特許第6816011号(P6816011)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6816011
(24)【登録日】2020年12月25日
(45)【発行日】2021年1月20日
(54)【発明の名称】植毛粉体塗装物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B05D 1/14 20060101AFI20210107BHJP
   B05D 1/36 20060101ALI20210107BHJP
   B32B 5/16 20060101ALI20210107BHJP
   F16F 1/12 20060101ALI20210107BHJP
【FI】
   B05D1/14
   B05D1/36 Z
   B32B5/16
   F16F1/12 C
【請求項の数】11
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-550335(P2017-550335)
(86)(22)【出願日】2016年11月8日
(86)【国際出願番号】JP2016083125
(87)【国際公開番号】WO2017082252
(87)【国際公開日】20170518
【審査請求日】2019年9月2日
(31)【優先権主張番号】特願2015-219909(P2015-219909)
(32)【優先日】2015年11月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000210986
【氏名又は名称】中央発條株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【弁理士】
【氏名又は名称】東口 倫昭
(72)【発明者】
【氏名】山下 尊
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 秀和
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 誠記
(72)【発明者】
【氏名】▲桑▼山 年雄
【審査官】 伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−241966(JP,A)
【文献】 特開昭51−057740(JP,A)
【文献】 特開平08−290080(JP,A)
【文献】 特開昭59−097333(JP,A)
【文献】 特開昭61−164682(JP,A)
【文献】 中国実用新案第2521240(CN,Y)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D 1/00− 7/26
B32B 1/00− 43/00
F16F 1/00− 1/54
C09D 1/00−201/10
C09J 1/00−201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と植毛塗装層とを有し、
該植毛塗装層は、熱硬化性樹脂を含む粉体塗料と該粉体塗料に埋設した植毛用有機フィラーの一部とからなる塗膜と、該塗膜から突出した該植毛用有機フィラーの他部からなる植毛層と、を有し、
該植毛用有機フィラーは、該粉体塗料により該塗膜に固定されていることを特徴とする植毛粉体塗装物。
【請求項2】
前記熱硬化性樹脂は、防錆性を有する請求項1に記載の植毛粉体塗装物。
【請求項3】
前記植毛用有機フィラーは、ナイロン繊維、ポリエステル繊維、レーヨン繊維、綿繊維、およびポリエチレン繊維から選ばれる一種以上を含む請求項1または請求項2に記載の植毛粉体塗装物。
【請求項4】
前記植毛用有機フィラーは、前記基材の表面に対して傾斜した状態で植え付けられているフィラーを有し、前記植毛塗装層において該植毛用有機フィラーの少なくとも一部は互いに交差している請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の植毛粉体塗装物。
【請求項5】
前記塗膜の厚さは、30μm以上500μm以下である請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の植毛粉体塗装物。
【請求項6】
前記植毛用有機フィラーの長手方向の長さは50μm以上2000μm以下であり、
該植毛用有機フィラーのうち前記塗膜に埋設されている部分の長さは20μm以上である請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の植毛粉体塗装物。
【請求項7】
前記塗膜は巣状の空孔を有し、
該塗膜の厚さ方向の断面において、厚さ方向と垂直な面方向における該空孔の最大長さは300μm以下である請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の植毛粉体塗装物。
【請求項8】
前記塗膜は巣状の空孔を有さない請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の植毛粉体塗装物。
【請求項9】
前記基材は、ばね部材である請求項1ないし請求項8のいずれかに記載の植毛粉体塗装物。
【請求項10】
請求項1に記載の植毛粉体塗装物の製造方法であって、
前記粉体塗料および前記植毛用有機フィラーを有する粉体塗料組成物を製造する工程と、
前記基材に該粉体塗料組成物を静電力により付着させる工程と、
該粉体塗料組成物が付着した該基材を加熱して、該粉体塗料に含まれる前記熱硬化性樹脂を硬化させて前記塗膜を形成する工程と、
を有することを特徴とする植毛粉体塗装物の製造方法。
【請求項11】
請求項1に記載の植毛粉体塗装物の製造方法であって、
前記基材に前記粉体塗料を付着させる工程と、
該基材に付着した該粉体塗料に前記植毛用有機フィラーを静電力により付着させる工程と、
該粉体塗料および該植毛用有機フィラーが付着した該基材を加熱して、該粉体塗料に含まれる前記熱硬化性樹脂を硬化させて前記塗膜を形成する工程と、
を有することを特徴とする植毛粉体塗装物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装および植毛が接着剤を使用することなく施された植毛粉体塗装物に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車のパワーバックドアなどにはコイルばねが収容されたスプリングアセンブリが用いられる。当該コイルばねには、防錆性および消音性が要求される。このため、コイルばねの表面には、防錆性を付与するための塗装と、消音性を付与するための植毛加工が施される。
【0003】
植毛加工とは、被加工物の表面に予め接着剤を塗布しておき、その表面に短繊維を植え付ける加工である。植毛加工の方法としては、静電植毛法が知られている。静電植毛法においては、静電力により飛翔させた短繊維を、被加工物の接着剤の塗布面に突き刺すように付着させることにより、被加工物の表面に短繊維をほぼ直立した状態で固定する(例えば特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−224612号公報
【特許文献2】特開平5−138813号公報
【特許文献3】特開平10−258472号公報
【特許文献4】特開2004−16966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の静電植毛法によると、短繊維を付着させるために接着剤が必要である。しかしながら、接着剤は、防錆性能を有しない。よって、防錆性を付与するためには、植毛加工の前に防錆性能を有する塗膜を形成しておかなければならない。この場合、塗装、接着剤の塗布、植毛という三工程が必要になる。塗装工程においては、後の接着剤の塗布工程の前に、塗膜を乾燥させる時間も必要である。このため従来の方法においては、工程数が多く、処理に時間を要し、製造コストが大きいという問題があった。また、植毛時に脱落した短繊維には接着剤が付着する。接着剤は液状であるため、脱落した短繊維を回収して再利用することは難しい。さらに、接着剤は有機溶剤を含むものが多いため、環境への負荷も大きい。
【0006】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、塗装および植毛が接着剤を使用することなく施された植毛粉体塗装物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の植毛粉体塗装物は、基材と植毛塗装層とを有し、該植毛塗装層は、粉体塗料と該粉体塗料に埋設した植毛用有機フィラーの一部とからなる塗膜と、該塗膜から突出した該植毛用有機フィラーの他部からなる植毛層と、を有することを特徴とする。
【0008】
粉体塗料は、熱硬化性または熱可塑性の樹脂を含む。粉体塗料に含まれる熱硬化性樹脂が硬化する、あるいは熱可塑性樹脂が固化することにより塗膜が形成される。塗膜形成時に、植毛用有機フィラーの一部は塗膜に固定され、それ以外の他部は塗膜から突出する。塗膜から突出した植毛用有機フィラーの他部により植毛層が形成される。本発明の植毛粉体塗装物においては、粉体塗料が接着剤としての役割を果たすことにより、接着剤を使用しなくても植毛状態が実現される。このため、本発明の植毛粉体塗装物の製造において、接着剤の塗布工程を省略することができる。したがって、従来と比較して、工程数を減らして処理時間を短縮することができる。これにより、製造コストを削減することができる。
【0009】
植毛塗装層における植毛用有機フィラーは、基材の表面に対して直立した状態や斜めに傾斜した状態で配置される。傾斜した状態の植毛用有機フィラーは、互いに交差する。これにより、植毛層によるエネルギー吸収量が多くなり、消音性が向上すると考えられる。
【0010】
本発明の植毛粉体塗装物によると、植毛用有機フィラーを固定するための接着剤は不要である。また、粉体塗料は有機溶剤を含まない。よって、本発明の植毛粉体塗装物を製造する際に、有機溶剤を使用しないで済む。このため、本発明の植毛粉体塗装物によると、環境への負荷を小さくすることができる。粉体塗料は、液体塗料と比較して、塗料の飛散が少なく回収が容易である。液体塗料の場合、基材表面に塗布できる量は表面張力により決まるため、それを超えると流れてしまい厚膜化しにくい。この点、粉体塗料によると、塗膜厚さを調整しやすく、厚膜化も容易である。また、粉体塗料に配合される樹脂の種類、添加剤などを適宜選択することにより、所望の特性を塗膜に付与することができる。例えば、防錆性能が高い樹脂を選択することにより、塗膜の防錆性を高めることができる。
【0011】
本発明の植毛粉体塗装物を製造する際には、粉体塗料や植毛用有機フィラーを乾いた状態で使用する。このため、付着しなかった植毛用有機フィラーを回収しやすく、再利用することも容易である。植毛用有機フィラーは、無機フィラーと比較して、柔軟である。このため、触感に優れるだけでなく、付着時に折れにくく植毛状態を維持しやすい。
【0012】
ちなみに、特許文献3には、表面処理鋼板の表面に、水性エポキシ変性ポリウレタン樹脂などからなる植毛接着水性塗料組成物から形成された植毛植付層と、該植毛植付層の上に形成された有機短繊維からなる静電植毛層と、を有する静電植毛鋼板が開示されている。また、特許文献4には、基材にウレタンエマルジョンを含む一液塗料を吹き付けた後、パイルを吹き付ける植毛方法が開示されている。特許文献3、4において使用される植毛接着水性塗料組成物およびウレタンエマルジョンを含む一液塗料は、いずれも液体塗料であり粉体塗料ではない。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】植毛用有機フィラーの植え付け状態の判断方法を示す説明図である。
図2】実施例2のコイルばねの表面付近の断面模式図である。
図3】圧縮試験装置の概略図である。
図4】圧縮試験における打音の振動レベルを示すグラフである。
