(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施の形態について詳述する。
【0030】
[第1の実施の形態]
図1を参照して、本発明の第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法について説明する。
図1は、第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法を示すフローチャートである。
【0031】
第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法は、油圧システムの動特性に影響を与える物理量を推定対象パラメータとして推定するものである。第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法は、油圧システムの動特性を示す方程式を設定する工程(ステップS10)と、油圧システムの状態量と推定対象パラメータとを含む状態ベクトルを設定する工程(ステップS11)と、状態ベクトルを用いて、油圧システムの状態方程式と観測方程式を設定する工程(ステップS12)と、ベイズ推定に基づく状態推定手法を状態方程式に適用して、状態ベクトルを推定することにより、推定対象パラメータを推定する工程(ステップS13)とを備える。
【0032】
このようなパラメータ推定手法は、例えば、制御CPUやシミュレータによって実行される。制御CPUは、例えば、実機システムを制御する。
【0033】
第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法は、例えば、
図2に示す油圧システム10に適用して、油圧システム10の作動油の体積弾性率Kを推定対象パラメータとして推定するために用いられる。なお、第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法が適用される油圧システムは、
図2に示す油圧システム10に限定されるものではない。また、第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法によって推定される推定対象パラメータは、油圧システム10の作動油の体積弾性率Kに限定されない。
【0034】
図2を参照して、第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法が適用される油圧システム10について説明する。
図2は、油圧システム10を示す回路図である。
【0035】
油圧システム10は、スプール式の方向流量制御弁14のスプール変位xvを制御入力とし、油圧シリンダ16の動作を制御するものである。油圧システム10は、油圧ポンプ12と、方向流量制御弁14と、油圧シリンダ16と、作動油タンク18と、リリーフ弁20とを備える。
【0036】
油圧ポンプ12は、作動油を吐出する。方向流量制御弁14は、油圧ポンプ12から油圧シリンダ16に供給される作動油の方向及び流量を変化させる。油圧シリンダ16は、油圧ポンプ12が吐出する作動油(つまり、油圧ポンプ12から供給される作動油)によって駆動される。作動油タンク18は、油圧ポンプ12から吐出される作動油を貯留する。リリーフ弁20は、油圧ポンプ12から吐出される作動油の圧力が所定の圧力を超えないように、開閉動作を行う。油圧ポンプ12と方向流量制御弁14とは、配管22によって接続されている。方向流量制御弁14と油圧シリンダ16のシリンダヘッド側の液室とは、配管24によって接続されている。油圧シリンダ16のロッド側の液室と方向流量制御弁14とは、配管26によって接続されている。
【0037】
再び、
図1を参照しながら、第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法の各工程について説明する。
【0038】
先ず、ステップS10において、油圧システム10の動特性を示す方程式を設定する。油圧システム10の動特性は、以下に示す方程式によって表される。
【0040】
ここで、mは油圧シリンダ16及び負荷対象の質量を示し、x
cはシリンダ位置(油圧シリンダ16内でのシリンダヘッドの位置)を示し、A
