(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、特許文献1〜5等において、人の上体の中で背部の体表面に生じる振動を生体信号測定装置により検出し、人の状態を解析する技術を提案している。人の上体背部から検出される心臓と大動脈の運動から生じる音・振動情報は、心臓と大動脈の運動から生じる圧力振動であり、心室の収縮期及び拡張期の情報と、循環の補助ポンプとなる血管壁の弾力情報及び反射波の情報を含んでいる。すなわち、心臓と大動脈の運動から背部表面に生じる1Hz近傍の背部体表脈波(Aortic Pulse Wave(APW))を含む振動や、心拍に伴って背部側に伝わる音(「疑似心音」(本明細書では胸部側から採取される心臓の音である心音に対して、背部側で採取される心臓の音を「疑似心音」とする))の情報を含んでいる。そして、心拍変動に伴う信号波形は交感神経系及び副交感神経系の神経活動情報を含み、大動脈の揺動に伴う信号波形は交感神経活動の情報を含んでいる。
【0003】
特許文献1では、採取した生体信号(音・振動情報)から抽出した1Hz近傍の背部体表脈波(APW)の時系列波形に所定の時間幅を適用してスライド計算を行って周波数傾きの時系列波形を求め、その変化の傾向から、例えば、振幅が増幅傾向にあるか、減衰傾向にあるかなどによって生体状態の推定を行っている。また、生体信号を周波数解析し、予め定めたULF帯域(極低周波帯域)からVLF帯域(超低周波帯域)に属する機能調整信号、疲労受容信号及び活動調整信号に相当する各周波数のパワースペクトルを求め、各パワースペクトルの時系列変化から人の状態を判定することも開示している。疲労受容信号は、通常の活動状態における疲労の進行度合いを示すため、これに併せて、機能調整信号や活動調整信号のパワースペクトルの優勢度合いを比較することにより、人の状態(交感神経優位の状態、副交感神経優位の状態など)を判定することができる。また、これら3つの信号に相当する周波数成分のパワースペクトルの値の合計を100とした際の各周波成分の分布率を時系列に求め、その分布率の時系列変化を利用して人の状態を判定することも開示している。
【0004】
特許文献2では、生体状態の定量化手法として、生体状態を体調マップ及び感覚マップとして表示する技術を提案している。これは、上記したAPWを周波数分析し、対象となる解析区間について、解析波形を両対数軸表示に表し、その解析波形を低周波帯域、中周波帯域、高周波帯域に分け、区分けした解析波形の傾きと、全体の解析波形の形とから一定の基準に基づいて解析波形の点数化を行い、それを座標軸にプロットしたものである。体調マップは、自律神経系の制御の様子を交感神経と副交感神経のバランスとして見たものであり、感覚マップは、体調マップに心拍変動の変化の様子を重畳させたものである。
【0005】
特許文献3〜5では、恒常性維持機能レベルを判定する手段を開示している。恒常性維持機能レベル判定する手段は、周波数傾き時系列波形の微分波形の正負、周波数傾き時系列波形を積分した積分波形の正負、ゼロクロス法を利用した周波数傾き時系列波形とピーク検出法を利用した周波数傾き時系列波形をそれぞれ絶対値処理して得られた各周波数傾き時系列波形の絶対値等のうち、少なくとも1つ以上を用いて判定する。これらの組み合わせにより、恒常性維持機能のレベルがいずれに該当するかを求める。例えば、周波数傾きと積分値を用いて、所定以上の場合に「恒常性維持機能レベル1」と判定し、あるいは、微分値が所定位置以下であって、かつ、2つの絶対値のうちの「ピーク優位」の場合に「恒常性維持機能レベル4」と判定するように設定できる。これらの組み合わせ、判定の際の閾値等は多数の被験者のデータを統計処理して決定している。
【0006】
非特許文献1では、指尖容積脈波情報に関し、交感神経の情報を反映するパワー値の周波数傾き時系列波形を求め、それを絶対値処理した積分値を疲労度として時系列にプロットし、これにより疲労曲線を描き、筋疲労を捉える技術が開示されている。非特許文献2では、エアパックセンサを用いて人の背部から取得した生体信号を同様の手法で演算処理して疲労曲線を描き、筋疲労を捉える技術が開示されている。すなわち、交感神経の情報を反映したパワー値の周波数傾き時系列波形(APWの場合にはゼロクロス法による周波数傾き時系列波形)を用いることによって筋疲労の状態を把握することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記した技術は、いずれも、生体調節機能に関してゆらぎに起因して変動する各要素を分析して人の状態を判定するものであり、入眠予兆現象、切迫睡眠現象、覚低走行状態、恒常性維持機能レベル、初期疲労状態、気分判定など、様々な生体状態を捉えることができる点で優れている。その一方、脳波は、睡眠段階などの人の状態を推定するものとして信頼性の高い指標であるが、脳波計を装着することが必要であり、測定に手間がかかる。
【0010】
