特許第6816150号(P6816150)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6816150インバータ制御装置およびモータ駆動システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6816150
(24)【登録日】2020年12月25日
(45)【発行日】2021年1月20日
(54)【発明の名称】インバータ制御装置およびモータ駆動システム
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/22 20160101AFI20210107BHJP
   H02P 21/26 20160101ALI20210107BHJP
   H02P 21/16 20160101ALI20210107BHJP
   H02P 6/185 20160101ALI20210107BHJP
【FI】
   H02P21/22
   H02P21/26
   H02P21/16
   H02P6/185
【請求項の数】5
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2018-537301(P2018-537301)
(86)(22)【出願日】2017年8月29日
(86)【国際出願番号】JP2017030980
(87)【国際公開番号】WO2018043499
(87)【国際公開日】20180308
【審査請求日】2019年1月9日
(31)【優先権主張番号】特願2016-173087(P2016-173087)
(32)【優先日】2016年9月5日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108855
【弁理士】
【氏名又は名称】蔵田 昌俊
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100075672
【弁理士】
【氏名又は名称】峰 隆司
(74)【代理人】
【識別番号】100153051
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100162570
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 早苗
(72)【発明者】
【氏名】茂田 智秋
(72)【発明者】
【氏名】谷口 峻
(72)【発明者】
【氏名】安井 和也
【審査官】 田村 惠里加
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−110343(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/121751(WO,A1)
【文献】 特開2013−070621(JP,A)
【文献】 特開平08−266096(JP,A)
【文献】 特開2015−006067(JP,A)
【文献】 特開平06−296386(JP,A)
【文献】 特開2015−136237(JP,A)
【文献】 特開2013−070548(JP,A)
【文献】 特開2014−176236(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/00−25/03,25/04,
25/10−27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気突極性を有する同期モータを駆動するインバータ主回路と、
前記インバータ主回路と前記同期モータとの間に流れる電流を検出する電流検出器と、 外部から供給されるトルク指令に応じて、前記インバータ主回路から前記同期モータへ出力される出力電流の電流指令値を生成する指令生成部と、
前記電流指令値と前記電流検出器で検出された電流検出値とを一致させるように、前記インバータ主回路への電圧指令値を生成する電流制御部と、を備え、
前記電流指令値はd軸電流指令値を含み、
前記指令生成部は、前記d軸電流指令値の絶対値が下限値未満のときに前記d軸電流指令値の絶対値を前記下限値と等しい値とするリミット部を備え、前記インバータ主回路を駆動するときに、振幅の絶対値が前記下限値以上の基本波電流が前記同期モータに通電されて前記同期モータの回転子のブリッジが磁気飽和するように前記d軸電流指令値を生成する、インバータ制御装置。
【請求項2】
前記指令生成部は、トルク指令に応じた第1d軸電流指令値を生成する電流指令値生成部と、前記第1d軸電流指令値の絶対値が前記下限値以上のときに前記第1d軸電流指令値の絶対値と等しい第2d軸電流指令値を出力し、前記第1d軸電流指令値の振幅の絶対値が前記下限値未満のときに前記下限値と等しい第2d軸電流指令値を出力する前記リミット部と、前記第1d軸電流指令値がゼロより大きいときに+1を出力し、前記第1d軸電流指令値がゼロ以下であるときに-1を出力する符号判定部と、前記第2d軸電流指令値に前記符号判定部の出力値を乗算した値を前記d軸電流指令値として出力する乗算部と、を備える、請求項1記載のインバータ制御装置。
【請求項3】
前記d軸電流指令値は、基本波電流値に対して発生する磁束の変化量である静的インダクタンスが最小となるベクトルをd軸として前記同期モータに通電する値である、請求項1記載のインバータ制御装置。
【請求項4】
前記電流指令値に基づいて前記同期モータに通電したときのd軸における動的インダクタンスが、定格運転時のd軸における静的インダクタンス以下であり、
前記動的インダクタンスは、高調波電流の変動に対する磁束の変動の変化量であり、
前記静的インダクタンスは、基本波電流値に対して発生する磁束の変化量である、請求項1記載のインバータ制御装置。
【請求項5】
磁気突極性を有する同期モータと、
前記同期モータを駆動するインバータ主回路と、
前記インバータ主回路と前記同期モータとの間に流れる電流を検出する電流検出器と、 外部から供給されるトルク指令に応じて、前記インバータ主回路から前記同期モータへ出力される出力電流の電流指令値を生成する指令生成部と、
前記電流指令値と前記電流検出器で検出された電流検出値とを一致させるように、前記インバータ主回路への電圧指令値を生成する電流制御部と、を備え、
前記電流指令値はd軸電流指令値を含み、
前記指令生成部は、前記d軸電流指令値の絶対値が下限値未満のときに前記d軸電流指令値の絶対値を前記下限値と等しい値とするリミット部を備え、前記インバータ主回路を駆動するときに、振幅の絶対値が前記下限値以上の基本波電流が前記同期モータに通電されて前記同期モータの回転子のブリッジが磁気飽和するように前記d軸電流指令値を生成する、モータ駆動システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、インバータ制御装置およびモータ駆動システムに関する。
【背景技術】
【0002】
同期モータを駆動するインバータの制御装置において、設計通りに電流を通電し、精度よくモータの出力トルクを制御することが望まれている。
【0003】
また、制御装置の小型軽量化、低コスト化、および、信頼性向上のため、レゾルバやエンコーダ等の回転センサを用いない回転センサレス制御法が提案されている。回転センサレス制御ではインバータ停止から最高速までの幅広い速度範囲で回転位相角および回転速度を推定できることが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5425173号公報
【特許文献2】特許第5281339号公報
【発明の概要】
