特許第6815749号(P6815749)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6815749
(24)【登録日】2020年12月25日
(45)【発行日】2021年1月20日
(54)【発明の名称】密封装置
(51)【国際特許分類】
   F16D 25/12 20060101AFI20210107BHJP
   F16D 25/0638 20060101ALI20210107BHJP
   F16J 15/3204 20160101ALI20210107BHJP
   F16J 15/3236 20160101ALI20210107BHJP
【FI】
   F16D25/12 B
   F16D25/0638
   F16J15/3204 101
   F16J15/3236
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-97890(P2016-97890)
(22)【出願日】2016年5月16日
(65)【公開番号】特開2017-207089(P2017-207089A)
(43)【公開日】2017年11月24日
【審査請求日】2019年4月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100114292
【弁理士】
【氏名又は名称】来間 清志
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】田口 紳一郎
【審査官】 中島 亮
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−128372(JP,A)
【文献】 特開2015−068443(JP,A)
【文献】 特開2007−303493(JP,A)
【文献】 特開平11−193830(JP,A)
【文献】 特開2007−225046(JP,A)
【文献】 特開2005−308077(JP,A)
【文献】 特開2006−177501(JP,A)
【文献】 特開2007−132447(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0145511(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 25/00− 39/00
F16D 48/00− 48/12
F16J 15/3204
F16J 15/3236
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングの内部においてクラッチ部材と対向したまま軸線に沿って往復動可能に配置され、当該ハウジングの前記軸線に沿った内周面と密封摺動するピストンリップを有し、
前記ハウジングとともにピストン油圧室を形成する環状のピストンシールと、
前記ハウジングに形成された油穴から前記ピストン油圧室に供給される油の油圧に応じて前記クラッチ部材と押圧または離間される前記ピストンシールの押圧部の外周側端に一体に固定され、前記内周面に形成された係合凹部と係合することにより前記ハウジングに対する前記ピストンシールの相対回転を防止する突起部と、
前記ハウジングの前記内周面と対向した前記ピストンシールの前記ピストン油圧室側の面を被覆する弾性体材料からなる被覆部と
を備え、
前記ピストンシールの前記ピストン油圧室側の面のうち、前記ハウジングの前記油穴と対向している第1の範囲では、前記被覆部が基準厚よりも薄い所定の被覆厚で被覆され、
前記ピストンシールの前記ピストン油圧室側の面のうち、前記油穴と対向していない第2の範囲では、前記被覆部が前記基準厚よりも厚い被覆厚で被覆されている
ことを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記第1の範囲では、前記被覆部、前記油穴の面積または前記油穴の個数に応じた前記基準厚よりも薄い所定の被覆厚で被覆されている
ことを特徴とする請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記ピストンシールの前記ピストン油圧室側の面に被覆された前記被覆部は、前記第1の範囲および前記第2の範囲に応じたそれぞれの前記被覆厚により全体として不均一となる
