(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6817511
(24)【登録日】2021年1月4日
(45)【発行日】2021年1月20日
(54)【発明の名称】加齢性筋肉減弱症(サルコペニア)のモデルマウスとそれを用いたサルコペニアの治療剤候補化合物評価方法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20060101AFI20210107BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20210107BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20210107BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20210107BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20210107BHJP
【FI】
A01K67/027
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
!C12N15/09 Z
!C12N15/12
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-84017(P2016-84017)
(22)【出願日】2016年4月1日
(65)【公開番号】特開2017-184705(P2017-184705A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2019年4月1日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 The FASEB Journal、(2016)、Vol.30、pp.798−812(オンライン掲載2015年10月20日)
(73)【特許権者】
【識別番号】519310953
【氏名又は名称】小胞体ストレス研究所株式会社
(72)【発明者】
【氏名】親泊 政一
【審査官】
林 康子
(56)【参考文献】
【文献】
親泊政一,小胞体ストレス応答シグナルによる糖・脂質代謝制御機構の解明とその臨床応用,科学研究費助成事業(科学研究費補助金)研究成果報告書,2014年 8月29日
【文献】
Frontiers in Physiology, (2013), Vol.4, Article 236, pp.1-9
【文献】
Mechanisms of Ageing and Development, (2009), Vol.130, pp.328-336
【文献】
Calcif Tissue Int, (2015), Vol.96, pp.123-128
【文献】
The FASEB Journal, published online Oct 20, 2015, (2016), Vol.30, pp.798-812
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/00
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加齢性筋肉減弱症(サルコペニア)の重症化モデルマウスであって、
a)ヒト骨格筋α−アクチンプロモーターの下流に、
b)Fv2E−PERKをコードするcDNAと、ウシ成長ホルモン遺伝子のポリAシグナル(bGHpA)が直列に結合しているcDNAを用いて、
c)骨格筋特異的にFv2E−PERKが発現するようになっており、
d)Fv2E−PERKの発現量が、骨格筋において内在性のPERK発現量の400倍以上である
ことを特徴とする、C57/BL6由来のトランスジェニック(TG)マウスに、
e)AP(AP20187)を投与して10日間で得られる
ことを特徴とする、サルコペニアの重症化モデルマウス。
【請求項2】
上記Fv2E−PERKの発現量が、骨格筋において内在性のPERK発現量の500倍以上であることを特徴とする、請求項1に記載の重症化モデルマウス。
【請求項3】
APの投与が、腹腔内に0.5〜5mg/kgを投与することである、請求項1又は2に記載の重症化モデルマウス。
【請求項4】
上記請求項1〜3のいずれかのサルコペニアの重症化モデルマウスを用いて、評価サンプルを投与し、骨格筋重量の低下や筋力の低下の抑制効果を評価することである、サルコペニアの治療剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サルコペニアの治療剤評価方法に関するものであり、特に骨格筋特異的にFv2E−PERKを発現するトランスジェニックマウスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