hは油圧シリンダ16のシリンダヘッド側の液室161の断面積を示し、A
rは油圧シリンダ16のロッド側の液室162の断面積を示し、P
pは配管22内の圧力を示し、P
hは配管24内の圧力を示し、P
rは配管26内の圧力を示し、P
tは作動油タンク18内の圧力を示し、Kは作動油の体積弾性率を示し、V
pは配管22の容積を示し、V
hは配管24の容積を示し、V
rは配管26の容積を示し、lは油圧シリンダ16の全長を示す。Q
pは油圧ポンプ12から吐出される油量を示し、Q
hinは方向流量制御弁14を通過して油圧シリンダ16の液室161へ流入する油量を示し、Q
houtは油圧シリンダ16の液室161から排出されて方向流量制御弁14を通過する油量を示し、Q
rinは方向流量制御弁14を通過して油圧シリンダ16の液室162へ流入する油量を示し、Q
routは油圧シリンダ16の液室162から排出されて方向流量制御弁14を通過する油量を示し、Q
pRはリリーフ弁20を通過する油量を示す。
【0041】
Q
p、Q
hin、Q
hout、Q
rin、Q
rout、Q
pRは、以下に示す方程式によって表される。
【0043】
ここで、f
hin(x
v)はA
hinとx
vとの関係を示す任意の関数であり、f
hout(x
v)はA
houtとx
vとの関係を示す任意の関数であり、f
rin(x
v)はA
rinとx
vとの関係を示す任意の関数であり、f
rout(x
v)はA
routとx
vとの関係を示す任意の関数であり、f
pR(P
p−P
t)は、A
pRとP
p−P
tとの関係を示す任意の関数である。また、Cは縮流係数を示し、ρは作動油の密度を示し、A
hinは方向流量制御弁14において作動油が液室161に向かって流れる流路での開口面積を示し、A
houtは方向流量制御弁14において液室161からの作動油が流れる流路での開口面積を示し、A
rinは方向流量制御弁14において作動油が液室162に向かって流れる流路での開口面積を示し、A
routは方向流量制御弁14において液室162からの作動油が流れる流路での開口面積を示し、A
pRはリリーフ弁20の開口面積を示し、x
vは方向流量制御弁14のスプール位置を示す。
【0044】
油圧システム10の動特性を示す方程式を設定した後、ステップS11において、油圧システム10の状態量と推定対象パラメータとを含む状態ベクトルを設定する。
【0045】
油圧システム10の状態量は、圧力P
p、圧力P
h、圧力P
r、スプール位置x
c及びスプール速度x
cである。また、前述のとおり、推定対象パラメータは、体積弾性率Kである。油圧システム10の状態ベクトルxは、以下のように表される。
【0047】
油圧システム10の状態ベクトルxを設定した後、ステップS12において、状態ベクトルxを用いて、油圧システム10の状態方程式と観測方程式を設定する。
【0048】
油圧システム10の状態方程式は、非線形である。油圧システム10の状態方程式は、以下のように表される。
【0050】
つまり、油圧システム10の状態方程式は、1階の微分方程式の形で表される。
【0051】
なお、上記状態方程式におけるv∈R
6×1は、平均ベクトルが0∈R
6×1であり、分散共分散行列がQ∈R
6×6である白色雑音ベクトルを表す。つまり、上記状態方程式は、雑音項を含む。
【0052】
ここで、圧力センサや位置センサにより、油圧システム10の状態量のうち、圧力P
p、圧力P
h、圧力P
r及びスプール位置x
cが観測可能であるとする。このとき、油圧システム10の観測方程式は、以下のように表される。
【0054】
なお、上記観測方程式におけるw∈R
4×4は、平均ベクトルが0∈R
4×4であり、分散共分散行列がR∈R
4×4である白色雑音ベクトルを表す。
【0055】
油圧システム10の状態方程式と観測方程式を設定した後、ステップS13において、ベイズ推定に基づく状態推定手法としてのUnscentedカルマンフィルタ(つまり、非線形の状態推定手法)を状態方程式に適用して、状態ベクトルxを推定することにより、推定対象パラメータとしての作動油の体積弾性率Kを推定する。
【0056】
[第1の実施の形態での推定に用いる条件]
以下、本実施の形態での推定に用いる条件について説明する。また、当該条件を用いて推定した結果についても説明する。
