鉄供給源は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されず、第一鉄(ferrous、Fe
2+)であってもよく、第二鉄(ferric、Fe
3+)であってもよい。鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質と鉄供給源とを別々に培地に添加する場合、鉄供給源は、水溶性であることが好ましい。鉄供給源の例としては、硫酸鉄、塩化鉄、ヘキサシアノ鉄カリウムが挙げられるがこれらに限定されない。鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質と鉄供給源とは、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り、同時に添加してもよく、それぞれ別に添加してもよい。また、キレート化鉄は、培地に元々含まれる鉄供給源と、添加した鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質により提供され得る。好ましい実施形態としては、キレート化鉄は、あらかじめ鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質と鉄供給源とから錯体を形成させ、該錯体を培地中に添加することにより、培地中に提供される。
【0019】
鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質と鉄供給源とを別々に培地に添加する場合、本発明の培地に添加される鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質の量、及び鉄供給源の量は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されないが、培地中のキレート化鉄量が3〜7ppb、好ましくは4〜6ppbとなるように調節できる。
鉄キレート剤又は鉄結合性タンパク質と鉄供給源とからあらかじめ錯体を形成させ、該錯体培地に添加する場合、本発明の培地に含まれるキレート化鉄の量は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されないが、3〜7ppb、好ましくは4〜6ppbである。培地中のキレート化鉄の量は、例えば質量分析等の自体公知の方法によって測定できる。培地中のキレート化鉄の量は、例えば、実施例に記載の方法に準じて、誘導結合プラズマ質量分析装置を用いて高分子体の鉄量を測定することにより測定することができる。
【0020】
培地中のキレート化鉄の量が少なすぎると、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖が促進されない。また、培地中のキレート化鉄の量が多すぎても、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖が促進されない。
【0021】
鉄キレート剤の例としては、デフェロキサミン(deferoxamine)、クエン酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA;ethylenediaminetetraacetic acid)、フィチン酸(phytic acid)、ニトリロ三酢酸(NTA;Nitrilotriacetic acid)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA;Diethylene Triamine Pentaacetic Acid)、L−グルタミン酸二酢酸(GLDA;glutamate diacetate)、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(HEDTA;Hydroxyethyl Ethylene Diamine Triacetic Acid)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(GEDTA;Glycol Ether Diamine Tetraacetic Acid)、トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA;Triethylenetetramine−N,N,N’,N’’,N’’’,N’’’−hexaacetic acid)、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA;Hydroxyethyl Imino Diacetic Acid)、ジヒドロキシエチルグリシン(DHEG;Dihydroxyethyl Glycine)等が挙げられる。
【0022】
鉄キレート剤として、デフェロキサミン(N−(5−aminopentyl)−N−hydroxy−N’−[5−(N−hydroxy−3−{[5−(N−hydroxyacetamido)pentyl]carbamoyl}propanamido)pentyl]butanediamide)を用いる場合、デフェロキサミンはデフェロキサミン及びその塩、並びにデフェロキサミン誘導体及びそれらの塩を含む。
デフェロキサミンの入手法の例としては、ストレプトマイセス属に属するデフェロキサミンB生産菌株、例えば、ストレプトマイセス ピロサス(Streptomyces pilosus;JCM4403、ATCC19797など)を培養することにより得ることができる他、Prolegらの方法(Helv Chim Acta、45,31,1962)により合成することも可能である。
【0023】
デフェロキサミンの誘導体の例としては、ホルムアルデヒドデフェロキサミン、アセトアミドデフェロキサミン、プロピルアミドデフェロキサミン、ブチルアミドデフェロキサミン、ベンゾイルアミドデフェロキサミン、スクシンアミドデフェロキサミン、メチルスルホアミドデフェロキサミン(Ihnatら,J. Pharm Sci.91:1733−1741(2002))、ヒドロキシエチルデンプンデフェロキサミン(Pedchenkoら,J.Neuroimmunol.84:188−197(1998))、アミノオキシアセチルフェリオキサミン(Pochonら,Int.J.Cancer.43:1188−1194(1989))等が挙げられる。
【0024】
デフェロキサミンの塩の例としては、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、例えばデフェロキサミンメシル酸塩(CAS No.138−14−7)、デフェロキサミン塩酸塩(CAS No.1950−39−6)が挙げられる。デフェロキサミンメシル酸塩は、ノバルティスファーマ等から市販されているものを入手することもできる。
【0025】
鉄キレート剤として、デフェロキサミンを用いる場合、培地に含まれるデフェロキサミンの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、多すぎると神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の細胞周期を阻害し分化を促進させるため、通常約25μg/ml以下、好ましくは約10μg/ml以下、より好ましくは10μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.1μg/ml以上、好ましくは約1μg/ml以上、より好ましくは1μg/ml以上である。培地中のデフェロキサミン濃度範囲は約0.1〜25μg/ml、好ましくは約1〜10μg/ml、より好ましくは1〜10μg/mlである。本明細書中、「約」とは±10%を許容する意味で用いる。
【0026】
鉄キレート剤としてクエン酸を用いる場合、クエン酸はクエン酸及びその塩を含む。クエン酸は周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。鉄キレート剤としてクエン酸を用いる場合、鉄キレート錯体としては、例えば、クエン酸鉄(III)(Ferric citrate)、クエン酸鉄(III)アンモニウム(Ammonium ferric citrate)、クエン酸第一鉄ナトリウム(Sodium Ferrous Citrate)等が挙げられる。クエン酸鉄アンモニウムは、公知の化合物であり、例えば、水酸化鉄(III)をクエン酸とアンモニアの水溶液に加えることによって製造することができる。また、クエン酸鉄(III)、クエン酸鉄(III)アンモニウム、クエン酸第一鉄ナトリウムは、Sigma−Aldrich Co.LLC等から市販されているものを入手することもできる。
鉄キレート剤としてクエン酸を用いる場合、培地に含まれるクエン酸の濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約30μg/ml以下、好ましくは約3μg/ml以下であり、より好ましくは3μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.03μg/ml以上、好ましくは約0.3μg/ml以上、より好ましくは0.3μg/ml以上である。培地中のクエン酸の濃度範囲は約0.03〜30μg/ml、好ましくは約0.3〜3μg/ml、より好ましくは0.3〜3μg/mlである。
【0027】
鉄キレート剤として、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を用いる場合、EDTAはEDTA及びその塩を含む。EDTAは周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。
EDTAの塩としては、EDTA 2Na、EDTA 3Na、EDTA 4Na等のナトリウム塩、EDTA 2K、EDTA3Kなどのカリウム塩、マグネシウム塩、クロム酸塩、ナトリウムカルシウム塩などが挙げられる。本発明に使用するEDTAの塩は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、入手の容易さなどの観点から好ましくはナトリウム塩又はカリウム塩である。
