特許第6813103号(P6813103)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6813103-表面被覆切削工具 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6813103
(24)【登録日】2020年12月21日
(45)【発行日】2021年1月13日
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20201228BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20201228BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20201228BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20201228BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20201228BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20201228BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23B27/20
   B23B51/00 J
   B23C5/16
   C23C14/06 B
   C23C14/06 A
   C23C14/08 K
【請求項の数】9
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2019-554424(P2019-554424)
(86)(22)【出願日】2019年3月14日
(86)【国際出願番号】JP2019010614
(87)【国際公開番号】WO2019181742
(87)【国際公開日】20190926
【審査請求日】2020年6月3日
(31)【優先権主張番号】特願2018-51011(P2018-51011)
(32)【優先日】2018年3月19日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小池 さち子
(72)【発明者】
【氏名】上田 悠貴
(72)【発明者】
【氏名】津田 圭一
【審査官】 村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62-057802(JP,A)
【文献】 特開2001-150206(JP,A)
【文献】 特開平06-262405(JP,A)
【文献】 特表2003-527293(JP,A)
【文献】 特公昭59-039243(JP,B2)
【文献】 米国特許第6800383(US,B1)
【文献】 国際公開第2014/003172(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/056758(WO,A1)
【文献】 特開平06-079503(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 27/20
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 14/06
C23C 14/08
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材を被覆する被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被膜は、WC1−x(ただし、xは、0.54以上0.576以下である)で示される化合物からなるWC1−x層を含み、
前記WC1−xで示される化合物は、六方晶型の結晶構造を含み立方晶型の結晶構造を含まず、
前記WC1−x層は、遊離炭素を含まない、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記WC1−x層は、前記基材に接している、請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記WC1−x層は、その膜硬度が3700mgf/μm以上4500mgf/μm以下である、請求項1又は請求項2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記被膜は、前記WC1−x層の上に形成されている硬質被膜層を更に含み、
前記硬質被膜層は、前記WC1−x層とは組成が異なる第一単位層を少なくとも含み、
前記第一単位層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、又は前記元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物からなる、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記第一単位層は、その厚さが0.1μm以上10μm以下である、請求項4に記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記硬質被膜層は、前記WC1−x層及び前記第一単位層とは組成が異なる第二単位層を更に含み、
前記第二単位層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、又は前記元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物からなり、
