(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6817680
(24)【登録日】2021年1月4日
(45)【発行日】2021年1月20日
(54)【発明の名称】定着装置用摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
G03G 15/20 20060101AFI20210107BHJP
【FI】
G03G15/20 510
G03G15/20 515
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-180055(P2016-180055)
(22)【出願日】2016年9月15日
(65)【公開番号】特開2017-58676(P2017-58676A)
(43)【公開日】2017年3月23日
【審査請求日】2019年8月26日
(31)【優先権主張番号】特願2015-184390(P2015-184390)
(32)【優先日】2015年9月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 和夫
(72)【発明者】
【氏名】柳川 洋志
(72)【発明者】
【氏名】姫野 芳英
【審査官】
佐藤 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−246793(JP,A)
【文献】
特開2002−148970(JP,A)
【文献】
特開平06−240138(JP,A)
【文献】
特開2013−195908(JP,A)
【文献】
特開2005−003969(JP,A)
【文献】
特開2009−229494(JP,A)
【文献】
特開2011−013629(JP,A)
【文献】
特開2010−271656(JP,A)
【文献】
特開2014−077990(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G03G 15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱手段により加熱され、駆動手段により回転する定着部材と、前記定着部材の回転とともに回転するベルト部材と、該ベルト部材を前記定着部材側に押圧する押圧部材とを有し、前記ベルト部材を介して前記定着部材との間でニップ部を形成する定着装置において、前記ベルト部材と前記押圧部材との間に介在させる摺動部材の製造方法であって、
該製造方法は、前記摺動部材の金属製基材の少なくとも前記ベルト部材と摺動する摺動面に、マトリックス樹脂を含む樹脂塗料を塗布した後に乾燥させて樹脂塗膜を形成する塗膜形成工程と、この樹脂塗膜を焼成して硬化させる塗膜焼成工程とを備え、
前記塗膜形成工程の後、前記塗膜焼成工程の前に、前記樹脂塗膜の前記ベルト部材と摺動する側の表面のみに、前記塗膜焼成工程後に潤滑剤保持部となる凹部をローレット駒の押し付けにより加工形成する凹部形成工程を有することを特徴とする定着装置用摺動部材の製造方法。
【請求項2】
前記マトリックス樹脂が、ポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項1記載の定着装置用摺動部材の製造方法。
【請求項3】
前記樹脂塗膜は、前記マトリックス樹脂に少なくともフッ素樹脂粉末と黒鉛粉末とを含む樹脂塗膜であり、該樹脂塗膜は、前記マトリックス樹脂100重量部に対して前記フッ素樹脂を25〜70重量部、前記黒鉛を1〜20重量部含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載の定着装置用摺動部材の製造方法。
【請求項4】
前記フッ素樹脂がポリテトラフルオロエチレン樹脂であり、前記黒鉛が固定炭素97.5%以上の黒鉛であることを特徴とする請求項3記載の定着装置用摺動部材の製造方法。
【請求項5】
前記凹部形成工程で加工形成する前記凹部が、幾何学模様溝または流体動圧溝であることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載の定着装置用摺動部材の製造方法。
【請求項6】
前記凹部形成工程で加工形成する前記凹部が、前記幾何学模様溝であり、この幾何学模様溝が、一方向斜め模様溝またはアヤメ模様溝であることを特徴とする請求項5記載の定着装置用摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は定着装置用の摺動部材の製造方法に関し、詳細には、ベルトニップ方式の定着装置において、ベルトと押圧部材との間で該ベルトの回転に伴う摺動抵抗を低減するために使用される摺動部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複写機やレーザービームプリンタなどの電子写真装置では、用紙に形成された未定着トナー像を定着装置によって定着して画像形成している。この定着装置としては、加熱ローラと、この加熱ローラに接触して配置された加圧ベルトとを備えた構成や、加熱ベルトと、この加熱ベルトに接触して配置された加圧ローラとを備えた構成などのベルトニップ方式と呼ばれる定着装置が知られている。これら定着装置では、ベルトは内面から押圧部材により他方のローラに押圧されて配置され、当該ベルトと押圧部材の間には、ベルトの回転に伴う摺動抵抗を低減する目的で摺動部材を介在させている。また、ベルトの内周面と摺動部材の摺動面との摩擦をより低減するため、ベルトの内周面には潤滑剤として潤滑油やグリースが塗布・供給されている。
