(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
本発明者は、これまで、色覚異常者は、それぞれ赤、緑、青の光を感じるL、M、Sの3種の錐体細胞のいずれかが色覚正常者と異なる感度を有しているという考えに基づき、色覚補正レンズの製造・販売、及び開発に従事してきた。
【0003】
例えば、特許文献1の色覚補正レンズは、色覚正常者に比べ、緑色光を感知するM錐体細胞が、赤色光を感知するL錐体細胞より感度が相対的に強いために赤緑色覚異常を生じている色覚異常者を対象としたもので、緑色光の透過率を抑えるべく谷を設けた透過率曲線を有するものである。
【0004】
つまり、色覚正常者のL、M、Sの3つの錐体細胞は、
図7に示したような感度曲線L、M、S(非特許文献1参照)を有しており、これに対し、赤緑色覚異常者は、緑色光を感じるM錐体細胞と青色光を感じるS錐体細胞は色覚正常者と同じ感度曲線M、Sを有する一方で、赤色光を感じるL錐体細胞の感度曲線は、二点鎖線で示した感度曲線L3のように、感度が弱いと想定する。
【0005】
すると、赤緑色覚異常者の緑色光を感じる感度曲線Mは、赤色光を感じる感度曲線L3より相対的に高くなる。そのため、特許文献1の色覚補正レンズでは、赤緑色覚異常者の緑色光に対する感度を抑えるため、波長が534nm近傍の緑色光の透過率を抑えた透過率曲線を設けている。
【0006】
また、色覚異常の原因としては、他に錐体細胞の感度のピークを呈する光の波長が色覚正常者と異なることが考えられ、本発明者は、これに対応すべく、従来とは異なる波長の透過率を抑える透過率曲線を備えた色覚補正レンズについて、先に特許出願(特願2018−119772号、未公開)を行っている。
【0007】
例えば、
図8に二点鎖線で示した感度曲線M3は、M錐体細胞における感度のピークM3pが、色覚正常者のM錐体細胞の感度のピークMpに比べて、光の長波長側に移動している色覚異常者の感度曲線を想定したものであるが、上記の先の出願では、このような色覚を補正するために、光の波長が550nm以上560nm未満の領域に透過率の最小値を有する透過率曲線を備えた色覚補正レンズを提案している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、上記従来の色覚補正レンズは、3種の錐体細胞のうち1種が色覚正常者と異なる感度曲線を有する色覚異常者のみを想定しており、2種の錐体細胞の感度曲線が色覚正常者と異なる色覚異常者は想定していないという問題が有る。
本発明は、かかる課題を解決するためになされたものであり、3種の錐体細胞のうち2種以上の錐体細胞の感度曲線が色覚正常者と異なる色覚異常者の色覚を補正可能な色覚補正レンズの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するためになされた発明は、色覚異常者の色覚を補正する色覚補正レンズであって、光の波長が560nm以上600nm以下の領域に、10nm以上の幅を有するとともに全領域における光の透過率が70%以上である第1の透過領域を備え、光の波長が400nm以上700nm以下からなる可視光線領域における前記第1の透過領域を除いた他の領域に2つの谷底が設けられた透過率曲線を
備え、前記2つの谷底は、いずれも光の波長が600nmを越える領域に設けられている。
【0012】
このように、透過率曲線に2つの谷底を設けることで、2つの錐体細胞について色覚正常者と異なる感度曲線を有する色覚異常者の色覚を補正することができる。ここで、かかる色覚異常者の多くは、光の波長が560nm以上600nm以下の第1の透過領域の光の透過率を抑えると、当該領域の波長の光による色が暗くなって色が判別困難となる虞が有り、第1の透過領域の透過率は全域に亘って70%以上とし、透過率曲線における2つの谷底は当該領域以外の領域に設けることが重要である。
【0014】
本発明に係る色覚補正レンズは、前記2つの谷底が、いずれも光の波長が600nmを
越える領域に設けられて
いることを特徴とする。
こうすることで、M錐体細胞と、L錐体細胞の両方の感度曲線が色覚正常者のそれに比
べて大きく長波長側に移動しているような色覚異常者の色覚を補正することができる。
【0017】