図5】実施例3の試験片に貼着させた粘着テープの拡大写真である。
図6】比較例2の試験片に貼着させた粘着テープの拡大写真である。
図7】粉体塗料組成物の吹き付け時間に対する塗膜厚さを示すグラフである。
図8】植毛層のばね定数の測定方法の説明図である。
図9】実施例2と比較例3のコイルばねにおける荷重とたわみ量との関係を示すグラフである。
図10】打音測定装置の概略図である。
【符号の説明】
【0014】
10:コイルばね(基材)、11:植毛塗装層、12、13:植毛用有機フィラー、110:塗膜、111:植毛層、20:圧縮試験装置、21:外筒、22:コイルばね、23:治具、24:加速度ピックアップ、25:チャージアンプ、26:FFTアナライザ、210:芯棒、211:ばね座、30:コイルばね、31:台座、32:一円硬貨、4:打音測定装置、40:支持部材、41:ガイドレール、42:治具、43:コイルばね、44:鋼板、45:騒音計、400:底板、401:固定台、420:筒部、L:下区間、M:中区間、U:上区間、S:切断面、W:測定幅。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の植毛粉体塗装物の実施の形態について説明する。なお、本発明の植毛粉体塗装物は、以下の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良などを施した種々の形態にて実施することができる。
【0016】
<植毛粉体塗装物>
本発明の植毛粉体塗装物は、基材と植毛塗装層とを有する。本発明の植毛粉体塗装物は、植毛用有機フィラーを固定するための接着剤層を有しない。
【0017】
[基材]
基材は特に限定されない。例えば金属製の部材として、コイルばねなどのばね部材、ばね部材を収容する相手側部材などが挙げられる。ばね部材の材質としては、一般にばね用として用いられるばね鋼などが好適である。ばね部材については、例えば、ばね鋼などを熱間または冷間成形した後、ショットピーニングなどを施して、表面粗さを調整しておくとよい。また、ばね部材の素地表面に、リン酸亜鉛、リン酸鉄などのリン酸塩の皮膜を形成しておくことが望ましい。リン酸塩皮膜の上に塗膜を形成することにより、耐食性および塗膜の密着性が向上する。特に、リン酸塩がリン酸亜鉛の場合には、耐食性がより向上する。リン酸塩皮膜は、既に公知の方法により形成すればよい。例えば、リン酸塩の溶液槽にばね部材を浸漬する浸漬法、リン酸塩の溶液をスプレーガンなどでばね部材に吹き付けるスプレー法などが挙げられる。
【0018】
[植毛塗装層]
植毛塗装層は、粉体塗料と該粉体塗料に埋設した植毛用有機フィラーの一部とからなる塗膜と、該塗膜から突出した該植毛用有機フィラーの他部からなる植毛層と、を有する。
【0019】
粉体塗料は、塗膜形成のベース材料である樹脂、硬化剤、顔料などを含む。樹脂としては、熱硬化性樹脂および熱可塑性樹脂の中から選択すればよい。熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、フッ素樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂などが挙げられる。熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン(ABS)樹脂、メタクリル樹脂、ナイロン樹脂などが挙げられる。例えば、塗膜による防錆性を高めたい場合には、エポキシ樹脂を選択することが望ましい。また、防錆性に加えて、本発明の植毛粉体塗装物を屋外で使用する場合などで塗膜に耐候性を付与したい場合には、エポキシ樹脂と、カルボキシ基を有するポリエステル樹脂と、を組み合わせて用いることが望ましい。
【0020】
エポキシ樹脂としては、例えば、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、結晶性エポキシ樹脂などが挙げられる。また、ポリエステル樹脂としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロパンジオール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオールなどの多価アルコールと、テレフタル酸、マレイン酸、イソフタル酸、コハク酸、アジピン酸、セバチン酸などのカルボン酸と、をエステル交換または重縮合反応させた樹脂が挙げられる。
【0021】
硬化剤としては、例えば、芳香族アミン、酸無水物、ブロックイソシアネート、ヒドロキシアルキルアミド(HAA)、トリグリシジルイソシアヌレート(TGIC)、脂肪族二塩基酸、ジシアンジアミドの誘導体、有機酸ジヒドラジドの誘導体などが挙げられる。樹脂として、エポキシ樹脂とカルボキシ基を有するポリエステル樹脂とを組み合わせて用いる場合は、カルボキシ基を有するポリエステル樹脂が、エポキシ樹脂の硬化剤としての役割を果たす。
【0022】
顔料としては、例えば、着色顔料として、カーボンブラック、二酸化チタン、ベンガラ、黄土などの無機系顔料、キナクリドンレッド、フタロシアニンブルー、ベンジジンエローなどの有機系顔料が挙げられる。また、体質顔料として、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、タルク、シリカ、硫酸バリウムなどが挙げられる。体質顔料の粒子径、粒子形状により、塗膜の屈曲性、耐衝撃性などの機械的性質を調整することができる。
【0023】
粉体塗料は、上述した成分以外にも必要に応じて種々の添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、表面調整剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、帯電抑制剤、難燃剤などが挙げられる。粉体塗料は、公知の方法により製造すればよい。例えば、樹脂などの材料を溶融混練した後、粉砕して製造することができる。
【0024】
