(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6815601
(24)【登録日】2020年12月25日
(45)【発行日】2021年1月20日
(54)【発明の名称】ウルツ鉱構造のZnOS混晶粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 9/00 20060101AFI20210107BHJP
C30B 29/10 20060101ALI20210107BHJP
【FI】
C01G9/00 Z
C30B29/10
【請求項の数】7
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2016-213978(P2016-213978)
(22)【出願日】2016年11月1日
(65)【公開番号】特開2018-70423(P2018-70423A)
(43)【公開日】2018年5月10日
【審査請求日】2019年10月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002303
【氏名又は名称】スタンレー電気株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091340
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 敬四郎
(74)【代理人】
【識別番号】100141302
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜飼 伸一
(72)【発明者】
【氏名】風間 拓也
(72)【発明者】
【氏名】田村 渉
(72)【発明者】
【氏名】三宅 康之
(72)【発明者】
【氏名】村松 淳司
(72)【発明者】
【氏名】蟹江 澄志
(72)【発明者】
【氏名】中谷 昌史
【審査官】
▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】
特開2016−145972(JP,A)
【文献】
特開2016−135863(JP,A)
【文献】
特開2018−069399(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 9/00
C30B 29/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒にZn材料、S材料を溶解し、加熱して材料を分解させ、熱分解法によりウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶粒子を合成させる方法において、
溶媒は純水よりも高い沸点を有する高沸点有機溶媒であり、
雰囲気圧力を合成温度における溶媒の蒸気圧に減圧することを特徴とするウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶粒子の製造方法。
【請求項2】
前記高沸点有機溶媒がアミン、エーテル系、トリオクチルホスフィンオキシド、オレイン酸のいずれか1つを含む請求項1に記載のウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶粒子の製造方法。
【請求項3】
密閉可能な反応容器中に、前記高沸点有機溶媒、前記諸材料を投入し、雰囲気を不活性ガスに置換し、ポンプで排気して所望圧力に減圧し、加熱し、合成を行う、請求項1または2に記載のウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶粒子の製造方法。
【請求項4】
前記合成されるウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶が、最大寸法10nm以下の粒子である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶粒子の製造方法。
【請求項5】
前記合成されるウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶のS組成が、0.02より大である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶粒子の製造方法。
【請求項6】
前記ウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶合成時の、前記高沸点有機溶媒中のZn材料濃度が、0.2mol/dm3以下であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載のウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶粒子の製造方法。