前記第一単位層及び前記第二単位層は、それぞれが交互に1層以上積層された多層構造を形成している、請求項4に記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記第一単位層は、その厚さが1nm以上100nm以下であり、前記第二単位層は、その厚さが1nm以上100nm以下である、請求項6に記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
前記被膜は、その厚さが0.1μm以上10μm以下である、請求項1〜請求項7のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
【請求項9】
前記基材は、超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、cBN焼結体及びダイヤモンド焼結体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む、請求項1〜請求項8のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、表面被覆切削工具に関する。本出願は、2018年3月19日に出願した日本特許出願である特願2018−051011号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
従来より、切削工具の長寿命化を目的として、種々の検討がなされている。たとえば、特開平06−262405号公報(特許文献1)には、基材の表面に、立方晶炭化タングステンを30容量%以上含有する膜厚0.5〜100μmの被膜が存在することを特徴とする切削工具用または研磨工具用被覆部品が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平06−262405号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示に係る表面被覆切削工具は、
基材と、上記基材を被覆する被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
上記被膜は、WC1−x(ただし、xは、0.54以上0.58以下である)で示される化合物からなるWC1−x層を含み、
上記WC1−xで示される化合物は、六方晶型の結晶構造を含む。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、表面被覆切削工具の一態様を例示する斜視図である。
図2図2は、本実施形態の一態様における表面被覆切削工具の模式断面図である。
図3図3は、本実施形態の他の態様における表面被覆切削工具の模式断面図である。
図4図4は、本実施形態の別の他の態様における表面被覆切削工具の模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
特許文献1に記載の被膜が被覆された切削工具では、副生成物として当該被膜中に金属タングステンが残留するため、高速高能率加工では耐摩耗性、耐欠損性等が不充分であり、改善の余地が残されている。
【0007】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐欠損性を有する表面被覆切削工具を提供することを目的とする。
【0008】
[本開示の効果]
上記によれば、優れた耐欠損性を有する表面被覆切削工具を提供することが可能になる。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
[1]本開示に係る表面被覆切削工具は、
基材と、上記基材を被覆する被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
上記被膜は、WC1−x(ただし、xは、0.54以上0.58以下である)で示される化合物からなるWC1−x層を含み、
上記WC1−xで示される化合物は、六方晶型の結晶構造を含む。
【0010】
上記表面被覆切削工具は、上述のような構成を備えることによって、優れた靱性が付与される。その結果、上記表面被覆切削工具は、優れた耐欠損性を有する。
【0011】
[2]上記WC1−x層は、上記基材に接している。このように規定することで耐欠損性が更に優れる表面被覆切削工具となる。
【0012】
[3]上記WC1−x層は、遊離炭素を含まない。このように規定することで耐欠損性が更に優れる表面被覆切削工具となる。
【0013】
[4]上記WC1−x層は、その膜硬度が3700mgf/μm以上4500mgf/μm以下である。このように規定することで耐欠損性に加えて耐摩耗性に優れる表面被覆切削工具となる。
【0014】
[5]上記被膜は、上記WC1−x層の上に形成されている硬質被膜層を更に含み、
上記硬質被膜層は、上記WC1−x層とは組成が異なる第一単位層を少なくとも含み、
上記第一単位層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、又は上記元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物からなる。このように規定することで耐欠損性が更に優れ且つ耐摩耗性に優れる表面被覆切削工具となる。
【0015】
[6]上記第一単位層は、その厚さが0.1μm以上10μm以下である。このように規定することで耐欠損性が更に優れ且つ耐摩耗性に優れる表面被覆切削工具となる。
【0016】