本発明に係る色覚補正レンズは、前記第1の透過領域に光の透過率が90%以上である高透過率領域を備えることが好ましい。こうすることで、当該高透過率領域の波長を有する色が、暗くなることをより適切に防止することができる。
【0018】
本発明の色覚補正レンズは、光の波長が400nm以上490nm以下からなる青色領域の全領域において光の透過率が80%未満であることが好ましい。色覚異常者には、青色が眩しくて見ていられないために、色の判別能がさらに低下するという人が多く存在する。このように、青色光の透過率を抑えることで、視界に青色が存在する場合における色の判別能の低下を抑制できる。
【0019】
前記2つの谷底における光の透過率は、いずれも30%以上70%以下であることが好ましい。
谷底における光の透過率を30%以上とすることで、当該谷底の波長に対応する色が暗くなって判別不能となることを抑制できる。また、谷底における光の透過率を70%以下とすることで、十分に色覚異常者の色覚を補正することができる。
尚、ここで、「色覚補正レンズ」とは、近視や遠視の屈折異常等、色覚異常以外の異常を矯正する機能を備えないものを含むものとする。
【発明の効果】
【0020】
以上、本発明の色覚補正レンズによれば、これまでの色覚補正レンズで色覚が補正できなかった色覚異常者に対し、色覚補正を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、適宜図面を用いながら本発明の実施形態について詳述する。ただし、本発明は以下の実施形態に限られるものではない。尚、図中の比感度とは、色覚正常者のM錐体細胞のピークの感度に対する比を示している。
【0023】
本発明の色覚補正レンズは、レンズ基体の表面に多層膜を設けることにより、光の波長ごとに透過率が変化する透過率曲線が付与されている。
レンズ基体は、プラスチックやガラス等の素材から研磨やプレス等により形成され、プラスチックレンズの材料としては、例えば、ポリメチルメタクリレート等のメタクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリジエチレングリコールビスアリルカーボネート等のポリジアリルグリコールカーボネート類、ポリスチレン等を用いることができる。
多層膜の形成方法としては、多層フィルムを貼着して形成する方法や、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等を用いることができる。
ただし、レンズ基体に、顔料を練り込む等、多層膜を設ける以外の方法により透過率曲線を設けてもよい。
【0024】
(
参考形態1)
図1は、本発明の
参考形態1に係る3種の色覚補正レンズの透過率曲線11,12,
13を模式的に示している。透過率曲線11,12,13は、光の波長が560nm以上
600nm以下の領域に、10nm以上の幅を有するとともに全領域における光の透過率
が70%以上である第1の透過領域A1を備え、光の波長が400nm以上700nm以
下からなる可視光線領域における第1の透過領域A1を除いた他の領域に2つの谷底(1
1a,11b)、(12a,12b)、(13a,13b)が設けられている。
【0025】
透過率曲線11,12,13において、一方の谷底11a,12a,13aは、光の波
長が400nm以上560nm未満の領域に設けられ、他方の谷底11b,12b,13
bは、光の波長が600nmを越え、700nm以下の領域に設けられている。
参考形態1に係る色覚補正レンズは、
図2に示すように、M錐体細胞の感度曲線M1(二点鎖線
)が、正常者のM錐体細胞の感度曲線Mに比べて短波長側に位置し、L錐体細胞の感度曲
線L1(一点鎖線)が、正常者のL錐体細胞の感度曲線Lに比べて長波長側に位置してい
ることにより色覚正常者と異なる色覚を呈している色覚異常者Xを対象としており、M錐
体細胞の感度曲線M1のピークM1p近傍に一方の谷底11a,12a,13a(
図1参
照)を設け、L錐体細胞の感度曲線L1のピークL1pの近傍に他方の谷底11b,12
b,13b(
図1参照)を設けることで、色覚異常者Xの感度曲線を色覚正常者の感度曲
線に近づけるようにしている。
【0026】