【0057】
本実施の形態で用いる物理定数を、以下の表1に示す。
【0059】
また、本実施の形態で用いるf
hin(x
v)、f
hout(x
v)、f
rin(x
v)及びf
rout(x
v)を、
図3に示す。f
hin(x
v)とf
rout(x
v)は、それぞれ、スプール位置x
vが負である場合は、開口面積がゼロであり、スプール位置x
vが正である場合は、スプール位置x
vが大きくなるに従って、開口面積が大きくなる。f
rin(x
v)とf
hout(x
v)は、それぞれ、スプール位置x
vが負である場合は、スプール位置x
vの絶対値が小さくなるに従って、開口面積が小さくなり、スプール位置x
vが正である場合は、開口面積がゼロである。油圧システム10への入力として、方向流量制御弁14のスプール位置x
vを、
図4に示すように与える。
【0060】
作動油の体積弾性率Kの時間変化f
Kは、ゼロであってもよいし、正の値(例えば、50)であってもよい。作動油の体積弾性率Kの時間変化f
Kがゼロである場合、作動油の体積弾性率Kが定数であると仮定した推定が行われる。一方、作動油の体積弾性率Kの時間変化f
Kが正の値である場合、作動油の体積弾性率Kは変動パラメータとなり、モデル化誤差を模擬することができる。なお、本実施の形態では、作動油の体積弾性率Kの時間変化f
Kを50にしている。
【0061】
このような条件の下で、作動油の体積弾性率Kを推定し、
図5〜
図10に示すような結果を得た。
【0062】
図5に示すように、推定を開始してから0.1秒以内に、作動油の体積弾性率Kの推定値が、初期値(500MPa)から真値(1500MPa)付近に移動していることが確認できる。作動油の体積弾性率K及びシリンダ速度が直接計測されていないにも関わらず、これらの数値を推定できていることが判る。
【0063】
また、
図5に示すように、推定モデルでは考慮されていない真値の時間変化に対して、推定値が追従できていることも確認できる。これにより、状態方程式にモデル化誤差が含まれていても、雑音ベクトルvの分散共分散行列Qを適切に設定することで実用的な推定が実現されていることが判る。
【0064】
また、本実施の形態では、推定値の標準偏差を指標として、推定の信頼度を評価することができる。
図5では、油流の状態に応じて推定値の標準偏差が時々刻々変化しており、推定誤差を考慮に入れた制御器を設計する際の定量的な指標として利用できる。
【0065】
また、
図6〜
図10に示すように、作動油の体積弾性率Kの推定のみならず、雑音ベクトルwの分散共分散行列Rを適切に設定することにより、雑音の入った測定値から状態ベクトルxの真値も推定できていることが確認できる。
【0066】
[第1の実施の形態の応用例]
第1の実施の形態では、ベイズ推定に基づいた状態推定手法として、Unscentedカルマンフィルタを用いていたが、例えば、線形カルマンフィルタや拡張カルマンフィルタ、粒子フィルタ、アンサンブルカルマンフィルタ等を用いてもよい。なお、線形カルマンフィルタを用いる場合には、状態方程式は線形でなければならないが、例えば、動作範囲が限られた油圧システムであれば、その範囲内で非線形な状態方程式を線形な状態方程式に近似することにより、線形カルマンフィルタを適用することができる。また、限定的な仮定の下では、油圧システムの状態方程式を線形に表すこともできる。例えば、作動油の流れを層流であると仮定したり、油圧シリンダの代わりに、油圧モータを採用するのであれば、油圧システムの状態方程式を線形に表すことができる。
【0067】
推定対象パラメータが動的に変化する場合、当該推定対象パラメータに関する既知の特性を状態方程式に反映させてもよい。例えば、作動油の体積弾性率Kは、等温条件において、圧力に比例するので、これを状態方程式に反映させてもよい。
【0068】
状態方程式を第1原理モデリングではなく、ブラックボックスモデリングで導出し、その係数を推定するようにしてもよい。
【0069】
第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法によって得られる推定値は、油圧システムの制御に利用してもよいし、油圧システムのオペレータへ提示することにより、オペレータによる油圧システムの操作の支援及び/又はガイダンスを行うようにしてもよい。