【請求項7】
前記Zn材料がZn(ACAC),酢酸亜鉛、ステアリン酸亜鉛、カルバミンサンキサントゲンサン亜鉛、のいずれか1つを含み、前記S材料がチオ尿素、チオアセトアミド、硫黄結晶、ドデカンチオール、ヘキサデカンチオールのいずれか1つを含む請求項1〜6のいずれか1項に記載のウルツ鉱構造のZnO1−xSx混晶粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱分解法による化学合成により、高いS組成を有する三元混晶ZnO
1−xS
x粒子を製造する製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化亜鉛(ZnO)は、六方晶系のウルツ鉱結晶構造を有し、室温で3.37eVのバンドギャップエネルギーを持つ直接遷移型の半導体である。励起子の束縛エネルギーが60meVと比較的大きく、原材料が安価であるとともに、環境や人体への影響が少ないという特徴を有する。
【0003】
六方晶系の窒化物半導体等とZnO系半導体とを組み合わせて用いることも検討されている(例えば特許文献1)。この場合、格子整合を行うことが望まれる。格子整合のためには、ウルツ鉱結晶構造のZnO
1−xS
x混晶のS組成xの選択により格子定数を所望の値に変化させられることが望ましい。
【0004】
いろいろな結晶成長方法が知られているが、ここでは、高沸点溶媒中に原料を溶解し、熱分解による化学合成により結晶を析出する熱分解法を対象とすることにする。
【0005】
閃亜鉛鉱立方晶系構造のZnSとウルツ鉱六方晶系構造のZnOとは、相互に固溶性が低く、モデルに基づく理論計算を行った論文の結果によれば、ZnS中のO、及びZnO中のSの固溶限界は、共に、2%未満であるとのことである(例えば非特許文献1)。このように狭い組成領域では、格子整合できる範囲も限られてしまう。実用上、より高いS組成のZnO
1−xS
xが望まれる。
【0006】
Zn材料とS材料とを溶解した溶液を形成した状態で、熱力学的に安定な閃亜鉛型立方晶系構造のZnSが析出し出すと、溶液中のS材料を消費してZnSが形成され、S材料の枯渇を生じる可能性がある。このような場合、高いS組成のZnOS粒子を得ることは容易でなくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特願2016−008999号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】X F Fan et al. New Journal of Physics 11 (2009) 093008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
実施例の目的は、S組成が高く、結晶性の優れたZnO
1−xS
x混晶粒子を製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
実施例によれば、
高沸点溶媒にZn材料、S材料を溶解し、加熱して材料を分解させ、熱分解法によりウルツ鉱構造のZnO
1−xS
x混晶を合成させる方法において、雰囲気圧力を合成温度における溶媒の蒸気圧に減圧することを特徴とするウルツ鉱構造のZnO
1−xS
x混晶の製造方法
が提供される。
【発明の効果】
【0011】
減圧雰囲気を用いることにより、ZnO
1−xS
x混晶粒子のS組成を高くすることができた。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、オレイルアミン溶媒の蒸気圧曲線を示すグラフである。
【
図2】
図2は、ZnO
1−xS
x混晶の熱分解システムを示す概略図である。
【
図3】
図3は、実施例1における合成温度の変化に対する析出したZnO
1−xS
x粒子のS濃度の変化を示すグラフである。
【
図4】
図4は、実施例1、2、3におけるZn材料濃度の変化に対する析出したZnO
1−xS
x粒子のS濃度の変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0013】
11 三口フラスコ、 13 ガス流路, 14 熱電対、 15 スターラ、
16 ヒータ、 17 圧力計、 18 ポンプ、 19 バルブ、
20 コントローラ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
反応容器内で高沸点溶媒中に材料を溶かし込み、減圧ポンプ(真空ポンプ)で反応容器内を排気することにより、減圧雰囲気とし、熱分解法による化学合成によりZnO
1−xS
x混晶をナノ粒子として析出させる実施例を説明する。「高沸点」は、少なくとも純水よりも高い沸点を意味するものとする。熱分解温度において、蒸気圧が低い高沸点溶媒の例としてオレイルアミンを用いる。
【0015】