鉄キレート剤としてEDTAを用いる場合、培地に含まれるEDTAの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約50μg/ml以下、好ましくは約5μg/ml以下、より好ましくは5μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.05μg/ml以上、好ましくは約0.5μg/ml以上、より好ましくは0.5μg/ml以上である。培地中のEDTAの濃度範囲は約0.05〜50μg/ml、好ましくは約0.5〜5μg/ml、より好ましくは0.5〜5μg/mlである。
【0028】
鉄キレート剤としてフィチン酸(phytic acid;myo−イノシトール−1,2,3,4,5,6−六リン酸)(CAS No.83−86−3)を用いる場合、フィチン酸及びその塩を含む。フィチン酸は周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。
鉄キレート剤としてフィチン酸を用いる場合、培地に含まれるフィチン酸の濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約120μg/ml以下、好ましくは約12μg/ml以下、より好ましくは12μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.12μg/ml以上、好ましくは約1.2μg/ml以上、より好ましくは1.2μg/ml以上である。培地中のフィチン酸の濃度範囲は、約0.12〜120μg/ml、好ましくは約1.2〜12μg/ml、好ましくは1.2〜12μg/mlである。
【0029】
鉄キレート剤としてニトリロ三酢酸(NTA)を用いる場合、例えば、ニトリロ三酢酸及びその塩を含む。ニトリロ三酢酸は公知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。また、キレスト株式会社から販売されているNTA・3H(CAS No.139−13−9)などの市販のニトリロ三酢酸を使用することもできる。
ニトリロ三酢酸の塩としては、例えば、NTA・H・2Na(CAS No.15467−20−6)、NTA・3Na・H
2O(CAS No.5064−31−3)、NTA・H・2(NH
4)が挙げられるが、これらに限定されない。キレスト株式会社から販売されている、キレスト3NTB(NTA・H・2Na)、キレストNTA(NTA・3Na・H
2O)、キレスト2NTA(NTA・3Na・H
2O)、キレスト2NX−40(NTA・H・2(NH
4))などを使用することもできる。
鉄キレート剤としてNTAを用いる場合、培地に含まれるNTAの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約30μg/ml以下、好ましくは約3μg/ml以下、より好ましくは3μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.03μg/ml以上、好ましくは約0.3μg/ml以上、より好ましくは0.3μg/ml以上である。培地中のNTAの濃度範囲は約0.03〜30μg/ml、好ましくは約0.3〜3μg/ml、より好ましくは0.3〜3μg/mlである。
【0030】
鉄キレート剤として、DTPAを用いる場合、DTPAはDTPA及びその塩、並びにDTPA誘導体及びそれらの塩を含む。DTPAは公知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。
DTPAの誘導体の例としては、非エステル結合性DTPA誘導体(特開平9−031037)、テトラ−アルキル基−DTPA(特開2006−342105)などが挙げられる。
DTPAの塩の例としてはナトリウム塩が挙げられるが、これらに限定されない。本発明に使用するDTPAの塩は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、入手の容易さなどの観点から好ましくはナトリウム塩である。
鉄キレート剤としてDTPAを用いる場合、培地に含まれるDTPAの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約40μg/ml以下、好ましくは約4μg/ml以下、より好ましくは4μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.04μg/ml以上、好ましくは約0.4μg/ml以上、より好ましくは0.4μg/ml以上である。培地中のDTPAの濃度範囲は約0.04〜40μg/ml、好ましくは約0.4〜4μg/ml、より好ましくは0.4〜4μg/mlである。
【0031】
鉄キレート剤として、GLDAを用いる場合、GLDAはGLDA及びその塩、並びにGLDA誘導体及びそれらの塩を含む。GLDAは周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。例えば、GLDAは、特開平6−59422号公報、米国特許第2500019号などに記載の方法により合成することができる。
GLDAの塩としては、ナトリウム塩などのアルカリ金属塩、アンモニウム塩、アミン塩などが挙げられる。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、入手の容易さなどの観点から好ましくは、GLDAの塩はナトリウム塩である。
鉄キレート剤としてGLDAを用いる場合、培地に含まれるGLDAの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約50μg/ml以下、好ましくは約5μg/ml以下、より好ましくは5μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.05μg/ml以上、好ましくは約0.5μg/ml以上、より好ましくは0.5μg/ml以上である。培地中のGLDAの濃度範囲は約0.05〜50μg/ml、好ましくは約0.5〜5μg/ml、より好ましくは0.5〜5μg/mlである。
【0032】
鉄キレート剤として、HEDTAを用いる場合、HEDTAはHEDTA及びその塩、並びにHEDTA誘導体及びそれらの塩を含む。HEDTAは周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。
HEDTAの塩としては、ナトリウム塩などが挙げられる。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、入手の容易さなどの観点から好ましくは、HEDTAの塩は三ナトリウム塩(CAS No.139−89−9)である。
鉄キレート剤としてHEDTAを用いる場合、培地に含まれるHEDTAの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約50μg/ml以下、好ましくは約5μg/ml以下、より好ましくは5μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.05μg/ml以上、好ましくは約0.5μg/ml以上、より好ましくは0.5μg/ml以上である。培地中のHEDTAの濃度範囲は約0.05〜50μg/ml、好ましくは約0.5〜5μg/ml、より好ましくは0.5〜5μg/mlである。
【0033】
鉄キレート剤として、GEDTAを用いる場合、GEDTAはGEDTA及びその塩、並びにGEDTA誘導体及びそれらの塩を含む。GEDTAは周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。
GEDTAの塩としては、カリウム塩、ナトリウム塩などが挙げられる。GEDTAの誘導体の例としては、8−アミノ−2−[(2−アミノ−5−メチルフェノキシ)メチル]−6−メトキシキノリン−N,N,N’,N’−四酢酸(Org Biomol Chem.2008 Jul 7;6(13):2361−8.)が挙げられる。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、入手の容易さなどの観点から好ましくは、GEDTAの塩はナトリウム塩である。
鉄キレート剤としてGEDTAを用いる場合、培地に含まれるGEDTAの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約50μg/ml以下、好ましくは約5μg/ml以下、より好ましくは5μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.05μg/ml以上、好ましくは約0.5μg/ml以上、より好ましくは0.5μg/ml以上である。培地中のGEDTAの濃度範囲は約0.05〜50μg/ml、好ましくは約0.5〜5μg/ml、より好ましくは0.5〜5μg/mlである。
【0034】
鉄キレート剤として、TTHAを用いる場合、TTHAはTTHA及びその塩、並びにTTHA誘導体及びそれらの塩を含む。TTHAは周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。
TTHAの塩としては、ナトリウム塩などが挙げられる。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、入手の容易さなどの観点から好ましくは、TTHAの塩はナトリウム塩である。
鉄キレート剤としてTTHAを用いる場合、培地に含まれるTTHAの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約110μg/ml以下、好ましくは約11μg/ml以下、より好ましくは11μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.11μg/ml以上、好ましくは約1.1μg/ml以上、より好ましくは1.1μg/ml以上である。培地中のTTHAの濃度範囲は約0.11〜110μg/ml、好ましくは約1.1〜11μg/ml、より好ましくは1.1〜11μg/mlである。