植毛用有機フィラー(以下、単に「フィラー」と称す場合がある)の種類は、特に限定されない。例えば、ナイロン繊維、ポリエステル繊維、レーヨン繊維、綿繊維、ポリエチレン繊維、アラミド繊維、フッ素繊維などが挙げられる。なかでも、ナイロン繊維、ポリエステル繊維、レーヨン繊維、綿繊維、およびポリエチレン繊維から選ばれる一種以上を含むことが望ましい。
【0025】
植毛用有機フィラーの表面抵抗値は、1×10Ω以上1×1018Ω未満であるとよい。本明細書においては、表面抵抗値として、日置電機(株)製の超絶縁計「SM−8220」により測定された値を採用する。植毛用有機フィラーの表面抵抗値が1×10Ω未満の場合には、導電性が高く放電しやすくなるためフィラーの飛翔性が悪くなる。このため、静電力による植毛が難しくなる。より好適な表面抵抗値は、1×10Ω以上である。反対に、表面抵抗値が1×1018Ω以上になると、帯電しすぎてフィラーの飛翔性が悪くなる。このため、静電力による植毛が難しくなる。より好適な表面抵抗値は、1×1017Ω未満、さらには1×1011Ω未満である。
【0026】
植毛用有機フィラーとしては、分散性の向上や過剰な帯電を抑制することを目的として、電着処理、吸水処理、撥水処理、プライマー処理などの種々の表面処理が施された繊維を使用することができる。例えば、植毛用有機フィラーは、表面に電着処理膜を有することが望ましい。電着処理膜を有することにより、フィラーの表面抵抗値が所望の値に調整される。これにより、フィラーの過剰な帯電が抑制され植毛時の飛翔力が向上する。また、繊維は凝集しやすいため、そのままでは絡まりやすく塊状になりやすい。この点、表面に電着処理膜を有すると、繊維(植毛用有機フィラー)の分散性が向上する。これにより、フィラーの凝集が抑制され、ほぼ均一な植毛状態を実現することができる。
【0027】
電着処理膜は、植毛用有機フィラーとして使用する繊維の表面を電着処理して形成される。電着処理としては、繊維をタンニン、吐酒石などで処理して、繊維の表面にタンニン化合物などを生成させる方法がある。また、塩化バリウム、硫酸マグネシウム、珪酸ソーダ、硫酸ナトリウムなどの無機塩類、第四級アンモニウム塩、高級アルコール硫酸エステル塩、ベタイン型などの界面活性剤、および有機珪素化合物(コロイダルシリカ)を適宜混合した溶液で繊維を処理して、繊維の表面にシリコン系化合物を付着させる方法がある。
【0028】
植毛用有機フィラーは、繊維状を呈している。フィラーの長手方向の長さは特に限定されないが、フィラーが短すぎると、フィラーが粉体塗料に埋もれてしまい所望の植毛状態を実現できなくなる。例えば、フィラーの長さは50μm以上であることが望ましい。200μm以上、さらには500μm以上であるとより好適である。一方、フィラーが長すぎると、フィラーが倒れて所望の植毛状態を実現できなくなる。例えば、フィラーの長さは2000μm以下であることが望ましい。1000μm以下、さらには600μm以下であるとより好適である。フィラーの短手方向の最大長さ(太さ)は、特に限定されないが、フィラーが細すぎると、自重でカールしてしまい所望の植毛状態を実現できなくなる。例えば、フィラーの太さは5μm以上であることが望ましい。10μm以上、さらには20μm以上であるとより好適である。一方、フィラーが太すぎると、触感が悪くなる。例えば、フィラーの太さは50μm以下であることが望ましい。40μm以下、さらには30μm以下であるとより好適である。
【0029】
塗膜は、粉体塗料に含まれる樹脂が硬化または固化することにより形成される。植毛用有機フィラーの一部は塗膜に埋設されて固定される。それ以外の他部は、塗膜から突出して植毛層を形成する。塗膜および植毛層の厚さは、要求される特性に応じて適宜決定すればよい。例えば、植毛用有機フィラーの長手方向の長さが50μm以上2000μm以下である場合、塗膜の厚さを30μm以上500μm以下とすることが望ましい。塗膜の厚さが30μm未満の場合には、防錆性の付与など塗装により得られる効果が小さくなる。また、植毛用有機フィラーが埋設される長さが短いため植毛用有機フィラーを充分に固定することができない。例えば、植毛用有機フィラーのうち塗膜に埋設されている部分の長さは20μm以上であるとよい。反対に、塗膜の厚さが500μmを超えると、植毛用有機フィラーが付着しにくくなる。
【0030】
植毛用有機フィラーは、基材の表面に対して直立した状態だけでなく傾斜した状態で植え付けられていることが望ましい。植え付けられた植毛用有機フィラー同士が互いに交差することにより、植毛層によるエネルギー吸収量が多くなり、消音性が向上すると考えられる。植毛用有機フィラーの植え付け状態は、植毛塗装層の厚さ方向の断面写真を走査型電子顕微鏡(SEM)にて倍率100倍で撮影して調べることができる。そして、傾斜した状態の植毛用有機フィラーの有無については、以下のようにして判断すればよい。
【0031】
図1に、植え付け状態の判断方法の説明図を示す。図1の説明図は、基材がコイルばねである植毛粉体塗装物の断面SEM写真(倍率100倍)を模式的に示している。図1に示すように、SEM写真において、最も長い植毛用有機フィラーの長さを基準長さとして、当該基準長さを四等分し、基材10の表面から1/4長さまでの区間を下区間L、1/4長さから3/4長さまでの区間を中区間M、3/4長さから残りの区間を上区間Uに区画する。そして、中区間Mにおいて切断面Sが見えている植毛用有機フィラー12のみを、傾斜した状態で植え付けられているフィラーと認定する。図1の説明図では、傾斜した状態で植え付けられていると認定できるフィラーは4本である。傾斜しているフィラーが多いほど、消音性が高くなると考えられる。例えば、植毛塗装層の厚さ方向と垂直方向の幅1mmを測定幅Wとした場合、中区間Mに切断面Sが見えている植毛用有機フィラー12(つまり傾斜しているフィラー)の数は、3本以上であることが望ましい。6本以上であるとより好適である。
【0032】