[7]上記硬質被膜層は、上記WC1−x層及び上記第一単位層とは組成が異なる第二単位層を更に含み、
上記第二単位層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、又は上記元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物からなり、
上記第一単位層及び上記第二単位層は、それぞれが交互に1層以上積層された多層構造を形成している。このように規定することで耐欠損性が更に優れ且つ耐摩耗性に優れる表面被覆切削工具となる。
【0017】
[8]上記硬質被膜層が上記多層構造を含む場合、上記第一単位層は、その厚さが1nm以上100nm以下であり、上記第二単位層は、その厚さが1nm以上100nm以下である。このように規定することで耐欠損性が更に優れ且つ耐摩耗性に優れる表面被覆切削工具となる。
【0018】
[9]上記被膜は、その厚さが0.1μm以上10μm以下である。このように規定することで耐欠損性が更に優れ且つ耐摩耗性に優れる表面被覆切削工具となる。
【0019】
[10]上記基材は、超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、cBN焼結体及びダイヤモンド焼結体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む。このように規定することで高温における硬度と強度とに優れる表面被覆切削工具となる。
【0020】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す。)について説明する。ただし、本実施形態はこれに限定されるものではない。本明細書において「A〜B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。さらに、本明細書において、たとえば「TiN」等のように、構成元素の比が限定されていない化学式によって化合物が表された場合には、その化学式は従来公知のあらゆる組成比(元素比)を含むものとする。このとき化学式は、化学量論組成のみならず、非化学量論組成も含むものとする。たとえば「TiN」の化学式には、化学量論組成「Ti」のみならず、たとえば「Ti0.8」のような非化学量論組成も含まれる。このことは、「TiN」以外の化合物の記載についても同様である。
【0021】
≪表面被覆切削工具≫
本開示に係る表面被覆切削工具は、
基材と、上記基材を被覆する被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
上記被膜は、WC1−x(ただし、xは、0.54以上0.58以下である)で示される化合物からなるWC1−x層を含み、
上記WC1−xで示される化合物は、六方晶型の結晶構造を含む。
【0022】
本実施形態の表面被覆切削工具(以下、単に「切削工具」という場合がある。)は、基材と、上記基材を被覆する被膜とを備える。上記切削工具は、例えば、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等であり得る。
【0023】
図1は、表面被覆切削工具の一態様を例示する斜視図である。このような形状の表面被覆切削工具は、例えば、刃先交換型切削チップとして用いられる。上記表面被覆切削工具10は、すくい面1と、逃げ面2と、すくい面1と逃げ面2とが交差する刃先稜線部3とを有する。すなわち、すくい面1と逃げ面2とは、刃先稜線部3を挟んで繋がる面である。刃先稜線部3は、表面被覆切削工具10の切刃先端部を構成する。このような表面被覆切削工具10の形状は、上記表面被覆切削工具の基材の形状と把握することもできる。すなわち、上記基材は、すくい面と、逃げ面と、すくい面及び逃げ面を繋ぐ刃先稜線部とを有する。
【0024】
<基材>
本実施形態の基材は、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。例えば、上記基材は、超硬合金(例えば、炭化タングステン(WC)基超硬合金、WCの他にCoを含む超硬合金、WCの他にCr、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加した超硬合金等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム等)、立方晶型窒化硼素焼結体(cBN焼結体)及びダイヤモンド焼結体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましく、超硬合金、サーメット及びcBN焼結体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含むことがより好ましい。
【0025】
なお、基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素又はη相と呼ばれる異常相を含んでいても本実施形態の効果は示される。なお、本実施形態で用いる基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合には表面硬化層が形成されていてもよく、このように表面が改質されていても本実施形態の効果は示される。
【0026】
表面被覆切削工具が、刃先交換型切削チップ(フライス加工用刃先交換型切削チップ等)である場合、基材は、チップブレーカーを有するものも、有さないものも含まれる。刃先の稜線部分の形状は、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与した形状)、ネガランド(面取りをした形状)、ホーニングとネガランドを組み合わせた形状の中で、いずれの形状も含まれる。