ことを特徴とする請求項1に記載の密封装置。
【請求項4】
前記ピストンシールの前記ピストン油圧室側の面に被覆された前記被覆部は、周方向において前記第1の範囲および前記第2の範囲に応じたそれぞれの前記被覆厚により形成されている、
ことを特徴とする請求項1に記載の密封装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密封装置に関し、特に、自動車等の車両用の自動変速機(AT(Automatic Transmission)やCVT(Continuously Variable Transmission)等)に用いられるクラッチピストン機構の密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車等の車両の自動変速機に用いられるクラッチピストン機構の密封装置は、ボンデッドピストンシール、キャンセラシールおよび、ボンデッドピストンシールとキャンセラシールとの間に設けられたリターンスプリングを備えている。
【0003】
ボンデッドピストンシールは、シリンダ状のクラッチハウジング(以下、これを「ハウジング」ともいう。)の内部に設けられた多板クラッチの締結に使用されるゴムリップ加硫接着タイプのピストンシールである。以下の説明では、ボンデッドピストンシールを、ピストンシールとも呼ぶ。
【0004】
ピストンシールは、一般に自動変速機の多板クラッチを締結または解放させるため、ハウジングの内部に供給される作動油の供給油圧に応じて当該ハウジングの軸方向に作動(往復動)する金属環からなり、当該金属環に一体形成されたシールリップを備えている。
【0005】
ピストンシールが装着されるハウジングの内周面と、当該ピストンシールとの間にはピストン油圧室が形成されており、ハウジングに形成された油穴を介してピストン油圧室に作動油が供給される。
【0006】
ピストンシールは、この作動油の供給油圧にしたがってハウジングの内周面を摺動しながら軸方向に移動し、当該ピストンシールに設けられたフランジ状の押圧部材により当該クラッチ板を締結させる往動作と、供給油圧が解放されたときリターンスプリングの付勢力によりクラッチ板から押圧部材を離間するように移動して元の基準位置まで戻る復動作とが繰り返し行われる(例えば、特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−242311号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した構成の密封装置において、ハウジングの油穴は他の部品レイアウト等の制約により予め決められた場所に設けられている。このため、油穴と対向するピストンシールの部分では作動油の供給または排出が行われ易いのに対し、油穴から離れたピストンシールの部分では作動油の供給または排出油圧が行われ難くなり、ピストンシールが傾斜してしまうという事態が生じていた。
【0009】
したがって、ピストンシールがハウジングの内周面を軸方向に沿って移動する際、当該ピストンシールが傾斜してしまうと、動作に偏りが生じてしまう恐れがある。この場合、クラッチ締結時の変速ショックが大きくなったり、異音が発生したり、がたつきが発生することが懸念されていた。
【0010】
このような懸念を払拭するため、従来は、ピストンシールに設けられた押圧部材とクラッチ板との間に板バネ等の弾性部材を設けることにより対策していたが、板バネの分だけ部品点数および組立作業工数が増加してしまう。
【0011】
本発明は、上記の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、部品点数および組立作業工数を増加させることなく簡易な構成でありながら、ハウジングの内周面に沿って移動するピストンシールの動きを安定させ得る密封装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明の密封装置(1)は、ハウジング(101)の内部においてクラッチ部材(60)と対向したまま軸線(x)に沿って往復動可能に配置され、当該ハウジング(101)の前記軸線(x)に沿った内周面(101a)と密封摺動するピストンリップ(21、22)を有し、前記ハウジング(101)とともにピストン油圧室(P1)を形成する環状のピストンシール(10)と、前記ハウジング(101)に形成された油穴(101b)から前記ピストン油圧室(P1)に供給される油の油圧に応じて前記クラッチ部材(60)と押圧または離間される前記ピストンシール(10)の押圧部(10i)の外周側端に一体に固定され、前記内周面(101a)に形成された係合凹部(102)と係合することにより前記ハウジング(101)に対する前記ピストンシール(10)の相対回転を防止する突起部(11)と、前記ハウジング(101)の前記内周面(101a)と対向した前記ピストンシール(10)の外周面を被覆する弾性体材料からなる被覆部(23)とを備え、前記ピストンシール(10)の外周面のうち、前記ハウジング(101)の前記油穴(101b)の存在により前記ピストン油圧室(P1)への前記油の供給または排出が有利であると規定された第1の範囲(ar1)では、前記被覆部(23)が基準厚よりも薄い所定の被覆厚(t1)で被覆され、前記ピストンシール(10)の外周面のうち、前記第1の範囲(ar1)よりも前記ピストン油圧室(P1)への前記油の供給または排出が不利であると規定された第2の範囲(ar2)では、前記被覆部(23)が前記基準厚よりも厚い被覆厚(t2)で被覆されていることを特徴とする。
【0013】
本発明に係る密封装置(200、300)において、前記被覆部(23)は、前記油穴(101f)の面積または前記油穴(101g、101h)の個数に応じた前記被覆厚(t1s、t1z、t2)で被覆されているようにしてもよい。
【0014】
本発明に係る密封装置(1、200、300)において、前記ピストンシール(10)の外周面に被覆された前記被覆部(23)は、前記第1の範囲(ar1、ar11、ar21)および前記第2の範囲(ar2、ar12、ar22)に応じたそれぞれの前記被覆厚(t1、t1s、t1z、t2)により全体として不均一となるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、部品点数および組立作業工数を増加させることなく簡易な構成でありながら、ハウジングの内周面に沿って移動するピストンシールの動きを安定させ得る密封装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の第1の実施の形態に係る密封装置が変速機のハウジングに装着された状態を示す軸線に沿う断面における部分断面図である。
図2】本発明の第1の実施の形態に係る密封装置のピストンシールを筐体側から視たときの構成を示す平面図である。
図3】本発明の第2の実施の形態に係る密封装置のピストンシールを筐体側から視たときの構成を示す平面図である。
図4】本発明の第3の実施の形態に係る密封装置のピストンシールを筐体側から視たときの構成を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら具体的に説明する。ここでは、説明の便宜上、図1において、軸線xと垂直な密封装置1のピストンシール10の径方向を矢印ab方向とする。したがって、外周側とは、ピストンシール10の外周側すなわち矢印a方向とし、内周側とは、ピストンシール10の内周側すなわち矢印b方向とする。また、密封装置1において軸線xに沿ったピストンシール10のストローク方向を矢印cd方向とする。したがって、筐体側とは、ピストンシール10の軸線xに沿ったストローク方向(矢印cd方向)の多板クラッチ60と反対の矢印c方向とする。多板クラッチ側とは、ピストンシール10の軸線xに沿ったストローク方向(矢印cd方向)の多板クラッチ60の存在する矢印d方向とする。なお、軸線xは、駆動軸(図示せず)やハウジング101の回転中心である。
【0018】
以下、本発明の密封装置について、第1の実施の形態乃至第3の実施の形態に分けてそれぞれ説明する。
【0019】
<第1の実施の形態>
図1および図2に示すように、密封装置1は、変速機のハウジング101の内部に装着されている。密封装置1は、ピストンシール10、ピストンシール10と一体化した弾性体部20、リターンスプリング30、および、キャンセラシール40を備えている。
【0020】