図1に示すように、一方の谷底11a,12a,13a、及び他方の谷底11b,12b,13bは、いずれも透過率が30%以上70%以下に設けられている。谷底の透過率が30%を下回ると、当該谷底における波長の光が暗くなりすぎて色の判別が困難になる虞がある。また、谷底の透過率が70%を超えると、十分に色覚異常者の光の感度曲線を変形させることができず、十分な色覚補正を行なえない可能性が有る。
【0027】
また、本
参考形態で想定している色覚異常者Xは、
図2に示すように、色覚正常者の感
度曲線に比べて、M錐体細胞の感度曲線M1が短波長側に、L錐体細胞の感度曲線が長波
長側に位置することで、感度曲線のピークM1pとL1pの間におけるM錐体細胞、L錐
体細胞の光の感度が共に低下していると考えられる。そこで、本
参考形態では、波長が5
60nm以上600nmの領域に感度が少なくとも波長における幅が10nm以上で、全
領域で光を70%以上透過させる第1の透過領域A1を設けることで、当該領域における
波長の色が暗くなることを抑制している。第1の透過領域A1は、
図2に示した様に、透
過率が90%以上となる領域A2を備えることが好ましく、こうすることで、第1の透過
領域A1における波長の色が暗くなることをより効果的に抑制できる。
【0028】
透過率曲線11,12,13は、
図1に示すように、光の波長が400nm以上490nm以下からなる青色領域の全領域において光の透過率が80%未満であることが好ましい。色覚異常者は、青色光が眩しくて、その青色光を放つ物体近辺を直視できないことがある。このように、青色領域の全域において、光の透過率を80%未満とすることで、青色光を放つ物体の近辺を直視することが可能となる。
【0029】
(第
1実施形態)
図3は、本発明の第
1実施形態に係る3種の色覚補正レンズの透過率曲線21,22,
23を模式的に示している。
透過率曲線21,22,23は、光の波長が560nm以上600nm以下の領域に、
10nm以上の幅を有するとともに全領域における光の透過率が70%以上である第1の
透過領域A1を備え、光の波長が400nm以上700nm以下からなる可視光線領域に
おける第1の透過領域A1を除いた他の領域に2つの谷底(21a,21b)、(22a
,22b)、(23a,23b)が設けられている。
【0030】
具体的には、透過率曲線21,22,23において、2つの谷底(21a,21b)、
(22a,22b)、(23a,23b)は、共に光の波長が600nmを越え700n
m以下の領域に設けられている。第
1実施形態に係る色覚補正レンズは、
図4に示すよう
に、M錐体細胞の感度曲線M2(二点鎖線)、及びL錐体細胞の感度曲線L2(一点鎖線
)が、それぞれ正常者のM錐体細胞の感度曲線M、及びL錐体細胞の感度曲線Lに比べて
長波長側に位置していることにより色覚正常者と異なる色覚を呈している色覚異常者Yを
対象としている。透過率曲線21,22,23は、M錐体細胞の感度曲線M2のピークM
2p近傍に一方の谷底21a,22a,23aを設け、L錐体細胞の感度曲線L2のピー
クL2pの近傍に他方の谷底21b,22b,23bを設けることで、色覚異常者Yの感
度曲線を色覚正常者の感度曲線に近づけるようにしている。
【0031】
一方の谷底21a,22a,23a、及び他方の谷底21b,22b,23bは、
図3に示すように、いずれも透過率が30%以上70%以下に設けられている。谷底の透過率が30%を下回ると、当該谷底における波長の光が暗くなりすぎて色の判別が困難になる虞がある。また、谷底の透過率が70%を超えると、十分に色覚異常者の光の感度曲線を変形させることができず、十分な色覚補正を行なえない可能性が有る。
【0032】
また、本実施形態で想定する色覚異常者Yは、
図4に示すように、色覚正常者の感度曲線に比べて、M錐体細胞の感度曲線M1、及びL錐体細胞の感度曲線が長波長側に位置することで、波長が560nm以上600nmの領域における光の感度が低下していると考えられる。そこで、本実施形態においても、波長が560nm以上600nmの領域に、少なくとも幅が10nm以上で、全領域で光を70%以上透過させる第1の透過領域A1を設けることで、当該領域における波長の光が暗くなることを抑制している。第1の透過領域A1は、
図4に示した様に、透過率が90%以上となる領域A2を備えることが好ましく、こうすることで、第1の透過領域A1における波長の光が暗くなることをより効果的に抑制できる。
【0033】
第