【0005】
しかしながら、モータのインダクタンスが急変すると、モータ時定数が急変することから電流制御の精度が低下することがあった。例えば、少量の電流で回転子ブリッジ部が磁気飽和し、インダクタンスが急変する突極型同期モータを駆動するときには、モータの低速回転時にはセンサレス制御が不安定化し、モータの高速回転時にはセンサレス制御の精度が低下することがあった。
【0006】
本発明の実施形態は、上記事情を鑑みて成されたものであって、精度よく電流制御を行うインバータ制御装置およびモータ駆動システムを提供することを目的とする。
【0007】
実施形態によるインバータ制御装置は、磁気突極性を有する同期モータを駆動するインバータ主回路と、前記インバータ主回路と前記同期モータとの間に流れる電流を検出する電流検出器と、外部から供給されるトルク指令に応じて、前記インバータ主回路から前記同期モータへ出力される出力電流の電流指令値を生成する指令生成部と、前記電流指令値と前記電流検出器で検出された電流検出値とを一致させるように、前記インバータ主回路への電圧指令値を生成する電流制御部と、を備え、前記電流指令値はd軸電流指令値を含み、前記指令生成部は、前記d軸電流指令値の絶対値が下限値未満のときに前記d軸電流指令値の絶対値を前記下限値と等しい値とするリミット部を備え、前記インバータ主回路を駆動するときに、振幅の絶対値が前記下限値以上の基本波電流が前記同期モータに通電されて前記同期モータの回転子のブリッジが磁気飽和するように前記d軸電流指令値を生成する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、第1実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムの構成例を概略的に示すブロック図である。
図2図2は、図1に示す同期モータの一部の構成例を説明するための図である。
図3図3は、実施形態における、d軸、q軸、および、推定回転座標系(dc軸、qc軸)の定義を説明するための図である。
図4図4は、電動機に通電した際のq軸静的インダクタンスとd軸静的インダクタンスとの一例を示す図である。
図5図5は、電動機に通電した際のq軸動的インダクタンスとd軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
図6図6は、図1に示す指令生成部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図7図7は、図6に示す下限リミット部の動作の一例を説明するための図である。
図8図8は、図6に示すリミット部の動作の一例を説明するための図である。
図9図9は、図1に示す高周波電圧重畳部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図10図10は、図1に示す高周波電圧重畳部の入力と出力との関係の一例を説明するための図である。
図11図11は、図1に示す高周波電流検出部の構成例を概略的に示すブロック図である。
図12図12は、図1に示す回転位相角/速度推定部の構成例を概略的に示すブロック図である。
図13A図13Aは、同期モータに流れる電流が略ゼロのときのd軸電流とq軸電流との一例を示す図である。
図13B図13Bは、同期モータに流れる電流が略ゼロのときの、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
図14A図14Aは、回転子速度に同期した基本波電流を同期モータへ通電したときの、d軸電流とq軸電流との一例を示す図である。
図14B図14Bは、図14Aに示すd軸電流とq軸電流とを同期モータへ通電したときの、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
図15図15は、位相角誤差推定値が90°のときの動的インダクタンス特性の一例を示す図である。
図16図16は、回転位相角誤差推定値が90°であり同期モータに流れる電流が略ゼロのときの、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
図17図17は、回転位相角誤差推定値が90°でありdc軸を目標に同期モータに通電したときの、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
図18図18は、第2実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムの構成例を概略的に示すブロック図である。
図19図19は、図17に示す回転位相角/速度推定部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図20図20は、第3実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムの一構成例を概略的に示すブロック図である。
図21図21は、図20に示す指令生成部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図22図22は、図20に示す閾値判定部の他の構成例を説明するための図である。
図23図23は、図20に示す回転位相角/速度推定部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図24図24は、図20に示す高周波電圧重畳部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図25図25は、第4実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムの一構成例を概略的に示すブロック図である。
図26図26は、図24に示す電流制御部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図27図27は、電流制御部の比較例を概略的に示すブロック図である。
【実施形態】
【0009】
以下、第1実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムについて図面を参照して説明する。
図1は、第1実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムの構成例を概略的に示すブロック図である。
【0010】
本実施形態のモータ駆動システムは、同期モータMと、インバータ主回路INVと、インバータ制御装置100と、上位制御器CTRと、を備えている。インバータ制御装置100は、電流検出器SSと、指令生成部110と、電流制御部120と、高周波電圧重畳部130と、座標変換部140、160と、変調部150と、高周波電流検出部170と、回転位相角/速度推定部(第1回転位相角/速度推定部)180と、加算器190と、を備えている。
【0011】
同期モータMは、回転子に磁気突極性を有する同期モータであり、例えば、シンクロナスリラクタンスモータである。また、同期モータMは、磁石を用いた永久磁石式同期モータ、界磁磁束を二次巻線にて供給する巻線界磁式同期モータなどを採用することもできる。本実施形態では、同期モータMとしてシンクロナスリラクタンスモータを採用した例について説明する。
【0012】