本発明はかかる点に鑑みなされたものであり、脳波計により測定される脳波以外の生体指標を用いながら、脳波の状態並びに脳波によって特定される生体状態を推定するのに適する生体状態推定装置、生体状態推定方法、コンピュータプログラム及び記録媒体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明の生体状態推定装置は、
生体信号を用いて生体状態を推定する生体状態推定装置であって、
前記生体信号の時系列データから、周波数の時系列変動を求めると共に、前記周波数の時系列変動の所定時間範囲における傾きを求め、前記傾きの時系列変動を周波数傾き時系列波形として求める周波数傾き時系列波形演算手段と、
前記周波数傾き時系列波形を所定時間範囲毎に周波数解析する周波数解析手段と、
前記周波数解析手段により所定時間範囲毎に得られる周波数解析の出力結果を、予め設定されている前記周波数解析の出力結果と生体状態別の脳波の出力結果との対応データと比較し、前記周波数解析の出力結果の時系列変化によって、前記脳波の状態及び脳波によって特定される生体状態の時系列変化を推定する推定手段と、
を有することを特徴とする。
【0012】
前記周波数解析手段は、前記周波数解析結果を、周波数とパワースペクトル密度との両対数グラフ及び線形グラフの少なくとも一方のグラフで出力し、
前記推定手段は、前記両対数グラフ及び線形グラフの少なくとも一方で示される出力結果を用いて、前記脳波との対応データと比較して前記脳波の状態及び脳波によって特定される生体状態を推定する構成とすることが好ましい。
【0013】
前記推定手段は、前記周波数解析手段により求められる周波数解析の出力結果として前記両対数グラフを用いる場合、前記両対数グラフに示される解析波形の近似線が、
1/fに近い場合は、脳波の分布率において、θ波がα波よりも優位で、かつ、θ波が所定以上及びα波が所定以下である「睡眠状態」と推定し、1/f
2に近い場合は、α波又はβ波がθ波と同じ又は優位で、かつ、β波の分布率がθ波の分布率と対比して同じ又は優位である「覚醒状態でありながら眠気が強く抵抗している状態」と推定するように設定されていることが好ましい。
前記推定手段は、前記周波数解析手段により求められる周波数解析の出力結果として前記線形グラフを用いる場合、前記線形グラフの卓越周波数の位置又はその振幅を用いて推定することが好ましい。
【0014】
また、本発明のコンピュータプログラムは、
生体状態推定装置としてのコンピュータに、
生体信号測定装置により測定した人の生体信号を分析し、生体状態を推定する生体状態推定手順を実行させるコンピュータプログラムであって、
前記生体状態推定手順として、
前記生体信号の時系列データから、周波数の時系列変動を求めると共に、前記周波数の時系列変動の所定時間範囲における傾きを求め、前記傾きの時系列変動を周波数傾き時系列波形として求める周波数傾き時系列波形演算手順と、
前記周波数傾き時系列波形を所定時間範囲毎に周波数解析する周波数解析手順と、
前記周波数解析手順により所定時間範囲毎に得られる周波数解析の出力結果を、予めコンピュータに記憶されている前記周波数解析の出力結果と生体状態別の脳波の出力結果との対応データと比較し、前記周波数解析の出力結果の時系列変化によって、前記脳波の状態及び脳波によって特定される生体状態の時系列変化を推定する推定手順と
を実行させることを特徴とする。
【0015】
前記周波数解析手順は、前記周波数解析結果を、周波数とパワースペクトル密度との両対数グラフ及び線形グラフの少なくとも一方のグラフで出力し、
前記推定手順は、前記両対数グラフ及び線形グラフの少なくとも一方で示される出力結果を用いて、前記脳波との対応データと比較して前記脳波の状態及び脳波によって特定される生体状態を推定することが好ましい。
【0016】
前記推定手順は、前記周波数解析手順の実行により求められる周波数解析の出力結果として前記両対数グラフを用いる場合、前記両対数グラフに示される解析波形の近似線が、
1/fに近い場合は、脳波の分布率において、θ波がα波よりも優位で、かつ、θ波が所定以上及びα波が所定以下である「睡眠状態」と推定し、1/f
2に近い場合は、α波又はβ波がθ波と同じ又は優位で、かつ、β波の分布率がθ波の分布率と対比して同じ又は優位である「覚醒状態でありながら眠気が強く抵抗している状態」と推定することが好ましい。
前記推定手順は、前記周波数解析手順の実行により求められる周波数解析の出力結果として前記線形グラフを用いる場合、前記線形グラフの卓越周波数の位置又はその振幅を用いて推定することが好ましい。
また、本発明は、生体状態推定装置としてのコンピュータに、生体信号測定装置により測定した人の生体信号を分析し、生体状態を推定する生体状態推定手順を実行させる前記コンピュータプログラムが記録されたコンピュータ読み取り可能な記録媒体を提供する。
また、本発明の生体状態推定方法は、生体信号を用いて生体状態を推定する生体状態推定方法であって、前記生体信号の時系列データから、周波数の時系列変動を求めると共に、前記周波数の時系列変動の所定時間範囲における傾きを求め、前記傾きの時系列変動を周波数傾き時系列波形として求め、前記周波数傾き時系列波形を所定時間範囲毎に周波数解析し、前記所定時間範囲毎に得られる周波数解析の出力結果を、予め設定されている前記周波数解析の出力結果と生体状態別の脳波の出力結果との対応データと比較し、前記周波数解析の出力結果の時系列変化によって、前記脳波の状態及び脳波によって特定される生体状態の時系列変化を推定することを特徴とする。