【0035】
鉄キレート剤として、HIDAを用いる場合、HIDAはHIDA及びその塩、並びにHIDA誘導体及びそれらの塩を含む。HIDAは周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。
HIDAの塩としては、ナトリウム塩などが挙げられる。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、入手の容易さなどの観点から好ましくは、HIDAの塩は二ナトリウム塩である。
鉄キレート剤としてHIDAを用いる場合、培地に含まれるHIDAの濃度は神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約30μg/ml以下、好ましくは約3μg/ml以下、より好ましくは3μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.03μg/ml以上、好ましくは約0.3μg/ml以上、より好ましくは0.3μg/ml以上である。培地中のHIDAの濃度範囲は約0.03〜30μg/ml、好ましくは約0.3〜3μg/ml、より好ましくは0.3〜3μg/mlである。
【0036】
鉄キレート剤として、DHEGを用いる場合、DHEGはDHEG及びその塩、並びにDHEG誘導体及びそれらの塩を含む。DHEGは周知の化合物であり、自体公知の方法により入手することができる。
DHEGの塩としては、ナトリウム塩などが挙げられる。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、入手の容易さなどの観点から好ましくは、DHEGの塩はナトリウム塩である。
鉄キレート剤としてDHEGを用いる場合、培地に含まれるDHEGの濃度は神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約30μg/ml以下、好ましくは約3μg/ml以下、より好ましくは3μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.03μg/ml以上、好ましくは約0.3μg/ml以上、より好ましくは0.3μg/ml以上である。培地中のDHEGの濃度範囲は約0.03〜30μg/ml、好ましくは約0.3〜3μg/ml、より好ましくは0.3〜3μg/mlである。
【0037】
鉄結合性タンパク質の例としては、トランスフェリン、ラクトフェリン、ヘモグロビン、フェリチンなどが挙げられるがこれらに限定されない。好ましくは、鉄結合性タンパク質は、トランスフェリン、ラクトフェリン、ヘモグロビン、フェリチンである。鉄結合性タンパク質は、鉄結合部位を含む断片であってもよい。鉄結合性タンパク質は、自体公知の方法により入手することができる。
【0038】
本発明に使用する鉄結合性タンパク質は、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の鉄結合性タンパク質であり、好ましくは、培養する神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞と同種の動物由来の鉄結合性タンパク質である
【0039】
本発明に用いる鉄結合性タンパク質は、天然の鉄結合性タンパク質であってもよく、非天然であってもよい。鉄結合性タンパク質は、生体、生細胞などが天然で有する遺伝子から発現した鉄結合性タンパク質を単離精製した鉄結合性タンパク質であってもよく、遺伝子組み換え技術により微生物、細胞又は動植物などにより産生させたものから単離精製したリコンビナントの鉄結合性タンパク質であってもよい。
【0040】
鉄結合性タンパク質として、トランスフェリンを用いる場合、キレート化鉄は、好ましくは、トランスフェリンと鉄が結合した鉄キレート錯体であるホロトランスフェリンとして培地中に提供される。鉄と結合したトランスフェリンはホロトランスフェリン、鉄と結合していないトランスフェリンはアポトランスフェリンと呼ばれる。
本明細書中、ホロトランスフェリンは、アポトランスフェリン1分子と鉄イオン1つが結合した分子、及びアポトランスフェリン1分子と鉄イオン2つが結合した分子を含む。
【0041】
本明細書中、アポトランスフェリン1分子と鉄イオン1つが結合した分子、及びアポトランスフェリン1分子と鉄イオン2つが結合した分子を総称して、鉄積載型トランスフェリン(iron−laden transferrin)と称する。培地等の溶液中で鉄搭載型トランスフェリンと、鉄と結合していないアポトランスフェリンとを厳密に区別することは困難であるため、当該技術分野の慣例にならい、本明細書中でも、上記の鉄積載型トランスフェリン及び鉄イオンが結合していないアポトランスフェリンの混合物についても、ホロトランスフェリンと称する。
【0042】
本発明において、ホロトランスフェリンの鉄含有量は200μg/g〜1400μg/gである。ホロトランスフェリンの鉄含有量は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常、入手の容易さなどの観点から、200μg/g〜500μg/gであるものが好ましい。血清中のトランスフェリンと鉄含有量が近いという観点から、鉄含有量が200μg/g〜500μg/gであるものがより好ましい。
【0043】
ヒトトランスフェリンをコードする核酸配列としてはNM_001063(NCBI Accession No.)が、ヒトトランスフェリンのアミノ酸配列としてはNP_001054が挙げられるが、これらに限定されない。
【0044】
鉄キレート錯体として、ホロトランスフェリンを用いる場合、培地に含まれるホロトランスフェリンの濃度は、所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、培地中のキレート化鉄量が3〜7ppb、好ましくは4〜6ppbとなるようなホロトランスフェリンの濃度であることが好ましい。具体的には、培地中のホロトランスフェリンの濃度は下記の通りである。
【0045】
鉄キレート錯体として、ホロトランスフェリンを用いる場合、培地に含まれるトランスフェリンの濃度は、使用するホロトランスフェリンの鉄含有量によっても適宜増減することができ、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常、0.1〜6.5μg/ml、より好ましくは0.3〜6.5μg/ml、好ましくは0.5〜6.5μg/ml、さらに好ましくは1〜5μg/ml、さらにより好ましくは2.5〜5μg/mlである。尚、「培地に含まれるトランスフェリンの濃度」(あるいは「トランスフェリンの培地中の含有量」)とは、培地中の鉄積載型トランスフェリンの濃度と鉄イオンが結合していないアポトランスフェリンの濃度の合計を指す。
【0046】
より詳細には、鉄含有量の高いホロトランスフェリン(例えば鉄含有量が1100〜1400μg/g)を用いる場合、上記の値よりさらに低濃度のトランスフェリンを用いても神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成することができ、通常、2.0μg/ml以下、好ましくは1.8μg/ml以下、より好ましくは1.4μg/ml以下、さらに好ましくは1.3μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常0.1μg/ml以上、好ましくは0.2μg/ml以上、より好ましくは0.3μg/ml以上である。鉄含有量の高いトランスフェリン(例えば鉄含有量が1100〜1600μg/g)を用いる場合、培地中のトランスフェリンの濃度範囲は0.1〜2.0μg/ml、好ましくは0.1〜1.8μg/ml、さらに好ましくは0.2〜1.4μg/ml、さらにより好ましくは0.3〜1.3μg/mlである。
【0047】
一方、血清から単離されたホロトランスフェリン等の、鉄含有量の低いホロトランスフェリン(例えば鉄含有量が200〜500μg/g)を用いる場合、培地中のトランスフェリン量は、通常約6.5μg/ml以下、好ましくは約5μg/ml以下、より好ましくは5μg/ml以下、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.5μg/ml以上、好ましくは約1μg/ml以上、より好ましくは1μg/ml以上、さらに好ましくは約2.5μg/ml以上、さらにより好ましくは2.5μg/ml以上である。例えば鉄含有量の低いホロトランスフェリン(例えば鉄含有量が200〜500μg/g)を用いる場合、培地中のトランスフェリンの濃度範囲は0.5〜6.5μg/ml、好ましくは約1〜5μg/ml、好ましくは1〜5μg/ml、さらに好ましくは約2.5〜5μg/ml、さらにより好ましくは2.5〜5μg/mlである。
上記条件を達成することにより、所望の培地中のキレート化鉄量がもたらされるがこれらに限定されない。
【0048】
ホロトランスフェリンの鉄含有量は、例えばホロトランスフェリンを適当な溶媒に懸濁し、SEC−ICP−MSにより溶媒中の高分子体の鉄量を測定し、トランスフェリンタンパク質1g当りの鉄量を計算することにより測定することができる。
【0049】
例えば、上記鉄キレート錯体として、ホロトランスフェリンを用いる場合、市販の試薬(Sigma Aldrich)を用いることができる。
【0050】
鉄結合性タンパク質として、ラクトフェリンを用いる場合、ヒトラクトフェリンをコードする核酸配列としてはM83202、M93150、U07643が、ヒトラクトフェリンのアミノ酸配列としてはAAA59511が挙げられるが、これらに限定されない。