ピストンシール10は、ハウジング101の軸線xを中心とする金属からなる環状部材である。このピストンシール10とハウジング101の内周面101aとの間には、ピストン油圧室P1が形成される。ハウジング101の内周面101aには、ピストン油圧室P1と通じる油穴101bが形成されている。この場合、油穴101bは、ハウジング101の内周面101aのうち内周側(矢印b方向)の端部に形成されている。
【0021】
ピストンシール10は、ハウジング101の油穴101bを介して供給されるATF(Automatic Transmission Fluid)等の作動油の供給油圧に応じて、ハウジング101の内周面101aを軸線xに沿って摺動しながら当該ハウジング101と相対移動する。
【0022】
ピストンシール10は、弾性体部20とともにハウジング101の内周面101aに装着され、当該ハウジング101の回転とともに連れ回される。ピストンシール10の金属材としては、ステンレス鋼やSPCC(冷間圧延鋼)等があり、主にSPFH(熱間圧延鋼)、SAPH(熱間圧延鋼)である。ピストンシール10は、例えば、プレス加工や鍛造により製造される。
【0023】
ピストンシール10は、内周側顎部10a、最内周側円筒部10b、最内周側円環部10c、中央円筒部10d、中央円環部10e、外周側円筒部10f、外周側円環部10g、最外周側円筒部10hおよび、クラッチ押圧部10iを備えており、全体として一体に形成されている。
【0024】
内周側顎部10aは、軸線xを中心とした円環状の部分であり、その内周側(矢印b方向)の端面とハウジング101の内周面101aとの間には僅かな隙間が形成されている。最内周側円筒部10bは、内周側顎部10aの外周側(矢印a方向)の端部から軸線xに沿って筐体側(矢印c方向)に延びる当該軸線xを中心とする筒状部分である。
【0025】
最内周側円環部10cは、最内周側円筒部10bの筐体側(矢印c方向)の端部から外周側(矢印a方向)に拡がった軸線xを中心とする円環状の部分である。中央円筒部10dは、最内周側円環部10cの外周側(矢印a方向)の端部から軸線xに沿って筐体側(矢印c方向)に延びる当該軸線xを中心とする筒状部分である。
【0026】
中央円環部10eは、中央円筒部10dの筐体側(矢印c方向)の端部から外周側(矢印a方向)に拡がった軸線xを中心とする円環状の部分である。外周側円筒部10fは、中央円環部10eの外周側(矢印a方向)の端部から軸線xに沿って多板クラッチ側(矢印d方向)へ向かって延びる、当該軸線xを中心とする筒状部分である。
【0027】
外周側円環部10gは、外周側円筒部10fの多板クラッチ側(矢印d方向)の端部から外周側(矢印a方向)に僅かに拡がった軸線xを中心とする円環状の部分である。最外周側円筒部10hは、外周側円環部10gの外周側(矢印a方向)の端部から軸線xに沿って多板クラッチ側(矢印d方向)へ向かって延びる、当該軸線xを中心とする筒状部分である。
【0028】
クラッチ押圧部10iは、最外周側円筒部10hの多板クラッチ側(矢印d方向)の端部から外周側(矢印a方向)に向かって僅かに拡がる、軸線xを中心とする円環状の部分である。
【0029】
このクラッチ押圧部10iが、ピストンシール10の軸線xに沿って多板クラッチ側(矢印d方向)へ移動した際の多板クラッチ60を押圧する部分となる。したがって、クラッチ押圧部10iがピストンシール10とともに軸線xに沿ったストローク方向(矢印cd方向)に移動することにより、多板クラッチ60の締結または解放を行う。
【0030】
クラッチ押圧部10iの外周側(矢印a方向)の外周側端には、当該外周側端から更に外周側(矢印a方向)へ拡がるように延びた平面視略矩形状の突起部11が一体に固定されている。突起部11は、クラッチ押圧部10iの外周側端において円周方向に複数等配されている。
【0031】
突起部11は、ピストンシール10がハウジング101の内周面101aに装着されるとき、その内周面101aに形成された係合凹部102と係合される。これにより、ピストンシール10は、ハウジング101の軸線xを中心とした回転時に、当該ハウジング101に対して当該ピストンシール10が相対回転することを防止し、ハウジング101の回転とともに連れ回る状態を維持する。
【0032】