インバータ主回路INVは、直流電源(直流負荷)と、U相、V相、W相の各相2つのスイッチング素子と、を備えている。各相2つのスイッチング素子は、直流電源の正極に接続した直流ラインと、直流電源の負極に接続した直流ラインとの間に直列に接続している。インバータ主回路INVのスイッチング素子の動作は、変調部150が出力するゲート指令により制御される。インバータ主回路INVは、ゲート指令により所定の周波数のU相電流I、V相電流I、W相電流Iを交流負荷である同期モータMへ出力する3相交流インバータである。また、インバータ主回路INVは、同期モータMで発電された電力を直流電源である二次電池へ充電することも可能である。
【0013】
図2は、図1に示す同期モータの一部の構成例を説明するための図である。
なお、ここでは、同期モータMの一部のみを示しており、同期モータMの固定子10および回転子20は、例えば図2に示す構成を複数組み合わせたものとなる。
【0014】
同期モータMは、磁気突極性を有するシンクロナスリラクタンスモータである。同期モータMは、固定子10と、回転子20とを備えている。回転子20は、エアギャップ21と、外周ブリッジBR1と、センターブリッジBR2と、を有している。
【0015】
センターブリッジBR2は、回転子20の外周と中心とを結ぶライン上に配置される。なお、センターブリッジBR2が配置されているラインがd軸となる。外周ブリッジBR1は、回転子20の外周とエアギャップ21との間に位置される。図2に示す同期モータMの部分には、回転子20の外周部から中心部に向かって延びた6つのエアギャップ21が設けられている。エアギャップ21は、d軸に対して線対称に、センターブリッジBR2と外周ブリッジBR1との間に延びている。
【0016】
図3は、実施形態における、d軸、q軸、および、推定回転座標系(dc軸、qc軸)の定義を説明するための図である。
d軸は、αβ固定座標系のα軸(U相)から回転位相角θだけ回転したベクトル軸であり、q軸は、電気角でd軸と直交するベクトル軸であり。また、本実施形態において、同期モータMは磁気突極性を有し、d軸は、同期モータMの回転子20において静的インダクタンスが最も小さくなるベクトル軸であり、q軸は、同期モータMの回転子20において静的インダクタンスが最も大きくなるベクトル軸である。
【0017】
これに対し、dcqc推定回転座標系は回転子20の推定位置におけるd軸とq軸とに対応する。すなわち、dc軸は、α軸から回転位相角推定値θestだけ回転したベクトル軸であり、qc軸は、電気角でdc軸と直交するベクトル軸である。換言すると、d軸から推定誤差Δθだけ回転したベクトル軸がdc軸であり、q軸から推定誤差Δθだけ回転してベクトル軸がqc軸である。
【0018】
以下に、上記の同期モータMについて、静的インダクタンスと動的インダクタンスとの特性の一例について説明する。
図4は、電動機に通電した際のq軸静的インダクタンスとd軸静的インダクタンスとの一例を示す図である。
図5は、電動機に通電した際のq軸動的インダクタンスとd軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
【0019】
静的インダクタンスは、同期モータMに流れる基本波電流に対するインダクタンスであり、動的インダクタンスは、同期モータMに流れる高調波電流に対するインダクタンスである。静的インダクタンスは、ある基本波電流値Iに対して発生する磁束Φの変化量(Φ/I)に相当する。動的インダクタンスは、ある高調波電流の変動ΔIに対する磁束の変動ΔΦの変化量(ΔΦ/ΔI)に相当する。
【0020】
静的インダクタンスと動的インダクタンスとを比較すると、動的インダクタンスは静的インダクタンス以下となっている。これは、動的インダクタンスは、回転子20のブリッジBR1、BR2の磁気飽和に関係し、静的インダクタンスは主磁束が通る電磁鋼板の磁気飽和に関係することに起因している。すなわち、同期モータMに電流を通電したときに、回転子20のブリッジBR1、BR2が先に磁気飽和を生じることを示している。
【0021】
また、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとは、いずれも、磁気飽和が進むと所定の値に収束する傾向がある。本実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムは、同期モータMの上記特性に基づいて、電流制御および磁極推定を行う。
【0022】
電流検出器SSは、同期モータMへ流れる3相交流電流(応答電流)i,i,iのうち少なくとも2相の交流電流値を検出し、インバータ制御装置100へ供給する。
【0023】
座標変換部160は、回転位相角/速度推定部180から供給された位相角推定値θestを用いて、電流検出器SSから供給された応答電流値i、iを三相固定座標系からdcqc推定回転座標系の応答電流値Idc、Iqcへ変換するベクトル変換部である。座標変換部160は、dc軸電流値Idcとqc軸電流値Iqcとを電流制御部120へ供給する。
【0024】
指令生成部110は、上位制御器CTRからトルク指令Tと、オンオフ指令Gstと、を受信し、d軸電流指令Idrefと、q軸電流指令Iqrefとを生成して出力する。また、指令生成部110は、上位制御器CTRからキャリア周波数fcarを受信し、キャリア指令CARを出力する。また、d軸方向の電流指令値Idrefの振幅に上限を設ける。
【0025】
図6は、図1に示す指令生成部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
指令生成部110は、電流指令生成部111と、リミット部112と、時間遅れ部113と、キャリア生成部114と、電流補正部115と、L補正部116と、を備えている。
【0026】
電流指令生成部111は、例えば、マップや近似式、理論式などを用いて銅損最小となるdq軸電流指令値を算出する。電流指令生成部111は、算出されたdq軸電流指令値のうち、第1d軸電流指令id1として出力する。
【0027】
本実施形態では、第1d軸電流指令id1は、同期モータMの回転子20の−d軸方向に所定の閾値以上の大きさの基本波電流を通電するものである。
【0028】
リミット部112は、第1d軸電流指令id1の絶対値を下限値idlim以上として第2d軸電流指令id2の絶対値を算出し、第2d軸電流指令id2の符号が第1d軸電流指令id1の符号と同じになるように第2d軸電流指令id2を算出して出力する。
【0029】
リミット部112は、絶対値算出部ABSと、下限リミット部LIMと、符号判定部112Aと、乗算部112Bとを備えている。
【0030】
絶対値算出部ABSは、電流指令生成部111から第1d軸電流指令id1を受信し、第1d軸電流指令id1の絶対値を算出して出力する。
【0031】
図7は、図6に示す下限リミット部の動作の一例を説明するための図である。
下限リミット部LIMは、絶対値算出部ABSから第1d軸電流指令id1の絶対値を受信し、第1d軸電流指令id1の絶対値が下限値idlim以上のときに、第1d軸電流指令id1の絶対値と等しい第2d軸電流指令id2の絶対値を出力する。一方、下限リミット部LIMは、第1d軸電流指令id1の絶対値が下限値idlim未満のときに、下限値idlimと等しい第2d軸電流指令id2の絶対値を出力する。
【0032】
符号判定部112Aは、電流指令生成部111から第1d軸電流指令id1を受信し、第1d軸電流指令id1がゼロより大きいか、ゼロ以下であるかを判断する。符号判定部112Aは、第1d軸電流指令id1がゼロより大きいときに「+1」を出力し、第1d軸電流指令id1がゼロ以下のときに「-1」を出力する。
【0033】
乗算部112Bは、下限リミット部LIMから出力された第2d軸電流指令id2の絶対値と符号判定部112Aの出力値とを乗算して出力する。
【0034】
