(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6812974
(24)【登録日】2020年12月21日
(45)【発行日】2021年1月13日
(54)【発明の名称】果実の着色を促進させる農園芸用資材及び植物の栽培方法
(51)【国際特許分類】
A01G 7/06 20060101AFI20201228BHJP
A01G 17/00 20060101ALI20201228BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20201228BHJP
A01N 37/44 20060101ALI20201228BHJP
A01N 37/42 20060101ALI20201228BHJP
【FI】
A01G7/06 A
A01G17/00
A01P21/00
A01N37/44
A01N37/42
【請求項の数】13
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-534188(P2017-534188)
(86)(22)【出願日】2016年8月1日
(86)【国際出願番号】JP2016072499
(87)【国際公開番号】WO2017026313
(87)【国際公開日】20170216
【審査請求日】2019年7月3日
(31)【優先権主張番号】特願2015-158971(P2015-158971)
(32)【優先日】2015年8月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100549
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 嘉之
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100169041
【弁理士】
【氏名又は名称】堺 繁嗣
(72)【発明者】
【氏名】陳 陽
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 大亮
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 俊二
【審査官】
田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】
特開平04−063599(JP,A)
【文献】
特開昭62−215503(JP,A)
【文献】
特開平02−270802(JP,A)
【文献】
新川猛,着色開始期前後の天然型アブシシン酸含有肥料の果実散布がカキ‘富有’果実の果皮色に及ぼす影響,園芸学研究,日本,一般社団法人園芸学会,2014年 9月30日,Vol.13 No.3,p.267-274
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00− 7/06
A01G 17/00−17/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれる1以上のアミノ酸と、アブシシン酸とを果樹に施用することを含む果樹の栽培方法。
【請求項2】
前記アミノ酸及びアブシシン酸を、アミノ酸及びアブシシン酸を含む溶液、又は、アミノ酸溶液及びアブシシン酸溶液として果樹に施用し、アミノ酸の施用濃度が0.2mM〜100mMであり、アブシシン酸の施用濃度が0.1μM〜10mMである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アミノ酸がL−体である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記果樹はアントシアニンを含む果実を着けるものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
果樹が、ブドウ科、及びバラ科から選ばれる1以上の果樹である、請求項1〜4に記載の方法。
【請求項6】