図1は、オレイルアミンの蒸気圧曲線を示す。横軸がオレイルアミンの蒸気圧を単位(Pa)で示し、縦軸が温度を単位(℃)で示す。温度約115℃で蒸気圧約20Pa、温度約145℃で蒸気圧約100Pa、温度約185℃で蒸気圧約1000Pa、温度250℃弱で蒸気圧約10000Pa、温度約300℃で蒸気圧約50000Paの様に変化する。300℃以下の合成温度では、オレイルアミンの蒸気圧は1/2気圧以下である。後述するように比較例として常圧(窒素雰囲気)の場合を用いる。
【0016】
図2は、実施例で用いる熱分解システムの構成を概略的に示す。三口フラスコ11は、反応容器部の上方に3つの挿入口を有し、その1つが雰囲気ガスのガス流路13を形成し、他の1つに熱電対14が挿入されている。フラスコ11の反応容器部内に溶媒及び材料を充填し、ヒータ16で加熱し、スターラ15で撹拌することができる。ポンプ18は、ガス流路13を介してフラスコ11内を排気することができる。バルブ19は窒素ガスをガス流路13を介してフラスコ11内に供給することができる。ガス流路13を介して、フラスコ11内の圧力を圧力計17で測定できる。コントローラ20は、圧力計の測定値に基づき、ポンプ18を駆動してフラスコ11内を排気したり、バルブ19を介して窒素ガスをフラスコ11内に供給することができる。
[実施例1]
溶媒としてオレイルアミン10mL、亜鉛材料としてZn(ACAC)
2 0.2 mmol、硫黄材料として1,3-ジブチルチオ尿素0.06 mmol(Zn材料濃度に対するS材料濃度が30%)を、
図2に示す3口フラスコ11の反応容器内に充填し、バルブ19、ポンプ18を用いて、合成圧力の制御を行う。
【0017】
合成は、材料充填後、バルブを介して雰囲気ガスを窒素(N
2)に置換し、70℃で30分間スターラ15で撹拌しながら材料の溶し込みを行う。続いて、ポンプ18を介してフラスコ11内の圧力を10Paまで減圧し、
図1に示すオレイルアミンの蒸気圧に合わせ、圧力を制御しながら反応温度まで温度を上昇させる。具体的には、合成温度における溶媒の蒸気圧の5倍以下に制御する。
【0018】
昇温速度は5℃/minとした。温度上昇とともに蒸気圧が増加するので、合成温度により、圧力が異なることになる。本実施例では合成温度を150℃から300℃の範囲で、150℃、200℃、250℃、300℃に変化させた。例えば、250℃の溶媒の蒸気圧は、約10000Paとなる。合成時間は60minとした。
【0019】
溶液中には、Zn材料とS材料とが溶解しているので、温度上昇により、閃亜鉛構造のZnSが析出する可能性がある。ZnSが析出すると、S材料を浪費してしまい、溶液中のS濃度が低下してしまう可能性がある。
【0020】
熱分解法による合成時の雰囲気圧力を、合成温度における溶媒の蒸気圧に制御(減圧)すると、熱力学的に安定な立方晶の結晶構造をもつ閃亜鉛鉱構造のZnSの生成を抑制し、溶液中のS材料の枯渇を防止する効果が得られることが判った。
【0021】
また、熱分解法により合成され、析出したZnO
1−xS
x粒子のサイズは2nm〜10nmであった。合成時の雰囲気圧力を、合成温度における溶媒の蒸気圧に制御(減圧)すると、ZnOSナノ粒子の成長サイズが、量子効果を発現する10nm以下に抑制されている。粒子サイズが10nmより小さくなると、非混和性が解消することが知られている。雰囲気圧力を、合成温度における溶媒の蒸気圧に減圧することにより、粒子サイズを小さくし、非混和性を解消できる効果も得られる。なお、合成時間を変化させることである程度までサイズを制御することができる。
【0022】
析出した粒子のS組成を測定した。
図3に、減圧窒素雰囲気下で合成温度を150℃、200℃、250℃、300℃と変えた時の、析出ZnOS粒子のS組成の合成温度依存性を示す。比較例として、同一の合成温度、大気圧の窒素雰囲気下で合成したZnOS粒子も作製し、S組成を測定した。
図3において、減圧下合成サンプルの測定値を中空の丸○で示し、常圧下合成サンプルの測定値を中空の菱形◇で示す。
【0023】
合成温度200℃、250℃の場合、減圧下合成サンプルのS組成は常圧下合成サンプルのS組成より明らかに高い。合成温度250℃の場合、常圧下合成サンプルのS組成は約6.0%であるのに対し、減圧下合成サンプルのS組成は約14.0%である。2倍以上のS組成が得られている。減圧下で合成することが、高いS組成を得るために有効であると考えられる。
【0024】
合成温度150℃、300℃のサンプルにおいては、このような顕著な差が認められなかった。合成温度150℃では、S材料の分解が不十分であった可能性がある。合成温度300℃では、Sの脱離が進行することによりS組成の量が低下してしまったことが考えられる。適切なS材料を選択することにより、S材料の分解を促進し、Sの抜けを抑制できる可能性がある。このように、合成温度150℃、300℃の測定結果は十分高い信頼性を有すると言い難く、取り敢えず検討対象から外す。