【0027】
<被膜>
本実施形態に係る「被膜」は、上記基材の少なくとも一部(例えば、切削加工時に被削材と接する部分)を被覆することで、切削工具における耐欠損性、耐摩耗性等の諸特性を向上させる作用を有するものである。上記被膜は、上記基材の全面を被覆してもよい。なお、上記基材の一部が上記被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。
【0028】
上記被膜は、その厚さが0.1μm以上10μm以下であることが好ましく、0.3μm以上10μm以下であることがより好ましく、0.5μm以上10μm以下であることが更に好ましく、1μm以上6μm以下であることが更により好ましく、1.5μm以上4μm以下であることが特に好ましい。上記厚さが0.1μm未満である場合、耐摩耗性が低下する傾向がある。上記厚さが10μmを超えると、断続加工において被膜と基材との間に大きな応力が加わった際に被膜の剥離又は破壊が高頻度に発生する傾向がある。ここで、被膜の厚さとは、後述するWC1−x層、硬質被膜層及び下地層等の被膜を構成する層それぞれの厚さの総和を意味する。上記被膜の厚さは、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルにおける任意の3点を測定し、測定された3点の厚さの平均値をとることで求めることが可能である。後述するWC1−x層、硬質被膜層(第一単位層、第二単位層)及び下地層それぞれの厚さを測定する場合も同様である。透過型電子顕微鏡としては、例えば、日本電子株式会社製の球面収差補正装置、JEM−2100F(商品名)が挙げられる。
【0029】
(WC1−x層)
上記被膜は、WC1−xで示される化合物からなるWC1−x層を含む。「WC1−xで示される化合物」(以下、「WC1−x」と表記する場合がある。)とは、タングステン元素(W)の元素比を1とした場合、炭素元素(C)の元素比が1−xである炭化タングステンを意味する。上記WC1−x層は、本実施形態に係る表面被覆切削工具が奏する効果を損なわない範囲において、不可避不純物が含まれていてもよい。上記不可避不純物の含有割合は、WC1−x層の全質量に対して0質量%以上0.2質量%以下であることが好ましい。後述する「硬質被膜層」及び「他の層」の表記についても同様に、本実施形態に係る表面被覆切削工具が奏する効果を損なわない範囲において、不可避不純物が含まれていてもよい。
【0030】
上記xは、0.54以上0.58以下であり、0.55以上0.57以下であることが好ましく、0.56以上0.569以下であることがより好ましい。上記xが0.54未満であると、WC1−xの結晶粒界に遊離炭素が析出し強度が低下する傾向がある。また上記xが0.58を超えると、当該結晶粒界の強度が低下する傾向がある。そのため、xが上述の範囲外であると亀裂進展を抑制できず靱性が低くなる傾向がある。このような傾向は、結晶の均質性と歪みのバランスが適切ではないために起こると本発明者らは推測している。
【0031】
上記xは、WC1−x層において基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、この断面サンプルに現われた結晶粒に対して走査型電子顕微鏡(SEM)又はTEMに付帯のエネルギー分散型X線分析(EDX:Energy Dispersive X−ray spectroscopy)装置を用いて分析することにより、求めることが可能である。具体的には、上記断面サンプルのWC1−x層における任意の3点それぞれを測定して上記xの値を求め、求められた3点の値の平均値を上記断面サンプルのWC1−x層におけるxとする。ここで当該「任意の3点」は、WC1−x層中の任意の30nm×30nmの領域を3か所選択するものとする。上記EDX装置としては、例えば、日本電子株式会社製のシリコンドリフト検出器、JED−2200(商品名)が挙げられる。
【0032】
上記WC1−xで示される化合物は、六方晶型の結晶構造を含む。上記WC1−xで示される化合物が六方晶型の結晶構造を含むことは、例えば、上述のWC1−x層における任意の3点に対してX線回折測定(XRD測定)を行い分析することで確認できる。例えば、上記WC1−xで示される化合物が六方晶型の結晶構造を含む場合、XRD測定において、(102)面等の結晶面に由来するピークが観測される。上記X線回折測定に用いる装置としては、たとえば、株式会社リガク製の「SmartLab」(商品名)、パナリティカル製の「X’pert」(商品名)等が挙げられる。
【0033】
図2は、本実施形態の一態様における表面被覆切削工具の模式断面図である。図2に示すように、上記WC1−x層12は、上記基材11に接していることが好ましい。言い換えると、上記WC1−x層12は、上記基材11の直上に設けられていることが好ましい。
【0034】
上記WC1−x層は、遊離炭素を含まないことが好ましい。ここで「遊離炭素を含まない」との記載には、上記WC1−x層に遊離炭素が一切含まないものだけでなく、遊離炭素が検出限界未満となるものも含まれる。「遊離炭素」とは、WC1−xの構成元素にならずに単体として存在する炭素を意味する。遊離炭素としては、例えば、グラファイト、煤等の炭素−炭素二重結合を含む炭素の単体が挙げられる。遊離炭素の有無は、例えば、X線光電子分光法(XPS法)を用いてWC1−x層の表面の任意の3点における炭素−炭素二重結合の有無(XPS C1sにおけるC=Cピークの有無)を調べることで確認できる。ここで、上記WC1−x層が最表面に設けられている場合、自然酸化層をArスパッタ等で除去してから測定を行うものとする。上記WC1−x層が最表面でない場合は、Arスパッタ等で上記WC1−x層を露出させてから測定を行うものとする。XPS法に用いられる装置としては、例えば、アルバック・ファイ株式会社製のVersa Probe III(商品名)が挙げられる。