鉄結合性タンパク質として、ラクトフェリンを用いる場合、培地に含まれるラクトフェリンの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約10μg/ml以下、好ましくは約5μg/ml以下であり、より好ましくは5μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約1μg/ml以上、好ましくは約2.5μg/ml以上、より好ましくは2.5μg/ml以上である。培地中のラクトフェリンの濃度範囲は約1〜10μg/ml、好ましくは約2.5〜5μg/ml、好ましくは2.5〜5μg/mlである。
【0051】
鉄結合性タンパク質として、ヘモグロビンを用いる場合、ヘモグロビンは、αサブユニット、βサブユニット、εサブユニット、γサブユニット(γ−Gサブユニット又はγ−Aサブユニット)、又はδサブユニットの単量体であってもよく、2つのαサブユニットと2つのβサブユニットから構成される4量体、2つのαサブユニットと2つのδサブユニットから構成される4量体等であってもよい。また、ヘモグロビンは酸素と結合したオキシヘモグロビン(酸素化ヘモグロビン)(oxyhemoglobin)であってもよく、酸素と結合していないデオキシヘモグロビン(還元ヘモグロビン)(deoxyhemoglobin)であってもよい。
ヘモグロビンαサブユニットをコードする核酸配列としてはNM_000558、NM_000517が、ヒトヘモグロビンαサブユニットのアミノ酸配列としてはNP_000549、NP_000508が挙げられるが、これらに限定されない。
ヘモグロビンβサブユニットをコードする核酸配列としてはNM_000518が、ヒトヘモグロビンβサブユニットのアミノ酸配列としてはNP_000509が挙げられるが、これらに限定されない。
ヘモグロビンδサブユニットをコードする核酸配列としてはNM_000519が、ヒトヘモグロビンδサブユニットのアミノ酸配列としてはNP_000510が挙げられるが、これらに限定されない。
ヘモグロビンγサブユニットをコードする核酸配列としてはNM_000184が、ヒトヘモグロビンγサブユニットのアミノ酸配列としてはNP_000175が挙げられるが、これらに限定されない。
鉄結合性タンパク質として、ヘモグロビンを用いる場合、培地に含まれるヘモグロビンの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約8μg/ml以下、好ましくは約4.8μg/ml以下、より好ましくは4.8μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約0.8μg/ml以上、好ましくは約3.2μg/ml以上、より好ましくは3.2μg/ml以上である。培地中のヘモグロビンの濃度範囲は約0.8〜8μg/ml、好ましくは約3.2〜4.8μg/ml、好ましくは3.2〜4.8μg/mlである。
【0052】
鉄結合性タンパク質として、フェリチンを用いる場合、ヒトフェリチンをコードする核酸配列としてはNM_000146(軽鎖)、NM_002032(重鎖)、NM_177478(ミトコンドリア)が、ヒトフェリチンのアミノ酸配列としてはNP_000137(軽鎖)、NP_002023(重鎖)、NP_803431(ミトコンドリア)が挙げられるが、これらに限定されない。
鉄結合性タンパク質として、フェリチンを用いる場合、培地に含まれるフェリチンの濃度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されないが、通常約50μg/ml以下、好ましくは約30μg/ml以下、より好ましくは30μg/ml以下であり、少なすぎると所望の効果を得られないため通常約5μg/ml以上、好ましくは約20μg/ml以上、より好ましくは20μg/ml以上である。培地中のフェリチンの濃度範囲は約5〜50μg/ml、好ましくは約20〜30μg/ml、より好ましくは20〜30μg/mlである。
【0053】
(2)神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞
本明細書中、神経幹細胞とは、神経系細胞(神経細胞及びグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイトなど)、並びにそれらの前駆細胞)への複分化能(multipotency)を維持し、自己複製能を有する未分化な細胞を意味する。具体的には、神経幹細胞とは、神経細胞及びグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイトなど)を最終的に生み出す能力を有し、かつ、初期化などの特別な操作を加えない限りにおいて、表皮系細胞、血球系細胞、筋肉細胞等の神経系以外の細胞を実質的に生み出さない細胞である。実質的に生み出さないとは、神経幹細胞の生み出す細胞のうち、90%以上が、神経細胞及びグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイトなど)、並びにそれらの前駆細胞のいずれかである状態を指す。
【0054】
本明細書中、神経前駆細胞(neural progenitor)とは、分裂能を有する未分化な細胞であって、1種以上の神経細胞に最終的に分化する能力を有する細胞を指す。神経前駆細胞は、神経細胞を最終的に生み出すよう運命決定され、かつ神経細胞及びその前駆細胞以外を実質的に生み出さない細胞を指す。グリア前駆細胞(glial progenitor)とは、神経幹細胞に由来し、分裂能を有する未分化な細胞であって、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリア、上衣細胞、シュワン細胞のいずれか又はそれらの前駆細胞に分化する能力を有し、かつ神経細胞に実質的に分化しない細胞を指す。
【0055】
神経幹細胞及び神経前駆細胞は、厳密に区別することが困難なため、本明細書中「神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞」として区別なく使用される場合がある。
【0056】
本発明においては、通常、哺乳動物由来の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞が用いられる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明において用いられる神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞は、好ましくはマウス等のげっ歯類又はヒト等の霊長類の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞であり、より好ましくは、ヒト神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞である。
【0057】
本発明に用いられる神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞は、多能性幹細胞由来のもの、生体組織から分離したもの、線維芽細胞などから多能性幹細胞を経由せずに直接分化誘導したもの(Stem Cells.2012 Jun;30(6):1109−19)などが挙げられ、上記に記載の未分化性を維持し複分化能を維持する細胞であって神経細胞を生み出す能力を維持する限り、特に制限されない。本明細書中、多能性幹細胞とは、自己複製能及び分化/増殖能を有する未熟な細胞であって、胎盤を除く生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。多能性幹細胞の例としては、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)(Takahashi Kら,Cell.2007 Nov 30;131(5):861−72)、精子幹細胞(Kanatsu−Shinohara Mら,Biol Reprod.2007 Jan;76(1):55−62)、胚性生殖細胞(Matsui Yら,Cell.1992 Sep 4;70(5):841−7)、核移植により得られたクローン胚由来のES細胞(Wakayama Tら,Science.2001 Apr 27;292(5517):740−3)などが挙げられる。
多能性幹細胞由来の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞は自体公知の方法により、入手できる。多能性幹細胞由来の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を作製する方法としては、多能性幹細胞の浮遊培養を行い胚葉体形成を経由して神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を形成させる方法(Bain Gら,Dev Biol.1995 Apr;168(2):342−57など)、ストローマ細胞等をフィーダー細胞として使い多能性幹細胞を培養する方法、bFGFを含む無血清培地中で多能性幹細胞の浮遊培養を行う方法(Watanabe Kら,Nat Neurosci.2005 Mar;8(3):288−96など)、SMADシグナル阻害剤Noggin及びSB431542の存在下で多能性幹細胞(ES細胞等)を接着培養する方法(Chambers SMら,Nat Biotechnol.2009 Mar;27(3):275−80)、単層培養した多能性幹細胞(ES細胞等)を、glycogen synthase kinase 3(GSK3)阻害剤、transforming growth factor β(TGF−β)阻害剤、Notchシグナル阻害剤存在下で培養する方法(Li Wら,Proc Natl Acad Sci USA.2011 May 17;108(20):8299−304)などが挙げられる。
好ましくは、本発明に用いられる神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞は、ES細胞又は人工多能性幹細胞由来であり、より好ましくは人工多能性幹細胞由来である。
