特許第6815766号(P6815766)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6815766-ステンレス鋼 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6815766
(24)【登録日】2020年12月25日
(45)【発行日】2021年1月20日
(54)【発明の名称】ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210107BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20210107BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20210107BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   C21D9/46 Q
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-136063(P2016-136063)
(22)【出願日】2016年7月8日
(65)【公開番号】特開2018-3139(P2018-3139A)
(43)【公開日】2018年1月11日
【審査請求日】2019年1月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092565
【弁理士】
【氏名又は名称】樺澤 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100112449
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100062764
【弁理士】
【氏名又は名称】樺澤 襄
(72)【発明者】
【氏名】汐月 勝幸
(72)【発明者】
【氏名】松林 弘泰
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
【審査官】 橋本 憲一郎
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/062152(WO,A1)
【文献】 特表2015−508453(JP,A)
【文献】 特開2006−249564(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/157146(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.05質量%以上0.30質量%以下、Si:1.50質量%以下、Mn:0.1質量%以上2.0質量%以下、P:0.06質量%以下、S:0.005質量%以下、Ni:5.0質量%以上7.0質量%以下、Cr:15.0質量%以上19.0質量%以下、Mo:0質量%以上2.0質量%以下、Cu:0質量%以上2.0質量%以下およびN:0.05質量%以上0.30質量%以下を含有し、C含有量とN含有量との合計が0.20質量%以上で、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
Md30=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Moで示すオーステナイト安定指標であるMd30の値が5以上30以下で、
SFE=2.2Ni+6Cu−1.1Cr−13Si−1.2Mn+32で示す積層欠陥エネルギー生成指標であるSFEの値が15以上25未満で、
δcal=−15−44.91C−0.88Mn−2.31Ni+2.20Cr−1.08Cu−28.8Nで示す1230℃で2時間加熱した後のδフェライト生成指標であるδcalの値が1.0以下で、
オーステナイト相および加工誘起マルテンサイト相の複相組織からなり、
.2%耐力が1519N/mm以上、かつ、伸びが7.3%以上の関係を満たす強度と延性とのバランスを有する
ことを特徴とするステンレス鋼。
【請求項2】
ばね用およびメタルガスケット用の少なくともいずれかである
ことを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強度および延性に優れたステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
環境問題や資源の有効活用に対応した製品や部品の軽量化および小型化の進行により、これら製品や部品の素材となる鋼板に関しても、高い強度を有する薄板材が求められている。
【0003】