本発明の生体状態推定方法では、前記周波数解析結果を、周波数とパワースペクトル密度との両対数グラフ及び線形グラフの少なくとも一方のグラフで出力し、前記両対数グラフ及び線形グラフの少なくとも一方で示される出力結果を用いて、前記脳波との対応データと比較して前記脳波の状態及び脳波によって特定される生体状態を推定することが好ましい。前記周波数解析の出力結果として前記両対数グラフを用いる場合、前記両対数グラフに示される解析波形の近似線が、1/fに近い場合は、脳波の分布率において、θ波がα波よりも優位で、かつ、θ波が所定以上及びα波が所定以下である「睡眠状態」と推定し、1/f
2に近い場合は、α波又はβ波がθ波と同じ又は優位で、かつ、β波の分布率がθ波の分布率と対比して同じ又は優位である「覚醒状態でありながら眠気が強く抵抗している状態」と推定することが好ましい。前記周波数解析の出力結果として前記線形グラフを用いる場合、前記線形グラフの卓越周波数の位置又はその振幅を用いて推定することが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、生体信号の周波数傾き時系列波形の周波数解析の出力結果を、予め設定されているそれらの出力結果と生体状態別の脳波の出力結果の対応データと比較する構成である。従って、脳波以外の生体指標、特に、自律神経機能を反映した生体信号を周波数傾き時系列波形の周波数解析結果を用いて、脳波の状態及び脳波によって特定される生体状態の時系列変化を推定できる。脳波計を用いる必要がないため、簡易かつ速やかに脳波並びに脳波に対応した生体状態を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1(a)は、本発明の一の実施形態において用いた背部体表脈波を測定する生体信号測定装置である生体信号測定装置の一例を示した分解図であり、
図1(b)は、その要部断面図である。
【
図2】
図2は、本発明の一の実施形態に係る生体状態推定装置の構成を模式的に示した図である。
【
図3】
図3は、周波数傾き時系列波形演算手段の演算手法を説明するための図である。
【
図4】
図4は、実験例1における被験者Aのデータであり、(a)は睡眠段階、(b)は脳波分布率(α波、β波、θ波の分布率)、(c)は心電図から算出した交感神経(LF/HF)と副交感神経(HF)の活動レベルを示したグラフである。
【
図5】
図5は、各生体信号の周波数傾き時系列波形を示し、(a)が背部体表脈波(APW)、(b)が脳波(EEG)、(c)が心音(PCG)、(d)が心電図(ECG)、(e)が指尖容積脈波(PPG)の周波数傾き時系列波形のグラフである。
【
図6】
図6は、
図5の各傾き時系列波形の解析結果を両対数グラフで出力した解析波形とその近似線を示した図である。
【
図7】
図7は、
図5の各傾き時系列波形の解析結果を線形グラフで出力した解析波形と卓越周波数を示した図である。
【
図8】
図8は、実験例1における被験者Bのデータであり、(a)は睡眠段階、(b)は脳波分布率(α波、β波、θ波の分布率)、(c)は心電図から算出した交感神経(LF/HF)と副交感神経(HF)の活動レベルを示したグラフである。
【
図9】
図9は、各生体信号の周波数傾き時系列波形を示し、(a)が背部体表脈波(APW)、(b)が脳波(EEG)、(c)が心音(PCG)、(d)が心電図(ECG)、(e)が指尖容積脈波(PPG)の周波数傾き時系列波形のグラフである。
【
図10】
図10は、
図9の各傾き時系列波形の解析結果を両対数グラフで出力した解析波形とその近似線を示した図である。
【
図11】
図11は、
図9の各傾き時系列波形の解析結果を線形グラフで出力した解析波形と卓越周波数を示した図である。
【
図12】
図12は、実験例2の被験者のAPWの周波数傾き時系列波形の解析結果を両対数グラフで出力した解析波形とその近似線を示した図である。
【
図13】
図13は、実験例2の被験者のAPWの周波数傾き時系列波形の解析結果を線形グラフで出力した解析波形と
卓越周波数を示した図である。
【
図14】
図14は、実験例2における被験者のデータの一例であり、(a)は睡眠段階、(b)は脳波分布率(α波、β波、θ波の分布率)、(c)は心電図から算出した交感神経(LF/HF)と副交感神経(HF)の活動レベルを示したグラフである。
【
図15】
図15は、
図14の各生体信号の周波数傾き時系列波形を示し、(a)が背部体表脈波(APW)、(b)が脳波(EEG)、(c)が心電図(ECG)、(d)が指尖容積脈波(PPG)の周波数傾き時系列波形のグラフである。
【
図16】
図16は、実験例2における被験者のデータの他の例であり、(a)は睡眠段階、(b)は脳波分布率(α波、β波、θ波の分布率)、(c)は心電図から算出した交感神経(LF/HF)と副交感神経(HF)の活動レベルを示したグラフである。
【
図17】
図17は、