弾性体部20は、ピストンシール10の筐体側(矢印c方向)の外周面を覆うゴム状弾性部材であり、当該ピストンシール10と一体化されている。弾性体部20は、ハウジング101の内部を軸線xに沿ってピストンシール10と一体に筐体側(矢印c方向)または多板クラッチ側(矢印d方向)へ移動する。なお、弾性体部20の弾性体材料としては、例えば、二トリルゴム(NBR)、水素添加ニトリルゴム(H−NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)、シリコンゴム、スチレンブタジエンゴム(SBR)等の合成ゴムが用いられる。
【0033】
弾性体部20は、内周側シールリップ21、外周側シールリップ22、および、被覆部23を備えている。
【0034】
内周側シールリップ21は、ピストンシール10の内周側顎部10aの内周側(矢印b方向)の端部から軸線xに沿って筐体側(矢印c方向)かつ内周側(矢印b方向)に突出するように形成された部分である。内周側シールリップ21は、ハウジング101の内周側(矢印b方向)の内周面101aに対し、軸線xに沿って摺動するように当接されるリップ先端部21aを有している。
【0035】
外周側シールリップ22は、ピストンシール10の中央円環部10eの外周側(矢印a方向)の端部から軸線xに沿って筐体側(矢印c方向)かつ外周側(矢印a方向)に突出するように形成された部分である。外周側シールリップ22は、ハウジング101の外周側(矢印a方向)の内周面101aに対し、軸線xに沿って摺動するように当接されるリップ先端部22aを有している。
【0036】
被覆部23は、内周側シールリップ21と外周側シールリップ22とを繋ぎ、かつ、ハウジング101の内周面101aと対向した状態でピストンシール10の筐体側(矢印c方向)の外周面を被覆する部分である。被覆部23は、内周側シールリップ21および外周側シールリップ22と一体化された状態で、ピストンシール10の筐体側(矢印c方向)に加硫接着されている。
【0037】
図2に示すように、ハウジングに形成された油穴101bと対向するピストンシール10の部分は、当該油穴101bの存在によりピストン油圧室P1への油の供給またはピストン油圧室P1からの油の排出が行われ易い領域である。すなわち、油穴101bと対向するピストンシール10の部分は、当該ピストンシール10の動作にとって有利であるため、当該部分を含む領域をピストンシール10の第1の第1の範囲ar1と規定する。
【0038】
この第1の範囲ar1では、ピストン油圧室P1に対する油の供給または排出に応じてピストンシール10のストローク挙動が過敏である。このため、ハウジング101の内周面101aとピストンシール10の外周面との間隔をなるべく広くして、油の供給または排出に対してピストンシール10の挙動を鈍感にさせるべく、第1の範囲ar1では、基準厚よりも薄い所定の厚さt1の被覆厚で被覆部23が形成されている。
【0039】
一方、ハウジングに形成された油穴101bと対向していないピストンシール10の部分は、当該油穴101bの不存在によりピストン油圧室P1への油の供給またはピストン油圧室P1からの油の排出が行われ難い領域である。すなわち、油穴101bと対向していないピストンシール10の部分は、当該ピストンシール10の動作にとって不利であるため、当該部分を含む領域(第1の範囲ar1以外の領域)をピストンシール10の第2の範囲ar2と規定する。
【0040】
この第2の範囲ar2では、油の供給または排出に応じてピストンシール10のストローク挙動が鈍感である。このため、ハウジング101の内周面101aとピストンシール10の外周面との間隔をなるべく狭くして、油の供給または排出に対してピストンシール10の挙動を敏感にさせるべく、第2の範囲ar2では、基準厚よりも厚い所定の厚さt2の被覆厚で被覆部23が形成されている。
【0041】
ただし、これに限るものではなく、ハウジング101に形成された油穴101bと対向するピストンシール10の部分の周方向の全ての領域を第1の範囲ar1sと規定し、その第1の範囲ar1sでは基準厚よりも薄い所定の厚さt1の被覆厚で被覆部23が形成されていてもよい。その場合、第1の範囲ar1sを除く他の第2の範囲ar2sでは、基準厚よりも太い厚さt2の被覆厚で被覆部23が形成されていればよい。
【0042】
なお、被覆部23は、ピストンシール10の最内周側円環部10cと対応する部分に筐体側(矢印c方向)へ向かって凸状に等配された複数の凸部24が形成されている。
【0043】