植毛用有機フィラーの付着量は、例えば、1.2mg/cm以上80mg/cm以下であるとよい。植毛用有機フィラーの付着量が1.2mg/cm未満の場合には、製造するのが難しいだけでなく、フィラーが少ないため、例えば消音性などの植毛により得られる効果が小さくなる。2mg/cm以上であると好適である。一方、フィラーを80mg/cmより多く付着させても、得られる効果に差が見られない。製造コストを考慮すると、植毛用有機フィラーの付着量は18mg/cm以下であるとよい。消音性を確保しつつ製造コストをさらに削減するためには、10mg/cm以下であるとよい。なお、植毛用有機フィラーの付着量は、植毛粉体塗装物の相手側部材との接触面における測定値である。
【0033】
塗膜による防錆などの効果を高めるためには、塗膜の内部に「巣」と呼ばれる空孔(以下、「巣状の空孔」と称す)が無いか、あっても少ない方が望ましい。巣状の空孔がある場合は、できるだけその大きさが小さい方が望ましい。例えば、塗膜の厚さ方向の断面において、厚さ方向と垂直な面方向における当該空孔の最大長さは、300μm以下であることが望ましい。
【0034】
<植毛粉体塗装物の製造方法>
本発明の植毛粉体塗装物は、例えば以下の二通りの方法により製造することができる。第一の方法は、予め粉体塗料と植毛用有機フィラーとがドライブレンドされてなる粉体塗料組成物を、基材に静電力により付着させる方法である。第一の方法においては、まず、粉体塗料および植毛用有機フィラーを容器に入れ、人力または機械力により振とう、撹拌して粉体塗料組成物を製造する。次に、粉体塗料組成物を、静電塗装ガン、静電流動浸漬槽などを用いて基材に付着させる。前者の場合、粉体塗料組成物を、静電塗装ガンのノズルを通過させることにより帯電させて、基材の表面に付着させればよい。粉体塗料組成物を帯電させることができれば、静電塗装ガンのノズルに電圧を印加してもしなくてもよい。後者の場合、粉体塗料組成物を静電流動浸漬槽内で流動させながら、電圧が印可された針状の放電極により帯電させて、基材の表面に付着させればよい。最後に、粉体塗料組成物が付着した基材を加熱して、粉体塗料に含まれる樹脂を硬化または溶融後に固化させて塗膜を形成する。加熱温度、加熱時間などは、樹脂の種類に応じて適宜決定すればよい。また、加熱は、通常使用される電気炉、熱風乾燥機などを用いて行えばよい。
【0035】
第二の方法は、粉体塗装と植毛とを別々に行う方法である。第二の方法においては、まず、粉体塗料を基材に付着させる。粉体塗料を基材に付着させる方法としては、流動浸漬法、静電流動浸漬法、静電スプレー法など既に公知の方法を用いればよい。なかでも、静電力を用いた静電スプレー法、静電流動浸漬法が好適である。前者の場合、粉体塗料を、静電塗装ガンのノズルを通過させることにより帯電させて、基材の表面に付着させればよい。粉体塗料を帯電させることができれば、静電塗装ガンのノズルに電圧を印加してもしなくてもよい。後者の場合、流動浸漬槽内で粉体塗料を流動させながら、電圧が印可された針状の放電極により帯電させて、基材の表面に付着させればよい。粉体塗料を基材に付着させる回数は、一回でも二回以上でもよい。例えば、粉体塗料を基材に付着させた後、それに重ねて粉体塗料を繰り返し付着させてもよい。
【0036】
次に、付着した粉体塗料層に植毛用有機フィラーを静電力により付着させる。すなわち、粉体塗料に含まれる樹脂を硬化させない状態(熱硬化性樹脂の場合)、または固化させない状態(熱可塑性樹脂の場合)で、植毛用有機フィラーを付着させる。植毛用有機フィラーを静電力により付着させるには、粉体塗料の場合と同様に、静電塗装ガン、静電流動浸漬槽などを用いればよい。最後に、粉体塗料および植毛用有機フィラーが付着した基材を加熱して、粉体塗料に含まれる樹脂を硬化または溶融後に固化させて塗膜を形成する。加熱温度、加熱時間などは、樹脂の種類に応じて適宜決定すればよい。また、加熱は、通常使用される電気炉、熱風乾燥機などを用いて行えばよい。
【実施例】
【0037】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0038】
<植毛粉体塗装物の製造>
(1)実施例1のコイルばね
粉体塗料と植毛用有機フィラーとがドライブレンドされてなる粉体塗料組成物を使用する第一の方法により、植毛粉体塗装物を製造した。基材としては、ばね鋼製のコイルばねを使用した。コイルばねの総巻数は50、寸法は外径27.5mm、自由高さ570mm、線径3.7mmである。コイルばねの表面にはリン酸亜鉛皮膜が形成されている。粉体塗料組成物は、粉体塗料500gと植毛用有機フィラー500gとを容器に投入し、上下方向に500mmのストロークで100回振とうして調製した。粉体塗料としては、神東塗料(株)製のエポキシ/ポリエステル粉体塗料「イノバックス(登録商標)Hシリーズ」を使用した。植毛用有機フィラーとしては、(株)新ニッセン製のナイロン繊維(3.3デシテックス(太さに換算すると19.3μm)、長さ500μm、電着処理膜有り、表面抵抗値1010〜1013Ω)を使用した。
【0039】
まず、静電塗装ガンにより粉体塗料組成物をコイルばねに吹き付けた。静電塗装ガンとしては、ノードソン(株)製「VERSA−SPRAY II」を使用した。ノズルは、フラット形状であり、幅4mmのスリットを有する。吹き付け条件は、電圧100kV、吐出量60g/分、搬送エアー圧2.5MPa、静電塗装ガンの移動速度50mm/秒、ワーク間距離200mmとした。吹き付けは次のようにして行った。コイルばねを縦に静置した状態で、静電塗装ガンを上から下に移動させた。この際、ノズルのスリットの向きが、コイルばねの軸方向と同じ方向になるようにした。その後、コイルばねを軸を中心にして90°回転させて、静電塗装ガンを下から上に移動させた。続いて、コイルばねを軸を中心にして同方向に180°回転させて、電塗装ガンを上から下に移動させた。最後に、コイルばねを軸を中心にして戻る方向に90°回転させて、静電塗装ガンを下から上に移動させた。このようにして、コイルばねの全周に対して、粉体塗料組成物の吹き付けを合計4回行った。それから、コイルばねを熱風乾燥機に入れ、200℃で20分間焼き付けた。これにより、粉体塗料中のエポキシ樹脂とポリエステル樹脂とを硬化させて塗膜を形成した。このようにして植毛粉体塗装されたコイルばねを、実施例1のコイルばねと称す。実施例1のコイルばねにおける植毛用有機フィラーの付着量は、6mg/cmである。実施例1のコイルばねは、本発明の植毛粉体塗装物に含まれる。