図8は、図6に示すリミット部の動作の一例を説明するための図である。
リミット部112は、例えば第1d軸電流指令id1が負であるとき、図8に示すように、d軸電流の振幅の下限をリミットして第2d軸電流指令id2を出力することとなる。
【0035】
上記のように、d軸電流の振幅の下限をリミットすることにより、d軸方向(又は-d軸方向)の所定の閾値以上の基本波電流を同期モータMに通電することが可能となる。
【0036】
電流補正部115は、リミット部112から第2d軸電流指令id2を受信し、下記[数式A]を用いてq軸電流指令iを算出する。
【0037】
【数1】
ただし、Lはd軸インダクタンス、pは極対数、Lはq軸インダクタンス(ただし、L補正部116によって補正された値)とする。
【0038】
(q軸インダクタンス)補正部116は、電流補正部115で算出されたq軸電流指令Iqrefを受信し、マップや近似式を用いてq軸インダクタンスLを算出し、電流補正部115へ出力する。
【0039】
上記[数式A]によりq軸電流指令i(=q軸電流指令Iqref)を算出すると、q軸電流指令Iqrefは、トルク指令Tおよび第2d軸電流指令id2に基づく値となり、直流値となる。
【0040】
時間遅れ部113は、オンオフ指令Gstを所定時間遅らせて出力する。
なお、オンオフ指令Gstは、トルク指令を電流指令生成部111へ供給する経路の電気的接続を切替える論理積演算部S1と、リミット部112から第2d軸電流指令id2をd軸電流指令Idrefとして出力する経路の電気的接続を切替える論理積演算部S2との制御指令である。また、オンオフ指令Gstは、時間遅れ部113を介して、電流補正部115からq軸電流指令を出力する経路の電気的接続を切替える論理積演算部S3に供給される。したがって、q軸電流指令Iqrefは、少なくとも、L補正部116および電流補正部115での演算に要する時間だけ、d軸電流指令Idrefよりも遅れて出力される。
【0041】
本実施形態では、上記電流補正部115によって、電流指令生成部111から出力される電流指令値Idref、Iqrefは、トルク指令T通りのトルクを同期モータMに発生させる電流指令値となる。これによって、リミット部112により電流指令値の下限が制限された場合でも、想定通りのトルクが出力され、速度制御系が不安定になるのを防ぐことができる。
【0042】
なお、本実施形態では、d軸電流指令Idrefの振幅の上限をリミットしている例を示したが、q軸電流指令Iqrefの振幅の上限をリミットする場合にも同様にトルク指令Tからd軸電流指令を算出することで、本実施形態と同様の効果が得られる。
【0043】
キャリア生成部114は、外部から供給されるキャリア周波数fcarに基づいて、変調部150で用いるキャリア指令CARを生成して出力する。本実施形態では、キャリア指令は、所定の周波数の三角波である。
【0044】
電流制御部120は例えばPI(比例積分)制御器を備え、座標変換部160から供給されたdc軸電流値Idcおよびqc軸電流値Iqcと、d軸電流指令Idrefおよびq軸電流指令Iqrefとを比較し、dc軸電流値Idcとd軸電流指令Idrefがゼロとなり、qc軸電流値Iqcとq軸電流指令Iqrefとの差がゼロとなるように、電圧指令Vdc、Vqcを算出して出力する。
【0045】
高周波電圧重畳部130は、指令生成部110からキャリア指令CARを受信し、任意周波数の高周波電圧をdc軸もしくはqc軸もしくはその両方について生成し、加算器190および回転位相角/速度推定部180へ出力する。本実施形態では、高周波電圧重畳部130は、dc軸の高周波電圧Vdhを出力する。
【0046】
図9は、図1に示す高周波電圧重畳部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図10は、図1に示す高周波電圧重畳部の入力と出力との関係の一例を説明するための図である。
【0047】
高周波電圧重畳部130は、同期パルス生成部131と、高周波電圧同期部(論理積演算部)132と、を備えている。
同期パルス生成部131は、指令生成部110から供給されたキャリア指令CARに同期した同期パルスを生成して高周波電圧同期部132へ出力する。
【0048】
高周波電圧同期部132は、内部で生成された所定の大きさの直流電圧指令値である電圧Vを、同期パルスと掛け合わせて出力する。すなわち、高周波電圧重畳部130から出力される高周波電圧Vdhは、所定の振幅Vを有し、キャリア指令CARの周期(1/fcar)と同期した高周波電圧周期(1/fdh)を有する高周波電圧指令である。
加算器190は、電流制御部120の後段に配置され、電流制御部120から出力された電圧指令Vdcに高周波電圧Vdh(を加算して電圧指令Vdcを更新して出力する。
【0049】
座標変換部140は、回転位相角/速度推定部180から供給された位相角推定値θestを用いて、電圧指令Vdc、Vqcをdcqc推定回転座標系から三相固定座標系の電圧指令V、V、Vへ変換するベクトル変換部である。
【0050】
本実施形態では、座標変換部140に供給される電圧指令Vdc、Vqcは、同期モータMに、所定の大きさの基本波電流を−d軸方向に通電する電流指令Idref、Iqrefに基づく値であり、電圧指令Vdc、Vqc位相角推定値θestを用いてベクトル変換することにより、回転子速度(=ωest)および回転子周波数(=ωest/2π)に同期した電圧指令V、V、Vが得られる。
【0051】
変調部150は、キャリア指令CARにより電圧指令V、V、Vを変調してゲート指令Vu_PWM、Vv_PWM、Vw_PWMを生成し、インバータ主回路INVへ出力する。本実施形態では、キャリア指令CARは所定の周波数の三角波であって、変調部150は三角波と電圧指令とを比較することによりPWM変調制御を行う。
【0052】
上記変調部150から出力されたゲート指令Vu_PWM、Vv_PWM、Vw_PWMに基づいて、インバータ主回路INVのスイッチング素子が動作することにより、同期モータMには、回転子速度(=ωest)および回転子周波数(=ωest/2π)に同期し、所定の閾値以上の大きさである−d軸方向の基本波電流が通電される。
【0053】
図11は、図1に示す高周波電流検出部の構成例を概略的に示すブロック図である。
高周波電流検出部170は、バンドパスフィルタ171と、FET解析部172と、を備えている。
【0054】
バンドパスフィルタ171は、座標変換部160からdc軸の応答電流値(出力電流)Idcとqc軸の応答電流値(出力電流)Iqcとを受信し、加算器190によりdc軸電圧指令Vdcに重畳された高周波電圧Vdhの周波数fdhと等しい周波数の高周波電流値iqc´を抽出して出力する。
【0055】
FET解析部172は、例えば高周波電流値iqc´のFFT解析を行い、高周波電流振幅Iqchを検出して回転位相角/速度推定部180へ出力する。
回転位相角/速度推定部180は、高周波電流振幅Iqchと高周波電圧Vdhとを用いて、回転位相角推定値θestおよび回転速度推定値ωestを算出して出力する。
【0056】
以下に、インバータ制御装置100の各構成について詳細に説明する。
図12は、図1に示す回転位相角/速度推定部の構成例を概略的に示すブロック図である。
回転位相角/速度推定部180は、回転位相角誤差算出部181を含む第1位相角誤差推定部180Aと、PI(比例積分)制御部182と、積分器183と、を備えている。
【0057】
例えば、同期モータMにおいて、回転位相角誤差Δθがゼロである場合(実際のdq軸と推定したdcqc軸が一致する場合)の電圧方程式は下記[数式1]で表現される。
