(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記炭化タングステン粉末全体に含まれるタングステンとクロムの合計濃度に対するクロム濃度の割合が、0.1質量%以上7.0質量%以下である請求項1に記載の炭化タングステン粉末。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
超硬合金の製造に好適な炭化タングステン粉末が求められていた。
[本開示の効果]
本開示によれば、超硬合金の製造に好適な炭化タングステン粉末を提供することができる。
【0007】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0008】
従来、超硬合金を構成する結晶粒が微粒な超硬合金を製造する際、炭化タングステンの粒径が不均質となりやすく超硬合金強度を低下させることがあった。
【0009】
その理由としては、炭化タングステンに微細粒がある場合、焼結時にオストワルド成長により異常粒成長し易いからである。また粒成長抑制剤であるクロム粉末も固形であるために偏析が発生し易く、異常粒成長を抑制し難い。
【0010】
上述の通り、従来の炭化タングステン粉末、およびそれを用いた超硬合金の製造方法においては、粒成長抑制剤である炭化クロムの分散が不均一であるために、超硬合金製造の際に局所的な異常粒成長を完全には抑制できず、特に結晶粒径0.6μm以下の超微粒超硬合金において抗折強度などの低下を招きやすい問題があった。
【0011】
本発明者らは炭化クロムの不均一性が招く合金強度低下の問題を解決すべく、クロムの添加方法および炭化タングステンの製造工程を見直し鋭意検討を重ねた結果、本開示に想到した。
【0012】
すなわち本開示の炭化タングステン粉末の製造方法は、タングステン酸化物とクロム含有溶液とを混合し撹拌しながら乾燥し混合乾燥粉を得る工程と、乾燥粉を仮焼し仮焼粉を得る工程と、仮焼粉と炭素源粉末とを混合して混合粉を得る工程と、混合粉を水素ガス中で熱処理して還元、および温度1000℃以上で炭化し炭化タングステン粉末を得る工程と、を備える。
【0013】
図1は、本開示に従った炭化タングステン粉末の一例の製造方法を示すフローチャートである。まず、タングステン酸化物粉末を準備する(ステップS1)。タングステン酸化物粉末は、特に限定されない。WO
3、WO
2.9など、当業者の都合に応じて選択できる。その粒度についても自由に選択可能である。クロム含有溶液を準備する(ステップS2)。クロム含有溶液として利用できる化合物としては、塩化クロム、硝酸クロム、硫酸クロム、酢酸クロム、リン酸クロムが挙げられる。タングステン酸化物粉末とクロム含有溶液が混合されて混合体が得られる。
【0014】
混合体を撹拌しながら乾燥して混合乾燥粉を得る(ステップS3)。混合手段は特に限定されない。例えば日本コークス社製のヘンシェルミキサーや、品川工業所社製の万能乾燥機、大川原化工機社製のスプレードライヤーなどを使用可能である。
【0015】
混合乾燥粉に対して大気雰囲気下で所定の温度保持し、仮焼を行う(ステップS4)。仮焼により、タングステン酸化物粉末の表面にクロムが固定化される。ここで好適な仮焼温度は、150℃以上300℃以下である。この範囲であれば、クロムの均一分散の効果が最も高くなる。
【0016】
炭素粉末を準備する(ステップS5)。仮焼により得られた仮焼粉に対してタングステン酸化物およびクロム酸化物を還元・炭化するための炭素源粉末を配合し、これを混合して混合粉を得る(ステップS6)。炭素源粉末は利用者が適宜選択可能である。例えば、粒径0.5μm程度の熱分解グラファイト粉末などを好適に利用できる。粉末を混合する手段も特に限定されない。ステップS3で利用したヘンシェルミキサーなども適用可能である。
【0017】
混合粉を水素ガス中で熱処理して酸化物の還元を行い、タングステン,クロム,炭素を含有する還元粉を得る(ステップS7)。ここで好適な還元温度は、500℃以上1100℃以下である。この範囲にてタングステン粉の粒径を制御できる。
【0018】