【0040】
実施例1のコイルばねの厚さ方向の断面SEM写真を倍率100倍で撮影したところ、塗膜の厚さは350μmであった。塗膜と植毛層とを合わせた厚さ(塗膜の厚さ+植毛用有機フィラーの最大長さ)は450μmであった。また、塗膜は巣状の空孔を有していることが確認された。塗膜の厚さ方向と垂直な面方向における当該空孔の最大長さは280μmであった。
【0041】
(2)実施例2のコイルばね
粉体塗装と植毛とを別々に行う第二の方法により、植毛粉体塗装物を製造した。基材のコイルばね、粉体塗料および植毛用有機フィラーは、実施例1の植毛粉体塗装において使用したものと同じである。
【0042】
まず、静電塗装ガンにより粉体塗料をコイルばねに吹き付けた。静電塗装ガンとしては、旭サナック(株)製「BPS700」(ノズルは反射板式ノズル)を使用した。吹き付け条件は、電圧100kV、吐出量70g/分、静電塗装ガンの移動速度40mm/秒、ワーク間距離200mmとした。吹き付けは次のようにして行った。コイルばねを縦に静置した状態で(軸方向=上下方向)、静電塗装ガンを下から上、上から下、下から上というように、上下方向に3回移動(1.5往復)させた。その後、コイルばねを軸を中心にして180°回転させて、同じように静電塗装ガンを1.5往復させた。
【0043】
次に、静電塗装ガンにより植毛用有機フィラーをコイルばねに吹き付けた。静電塗装ガンとしては、旭サナック(株)製「NU−070P」を使用した。ノズルは、フラット形状であり、幅4mmのスリットを有する。吹き付け条件は、電圧100kV、吐出量100g/分、搬送エアー圧0.1MPa、静電塗装ガンの移動速度50mm/秒、ワーク間距離200mmとした。吹き付けは次のようにして行った。粉体塗料を吹き付けた時と同様にコイルばねを縦に静置した状態で、静電塗装ガンを下から上に移動させた。この際、ノズルのスリットの向きが、コイルばねの軸方向と同じ方向になるようにした。その後、コイルばねを軸を中心にして90°ずつ回転させて、その都度同じように静電塗装ガンを移動させた。このようにして、コイルばねの全周に対して、植毛用有機フィラーの吹き付けを合計4回行った。
【0044】
次に、コイルばねを熱風乾燥機に入れ、200℃で20分間焼き付けた。これにより、粉体塗料中のエポキシ樹脂とポリエステル樹脂とを硬化させて塗膜を形成した。このようにして植毛粉体塗装されたコイルばねを実施例2のコイルばねと称す。実施例2のコイルばねにおける植毛用有機フィラーの付着量は、3mg/cmである。実施例2のコイルばねは、本発明の植毛粉体塗装物に含まれる。
【0045】
図2に、実施例2のコイルばねの表面付近の断面模式図を示す。図2に示すように、コイルばね10の表面には植毛塗装層11が形成されている。植毛塗装層11は、塗膜110と植毛層111とを有している。植毛塗装層11において、植毛用有機フィラー13の一部は、塗膜110に埋設され、それ以外の他部は塗膜110から突出している。実施例2のコイルばねの厚さ方向の断面SEM写真を倍率100倍で撮影したところ、塗膜110の厚さ(図2中、Aで示す)は100μmであった。塗膜110と植毛層111とを合わせた厚さ(塗膜の厚さ+植毛用有機フィラーの最大長さ、図2中、Bで示す)は600μmであった。塗膜110の断面に巣状の空孔は見られなかった。
【0046】
(3)比較例1のコイルばね
接着剤を使用した従来の方法により、植毛加工物を製造した。基材のコイルばねとしては、予めジオメット(登録商標)塗装されたものを使用した。ジオメット塗装により、コイルばねの表面には、金属フレークが無機バインダーにより結合されて層状に重なったジオメット皮膜が形成される。ジオメット皮膜は、防錆性能を有する。コイルばねの総巻数、寸法などは、実施例1の植毛粉体塗装において使用したものと同じである。接着剤としては、ヘンケルジャパン(株)製のアクリル・スチレン共重合樹脂接着剤「ヨドゾール(登録商標)AA76」を使用した。植毛用有機フィラーは、実施例1の植毛粉体塗装において使用したものと同じである。
【0047】
まず、スプレーガン(アネスト岩田(株)製「W−100」、ノズル径1.8mm)により接着剤をコイルばねに吹き付けた。吹き付けは、コイルばねを回転させながらスプレーガンを十数往復させて行った。スプレーガンの移動速度は600mm/秒、吹き付け時間は80秒、ワーク間距離は50mmとした。続いて、吹き付けられた接着剤の表面に、静電塗装ガンにより植毛用有機フィラーを吹き付けた。使用した静電塗装ガンは、実施例1の植毛粉体塗装において使用したものと同じである(ノードソン(株)製「VERSA−SPRAY II」)。吹き付け条件は、電圧1kV、吐出量100g/分、静電塗装ガンの移動速度600mm/秒、吹き付け時間60秒、ワーク間距離50mmとした。吹き付けは、コイルばねを回転させながら静電塗装ガンを十数往復させて行った。それから、コイルばねを熱風乾燥機に入れ、70℃で20分間焼き付けた後、さらに130℃で5分間焼き付けた。このようにして植毛加工されたコイルばねを比較例1のコイルばねと称す。
【0048】
<消音性評価>
コイルばねが圧縮されて座屈すると、うねり部が隣接部材に当接して打音が発生する。したがって、実施例1、2、比較例1の各コイルばねについて圧縮試験を行い、コイルばねの座屈に伴い発生する打音の振動レベルを測定することにより、植毛による消音性を評価した。図3に、圧縮試験装置の概略図を示す。
【0049】