【0058】
細胞が神経幹細胞であることは、例えば、細胞をEGF及びbFGFを含む無血清培地中で浮遊培養し、培養した細胞塊を分散処理後に、接着培養を行うことにより、神経細胞及びグリア細胞に分化誘導させることによって確認することができる。
また、神経幹細胞は、神経幹細胞で発現することが知られている遺伝子、その転写産物、タンパク質など(神経幹細胞マーカー)により確認することもできる。
神経幹細胞マーカーとしては、細胞骨格タンパク質であるネスチン(Nestin;Science,276,66(1997))、SOX1(SRY(sex determining region Y)−box1)、SOX2(SRY(sex determining region Y)−box2)、Pax6(paired box 6)、Ki67、増殖細胞核抗原(PCNA)、脂肪酸結合タンパク質7(Fabp7、BLBPともいう)などが知られており、当業者は、これらのマーカーを適宜組み合わせて所望の神経幹細胞であることを確認することができる。本発明に適した神経幹細胞としては、例えば、SOX2陽性かつネスチン陽性である細胞が挙げられるが、これに限定されない。
【0059】
細胞が神経前駆細胞であることは、例えば、細胞を培養し、神経細胞に分化誘導させることによって確認することができる。
神経前駆細胞で発現する遺伝子としては、Tbr2(T−box brain protein 2)、MASH1(Mammalian achaete−scute homolog 1)、ネスチン等が挙げられる。本発明に適した神経前駆細胞としては、SOX2陰性かつネスチン陽性である細胞が挙げられるが、これに限定されない。
分化した神経細胞のマーカーの例としては、βIIIチューブリン、MAP2(microtubule−associated protein)等が挙げられる。
【0060】
本明細書中、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞が未分化維持するとは、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞が分裂後に形成する細胞のうち1以上の細胞が神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞としての性質を維持し続けること、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の分化が抑制されていること、あるいは神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞が分裂せず神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞としての性質を維持し続けることを言う。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞が分裂後に形成する細胞が、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞としての性質を維持しているか否かは、例えば、上述のマーカーにより確認することができる。本明細書中、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の分化が抑制されるとは、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞が生み出す全細胞のうち、分化した細胞(例えば神経細胞)の占める割合が減少することを言う。分化の抑制は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞から神経細胞などへの分化抑制であってもよい。分化抑制されているか否かは、例えば、上述の分化マーカー(例えばβIIIチューブリン等の神経細胞マーカー)により確認することができる。
【0061】
一態様において、本発明において用いられる神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞は、単離されている。「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。「単離された神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞」の純度(全細胞数に占める神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の数の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、最も好ましくは100%である。
【0062】
(3)本発明の培地
本発明の一実施形態として、本発明は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の培養用の培地を提供する。本発明の培地は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の未分化性及び多分化能を維持させ、増殖を促進させる効果を有する。別の実施形態として、本発明の培地は、多能性幹細胞からの神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導を効率化する作用を有する。本発明の培地は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の未分化性及び多分化能を維持させ増殖を促進させるため、誘導された少数の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を効果的に増殖させることができ、その結果、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導を効率化することができる。本発明の一実施形態として、本発明の培地は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の未分化維持用であり、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進用である。別の実施形態として、本発明の培地は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導用であり、多能性幹細胞から神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導用である。
【0063】
本発明の培地は、キレート化鉄を含む。添加するキレート化鉄については前述のとおりである。本発明の培地に含まれるキレート化鉄以外の成分については、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されず、通常の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の培養に使用される組成を適宜採用し得る。
【0064】
本発明の培地は、未分化性及び多分化能を有する神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖を促進する効果を有する。例えば、本発明の培地は、SOX2陽性ネスチン陽性及び/又はSOX2陰性ネスチン陽性である、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の、増殖を促進する効果を有する。
【0065】
本明細書中、「本発明の培地が神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖を促進する」とは、該培地中で神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を一定期間(好ましくは4日以上(例、4日間))培養した時に、キレート化鉄を含有しないこと以外は組成が同一な対照培地中で培養した時と比較して、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の数が多いことを意味する。
【0066】
本発明の培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製してもよい。基礎培地としては、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されないが、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F−12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。本発明の培地は、幹細胞培養用として通常用いられる培地を基礎培地として調製してもよい。市販の幹細胞培養用の基礎培地としては、RHB培地(StemCells,Inc.)、hESF−GRO培地(ニプロ株式会社)、HESF−DIF培地(ニプロ株式会社)、CSTI−7(株式会社細胞科学研究所)等が挙げられる。
【0067】
本発明に用いる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、含有成分が化学的に決定された培地(Chemically defined medium;CDM)である。
【0068】
血清中には神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の分化を促進する成分が含まれることから、本発明の培地は、無血清培地であることが好ましい。本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、EGF、bFGFなどの増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