果樹が、ブドウ、リンゴ、モモ、サクランボ、及びイチゴから選ばれる1以上の果樹である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記アミノ酸が、精製アミノ酸、アミノ酸の発酵液もしくは発酵副生物、又はアミノ酸を含むそれらの分画物を含有する溶液として施用される、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記アミノ酸及びアブシシン酸を、果樹の葉、幹、茎、果実の表面、又は根圏に散布する、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれる1以上のアミノ酸と、アブシシン酸とを果樹に施用し、果樹から果実を採取する、果実の製造方法。
【請求項10】
前記アミノ酸及びアブシシン酸を、アミノ酸及びアブシシン酸を含む溶液、又は、アミノ酸溶液及びアブシシン酸溶液として果樹に施用し、アミノ酸の施用濃度が0.2mM〜100mMであり、アブシシン酸の施用濃度が0.1μM〜10mMである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれる1以上のアミノ酸、及びアブシシン酸を有効成分として含み、
アントシアニンを含む果実を付ける果樹に施用される、農園芸用資材。
【請求項12】
ロイシン及びイソロイシンから選ばれる1以上のアミノ酸、及びアブシシン酸を有効成分として含む、農園芸用資材。
【請求項13】
使用時に、アミノ酸濃度が0.2mM〜100mM、アブシシン酸濃度が0.1μM〜10mMの溶液として果樹に施用される、請求項11または12に記載の農園芸用資材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は農園芸用資材及び植物の栽培方法に関し、詳しくは、果実の着色を促進し得る、農園芸用資材及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
作物の生育や果実の品質を改良するため、化学肥料、植物ホルモン、反射シートなどが使われたり、玉回し作業などが行われたりしているが、環境への影響、有効性、副次的な負の影響、作業量、コストの点で問題が残されている。環境への影響が少なく、安価な農園芸用資材の成分として、アミノ酸が期待されており、例えば、プロリンを有効成分とする花芽形成促進剤(特許文献1)、バリン又はロイシン等の分岐鎖アミノ酸を含有する植物高温ストレス耐性付与剤(特許文献2)、18種類のアミノ酸を含む植物生長促進液肥(特許文献3)、及び、アミノ酸発酵副生物又は核酸発酵副生物を含有する植物のアレロパシー効果、および/またはファイトアレキシン生産の増強用薬剤(特許文献4)等が知られている。また、グルタミン酸、アスパラギン酸及びフェニルアラニンを含む水溶液でタバコを水耕栽培することにより、葉のアミノ酸、葉緑素及びカロテノイドの含量が増加したことが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
上記のように、農園芸用途においてアミノ酸を利用する技術が知られている。また、フェニルアラニンの散布によりブドウの着色が促進するとの報告がある(非特許文献2、3)。しかしながらその着色促進効果は十分とはいえない。
【0004】
アブシシン酸(abscisic acid)は、植物ホルモンの一種であり、休眠、休眠打破、気功の開閉、生長阻害、生長抑制等に関与することが知られている。農業への応用としては、果実の肥大、着色促進、例えばブドウ、カキ、リンゴの果実の着色促進などが知られている(非特許文献4、5、6、7)。しかしながら、アブシシン酸は農業用資材としては高価であり、十分な着色促進効果を得るには実用的であるとはいえない。また、施用濃度や環境によっては着色と糖の蓄積・酸の減少が同調しない、落葉が誘導される、といった課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-48803
【特許文献2】特開2012-197249
【特許文献3】韓国特許出願公開2013-107406号
【特許文献4】特開2012-10694
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Wu, X-P. et al., Scientia Agricultura Sinica, 2004, 37(3):357-361
【非特許文献2】El-Sayed, S.F. et al., Journal of Horticultural Science & Ornamental Plants, 2013, 5(3):218-226