【0035】
上記WC1−x層は、その膜硬度が3700mgf/μm以上4500mgf/μm以下であることが好ましく、3800mgf/μm以上4300mgf/μm以下であることがより好ましい。上記膜硬度は、ナノインデンターで測定することが可能である。具体的には、まず上記WC1−x層の表面における任意の10点それぞれを測定して上記膜硬度を求める。その後、求められた10点の膜硬度の平均値を上記断面サンプルのWC1−x層における膜硬度とする。ここで、上記WC1−x層が最表面でない場合は、機械研磨等で上記WC1−x層を露出させてからナノインデンターで測定を行うものとする。ナノインデンターとしては、例えば、株式会社エリオニクス製のENT1100(商品名)が挙げられる。
【0036】
上記WC1−x層は、その厚さが0.3μm以上7μm以下であることが好ましく、0.5μm以上3μm以下であることがより好ましい。
【0037】
(硬質被膜層)
上記被膜は、上記WC1−x層の上に形成されている硬質被膜層を更に含むことが好ましい。上記硬質被膜層は、上記WC1−x層とは組成が異なる第一単位層を少なくとも含むことが好ましい。
ここで「上記WC1−x層の上に形成されている」とは、上記WC1−x層の上側(基材から離れる側)に硬質被膜層が設けられていればよく、互いに接触していることを要しない。言い換えると、上記WC1−x層と、硬質被膜層との間に他の層が設けられていてもよい。また、図3に示すように上記硬質被膜層13は、上記WC1−x層12の直上に設けられていてもよい。上記硬質被膜層は、最外層(表面層)であってもよい。
【0038】
(第一単位層)
上記第一単位層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、又は上記元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物からなることが好ましい。上記第一単位層は、Cr、Al、Ti及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素又は、上記元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物からなることがより好ましい。周期表4族元素としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)等が挙げられる。周期表5族元素としては、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)等が挙げられる。周期表6族元素としては、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)等が挙げられる。
【0039】
上記第一単位層に含まれる化合物としては、例えば、TiAlN、TiAlSiN、TiCrSiN、TiAlCrSiN、AlCrN、AlCrO、AlCrSiN、TiZrN、TiAlMoN、TiAlNbN、TiSiN、AlCrTaN、AlTiVN、TiB、TiCrHfN、CrSiWN、TiAlCN、TiSiCN、AlZrON、AlCrCN、AlHfN、CrSiBON、TiAlWN、AlCrMoCN、TiAlBN、TiAlCrSiBCNO、ZrN及びZrCN等が挙げられる。
【0040】
上記硬質被膜層が上記第一単位層のみからなる場合(例えば、図3の場合)、上記第一単位層(すなわち、上記硬質被膜層)は、その厚さが0.1μm以上10μm以下であることが好ましく、0.5μm以上7μm以下であることがより好ましい。
【0041】
(第二単位層)
上記硬質被膜層は、上記WC1−x層及び上記第一単位層とは組成が異なる第二単位層を更に含むことが好ましい。上記第二単位層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、又は上記元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物からなることが好ましく、Cr、Al、Ti及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素又は、上記元素の少なくとも1種と、炭素、窒素、酸素及びホウ素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物からなることがより好ましい。周期表4族元素、5族元素及び6族元素それぞれの具体例としては、上述した各元素が挙げられる。
【0042】
上記第二単位層に含まれる化合物としては、例えば、上記(第一単位層)の欄において、例示した化合物等が挙げられる。
【0043】
さらに、上記第一単位層及び上記第二単位層は、それぞれが交互に1層以上積層された多層構造を形成していることが好ましい。すなわち、図4に示すように、硬質被膜層13は、第一単位層131及び第二単位層132からなる多層構造を含むことが好ましい。ここで上記多層構造は、上記第一単位層又は上記第二単位層のいずれの層から積層を開始してもよい。すなわち、上記多層構造における上記WC1−x層側の界面は、上記第一単位層又は上記第二単位層のどちらで構成されていてもよい。また、上記多層構造における上記WC1−x層側と反対側の界面は、上記第一単位層又は上記第二単位層のどちらで構成されていてもよい。