図16の各生体信号の周波数傾き時系列波形を示し、(a)が背部体表脈波(APW)、(b)が脳波(EEG)、(c)が心電図(ECG)、(d)が指尖容積脈波(PPG)の周波数傾き時系列波形のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面に示した本発明の実施形態に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。本発明において採取する生体信号は、例えば、指尖容積脈波、心電図、心音、背部から採取される音・振動情報(以下、「背部音・振動情報」)等が挙げられる。なお、背部音・振動情報は、上記のように、人の上体背部から検出される心臓と大動脈の運動から生じる音・振動情報であり、心室の収縮期及び拡張期の情報と、血液循環の補助ポンプとなる血管壁の弾性情報及び血圧による弾性情報並びに反射波の情報を含んでいる。また、背部音・振動情報は、心拍変動に伴う信号波形は交感神経系及び副交感神経系の神経活動情報(交感神経の代償作用を含んだ副交感神経系の活動情報)を含み、大動脈の揺動に伴う信号波形は交感神経活動の情報や内分泌系の情報を含んでいるため、異なる観点から生体調節機能要素を判定するのに適している。従って、生体信号としては、背部音・振動情報を用いることが好ましい。
【0020】
生体信号を採取するための生体信号測定装置は、脳波以外の自律神経機能を反映した生体情報を得るための指尖容積脈波計、心電図、心音計等を用いることができる。背部音・振動情報の場合、例えば、圧力センサを用いることも可能であるが、好ましくは、(株)デルタツーリング製の居眠り運転警告装置(スリープバスター(登録商標))で使用されている生体信号測定装置1を用いる。
図1は生体信号測定装置1の概略構成を示したものである。この生体信号測定装置1は、乗物の運転席に組み込んで使用することができ、手指を拘束することなく生体信号を採取できる。
【0021】
背部音・振動情報を収集する生体信号測定装置1を簡単に説明すると、
図1(a),(b)に示したように、上層側から順に、第一層11、第二層12及び第三層13が積層された三層構造からなり、三次元立体編物等からなる第一層11を生体信号の検出対象である人体側に位置させて用いられる。従って、人体の体幹背部からの生体信号、特に、心室、心房、大血管の振動に伴って発生する生体音(体幹直接音ないしは生体音響信号)を含む心臓・血管系の音・振動情報(背部体表脈波(APWを含む))は、生体信号入力系である第一層11にまず伝播される。第二層12は、第一層11から伝播される生体信号、特に心臓・血管系の音・振動を共鳴現象又はうなり現象によって強調させる共鳴層として機能し、ビーズ発泡体等からなる筐体121、固有振動子の機能を果たす三次元立体編物122、膜振動を生じるフィルム123を有して構成される。第二層12内において、マイクロフォンセンサ14が配設され、音・振動情報を検出する。第三層13は、第二層12を介して第一層11の反対側に積層され、外部からの音・振動入力を低減する。
【0022】
次に、本実施形態の生体状態推定装置100の構成について
図2に基づいて説明する。生体状態推定装置100は、コンピュータ(マイクロコンピュータ等も含む)から構成され、該コンピュータを、周波数傾き時系列波形演算手段110、周波数解析手段120及び推定手段130として機能させるためのコンピュータプログラムが記憶部に設定されている。これにより、該コンピュータが、生体状態推定手順である周波数傾き時系列波形演算手順、周波数解析手順及び推定手順を実行する。
生体状態推定装置100においては、周波数傾き時系列波形演算手段110、周波数解析手段120及び推定手段130を、上記コンピュータプログラムにより所定の手順で動作する電子回路である周波数傾き時系列波形演算回路、周波数解析回路及び推定回路として構成することもできる。なお、
以下の説明において、周波数傾き時系列波形演算手段110、周波数解析手段120及び推定手段130以外で「手段」が付されて表現された構成も、電子回路部品として構成することが可能であることはもちろんである。
【0023】
なお、コンピュータプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記憶させてもよい。この記録媒体を用いれば、例えば上記コンピュータに上記プログラムをインストールすることができる。ここで、上記プログラムを記憶した記録媒体は、非一過性の記録媒体であっても良い。非一過性の記録媒体は特に限定されないが、例えば フレキシブルディスク、ハードディスク、CD−ROM、MO(光磁気ディスク)、DVD−ROM、メモリカードなどの記録媒体が挙げられる。また、通信回線を通じて上記プログラムを上記コンピュータに伝送してインストールすることも可能である。
【0024】
周波数傾き時系列波形演算手段110は、分析対象である自律神経機能への関連性の高い生体信号、例えば、上記の生体信号測定装置1のセンサ14から得られる背部音・振動情報をフィルタリング処理した1Hz近傍の背部体表脈波(APW)、指尖容積脈波計から得られる指尖容積脈波、心電図計から得られる心電図、心音計から得られる心音の各時系列波形から5秒毎の主要周波数を抽出し、周波数の時系列波形を求め、周波数の時系列波形をスライド計算して周波数傾き時系列波形を求める(