加齢性筋肉減弱症(サルコペニア)は、高齢者の転倒と寝たきりにつながる病態として、その成因解明や予防又は治療剤の開発が注目されている疾患である。サルコペニアの主な要因として,加齢に伴う身体活動の低下があり、更に加齢に伴って変化する栄養状態の変化,内分泌系の変化(ホルモン,サイトカイン,液性因子)など、さまざまな要因が関与していると考えられている。これらの影響により、筋タンパク合成と分解のアンバランスによる筋タンパクの減少が誘導され筋萎縮が生じる。そして、同時に筋代謝能の低下、ミトコンドリア機能低下、低レベルの持続性炎症なども生じて、筋量・筋力低下を引き起こすと考えられている。
サルコペニア発症の分子メカニズムは
図1に示すものである。加齢やインスリン抵抗性を背景に、インスリンやIGF−1のシグナル不全、低レベルの持続性炎症、ミトコンドリア機能低下などが生じる。その結果、筋タンパク合成の低下や筋タンパク分解の亢進、また筋再生を担う筋サテライト細胞数や機能が低下することにより、サルコペニアが発症すると考えられている(非特許文献1)。
【0003】
上記筋タンパクの恒常性の破綻についてはある程度研究が進んでいるが、不明なことが多く、筋の再生能に関してはその調節メカニズムも明らかとはなっていない。これらのことが明らかとなれば、サルコペニアの治療方法として、運動やアミノ酸摂取といった代表的な治療方法以外に、サルコペニアに対する予防剤又は治療剤の開発が可能になる。そのためには、ヒトサルコペニアの表現型を有し、かつ汎用性の高い動物モデルの確立が重要課題であると考えられる。
従って、上記動物モデルが確立されると、それを用いてスクリーニング系を構築し、サルコペニアに対する予防または治療剤の開発が可能になる。従って、新たなサルコペニアの動物モデルの作成とそれを用いたスクリーニング方法が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本老年医学会雑誌50巻6号766−769(2013年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、サルコペニアのモデルマウスの作製とそれを用いた治療剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
骨格筋は、生体の最大のエネルギー消費器官であり、唯一の運動器官である。骨格筋の収縮や弛緩は、筋線維内の筋小胞体からのカルシウムイオンの流出入が起点となるため、小胞体の機能変化は骨格筋機能と密接に関連している。例えばサルコペニアの動物モデルとしてマウスの後脚懸垂モデル(後脚骨格筋の不活動モデル)が知られている。本発明者らは、マウスの後脚懸垂モデルで12日間の後脚懸垂を行ったところ、
図2に示されるように、不活動で骨格筋のPERK経路が活性化し、elF2αのリン酸化が進むことを明らかにした。
本発明者らは、骨格筋におけるストレス応答については、ほとんど解明されていないことから、PERK−el2αリン酸化シグナル経路に着目して検討をおこなった。何故なら、
図3に示されるように、小胞体ストレスには3種の経路(IRE1,ATF6,PERK)がある。高等動物の小胞体ストレス応答は、まず最初にPERK経路(翻訳抑制)が始動し、次にATF6経路(シャペロンによる構造修正)、更にIRE1経路(構造修正と分解処理)が始動する。しかし、それでも改善できない場合にはアポトーシスを誘導して細胞丸ごと処理し、個体としての生存を図るといった多段階の応答機構が時間依存的に次々と作動することになっている。
このように、小胞体ストレス応答の最初のスタート経路がPERK経路であるため、小胞体ストレスのPERK経路を選択的に活性化できるモデルマウスの構築が期待されていた。しかし、
図3に示されるように、小胞体ストレスが惹起される場合には、3つの経路が全て活性化されることが生じる。
サルコペニアの治療剤のスクリーニングを行うために、小胞体ストレス応答の最初のスタート経路のPERK経路を選択的に活性化する必要がある。そこで、本発明者らは、
図4に示されるPERK経路を薬剤(AP20187)依存的に活性化できるFv2E−PERK融合タンパクを使用し、これが骨格筋特異的に発現するトランスジェニック(TG)マウスの作製を検討した。
【0008】
本発明者らは、臓器特異的なタンパク発現を促進するため、プロモーターとして
図5上段に示されるヒト骨格筋α−アクチンプロモーターを使用した。更に、Fv2E−PERKのcDNAの3’末端にウシ成長ホルモン遺伝子由来のポリA遺伝子を付加することを行い、翻訳されるmRNAの安定性を高めてタンパクへの翻訳効率を高めることを行った。