したがって、ピストンシール10および弾性体部20が一体化された状態で筐体側(矢印c方向)へ移動したとき、当該弾性体部20の凸部24は、ハウジング101の筐体側(矢印c方向)の内周面101aに当接する。
【0044】
したがって、ピストンシール10は、ハウジング101の内周面101aに対する凸部24の当接位置を停止位置(上死点)として停止する。かくして、弾性体部20の凸部24の存在により、弾性体部20の被覆部23の全面がハウジング101の内周面101aに密着してしまうことを抑制し、ピストンシール10の応答性が低下することを防止している。
【0045】
キャンセラシール40は、ピストンシール10とともにリターンスプリング30を挟持した状態で保持する円環状の金属板である。キャンセラシール40は、スナップリング42を介してハウジング101に固定された部材であるが、当該ハウジング101に固定された状態で当該ハウジング101の回転とともに連れ回る。
【0046】
キャンセラシール40の金属材としては、ステンレス鋼やSPCC(冷間圧延鋼)等があり、主にSPFH(熱間圧延鋼)、SAPH(熱間圧延鋼)である。キャンセラシール40は、例えば、プレス加工や鍛造により製造される。
【0047】
キャンセラシール40は、内周側円環部40a、内周側円筒部40b、中央円環部40c、外周側円筒部40d、外周側円環部40eを備えている。
【0048】
キャンセラシール40の内周側円環部40aは、当該キャンセラシール40の内周側(矢印b方向)の最内周端部分であり、スナップリング42に固定されている。
【0049】
内周側円筒部40bは、内周側円環部40aの外周側(矢印a方向)の端部から軸線xに沿って筐体側(矢印c方向)、かつ、外周側(矢印a方向)に傾斜した状態で延びる当該軸線xを中心とする筒状部分である。
【0050】
中央円環部40cは、内周側円筒部40bの筐体側(矢印c方向)の端部から外周側(矢印a方向)に拡がった軸線xを中心とする円環状の部分である。外周側円筒部40dは、中央円環部40cの外周側(矢印a方向)の端部から軸線xに沿って筐体側(矢印c方向)へ向かって延びる、当該軸線xを中心とする筒状部分である。
【0051】
外周側円環部40eは、外周側円筒部40dの筐体側(矢印c方向)の端部から外周側(矢印a方向)に拡がった軸線xを中心とする円環状の部分である。この外周側円環部40eの外周側(矢印a方向)の端部には、キャンセラリップ41が一体に固定されている。
【0052】
キャンセラリップ41は、キャンセラシール40の外周側円環部40eの外周側(矢印a方向)の端部から軸線xに沿って筐体側(矢印c方向)かつ外周側(矢印a方向)に突出するように形成された部分である。キャンセラリップ41は、ピストンシール10の最外周側円筒部10hにおける内周側(矢印b方向)の面(以下、これを「内周面」ともいう)10haを軸線xに沿って摺動するように当接されるリップ先端部41aを有している。
【0053】
キャンセラシール40とピストンシール10との間には、キャンセラ油圧室P2が形成される。このキャンセラ油圧室P2には、ハウジング101の内周面101aにおける多板クラッチ側(矢印d方向)の内周側円環部40aの近傍に設けられた油穴101cを介して作動油が供給される。これにより、ハウジング101の回転時にはキャンセラ油圧室P2に遠心油圧が発生し、ピストン油圧室P1の遠心油圧をキャンセルするように作用する。
【0054】
スナップリング42は、キャンセラシール40の内周側円環部40aを支持して固定する固定部材であり、ハウジング101の内周面101aの凹部に嵌め込まれた状態で当該ハウジング101と一体に固定されている。
【0055】
ピストンシール10の最内周側円環部10cと、キャンセラシール40の中央円環部40cとの間には、リターンスプリング30が等配した状態で介装されている。実際には、ピストンシール10の最内周側円環部10cの内周面に固定された断面L字状のスプリング受け31にリターンスプリング30の筐体側(矢印c方向)の端部が支持される。また、キャンセラシール40の中央円環部40cにリターンスプリング30の多板クラッチ側(矢印d方向)の端部が支持される。
【0056】
リターンスプリング30は、例えば金属の圧縮コイルバネ等からなる弾性部材であり、キャンセラシール40からピストンシール10を離間させるように当該ピストンシール10を筐体側(矢印c方向)へ向かって付勢している。