【0069】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、血清アルブミン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、Knockout
TM Serum Replacement(Life Technologies社製:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically−defined Lipid concentrated(Life Technologies社製)、Glutamax
TM(Life Technologies社製)、B27(Life Technologies社)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0070】
本発明の培地は、さらに培地添加物を含有してもよい。培地添加物としては、ビタミン類、グルタミンなどの非必須アミノ酸、サイトカイン及び成長因子などのタンパク質、L−アスコルビン酸、リン酸L−アスコルビルマグネシウム、ピルビン酸ナトリウム、2−アミノエタノール、グルコース、炭酸水素ナトリウム、HEPES、インスリン、プロゲステロン、セレン酸ナトリウム、プトレシン等が挙げられるが、これらに限定されない。添加物は自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。
本発明の培地は、必須アミノ酸(L−リジン、L−ロイシン、L−イソロイシン、L−トレオニン、L−バリン、L−フェニルアラニン、L−ヒスチジン、L−トリプトファン)を含む。本発明の培地は、好ましくは、L−セリン、L−シスチン、グリシン、L−システイン、L−プロリン、L−メチオニン、L−グルタミン酸、L−アスパラギン酸及びL−アラニン、L−グルタミン、L−アルギニン、L−チロシン、L−アスパラギンを含む。
本発明の培地は、イノシトール、塩化コリン、葉酸、D−パントテン酸カルシウム、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB6)、ナイアシンアミド、ビタミンB12、リボフラビン(ビタミンB2)、D−ビオチン、D−グルコース、ピルビン酸ナトリウム、ヒポキサンチン、チミジン、リポ酸、プトレシン塩酸塩から成る群より選択される培地添加物を1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上含む。
【0071】
本発明の培地を神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の培養に用いる場合、本発明の培地は、好ましくは、上皮細胞成長因子(EGF)及び/又は塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含み、より好ましくはbFGFを含む。
本発明において培地中のbFGFの量の上限値は、所望の効果を達成し得る限り制限されないが、好ましくは1000ng/ml以下、より好ましくは500ng/ml以下、さらに好ましくは200ng/ml以下である。
本発明において培地中のbFGFの量の下限値は、所望の効果を達成し得る限り制限されないが、好ましくは0.1ng/ml以上、より好ましくは1ng/ml以上、さらに好ましくは10ng/ml以上である。
本発明において培地中のbFGFの量は、所望の効果を達成し得る限り制限されないが、好ましくは0.1ng/ml〜1000ng/ml、より好ましくは1ng/ml〜500ng/ml、さらに好ましくは10ng/ml〜200ng/mlである。
一態様として、本発明の培地は、bFGF(終濃度10ng/ml〜200ng/ml)を含む。また、本発明の培地は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の分化を促進させる効果を有する物質(本明細書中、神経分化促進物質ともいう)を実質的に含まないことが好ましい。
神経分化促進物質の例としては、BDNF(Brain−derived neurotrophic factor)、GDNF(Glial cell line−derived neurotrophic factor)、cAMP(Cyclic adenosine monophosphate)、dbcAMP(dibutyryl cAMP)、DAPT(tert−butyl (2S)−2−[[(2S)−2−[[2−(3,5−difluorophenyl)acetyl]amino]propanoyl]amino]−2−phenylacetate)、compound E(N−[(1S)−2−[[(3S)−2,3−Dihydro−1−methyl−2−oxo−5−phenyl−1H−1,4−benzodiazepin−3−yl]amino]−1−methyl−2−oxoethyl]−3,5−difluorobenzeneacetamide)、SU5402(2−[(1,2−Dihydro−2−oxo−3H−indol−3−ylidene)methyl]−4−methyl−1H−pyrrole−3−propanoic acid)、SU6668(3−[2,4−dimethyl−5−[(E)−(2−oxo−1H−indol−3−ylidene)methyl]−1H−pyrrol−3−yl]propanoic acid; Orantinib; 3−[2, 4−dimethyl−5−[(E)−(2−oxo−1H−indol−3−ylidene)methyl]−1H−pyrrol−3−yl] propanoic acid)が挙げられる。
神経分化促進物質を実質的に含まないとは、神経分化促進物質が含まれていても神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の分化を促進し得ない量であり、用いる神経分化促進物質の種類によって適宜設定される。より好ましくは、本発明の培地に含まれる神経分化促進物質の濃度は、0μMである。
【0072】
本発明の培地を神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導に用いる場合、本発明の培地は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導を促進する物質を含むことが好ましい。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導を促進する物質は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞誘導方法に準じて適宜選択される。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞誘導方法は、前記多能性幹細胞由来の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導方法、線維芽細胞などから直接分化誘導する方法(Stem Cells.2012 Jun;30(6):1109−19)等が挙げられる。
【0073】
本発明の培地は、脂肪酸を含んでもよい。本発明の培地に含まれる脂肪酸としては、オレイン酸、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、イコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、酪酸、酢酸、パルミトレイン酸、吉草酸(バレリアン酸)、カプロン酸、エナント酸(ヘプチル酸)、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、マルガリン酸、クセン酸、エレオステアリン酸、アラキジン酸、8,11−エイコサジエン酸、5,8,11−エイコサトリエン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、ネルボン酸、セロチン酸、モンタン酸、メリシン酸などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明の培地に含まれる脂肪酸は飽和脂肪酸であってもよく、不飽和脂肪酸であってもよい。
【0074】
本発明の培地は、接着培養、浮遊培養、包埋培養、組織培養等のいずれの培養方法にも用いることができる。
【0075】
本発明の培地は、いずれの動物由来の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の培養にも好適に使用することができる。本発明の培地を使用して培養され得る神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞は、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞であり、好ましくは、ヒト由来の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞である。
【0076】
本発明の培地は、好ましくは、キレート化鉄の他、インスリン、NaHCO
3、セレン、エタノールアミン、bFGFを含む。より好ましくは、本発明の培地は、DMEM/F−12培地を基礎培地とし、キレート化鉄の他、インスリン、NaHCO
3、セレン、エタノールアミン、bFGFを含む。
【0077】
一態様として、本発明の培地は、DMEM/F−12培地を基礎培地とし、キレート化鉄の他、アルブミン(0.5mg〜5mg/ml)、インスリン(5μg/ml〜1mg/ml)、NaHCO
3(100μg/ml〜5mg/ml)、セレン酸ナトリウム(2ng/ml〜1μg/ml)、エタノールアミン(100ng/ml〜100μg/ml)、bFGF(10ng/ml〜200ng/ml)を含む。
【0078】