【非特許文献3】Portu, J. et al., Food Chemistry, 2015, 180:171-180
【非特許文献4】Wasilewska, A. et al., Mol Plant, 2008, 1(2):198-217
【非特許文献5】Niikawa, T. et al., Horticultural Research (Japan), 2014, 13(3):267-274
【非特許文献6】Takos, A.M. et al., Plant Physiol., 2006, 142:1216-1232
【非特許文献7】Jeong, S.T. et al. Plant Science, 2004, 167:247-252
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、果実の着色を促進する方法、及び果実の着色を促進し得る農園芸用資材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、特定のアミノ酸をアブシシン酸と併用して果樹に施用すると、アブシシン酸又はアミノ酸単独での施用と比べて、果実のアントシアニン含量を増加させる作用が飛躍的に向上し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
(1)ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれる1以上のアミノ酸と、アブシシン酸とを果樹に施用することを含む果樹の栽培方法。
(2)前記アミノ酸及びアブシシン酸を、アミノ酸及びアブシシン酸を含む溶液、又は、アミノ酸溶液及びアブシシン酸溶液として果樹に施用し、アミノ酸の施用濃度が0.2mM〜100mMであり、アブシシン酸の施用濃度が0.1μM〜10mMである、前記方法。
(3)前記アミノ酸がL−体である、前記方法。
(4)前記果樹はアントシアニンを含む果実を着けるものである、前記方法。
(5)果樹が、ブドウ科、及びバラ科から選ばれる1以上の果樹である、前記方法。
(6)果樹が、ブドウ、リンゴ、モモ、サクランボ、及びイチゴから選ばれる1以上の果樹である、前記方法。
(7)前記アミノ酸が、精製アミノ酸、アミノ酸の発酵液もしくは発酵副生物、又はアミノ酸を含むそれらの分画物を含有する溶液として施用される、前記方法。
(8)前記アミノ酸及びアブシシン酸を、果樹の葉、幹、茎、果実の表面、又は根圏に散布する、前記方法。
(9)ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれる1以上のアミノ酸と、アブシシン酸とを果樹に施用し、果樹から果実を採取する、果実の製造方法。
(10)前記アミノ酸及びアブシシン酸を、アミノ酸及びアブシシン酸を含む溶液、又は、アミノ酸溶液及びアブシシン酸溶液として果樹に施用し、アミノ酸の施用濃度が0.2mM〜100mMであり、アブシシン酸の施用濃度が0.1μM〜10mMである、前記製造方法。
(11)ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれるアミノ酸、及びアブシシン酸を有効成分として含む、農園芸用資材。
(12)使用時に、アミノ酸濃度が0.2mM〜100mM、アブシシン酸濃度が0.1μM〜10mMの溶液として果樹に施用される、前記農園芸用資材。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】イソロイシンを散布したブドウ果実のアントシアニン含量を示す図。
【
図2】アミノ酸及び/又はアブシシン酸で処理したブドウカルスのアントシアニン含量を示す図。縦軸は、アントシアニン量(μmol/g乾燥重量カルス)(
図3〜7でも同様)。ABA、Ile、Phe、Leuは、各々、アブシシン酸、イソロイシン、フェニルアラニン、ロイシンを表す。controlは対照を表す。「+」は併用を表す。
【
図3】アミノ酸及び/又はアブシシン酸で処理したブドウカルスのアントシアニン含量を示す図。Asn、Gln、Argは、各々、アスパラギン、グルタミン、アルギニンを表す。
【