上記のように構築されたcDNAを用いて、マウスの受精卵に注入すると、TGマウスを作製することができる。作製されたTGマウスの各臓器を採取して、Fv2E−PERKのタンパク産生をイムノブロット(IMMUNOBLOTS)で評価すると、
図5下段に示されるように骨格筋特異的にFv2E−PERKのタンパクが発現していることを確認できた。更にこのTGマウスにAP20187(AP)を投与すると、
図6に示されるようにelF2αのリン酸化が亢進することが明らかとなった。
このように、
図5上段に示されたcDNAを使用することにより、
図6に示されるようにAPの投与量に応じて骨格筋特異的にPERK経路を活性化できるTGマウスを作製できた。
【0009】
TGマウスは、元々存在するPERK以外に、Fv2E−PERKが遺伝子導入されているのでelF2αのリン酸化が亢進する。即ち、TGマウスは
図10に示されるように小胞体ストレスマーカーのTrib3が顕著に発現しており、小胞体ストレスが惹起されていることを示している。小胞体ストレスが惹起された結果、
図7〜
図9に示されるように、TGマウスは、骨格筋の重量が低下し(
図7)、骨格筋の筋線維が萎縮して(
図8)、筋力が低下している(
図9)。このようにTGマウスでは骨格筋が減少することから、
図13に示されるように体重増加が抑制される。以上のように、本発明のTGマウスは、サルコペニアのモデルマウスとして利用できることが確認できた。
更に、本発明のTGマウスに対して、PERK経路の活性化薬剤(AP20187)を投与すれば、重症化したサルコペニアのモデルマウスを作製できることになる。本発明の重症化のモデルマウス(TgAP)では、小胞体ストレスマーカー(Trib3等)が顕著に発現増大しており、
図11に示すようにアポトーシスを促進するChopの発現も向上している。また、
図12に示すように、この重症化モデルマウスではPERK経路に係る多くの小胞体ストレス関与の因子が発現増大していることが示されている。この結果、本発明の重症化モデルマウスでは、
図14に示されるように体重や筋肉重量が急速に低下して行くことが見出されている。
本発明の上記サルコペニアのモデルマウスを用いることで、より的確にサルコペニアの治療薬をスクリーニングすることができる。また、本発明のモデルマウスでは多くの小胞体ストレスマーカーが発現向上していることから、in vivoスクリーニングで、サルコペニアに対する作用機序を解明することができる。例えば、in vitroスクリーニングでヒットした合成化合物に関する筋肉委縮抑制効果や作用機序の解明を遺伝子発現のプロファイル解析によって達成できる。更には、上記合成化合物のターゲットとなるタンパクやリセプターなどの対象についても、TGマウス由来の全タンパクのサンプルからプル−ダウン(pull−down)法を用いて明らかにできる。
本件発明者らは、以上の知見に基づいて、本発明を完成した。
【0010】
即ち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)加齢性筋肉減弱症(サルコペニア)のモデルマウスであって、
a)ヒト骨格筋α−アクチンプロモーターの下流に、
b)Fv2E−PERKをコードするcDNAと、ウシ成長ホルモン遺伝子のポリAシグナル(bGHpA)が直列に結合しているcDNAを用いて、
c)骨格筋特異的にFv2E−PERKが発現するようになっている
ことを特徴とする、トランスジェニック(TG)マウス。
(2)上記マウスが、C57/BL6由来であることを特徴とする、上記(1)のTGマウス。
(3)Fv2E−PERKの発現量が、骨格筋において内在性のPERK発現量の400倍以上であることを特徴とする、上記(1)又は(2)のTGマウス。
(4)Fv2E−PERKの発現量が、骨格筋において内在性のPERK発現量の500倍以上であることを特徴とする、上記(1)又は(2)のTGマウス。
(5)AP依存的に小胞体ストレスなどを惹起せずに、AP20187(AP)依存的に骨格筋のみでPERK経路のみを活性化できることを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれかのTGマウス。
【0011】
(6)上記(1)〜(5)のいずれかのTGマウスを用いる、サルコペニアのモデルマウス。
(7)上記(1)〜(5)のいずれかのTGマウスにAPを投与して得られる、上記(6)のサルコペニアの重症化モデルマウス。
(8)上記(6)又は(7)のサルコペニアのモデルマウスを用いて、評価サンプルを投与し、骨格筋重量の低下や筋力の低下の抑制効果を評価することである、サルコペニアの治療剤のスクリーニング方法。