一態様として、本発明の培地は、ホロトランスフェリン(0.5〜6.5μg/ml)及びbFGF(10ng/ml〜200ng/ml)を含む培地であって、培地中の鉄高分子体量が3ppb〜7ppbである。好ましくは、本発明の培地は、鉄含有量200μg/g〜500μg/gのホロトランスフェリン(0.5〜6.5μg/ml)及びbFGF(10ng/ml〜200ng/ml)を含む。さらに好ましくは、本発明の培地は、鉄含有量380μg/gのホロトランスフェリン(0.5〜6.5μg/ml)及びbFGF(10ng/ml〜200ng/ml)を含む。
【0079】
(4)本発明の方法
本発明の一実施形態として、本発明は、キレート化鉄を培地に添加することを特徴とする神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の培養方法を提供する。当該方法は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を増殖させ、未分化を維持する方法でもある。別の実施形態として、多能性幹細胞等からの神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導を効率化する方法を提供する。本発明の方法は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の未分化性及び多分化能を維持させ増殖を促進させるため、誘導された少数の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を効果的に増殖させることができ、その結果、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導を効率化することができる。
【0080】
本発明の一実施形態として、本発明の方法は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を本発明の培地で培養する工程を含む。また本発明の一実施形態として、本発明の方法は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を誘導し得る細胞を本発明の培地で培養する工程を含む。また別の本発明の実施形態としては、本発明の方法は、キレート化鉄を含まない培地にキレート化鉄を添加し、キレート化鉄存在下で一定期間培養する工程を含む。
【0081】
本発明の方法に用いる神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞としては、SOX2陽性ネスチン陽性及び/又はSOX2陰性ネスチン陽性である、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞が好ましい。
【0082】
神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されるものではないが、本発明の培養方法における神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を培養する期間は、通常2日間以上、好ましくは4日間以上、さらに好ましくは8日以上である。
神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を4日以上続けて培養する場合、3日に一回、好ましくは2日に一回培地を交換することが好ましい。
【0083】
本発明の培地中で培養した神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を回収し、その一部又は全部を新鮮な本発明の培地中に継代し、引き続き培養を続けることにより、神経前駆細胞は未分化性を維持し、増殖が促進されたまま、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を継代培養することができる。
【0084】
本発明の方法において培地にキレート化鉄を添加する時間は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得るような長さの時間である限り特に限定されないが、好ましくは培養期間中の全期間においてキレート化鉄を含む培地で培養することが好ましい。培地の組成は前述のとおりである。
【0085】
本発明の方法において、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導を効率化させる場合、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導は、用いる培地にキレート化鉄が含まれていることを除いては、公知の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞誘導方法(例えば、前記多能性幹細胞由来の神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の誘導方法、線維芽細胞から直接分化誘導する方法等が挙げられるがこれらに限定されない)に準じて行われる。
【0086】
本発明の方法において、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を培養する場合、用いる培地にキレート化鉄が含まれていることを除いては、接着培養、浮遊培養、組織培養などの自体公知の方法により培養可能である。培養方法は目的に応じて適宜選択可能である。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の接着培養方法の例としては、Flanagan LAら,J Neurosci Res.2006 Apr;83(5):845−56、Conti Lら,PLoS Biology.,2005 Sep;3(9):e283などに記載の方法が挙げられる。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の浮遊培養とは、培地中において、培養器又はフィーダー細胞(用いられる場合)に対して非接着性の条件下で神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を培養することをいう。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の浮遊培養方法の例としては、ニューロスフィア法(Reynolds BA and Weiss S.,Science,USA,1992 Mar 27;255(5052):1707−10)、無血清凝集浮遊培養法(SFEB法、SFEBq法;Watanabeら,Nature Neuroscience 8,288−296(2005))などが挙げられる。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の組織培養とは、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を含む組織を、スライスなどの組織片又は組織全体として培養する方法である。神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の組織培養としては、O’Rourke NAら,Science.1992 Oct 9;258(5080):299−302.、Komuro Hら,Science.1992 Aug 7;257(5071):806−9に記載のスライス培養法などが挙げられる。
【0087】
本発明において神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖の有無、程度はトリパンブルー等の細胞染色試薬を用いて生細胞数を計測することによって評価することができる。また、浮遊培養を行いニューロスフィアを形成させる場合には、形成されるニューロスフィアの大きさ、あるいはニューロスフィアを構成する細胞の数を測定することによって評価することができる。
【0088】
本発明の方法において、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の培養に用いられる培養器は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の培養が可能なものであれば特に限定されないが、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、及びローラーボトルが挙げられる。
【0089】
神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の培養に用いられる培養器は、細胞接着性であっても細胞非接着性であってもよく、目的に応じて適宜選ばれる。浮遊培養により神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を培養する場合、培養器は細胞非接着性であることが好ましい。
接着培養により神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を培養する場合、培養器は細胞接着性であることが好ましい。細胞接着性の培養器は、培養器の表面の細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス(ECM)等の任意の細胞支持用基質又はそれらの機能をミミックする人工物でコーティングされたものであり得る。細胞支持用基質は、幹細胞又はフィーダー細胞(用いられる場合)の接着を目的とする任意の物質であり得る。
【0090】
その他の培養条件は、適宜設定できる。例えば、培養温度は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進及び未分化性の維持等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃である。CO
2濃度は、約1〜10%、好ましくは約2〜5%である。酸素濃度は、通常1〜40%であるが、培養条件などにより適宜選択される。
(5)キレート化鉄を含む培地並びに神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を含む培養組成物