【0070】
[第2の実施の形態]
図11を参照しながら、本発明の第2の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法について説明する。
図11は、第2の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法を示すフローチャートである。
【0071】
第2の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法は、第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法と比べて、ベイズ推定に基づく状態推定手法の代わりに、逐次推定手法を用いている点で異なる。また、状態ベクトルが推定対象パラメータのみを含む場合もあり得る点で異なる。
【0072】
第2の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法は、油圧システムの動特性を示す第1方程式を設定する工程(ステップS20)と、推定対象パラメータを含む状態ベクトルを用いた第2方程式を第1方程式から導出する工程(ステップS21)と、逐次推定手法を第2方程式に適用して、状態ベクトルを推定することにより、推定対象パラメータを推定する工程(ステップS22)とを備える。
【0073】
このようなパラメータ推定方法は、例えば、制御CPUやシミュレータによって実行される。制御CPUは、例えば、実機システムを制御する。
【0074】
ここで、ステップS20の工程は、第1の実施の形態におけるステップS10の工程と同じであるから、その詳細な説明は省略する。ステップS21及びステップS22の工程の詳細については、後述する。
【0075】
第2の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法は、第1の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法と同様に、例えば、
図2に示す油圧システム10に適用して、油圧システム10の作動油の体積弾性率Kを推定するために用いられる。なお、第2の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法が適用される油圧システムは、
図2に示す油圧システム10に限定されるものではない。また、第2の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法によって推定される推定対象パラメータは、油圧システム10の作動油の体積弾性率Kに限定されない。
【0076】
逐次推定手法は、各タイムステップでの推定値がその前のタイムステップでの推定値の関数として導出できるものであれば、特に限定されない。逐次推定手法は、逐次最小二乗法やカルマンフィルタを含む。逐次推定手法を適用することにより、計算コストを少なくすることができる。
【0078】
表2は、本実施の形態にて採用される逐次推定手法と推定対象パラメータとの組み合わせを示す。例えば、(1)の組み合わせに係る態様は、逐次最小二乗法によって作動油の体積弾性率Kを推定する場合を示す。
【0079】
以下、表2に示す(1)〜(8)の組み合わせに係る態様について説明する。なお、表2における空欄は、他の組み合わせに係る態様にて説明する逐次推定手法を適用することで実施できるため、その詳細な説明を省略していることを示しているだけであり、実施が不可能であることを意味しているのではない。例えば、(5)の組み合わせに係る態様にて説明する周波数フィルタ付の逐次最小二乗法を適用しても、作動油の体積弾性率Kを推定することができる。
【0080】
また、以下では、表2に示す(1)〜(8)の組み合わせに係る態様の推定結果についても説明する。なお、推定に用いた条件は、第1の実施の形態での条件、つまり、表1、
図3及び
図4に示すものと同じであるから、その詳細な説明は省略する。
【0081】
(1)の組み合わせに係る態様について
先ず、逐次最小二乗法によって作動油の体積弾性率Kを推定する場合について説明する。
【0082】