【0044】
上記硬質被膜層が上記多層構造を含む場合、上記硬質被膜層は、その厚さが0.1μm以上10μm以下であることが好ましく、0.5μm以上7μm以下であることがより好ましい。
【0045】
上記硬質被膜層が上記多層構造を含む場合、上記第一単位層は、その厚さが1nm以上100nm以下であることが好ましく、2nm以上25nm以下であることがより好ましい。さらに上記第二単位層は、その厚さが1nm以上100nm以下であることが好ましく、2nm以上25nm以下であることがより好ましい。本実施形態の一態様において、上記硬質被膜層が上記多層構造を含む場合、上記第一単位層は、その厚さが1nm以上100nm以下であり、且つ上記第二単位層は、その厚さが1nm以上100nm以下であることが好ましい。ここで、「第一単位層の厚さ」とは、上記第一単位層の1層あたりの厚さを意味する。「第二単位層の厚さ」とは、上記第二単位層の1層あたりの厚さを意味する。
【0046】
また、当該多層構造の積層数は、上記硬質被膜層全体の厚さが上記範囲内となる限り、上記第一単位層、上記第二単位層をそれぞれ1層ずつ積層させる態様が含まれるとともに、好ましくは両層をそれぞれ20〜2500層ずつ積層させたものとすることができる。
【0047】
(他の層)
本実施形態の効果を損なわない範囲において、上記被膜は、他の層を更に含んでいてもよい。上記他の層は、上記WC1−x層及び上記硬質被膜層とは組成が異なっていてもよいし、同じであってもよい。他の層としては、例えば、TiN層、TiWCN層等を挙げることができる。なお、その積層の順も特に限定されない。例えば、上記他の層としては、上記基材と上記WC1−x層との間に設けられている下地層、上記WC1−x層と上記硬質被膜層との間に設けられている中間層、上記硬質被膜層の上に設けられている表面層等が挙げられる。下地層等の上記他の層の厚さは、本実施形態の効果を損なわない範囲において、特に制限はないが例えば、0.1μm以上2μm以下が挙げられる。
【0048】
≪表面被覆切削工具の製造方法≫
本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法は、基材準備工程と、WC1−x層被覆工程とを含む。以下、各工程について説明する。
【0049】
<基材準備工程>
基材準備工程では、上記基材を準備する。上記基材としては、上述したようにこの種の基材として従来公知のものであればいずれの基材も使用することができる。例えば、上記基材が超硬合金からなる場合、まず所定の配合組成(質量%)からなる原料粉末を市販のアトライターを用いて均一に混合する。続いてこの混合粉末を所定の形状(例えば、SEET13T3AGSN、CNMG120408NUX等)に加圧成形する。その後、所定の焼結炉において1300〜1500℃以下で、上述の加圧成形した混合粉末を1〜2時間焼結することにより、超硬合金からなる上記基材を得ることができる。また、基材は、市販品をそのまま用いてもよい。市販品としては、例えば、住友電工ハードメタル株式会社製のEH520(商品名)が挙げられる。
【0050】
<WC1−x層被覆工程>
WC1−x層被覆工程では、上記基材の表面の少なくとも一部をWC1−x層で被覆する。ここで、「基材の表面の少なくとも一部」には、切削加工時に被削材と接する部分が含まれる。
【0051】
上記基材の少なくとも一部をWC1−x層で被覆する方法としては、特に制限されないが、例えば、物理蒸着法(PVD法)によってWC1−x層を形成することが挙げられる。
【0052】
上記物理蒸着法としては、従来公知の物理蒸着法を特に限定することなく用いることができる。このような物理蒸着法としては、例えばスパッタリング法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、電子イオンビーム蒸着法等を挙げることができる。特に原料元素のイオン率が高いカソードアークイオンプレーティング法又はスパッタリング法を用いると、被膜を形成する前に基材表面に対して金属又はガスイオンボンバードメント処理が可能となるため、被膜と基材との密着性が格段に向上するので好ましい。
【0053】
アークイオンプレーティング法によりWC1−x層を形成する場合、例えば以下のような条件を挙げることができる。すなわち、まずWCターゲット(例えば、組成がWCであってC量が3〜6.1質量%である焼結ターゲット又は溶成ターゲット)を装置内のアーク式蒸発源にセットし、基板(基材)温度を400〜550℃及び該装置内のガス圧を1〜3.5Paに設定する。上記ガスとしては、例えばアルゴンガスを導入する。そして、基板(負)バイアス電圧を10〜700V且つDC又はパルスDC(周波数10〜300kHz)に維持したまま、カソード電極に80〜150Aのアーク電流を供給し、アーク式蒸発源から金属イオン等を発生させることによりWC1−x層を形成することができる。このとき、WC1−x層の形成初期(膜厚が0.2μm以下の範囲)に基材温度を400〜450℃とし、且つ低周波数10〜35kHzのバイアスと高周波数200〜300kHzのバイアスとを0.5〜2分間隔で交互に印加することが好ましい。アークイオンプレーティング法に用いる装置としては、例えば、株式会社神戸製鋼所製のAIP(商品名)が挙げられる。
【0054】
<硬質被膜層被覆工程>