図3に示すように、圧縮試験装置20は、外筒21と、コイルばね22と、治具23と、を備えている。外筒21は、上向きに開口する有底円筒状を呈している。外筒21の底面には、芯棒210が立設されている。芯棒210は、外筒21の径方向中心に配置されている。外筒21の底面には、芯棒210を囲むようにばね座211が配置されている。コイルばね22は、外筒21内に収容されている。コイルばね22は芯棒210を軸にして配置され、下側の座巻部はばね座211に環装されている。治具23は、リング状を呈しており、外筒21の内周面に沿って上下方向に移動可能である。治具23は、コイルばね22の上側の座巻部に当接している。外筒21の外周面には、加速度ピックアップ24が取り付けられている。加速度ピックアップ24は、チャージアンプ25を介してFFT(高速フーリエ変換)アナライザ26に接続されている。
【0050】
治具23を下方に移動させてコイルばね22を圧縮し、圧縮荷重がある大きさに到達すると、コイルばね22の軸が、波形や螺旋状などに湾曲する。すなわち、コイルばね22が座屈する。これにより、コイルばね22にうねり部が発生する。うねり部が外筒21の内周面に当接する際、打音が発生する。発生した打音を加速度ピックアップ24により検出し、FFTアナライザ26により振動レベルを測定した。本実施例においては、加速度ピックアップ24として、昭和測器(株)製の「2354A」を使用した。また、チャージアンプ25として(株)小野測器製の「CH−1200A」を、FFTアナライザ26として同社製の「DS−3000」を使用した。
【0051】
図4に、実施例1、2、および比較例1の各コイルばねにおける打音の振動レベルを示す。図4に示すように、実施例1のコイルばねの振動レベルは、比較例1のコイルばねの振動レベルよりもやや小さくなった。実施例2のコイルばねの振動レベルは、比較例1のコイルばねの振動レベルの約1/3にまで低下した。これにより、本発明の植毛粉体塗装物は、接着剤層を有する従来の植毛加工物と同等以上の消音性を有することが確認された。
【0052】
<耐食性評価>
実施例1、2、比較例1の各コイルばねについて塩水噴霧試験を行い、耐食性(防錆性)を評価した。塩水噴霧試験には、スガ試験機(株)製の塩水噴霧試験機「STP−160」を使用した。試験条件はJIS Z 2371:2000に規定される塩水噴霧試験方法の中性塩水噴霧試験に準拠し、塩分濃度を5質量%、温度を35℃として、72、240、480、720時間経過ごとに、赤錆発生の有無を確認した。赤錆の有無については、植毛塗装層などを剥離して、コイルばねの素地を目視により観察して確認した。
【0053】
塩水噴霧試験の結果、720時間経過後においても、実施例1、2、比較例1のコイルばねには赤錆は見られなかった。これにより、本発明の植毛粉体塗装物は、接着剤層を有する従来の植毛加工物と同等の耐食性を有することが確認された。
【0054】
<フィラーの固着性評価>
実施例1と同じ粉体塗料組成物を使用して試験片の表面に植毛粉体塗装を行って、植毛粉体塗装物を製造した。試験片には、日本テストパネル(株)製の冷間圧延鋼板(SPCC−SD、縦70mm×横150mm、厚さ0.8mmの長方形板状)を使用した。試験片の表面にはリン酸亜鉛皮膜が形成されている。植毛粉体塗装方法は以下の通りである。
【0055】
まず、静電塗装ガンにより粉体塗料組成物を試験片の表面に吹き付けた。使用した静電塗装ガンは、実施例1の植毛粉体塗装において使用したものと同じである(ノードソン(株)製「VERSA−SPRAY II」)。吹き付け条件は、電圧100kV、吐出量60g/分、搬送エアー圧2.5MPa、静電塗装ガンの移動速度300mm/秒、ワーク間距離200mmとした。吹き付けは、試験片の縦方向に静電塗装ガンを2往復させて行った。この際、ノズルのスリットの向きは、試験片の横方向にした。それから、試験片を熱風乾燥機に入れ、200℃で20分間焼き付けた。これにより、粉体塗料中のエポキシ樹脂とポリエステル樹脂とを硬化させて塗膜を形成した。このようにして植毛粉体塗装された試験片を、実施例3の試験片と称す。実施例3の試験片は、本発明の植毛粉体塗装物に含まれる。
【0056】
比較のため、実施例3と同じ試験片を用いて、接着剤を使用した従来の方法により植毛加工物を製造した。接着剤および植毛用有機フィラーは、比較例1の植毛塗装において使用したものと同じである。植毛方法は以下の通りである。
【0057】
まず、比較例1の植毛塗装において使用したスプレーガン(アネスト岩田(株)製「W−100」)により接着剤を試験片の表面に吹き付けた。吹き付けは、試験片の縦方向にスプレーガンを2往復させて行った。スプレーガンの移動速度は300mm/秒、吹き付け時間は1秒、ワーク間距離は50mmとした。続いて、吹き付けられた接着剤の表面に、実施例1の植毛粉体塗装において使用した静電塗装ガン(ノードソン(株)製「VERSA−SPRAY II」)により植毛用有機フィラーを吹き付けた。吹き付け条件は、電圧1kV、吐出量100g/分、静電塗装ガンの移動速度300mm/秒、吹き付け時間1秒、ワーク間距離200mmとした。吹き付けは、試験片の縦方向にスプレーガンを2往復させて行った。それから、試験片を熱風乾燥機に入れ、70℃で20分間焼き付けた後、さらに130℃で5分間焼き付けた。このようにして植毛加工された試験片を、比較例2の試験片と称す。
【0058】
実施例3および比較例2の試験片についてテープ剥離試験を行い、植毛用有機フィラーの抜けにくさを評価した。テープ剥離試験は、次のようにして行った。まず、試験片の植毛塗装層をエアブローして、固定されていないフィラーを除去した。次に、粘着テープ(ニチバン(株)製「セロテープ(登録商標)CT−24」)を植毛塗装層に指の腹で密着させた後、剥離した。そして、粘着テープに付着した植毛用有機フィラーの量を比較した。図5に、実施例3の試験片に貼着させた粘着テープの拡大写真を示す。図6に、比較例2の試験片に貼着させた粘着テープの拡大写真を示す。
【0059】
図5図6とを比較すると、実施例3の試験片に貼着させた粘着テープに付着したフィラーの量は、比較例2の試験片に貼着させた粘着テープに付着したフィラーの量よりも少ないことがわかる。これにより、本発明の植毛粉体塗装物においては、接着剤層を有する従来の植毛加工物よりもフィラーが抜けにくいことが確認された。