(9)AP投与量が、腹腔内に0.5〜5mg/kgを投与することである、上記(8)に記載のサルコペニアの治療剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のTGマウスは、サルコペニアのモデルマウスであり、骨格筋でのPERK経路のみが活性化されている。更にPERK経路を活性化する薬剤AP20187を投与することにより、サルコペニアの重症化モデルマウスを作製できる。本発明のTGマウスでは、重症化モデルマウスも含めて、サルコペニアの病態と同様に、骨格筋の重量が低下し、骨格筋の筋繊維が萎縮して、TGマウスの筋力が低下することが示されている。
それ故、本発明のTGマウスは、サルコペニアのモデルマウスとして有用であり、これを用いて、薬物のin vivoでの高次評価試験が可能となった。その結果、サルコペニアの治療剤開発が具体的に推進できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】小胞体ストレスによるサルコペニアの発症メカニズムを表した図である。非特許文献1(日本老年医学会雑誌50巻6号766−769(2013年))から転用したものである。
【
図2】サルコペニアの動物モデルの一つであるマウスの後脚懸垂モデルにおいて、不活動な後脚の筋肉において、日数が経てば次第にelF2αのリン酸化が亢進することを表した図である。即ち、運動をしない場合には、当該骨格筋においてPERK経路が活性していた。
【
図3】小胞体ストレス応答には3種の経路があることを示した図である。
【
図4】PERK経路だけを活性化させるFv2E−PERKシステムの概要を表した図である。Fv2E−PERK遺伝子が導入されたTGマウスにAP20187を投与すると、2量化が促進してeIF2αのリン酸化が促進されることを模式的に表している。小胞体内では、2量体化領域とPERKキナーゼ領域の融合した蛋白が産生され、AP20187(AP)の投与により2量体化が促進される。その結果、eIF2αのリン酸化が亢進する。
【
図5】上の図は、TGマウスの作製にヒト骨格筋のα−アクチンプロモーターとFv2E−PERK、bGH−pA(ウシ成長ホルモン遺伝子由来のポリA遺伝子)がタンデムに接続しているcDNAを使用することを表した図である。下の図は作製されたTGマウスにおいて発現されるFv2E−PERKの組織分布を表した図であり、骨格筋特異的にFv2E−PERKを発現していることを示している。
【
図6】野生型(WT)マウスとFv2E−PERKを比較的に低発現するTGマウス、Fv2E−PERKを比較的に高発現するTG(high)マウスにおいて、リン酸化されたelF2α、全elF2α、Fv2E−PERKの存在量をイムノブロット法で評価した図である。左図は、TGマウスとTG(high)マウスの腓腹筋に存在する、Fv2E−PERK、リン酸化されたelF2α、全elF2αの量をイムノブロット法で評価した図である。右図は、APを投与した時のWTマウスとTGマウスの腓腹筋に存在する、Fv2E−PERK、リン酸化されたelF2α、全elF2αの量をイムノブロット法で評価した図である。
【
図7】通常食で飼育したWTマウスとTGマウスの腓腹筋とヒラメ筋の筋肉量を表した図である(mean±SEM,n=12−13,**p<0.01)。TGマウスでは骨格筋の重量が低下することが示された。
【
図8】通常食で飼育したWTマウスとTGマウスの前脛骨筋をヘマトキシリン・エオシン染色した図(写真)である。
【
図9】通常食で飼育したWTマウスとTGマウスの握力を評価した図である(mean±SEM,n=13,*p<0.05)。
【
図10】WTマウスとTGマウスのひらめ筋における、小胞体ストレスの3つの径路で標的となる遺伝子のRT−qPCR解析の結果を表した図である(mean±SEM,n=5,*p<0.05,**p<0.01)。この結果に示されるように、TGマウスでは、小胞体ストレスマーカー(PERK経路の標的遺伝子)であるTrib3のみが発現亢進していた。即ち、TGマウスでは、小胞体ストレスのPERK経路が特異的に活性化していることが示された。
【
図11】上記
図10と同様にして、PERK経路の活性化剤(AP20187)を投与した重症化モデルマウス(TgAP)とWTマウスの対比を行った図である。重症化モデルマウスでは、小胞体ストレスマーカー(Trib3、Gadd34、Chop)が顕著に発現亢進していることが示された。
【
図12】上記
図11で示された小胞体ストレスマーカー以外の主要な骨格筋機能制御に関与する遺伝子の発現変動を示した図である。
【
図13】通常食で飼育したWTマウスとTGマウス、TG(high)の体重変化を評価した図である(mean±SEM,n=10−13,**p<0.01,two−way ANOVA)。
【
図14】体重と筋肉重量に関して、重症化モデルマウス(TgAP)とWTマウスの対比を行った図である。重症化モデルマウス(TgAP)では、顕著に体重と筋肉重量が減少することが示されている。
【