また、製品や部品の形状の複雑化も進んでおり、これら製品や部品の素材としては、延性に優れ加工性が良好なステンレス鋼が求められている。
【0004】
しかしながら、一般的には、強度を向上させると延性が低下するため、これらの性質を両立することは困難である。
【0005】
ステンレス鋼は、優れた耐食性を有しており、例えばメタルガスケット等のばね用の部品素材としても広く利用されている。
【0006】
ばね用ステンレス鋼としては、JIS G 4313に規定される、焼入れ・焼戻しマルテンサイト系ステンレス鋼のSUS420J2−CSP、析出硬化型ステンレス鋼のSUS631−CSPやSUS632J1−CSP、および、加工硬化型オーステナイト系ステンレス鋼のSUS301−CSPやSUS304−CSP等が知られており、機械的性質として硬さ、曲げ性、強度および伸び等が規格されている。
【0007】
焼入れ・焼戻しマルテンサイト系ステンレス鋼や析出硬化型ステンレス鋼は、製品加工後に熱処理が施されて、強度を向上させる。
【0008】
しかしながら、これらの熱処理を伴うばね用ステンレス鋼は、所望の強度への調整が難しいとともに、高強度化により延性や加工性の低下が大きい。
【0009】
また加工メーカーでは、熱処理負荷にともなうコストの上昇や生産性の低下も懸念される。
【0010】
さらに、焼入れ・焼戻しマルテンサイト系ステンレス鋼では、熱処理時のCr炭化物析出に起因した耐食性の低下も生じやすい。
【0011】
加工硬化型オーステナイト系ステンレス鋼は、溶体化処理後、冷間圧延等の加工により加工誘起マルテンサイトを生成させて、強度を向上させる。
【0012】
しかしながら、加工により得られた高強度ステンレス鋼は、強度の上昇にともなって、延性が低下し、所定形状への加工が困難となる場合もある。
【0013】
このようにばね用の材料として利用されるステンレス鋼では、製品や部品の軽量化や小型化や複雑化の進行により、高強度で、かつ、延性に優れ加工性が良好なステンレス鋼が求められているものの、ある程度の加工性を保ちつつ、熱処理や冷間圧延によって強度の向上を図っているのが現状であり、高強度化と良好な加工性とを両立させることは困難である。
【0014】
具体的には、この種のばね用の材料としては、例えば特許文献1に記載されているように、焼入れによりマルテンサイト相および残留オーステナイト相の複相組織とした後、熱処理によりCをオーステナイト相中へ拡散させることで強度と延性とのバランスを調整する方法で製造されたステンレス鋼が知られている。
【0015】
また、特許文献2ないし4に記載されているように、準安定オーステナイト系ステンレス鋼において、最終圧延後に材料を熱処理することで硬さや強度を調整しつつ、曲げ加工性を確保する方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2011−184780号公報
【特許文献2】特開平7−216450号公報
【特許文献3】特開2010−144231号公報
【特許文献4】特開2006−249564号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
特許文献1のステンレス鋼は、引張強さと伸びとの積を17300以上にすることで、優れた強度と延性とのバランスを確保しているが、強度が引張強さで評価されている。
【0018】
通常、ばね用途では、引張強さよりも0.2%耐力値が重視されるため、この特許文献1の方法では、十分な強度(0.2%耐力)が得られない可能性がある。
【0019】
特許文献2のステンレス鋼は、冷間圧延で強化した材料を650〜900℃の熱処理により軟化することで、所望の硬さおよび曲げ性を調整確保している。
【0020】
しかしながら、特許文献2では比較的高い温度での熱処理により軟化させるため、強度が敏感に変化しやすく、目的の強度および延性を安定して得ることが困難であると考えられる。なお、熱処理においては、鋭敏化現象の問題を考慮すると、焼鈍をせずに所定の特性を得られることが好ましい。
【0021】
特許文献3のステンレス鋼は、冷間圧延で強化した材料をローラーレベラーで残留応力を除去した後、低温で時効熱処理を施すことにより、形状安定性およびばね限界値を向上させている。
【0022】
しなしながら、高いばね限界値を得ることで、良好な延性を確保できない可能性がある。また、ローラーレベラー加工および時効熱処理を施すため、最終圧延後の加工による製造上の負荷が大きく、生産性の低下も懸念される。
【0023】
特許文献4のステンレス鋼は、最終再結晶焼鈍における結晶粒径と、最終圧延における圧延率とを所定範囲に制御するとともに、歪取り焼鈍における材料到達温度を200〜500℃とし、材料の昇温速度を20℃/秒以上に制御することにより、高強度と良好な曲げ加工性とを確保している。