【0057】
以上の構成において、密封装置1において、ハウジング101に形成された油穴101bの存在によりピストン油圧室P1への油の供給または排出が有利であると規定されたピストンシール10の第1の範囲ar1では、基準厚よりも薄い被覆厚t1で被覆部23が被覆されている。
【0058】
また、密封装置1において、ハウジング101に形成された油穴101bの不存在により、第1の範囲ar1よりもピストン油圧室P1への油の供給または排出が不利であると規定されたピストンシール10の第2の範囲ar2では、基準厚よりも厚い被覆厚t2で被覆部23が被覆されている。
【0059】
このように密封装置1では、ハウジング101に形成された油穴101bの存在によりピストン油圧室P1への油の供給または排出が有利であると規定されたピストンシール10の第1の範囲ar1、および、不利であると規定された第2の範囲ar2に応じた被覆厚t1、t2で全体的に不均一な被覆部23を形成することができる。
【0060】
密封装置1は、ピストンシール10の第1の範囲ar1において、基準厚よりも薄い被覆厚t1で被覆部23が被覆されているので、ハウジング101の内周面101aとピストンシール10の油穴対向領域ar1とのストローク方向(矢印cd方向)の隙間が広くなる。これにより、密封装置1は、その分だけ作動油の供給または排出に対してピストンシール10の動作が鈍感になるので、ピストンシール10のストローク挙動の過敏傾向を緩和することができる。
【0061】
また、密封装置1は、ピストンシール10の第2の範囲ar2において、基準厚よりも厚い被覆厚t2で被覆部23が被覆されているので、ハウジング101の内周面101aとピストンシール10の油穴対向領域ar1とのストローク方向(矢印cd方向)の隙間が狭くなる。これにより、密封装置1は、その分だけ作動油の供給または排出に対してピストンシール10の動作が敏感になるので、ピストンシール10のストローク挙動の遅鈍傾向を緩和することができる。
【0062】
すなわち、密封装置1では、ハウジング101の油穴101bが存在する第1の範囲ar1ではピストンシール10のストローク挙動が過敏なのでこれを鈍感にし、ハウジング101の油穴101bが存在しない第2の範囲ar2ではピストンシール10のストローク挙動が遅鈍なのでこれを敏感にすることができる。
【0063】
これにより密封装置1は、ピストンシール10が傾斜することなく、そのストローク動作に偏りが生じることを防止し、安定した状態で動作させることができるので、多板クラッチ60とのクラッチ締結時の変速ショック、異音、および、がたつき等の不具合が発生することを未然に防止することができる。
【0064】
その結果、密封装置1は、ハウジング101の油穴101bを介して供給される作動油の供給油圧に応じてピストンシール10が軸線xに沿って傾斜することなく滑らかに安定した状態で多板クラッチ側(矢印d方向)へ移動し、当該ピストンシール10とともにクラッチ押圧部10iが多板クラッチ60を締結させることができる。
【0065】
その後、密封装置1は、ハウジング101の油穴101bを介して作動油が排出されると、その供給油圧に応じてピストンシール10が軸線xに沿って傾斜することなく滑らかに安定した状態で筐体側(矢印c方向)へ移動し、当該ピストンシール10とともにクラッチ押圧部10iが多板クラッチ60から離間することができる。
【0066】
<第2の実施の形態>
図3に示すように、第2の実施の形態の密封装置200のハウジング101には、第1の実施の形態における油穴101bよりも外周側(矢印a方向)の位置に、当該油穴101bよりも大きな面積を有する油穴101fが形成されている。
【0067】
この場合、ハウジング101の油穴101fと対向するピストンシール10の部分を含む第1の範囲ar11には、基準厚よりも薄く、かつ、第1の実施の形態の厚さt1よりも薄い厚さt1sの被覆厚で被覆部23が形成されている。
【0068】
これは、第2の実施の形態における油穴101fの面積が、第1の実施の形態における油穴101bの面積よりも大きいため、ピストンシール10のストローク挙動が第1の実施の形態よりも過敏であるからである。なお、第1の範囲ar11を除くピストンシール10の他の部分を含む第2の範囲ar12には、基準厚よりも太い厚さt2の被覆厚で被覆部23が形成されている。