その後、還元粉を例えば水素ガスを含む雰囲気中で、かつ、1000℃以上で熱処理して炭化を行い、炭化タングステン粉末を得る(ステップS8)。ここで熱処理温度に好適な範囲は、1100℃以上1600℃以下である。雰囲気が水素ガスを含むことにより、炭化タングステン粉末の結合炭素量を化学量論比である6.13質量%まで近づけるのに好適である。熱処理温度は狙いの炭化タングステン粒度に合わせて適宜選択される。低温であれば微粒の、高温であれば粗粒の炭化タングステンを製造できる。
【0019】
なお、還元および炭化工程における水素ガスは、濃度100%に限定されるものではない。当業者の都合に合わせて、例えば窒素、アルゴン等と混合し、濃度25%〜100%の範囲で設定可能である。さらに、還元工程(ステップS7)において炭化が行われていてもよく、炭化工程(ステップS8)において還元が行われていてもよい。
【0020】
上記の製造方法により得られる本開示の炭化タングステン粉末はクロムの分散が非常に均一化されている。より具体的には、本開示の炭化タングステン粉末は、炭化タングステンを主成分とすると共にクロムを含有する炭化タングステン粉末であって、炭化タングステン粉末をSEM観察した視野から無作為に選択した100以上の解析点においてタングステンとクロムの質量濃度を測定したとき、タングステンとクロムの合計濃度に対するクロム濃度の割合を百分率で表したときの分布の標準偏差σが0.5以下である。
【0021】
クロムの質量濃度を測定するための好適な解析装置としては、SEM(Scanning Electron Microscope)/EDS(Energy dispersive X-ray spectrometry)を用いることができる。
【0022】
無作為に選択した解析点、すなわち多数の炭化タングステン粒子におけるクロム濃度の標準偏差が規定範囲内であることにより、液相焼結時に各々の炭化タングステン粒子がクロムによる均一な粒成長抑制効果を享受することとなり、粒成長の駆動力が均一化され均質な超硬合金を得られることとなる。
【0023】
また本開示の炭化タングステン粉末は、粉末全体に含まれるクロム濃度が0.1質量%以上7.0質量%以下であると良い。クロム濃度がこの範囲であることにより、クロム均一化による超硬合金の特性向上を得やすい。より好ましくは、クロムの濃度が0.8質量%以上7.0質量%以下である。
【0024】
炭化タングステン粉末の平均粒子径が1.0μm以下であることが好ましい。この場合、微細な結晶粒径の超硬合金を製造することができる。より好ましくは、炭化タングステン粉末の平均粒子径は0.8μm以下である。
【0025】
[本開示の実施形態の詳細]
次に本開示の実施例を説明する。なお本実施例は発明の一態様に過ぎず、当業者に自明の範囲で変更可能であることは言うまでもない。
【0026】
まず、タングステン酸化物粉末として平均粒子径3.0μmの三酸化タングステン粉末と、クロム含有溶液として酢酸クロム(和光純薬)を準備する。酸化タングステン粉末を旋回翼式の混合機に投入する一方、酢酸クロムを純水で溶解して所望の濃度に調整する。クロム含有溶液の濃度は当業者で適宜調整可能であるが、ここでは40%酢酸クロム水溶液となるよう調整した。混合機で粉末を撹拌しながら、クロム含有溶液を所望のクロム濃度となるように粉末に噴霧し、これらを混合する。本実施例では、日本コークス工業社製のヘンシェルミキサーを使用した。ここでは混合条件として旋回翼の直径60cm、外周速度1884m/分、混合時間30分とし、混合時の粉体の摩擦熱を熱源とした乾燥を同時に実施して混合乾燥粉を得る(混合乾燥粉を得る工程)。
【0027】
次に混合体をヤマト科学社製の電気炉に装入し、大気雰囲気下で300℃24時間静置し、仮焼を行う(仮焼粉を得る工程)。
【0028】
冷却後、取り出した仮焼粉を平均粒径約1.0μmの炭素粉末とともにヘンシェルミキサーを用いて混合し(旋回翼直径60cm、外周速度1884m/分、混合時間30分)、混合粉を作製する(混合粉を得る工程)。
【0029】
この混合粉末を焼成炉に装入し、水素気流中にて温度800℃、保持時間1時間の還元処理を行い、還元粉を得た(還元粉を得る工程)。
【0030】
さらに還元粉を同焼成炉に装入したまま、純粋水素気流中にて温度1200℃、保持時間1時間の炭化処理を行い、炭化タングステン粉末を得た(炭化タングステン粉末を得る工程)。
【0031】