図3参照)。周波数傾き時系列波形演算手段110は、本発明者らによる上記特許文献1等に開示されているように、各生体信号の時系列波形において、正から負に切り替わる点(ゼロクロス点)を用いる手法(ゼロクロス法)と、背部体表脈波(APW)の時系列波形を平滑化微分して極大値(ピーク点)を用いて時系列波形を求める方法(ピーク検出法)の2つの方法がある。
【0025】
ゼロクロス法では、ゼロクロス点を求めたならば、それを例えば5秒毎に切り分け、その5秒間に含まれる時系列波形のゼロクロス点間の時間間隔の逆数を個別周波数fとして求め、その5秒間における個別周波数fの平均値を当該5秒間の周波数F(主要周波数)の値として採用する。そして、この5秒毎に得られる周波数Fを時系列にプロットすることにより、周波数の変動の時系列波形を求める。
【0026】
ピーク検出法では、各生体信号の上記時系列波形を、例えば、SavitzkyとGolayによる平滑化微分法により極大値を求める。次に、例えば5秒ごとに極大値を切り分け、その5秒間に含まれる時系列波形の極大値間の時間間隔の逆数を個別周波数fとして求め、その5秒間における個別周波数fの平均値を当該5秒間の周波数Fの値として採用する。そして、この5秒毎に得られる周波数Fを時系列にプロットすることにより、周波数の変動の時系列波形を求める。
【0027】
周波数傾き時系列波形演算手段110は、ゼロクロス法又はピーク検出法により求められた周波数の変動の時系列波形から、所定のオーバーラップ時間(例えば18秒)で所定の時間幅(例えば180秒)の時間窓を設定し、時間窓毎に最小二乗法により周波数の傾きを求め、その傾きの時系列波形を求めていく。このスライド計算を順次繰り返し、生体信号の周波数の傾きの時系列変化を周波数傾き時系列波形として出力する。
【0028】
生体信号のうち、上記した背部体表脈波(APW)は、中枢系である心臓の制御の様子を主として含む生体信号、すなわち、動脈の交感神経支配の様子、並びに、交感神経系と副交感神経系の出現情報を含む生体信号であり、ゼロクロス法により求めた周波数傾き時系列波形は、心臓の制御の状態により関連しており、交感神経の出現状態を反映しているが、ピーク検出法により求めた周波数傾き時系列波形は、心拍変動により関連している。従って、自律神経機能の状態をより明確に把握するためには、ゼロクロス法を用いて求めた周波数傾き時系列波形を用いることが好ましい。
なお、周波数傾き時系列波形を生体状態の把握する指標の基礎として用いるのは、本発明者による次の知見に基づく。すなわち、睡眠パターンはサーカディアンリズムとホメオスタシス、生物時計などに影響を受けることが知られている。睡眠・覚醒リズムは生物時計の振動子の支配を受けるとともに、疲労を解消して元に戻ろうとするホメオスタシスにも支配されている。同じリズムを刻もうとする振動子とホメオスタシスの相互作用、いわゆるせめぎ合いは心拍変動や呼吸・体温の変動として現れ、心拍や呼吸はそれをある状態に保つために、心拍数や呼吸数より低周波の揺らぎが作用する。また、睡眠導入のし易さは、深部体温の低下とメラトニンの分泌に影響を受ける。深部体温の低下は皮膚温の上昇につながり、さらに皮膚血管の拡張につながり、皮膚血管の拡張は皮膚血流の増加を招き、身体の深部から体表面への熱移動が生じる。すなわち、深部体温の低下、皮膚温や皮膚血流の上昇およびそれに伴う皮膚血管の拡張は、交感神経機能の低下となり、これらの諸現象は交感神経機能の低下が睡眠移行時に生ずることを示す。また、体温調整活動は0.0033〜0.04Hzの超低周波成分、VLF領域に含まれる。
心臓、血管系に生じるこれら諸現象は流体を支配する揺らぎを起因として引き起こされ、この揺らぎは周波数や振幅、基線に内在されている。そこで、本発明者が見出した、この揺らぎ成分を捉える周波数傾き時系列波形を本発明にも適用している。通常、VLF帯域の成分をFFT解析で求めるには、24〜48時間のデータが必要になる。当然リアルタイムの解析は難しい。しかし、周波数傾き時系列波形を求める手法であれば、周波数や振幅および基線の各パラメータの揺らぎの時系列波形が求められるため、すなわち、流体が変動していく様子を、各パラメータの微分値から求め、その特異点を検出して求めていくため、単位時間当りの流体のエネルギーの変化により流体の揺らぎの様子を把握できるものである。
【0029】
周波数解析手段120は、
周波数傾き時系列波形演算手段110から得られる周波数傾き時系列波形を所定時間範囲毎に周波数解析し、パワースペクトルを求める手段である。本実施形態では、周波数解析結果として、周波数とパワースペクトル密度との関係を両対数グラフで出力するか、又は、線形グラフにより出力する構成としている。
【0030】
