(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6813929
(24)【登録日】2020年12月22日
(45)【発行日】2021年1月13日
(54)【発明の名称】撥水性表面形状の形成方法
(51)【国際特許分類】
B29C 33/38 20060101AFI20201228BHJP
C23C 8/80 20060101ALI20201228BHJP
C23C 8/38 20060101ALI20201228BHJP
C23C 8/04 20060101ALI20201228BHJP
【FI】
B29C33/38
C23C8/80
C23C8/38
C23C8/04
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-128800(P2016-128800)
(22)【出願日】2016年6月29日
(65)【公開番号】特開2018-1495(P2018-1495A)
(43)【公開日】2018年1月11日
【審査請求日】2019年6月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】599016431
【氏名又は名称】学校法人 芝浦工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】500241952
【氏名又は名称】三光ライト工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096002
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 弘之
(74)【代理人】
【識別番号】100091650
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 規之
(72)【発明者】
【氏名】相澤 龍彦
(72)【発明者】
【氏名】山口 鉄也
(72)【発明者】
【氏名】酒寄 治樹
【審査官】
今井 拓也
(56)【参考文献】
【文献】
特開2016−199781(JP,A)
【文献】
特開2003−236846(JP,A)
【文献】
特開2016−016432(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 33/38
C23C 8/04
C23C 8/38
C23C 8/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
予め作成されたCADデータに従い、金属材の表面にインクを印刷することにより、一定のピッチで多数のマイクロドットが配置されたマスクパターンを形成する工程と、
上記金属材の表面にプラズマ窒化処理を施し、マイクロドット形成部以外の部分に硬化層を形成する工程と、
上記金属材の表面にブラスト処理を施し、上記マイクロドットを除去すると共に、上記硬化層以外の部分に各マイクロドットに対応した形状の凹部を複数形成する工程と、
上記金属材を金型として用い、加工対象素材の表面に上記凹部に対応した凸部を複数形成する工程とからなり、
上記金型の温度を、加工対象素材の形成とは独立して制御することを特徴とする撥水性表面形状の形成方法。
【請求項2】
上記凸部間のピッチが10μm均一であり、
かつ、上記の各凸部の径に関して、ピッチの10%以下の偏差が設けられていることを特徴とする請求項1に記載した撥水性表面形状の形成方法。
【請求項3】
上記凸部のPV値が、透過させる光の波長の1/2、1/3、1/5の何れかに設定されていることを特徴とする請求項1または2に記載した撥水性表面形状の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、撥水性表面形状の形成方法に係り、特にプラスチックやガラスの表面に高い撥水性を付与する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
製品表面への撥水性の付与は、フッ素コーティングがその代表である。これによれば簡易に表面特性を変化できるが、経年変化・安定性に難があることに加え、フッ素など環境負荷物質の使用が制限あるいは規制されている製品には使用が難しい。
【0003】
一方、非特許文献1のように、製品表面にナノピラーを形成することで、超撥水性を発現することが報告され、特殊な物質・材料を利用せずに製品表面・界面を撥水・超撥水化する方向が注目されている。
また、非特許文献2及び3のように、フェムト秒レーザー加工による金属表面への撥水性パターンの形成も報告されている。
ただし、これらの文献において「超撥水化」と断定しているが、その接触角度は110〜130度程度であり、離水性実現の報告はない。
【0004】