製造した炭化タングステン粉末は、φ3mmの超硬ボールを用いたボールミルにて解砕処理を実施し、各種粉体特性を測定する。本開示においては、粉末外観に対するSEM/EDS観察によるクロム均一性の測定、フィッシャー・サブシーブ・サイザー(FSSS)を用いた平均粒子径の測定、ICP(Inductively Coupled Plasma)による粉末中のクロム濃度(質量%)測定を行った。
【0032】
ここで各解析手法によるクロム均一性測定の手順について詳述する。
(1)粉末外観に対するSEM/EDS分析
まず観察ホルダ上にカーボン両面粘着テープなどを利用して、炭化タングステン粒子の集合体である炭化タングステン粉末を固定する。これをSEM内に挿入し、加速電圧15kVで観察する。使用するSEMおよびEDS検出器のタイプは特に限定されない。本実施例においてはBRUKER製のXFlash Detectorを用いて分析する。観察倍率は対象の炭化タングステン粒度に合わせて選択する。例えば平均粒子径が0.5μmであれば、3000倍程度が好適である。この視野に対し、無作為に所定の数以上、望ましくは、炭化タングステン粉末の100箇所以上の解析点からEDSプロファイルを採取する。粒子の選択手順については無作為であれば特に限定されない。例えば、格子間距離1.5μm程度の10点×10点正方格子メッシュを解析点とする。100個の解析点から機械的にEDSプロファイルを取得することができる。本実施例では格子間距離2.0μmの12点×9点正方格子メッシュを解析点とし、108(12×9)点において炭化タングステン粒子からEDSプロファイルを取得する。
【0033】
ここで各点におけるEDSの取得条件としては特に限定されないが、測定誤差がなるべく小さくなるように配慮されるべきである。例えば、タングステン(Lα線)の積算カウント数(ネットカウント)が50000カウント以上となるように調整することが好ましい。本実施例においては特性X線の毎秒当たりのカウントレート(ICR)が約30000cpsとなる条件で、一点当たり1分の積算時間でEDSプロファイルを取得した。取得後のEDSプロファイルに対し、原子番号補正(atomic number、Z)、吸収補正(absorption、A)、蛍光補正(fluorescence、F)を施して真の濃度を求めるいわゆるZAF補正による半定量解析によってタングステンおよびクロムの質量濃度を定量化する。
【0034】
以上のようにして100点以上の炭化タングステン粒子もしくは解析点からタングステンおよびクロム濃度を測定し、後述の統計解析で用いる。
(2)クロム濃度の標準偏差解析
上記の手法を用いて測定したタングステンおよびクロムの濃度より、既知の表計算ソフト等を用いて統計解析し、炭化タングステン粉末中のクロム濃度の標準偏差を得る。既知の表計算ソフトの一例として、Microsoft社製のExcelを用いることができる。より具体的には、Excel中のSTDEV.P関数を用いることで、炭化タングステン粉末中のクロム濃度の標準偏差が求まる。
【0035】
以上のようにして本開示の実施例1の炭化タングステン粉末を製造・解析し、その結果を
図2および表1に示す。
【0037】
比較例1の炭化タングステン粉末の製造のために、平均粒径3.0μmの三酸化タングステン(WO
3)粉末と、平均粒径2.0μmのクロム酸化物(Cr
2O
3)粉末と、平均粒径1.0μmの炭素粉末とをヘンシェルミキサーを用いて混合した(旋回翼直径60cm、外周速度1884m/分、混合時間30分)。この混合粉末を水素気流中にて温度800℃保持時間1時間の還元熱処理を行った。さらに水素窒素混合気流中(水素濃度50体積%)にて温度1200℃保持時間1時間の炭化処理を行って比較例1の炭化タングステン粉末が得られた。その結果を
図3および表2に示す。
【0039】
図2および
図3を比較すると、
図2の実施例1および
図3の比較例1では外観上は同等の炭化タングステン粉末が得られていることがわかる。
【0040】
表1に示すデータから、実施例1の炭化タングステン粉末のクロム濃度の標準偏差σを解析したところ、0.444であった。次に表2に示すデータから、比較例1の炭化タングステン粉末のクロム濃度の標準偏差σを解析したところ、0.774であった。つまり、本開示の炭化タングステン粉末ではクロム濃度の標準偏差が0.5未満の範囲にあり、従来の炭化タングステン粉末よりも均一にクロムが分布していることが分かる。