推定手段130は、周波数解析手段120により得られる周波数解析の出力結果である解析波形(ゆらぎ波形)の時系列の変化によって、脳波の状態及び脳波によって特定される生体状態の時系列変化を推定する手段である。具体的には、生体状態推定装置100を構成するコンピュータの記憶部に、予め、周波数解析の出力結果である解析波形(ゆらぎ波形)を、脳波計により測定された脳波の出力結果に対応させた対応データを記憶させておく。推定手段130は、周波数解析手段120により周波数解析結果の出力結果が得られたならば、記憶部に記憶されている対応データと対比する。これにより、脳波の状態及び脳波の状態に対応した生体状態を推定できる。
【0031】
「脳波の状態」は、例えば、脳波分布率において、α波、β波、θ波のいずれが優位な状態となっているか等、脳波の出力結果そのものを指し、「脳波の状態に対応した生体状態」とは、例えば、α波の分布率が50%以上の場合を「覚醒状態」、θ波がα波より優位で、θ波が20%以上、α波が40%以下、好ましくはこれに合わせてβ波が40%以下の場合に「睡眠状態」、α波又はβ波が40%以下、θ波が20%以下、α波の分布率がθ波の分布率と対比して同じ又は優位、かつβ波の分布率がθ波の分布率と対比して同じ又は優位の場合に「覚醒状態でありながら眠気が強く抵抗している状態」といった脳波により判定される生体状態である。
【0032】
一方、周波数解析手段120は、上記のように、周波数解析結果を周波数とパワースペクトル密度との関係で両対数グラフ又は線形グラフにより出力するが、対応データとしては、例えば、両対数グラフで出力される場合に、その解析波形(ゆらぎ波形)の近似線との対応関係を予め設定して記憶部に記憶しておくことが好ましい。
【0033】
具体的には、近似線が、相対的に1/fに近い場合は、「θ波がα波よりも優位で、かつ、θ波が所定以上及びα波が所定以下である睡眠状態」と推定する。近似線が、相対的に1/f
2に近い場合は、α波又はβ波がθ波と同じ又は優位で、かつ、β波の分布率がθ波の分布率と対比して同じ又は優位である「覚醒状態でありながら眠気が強く抵抗している状態」と推定するように対応させる。また、脳波の分布率においてα波が所定以上でθ波が所定以下である「覚醒かつリラックスの状態」の場合には、どちらかと言えば1/fに近い傾向を示すが、上記の「睡眠状態」と「覚醒状態でありながら眠気が強く抵抗している状態」の間の傾きになる場合が多い。なお、α波、β波、θ波の分布率の数値は、上記の「脳波の状態」において例示した数値に対応させる。
【0034】
これにより、推定手段130は、周波数解析の出力結果である解析波形(ゆらぎ波形)を求めれば、この対応データを参照して、脳波の状態及び脳波の状態に対応した生体状態を推定して出力できる。なお、近似線が1/fに近いか否かは、傾きが、例えば、−0.8〜−2の範囲、1/f
2に近いか否かは、傾きが、概ね−2〜−3.5の範囲と設定する。推定手段130は、この傾きを判定していずれに近いかにより脳波の状態を推定する。但し、傾きの数値設定は個人差もあることから、個人毎に設定するようにしてもよい。
このように推定手段130は、周波数解析の出力結果である解析波形(ゆらぎ波形)を求め、その近似線の傾きを、予め記憶部に記憶させた相関データと比較して推定すればよいため、推定が容易であり、推定時において、コンピュータに大きな演算負荷がかかることがなく、速やかな演算処理を促すことができる。
【0035】
周波数解析手段120による周波数解析結果が周波数とパワースペクトル密度との関係を示す線形グラフで出力される場合には、その線形グラフの変化を、上記の脳波判定における「睡眠状態」、「覚醒状態でありながら眠気が強く抵抗している状態」、「覚醒状態」に対応させた対応データを作成し、記憶させておく。線形グラフの変化としては、パワースペクトル密度の最大ピークの周波数(本願では、「卓越周波数」という)の出現の仕方で捉えることが好ましい。出現の仕方としては、例えば、卓越周波数の位置、卓越周波数のパワースペクトル密度の大きさを挙げることができる。この場合も、卓越周波数の出現の仕方に絞ることで、推定手段130はコンピュータの演算処理に大きな負荷をかけることがない。
【0036】
(実験例1)
(実験方法)
臥位にて、覚醒から睡眠に至るまでの60分間の睡眠導入実験を行った。実験時間帯は午後2時から午後5時である。被験者は健常な男性21名(年齢27.9±2.4歳)である。計測項目は、脳波、APW、心電図、心音、指尖容積脈波である。覚醒状態と睡眠状態を捉えるために、実験開始30分間は覚醒状態の維持を被験者に義務づけ、その後はこの義務を解除して、各被験者の自由意志に任せた。
【0037】
(実験結果)
図4〜
図7は、被験者Aの実験結果を示す。
図4は、睡眠段階、脳波分布率(α波、β波、θ波の分布率)、心電図から算出した交感神経(LF/HF)と副交感神経(HF)の活動レベルを示し、これらの結果から、被験者Aは、900秒付近まで眠気のない高いレベルの覚醒状態を維持し、その後、2000秒付近まで覚醒状態でありながら眠気に抵抗する状態(眠気抵抗状態(覚醒(抵抗))を経て睡眠に移行している。
図5は、周波数傾き時系列波形演算手段110によって求められた背部体表脈波(APW)、脳波(EEG)、心音(PCG)、心電図(ECG)、指尖容積脈波(PPG)の周波数傾き時系列波形である。周波数解析手段120により、覚醒状態の時間帯、眠気に抵抗している時間帯、睡眠状態の時間帯について、