図15】AP20187(AP)の化学構造式を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の第一の態様は、骨格筋特異的にFv2E−PERKを発現したトランスジェニックマウスとその作製方法に関するものである。
本発明の「ヒト骨格筋α−アクチンプロモーター」とは、ヒト骨格筋線維に特異的に発現するプロモーター遺伝子のことである(J.Vet.Med.Sci.62(11):1213−1216,2000)。このプロモーター遺伝子を含む発現ベクターは、プロモーターの下流にあるタンパク遺伝子の発現を骨格筋線維に特異的に行うことができる。
本発明の「Fv2E」とは、2つの修飾されたFK506結合領域(two modified FK506 binding domains:Fv2E)のことである。
本発明の「PERK」とは、小胞体膜上のI型膜貫通蛋白で、N末端の小胞体内腔領域は小胞体(ER)ストレスセンサーであり、C末端はeIF2α(eukaryotic translation initiation factor 2α)をリン酸化するセリン/スレオニンキナーゼ活性を持っている。即ち、PERKとはpancreatic ER kinase or PKR−like ER kinaseの略称である。なお、このPERKのストレスセンサー領域はBiPが結合していることで不活性化されている。ERストレスが生じると、ER内に蓄積した不完全なタンパク(unfolded protein)がBiPをPERKから引き離し、PERKの多量体化及び自己リン酸化を起こす。リン酸化されたPERKはeIF2αの51位のセリンをリン酸化する。リン酸化されたeIF2α(eIF2α−P)は43Sの翻訳開始複合体の形成を阻害し、翻訳開始を阻害する(Translational attenuation)。これにより、多くの蛋白はERストレス下では産生が低下する。なお、転写因子のATF4などは逆に産生が上昇し、特定の遺伝子の転写を上昇させることが知られている。それらの1つのGADD34はprotein phosphatase 1と複合体(GADD34−PP1)を形成し、eIF2αを再び脱リン酸化して、蛋白翻訳を元に戻し、ERストレス反応は終結することになる。
本発明の「Fv2E−PERK」とは、上記Fv2EとPERKが融合したタンパクのことを言う。この融合タンパクは、文献(The EMBO Journal,23(1)169−179)の記載に従って作製できる。
【0015】
本発明の「トランスジェニック(TG)マウス」とは、骨格筋で選択的にFv2E−PERK融合タンパクが発現するマウスを言う。このTGマウスは、常法によってマウスの受精卵に、
図5で示されるα−アクチンプロモーター・Fv2E−PERK・bGHpAで構成されたcDNAを注入し、その受精卵を母体に戻して作製したものである。得られたTGマウスは、骨格筋のみでFv2E−PERKが発現していた。また、得られたTGマウスには、Fv2E−PERKの発現量が相違する2種のTGマウスが存在し、低発現量のマウスをTGマウスと名付け、高発現量のものをTG(high)マウスと名付けた。Fv2E−PERKの高発現量のTG(high)マウスは、
図15のAPを投与して小胞体ストレスのPERK経路を活性化させなくても、PERKの発現量が多いことから、小胞体ストレスを惹起し易くなっている。それ故、APの投与がなくても、
図11に示されるように自発的にサルコペニアの状態を惹起することが示されている。
本発明の「サルコペニアのモデルマウス」とは、
図7〜9に示されるように、骨格筋の重量が低下し、骨格筋の筋繊維が委縮して、筋力が低下したサルコペニアと同じ症状を示すマウスのことであり、本発明のTGマウス、TG(high)マウスが該当する。更に、これらのマウスにAPを投与して、より強力にPERK経路の小胞体ストレスを惹起させた重症化モデルマウスも含むものである。
本発明の「サルコペニアの重症化モデルマウス」とは、上記TGマウスにAPを投与して、PERK経路の小胞体ストレスを強く惹起させたモデルマウスのことである。
図14に示されるように、体重減少や筋肉量の低下が短期間で生じている。また、
図14のCに示されるように、顕著な筋肉量の減少が起きていることから、サルコペニアの改善又は治療できる薬剤をスクリーニングするために、適切なサルコペニアの重症化モデルである。
【0016】
本発明の第二の態様は、本発明のTGマウスを使用するサルコペニアの治療剤のスクリーニング方法のことである。
本発明の「骨格筋でのPERK経路を活性化させる」とは、APをTGマウスに投与し、PERK経路を更に活性化することを言う。TGマウスに対するAPの投与量は、効果が発現できる量であれば特に限定するものではないが、0.5〜5mg/kgの投与量が好ましい。また、投与方法は、目的に応じて経口や非経口の方法を適宜使用することができるが、好ましくは腹腔内投与、静脈注射等を挙げることができる。