【数2】
【0058】
上記[数式1]において、v:d軸電圧、v:q軸電圧、i:d軸電流、i:q軸電流、R:電機子巻線抵抗、ω:電気角角速度、L:d軸インダクタンス、L:q軸インダクタンス、p:微分演算子(=d/dt)である。
【0059】
回転位相角推定値θestが真の回転位相角θと一致している場合の電圧方程式[数式1]に対して、回転位相角推定値θestと真の回転位相角θとが一致しない場合、dcqc軸電圧方程式は[数式2]に書き改められる。
【数3】
【0060】
さらに、上記[数式2]を電流微分項についてまとめると、下記[数式3]のようになる。
【数4】
【0061】
このとき、モータ回転数が充分に低く(すなわち低速回転時であり)、抵抗による電圧降下が無視できる場合には、上記[数式3]は下記[数式4]のように表すことができる。
【数5】
【0062】
さらに、例えば、高周波電圧をdc軸のみに印加するならば、上記[数式4]は下記[数式5]と表すことができる。
【数6】
【0063】
上記[数式5]によると、qc軸の高調波電流iqcは、回転位相角度誤差Δθに依存して変化することが分かる。qc軸成分について着目して変形することで、回転位相角誤差Δθは下記[数式6]と表すことができる。
【数7】
【0064】
回転位相角誤差算出部181は、上記の回転角度依存の特性を利用して回転位相角誤差推定値Δθestを演算して出力する。
PI制御部182は、回転位相角誤差推定値Δθestがゼロとなるように、はPI制御を行うことで回転速度推定値ωestを算出して出力する。
積分器183は、回転速度推定値ωestを積分して回転位相角θestを算出して出力する。
【0065】
ここで、高周波電圧を重畳して回転位相角を推定する場合、同期モータMの動的インダクタンスについて着目すべきである。例えば、磁気突極性を利用して回転する突極型同期モータであっても、動的インダクタンスの差(L−L)が極小さくなることがあり、上記[数式6]により回転位相角推定が困難となることがある。
【0066】
すなわち、電流変化ΔIに対する磁束変化ΔΦの比(ΔΦ/ΔI)である動的インダクタンスと、基本波電流Iに対する基本波磁束Φの比(Φ/I)である静的インダクタンスとが異なるものであると捉えた場合、[数式1]の電圧方程式は[数式7]と表すことができる。
【0067】
【数8】
ここで、上記[数式7]において、Lda,Lqa:基本波電流に対するインダクタンス(=静的インダクタンス)、Ldh,Lqh:電流変化に対するインダクタンス(=動的インダクタンス)とする。
【0068】
さらに、この場合の高周波電流は下記[数式8]で表すことができる。
【数9】
【0069】
さらに、高周波電圧を推定d軸であるdc軸のみに印加するならば[数式8]は[数式9]と表すことができる。
【数10】
【0070】
dq軸をそれぞれ書き直すと、
【数11】
【0071】
上記[数式11]を変形して回転位相角誤差推定値Δθについて表すと、下記[数式12]となる。
【数12】
【0072】
上記[数式12]から分母に存在する動的インダクタンスの差(以下、突極差と称する)が小さい場合、回転位相角誤差推定値Δθに応じて発生する特徴量をとらえることができずに回転位相角推定値θestの算出が困難となる。
【0073】
図13Aは、同期モータに流れる電流が略ゼロのときのd軸電流とq軸電流との一例を示す図である。
図13Bは、同期モータに流れる電流が略ゼロのときの、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
【0074】
図13Aに示すように、d軸電圧指令に高周波電圧を重畳することによりd軸電流は大きく変化している。一方で、図13Bに示すように、突極差は極小さくなっていることが分かる。すなわち、同期モータMに電流を通電しない場合(電流が略ゼロの場合)、同期モータMの磁気飽和は生じないため、d軸動的インダクタンスLdhとq軸動的インダクタンスLqhとの突極差はほぼゼロとなる。したがって、上述の[数式12]の分母が略ゼロとなってしまう。
【0075】
この状態で、[数式12]を用いて回転子角推定値θestを算出したところ、回転位相角誤差推定値Δθestがゼロに収束せず、精度よく回転位相角推定値θestの算出を行うことができないことがあった。これは、[数式12]の分母が略ゼロとなることと、同期モータMの回転子が十分に磁気飽和していない状態では電流に対するインダクタンスの変動が大きいことに起因するものと考えられる。
【0076】
そこで、本実施形態のインバータ制御装置100およびモータ駆動システムでは、回転子速度に同期した所定の閾値以上の大きさの基本波電流を−d軸方向に通電している。
【0077】
この時、同期モータMに通電するd軸電流の大きさは、d軸動的インダクタンスが十分に飽和するように決定すればよく、例えば、d軸動的インダクタンスが定格運転時のd軸静的インダクタンス以下となるように、通電するd軸電流のリミット値(idmini)を決定すればよい。所定の閾値以上の基本波電流を同期モータMに通電させることにより、回転子20の磁気飽和を進めることが可能となる。
【0078】
図14Aは、回転子速度に同期した基本波電流を同期モータへ通電したときの、d軸電流とq軸電流との一例を示す図である。
図14Bは、図14Aに示すd軸電流とq軸電流とを同期モータへ通電したときの、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
【0079】
図14Aおよび図14Bによれば、回転子速度に同期した所定の大きさの基本波電流を−d軸方向に通電したとき、同期モータMの回転子が十分に磁気飽和し、電流がゼロのときに対して磁気突極差が大きくなっていることが分かる。
【0080】
この状態で、上記[数式12]を用いて回転子角推定値θestを算出したところ、回転位相角誤差推定値Δθestは所定時間内にゼロに収束し、安定して回転位相角推定を行うことができた。
【0081】
図15は、位相角誤差推定値が90°のときの動的インダクタンス特性の一例を示す図である。
なお、インバータを起動するタイミングにより、基本波電流がd軸だけでなく、q軸に通電してしまうことがある。この場合にも、図15に示したように、基本波電流をdc軸を目標に通電することにより、q軸磁束の漏れ分によってd軸動的インダクタンスの飽和がすすみ、磁気突極差を得ることが可能となる。
【0082】
図16は、回転位相角誤差推定値が90°であり同期モータに流れる電流が略ゼロのときの、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
図17は、回転位相角誤差推定値が90°でありdc軸を目標に同期モータに通電したときの、d軸動的インダクタンスとq軸動的インダクタンスとの一例を示す図である。
【0083】
図16図17とを比較すると、同期モータMに通電していないときは、dc軸を目標に同期モータMに所定の電流を通電したときよりも磁気突極差が小さかった。したがって、位相角推定の誤差が生じているときであっても、電圧指令値に高周波電圧を重畳する方式にて磁気突極差を得ることが可能であり、回転位相角推定値および速度推定値を算出することができた。
すなわち、本実施形態によれば、精度よく電流制御を行うインバータ制御装置およびモータ駆動システムを提供することができる。
【0084】
なお、本実施形態では、dc軸の電圧指令に高周波電圧を重畳し、q軸高周波電流を検出する方式について説明したが、この方式に限定されるものではなく、dc軸とqc軸との両方の電流を検出する方法や、dc軸とqc軸との両方の電圧指令に高周波電圧を重畳する方式であっても、回転位相角誤差推定値を演算可能な手法であれば本実施意形態と同様の効果が得られる。