図5の各周波数傾き時系列波形を周波数解析し、生体信号別に周波数とパワースペクトル密度との関係を求めた。
図6は、解析結果を両対数グラフで出力した解析波形とその近似線を示し、
図7は、解析結果を線形グラフで出力した解析波形と卓越周波数を示している。
【0038】
図6から、まず「睡眠状態」では、脳波の近似線の傾きが−1.24であり、その他の生体信号の近似線の傾きが−1.75〜−1.99の範囲である。よって、−0.8〜−2の範囲を1/fに近似した傾きとして、脳波から判定される「睡眠状態」であるとの対応データを設定しておくことにより、推定手段130は、脳波以外の各生体信号の近似線の傾きにより脳波から推定される「睡眠状態」と同じ状態を推定できる。
【0039】
「眠気抵抗状態(覚醒(抵抗))」では、脳波の傾きが−2.38であり、−2〜−3.5の範囲で1/f
2に近似した傾きを示している。その他の生体信号の近似線も−2.09〜−2.29の範囲であり、これにより、推定手段130は、「眠気抵抗状態」を脳波と同様に判定できる。
【0040】
「(眠気のない)覚醒状態」は、脳波の傾きが−3.18であり、1/f
2に近い傾きである。その他の生体信号の傾きも、PCGを除いて、1/f
2に近似した傾きである。
図4から明らかなように、約900秒までの「覚醒状態」では、交感神経活動が優位でリラックス状態ではないため、1/f
2に近似すると判定できる傾きが出力されたものと考えられる。
【0041】
被験者Aの場合、両対数グラフの解析波形の近似線のみで、上記のように「睡眠状態」と、「眠気抵抗状態」又は「覚醒状態」とを明確に区別して推定できる。但し、「眠気抵抗状態」と「覚醒状態」の区別が明確ではない。よって、このような場合には
図7の線形グラフの解析波形を併用することが好ましい。
【0042】
図7を見ると、卓越周波数の位置が、「眠気抵抗状態」及び「覚醒状態」において0.005Hz付近に出現し、「睡眠状態」では0.0025Hz付近に出現する。よって、この卓越周波数の差により、推定手段130は、上記した
図6の両対数グラフを用いた場合と同様に、「睡眠状態」と、「眠気抵抗状態」又は「覚醒状態」とを区別して生体状態を推定できる。また、「(覚醒かつ)眠気抵抗状態」と「覚醒状態」とは、パワースペクトル密度の大きさで区別できる。脳波を含め、いずれの生体信号も「
眠気抵抗状態」の方が、パワースペクトル密度が大きい。よって、このパワースペクトル密度の大きさの差異を対応データとして記憶しておけば、推定手段130は、「眠気抵抗状態」と「覚醒状態」とを区別して推定できる。
【0043】
図8〜
図11は、被験者Bの実験結果である。
図8から、被験者Bは、500秒付近から1300秒付近まで覚醒状態でありながら眠気に抵抗する状態(眠気抵抗状態(覚醒(抵抗))で、1400秒から2200秒付近までは副交感神経活動を示すHFが優位でリラックスした覚醒状態を維持し、その後、2200秒付近から睡眠に移行している。
【0044】
図10の近似線の傾きを見ると、「睡眠状態」では、脳波の近似線の傾きが−1.07であり、その他の生体信号の近似線の傾きが−0.93〜−1.26の範囲で、1/fに近似した傾きと言える。「眠気抵抗状態(覚醒(抵抗))」では、脳波の傾きが−2.25であり、その他の生体信号の近似線も−2.31〜−2.65の範囲で、1/f
2に近似しており、これにより、推定手段130は、「眠気抵抗状態」を判定できる。
【0045】
「(リラックスした)覚醒状態」では、脳波の近似線が−1.51で、APWの近似線がこれに近似した−1.68である。よって、APWを用いると、脳波と同様に1/fに近似した傾きと判定される。但し、他の指標は−2.18〜−2.43であり、1/f
2に近似している。
【0046】
一方、
図11の線形グラフで見ると、「睡眠状態」では、いずれも、卓越周波数が0.0025Hz付近に現れる。「(リラックスした)覚醒状態」では、APW以外の指標では卓越周波数が0.0025Hz付近に現れている。「眠気抵抗状態」の場合、APW以外の指標では卓越周波数が0.005Hz付近に現れている。よって、卓越周波数は、「睡眠状態」及び「(リラックスした)覚醒状態」では多くの指標において0.0025Hz付近に出現し、「
眠気抵抗状態」では多くの指標において0.005Hz付近に出現する。
【0047】
推定手段130による推定精度を高めるためには、両対数グラフと線形グラフを併用して判定すると共に、複数の生体信号(APW、心電図、心音、指尖容積脈波)の推定結果を併用して推定することが好ましい。
【0048】
以上より、推定手段130は、
図6及び
図7又は
図10及び
図11を参照することにより、脳波を測定しなくても、自律神経に関する他の生体信号を用いて、その時系列変化を求めれば、脳波の状態及びそれに対応する生体状態の時系列変化を推定することができることがわかる。例えば、「覚醒状態」から「覚醒状態でありながら眠気に抵抗していた状態」を経て、「睡眠状態」に移行したという時系列変化を、脳波に代えて、簡易的に捉えることができる。
【0049】