【0024】
しかしながら、粒径や昇温速度の制御および冷間圧延後の歪取り焼鈍による熱処理負荷は、生産性の低下やコストの上昇が生じる。
【0025】
このように特許文献1ないし4の方法では、例えばばね用の材料として強度および延性に優れたステンレス鋼を、効率的に製造できない可能性がある。
【0026】
したがって、効率的に製造でき、強度および延性に優れたステンレス鋼が求められていた。
【0027】
本発明はこのような点に鑑みなされたもので、効率的に製造でき、強度および延性に優れたステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0028】
請求項1に記載されたステンレス鋼は、C:0.05質量%以上0.30質量%以下、Si:1.50質量%以下、Mn:0.1質量%以上2.0質量%以下、P:0.06質量%以下、S:0.005質量%以下、Ni:5.0質量%以上7.0質量%以下、Cr:15.0質量%以上19.0質量%以下、Mo:0質量%以上2.0質量%以下、Cu:0質量%以上2.0質量%以下およびN:0.05質量%以上0.30質量%以下を含有し、C含有量とN含有量との合計が0.20質量%以上で、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、Md30=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Moで示すオーステナイト安定指標であるMd30の値が5以上30以下で、SFE=2.2Ni+6Cu−1.1Cr−13Si−1.2Mn+32で示す積層欠陥エネルギー生成指標であるSFEの値が15以上25未満で、δcal=−15−44.91C−0.88Mn−2.31Ni+2.20Cr−1.08Cu−28.8Nで示す1230℃で2時間加熱した後のδフェライト生成指標であるδcalの値が1.0以下で、オーステナイト相および加工誘起マルテンサイト相の複相組織からなり、.2%耐力が1519N/mm以上、かつ、伸びが7.3%以上の関係を満たす強度と延性とのバランスを有するものである。
【0029】
請求項2に記載されたステンレス鋼は、請求項1記載のステンレス鋼において、ばね用およびメタルガスケット用の少なくともいずれかであるものである。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、所定の範囲に規定された合金組成において、C+N≧0.20質量%で、Md30の値が5以上30以下で、SFEの値が15以上25未満で、δcalの値が1.0以下となるように成分調整され、オーステナイト相および加工誘起マルテンサイト相の複相組織からなり、.2%耐力が1519N/mm以上、かつ、伸びが7.3%以上の関係を満たす強度と延性とのバランスを有するため、効率的に製造でき、強度および延性が良好である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】実施例における0.2%耐力と伸びとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の一実施の形態の構成について詳細に説明する。
【0033】
一般的に、オーステナイト系ステンレス鋼をベースにして高強度を得るために有効な手段は、冷間圧延等の加工を付与してオーステナイト相を加工硬化させること、および、オーステナイト相の一部を硬質な加工誘起マルテンサイト相へ変態させる、いわゆる加工誘起変態塑性(TRIP)現象を利用することである。また、成形工程においても、加工ひずみが付与された箇所は、TRIP現象により硬化する。
【0034】
このようなTRIP現象の生じやすさは、オーステナイト安定度に影響される。
【0035】
しかしながら、TRIP現象による硬化は、高強度化には有効であるものの、加工性が低下する要因となる。
【0036】
したがって、優れた加工性を維持しつつ高強度化するには、オーステナイト安定度および加工誘起マルテンサイト量を調整することが重要である。
【0037】
また、加工性は、引張試験等で評価される伸びとある程度相関がある。この伸びには、TRIP現象および加工誘起マルテンサイト相の強度に影響する固溶強化元素であるCおよびNが深く関係している。
【0038】
すなわち、加工性を確保するために曲げ性を向上させるには、オーステナイト安定度とC量およびN量とを適正範囲に調整する必要がある。
【0039】
そして、積層欠陥エネルギーの生成指標であるSFEの値が大きいと、オーステナイト相の加工硬化を生じにくくなるため、加工誘起マルテンサイト相とオーステナイト相との硬度差が大きくなり、SFEの値が小さいと、オーステナイト相の加工硬化が生じやすくなるため、オーステナイト相の延性が低下する。