1実施形態に係る色覚補正レンズにおいても、
図3に示すように、透過率曲線21,
22,23は、光の波長が400nm以上490nm以下の領域からなる青色領域の全域
において、光の透過率が80%未満であることが好ましい。
【0034】
(
参考形態2)
図5は、本発明の
参考形態2に係る3種の色覚補正レンズの透過率曲線31,32,33を模式的に示している。
透過率曲線31,32,33は、光の波長が560nm以上600nm以下の領域に、
10nm以上の幅を有するとともに全領域における光の透過率が70%以上である第1の
透過領域A1を備え、光の波長が400nm以上700nm以下からなる可視光線領域に
おける第1の透過領域A1を除いた他の領域に2つの谷底(31a,31b)、(32a
,32b)、(33a,33b)が設けられている。
【0035】
具体的には、
図5に示すように、透過率曲線31,32,33において、2つの谷底(
31a,31b)、(32a,32b)、(33a,33b)は、共に光の波長が400
nm以上560nm未満の領域に設けられている。
参考形態2の色覚補正レンズは、図
6に示すように、S錐体細胞の感度曲線S1(一点鎖線)のピークS1pが色覚正常者の
S錐体細胞の感度曲線SのピークSpに比べ高いために、青色光を色覚正常者より眩しく
感じ、L錐体細胞の感度曲線L3(二点鎖線)のピークL3pが、色覚正常者のL錐体細
胞の感度曲線LのピークLpに比べて低く、L錐体細胞の感じる赤色光がM錐体細胞の感
じる緑色光に比べて相対的に低くなっていることにより色覚正常者と異なる色覚を呈して
いる色覚異常者Zを対象としており、感度曲線S1のピークS1p近傍に一方の谷底31
a,32a,33a(
図5参照)を設け青色光の透過率を抑えることで青色光を眩しく感
じることを抑制する一方で、M錐体細胞の感度曲線M3のピークM3pの近傍に他方の谷
底31b,32b,33b(
図5参照)を設けることで、色覚異常者ZのM錐体細胞とL
錐体細胞の光の感度の比を色覚正常者のそれに近づけるようにしている。
【0036】
一方の谷底31a,32a,33a、及び他方の谷底31b,32b,33bは、
図5に示すように、いずれも透過率が30%以上70%以下に設けられている。谷底の透過率が30%を下回ると、当該谷底における波長の光が暗くなりすぎて色の判別が困難になる虞がある。また、谷底の透過率が70%を超えると、十分に色覚異常者の光の感度曲線を変形させることができず、十分な色覚補正を行なえない可能性が有る。
【0037】
また、本
参考形態で想定する色覚異常者Zは、
図6に示すように、色覚正常者の感度曲
線に比べて、L錐体細胞の感度曲線L3のピークL3pが低いことで、波長が560nm
以上600nmの領域における光の感度が色覚正常者に比べ低下していると考えられる。
そこで、本
参考形態においても、波長が560nm以上600nmの領域に、少なくとも
幅が10nm以上で、全領域で光を70%以上透過させる第1の透過領域A1を設けるこ
とで、当該領域における波長の光が暗くなることを抑制している。第1の透過領域A1は
、
図4に示した様に、透過率が90%以上となる領域A2を備えることが好ましく、こう
することで、第1の透過領域A1における波長の光が暗くなることをより効果的に抑制で
きる。
【0038】
また、本
参考形態で想定する色覚異常者Zは、波長が470nm以上490nm未満の
領域においても、光の感度が色覚正常者に比べ低下していることが考えられる。そこで、
本
参考形態では、
図5に示すように、波長が470nm以上490nmの領域に、少なく
とも幅が10nm以上で、全領域で光を70%以上透過させる第2の透過領域率B2を設
けることで、青色が暗くなることを抑制している。
【0039】
参考形態2に係る色覚補正レンズにおいても、透過率曲線31,32,33は、
図5
に示すように、光の波長が400nm以上490nm以下の領域からなる青色領域の全域
において、光の透過率が80%未満であることが好ましい。
【0040】
以上、本発明の色覚異常体験レンズは、上述した実施形態に限られず、例えば、谷底における透過率は、70%を越えてもよいし、30%未満であってもよい。青色領域の一部または全部において光の透過率が80%を越えていてもよい。第1の透過領域の全域において、透過率が90%未満であってもよい。