図4】アミノ酸及び/又はアブシシン酸処理したブドウカルスのアントシアニン含量を示す図。Glu、Asp、Cys、Trpは、各々、グルタミン酸、アスパラギン酸、システイン、トリプトファンを表す。
【
図5】アミノ酸及び/又はアブシシン酸で処理したブドウカルスのアントシアニン含量を示す図。Val、Lys、Pro、Gly、Ser、Met、His、Thrは、各々、バリン、リジン、プロリン、グリシン、セリン、メチオニン、ヒスチジン、スレオニンを表す。
【
図6】アミノ酸及び/又はアブシシン酸で処理したブドウカルスのアントシアニン含量を示す図。
【
図7】アミノ酸及び/又はアブシシン酸で処理したブドウ果実のアントシアニン含量を示す図。
【
図8】果房をアミノ酸及び/又はアブシシン酸で処理したブドウ果実のアントシアニン含量を示す図。縦軸は、アントシアニン量(mg/g新鮮果皮)。Day0、Day1、Day3、及びDay10は、アミノ酸及び/又はアブシシン酸処理開始0、1、3、及び10日後を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれるアミノ酸と、アブシシン酸とを果樹に施用することを含む果樹の栽培方法である。
【0012】
本発明の他の形態は、ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれるアミノ酸と、アブシシン酸とを果樹に施用し、果樹から果実を採取する、果実の製造方法である。
【0013】
また、本発明の他の形態は、ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれるアミノ酸と、アブシシン酸とを果樹に施用する、果実の着色を促進する方法である。
【0014】
果樹としては、着色する果実を着けるものであれば特に制限されないが、アントシアニンを含む果実を着けるものであることが好ましい。アントシアニンは1種でもよく、2種以上であってもよい。アントシアニンを含む果実とは、アントシアニンによりその果実の色が特徴付けられる果実、又はアントシアニンがその果実の主要な色素である果実を意味する。アントシアニンを含む果実は、主として果実の果皮又は果肉の一方のみにアントシアニンを含むものであってもよいし、果皮及び果肉の両方にアントシアニンを含むものであってもよい。したがって果実の着色とは、果皮又は果肉の一方又は両方の着色を意味する。また、本発明において、「果樹」は木本植物及び草本植物の両方が含まれる。アントシアニンの種類は特に制限されないが、例えば、シアニジン−3−グルコシド、マルビジン−3−グルコシド、デルフィジニン−3−グルコシド、ペチュニジン−3−グルコシド等が挙げられる。果樹として具体的には、例えば、ブドウ科、及びバラ科に属する果樹が挙げられる。より具体的には、ブドウ、リンゴ、モモ、サクランボ、及びイチゴ等が挙げられる。これらの果樹の品種は特に制限されないが、例えば、ブドウとしては、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、テンプラニーリョ、ピノ・ノワール、シラー、マスカットべリーA、巨峰、ピオーネ、デラウェア、クローン21(clone21)、クリムゾン・シードレス(Crimson seedless)、フレームシードレス(Flame seedless)、レッドグローブ(Red globe)等が挙げられる。リンゴとしては、つがる、フジ等が、モモとしては白鳳、あかつき、川中島白桃、日川白鳳等が挙げられる。サクランボとしては、シャポレー、佐藤錦、高砂、ナポレオン、紅秀峰等が、イチゴとしてはあまおう、とちおとめ、さがほのか、ダイアモンドベリー、咲姫等が挙げられる。本発明の対象となる果樹は、1種でも2種以上でもよい。
【0015】
後記実施例に示されるように、アブシシン酸がブドウのアントシアニン含量を高める作用は、上記アミノ酸と併用すると高くなる。
【0016】
上記アミノ酸は、ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンのいずれか一種でもよく、任意の2種又は3種の混合物であってもよい。混合物の場合、各アミノ酸の量比は任意である。これらのアミノ酸は、L−体であることが好ましい。これらのアミノ酸は塩や誘導体であってもよい。また、アミノ酸は、精製又は粗精製されたものであってもよく、本発明の効果を損なわない限り、アミノ酸を含む培養物(発酵液)もしくは発酵副生物、又はアミノ酸を含むそれらの分画物であってもよい。さらに、タンパク質分解物でもよい。
