【実施例】
【0031】
《概要》
リング精紡機のリングまたはトラベラに用いられる鋼材(基材)上に形成した種々のクロムめっきの耐摩耗性を、非液潤滑下(ドライ状態)で行うボールオンディスク摩擦試験により評価した(基礎試験)。その結果を踏まえて、各クロムめっきによりフランジ表面が被覆されたリングとトラベラを装着したリング精紡機(単に「実機」という。)を用いて、それぞれのリングとトラベラの耐摩耗性を評価した(実機試験)。これらの詳細を示しつつ、本発明をより具体的に説明する。
【0032】
[基礎試験]
《試料の製造》
(1)基材
リング精紡機のリングまたはトラベラに用いられる軸受鋼(JIS SUJ2)を基材としたディスク(φ30mm×厚さ3mm)とボール(φ6mm)を用意した。クロムめっきするディスクの被処理面は、鏡面仕上げにより表面粗さをRa0.08μmとした。また、ボールの表面粗さは0.08μmRzjisとした。また、そのボールの表面硬さはHV800であった。
【0033】
(2)クロムめっき
ディスクの片面(表面粗さ:Ra0.08μm)にクロムめっきした。クロムめっきは高速浴を使用して、電気めっきにより行った。高速浴の液組成(特に有機酸)とその液温(めっき温度)を制御して、膜組成(H量、C量等)や膜構造が異なる種々のクロムめっき(膜)を、基材表面に形成した。特に、H量を比較的多く含むクロムめっきは、液温を低めに調整して成膜した。この際、日本金属学会誌 第68巻 第8号(2004)552-557の記載を参考にした。ちなみに、いずれの試料も、クロムめっきの膜厚は10〜15μmとした。膜厚は、後述する摺動試験後の摩耗痕をCMS社製Calotestで測定して特定した。
【0034】
(3)膜組成
各試料に係るクロムめっきの組成は、株式会社堀場製作所社製 マーカス型高周波グロー放電発光表面分析装置 GD-Profiler2を用いてGD−OESにより特定した。その一例として、試料1に係る分析結果を
図2に示した。膜組成は、各元素量(率)が安定している領域(評価範囲)の平均値として求めた。具体的にいうと、検出されたCrを基準とし、その発光強度に対する検出されたH、C、Oの発光強度の比を算出した。こうして求めた各試料に係る膜組成を表1にまとめて示した。
【0035】
(4)膜硬さ
各試料に係るクロムめっきの硬さをマイクロビッカース硬度計により測定した。なお、荷重は300g以下で測定した。こうして求めた各試料に係る膜硬さも表1に併せて示した。
【0036】
(5)膜構造
各試料に係るクロムめっきをXRDにより分析した。これにより得られた各プロフィルの一部を
図3に示した。各プロフィルから求めた各試料に係る(222)の半値幅と(200)/(222)の面積比も表1に併せて示した。
【0037】
なお、XRDは、CuKαの特性X線(波長:λ=1.5418Å)を用いて行った。また、半値幅およびピーク面積比は、XRDにより得られたプロフィルを画像解析して算出した。画像解析には、XRD装置(株式会社リガク社製 Ultima IV)に付属している画像処理ソフト(MDI社製 JADE 9.3)を利用し、凝フォークト関数によるピークフィッティング解析を行い算出した。
【0038】
《摺動試験》
各試料に係るクロムめっきを施したディスク上でボールを摺動させるボールオンディスク試験(単に「摺動試験」という。)を行った。摺動条件は、試験荷重:2N(ヘルツ面圧:210MPa)、すべり速度:0.2m/s、試験時間:50分(摺動距離:600m相当)、摺動環境:大気中の無潤滑状態(非液潤滑状態)とした。一部の試料について、摺動試験後のディスク(クロムめっき)とボールの摺動面を
図4に示した。また、各試料について、摺動試験後の摩耗深さをレーザ顕微鏡により測定した。なお、摩耗深さは、非摺動面(クロムめっきの平滑面)から測定した摩耗痕の最深部までの距離とした。
【0039】
《評価》
(1)クロムめっきの耐摩耗性
図4から明らかなように、試料1に係るクロムめっきは、試料C1や試料C2に係るクロムめっきに対して、摩耗深さが1/3〜1/2程度にまで低減した。また、相手材側(ボール側)の摩耗痕径も、試料1の方が試料C1や試料C2よりも小さくなった。従って、試料1に係るクロムめっきは、それ自身が耐摩耗性に優れると共に、相手材への攻撃性も低く、摺動特性に優れることが明らかとなった。
【0040】
(2)クロムめっきの硬さ
表1に示した各試料について、クロムめっきの硬さとその摩耗深さの関係を
図5に示した。