【非特許文献1】ナノ構造制御により親水性表面を超撥水表面へ インターネットURL:http://www.aist.go.jp/Portals/0/resource_images/aist_j/aistinfo/aist_today/vol06_01/vol06_01_p26_27.pdf 検索日:2016年6月27日
【非特許文献2】表面の微細周期構造で撥水性を付与する金型-ロータス効果 インターネットURL:https://www.shingi.jst.go.jp/past_abst/abst/p/10/1053/iwate1.pdf 検索日:2016年6月27日
【非特許文献3】フェムト秒レーザーによる超撥水表面の創製 インターネットURL:http://www.amada-f.or.jp/r_report2/kkr/27/AF-2011203.pdf 検索日:2016年6月27日
【0005】
撥水(「超撥水」を含む/以下同じ)化した製品では、水をはじくため、表面がぬれずに利用できる。このため、自動車のフロント用窓ガラスあるいはプラスチックパネルの表面に撥水性を付与することで、ワイパーや水滴除去を必要としない窓・スクリーンが利用できる。加えて、屋外に設置されるガラス製品・プラスチック製品は、雨水をはじくことで、表面の汚れ・どろなどの付着物を除去する効果も期待される。
さらに、この撥水性と光透過性とを両立することで、光スクリーン・光学レンズに代表される光学製品の表面を、化学的な処理・フィルム接着なしに、水滴付着によるくもりを防止し、よごれなどの付着を低減することができる。
【0006】
レーザー加工あるいはプラズマプリンティングにより、金型表面に所定の接触角度を有する撥水面が創成できても、その形状特性と機能特性が製品形状の造形と同時に製品表面・界面に転写できるかは、不明である。報告例もきわめて少ない。特にプラスチックやガラスの表面・界面への撥水構造の転写事例は、ほとんどない。
これは、射出成形やダイレクトプレス成形などの成形過程で、金型表面上に形成されたマイクロテクスチュアが再現せず、撥水化が実現できないためと推察される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明は、従来の上記問題を解決するために案出されたものであり、プラスチックやガラス製品の表面に、撥水性を発揮できる微細なパターン形状をより効果的に転写する技術の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するため、請求項1に記載した撥水性表面形状の形成方法は、予め作成されたCADデータに従い、金属材の表面にインクを印刷することにより、一定のピッチで多数のマイクロドットが配置されたマスクパターンを形成する工程と、上記金属材の表面にプラズマ窒化処理を施し、マイクロドット形成部以外の部分に硬化層を形成する工程と、上記金属材の表面にブラスト処理を施し、上記マイクロドットを除去すると共に、上記硬化層以外の部分に各マイクロドットに対応した形状の凹部を複数形成する工程と、上記金属材を金型として用い、加工対象素材の表面に上記凹部に対応した凸部を複数形成する工程とからなり、上記金型の温度を、加工対象素材の形成とは独立して制御することを特徴としている。
【0009】
請求項2に記載した撥水性表面形状の形成方法は、請求項1を前提としつつ、さらに上記凸部間のピッチが、50μm均一、好ましくは20μm均一、より好ましくは10μm均一であり、かつ、上記の各凸部の径に関して、ピッチの50%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下の偏差が設けられていることを特徴としている。
【0010】
請求項3に記載した撥水性表面形状の形成方法は、請求項1または2を前提としつつ、さらに上記凸部のPV値が、透過させる光の波長の1/2、好ましくは1/3、より好ましくは1/5に設定されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
この発明に係る撥水性表面形状の形成方法の場合、インクジェット・プリンティングやドット・プリンティング等の一般的な印刷技術を用いてインクを金属材(ステンレス鋼等)の表面に印刷することにより、微細加工用のマスクパターンが形成されるため、比較的作成が容易なCADデータを事前に準備すれば足り、その作成に膨大な時間を要するCAMデータを準備する必要がない。
このCADデータを編集することにより、最終的な凸部の寸法やピッチ、相互間の径の偏差等を自由に調整可能となる。
【0012】
また、金属材の表面に硬化層を部分的に形成しておき、これにブラスト処理を施すことにより、硬化層以外の部分を一律に除去・掘削するものであるため、個別に凹部を形成する従来の加工方法に比べて、遙かに効率的な加工が実現できる。