【0017】
アブシシン酸は、いくつかの異性体が存在するが、天然型((S)-(+)-アブシシン酸)が好ましい。アブシシン酸は、塩、又はトリフルオロメチル化されたアブシシン酸などの誘導体であってもよい。さらにアブシシン酸活性をもつ、ピラバクチン等のアブシシン酸アゴニストやP450阻害剤などのアブシシン酸分解阻害剤でもよい。アブシシン酸は、例えば、発酵法、合成法により得ることができる。
【0018】
アミノ酸及びアブシシン酸は、通常、溶液として果樹に施用される。施用時のアミノ酸の濃度は、通常0.2mM〜100mM、好ましくは0.5mM〜20mM、より好ましくは1mM〜10mM、更に好ましくは2mM〜10mMである。アミノ酸が2種、又は3種の場合は、この濃度は合計の濃度である。また、施用時のアブシシン酸の濃度は、通常0.1μM〜10mM、好ましくは1μM〜5mM、より好ましくは10μM〜1mM、更に好ましくは100μM〜1mMである。
【0019】
アミノ酸とアブシシン酸は、それらの両方を含む溶液であってもよいし、アミノ酸を含む溶液とアブシシン酸を含む溶液に分かれていてもよい。後者の場合は、アミノ酸を含む溶液とアブシシン酸を含む溶液の両方が果樹に施用される。以下、アミノ酸溶液、アブシシン酸溶液、又はアミノ酸とアブシシン酸とを含む溶液を総称して「ABA/AA溶液」と記載することがある。
ABA/AA溶液は、好ましくは、果樹の葉、幹、茎、果実の表面、又は根圏に施用される。ABA/AA溶液は、これらの2箇所以上に施用してもよい。これらの部位へのABA/AA溶液の施用は、これらの部位全体であってよく、一部であってもよい。例えば、葉へのABA/AA溶液の施用は葉の表面又は裏面のみであってもよく、両面であってもよい。また、果実の場合は、果実表面全体であってもよく、果実の一部の表面、例えば果実が果房を形成する場合はその外側のみであってよい。ABA/AA溶液を土壌に施用する場合であっても、アミノ酸及びアブシシン酸が少なくとも根圏に到達する限り、「果樹に施用する」に含まれる。施用の方法としては、土壌への表面散布、潅注、鋤込み、果樹の葉面又は果実への散布もしくは展着、水耕溶液への添加等が挙げられる。これらの中では葉面又は果実への散布が好ましい。葉面散布は、少なくとも葉面に散布されればよいことを意味し、葉面と共に他の部位にも散布されてもよい。果実についても同様である。
【0020】
ABA/AA溶液の散布量は特に制限されないが、アミノ酸の量として、通常、60g〜30000g/ヘクタール、好ましくは150g〜600g/ヘクタール、より好ましくは300g〜3000g/ヘクタール、更に好ましくは600g〜3000g/ヘクタールである。アミノ酸が2種、又は3種の場合は、この濃度は合計である。
【0021】
また、アブシシン酸の量としては、通常0.05g〜5000g/ヘクタール、好ましくは0.5g〜2000g/ヘクタール、より好ましくは5g〜2000g/ヘクタール、更に好ましくは10g〜2000g/ヘクタールであることが好ましい。
【0022】
アブシシン酸:アミノ酸の量比は、特に制限されない。
【0023】
果樹へのABA/AA溶液の施用時期は、果樹の着果後が好ましい。着果後は、果実の着色前もしくは着色後、またはそれらの両方で施用することが好ましい。特にブドウの場合はベレゾーン期に施用することが好ましい。施用回数は特に制限されず、1回でもよく、2回以上であってもよい。ABA/AA溶液として、アミノ酸溶液とアブシシン酸溶液が別体の場合は、これらを同時に施用してもよく、別々に施用してもよい。前記溶液が別々に施用される場合は、7日以内に両者が施用されることが好ましい。
【0024】
ABA/AA溶液を散布する場合、散布方法は特に制限されないが、茎葉、果実を含む植物の地上部全体、好ましくは葉面及び/又は果実に農園芸用資材が展着するように散布することが望ましい。人手により散布する場合は、農園芸用資材の噴霧口が葉表面ないしは裏面部位に向くような操作が望まれる。また、ブームスプレーヤーを使用する場合は、散布液量を1ヘクタール当たり100リットル以上、好ましくは200〜3000リットル、より好ましくは300〜2000リットルとすることが望ましい。また、静電気を利用することにより噴霧液の植物体への付着を促進させるいわゆる静電噴霧機や静電噴霧ノズル口を用いてもよい。