本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法は、上記WC1−x層被覆工程の後に硬質被膜層被覆工程を更に含むことが好ましい。硬質被膜層の形成方法は、特に制限なく、従来の方法を用いることが可能である。具体的には、例えば、上述したPVD法によって硬質被膜層を形成することが挙げられる。
【0055】
<その他の工程>
本実施形態に係る製造方法では、上述した工程の他にも、基材と上記WC1−x層との間に下地層を形成する下地層被覆工程、上記WC1−x層と上記硬質被膜層との間に中間層を形成する中間層被覆工程、上記硬質被膜層の上に表面層を形成する表面層被覆工程及び表面処理する工程等を適宜行ってもよい。上述の下地層、中間層及び表面層等の他の層を形成する場合、従来の方法によって他の層を形成してもよい。具体的には、例えば、上述したPVD法によって上記他の層を形成することが挙げられる。表面処理をする工程としては、例えば、弾性材にダイヤモンド粉末を担持させたメディアを用いた表面処理等が挙げられる。上記表面処理を行う装置としては、例えば、株式会社不二製作所製のシリウスZ等が挙げられる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0057】
≪表面被覆切削工具の作製≫
<基材準備工程>
まず、基材準備工程として、JIS規格K10超硬(形状:JIS規格SEET13T3AGSN)を基材として準備した。次に、上記基材をアークイオンプレーティング装置(株式会社神戸製鋼所製、商品名:AIP)の所定の位置にセットした。
【0058】
<WC1−x層被覆工程>
WC1−x層被覆工程として、アークイオンプレーティング法により上記基材の上にWC1−x層を形成した。具体的には以下の方法で行った。まずWCターゲット(組成がWCであってC量が3〜6.1質量%である焼結ターゲット又は溶成ターゲット)をアークイオンプレーティング装置のアーク式蒸発源にセットした。次に、基材温度を400〜550℃及び該装置内のガス圧を1.0〜3.5Paに設定した。上記ガスとしては、アルゴンガスを導入した。そして、基材(負)バイアス電圧を10〜700V且つDC又はパルスDC(周波数10〜300kHz)に維持したまま、カソード電極に80〜150Aのアーク電流を供給した。アーク電流の供給でアーク式蒸発源から金属イオン等を発生させることによりWC1−x層を形成した。ここで、WC1−x層の形成初期(膜厚が0.2μm以下の範囲)では、基材温度を400〜450℃とし、且つ低周波数10〜35kHzのバイアスと高周波数200〜300kHzのバイアスとを0.5〜2分間隔で交互に印加した。
【0059】
<下地層被覆工程>
基材とWC1−x層との間に下地層を設けた試料(実施例19、比較例1)については、WC1−x層被覆工程を行う前に以下の手順にて、基材の上に下地層を形成した。まず表1に記載の下地層の組成の欄における金属組成を含むターゲット(焼結ターゲット又は溶成ターゲット)をアークイオンプレーティング装置のアーク式蒸発源にセットした。次に、基材温度を400〜650℃及び該装置内のガス圧を0.8〜5Paに設定した。反応ガスとしては、窒化物の下地層の場合は窒素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを導入した。炭窒化物の下地層の場合は、反応ガスとしては窒素ガスとメタンガスとアルゴンガスとの混合ガスを導入した。その後、カソード電極に80〜150Aのアーク電流を供給した。アーク電流の供給でアーク式蒸発源から金属イオン等を発生させることによって、表1に記載の厚さまで下地層を形成した。
【0060】
<硬質被膜層被覆工程>
また、WC1−x層の上に硬質被膜層を設けた試料(実施例10〜16及び18)については、WC1−x層被覆工程を行った後に以下の手順にて、WC1−x層の上に硬質被膜層を形成し、本実施形態に係る表面被覆切削工具を作製した。まず表1に記載の硬質被膜層の組成の欄における金属組成を含むターゲット(焼結ターゲット又は溶成ターゲット)をアークイオンプレーティング装置のアーク式蒸発源にセットした。次に、基材温度を500〜650℃及び該装置内のガス圧を0.8〜5.0Paに設定した。反応ガスとしては、窒化物の硬質被膜層の場合は窒素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを導入した。炭窒化物の硬質被膜層の場合は、反応ガスとしては窒素ガスとメタンガスとアルゴンガスとの混合ガスを導入した。酸化物の硬質被膜層の場合は、反応ガスとしては酸素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを導入した。その後、カソード電極に80〜150Aのアーク電流を供給した。アーク電流の供給でアーク式蒸発源から金属イオン等を発生させることによって、表1に記載の厚さまで硬質被膜層を形成した。なお、多層構造の硬質被膜層を形成する場合は、表1において左側に記載されているものから順に第一単位層、第二単位層として目的の厚さになるまで繰り返して積層した。
【0061】
≪切削工具の特性評価≫
上述のようにして作製した試料(実施例1〜19及び比較例1〜3)の切削工具を用いて、以下のように、切削工具の各特性を評価した。
【0062】
WC1−x層の組成xは、基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを用いて、TEMに付帯のEDX装置(日本電子株式会社製シリコンドリフト検出器、商品名:JED−2200)によって、以下の条件で測定した。具体的には、まず上記断面サンプルのWC1−x層における任意の3点それぞれを測定して上記組成xの値を求めた。その後、求められた3点の値の平均値を上記断面サンプルのWC1−x層における組成xとした。ここで当該「任意の3点」は、WC1−x層中の任意の30nm×30nmの領域を3か所選択した。結果を表1に示す。