次に、周波数傾き時系列波形から求めた上記の卓越周波数を用いて、睡眠状態の生体信号のリズムと眠気抵抗状態の生体信号のリズムとの差(周期変動値(Pv(Hz))と、脳波の判定結果との相関を比較した。
【0050】
周期変動値(Pv(Hz))は、次式により求めた。
Pv=Dfw−Dfs
なお、Dfw(Hz)は、「眠気抵抗状態(覚醒状態)」の卓越周波数で、Dfs(Hz)は、「睡眠状態」の卓越周波数である。
【0051】
比較に用いた対象被験者のデータは、全21名中、睡眠に至った16名の被験者のデータである。比較結果を、APW、脳波、心音、心電図、指尖容積脈波別に表1〜5に示す。
【0057】
全ての生体信号の周波数変動値と脳波による判定の比較結果は、フィッシャーの
正確確率検定において
有意確率p<0.05であった。よって、脳波と周波数の傾き時系列波形から求められる生体信号のリズムは高い相関性が示唆される。
【0058】
また、心電図から算出した交感神経(LF/HF)及び副交感神経(HF)の活動レベルと、各生体信号の
周期変動値Pvとの比較結果を表6に示す。なお、表6では、APW、心音、心電図、指尖容積脈波の結果はいずれも同じであったため一つの数値で示しているが、脳波の周期変動値との比較結果は異なっていたため、脳波の結果のみ括弧書きで示している。フィッシャーの
正確確率検定を行った結果、自律神経系で逆転がある割合は、脳波以外の生体信号の周期変動値Pvが(+)の群において、両側検定でp=0.04と有意に高く、覚醒から睡眠への状態変化に伴う自律神経活動の変動と周波数傾き時系列波形から求められる生体信号のリズム変動は連動している可能性がある。また、多くの被験者は、Dfwが0.003〜0.0045Hzの帯域にあり、Dfsは0.003Hz未満と低周波側へ移行し、覚醒時と睡眠時では異なるリズム周期を示した。0.003Hz付近の長周期領域は、体温調節、液性調節系、循環調節の働きを反映している可能性があり、それらの生理調節機能の影響が「覚醒状態でありながら眠気に抵抗している状態」と「睡眠状態」のリズムの変化として現れたと考えられる。
【0060】
(実験例2)
実験例2では、実験例1より長い90分間の睡眠導入実験を行った。被験者をリクライニングチェアに着座させ、当初30分間は座位で、30分以降はリクライニングさせて臥位に近い姿勢に変更した。脳波による状態の判定基準として次の基準を
採用した。
【0061】
・覚醒状態:脳波のα波が50%以上
・リラックス状態:副交感神経活動が亢進し、脳波のα波が増加
・覚醒状態にありながら眠気に抵抗している状態:交感神経活動が亢進し、脳波のα波が40%以下かつθ波が20%以下
・睡眠状態:睡眠段階2,3,4で、脳波のα波が40%以下かつθ波が20%以上
【0062】
図12は両対数グラフで表示された周波数解析手段120による出力結果を示し、
図13は、線形グラフで表示された周波数解析手段120による出力結果を示す。
図12及び
図13は、
図14〜
図17に示した27歳男性被験者のデータを用いたものである。
図14及び
図15のデータと、
図16及び
図17のデータとは、同じ被験者であるが、異なるタイミングで実施した90分間の睡眠導入実験のデータである。
図14及び
図15のデータは、睡眠前に、覚醒状態でありながら眠気に抵抗している状態が生じた代表例であり、
図16及び
図17のデータは、覚醒状態から、眠気に抵抗している状態が明確に生じることなく睡眠に移行した代表例である。
【0063】
図12より、覚醒(α波が
50%以上の高覚醒状態)では、近似線の傾きが−1.29であり、リラックスした覚醒状態では、1/fにより近い傾き−0.96を示している。睡眠状態も、傾き−0.97で1/fに近似している。これに対し、覚醒状態でありながら眠気に抵抗している状態では傾きが−2.50と1/f
2に近似している。よって、近似線の傾きの時系列変化を見ることで、すなわち、この事例では、−1.29、−0.96、−2.50、−0.97と変化していることから、α波が高いレベルの覚醒状態からリラックス状態、眠気への抵抗状態、睡眠状態へと変化していることを捉えることができる。
【0064】
図13は、
図12の変化を線形グラフで捉えたものである。α波が50%以上の高いレベルの覚醒状態(高覚醒)、リラックスした覚醒状態、覚醒状態でありながら眠気への抵抗状態の場合のいずれも、卓越周波数は0.005Hzに近く、睡眠状態では0.0025Hzに近いことがわかる。これにより、睡眠状態と種々の覚醒状態とを区別できる。また、覚醒状態の中で、高覚醒、リラックスした覚醒、眠気への抵抗状態を区別するために、卓越周波数のパワースペクトル密度(卓越周波数の振幅)の違いを見ればよいこともわかる。すなわち、眠気への抵抗状態のパワースペクトル密度が最も大きく、次いで、高覚醒状態、リラックスした覚醒状態となる。
【0065】
なお、本発明によれば、特に、眠気状態に至る前「覚醒状態でありながら眠気に抵抗している状態」を脳波以外のAPW等により高い精度で検出できる。従って、自動車などの乗物の運転席に搭載されるAPWを用いた生体状態推定装置に本発明を適用すれば、強い眠気を感じながら運転している状態の検出精度を上げるのに貢献できる。