【0025】
ABA/AA溶液を葉面及び/又は果実に散布する場合、本発明の効果を損なわない限り、農業上通常用いられる葉面散布用肥料と混合してもよい。
【0026】
本発明の方法により植物を栽培する場合の土壌に施用する基肥、追肥は、植物の種類に応じてその地域で通常行われている施肥量、施肥方法に準拠すればよい。
【0027】
ABA/AA溶液の好ましい一形態は、下記の本発明の農園芸用資材である。
【0028】
本発明の農園芸用資材は、ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニンから選ばれるアミノ酸、及びアブシシン酸を有効成分として含む。上記の本発明の方法において、これらのアミノ酸、及びアブシシン酸に関して記載した事項は、農園芸用資材についても適用される。アミノ酸とアブシシン酸は、それぞれ別体であるがセットとして農園芸用資材を構成してもよく、それらの混合物として農園芸用資材に含まれていてもよい。農園芸用資材の形態としては、アミノ酸溶液とアブシシン酸溶液からなる農園芸用資材、アミノ酸及びアブシシン酸を含む溶液からなる農園芸用資材、粉末のアミノ酸、粉末のアブシシン酸、及び任意成分としてそれらを溶解させる溶媒からなる農園芸用資材等が例示される。アミノ酸とアブシシン酸が別体の場合は、使用時に混合して使用されるものであってもよく、別々に果樹に施用されるものであってもよい。
【0029】
本発明の農園芸用資材は、本発明の効果を損なわない限り、上記有効成分以外に任意の成分を含んでいてもよい。このような成分としては、安定化剤、担体、pH調整剤、肥効を高めるためのミネラル等の肥料成分、農薬成分、バインダー、増量剤等が挙げられる。これらの成分としては、本発明の効果を損なわない限り、通常農薬、肥料等に用いられている成分を用いることができる。
【0030】
また、農園芸用資材は、ロイシン、イソロイシン及びフェニルアラニン以外の他のアミノ酸を含んでいてもよい。しかしながら、他のアミノ酸には、アブシシン酸の果実着色促進作用を低減するものがあるため、農園芸用資材における含量は少ない方が好ましく、含まれないことがより好ましい。例えば、他のアミノ酸の含量は、農園芸用資材が果樹に施用されるときの濃度として、好ましくは10mM以下、より好ましくは1mM以下である。
【0031】
農園芸用資材の剤型は、使用時に果樹に施用可能な溶液を調製することができる限り特に制限されず、液剤、粉剤、粒剤、乳剤等の何れの使用形態でも良い。
【0032】
本発明の農園芸用資材は、前記したように、植物に散布する場合は葉面及び/又は果実に散布することが好ましい。葉面又は果実への農園芸用資材の展着力を高めるために展着剤を、また、イソロイシンの植物への浸透性を高めるために界面活性剤等の成分を添加してもよい。展着剤としては、例えばアプローチBI
TM(花王(株))、ミックスパワー
TM(シンジェンタ ジャパン(株))、スカッシュ
TM(丸和バイオケミカル(株))などが挙げられる。界面活性剤としては非イオン性、陰イオン性、陽イオン性及び両イオン性のいずれも使用することが出来る。例を挙げると、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアリールエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、オキシエチレンポリマー、オキシプロピレンポリマー、ポリオキシエチレンアルキルリン酸エステル、脂肪酸塩、アルキル硫酸エステル塩、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、アルキルリン酸塩、アルキルリン酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル、第四級アンモニウム塩、オキシアルキルアミン、レシチン、サポニン等である。また、必要に応じてゼラチン、カゼイン、デンプン、寒天、ポリビニルアルコール、アルギン酸ソーダなどを補助剤として用いることが出来る。
【0033】
また、使用に際して、固体状又は粉体状の農園芸用資材又はその構成要素を、水、アルコール類等の溶媒に溶解又は分散させてもよい。また、液状の農園芸用資材又はその構成要素を、水、アルコール類等の溶媒で希釈してもよい。アルコール類としては、エタノール、メタノール、イソプロピルアルコール等が挙げられる。