【0085】
次に、第2実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムについて図面を参照して説明する。なお、以下の説明において、上述の第1実施形態と同様の構成については、同一の符号を付して説明を省略する。
【0086】
図18は、第2実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムの構成例を概略的に示すブロック図である。
本実施形態のモータ駆動システムは、同期モータMと、インバータ主回路INVと、インバータ制御装置100と、上位制御器CTRと、を備えている。インバータ制御装置100は、電流検出器SSと、指令生成部110と、電流制御部120と、座標変換部140、160と、変調部150と、回転位相角/速度推定部(第2回転位相角/速度推定部)180と、を備えている。
【0087】
同期モータMは、回転子に磁気突極性を有する同期モータであり、例えば、シンクロナスリラクタンスモータである。同期モータMは、例えば、磁石を用いた永久磁石式同期モータ、シンクロナスリラクタンスモータ、界磁磁束を二次巻線にて供給する巻線界磁式同期モータなどを採用することができる。本実施形態では、同期モータMとしてシンクロナスリラクタンスモータを採用した例について説明する。
【0088】
インバータ主回路INVは、直流電源(直流負荷)と、U相、V相、W相の各相2つのスイッチング素子と、を備えている。各相2つのスイッチング素子は、直流電源の正極に接続した直流ラインと、直流電源の負極に接続した直流ラインとの間に直列に接続している。インバータ主回路INVのスイッチング素子の動作は、変調部150から受信したゲート指令により制御される。インバータ主回路INVは、ゲート指令により所定の周波数のU相電流I、V相電流I、W相電流Iを交流負荷である同期モータMへ出力する3相交流インバータである。また、インバータ主回路INVは、同期モータMで発電された電力を直流電源である二次電池へ充電することも可能である。
【0089】
本実施形態では、回転位相角誤差の演算にモータパラメータ設定値を用いて推定している方式を採用している。本実施形態にて用いる回転位相角推定値の演算方式は、同期モータMが高速回転しているときの回転位相角推定に適したものである。
【0090】
図19は、図18に示す回転位相角/速度推定部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
本実施形態において、回転位相角/速度推定部180は、電圧指令Vdc、Vqcと電流検出値Idc、Iqc(もしくは電流指令Idref、Iqref)と、静的インダクタンス設定値Lda_setとを用いて、回転位相角誤差Δθestを演算する。
【0091】
回転位相角/速度推定部180は、例えば拡張誘起電圧を用いて回転位相角誤差推定値Δθestを算出する第2位相角誤差推定部180Bと、PI制御部187と、積分器188とを備えている。
【0092】
第1実施形態において、電圧方程式は上述の[数式2]であったが、本式を拡張誘起電圧の表現に書き改めると下記[数式13]となる。
【数13】
【0093】
ここで、上記[数式13]の拡張誘起電圧Eは下記式で表すことができる。
【数14】
【0094】
さらに回転位相角に誤差を生じた場合、[数式13]は[数式14]で表現できる。
【数15】
【0095】
さらに[数式14]を変形すると、下記[数式15]となる。
【数16】
【0096】
上記[数式15]のd軸とq軸をそれぞれ除すると、[数式16]となる。
【数17】
【0097】
さらに[数式16]の逆正接をとることで[数式17]にて回転位相角誤差Δθを演算することができる。
【数18】
【0098】
上記[数式17]は、同期モータMの回転速度が十分に早く、かつ、電流変化が十分に無視できるときに、下記[数式18]に書き改められる。
【数19】
【0099】
また、実際にはモータパラメータは設定値を用いるので、[数式18]は[数式19]と書き改められる。
【数20】
【0100】
ここで、R_set:抵抗設定値、Ld_set:d軸インダクタンス設定値である。
さらに、抵抗における電圧降下が無視できる場合、上記[数式19]は[数式20]に書き改められる。
【数21】
【0101】
第2位相角誤差推定部180Bは、上記[数式20]を用いて回転位相角誤差推定値Δθestを算出する。
すなわち、乗算器B2は、qc軸電流指令Iqcと回転速度推定値ωestとを乗算して出力する。乗算器B2の出力はインダクタンス設定部184へ供給される。インダクタンス設定部184は、入力された値(Iqc×ωest)とd軸静的インダクタンス設定値Lda_setとを乗算して加算器B1へ出力する。加算器B1は、dc軸電圧指令Vdcと、インダクタンス設定部184の出力(Iqc×ωest×Lda_set)とを加算して出力する。
【0102】
乗算器B4は、dc軸電流指令Idcと回転速度推定値ωestとを乗算して出力する。乗算器B4の出力はインダクタンス設定部185へ供給される。インダクタンス設定部185は、入力された値(Idc×ωest)とd軸静的インダクタンス設定値Lda_setとを乗じて減算器B3へ出力する。減算器は、qc軸電圧指令Vqcからインダクタンス設定部185の出力(Idc×ωest×Lda_set)を減じて出力する。
【0103】
除算器B5は、減算器B3の出力を加算器B1の出力で除して、逆正接算出部186へ出力する。逆正接算出部186は、除算器から出力された値の逆正接を算出して、回転位相角誤差推定値Δθestとして出力する。
【0104】
PI制御部187は、回転位相角誤差推定値Δθestがゼロに収束するように、PI制御を行うことにより、回転速度推定値ωestを出力する。
積分器188は、PI制御部187から出力された回転速度推定値ωestを積分して回転位相角推定値θestを算出して出力する。
【0105】
ここで、上述の[数式13]によると、d軸静的インダクタンス設定値(Lda_set)を用いて回転位相角誤差を演算しているが、図4に示したように、d軸静的インダクタンス(Lda)は電流に応じて大きく変化することから、回転位相角誤差推定値Δθestの演算結果が意図しない位相に収束してしまい、精度よく回転位相角推定値θestを算出することができないことがあった。推定精度を向上するために、電流に対するd軸静的インダクタンスLdaのテーブルを用いると、演算負荷の増加やメモリの制限のために現実的ではなく、結果として回転位相角推定値の誤差の拡大につながる可能性があった。
【0106】
これに対し、本実施形態では、磁気飽和による静的インダクタンス変化が大きいd軸方向の電流指令値にリミットを設けて電流を通電することで、常にd軸方向の磁気飽和が進むことから、例えば図4に示す特性において静的インダクタンスが大きく変化しない領域でインバータ制御装置およびモータ駆動システムを運転することが可能となる。
【0107】
この場合、回転位相角推定値誤差Δθestを演算する方程式には、磁気飽和時のd軸静的インダクタンスLdaのみを設定すればよく、精度よく回転位相角を推定することができる。さらに、テーブルを用いるような複雑な処理を行わないため、位相角推定に要する処理時間の低減や調整のしやすさが向上する。
【0108】