この結果、作業時間を大幅に短縮化することができる。特殊な切削工具を必要としない点でも、この微細加工方法は優れている。
【0013】
この微細加工方法を用いることにより、表面に微細な凹部を備えた金型を形成することができる。
この金型の温度を、加工対象素材の形成とは独立して制御することにより、例えばプラスチック成形品の射出成形時に、その表面に微細な凸部の集合体としての加工パターン(マイクロテクスチュア)を効率的に形成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
この発明においては、撥水性微細ドットパターンのCADデータを用い、金属型材(ステンレス鋼材、工具鋼、チタンおよびチタン合金材、アルミおよびアルミ合金材)の表面に、微細ドットパターンを2次元描画する。
【0015】
次に、描画部以外の金型表面部位(非描画部)を低温プラズマ窒化し、その部分のみに窒素原子を侵入、拡散させ、初期の描画パターンを型内部へと展開する。
非描画部分は、低温プラズマ処理で達成する深さ(窒化影響層厚さ)まで、窒素原子が固溶し、内部まで選択的に高硬度化する。
描画部は、低温プラズマ処理前と変化なく、金属型材と同程度の硬さを維持する。
非描画部と描画部の境界は、窒化影響層厚さまで、固溶した窒素分布の境界となる。
【0016】
サンドブラスト法により、描画部のみを選択的に除去することで、非描画部と描画部との境界が、金型に新たに形成するマイクロテクスチュアの側面になる。
また初期描画部以外もサンドブラスト法により研磨されるため、低温プラズマ処理による金型表面のよごれ、むらも除去され、射出成形等に必要な金型表面性状が担保される。
【0017】
当該技術は、射出成型用金型表面に、設計したマイクロテクスチュアの2次元パターンを描画し、非描画部のみを硬化させ、描画部を除去することで、設計したマイクロテクスチュアの3次元ネガパターン(凹部)を作成する。
【0018】
射出成形用金型に上記の金型を型駒として挿入し、射出成形プロセスにて、プラスチック製品の所定の表面部位に、上記の金型上に形成した凹部に対応する凸部を成形することで、プラスチック製品の表面・界面上に、設計したマイクロテクスチュアを再現する。
【0019】
さらに設計マイクロテクスチュアの形状寸法設計を反映して、接触角度などの表面特性も制御することもできる。
【実施例】
【0020】
まず
図1(a)に示すように、インクジェット・プリンティングやドット・プリンティング技術により、SUS420等よりなる型素材10の表面に、CADで設計したマイクロドット(高精度ドット形状)12を多数印刷する。
このマイクロドット12は、例えば直径50μm以下の超微細な円形よりなり、相互に一定の間隔をおいてマトリクス状に配置されている。
【0021】
この印刷に用いるインクは、例えば、黒色インク成分と有機プライマーとの混合物を使用する。好ましくは、表1に示す無機材粒子・無機溶剤を含めたインクとする。より好ましくは、表1に示す無機材粒子・無機溶剤を含めたインクを印刷後に、焼成・調湿する。
【表1】
【0022】
つぎに、上記型素材10の表面に対し、
図1(b)に示すように、低温高密度プラズマ窒化処理を施す。
この際、マイクロドット12がマスクとして機能するため、同図(c)に示すように、未プリント部位14の表面のみが選択的に高濃度窒素固溶化され、硬化層16が形成される。
【0023】
図2は、この発明に係るRF−DC低温プラズマ窒化装置20の構造を示す模式図であり、真空チャンバ22と、その内部に配置されたDCバイアス24と、このDCバイアス24上に載置された型素材10と、DCバイアス24内に装着されたヒータ28と、一対のRF電極30と、真空チャンバ22の外部に配置された出力2MHzのRF発振器32とを備えている。
図示は省略したが、真空チャンバ22の外部には、RF発振器32の制御装置と、DCバイアスの制御装置と、冷却装置が設置されている。
【0024】
この真空チャンバ22の給気口(図示省略)から原料となるN
2とH
2の混合ガスを内部に導入し、RF電極30, 30間に高周波を印加すると同時にDCバイアス用電圧を印加し、さらにヒータ28に給電して真空チャンバ22内を摂氏450度以下に加熱すると、混合ガスがプラズマ化し、
図3に示すように、高密度の窒素イオン及びNHラディカルが発生し、窒素原子が型素材10の表面に浸透する。
【0025】
この装置20の場合、RFプラズマとDCプラズマとを独立に制御できるため、20Pa〜1kPaの広い高圧力範囲(メゾ圧力領域)で窒化を行うことができる。
このメゾ圧力範囲での窒素イオン、NHラディカルの密度は、10
17m
−3以上(好ましくは5×10
17m
−3以上、より好ましくは10
18m