【0041】
次に本開示における炭化タングステン粉末中のクロム濃度と、標準偏差の関係について表3を用いて説明する。
【0043】
表3の実施例11〜19の炭化タングステン粉末は、表1の実施例1と同一の工程により製造されるが、混合乾燥粉を得る工程(ステップS1からS3)において所望のクロム濃度となるようにクロム含有溶液の噴霧量を調節している点が異なる。また表3の比較例111〜116は、表2の比較例1と同一の工程で製造されるが、表3に示すクロム濃度が得られるようにCr
2O
3粉末の配合量を調節している点が異なる。これらの炭化タングステン粉末に対してSEM/EDSを用いたクロム濃度標準偏差を解析した。
【0044】
表3に示す通り、炭化タングステン粉末中のクロム濃度が0.2質量%以上7.0質量%未満の範囲であっても、実施例の炭化タングステン粉末は比較例の粉末に対してクロムの分布が均一であり、超硬合金を製造する際に均質で強度低下しにくい合金が得られやすい。さらに、炭化タングステン粉末の平均粒子径が0.8μm以下であれば、超硬合金を製造する際に均質で強度低下しにくい合金が得られやすい。
【0045】
「超硬合金の均質性評価」
本開示においては、以下の手順で超硬合金の均質性を評価した。
【0046】
まず表3に記載する実施例および比較例の炭化タングステン粉末に対し7質量%のコバルト粉末(平均粒子径1.0μm)を配合し、これをφ3mmの超硬ボールを用いたボールミルで混合する。配合比においてクロムの質量は炭化タングステン中に含まれるものとして計算する。混合条件の一例として、回転数90rpm、エタノール溶媒、混合時間24hとすることができる。
【0047】
混合後、ボールミル内から混合スラリーを回収し、これを乾燥して乾燥粉末とする。
この乾燥粉末にバインダーとして樟脳を2質量%添加して150μmメッシュの篩を通し、造粒粉を作製する。
【0048】
造粒粉を面圧9.8kN/cm
2で幅40mm以上×奥行12mm×高さ6mmの直方体形状にプレス成型し、真空炉で焼結する。焼結条件は当業者に自明の範囲で適宜選択可能であり、一例として、昇温速度10℃/min、最高温度1350℃、保持時間30min、減圧窒素雰囲気(約133Pa)とすることができる。
【0049】
得られた焼結体に対し、超硬工具協会規格CIS026−1983に基づき抗折試験を実施する。用いる試験片形状はJ形式(超硬工具協会規格CIS026−1983の「4.1 試験片の寸法」参照)とし、試験本数は各炭化タングステン粉末につき60本とする。
【0050】
抗折試験後、試験片を回収し、その破断面をSEM/EDSを用いて起点調査を行う。起点の種類は(1)周囲のWC粒子と比較して3倍以上の粒径を有する粗大WC粒子、(2)ポア(焼結巣)、(3)Coプール(Co凝集)、(4)明確な破壊起点が不明で正常破断したもの、に分けられる。各試験片の破断形態を(1)から(4)の起点の種類ごとに分類すると表3のようになる。
【0051】
表3に示す通り、本実施例に係る粉末では比較例よりも粗大な炭化タングステン粒子およびポアを起点とする破断が少なくなり、炭化タングステン粉末が均質であることの効果を確認できる。実施例において、クロム濃度の標準偏差が0.5以下であれば均質で破壊の起点が少ない超硬合金が得られていることがわかる。特にクロムの濃度が0.2質量%以上7.0質量%以下であればポア(焼結巣)を起点とした破壊がなくなるためより好ましい。
【0052】
本開示によれば、クロム分布が均一であることにより、均質で強度低下の無い超硬合金が製造できる。
【0053】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
炭化タングステン粉末は、炭化タングステンを主成分とすると共にクロムを含有する炭化タングステン粉末であって、炭化タングステン粉末をSEM観察した視野から無作為に選択した100以上の解析点においてタングステンとクロムの質量濃度を測定したとき、タングステンとクロムの合計濃度に対するクロム濃度の割合を百分率で表したときの分布の標準偏差σが0.5以下である。