この場合、ステップS21において、油圧システム10の動特性を表す方程式のうち、P
p、P
h及びP
rを微分したものについての方程式を推定対象パラメータとしての作動油の体積弾性率Kに対して線形な形で離散化する。
【0083】
先ず、P
p、P
h及びP
rを微分したものについての方程式の右辺を、Kとそれ以外の項a
p、a
h、a
rの積として陽に表すと、以下のようになる。
【0085】
これらの式の左辺、つまり、P
p、P
h及びP
rを微分したものを時間区切りΔtで差分近似すると、以下のようになる。
【0087】
ここで、kは時間区切りΔtで離散化されたタイムステップを表す。K以外のパラメータは、観測可能であるとする。
【0088】
各タイムステップnの時点での上記式の両辺の二乗誤差の総和は、以下のようになる。
【0090】
このような二乗誤差の総和を最小化するK(n)を逐次最小二乗法によって導出する。これにより、ステップS22が実行される。なお、上記式において、計算開始タイムステップaは、油圧システム10の特性に応じて調整するパラメータである。
【0091】
図12は、作動油の体積弾性率Kの推定結果を示すグラフである。
図12に示すように、時間が経過するに従って、推定値が真値に近づいており、推定の精度が向上していることが判る。なお、推定値が真値に一致していないのは、P
p、P
h及びP
rを微分したものを1次のオイラー法で差分近似したことで生じる近似誤差が原因である。
【0092】
(2)の組み合わせに係る態様について
続いて、逐次最小二乗法によって作動油の体積弾性率Kと縮流係数Cを推定する場合について説明する。
【0093】
この場合、ステップS21において、油圧システム10の動特性を表す方程式のうち、P
p、P
h及びP
rを微分したものについての方程式を推定対象パラメータとしてのK及びKCに対して線形な形で離散化する。
【0094】
先ず、P
p、P
h及びP
rを微分したものについての方程式の右辺のうち、Kの項とKCの項とを陽に表すと、以下のようになる。
【0096】
これらの式の左辺、つまり、P
p、P
h及びP
rを微分したものを時間区切りΔtで差分近似すると、以下のようになる。
【0098】
ここで、kは時間区切りΔtで離散化されたタイムステップを表す。
【0099】
左辺のベクトルをy
LS(k)、右辺のベクトルをx
LS、行列をA(k)とすると、上記式は、以下のようになる。
【0101】
ここで、x
LS以外のパラメータは観測可能であるとする。
【0102】
各タイムステップnの時点での上記式の両辺の二乗誤差の総和は、以下のようになる。
【0104】
このような二乗誤差の総和を最小化するx
LS(n)を逐次最小二乗法によって導出する。その後、KCをKで除することにより、縮流係数Cを推定する。これにより、ステップS22が実行される。なお、上記式において、計算開始タイムステップaは、油圧システム10の特性に応じて調整するパラメータである。
【0105】
図13は、作動油の体積弾性率Kの推定結果を示すグラフである。
図14は、縮流係数Cの推定結果を示すグラフである。なお、
図13及び
図14では、計測値P
p、P
h、P
rにノイズがない場合の推定結果だけでなく、計測値P
p、P
h、P
rにノイズがある場合の推定結果も示している。ノイズは、計測値P
p、P
h、P
rに対して平均がゼロで標準偏差が0.04[MPa]であるホワイトノイズが加わり、且つ、計測値x
cに対して平均がゼロで標準偏差が10[mm]のホワイトノイズが加わったものである。
【0106】
図13に示すように、作動油の体積弾性率Kは、(1)の場合と同様に、時間が経過するに従って、推定値が真値に近づいており、推定の精度が向上していることが判る。縮流係数Cについても、
図14に示すように、正しく推定されていることが確認できる。
【0107】
これに対して、計測値にノイズがある場合は、K及びCの推定結果の精度が低下している。これは、計測値P
p、P
h、P
rに含まれるノイズがQ
p、Q
hin、Q
hout、Q
rin、Q
rout、Q