【0025】
合成時における雰囲気圧力を溶媒のオレイルアミンの蒸気圧まで減圧することにより、常圧下で合成する場合に比べ高いS組成のウルツ鉱構造(WZ)の ZnOSが実現できる。
[実施例2]
溶媒のオレイルアミンの量、Zn材料に対するS材料の濃度、は実施例1と同様としつつ、溶媒に溶解するZn材料とS材料の量(材料濃度)を変えた。Znの材料濃度は実施例1では0.2 mol/dm
3であった。本実施例ではZnの材料濃度を、0.1 mol/dm
3(1/2倍)、0.2 mol/dm
3(1倍),0.4 mol/dm
3(2倍)と変化させた(実施例1の場合に、0.1 mol/dm
3の場合と0.4 mol/dm
3の場合とを追加した)。S材料濃度も、0.03 mol/dm
3(1/2倍)、0.06 mol/dm
3(1倍)、0.12 mol/dm
3(2倍)とした。
【0026】
即ち、濃度を1/2倍,2倍と変化させたサンプルも追加した。実施例1同様、比較例として、常圧雰囲気下で合成したサンプルも作製した。析出したZnO
1−xS
x粒子のS組成を測定した。減圧雰囲気下で合成されたZnO
1−xS
x粒子のサイズは、2nm〜10nmであった。特に、2nm〜5nmの領域内のサイズが多かった。
【0027】
図4は、材料濃度を変化させた時に得られるZnO
1−xS
x粒子のS濃度を示すグラフである。横軸が材料濃度を単位mol/dm
3で示し、縦軸が得られたZnO
1−xS
x粒子のS濃度を単位%で示す。減圧雰囲気下の合成で得られた粒子のS濃度を中空の丸○で示し、常圧雰囲気下の合成で得られた粒子のS濃度を中実の菱形で示す。
【0028】
減圧雰囲気下の合成において、材料濃度が減少するにつれ、S濃度は増加する傾向を示している。材料濃度をさらに低下させた溶液を作製すれば、S濃度がさらに高いZnO
1−xS
x粒子が得られる可能性があるであろう。この傾向は常圧雰囲気下で合成した比較サンプルにも同様に認められるが、常圧雰囲気下の合成で得られるS濃度は、減圧雰囲気下の合成で得られるS濃度の約半分以下のようである。
[実施例3]
第1、第2の実施例では、Zn材料の濃度に対するS材料濃度は30%であった。S材料濃度を40%に増加させたサンプルも作製した。この実施例においては、約25%のS濃度(x=0.25)を有するZnO
1−xS
x粒子が得られた。
図4中に、この結果も中実の三角▲で示す。ZnO
1−xS
xと表記した時、S組成xが従来の限界0.02より大、さらに0.1を越え、0.2以上も可能になっている。
【0029】
図4に示す結果から、合成時における雰囲気圧力を減圧し、材料濃度を減少していくと、特にZn材料濃度を0.2mol/dm
3以下にすると、高いS濃度のZnO
1−xS
x粒子が得られると考えられる。さらに、溶媒中に溶解する材料中のS濃度(Zn濃度に対するS濃度)を高くすると、より高いS濃度を持つ粒子が得られる可能性があるようである。
【0030】
これらの実施例の結果から、合成時の雰囲気圧力を、溶媒の蒸気圧に制御すると:
1) WZ ZnOSナノ粒子において高いS組成の粒子がえられる;
2) 粒子の成長が抑制され、量子効果が発現する10nm以下のナノ粒子が得られる;
と考えられる。
【0031】
上記実施例では溶媒にオレイルアミンを用いたが、これに限定されるものでなく、その他アミン(ドデシルアミン、テトラデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン/ステアリルアミン等)、トリオクチルホスフィンオキシド(TOPO)、1-オクタデセン、オレイン酸、エーテル系などの
高沸点有機溶媒を用いてもよい。
【0032】
ZnやSの材料も上記で限定されるものではなく、Zn材料としては酢酸亜鉛、ステアリン酸亜鉛、カルバミン酸亜鉛、キサントゲン酸亜鉛等、S材料としてはチオ尿素、チオアセトアミド、硫黄結晶、ドデカンチオール、ヘキサデカンチオール等のチオール系材料等を用いてもよい。
【0033】
なお、合成材料に分散性などを改善するために、ヘキサデカンジオール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール、トリメチレングリコール、ジエチレングリコール、エチレングリコール、又はステアリルグリコールのいずれかのポリオール系の還元剤を添加剤として使用してもよい。
【0034】
実施例で得られるZnO
1−xS
x粒子は、:(1) 紫外域の量子ドット蛍光体材料;(2) 太陽電池材料;(3) センサ(ガス、化学、生体);の様な用途に用いることができる。
【0035】
以上実施例に沿って本発明を説明したが、これらは制限的意味を有するものではない。例えば、種々の変更、置換、改良、組み合わせ等が可能なことは、当業者に自明であろう。