【0034】
農園芸用資材の使用時のロイシン、イソロイシン及び/又はフェニルアラニンの濃度は、本発明の方法について記載したとおりである。農園芸用資材中のこれらのアミノ酸の含量は、使用時にこれらのアミノ酸が前記した所定濃度の溶液として施用され得る限り特に制限されないが、例えば、乾燥物換算で1重量%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上であり、塩害など不純物による障害の回避及び効果の顕在化の観点から、この範囲が好ましい。また、農園芸用資材の流通形態は固形物であっても溶液であってもよいが、溶液の場合は0.5mM〜飽和濃度であることが好ましい。ちなみに、水への溶解度は、イソロイシンでは約0.3M(40.2 g/L(20℃)、41.2 g/L(50℃))、フェニルアラニンでは約0.2M(27g/L(20℃)、40g/L(50℃))、ロイシンでは約0.2M(24g/L(20℃)、29g/L(50℃))である。
【0035】
農園芸用資材中の使用時のアブシシン酸の濃度も、本発明の方法について記載したとおりである。農園芸用資材中のアブシシン酸の含量は、施用時に前記した所定濃度の溶液として施用され得る限り特に制限されない。農園芸用資材が溶液の場合は1mM〜飽和濃度であることが好ましい。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。実施例においてアミノ酸はL−体である。
【0037】
〔参考例1〕ブドウ培養細胞のアントシアニン含量に対するイソロイシンの効果
(1)イソロイシン及び各種アミノ酸のブドウ培養細胞着色に対する効果
ヨーロッパブドウ(Vitis vinifera L.)由来の理化学研究所バイオリソースセンター保有の細胞株(VR, 管理番号RPC00003)をMS寒天培地上で継代培養した。5 mMの各種アミノ酸溶液を含むMS寒天培地に継代培養したVRカルスを移植し、培養した。ポジティブコントロールには、着色促進効果が知られているアブシシン酸(ABA)100 μMを用いた。移植後5日に、カルスを凍結乾燥し、破砕し、1% HCl/MeOH溶液を用いてアントシアニンを抽出した。抽出液の530nmにおける吸光度を測定し、シアニジン-3-グルコシドを標準物質としてアントシアニンの含量を測定した。ポジティブコントロール処理区のカルスから抽出されたアントシアニンの含量を100%とし、各アミノ酸処理区のカルスで蓄積されたアントシアニンの含量の相対値を測定した。
結果を表1に示す。イソロイシン(Ile)処理したカルスが最もアントシアニン含量が高かった。
【0038】
【表1】
【0039】
(2)イソロイシンのブドウ果実着色に対する効果
試験には、試験畑で栽培している、べレゾーン期に入ったカベルネ・ソーヴィニヨンを使用した。1株あたり8房として、2株から合計16房のブドウを選び、それらに対照(0.1%アプローチBI、花王)、ポジティブコントロール(1g/Lアブシシン酸(ABA)+0.1%アプローチBI)、又は、10mMイソロイシン(Ile)+0.1%アプローチBIを、1房あたりおよそ6.25mL散布した。サンプルは、各々4房ずつ、4回に分けて回収した。果皮のアントシアニンは、果皮から水:アセトン=1:2溶液で抽出し、前記と同様にしてアントシアニン含量を測定した。結果を
図1に示した。Ileでブドウ果実を処理すると、果皮のアントシアニン含量が高まることが示された。
上記のように、ブドウ培養細胞で得られた着色促進効果と、樹上のブドウ果実における着色促進効果は相関することが示された。
【0040】
〔実施例1〕アミノ酸の処理によるブドウ着色評価
ブドウ(Vitis vinifera L.)由来の理化学研究所バイオリソースセンター保有の細胞株(VR, 管理番号RPC00003)をMS寒天培地上で継代培養した。このVRカルスを、5 mMの各種アミノ酸もしくは100 μM アブシシン酸(ABA)、または5 mMの各種アミノ酸と100 μM ABA(アブシシン酸)を含むMS寒天培地に移植し、培養した。培養は25℃で、1日のうち16時間光照射下で、行った。
【0041】