【0060】
実施例3の試験片の植毛塗装層は、植毛用有機フィラーと粉体塗料とが混合された粉体塗料組成物を使用して形成されている。この場合、植毛用有機フィラーが粉体塗料に絡み合うようにして固定されるため、植毛用有機フィラーが抜けにくくなると考えられる。植毛用有機フィラーが抜けにくいと、消音性などの性能が低下しにくいことに加えて、植毛粉体塗装物を組み付ける際に周囲を汚しにくい、抜けたフィラーが他の部材の動作を妨げるおそれが少ないなどの利点がある。
【0061】
<膜厚の調整>
実施例3の試験片を製造した際の植毛粉体塗装方法において、粉体塗料組成物の吹き付け時間と塗膜の厚さとの関係を調べた。図7に、粉体塗料組成物の吹き付け時間に対する塗膜厚さを示す。図7に示すように、塗膜厚さは粉体塗料組成物の吹き付け時間にほぼ比例して厚くなった。このように、粉体塗料と植毛用有機フィラーとがドライブレンドされてなる粉体塗料組成物を用いると、粉体塗料組成物の吹き付け時間を調整するだけで、塗膜厚さを容易に調整することができる。例えば、本発明の植毛粉体塗装物において、塗膜厚さが大きいと、耐食性および消音性がより向上する。
【0062】
<植え付け状態と消音性との関係>
(1)ばね定数
実施例2のコイルばねについて、植毛層のばね定数を測定した。図8に、測定方法の説明図を示す。図8に示すように、まず、コイルばね30を横にして台座31の上に置き、上側の側面における植毛層の高さを測定した。次に、その側面に質量1gの一円硬貨32を一枚ずつ重ねて載せていき、その都度植毛層の高さを測定した。そして、加えた荷重に対する植毛層の高さの変位量(たわみ量)から、ばね定数を算出した。植毛層の高さは、レーザ変位計により測定した。
【0063】
比較のため、自動車のパワーバックドア用スプリングアセンブリ(スタビラス社製)に使用されている従来のコイルばねについても、同様の方法で植毛層のばね定数を測定した。このコイルばねは、塗装後に乾燥して塗膜を形成した後、接着剤を塗布し、その上に植毛するという三工程により製造されたものである。以下、このコイルばねを、比較例3のコイルばねと称す。
【0064】
図9に、二つのコイルばねにおける荷重とたわみ量との関係をグラフで示す。図9に示すように、比較例3のコイルばねよりも実施例2のコイルばねの方が、グラフの傾きが大きい、すなわちばね定数が大きいことがわかる。算出されたばね定数は、実施例2のコイルばねにおいては0.11N/mm、比較例3のコイルばねにおいては0.04N/mmであった。
【0065】
(2)植え付け状態
実施例2のコイルばねと同様の方法で植毛粉体塗装した三つのコイルばねを準備し、各々、実施例2a、2b、2cと番号付けした。また、前述した比較例3のコイルばねに加えて、自動車のパワーバックドア用スプリングアセンブリ(エドシャ社製)に使用されている従来のコイルばねを準備して、比較例4のコイルばねとした。比較例4のコイルばねも、塗装後に乾燥して塗膜を形成した後、接着剤を塗布し、その上に植毛するという三工程により製造されたものである。
【0066】
準備した合計五つのコイルばねについて、フィラーの植え付け状態を調べた。前出図1により説明したように、まず、コイルばねの断面SEM写真(倍率100倍)を撮影した。そして、幅1mmの測定幅において、コイルばねの表面から1/4〜3/4長さまでの中区間に切断面が見えているフィラーを傾斜しているフィラーとみなし、その数を数えた。結果を表1に示す。
【表1】
【0067】
表1に示すように、比較例3、4のコイルばねよりも実施例2a、2b、2cのコイルばねの方が、傾斜しているフィラーの数が多かった。
【0068】
(3)消音性評価
実施例2a、2b、2cおよび比較例3、4の各コイルばねの消音性を評価した。図10に、打音測定装置の概略図を示す。図10に示すように、打音測定装置4は、支持部材40と、ガイドレール41と、治具42と、コイルばね43と、鋼板44と、を備えている。
【0069】
支持部材40は、底板400とその上に載置されている固定台401とを有している。底板400は、床から8°の角度で傾斜して配置されている。ガイドレール41は、固定台401の上面に取り付けられている。ガイドレール41は、左右方向に延在している。測定開始時には、図10中、点線で示すように、治具42はガイドレール41の右端側に取り付けられている。治具42は、ガイドレール41に沿って移動可能である。治具42は、筒部420を有している。筒部420は、左方に開口する有底円筒状を呈している。コイルばね43の軸方向片側は、筒部420に収容されている。収容されているコイルばね43の座巻部は、筒部420の図示しないばね座に環装されている。鋼板44は、底板400に対して垂直に立設されている。鋼板44は、ガイドレール41の左端側に対向して配置されている。
【0070】
打音の測定は次のようにして行った。図10中、白抜き矢印で示すように、治具42を速度320mm/秒で左方向に滑らせて、コイルばね43を鋼板44に衝突させた。その時の打音を、騒音計45で測定した。打音の測定結果を先の表1にまとめて示す。表1においては、打音を、比較例3のコイルばねの音圧を1.0とした時の音圧比で示している。音圧比が小さいほど消音性が高い。表1に示すように、傾斜しているフィラーの数が3本以上の実施例2a、2b、2cのコイルばねの打音は、比較例3、4のコイルばねの打音と比較して、いずれも小さくなった。特に、傾斜しているフィラーの数が6本以上の実施例2a、2bのコイルばねの打音は、比較例3、4のコイルばねの打音の6割になり、消音性に優れることが確認された。
【0071】
以上より、本発明の植毛粉体塗装物は、傾斜した状態で植え付けられている植毛用有機フィラーを有し、本発明の植毛粉体塗装物においては、植毛層のばね定数が大きく、消音性に優れることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10