EDX法の測定条件
加速電圧 :200kV
プローブ電流 :0.29nA
プローブサイズ :0.2nm
【0063】
WC1−x層におけるWC1−xの結晶構造は、X線回折測定(XRD測定)用装置(パナリティカル製、商品名:X’pert)を用いて、以下の条件で上述のWC1−x層における任意の3点を測定することで行った。結果を表1に示す。表1中、「六方晶」という表記は、六方晶のWC1−xが含まれていて、立方晶のWC1−xが含まれていなかったことを示す。表1中、「六方晶+立方晶」という表記は、WC1−x層中に六方晶のWC1−xと立方晶のWC1−xとがそれぞれ35質量%及び65質量%の割合で混在していたことを示す。
XRD法の測定条件
走査軸 :2θ−θ
X線源 :Cu−Kα線(1.541862Å)
検出器 :0次元検出器(シンチレーションカウンタ)
管電圧 :45kV
管電流 :40mA
入射光学系 :ミラーの利用
受光光学系 :アナライザ結晶(PW3098/27)の利用
ステップ :0.03°
積算時間 :2秒
スキャン範囲(2θ) :10°〜120°
【0064】
WC1−x層における遊離炭素の有無は、XPS法に用いられる装置(アルバック・ファイ株式会社製、商品名:Versa Probe III)を用いて、上記WC1−x層の表面の任意の3点における炭素−炭素二重結合の有無を調べることで求めた。なお、上記WC1−x層が最表面に設けられている場合、自然酸化層をArスパッタで除去してから上述の測定を行った。また、上記WC1−x層が最表面でない場合は、Arスパッタで上記WC1−x層を露出させてから測定を行った。結果を表1に示す。表1中、「遊離炭素」の欄における「無」との表記は、WC1−x層中に遊離炭素が含まれていないことを示し、「有」との表記は、WC1−x層中に遊離炭素が含まれていること示す。
XPS法の測定条件
使用X線源 :mono−AlKα線 (hν=1486.6eV)
検出深さ :1nm〜10nm
X線ビーム径 :約100μmφ
中和銃 :デュアルタイプ使用
Ar :加速電圧 4kV
ラスターサイズ:1×1mm
スパッタ速度(Ar):SiOスパッタ換算値 28.3nm/min
【0065】
WC1−x層の膜硬度は、ナノインデンター(株式会社エリオニクス製、商品名:ENT1100)を用いて、以下の条件で測定した。このとき、まず上記WC1−x層の表面における任意の10点それぞれを測定して上記膜硬度を求めた。その後、求められた10点の膜硬度の平均値を上記WC1−x層における膜硬度とした。なお、上記WC1−x層が最表面でない場合は、機械研磨等で上記WC1−x層を露出させてからナノインデンターで測定を行った。結果を表1に示す。
ナノインデンターの測定条件
圧子 : バーコビッチ
荷重 : 1gf
負荷時間: 10000msec
保持時間: 2000msec
除荷時間: 10000msec
【0066】
WC1−x層、下地層、硬質被膜層(第一単位層、第二単位層)及び被膜の厚さは、以下のようにして求めた。まず透過型電子顕微鏡(TEM)(日本電子株式会社製、商品名:JEM−2100F)を用いて、基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルにおける任意の3点を測定した。その後、測定された3点の厚さの平均値をとることで求めた。結果を表1に示す。表1中、「下地層」及び「硬質被膜層」における「−」との表記は、該当する層が被膜中に存在しないことを示す。また、「硬質被膜層」における「TiAlSiN(8nm)/TiSiN(4nm)多層構造(2.0μm)」等の表記は、硬質被膜層が、厚さ8nmのTiAlSiN層(第一単位層)と厚さ4nmのTiSiN層(第二単位層)とを上下交互に167層ずつ積層した多層構造(合計厚み2.0μm)により形成されていることを示している。
【0067】
【表1】
【0068】
≪切削試験≫
<耐欠損性試験>
上述のようにして作製した試料(実施例1〜19、比較例1〜3)の切削工具を用いて、以下の切削条件により切削工具が欠損するまでの切削時間を測定し、当該切削工具の耐欠損性を評価した。その結果を表2に示す。切削時間が長いほど耐欠損性に優れる切削工具として評価することができる。
【0069】
(耐欠損性試験(正面フライス加工試験)の切削条件)
被削材(材質):Ti−6Al−4V
速度 :V40m/min
送り :0.1mm/刃
切り込み :ad4mm、ae10mm
【0070】
【表2】
【0071】
上記切削試験の結果から、実施例1〜19の切削工具は、比較例1〜3の切削工具に比べて、耐欠損性に優れており、工具寿命も長いことが分かった。このことから、実施例1〜19の切削工具は、負荷の高い高速、高能率加工の用途に向いていることが示唆された。
【0072】
以上のように本発明の実施形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態および各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0073】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0074】
1 すくい面、 2 逃げ面、 3 刃先稜線部、 10 表面被覆切削工具、 11 基材、 12 WC1−x層、 13 硬質被膜層、 131 第一単位層、 132 第二単位層。
図1
図2
図3
図4