5日後に、カルスを凍結乾燥し、破砕し、1% HCl/MeOH溶液を使いアントシアニンを抽出した。抽出液の波長530 nmにおける吸光度を測定し、シアニジン-3-グルコシドを標準物質としてアントシアニンの含量を測定し、カルスの乾燥重量(DW)中の含量として図に示した。1g乾燥重量カルスあたりのアントシアニンの量を、
図2〜5に示す。その結果、ABAと、イソロイシン(Ile)、フェニルアラニン(Phe)、又はロイシン(Leu)とを併用して処理すると、ABA単独に比べて、カルスのアントシアニン含量が著しく増加した。
【0042】
〔実施例2〕アミノ酸の処理によるブドウ着色評価
ブドウ(Vitis vinifera L.)由来の理化学研究所バイオリソースセンター保有の細胞株(VR, 管理番号RPC00003)をMS寒天培地上で継代培養した。このVRカルスを、0〜5mMのフェニルアラニン(Phe)またはイソロイシン(Ile)と0〜100 μM アブシシン酸(ABA)を含むMS寒天培地に移植し、培養した。培養は25℃で、1日のうち16時間光照射下で、行った。
【0043】
5日後に、カルスを凍結乾燥し、破砕し、1% HCl/MeOH溶液を使いアントシアニンを抽出した。抽出液の波長530 nmにおける吸光度を測定し、シアニジン-3-グルコシドを標準物質としてアントシアニンの含量を測定し、カルスの乾燥重量(DW)中の含量として図に示した。1g乾燥重量カルスあたりのアントシアニンの量を、
図6に示す。その結果、ABAと、イソロイシン(Ile)またはフェニルアラニン(Phe)を併用して処理すると、ABA単独に比べて、カルスのアントシアニン含量が著しく増加し、ABAとアミノ酸の添加濃度が増えるとアントシアニン量もまた増加した。
【0044】
〔実施例3〕アミノ酸の処理によるカベルネ・ソーヴィニヨン果実着色評価
10mMフェニルアラニン(Phe)と1mMアブシシン酸(ABA)を含む0.3 Mスクロース培養液を濾紙にしみ込ませた。ベレゾン期(果実の成熟開始期)に入る前のカベルネ・ソーヴィニヨン果実を濾紙の表面に置き、培養した。培養は25℃で、1日のうち16時間光照射下で、行った。
【0045】
5日後に、果実の果皮を剥き、破砕し、1% HCl/MeOH溶液を使いアントシアニンを抽出した。抽出液の波長530 nmにおける吸光度を測定し、シアニジン-3-グルコシドを標準物質としてアントシアニンの含量を測定し、果皮の新鮮重量(FW)中の含量として
図7に示した。その結果、ABAとフェニルアラニン(Phe)とを併用して処理すると、ABA単独に比べて、果皮中のアントシアニン含量が増加した。
以上のように、ブドウ培養細胞で得られた着色促進効果と、果実における着色促進効果は相関した。この結果と参考例1の結果から、実施例1及び2で得られた効果は果樹でも同様に得られると考えられる。
【0046】
〔実施例4〕果樹上でのカベルネ・ソーヴィニヨン果実のアミノ酸処理による着色効果
試験には、試験畑で栽培している、べレゾーン期に入ったカベルネ・ソーヴィニヨンを使用した。それらのブドウ樹を3区画に分け、3連で試験を行った。各区画のブドウ樹からランダムに、6つの処理区を設定した。各処理区の果房に、対照(control)、10mMイソロイシン(Ile)、0.1g/L(378μM)アブシシン酸(ABA)、10 mMイソロイシン + 0.1g/Lアブシシン酸(Ile+ABA)、10mMフェニルアラニン(Phe)、又は10mMフェニルアラニン+ 0.1g/Lアブシシン酸(Phe+ABA)(0.1% アプローチBI 花王を含む)を散布した。散布量は、果実が十分に湿潤する量であった。散布開始から0日、1日、3日、及び10日後に、各処理区から果房を収穫し、果実(果粒)の果皮から水:アセトン=1:2溶液でアントシアニンを抽出し、その含量を測定した。結果を
図8に示す。PheとABAを併用して果樹上の果実を処理すると、ABA単独に比べて、果皮中のアントシアニン含量が増加した。
【産業上の利用可能性】
【0047】
アブシシン酸と特定のアミノ酸を併用することで、アブシシン酸又はアミノ酸単独に比べて果実の着色を一層促進することができる。また、本発明によれば、アブシシン酸単独と同程度の着色促進効果を、より少ない量のアブシシン酸で達成することができる。アミノ酸は、安全性が高く、アブシシン酸に比べて低価格であり、植物への副作用も少ない。