pRについての方程式中の非線形関数(平方根)を通ることで、流量の平均値にずれを生み出すことが主な原因である。推定精度の低下は、油圧システム10の動特性を示す方程式の非線形性が大きくなるほど、また、計測データの真値に対するノイズの大きさが大きくなるほど、顕著になる。計測値にノイズがある油圧システムに対しては、単純に逐次最小二乗法を適用することが好ましくないことが判る。
【0108】
(3)の組み合わせに係る態様について
続いて、計測値に含まれるノイズによる推定精度の低下を軽減するために、重み付き逐次最小二乗法によって作動油の体積弾性率Kと縮流係数Cを推定する場合について説明する。なお、この態様では、ステップS21の工程は、(2)の組み合わせに係る態様と同じである。
【0109】
この態様では、以下に示す二乗誤差の重み付き総和を最小化するx
LS(n)を導出する。その後、KCをKで除することにより、縮流係数Cを推定する。これにより、ステップS22が実行される。
【0111】
ここで、W(k)はタイムステップkにおける重み行列であり、計測値の信頼度等、既知の性質に応じて設定される。計測値の真値に対するノイズの大きさが大きくなるほど、推定の精度が顕著に低下することから、計測値の絶対値が大きいほど、重みを大きくして、その計測値に対する信頼度を上げるような推定を行う。W(k)は、例えば、以下のように設定される。
【0113】
ここで、α
p、α
h、α
rは、重みの大きさを調整するチューニングパラメータである。なお、W(k)の設定はこれに限定されない。
【0114】
図15は、作動油の体積弾性率Kの推定結果を示すグラフである。
図16は、縮流係数Cの推定結果を示すグラフである。
図13及び
図14と比べて、計測値にノイズが含まれているにも関わらず、推定精度が向上していることが判る。
【0115】
(4)の組み合わせに係る態様について
続いて、計測値に含まれるノイズによる推定精度の低下を軽減するために、重み付き逐次最小二乗法によって作動油の体積弾性率Kと縮流係数Cを推定する場合について説明する。(4)の組み合わせに係る態様では、(3)の組み合わせに係る態様と比べて、重み行列W(k)が異なっている。この重み行列W(k)は、1タイムステップにおける圧力の変化が大きいほど、重みが小さくなるように、設定されている。つまり、圧力の変化が油圧システム10の動作として想定される値よりも大きい場合、その計測値をノイズとみなし、推定への寄与を低減させる。重み行列W(k)は、例えば、以下のように設定される。
【0117】
ここで、αは、想定変化量を調整するチューニングパラメータである。なお、W(k)の設定はこれに限定されない。
【0118】
図17は、作動油の体積弾性率Kの推定結果を示すグラフである。
図18は、縮流係数Cの推定結果を示すグラフである。
図13及び
図14と比べて、計測値にノイズが含まれているにも関わらず、推定精度が向上していることが判る。
【0119】
(5)の組み合わせに係る態様について
続いて、計測値に含まれるノイズによる推定精度の低下を軽減するために、周波数フィルタと逐次最小二乗法によって作動油の体積弾性率Kと縮流係数Cを推定する場合について説明する。
【0120】
この場合、圧力計測値の周波数成分のうち、油圧システム10の動作として想定される周波数成分以外をノイズとみなしてフィルタにより除去し、フィルタ処理後の計測値に対して逐次最小二乗法を適用する。使用する周波数フィルタは、以下のような移動平均フィルタである。
【0122】
ここで、P
filteredはフィルタ適用後の圧力値であり、Pは圧力計測値(P
p、P
h、P
r)である。
【0123】
なお、使用する周波数フィルタは、移動平均フィルタに限定されず、例えば、線形フィルタ、バターワースフィルタ、チェビシェフフィルタ等であってもよい。
【0124】
図19は、作動油の体積弾性率Kの推定結果を示すグラフである。
図20は、縮流係数Cの推定結果を示すグラフである。
図19及び
図20では、上記式においてN=21とした移動平均フィルタを用いた推定結果を示している。
図13及び
図14と比べて、計測値にノイズが含まれているにも関わらず、推定精度が向上していることが判る。
【0125】
(6)の組み合わせに係る態様について