【0040】
これら加工誘起マルテンサイト相とオーステナイト相との硬度差の増大、および、オーステナイト相の延性の低下のいずれも、加工性を低下させる要因となるため、良好な加工性を確保するには、SFEの値を調整することが重要である。
【0041】
以下、本発明の一実施の形態に係るステンレス鋼は、0.05質量%以上0.30質量%以下のC(炭素)、1.50質量%以下のSi(ケイ素)、0.1質量%以上2.0質量%以下のMn(マンガン)、0.06質量%以下のP(リン)、0.005質量%以下のS(硫黄)、5.0質量%以上7.0質量%以下のNi(ニッケル)、15.0質量%以上19.0質量%以下のCr(クロム)、0質量%以上2.0質量%以下のMo(モリブデン)、0質量%以上2.0質量%以下のCu(銅)、および、0.05質量%以上0.30質量%以下のN(窒素)を含有し、C含有量とN含有量との合計が0.20質量%以上(C+N≧0.20質量%)であり、残部がFe(鉄)および不可避的不純物で構成される。
【0042】
また、上記各元素の含有量の範囲において、Md30=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Moの(1)式で示すオーステナイト安定指標であるMd30の値が、5以上30以下となるように成分調整されている。
【0043】
さらに、上記各元素の含有量の範囲において、SFE=2.2Ni+6Cu−1.1Cr−13Si−1.2Mn+32の(2)式で示す積層欠陥エネルギー生成指標であるSFEの値が、15以上25未満となるように成分調整されている。
【0044】
また、上記各元素の含有量の範囲において、δcal=−15−44.91C−0.88Mn−2.31Ni+2.20Cr−1.08Cu−28.8Nの(3)式で示す1230℃で2時間加熱した後のδフェライト生成指標であるδcalの値が、1.0以下となるように成分調整されている。
【0045】
さらに、上記ステンレス鋼は、オーステナイト相および加工誘起マルテンサイト相の複相組織を有している。
【0046】
なお、上記各式の元素記号には、ステンレス鋼が含有している各元素の含有量が代入され、各式に含まれる元素のうち、無添加のものは0が代入される。
【0047】
CおよびNは、オーステナイト生成元素であり、これらの元素の含有量が少なすぎるとδフェライト相の生成量が増大し、熱間加工性が低下する。また、CおよびNは、加工誘起マルテンサイト相を固溶強化するために有用な元素である。そして、Cの含有量およびNの含有量をいずれも、0.05質量%以上にすることが、顕著な延性向上作用を安定して得るために重要である。一方、CおよびNを、0.30質量%を超えて過剰に含有させると、鋼が過度に硬質化し加工性を阻害する要因となる可能性がある。したがって、Cの含有量およびNの含有量は、いずれも0.05質量%以上0.30質量%以下とする。
【0048】
また、加工誘起マルテンサイト相の生成の際、TRIP現象による十分な延性を発現させるためには、C+N(CおよびNの合計含有量)を0.20質量%以上とする必要がある。したがって、CおよびNは、上記それぞれの含有量の範囲において、C+N≧0.20質量%とする。
【0049】
なお、C+Nが0.40質量%を超えると、硬質化による加工性を阻害する可能性がある。そのため、C+Nを0.40質量%以下にすることが好ましく、Cの含有量およびNの含有量をいずれも0.05質量%以上0.15質量%以下とし、C+Nを0.20質量%以上0.30質量%以下とするとより好ましい。
【0050】
Siは、製鋼での脱酸に有用な元素であるとともに、固溶強化に寄与する元素である。しかし、1.50質量%を超えて過剰に含有させると、鋼が硬質化し加工性を損なう要因となる。また、Siはフェライト生成元素であるため、過剰添加は高温域でのδフェライト相の多量生成を招き、熱間加工性を阻害する。したがって、Siの含有量は、1.50質量%以下とする。
【0051】
Mnは、Niに比べて安価で、Niの作用を代替できる有用なオーステナイト形成元素である。また、鋼を固溶強化する有用な元素でもある。その作用を活用するためには、0.1質量%以上含有させる必要がある。一方、Mnを、2.5質量%を超えて過剰に含有させると、熱間加工性を阻害する要因となる。したがって、Mnの含有量は、0.1質量%以上2.0質量%以下とし、より好ましくは、1.0質量%以上1.5質量%以下である。
【0052】