本発明の「骨格筋重量の低下や筋力の低下の抑制効果を評価する」ことは、体重や腓腹筋とヒラメ筋の筋肉量を評価すること、更には、懸垂させた際のマウスの握力試験結果等から評価、判断することを言う。
本発明の「PERK経路が活性化して骨格筋重量の低下や筋力の低下を誘導できる」とは、骨格筋に導入されたFv2E−PERKのcDNAのコピー数が多く、Fv2E−PERKの融合タンパクが高発現であることを言う。それ故、PERK経路が常に活性化されており、APを投与しなくても、サルコペニアの症状を発症することが起きる。このように、Fv2E−PERKの融合タンパクが高発現であるTGマウスをTG(high)マウスと言う。
なお、本発明のTGマウスのPERK経路の活性化は、マウスC57BL/61と比較して、410倍となっており、TG(high)マウスのPERK経路の活性化は、マウスC57BL/61と比較して550倍となっている。従って、APを投与せずともサルコペニアのモデルマウスとして使用できるが、APを投与によって他のモデルでは得られない急激なサルコペニア病態を再現することができる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例および試験例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれによってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
骨格筋α−アクチンプロモーターとFv2E−PERK、bGHpAのcDNAが搭載されたベクター
(1)試剤:
a)Fv2E−Perkの2.4kbのcDNA断片を有するレトロウイルスベクター(pBebe/Fv2E−PERK)は、文献(The EMBO Journal,23(1)169−179)の記載に従って作製できる。本願発明では、上記のcDNAを含むベクターを上記著者のダビット ロン(David Ron)より供与された。
b)ヒト骨格筋α−アクチンプロモーターの2.2kbのcDNA断片を有するベクターは、文献(J.Bio.Chem.,268(1)719−725(1993年))の記載に従って作製できる。本願発明では、上記cDNAを含むEH114ベクターを上記著者のエドナ ハードマン(Edona C.Hardeman)より供与された。
c)ウシ成長ホルモン遺伝子のポリAシグナル(bGHpA)は、pcDNA3.1(Invitrogen社)の記載に従って作製できる。本願発明では、bGHpAは上記EH114ベクターから作製した。
【0019】
(2)ベクターの構築
5’端と3’端にNot1制限酵素サイトを付加したFv2E−PERKをPCRで構築し、Not1制限酵素で処理して得たFv2E−PERKのcDNA断片を、同じくNot1制限酵素で処理したEH114ベクターにin−fusion法で挿入してクローン化した。クローンしたベクターの遺伝子挿入箇所はDNAシーケンサーで配列を確認した。
【実施例2】
【0020】
骨格の平滑筋でFv2E−PERKタンパクが特異的に発現するトランスジェニック(TG)マウスの作成
(1)作製方法
実施例1に記載のphSA−Fv2E−PERK.1ベクターを使用し、文献(Cell Metabism.2008 7(6):520−32)の記載に準じて作製できる。即ち、実施例1に記載のベクターをCla1とSph1の制限酵素で処理して得られたα−アクチンプロモーター・Fv2E−PERK・bGHpAで構成されたcDNAを単離し、このcDNA断片を、マウスC57BL/61の受精卵に注入し、常法によりTGマウスの作製を行った。
(2)結果
2種のTGマウスが得られた。注入したcDNAがマウスゲノムDNAに挿入された量や挿入された場所に依存して、Fv2E−PERKの発現の程度が異なっている。Fv2E−PERKが低発現量のものをTGマウスと呼び、高発現量のものをTG(high)マウスと呼ぶ。
なお、
図5に示すように、Fv2E−PERKは、TGマウスの骨格筋においてのみ発現している。更に、
図6に示すように、これら2種のTGマウスにリガンドのAPを投与する時、PERKの基質であるelF2αは、このリガンドの投与量に比例してリン酸化が起きることが示された。
以上のことから、作製された2種のTGマウスは、骨格筋特異的にFv2E−PERKが発現しているTGマウスであることが確認できた。更にAPを投与することにより、小胞体ストレス(PERK経路)が亢進することが示された。
【0021】
(3)TGマウスの機能確認
これら2種のTGマウスでは、骨格筋α−アクチンプロモーターがFv2E−PERKを過剰発現させるので、elF2αのリン酸化が野生型(WT)マウスより亢進している。そしてAPの存在により、更にelF2αのリン酸化の亢進を誘導することが可能であり、その程度はTGマウスよりもTG(high)マウスがいずれも強い。TGマウスはWTマウスのタンパク合成と同等あるいは少なくとも著明な差は認めず、骨格筋に強い障害を与えることなく筋萎縮を誘導するサルコペニアモデルであることが示された。