【0069】
このように、第2の実施の形態の密封装置200においては、ハウジング101の油穴101fの面積に応じた被覆厚t1s、t2の被覆部23でピストンシール10の第1の範囲ar11を被覆することにより、ピストンシール10を傾斜させることなく安定したストローク挙動を実現することができる。
【0070】
<第3の実施の形態>
図4に示すように、第3の実施の形態の密封装置300のハウジング101には、油穴101gがハウジング101の図中左側半分の内周側端部に複数形成され、かつ、複数の油穴101gの外周側にはそれよりも大きな面積を有する油穴101hが複数形成されている。
【0071】
この場合、ハウジング101における複数の油穴101g、101hと対向するピストンシール10の部分を含む図中左側半分を第1の範囲ar21と規定する。また、複数の油穴101g、101hと対向しないピストンシール10の部分を含む図中右側半分を第2の範囲ar22と規定する。
【0072】
ピストンシール10の第1の範囲ar21には、基準厚よりも薄い厚さt1zの被覆厚で被覆部23が形成されている。また、第1の範囲ar21を除くピストンシール10の他の部分を含む第2の範囲ar22には、基準厚よりも太い厚さt2の被覆厚で被覆部23が形成されている。
【0073】
すなわち、ピストンシール10の図中左側半分が油穴多または油穴密であるから作動油が供給または排出し易い第1の範囲ar21と規定し、ピストンシール10の図中右側半分が第1の範囲ar21と比べれば油穴小または油穴疎であるから作動油が供給または排出し難い第2の範囲ar22と想定するものである。
【0074】
このように、第3の実施の形態においては、ピストンシール10の第1の範囲ar21と、第2の範囲ar22とに対応した被覆厚t1z、t2の被覆部23を形成することにより、ピストンシール10を傾斜させることなく安定したストローク挙動を実現することができる。
【0075】
<他の実施の形態>
なお、上述した第1乃至第3の実施の形態においては、ピストンシール10とキャンセラシール40との間にキャンセラ油圧室P2を設ける構造とするようにした場合について述べた。しかしながら、本発明はこれに限らず、ピストンシール10とキャンセラシール40との間にリターンスプリング30が配置されており、遠心油圧のことを考慮する必要がないのであれば、キャンセラ油圧室P2を設けることのない構造とするようにしてもよい。
【0076】
以上、本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明は上記の実施の形態に係る密封装置1に限定されるものではなく、本発明の概念および特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含む。また、上述した課題および効果の少なくとも一部を奏するように、各構成を適宜選択的に組み合わせてもよい。例えば、上記実施の形態における各構成要素の形状、材料、配置、サイズ等は、本発明の具体的使用態様によって適宜変更され得る。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本願発明の密封装置は、自動車等の車両およびその補機、一般産業機械、建設機械等の汎用機械においてピストンシールを移動させる際の部品点数を削減して簡素化および小型化する場合に利用することが可能である。
【符号の説明】
【0078】
1,200、300 密封装置
10 ピストンシール
10a 内周側顎部
10b 最内周側円筒部
10c 最内周側円環部
10d 中央円筒部
10e 中央円環部
10f 外周側円筒部
10g 外周側円環部
10h 最外周側円筒部
10i クラッチ押圧部(押圧部)
11 突起部
20 弾性体部
21 内周側シールリップ
22 外周側シールリップ
23 被覆部
24 凸部
30 リターンスプリング
40 キャンセラシール
41 キャンセラリップ
42 スナップリング
60 多板クラッチ(クラッチ部材)
101 ハウジング
101a 内周面
101b、101c、101f、101g、101h 油穴
P1 ピストン油圧室
P2 キャンセラ油圧室
x 軸線
図1
図2
図3
図4