図5から明らかなように、硬さが十分でも摩耗深さが大きい試料(例えば、試料C2、試料C3)が存在している。従って、クロムめっきの耐摩耗性は、必ずしも硬さのみに依存している訳ではないといえる。但し、摩耗深さが小さい試料1〜4のクロムめっきは、いずれも十分な硬さを有していた。
【0041】
(3)クロムめっきの組成
表1に示した各試料について、クロムめっきの膜組成(Cr量で正規化した組成)とその摩耗深さの関係を
図6A〜
図6C(これらを併せて単に「
図6」という。)に示した。
図6から明らかなように、クロムめっきの耐摩耗性は、クロムめっき中に含まれ得る元素の中で、H量による影響が大きいことがわかった。特に
図6Aから明らかなように、Hが高濃度なクロムめっきは、耐摩耗性に優れることが明らかとなった。
【0042】
また、
図6Bから明らかなように、クロムめっき中に含まれるC量が多くなるほど、概して、その耐摩耗性は向上する傾向が観られた。但し、試料C3のように、C量が多くても摩耗深さが大きい試料も存在していることから、クロムめっきの耐摩耗性に及ぼすCの影響は副次的であると考えられる。つまり、H量が多くてC量も多いクロムめっきは、耐摩耗性に優れると推察される。
【0043】
一方、
図6Cから明らかなように、各試料間で、クロムめっき中に含まれるO量に大差はないにもかかわらず、摩耗深さは大きく異なった。従って、クロムめっきの耐摩耗性にOは殆ど影響を及ぼしていないと推察される。
【0044】
(4)クロムめっきの構造
先ず、
図3から明らかなように、摩耗深さが小さい試料1のクロムめっきでは、(222)に加えて(200)についても、大きいピーク強度が観察された。逆に、摩耗深さが大きい試料C1では、(200)に係るピークが殆ど検出されず、(222)面への強い配向性が認められた。このような傾向は試料C3でも、ほぼ同様であった。また、
図3から明らかなように、試料1は試料C1や試料C3よりも、(222)に係るピークがブロードで半値幅が大きかった。
【0045】
そこで、表1に示した各試料について、(222)に係るピークの半値幅と摩耗深さの関係を
図7に、(200)と(222)に係るピークに基づく面積比と摩耗深さの関係を
図8に、それぞれ示した。
【0046】
図7から明らかなように、(222)の半値幅が大きい試料ほど、摩耗深さも小さいことが明らかとなった。つまり、その半値幅が大きいクロムめっきほど、耐摩耗性に優れることがわかった。
【0047】
なお、シェラーの式(Scherrer's equation)を用いて、半値幅から各試料の結晶子(単結晶とみなせる最大の集まり)のサイズを求めると、例えば、試料1:49Å、試料C1:81Åとなる。これを踏まえると、微結晶化したクロムめっきほど、耐摩耗性に優れるともいえる。
【0048】
さらに、
図8から明らかなように、(200)/(222)の面積比が大きくなるほど、摩耗深さも小さくなることが明らかとなった。その面積比が大きくなるほど、クロムめっきの(222)に係る配向性が弱くなること、すなわち、クロムめっきの低配向化を示す。従って、
図8から、低配向化したクロムめっきほど、耐摩耗性に優れる傾向にあるともいえる。
【0049】
以上から明らかなように、H含有量が多く、微結晶化および低配向化したクロムめっきほど、耐摩耗性に優れると共に、摺動相手への攻撃性も低く、摺動特性に優れることがわかった。
【0050】
[実機試験]
(1)試験条件
上述した各試料に係るクロムめっきを施したリングとトラベラを組み込んだリング精紡機(株式会社豊田自動織機製 RX240)を用いて実機試験を行った。リングおよびトラベラの概略は
図1に示した通りである。なお、リングのフランジ部分を被覆したクロムめっきの膜厚は10μm以上とした。また、実機は、ドライ環境下で、最高回転速度:21000rpmとして運転した。
【0051】
(2)試験結果
各リングの摩耗深さの時間変化を
図9に示した。試料2のクロムめっきを施したリングは、運転時間が0.7年を経過しても、摩耗深さが0.1μm以下であり、非常に優れた耐摩耗性を発現した。一方、試料C1と試料C2のクロムめっきを施したリングは、運転時間が0.7年を経過した時点で、それぞれの摩耗深さが2μm超と1.3μmとなった。
【0052】
また、各試料に係るリングと組合わせたトラベラの寿命比を
図10に示した。寿命比は、試料C1に係るリングを用いたときのトラベラの寿命を基準とした。試料2のクロムめっきを施したリングを用いた場合、トラベラも大幅に長寿命化することが明らかとなった。
【0053】
以上から、本発明に係るクロムめっきが施されたリングを用いると、リングのみならずトラベラの耐摩耗性の向上、ひいてはそれらの長寿命化を図れることが明らかとなった。