また、本実施形態では、拡張誘起電圧を用いた方法において、d軸の方程式とq軸の方程式とを除して逆正接をとることで回転位相角誤差を演算したが、前述の方程式を用いることに限定されるものではない。モデル電圧(電圧指令値からモータモデルを用いて演算した電圧=フィードフォワード電圧と同義)を引き算した結果をもとに、回転位相角を推定する方式を採用しても同様の効果が得られる。
【0109】
例えば、上記[数式15]のq軸方向に着目すると、下記[数式21]のようになる。
【数22】
【0110】
さらに、回転位相角推定値誤差Δθestが小さく、抵抗による電圧降下が無視できる場合、下記[数式22]となる。
【数23】
【0111】
上記[数式22]のようにd軸方向の静的インダクタンスのみを設定値Lda_setとして回転位相角推定値誤差Δθestを算出することができる。
すなわち、本実施形態によれば、精度よく電流制御を行うインバータ制御装置およびモータ駆動システムを提供することができる。
【0112】
次に、第3実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムについて図面を参照して説明する。本実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムでは、回転位相角/速度推定方法を速度に応じて変更している。
【0113】
図20は、第3実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムの一構成例を概略的に示すブロック図である。
【0114】
指令生成部110は、回転位相角/速度推定部180から供給された回転速度推定値ωestに基づいて、制御切り替え信号flgを出力する。
回転位相角/速度推定部180は、制御切り替え信号flgの値に基づいて、回転位相角・速度推定方法を切替える。
【0115】
図21は、図20に示す指令生成部110の一構成例を概略的に示すブロック図である。
指令生成部110は、上述の第1実施形態における指令生成部110の構成に加えて、ローパスフィルタFLTと、閾値判定部117とをさらに備えている。なお、図21に示すリミット部112は、図6に示すリミット部112と同様の構成である。
ローパスフィルタFLTは、回転速度推定値ωestを受信し、高周波成分を除去して閾値判定部117へ出力する。
【0116】
閾値判定部117は、入力された回転速度推定値ωestと所定の閾値とを比較し、回転速度推定値ωestが所定の閾値以下のときに、制御切り替え信号flgを「1」として出力し、回転速度推定値ωestが所定の閾値未満のときに、制御切り替え信号flgを「0」として出力する。
【0117】
図22は、図21に示す閾値判定部の他の構成例を説明するための図である。
閾値判定部117´では、例えば、制御切り替え信号flgを「0」から「1」とするとき(回転速度が高速から低速に変化するとき)の閾値(第1閾値Th1)と、制御切り替え信号flgを「1」から「0」とするとき(回転速度が低速から高速へ変化するとき)の閾値(第2閾値Th2>第1閾値Th1)とを異なる値としている。このように複数の閾値を用いて制御切り替え信号flgを切替えることにより、閾値近傍にて制御切り替え信号flgの値が不安定になることを回避し、安定した制御が可能となる。
【0118】
図23は、図20に示す回転位相角/速度推定部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
回転位相角/速度推定部180は、高周波電圧信号と高周波電流とを用いて回転位相角誤差Δθestを演算する第1位相角誤差推定部180Aと、電圧指令と電流指令もしくは電流検出値を用いて回転位相角誤差Δθestを演算する第2位相角誤差推定部180Bと、PI制御部P1、P2と、切替部SWと、積分器188と、を備えている。
【0119】
第1位相角誤差推定部180Aは、図11に示す第1実施形態の回転位相角/速度推定部180の第1位相角誤差推定部180Aに相当する。
第2位相角誤差推定部180Bは、図18に示す第2実施形態の回転位相角/速度推定部180の第2位相角誤差推定部180Bに相当する。
【0120】
PI制御部P1は、第1位相角誤差推定部180Aから出力された回転位相角誤差推定値Δθestがゼロとなるように、回転速度推定値を演算して出力するPI制御器を備えている。
【0121】
PI制御部P2は、第2位相角誤差推定部180Bから出力された回転位相角誤差推定値Δθestがゼロとなるように、回転速度推定値ωestを演算して出力するPI制御器を備えている。
【0122】
切替部SWは、制御切り替え信号flgの値に従って入力端子と出力端子との電気的接続を切替える。切替部SWは、PI制御部P1から供給される回転速度推定値ωestが入力される第1入力端子と、PI制御部P2から供給される回転速度推定値ωestが入力される第2入力端子と、出力端子とを備えている。切替部SWは、制御切り替え信号flgが「1」のときに、第1入力端子と出力端子とを電気的に接続し、制御切り替え信号flgが「0」のときに第2入力端子と出力端子とを電気的に接続する。
積分器188は、切替部SWから出力された回転速度推定値ωestを積分して、回転位相角推定値θestを出力する。
【0123】
図24は、図20に示す高周波電圧重畳部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
高周波電圧重畳部130は、制御切り替え信号flgと所定の大きさの直流電圧指令である電圧Vhとの論理積を出力する論理積演算部133を更に備えている。論理積演算部133の出力は論理積演算部132に供給され、制御切り替え信号flgが「1」のときのみ電圧Vhが出力される。すなわち、第1位相角誤差推定部180Aにて、回転位相角誤差推定値Δθestが演算されるときのみ高周波電圧Vdhが出力される。
【0124】
本実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムによれば、d軸方向のみに電流振幅の上限リミットを設けることで磁気飽和を進めつつ、同期モータMの回転速度が増加した際にはd軸方向の電流振幅リミットにより電流が流れ続けることから誘起電圧が発生し、第1位相角誤差推定部180Aでの位相角推定(低速回転時)から、第2位相角誤差推定部180Bでの位相角推定(高速回転時)へとスムーズに移行することが可能となる。
【0125】
また、第1位相角誤差推定部180Aによる回転位相角誤差推定値Δθestの算出を行うときには、高周波信号を重畳することから騒音が発生するが、本実施形態では、回転速度が増加したときには高周波信号重畳を利用した方式から推定方式を切り替えることで高周波重畳に起因した騒音を低減することが可能となる。
すなわち、本実施形態によれば、精度よく電流制御を行うインバータ制御装置およびモータ駆動システムを提供することができる。
【0126】
次に、第4実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムについて、図面を参照して説明する。
図25は、第4実施形態のインバータ制御装置およびモータ駆動システムの一構成例を概略的に示すブロック図である。
【0127】
本実施形態のモータ駆動システムは、同期モータMと、インバータ主回路INVと、インバータ制御装置100と、上位制御器CTRと、を備えている。インバータ制御装置100は、電流検出器SSと、指令生成部110と、電流制御部120と、座標変換部140、160と、変調部150と、角度・速度検出器210と、角度センサ200と、を備えている。
【0128】