−3)であり、その高窒素イオン・高NHラディカル状態で窒化を行うため、低い保持温度でも型素材10中に窒素原子を溶質原子として投入できる。
また、従来のプラズマ装置と異なり、入出力パワーのマッチングを周波数領域で行うため、投入エネルギーは無駄なく、迅速にプラズマに投入される。この結果、型素材10の表面にムラなく安定的に窒素を固溶させることができる。
以上の処理を所定時間継続すると、型素材10の表面に窒素が高濃度で固溶される。
【0026】
つぎに、
図4(a)に示すように、型素材10の表面に砂等の研磨材40を吹き付けるサンドブラスト処理を施すことにより、マイクロドット12を除去すると共に、高濃度窒素固溶化がなされていない型素材10の表面に対する掘削を行う。
この結果、同図(b)に示すように、硬化層16以外の箇所に円筒状の微細凹部(マイクロホール)42が多数形成された金型44が得られる。
【0027】
つぎに、この金型44を用いて、プラスチック製品またはガラス製品の表面にマイクロテクスチュアを転写する。
プラスチック製品あるいはガラス製品表面上への、物理的な撥水構造をマイクロテクスチュアで形成する事例は少ない。
射出成形プロセスでは、撥水化を具現化する上で、局所のプラスチック流動を制御することは難しいため、マイクロテクスチュアを施した型駒側の工夫により、転写性の改善を行う。
【0028】
すなわち、
図5に示すIH加熱機能を備えたCNCサーボプレス装置50を用いて、マイクロテクスチュアを付与した上型52の表面のみを、2MHz発振のIHコイル54で加熱することで、プラスチック素材56全体の流動と分離して、マイクロテクスチュアの転写性を高精度に制御することができる。
【0029】
この射出成形用の型駒表面には、低空間周期のマイクロドットパターン(微細凹部)が形成されており、それをポリプロピエレン製品の表面に転写成形した。
図6及び
図7に、転写成形パターン像を示す。各微細凸部間のピッチは、46μm一定であった。
ここで重要な因子は、各微細凸部の径の平均値であり、ここでは平均25μmであった。また、各微細凸部の直径には17〜32μmのばらつきが生じている。
すなわち、微細凸部間のピッチで決定される空間周波数は一定であるが、各微細凸部の径の偏差により、空間周波数にも偏差が生じている。
【0030】
射出成形で転写した微細凸部の、純水に対する接触角度を測定した。
図6の微細凸部形成面に対する水滴の接触角度は、
図8に示すように81度であった。
表2に示すように、同一のピッチ、つまり空間周波数であっても、微細凸部の径の偏差が大きいほど、接触角度は撥水側に大きくなることがわかる。
【表2】
【0031】
より微細なマイクロテクスチュア転写成形を行うため、モールドプレス装置にて、型表面のマイクロパターン転写成形を行った。
モールドプレスの場合、原理的に転写する型表面近傍のみを加熱しているので、製品全体の造形とは独立して、撥水面を高精度で転写できる。
微細凸部間のピッチは10μmで一定とし、微細凸部の径の偏差を最大で1μmとした。
図9に、PMMA(アクリル樹脂)上に転写成形された微細凸部の構造を示す。
【0032】
また、
図8と同様に、微細凸部形成面の純水に対する接触角度を測定した。
図10に示すように、水滴の接触角度は114度まで撥水側に増大し、均一ピッチとした微細凸部形成面では、各微細凸部の径の偏差が大きいほど、撥水性が向上することがわかった。
【0033】
製品表面の撥水化と共に光透過性を実現するには、マイクロテクスチュア構造の山谷の振幅、すなわち微細凸部のPV(Peak to Valley)値を、通過させる光の波長の1/2、好ましくは1/3、より好ましくは1/5とすればよい。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図2】RF−DC低温プラズマ窒化装置の構造を示す模式図である。
【
図3】窒素原子が加工対象物の表面に浸透する様子を示す概念図である。
【
図5】IH加熱機能を備えたCNCサーボプレス装置の構造を示す概念図である。
【
図8】マイクロテクスチュア形成面における水滴の接触角度を示す電子顕微鏡写真である。
【
図9】PMMA上に転写成形したマイクロテクスチュアの微細構造を示す顕微鏡写真である。
【
図10】
図9のマイクロテクスチュア形成面における水滴の接触角度を示す電子顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0035】
10 型素材
12 マイクロドット
14 未プリント部位
16 硬化層
20 低温プラズマ窒化装置
22 真空チャンバ
24 DCバイアス
28 ヒータ
30 RF電極
32 RF発振器
40 研磨材
42 凹部
44 金型
50 サーボプレス装置
52 上型
54 IHコイル
56 プラスチック素材