続いて、(6)の組み合わせに係る態様について説明する。この態様は、計測値に含まれるノイズによる推定精度の低下を軽減するために、Unscentedカルマンフィルタによって作動油の体積弾性率Kを推定する場合である。なお、Unscentedカルマンフィルタによって作動油の体積弾性率Kを推定する手法は、第1の実施の形態で説明したものと同様であるから、その詳細な説明は省略する。
【0126】
この手法によれば、油圧システム10の状態量と推定対象パラメータ(作動油の体積弾性率K)を同時に推定することができるので、油圧システム10の状態量の全てを計測する必要がなくなる。また、ノイズの大きさ等、既知の特性を考慮した推定を行うので、推定精度に優れる。
【0127】
(7)の組み合わせに係る態様について
続いて、(7)の組み合わせに係る態様について説明する。この態様は、逐次最小二乗法に基づく作動油の体積弾性率Kの圧力依存性を推定するものである。
【0128】
作動油の体積弾性率Kは、作動油の圧力に応じて変化することが知られている。例えば、等温且つ低圧領域では、作動油の体積弾性率Kは、以下のように、圧力に比例する関数として近似することができる。
【0130】
ここで、K
0は大気圧における体積弾性率であり、K
pは比例係数であり、Pはゲージ圧(圧力計測値)である。K
0及びK
pは作動油の温度や作動油の気泡含有率等、動的に変化するパラメータに依存する。したがって、逐次推定手法によって推定する。
【0131】
ステップS21において、油圧システム10の動特性を表す方程式のうち、P
p、P
h及びP
rを微分したものについての方程式を推定対象パラメータとしてのK
0及びK
pに対して線形な形で離散化する。
【0132】
先ず、油圧システム10の動特性を表す方程式のうち、P
p、P
h及びP
rを微分したものについての方程式に対して、上記式を代入し、K
0の項とK
pの項を陽に示すと、以下のようになる。
【0134】
左辺、つまり、P
p、P
h及びP
rを微分したものを時間区切りΔtで差分近似すると、以下のようになる。
【0136】
ここで、kは時間区切りΔtで離散化されたタイムステップを表す。
【0137】
左辺のベクトルをy
LS(k)、右辺のベクトルをx
LS、行列をA(k)とすると、上記式は、以下のようになる。
【0139】
ここで、x
LS以外のパラメータは観測可能であるとする。
【0140】
各タイムステップnの時点での上記式の両辺の二乗誤差の総和は、以下のようになる。
【0142】
このような二乗誤差の総和を最小化するx
LS(n)を逐次最小二乗法によって導出する。これにより、ステップS22が実行される。なお、上記式において、計算開始タイムステップaは、油圧システム10の特性に応じて調整するパラメータである。
【0143】
図21は、大気圧における体積弾性率K0の推定結果を示すグラフである。
図22は、比例係数Kpの推定結果を示すグラフである。なお、
図21及び
図22では、計測値P
p、P
h、P
rにノイズがない場合の推定結果だけでなく、計測値P
p、P
h、P
rにノイズがある場合の推定結果も示している。ノイズは、計測値P
p、P
h、P
rに対して平均がゼロで標準偏差が0.02[MPa]であるホワイトノイズが加わり、且つ、計測値x
cに対して平均がゼロで標準偏差が10[mm]のホワイトノイズが加わったものである。
【0144】
図21及び
図22に示すように、ノイズがない場合は、十分な推定精度を確保できていることが判る。
【0145】
これに対して、計測値にノイズがある場合は、K
0及びK
pの推定結果の精度が低下しており、単純に逐次最小二乗法を適用することが好ましくないことが判る。
【0146】
(8)の組み合わせに係る態様について
続いて、(8)の組み合わせに係る態様について説明する。この態様は、(7)と同様に、作動油の体積弾性率Kの圧力依存性を推定するものであるが、逐次最小二乗法ではなく、Unscentedカルマンフィルタを適用する。
【0147】
先ず、ステップS21において、油圧システム10の状態方程式及び観測方程式を設定する。具体的には、以下のとおりである。
【0148】
油圧システム10の状態量(圧力P
p、圧力P
h、圧力P
r、シリンダ位置x
c、シリンダ速度x
cに推定対象パラメータであるK
0及びK
pを追加したものを、油圧システム10の状態ベクトルとして、以下のように設定する。
【0150】