本発明はさらに上記本発明の培地並びに神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞を含んでなる、培養組成物(本明細書中、本発明の培養組成物ともいう)を提供する。該培養組成物は、細胞を培養することにより得られる結果物を含む。本発明の培養組成物に関連する各用語の定義及び態様は、上記に記載したものと同一である。
【0091】
本発明の培養組成物における神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞は、生存し、増殖している細胞である。
【0092】
本発明の培養組成物における神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の純度(全細胞数に占める神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の数の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、最も好ましくは100%である。
【0093】
本発明の培養組成物において、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞は、本発明の培地中に存在する。一態様において、本発明の培養組成物は、神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の、本発明の培地中の懸濁液である。本発明の培養組成物は、適切な容器中に封入されていてもよい。
【0094】
一実施態様として、本発明の培養組成物は凍結保存させた状態で提供され得る。本発明の培養組成物は、凍結保存することが可能であり、必要に応じて融解・起眠して使用することができる。凍結保存は、自体公知の細胞凍結保存方法を使用することができる。凍結保存の例としては、本発明の培養組成物にジメチルスルホキシドを加え、−80〜−200℃、好ましくは−196℃(液体窒素中)の条件で本発明の培養組成物を保存する。
【0095】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0096】
実施例1:ホロトランスフェリン機能評価
(1)Long−term self−renewing neuro epithelial−like stem cells(以下LtNES細胞)誘導法
iPS細胞よりEBを形成し、4日間、E6培地(Life TechnologiesまたはSTEMCELL Technologies)からアスコルビン酸及びトランスフェリンを除いた組成に相当する培地にホロトランスフェリン(終濃度0.5〜10μg/ml)、エタノールアミン(終濃度5〜50μM)、bFGF(終濃度5〜100ng/ml)を添加した培地中にて、4日間で培養した。ポリLオルニチン(PO)コートしたdishにEBを播種し、上記培地中で10日程度培養し、Rosette様の構造が形成されることを確認した。Rosette部分をくり抜き、ニューロスフィアとして上記培地中で浮遊培養を7日程度行った。ニューロスフィアをトリプシン/EDTAにて分散し、PO/ラミニンコートしたdish上でRHB−A培地中にて培養し、LtNES細胞を作成した。LtNES細胞は、神経幹細胞及び神経前駆細胞が混在したものである。
なお、上記E6培地(Essential 6培地)については、Life Technologies社ホームページ<URL:http://www.lifetechnologies.com/order/catalog/product/A1516401>において、E8培地をベースとした製法で作られ、bFGFとTGFβを含まないことが記載されている。なお、E8培地(Essential 8培地)については、Nat Methods 2011 May;8(5):424−429)に記載されている。
また、上記E6培地の成分は、Stem Cells. 2014 Apr;32(4),1032−42の要約中にも記載されている。
【0097】
(2)LtNES細胞の培養法
ヒト多能性幹細胞より誘導したLtNES細胞は、RHB−A培地、20ng/ml bFGF中にて、37℃、5%CO
2環境下で培養を行った。LtNES細胞の継代には、TrypLE Select内で、37℃、1分間インキュベートを行い、培地で希釈し、その後ピペッティングを行い、単一の細胞とした。1.5x10
5cells/well(6well plate)で上記培地中に分散させた細胞を播種し37℃、5%CO
2環境下で培養を行った。細胞数測定は、トリパンブルー(ライフテクノロジーズ社)による死細胞染色を行った上で、血球計算盤で行った。
【0098】
(3)ホロトランスフェリン機能評価
E6培地(Life TechnologiesまたはSTEMCELL Technologies)からアスコルビン酸及びトランスフェリンを除いた組成に相当する培地に、アルブミン(終濃度0.5〜5mg/ml)、エタノールアミン(終濃度5〜50μM)、bFGF(終濃度5〜100ng/ml)を添加して、被検基礎培地を作成した。
被検基礎培地に、ホロトランスフェリン(Sigma Aldrich)を終濃度0、1.0、2.5、5、7.5μg/mlとなるように添加した被検培地を作成した。
各被検培地を用い、ヒト多能性幹細胞より誘導したLtNES細胞を培養した。細胞の培養は、37℃、5%CO
2雰囲気下のインキュベーター内で行った。2日に一度培地交換を行い、4〜5日間培養した。培養後、被検培地の代わりにTrypLE Selectを添加し、37℃、1分間インキュベートして細胞分散処理を行った。TrypLE Selectを培地で希釈後、ピペッティングを行い、単一の細胞とし、細胞数をカウントし、評価した。細胞数測定は、トリパンブルー(ライフテクノロジーズ社)による死細胞染色を行った上で、血球計算盤で行った。
結果を
図1に示す。2.5μg/mlホロトランスフェリン添加培地、5μg/mlホロトランスフェリン添加培地において細胞数が最も増加し、1μg/mlホロトランスフェリン添加培地においても細胞は良好な増殖を示した。
尚、本実施例で用いたホロトランスフェリンの鉄含有量を測定したところ、トランスフェリンサンプル(1mg/mlトランスフェリン)中の高分子体の鉄量は380ppbであった。トランスフェリン 1mg/mlに対して結合できる鉄量(飽和)は、計算値では1400ppbである。従って、本実施例で用いたホロトランスフェリンは、トランスフェリンに対する鉄結合率が約27%であることがわかった。
【0099】
(4)培地中総鉄量分析
ホロトランスフェリン(Tf)の添加による神経幹細胞及び/又は神経前駆細胞の増殖促進が、鉄量の増加に依存するのか検討するため、各被検培地に含まれる鉄量の測定を行った。また、鉄以外のMn、Ni、Co、Cu、Zn、Seの量についても測定した。
各被検培地を希釈し、誘導結合プラズマ質量分析装置(以下、ICP−MS、Thermo Fisher Scientific Inc.)に導入して、各元素を検出し、外部検量線法にて定量を実施した。
結果を表1に示す。
【0100】
【表1】
【0101】
培地中に添加したホロトランスフェリンの量に依らず、培地中の鉄量はほぼ一定であった。鉄以外の金属についても、培地中に添加したホロトランスフェリンの量に寄らず、培地中の金属量はほぼ一定であった。
【0102】
(5)形態別鉄量分析
次に培地に含有される鉄量を鉄の形態別に測定した。
培地中の形態別鉄量分析を行うため、SEC−ICP−MS(サイズ排除クロマトグラフィー(SEC、Thermo Fisher Scientific Inc.)を接続したICP−MS、アジレントテクノロジー社)を行った。培地をサイズ排除クロマトグラフィーに導入し、溶離液をオンラインで結合したICP−MSにて分析した。ICP−MSにて各元素を検出し、外部検量線法にて定量を実施した。
結果を表2に示す。
【0103】
【表2】
【0104】
その結果、ホロトランスフェリン添加量に応じて高分子体の鉄が増加することが判明した。
【0105】
実施例2:神経幹細胞及び神経前駆細胞の免疫組織化学染色
ホロトランスフェリン添加培地にて良好な増殖を示した細胞が神経幹細胞であることを免疫組織化学染色を行い実証した。
実施例1と同様に、終濃度2.5μg/mlとなるようにホロトランスフェリンを添加した培地を作成し、実施例1と同様の条件で培養を行った。培養後、細胞を固定し、神経幹/前駆細胞マーカーであるネスチンに対する抗体及び神経幹細胞マーカーであるSOX2に対する抗体を用いて免疫染色を行った。結果を
図3に示す。
培養皿上の細胞は、ほぼ全て細胞が神経幹細胞及び神経前駆細胞マーカーであるネスチン陽性であった。そのうちの大部分の細胞が神経幹細胞マーカーであるSOX2陽性であった。従って、実施例2において良好な増殖を示した細胞は、ネスチン陽性SOX2陽性である神経幹細胞であることが示唆された。
【0106】
実施例3:神経系細胞誘導【0107】
ホロトランスフェリン添加培地で培養した細胞が実際に分化し得ることを実証するため、分化誘導実験を行った。
実施例1と同様に、終濃度2.5μg/mlとなるようにホロトランスフェリンを添加した培地を作成し、実施例1と同様の条件で培養を行った。培養後、培地の代わりにTrypLE Selectを添加し、37℃、1分間インキュベートして細胞分散処理を行った。TrypLE Selectを培地で希釈後、ピペッティングを行い、ポリLオルニチン/フィブロネクチンでコートした48ウェルプレートに1.5x10
5 cells/wellで播種した。Media hormone mix培地に1xB27サプリメントを添加した培地中で20日間培養した。細胞の培養は、37℃、5%CO
2雰囲気下のインキュベーター内で行った。培地交換は2日に一度行った。
培養後、細胞を固定し、神経細胞マーカーであるβIIIチューブリンに対する抗体を用いた蛍光抗体法により免疫染色を行った。
分化誘導後の細胞には、βIIIチューブリン陽性である分化した神経細胞が含まれていることが示された。