なお、これらの2種のTGマウスでは、
図10に示されるように、elF2αのリン酸化の増大に基づいて、PERK経路の標的遺伝子の一つ(Trib3)を誘導する。しかし、IRE1とATF6経路の標的遺伝子(Xbp1,Grp78,Herpud,Edem1)を誘導しない。即ち、これらの2種のTGマウスでは、PERK経路の活性化が選択的に生じていることが示された。
これら2種のTGマウスにおけるelF2αのリン酸化のレベルが、通常の範囲内(筋肉内の生理学的なストレス条件の範囲内)のものであるか否かを確認するため、APの投与を行わず、TGマウスの成長速度(体重増加)を評価した。
図11に示されるように、通常食を摂取させた場合の体重は、TGマウスではWTマウスより若干減量していたが、TG(high)マウスでは、かなり減量したものとなっていた。
次に、TGマウスのPERKの活性化が骨格筋の量と性質に影響を及ぼすか否かを評価した。TGマウスは、WTマウスと比較して、常に小さなふくらはぎとヒラメ筋の筋肉線維を持っている。従って、TGマウスの握る力は、WTマウスよりも弱くなっている。TG(high)マウスは、TGマウスより大きな筋委縮と弱い握力を示していた。
【実施例3】
【0022】
本発明の2種のTGマウスを用いたサルコペニアの重症化モデルマウスの作製
(1)試剤
実施例2で作製された2種のTGマウスとWTマウスそれぞれ3〜7匹使用した。
AP20187(AP)を100%エタノールに溶解し、62.5mg/mLの溶液を作製し、そのエタノール溶液を4重量%、PEG−400を10重量%、ツイーン20を2重量%含有するAP水溶液を作製した。
プラセボの水溶液として、エタノールを4重量%、PEG−400を10重量%、ツイーン20を2重量%含有する水溶液を作製した。
(2)方法
上記TGマウスに、AP20187水溶液を10日間、毎日腹腔内投与し、サルコペニアのモデルマウスを作製した。APの投与量は、それぞれ0.5mg/kg・日、2mg/kg・日、5mg/kg・日となるように設定した。同様に、WTマウスにプラセボ水溶液を投与し、コントロール(WT vehicle)とした。
(3)結果
図11と12に示されるように、AP水溶液を投与したTGマウスでは、小胞体ストレスマーカーであるTrib3が、WTマウスと対比して顕著に発現亢進していた。
図10の場合と対比すると、AP水溶液の投与により、極めて効率的に小胞体ストレスが惹起されていることが示された。また、このサルコペニアの重症化モデルマウスでは、
図11と12に示されるように、小胞体ストレスに関係する蛋白等の遺伝子発現が亢進していることが見出された。従って、本発明の重症化モデルマウスを使用してサルコペニア治療剤のスクリーニングを行った場合、どの箇所の遺伝子発現を抑制するのかが明瞭に示されるので、評価化合物のサルコペニアに対する作用機序を遺伝子発現のプロファイル解析によって解明することができる。
また、
図14に示されるように、重症化モデルマウスでは、体重減少と筋肉量の低下が顕著に起きていることが示された。このことから、重症化モデルマウスを用いることにより、評価化合物の筋肉委縮抑制効果が容易に評価できる。
【実施例4】
【0023】
サルコペニア治療剤のスクリーニング方法
(1)試剤
実施例2で作製されたTGマウスを使用する。
評価化合物を含有した飼料を作製する。
(2)方法
上記実施例3に基づき、上記TGマウスに、AP水溶液を腹腔内投与し、サルコペニアの重症化モデルマウスを作製した。
同時に、薬剤を含有する飼料で飼育を行い、コントロール群と薬剤投与群を対比して体重低下、骨格筋重量の低下や筋力の低下の抑制効果を確認する。
(3)結果
上記の評価の結果、有意差を持って体重低下等を抑制できた評価化合物をヒット化合物として、次の高次評価検討に進めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0021】
サルコペニアの治療剤を評価する適切なin vivoスクリーニング方法はほとんどなかったが、本発明の骨格筋特異的にFv2E−PERKを発現させたTGマウスにより、小胞体ストレス関与のサルコペニアモデルマウスを作製することができた。更に、本発明のTGマウスにAP20187を投与することにより、骨格筋に顕著な小胞体ストレスを惹起させたサルコペニアの重症化モデルマウスを作製できた。この結果、本発明のTGマウスを用いることにより、小胞体ストレス経由のサルコペニアの治療剤が的確にin vivoスクリーニングでき、又ヒットした治療剤についても、その作用機序の解明が容易になった。