このとき、油圧システム10の状態方程式は、以下のように表される。
【0152】
つまり、油圧システム10の状態方程式は、1階の微分方程式の形で表される。
【0153】
なお、上記状態方程式におけるv∈R
7×1は、平均ベクトルが0∈R
7×1であり、分散共分散行列がQ∈R
7×7である白色雑音ベクトルを表す。
【0154】
ここで、K
0の時間変化f
K0及びK
pの時間変化f
Kpは、ゼロとする。
【0155】
また、圧力センサや位置センサにより、油圧システム10の状態量のうち、圧力P
p、圧力P
h、圧力P
r及びスプール位置x
cが観測可能であるとする。このとき、油圧システム10の観測方程式は、以下のように表される。
【0157】
なお、上記観測方程式におけるw∈R
4×4は、平均ベクトルが0∈R
4×4であり、分散共分散行列がR∈R
4×4である白色雑音ベクトルを表す。
【0158】
油圧システム10の状態方程式と観測方程式を設定した後、ステップS22において、Unscentedカルマンフィルタを状態方程式に適用して、状態ベクトルxを推定することにより、油圧システム10の状態量及び推定対象パラメータを推定する。
【0159】
図23は、大気圧における体積弾性率K0の推定結果を示すグラフである。
図24は、比例係数Kpの推定結果を示すグラフである。
図23及び
図24では、計測値P
p、P
h、P
rにノイズがない場合の推定結果だけでなく、計測値P
p、P
h、P
rにノイズがある場合の推定結果も示している。ノイズは、計測値P
p、P
h、P
rに対して平均がゼロで標準偏差が0.02[MPa]であるホワイトノイズが加わり、且つ、計測値x
cに対して平均がゼロで標準偏差が10[mm]のホワイトノイズが加わったものである。
【0160】
図23及び
図24では、
図21及び
図22と比べて、推定対象パラメータK
0、K
p及びシリンダ速度x
cが直接計測されていないにも関わらず、推定精度が向上していることが判る。
【0161】
[第2の実施の形態の応用例]
第2の実施の形態では、過去の計測値への依存性を調整するパラメータとして、計算開始ステップaを用いたが、忘却係数を用いて指数関数的に過去の計測値の重みを減少させてもよい。
【0162】
第2の実施の形態では、測定値の絶対値に応じた重みを設定したが、測定値の絶対値が所定の閾値よりも小さい場合に、その測定値を推定に用いないようにしてもよい。
【0163】
第2の実施の形態では、作動油の体積弾性率を圧力に関して線形な関数で近似したが、圧力に関して非線形な関数で近似してもよい。
【0164】
第2の実施の形態では、作動油の体積弾性率を圧力の関数としてモデル化したが、任意のパラメータの関数としてモデル化し、その係数を求めるようにしてもよい。例えば、作動油の体積弾性率を、温度の関数として、或いは、温度及び圧力の関数として、モデル化してもよい。
【0165】
第2の実施の形態では、Unscentedカルマンフィルタを用いたが、例えば、線形カルマンフィルタや拡張カルマンフィルタ、粒子フィルタ等を用いてもよい。なお、線形カルマンフィルタを用いる場合には、状態方程式は線形でなければならないが、例えば、動作範囲が限られた油圧システムであれば、その範囲内で非線形な状態方程式を線形な状態方程式に近似することにより、線形カルマンフィルタを適用することができる。また、限定的な仮定の下では、油圧システムの状態方程式を線形に表すこともできる。例えば、作動油の流れを層流であると仮定したり、油圧シリンダの代わりに、油圧モータを採用するのであれば、油圧システムの状態方程式を線形に表すことができる。
【0166】
状態方程式を第1原理モデリングではなく、ブラックボックスモデリングで導出し、その係数を推定するようにしてもよい。
【0167】
第2の実施の形態による油圧システムのパラメータ推定方法によって得られる推定値は、油圧システムの制御に利用してもよいし、油圧システムのオペレータへ提示することにより、オペレータによる油圧システムの操作の支援及び/又はガイダンスを行うようにしてもよい。
【0168】
以上、本発明の実施の形態について詳述してきたが、これらはあくまでも例示であって、本発明は、上述の実施の形態の記載によって、何等、限定的に解釈されるものではない。