PおよびSは、不可避的不純物として混入するが、その含有量は低いほど好ましい。そして、加工性およびその他の材料特性や、製造性への悪影響を考慮して、Pの含有量を0.06質量%以下(無添加を含む。)とし、Sの含有量を0.005質量%以下(無添加を含む。)とする。
【0053】
Niは、オーステナイト系ステンレス鋼に必須の元素であり、延性や靭性の向上に有効である。その作用を十分に奏するには、5.0質量%以上含有させる必要がある。一方、Niを7.0質量%を超えて過剰に含有させると、強度特性を低下させる要因になるとともに、コストの増大により経済性も低下する。したがって、Niの含有量は、5.0質量%以上7.0質量%以下とする。
【0054】
Crは、ステンレス鋼の耐食性を担保する不動態皮膜の形成に必須の元素であり、15.0質量%以上含有させることで、耐食性を十分に確保できる。一方、Crは、フェライト生成元素であるため、過度に含有させると熱延前加熱温度が(γ+δ)の2相域となり、加熱後もδフェライトの多量生成を招き、熱間加工性を損なう要因となる。この一実施の形態では、オーステナイト生成元素の含有量の調整により19.0質量%まで含有させることができる。したがって、Crの含有量は、15.0質量%以上19.0質量%以下とする。
【0055】
Moは、耐食性の向上に有用な元素であるとともに、固溶強化に寄与する元素であるが、2.0質量%を超えて過剰に含有させると、熱間加工性を損なう要因となる。したがって、Moの含有量は、0質量%以上2.0質量%以下(無添加を含む。)とする。
【0056】
Cuは、加工誘起マルテンサイト相の生成に起因して加工硬化を抑制するため、製造工程の負荷を低減できる有効な元素である。一方、Cuを過剰に含有させると、熱間加工性の低下につながる。したがって、Cuの含有量は0質量%以上2.0質量%以下(無添加を含む。)とする。
【0057】
ここで、(1)式で表されるオーステナイト安定度指標であるMd30は、その値が大きいほど、オーステナイト相から加工誘起マルテンサイト相への変態が起こりやすく、軽度の冷延ひずみの付与で高強度が得られるとともに、優れた延性を確保できる。また、成形が施される場合においても、曲げ部など加工ひずみが付与された部分はTRIP現象によりさらに高い強度を得られやすい。このような効果はMd30の値が5以上の場合に顕著に現れる。一方、Md30の値が30を超えると、曲げ加工を施した部分における加工誘起マルテンサイト生成量が多くなり過ぎるため、割れが誘発され曲げ性が劣化する可能性がある。したがって、高強度でかつ良好な延性を安定して確保するために、オーステナイト安定度指標であるMd30の値は、5以上30以下とし、より好ましくは、8以上28以下である。
【0058】
また、(2)式で表される積層欠陥エネルギー生成指標であるSFEは、その値が大きい場合、具体的にはSFEの値が25以上である場合に、オーステナイト相の加工硬化が小さくなって、加工時に生じた加工誘起マルテンサイト相とオーステナイト相との硬度差により、亀裂が生じやすくなる。一方、SFEの値が15未満の場合は、オーステナイト相の加工硬化が過大となり、延性が低下してしまう可能性がある。したがって、硬度差による亀裂の発生および延性低下を防止するために、積層欠陥エネルギー指標であるSFEの値は、15以上25未満とする。
【0059】
さらに、(3)式で表されるδcalは、連続鋳造後に1230℃で2時間の加熱処理を施した後の鋳片におけるδフェライト量を示している。δcalの値が1.0を超えて大きくなると、熱間圧延時における耳割れが発生しやすくなる。また、最終製品材において、機械特性および疲労特性の低下にも影響する。したがって、例えばばね用ステンレス鋼の素材として良好な熱間加工性、機械特性および疲労特性を確保するために、δcalの値は、1.0以下とする。
【0060】
上記一実施の形態に係るステンレス鋼は、一般的なオーステナイト系ステンレス鋼板の製造プロセスにより製造可能である。
【0061】
具体的には、上述のように成分調整された鋼を製鋼設備により溶製して鋳片とした後、熱間圧延により熱延鋼板とする。なお、熱間圧延前の鋳片加熱温度は、1100℃以上1350℃以下の範囲であればよい。
【0062】
熱延鋼板には、中間焼鈍を施した後、冷間圧延により板厚を減少させ、仕上焼鈍を施す。なお、中間焼鈍および仕上焼鈍の後には、酸洗を行う。また、必要に応じて冷間圧延途中に中間焼鈍を施してもよい。熱間圧延以降の中間焼鈍および仕上焼鈍は、900℃以上1100℃以下の範囲で行うことが好ましい。
【0063】
また、仕上焼鈍後は目標硬さに応じた調質圧延が施され、例えば板厚0.1mm以上3.0mm以下の調質圧延鋼板とすることができる。さらに、調質圧延後には、必要に応じて形状矯正が実施される。
【0064】