同期モータMは、回転子に磁気突極性を有する同期モータであり、例えば、シンクロナスリラクタンスモータである。同期モータMは、例えば、磁石を用いた永久磁石式同期モータ、シンクロナスリラクタンスモータ、界磁磁束を二次巻線にて供給する巻線界磁式同期モータなどを採用することができる。本実施形態では、同期モータMとしてシンクロナスリラクタンスモータを採用した例について説明する。
【0129】
インバータ主回路INVは、直流電源(直流負荷)と、U相、V相、W相の各相2つのスイッチング素子と、を備えている。各相2つのスイッチング素子は、直流電源の正極に接続した直流ラインと、直流電源の負極に接続した直流ラインとの間に直列に接続している。インバータ主回路INVのスイッチング素子の動作は、変調部150から受信したゲート指令により制御される。インバータ主回路INVは、ゲート指令により所定の周波数のU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwを交流負荷である同期モータMへ出力する3相交流インバータである。また、インバータ主回路INVは、同期モータMで発電された電力を直流電源である二次電池へ充電することも可能である。
【0130】
角度センサ200は、同期モータMに取り付けられ、同期モータMの回転子の角度を検出する。角度センサ200は、例えばレゾルバを用いることができる。
角度・速度検出器210は、角度センサ200により検出された同期モータMの回転子角度を補正して、回転位相角θおよび回転速度ωを算出する。
【0131】
図26は、図25に示す電流制御部の一構成例を概略的に示すブロック図である。
電流制御部120は、d軸電流指令Idrefとd軸電流Iとの差がゼロとなるようにd軸電圧指令Vを出力するPI制御部122と、q軸電流指令Iqrefとq軸電流Iとの差がゼロとなるようにq軸電圧指令Vを出力するPI制御部123と、フィードフォワード電圧演算部121を備えている。
【0132】
電流制御系を設計する場合、制御対象(プラント)を一次遅れの系とみなすことがある。同期モータMを一次遅れのプラントとみなすためには、電機子反作用による電圧項(干渉項)をフィードフォワード的に補償する方式が考えられる。同期モータMの電圧方程式は、上述の[数式1]であり、フィードフォワード電圧は下記[数式23]にて計算される。
【0133】
【数24】
【0134】
[数式1]と[数式23]を引き算すると、下記[数式24]となる。
【数25】
ここで[数式24]は電流PI制御器の出力を意味する。
【0135】
このとき、モータパラメータが設定値と一致、すなわちLda=Lda_setかつLqa=Lqa_setの場合を仮定すると、[数式24]は[数式25]となる。
【数26】
【0136】
さらに[数式25]を変形すると、[数式26]、[数式27]となる。
【数27】
上記[数式26]、[数式27]によれば、プラントが一次遅れとなったことがわかる。
【0137】
さらに上記式に対してPI制御を行って電流制御することを考える。PI制御を行った場合のd軸一巡伝達関数は下記[数式28]となる。
【数28】
【0138】
上記[数式28]を伝達関数の形に変形すると、下記[数式29]となる。
【数29】
【0139】
ここで、τ=τと設計すると、上記[数式29]は下記[数式30]の通りとなる。
【数30】
上記[数式30]のようにPI制御器を設計することで、同期モータを任意時定数τnewのプラントとみなすことができ、ゲインKpdを調整することで電流制御することが可能となる。
【0140】
ここで、[数式25]の時点でLda=Lda_setかつLqa=Lqa_setを仮定しており、前述の通り、これらは運転状態(磁気飽和)によって大きく変化する。これらが一致しない場合、任意時定数のプラントとして制御系を設計できず、設計通りの応答を得ることができない。
【0141】
図27は、電流制御部の比較例を概略的に示すブロック図である。
図27に示す電流制御部120では、設計通りの応答を得るために、磁気飽和に応じてゲインを可変する構成としている。運転状態による変化は、特に静的インダクタンスが磁気飽和により大きく変化するd軸において顕著となるため、PI制御部122の比例制御器Pと積分制御器Iとにd軸電流指令Idrefが供給されている。
【0142】
また、上記[数式30]では、任意時定数τをモータ時定数τと一致させるように設計しているが、このためにはd軸動的インダクタンスLdhが既知であることが必須であり、上述の静的インダクタンスと同様に磁気飽和の影響でこれらの値は大きく変化する。q軸動的インダクタンスLqhの磁気飽和による変化は、d軸動的インダクタンスLdhの磁気飽和による変化に比べると小さくなる。d軸動的インダクタンスLdhは、同期モータMに通電していない状態におけるd軸動的インダクタンスLdhに対して、磁気飽和が進んだ状態におけるd軸動的インダクタンスLdhは例えば10倍程度の大きさとなる。設計した電流応答に対してプラントの時定数が10倍変化するときには、電流制御が破綻することからトルクを精度よく出力することができない可能性がある。
【0143】
これらを解決するためには磁気飽和テーブルなどを使用する方法が考えられるが、この場合にメモリの逼迫や処理時間超過の問題が発生し得る。
これに対し、本実施形態では、d軸電流の振幅に上限リミットを設け、d軸電流が常に流れるようにすることでd軸動的インダクタンスおよびd軸静的インダクタンスをともに磁気飽和させられ、d軸動的インダクタンスおよびd軸静的インダクタンスの変化を低減できることから、d軸PI制御ゲイン設計が簡素化され、設計通りの電流制御が可能となる。
【0144】
q軸動的インダクタンスおよびq軸静的インダクタンスが大きく変化する場合にはテーブル等を用いることが好ましい。なお、q軸インダクタンスを磁気飽和させることも可能であるが、この場合はd軸とq軸とがともに磁気飽和することとなり、磁気突極性が小さくなるためにトルクが出力できないことから避けるべきである。
【0145】
この時、通電するd軸電流はd軸動的インダクタンスが十分に飽和するように決定すればよく、例えば、d軸動的インダクタンスが定格運転時のd軸静的インダクタンス以下となるように、通電するd軸電流のリミット値を決定すればよい。定格運転時においてはd軸静的/動的インダクタンスはほぼ一定値となっており、本方式を採用する際には定格運転時のd軸静的/動的インダクタンスをもとにパラメータを設定、ゲイン設計すればよい。
上記のように本実施形態によれば、精度よく電流制御を行うインバータ制御装置およびモータ駆動システムを提供することができる。
【0146】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0147】
上述の第1実施形態乃至第4実施形態において、インバータ制御装置は、ハードウエアにより構成されてもよく、ソフトウエアにより構成されてもよく、ハードウエアとソフトウエアとを組み合わせて構成されてもよい。例えば、インバータ制御装置は1又は複数のプロセッサと、メモリと、を含み、各構成にて実行される演算をソフトウエアにて実現してもよい。いずれの場合であっても、上述の第1実施形態乃至第4実施形態と同様の効果を得ることができる。
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図13A
図13B
図14A
図14B
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図16
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図27