上記一実施の形態によれば、Md30の値が5以上30以下となるように成分調整することにより、オーステナイト相から加工誘起マルテンサイト相へ変態しやすくTRIP現象を起きやすくできるため、高強度化できるとともに、曲げ性の低下を抑制して加工性の低下を防止できる。
【0065】
また、SFEの値が15以上25未満となるように成分調整することにより、オーステナイト相の過剰な加工硬化による延性の低下を抑制できるとともに、オーステナイト相と加工誘起マルテンサイト相との硬度差による亀裂の発生を抑制でき、加工性の低下を防止できる。
【0066】
さらに、δcalの値が1.0以下となるように成分調整することにより、熱間圧延の際の割れの発生を抑制して熱間加工性の低下を防止できるとともに、δフェライト相による機械的特性および疲労特性の低下を防止できる。
【0067】
また、C+Nを0.20質量%以上にすることにより、TRIP現象により延性を発現させて加工性を向上できる。
【0068】
したがって、上記合金組成の範囲において、Md30の値が5以上30以下で、SFEの値が15以上25未満で、δcalの値が1.0以下で、C+Nが0.20質量%以上となるように成分調整されているため、強度および延性が良好である。
【0069】
すなわち、例えば従来鋼である300系ステンレス鋼のSUS301−CSP/H材に比べ、強度および延性のバランスが良好である。
【0070】
また、例えば強度と延性とのバランスを調整するための最終圧延後に熱処理等を要さず、効率的に製造できる。
【0071】
そして、上記ステンレス鋼は、強度および延性に優れるため、例えばメタルガスケット等のばね用の材料として好適である。
【実施例】
【0072】
以下、本実施例および比較例について説明する。
【0073】
まず、表1に示す組成のステンレス鋼を溶製した。表1において、a1〜a8が本発明で規定する化学成分を有する発明対象鋼(本実施例)で、b1〜b5が比較鋼(比較例)で、c1は従来鋼(比較例)のSUS301−CSP/H材である。
【0074】
なお、b1は、Md30の値が本発明で規定する範囲外である。b2は、SFEの値が本発明で規定する範囲外である。b3は、Md30、C+Nおよびδcalの値が本発明で規定する範囲外である。b4は、Md30およびδcalが本発明で規定する範囲外である。b5は、C+Nおよびδcalの値が本発明で規定する範囲外である。
【0075】
【表1】
【0076】
各鋼いずれも100kgの鋼塊を得た後に、抽出温度1230℃で熱間圧延することにより板厚3mmの熱延鋼帯を製造した。
【0077】
この熱延鋼帯に1080℃で均熱5分の中間焼鈍を施した後、冷間圧延および1080℃で均熱1分の焼鈍を繰り返し、中間鋼帯を得た。また、調質圧延後の板厚が0.2mmとなる圧延率をそれぞれの鋼についてあらかじめ調べておき、その調質圧延率をもとに仕上焼鈍時の板厚を設定して、その板厚まで冷間圧延を行った後に1080℃で均熱1分の仕上焼鈍を施した。
【0078】
さらに、仕上焼鈍後に板厚0.2mmまで調質圧延を行った。この調質圧延は、鋼板の温度が70℃となるよう加温した上で7〜10パス行った。
【0079】
このように製造した各鋼の板厚0.2mmの調質圧延材を用いて、機械的性質の調査を行った。
【0080】
機械的性質は、強度についてはJIS Z 2241の引張試験による引張強さおよび0.2%耐力を指標とし、延性については伸びを指標として評価した。
【0081】
本実施例および比較例に関する機械的特性の結果を表2および図1に示す。
【0082】
【表2】
【0083】
本実施例は、従来鋼のSUS301−CSP/H材(比較例であるc1)に比べ、良好な強度および延性のバランスを備えていた。
【0084】
具体的には、本実施例は、40%程度の調質圧延率の場合(図1における右側の本実施例群)には、SUS301−CSP/H材に比べて、同等の強度でかつ3倍以上の高い延性を備えていた。また、50%程度の調質圧延率の場合(図1における左側の本実施例群)には、SUS301−CSP/H材に比べて、高い強度かつ2倍以上の良好な延性を備えていた。
【0085】
一方、比較鋼(比較例であるb1〜b5)は、SUS301−CSP/H材に比べて、
強度および延性が劣る鋼種や、強度は同等であるが延性が劣る鋼種や、延性は優れているが強度が劣る鋼種や、強度および延性の両方が同程度の鋼種がほとんどであり、本実施例より機械的特性(強度および延性)が低かった。すなわち、比較例はいずれも本実施例に比べて、高い強度と高い延性とのバランスに劣っていた。
【0086】
したがって、本発明で規定した組成に調整した後、調質圧延により高強度化した鋼において、高い強度と高い延性とを両立できることが確認された。
図1