【0003】
この摺動部材としては、特許文献1〜特許文献4のようなものが知られている。特許文献1には、上記の摺動部材に相当する摺動シートに金属メッシュを用いたエンボス加工で格子状の凹凸形状を、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂層や架橋PTFE樹脂層に形成したものが記載されている。特許文献2には、定着フィルムとフィルムガイド部材との摺動摩擦抵抗を低減するために、これらの部材の摺動面に複数の凹部や溝を設けたものが記載されている。特許文献3には、加熱ローラ内面に潤滑剤を保持する凹部を設けたものが記載されている。特許文献4には、上記の摺動部材に相当する摺動シートの表面に、厚い部分と薄い部分を繰り返し有するものが記載されている。
【0004】
また、摺動特性をより改善するために、ベルトの内面にある押圧部材の基材の摺動面にディンプル凹穴や溝加工を施し、この面に樹脂被膜を形成して油溜りを設けた摺動部材が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−3969号公報
【特許文献2】特開2001−42670号公報
【特許文献3】特開2002−25759号公報
【特許文献4】特開2009−15227号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
摺動部材のベルトと摺動する面に凹溝加工やディンプル凹穴などを施し、この面に樹脂被膜を形成して油溜りを設けた摺動部材は、油溜りのディンプル径や溝幅などが大きくなり、その分、ローラに押圧される際の受圧面が減少する。これにより、樹脂被膜が摩耗するなどして、摩擦係数が経時的に増加するなど潤滑不具合が生じていた。継続使用しても摩擦係数の向上を抑制できるようにするためには、樹脂被膜表面に微細で精密な油溜り(凹溝など)を形成することが望ましい。
【0007】
摺動部の表面に微細な油溜りを設けるため、押圧部材の基材の摺動面に微細な凹溝を加工後に樹脂塗料を用いて樹脂被膜を形成すると、微細な溝部に樹脂が入り込まない場合や、樹脂で埋まってしまう場合がある。また、被膜形成後(焼成後)に微細な凹溝を後加工しようとしても、被膜が硬質であり、転写形成できず、強い力をかけると被膜が割れる等のおそれがある。このように、最終的な摺動部材の樹脂被膜表面において微細な凹溝を得ることは容易ではない。
【0008】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、摺動面に樹脂塗膜を有する定着装置用摺動部材において、この樹脂塗膜の表面に潤滑剤保持部となる微細な凹溝などを形成できる定着装置用剥離部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の定着装置用摺動部材の製造方法は、加熱手段により加熱され、駆動手段により回転する定着部材と、上記定着部材の回転とともに回転するベルト部材と、該ベルト部材を上記定着部材側に押圧する押圧部材とを有し、上記ベルト部材を介して上記定着部材との間でニップ部を形成する定着装置において、上記ベルト部材と上記押圧部材との間に介在させる摺動部材の製造方法であって、該製造方法は、上記摺動部材の基材の少なくとも上記ベルト部材と摺動する摺動面に、マトリックス樹脂を含む樹脂塗料を塗布した後に乾燥させて樹脂塗膜を形成する塗膜形成工程と、この樹脂塗膜を焼成して硬化させる塗膜焼成工程とを備え、上記塗膜形成工程の後、上記塗膜焼成工程の前に、上記樹脂塗膜の表面に、上記塗膜焼成工程後に潤滑剤保持部となる凹部を加工形成する凹部形成工程を有することを特徴とする。
【0010】
上記マトリックス樹脂が、ポリアミドイミド(以下、PAIと記す)樹脂であることを特徴とする。また、上記樹脂塗膜は、マトリックス樹脂に少なくともフッ素樹脂粉末と黒鉛粉末とを含む樹脂塗膜であり、該樹脂塗膜は、上記マトリックス樹脂100重量部に対して上記フッ素樹脂を25〜70重量部、上記黒鉛を1〜20重量部含むことを特徴とする。また、上記フッ素樹脂がPTFE樹脂であり、上記黒鉛が固定炭素97.5%以上の黒鉛であることを特徴とする。
【0011】
上記凹部形成工程で加工形成する上記凹部が、幾何学模様溝または流体動圧溝であることを特徴とする。また、上記幾何学模様溝が、一方向斜め模様溝またはアヤメ模様溝であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の定着装置用摺動部材の製造方法は、摺動部材の基材の少なくともベルト部材と摺動する摺動面に、マトリックス樹脂を含む樹脂塗料を塗布した後に乾燥させて樹脂塗膜を形成する塗膜形成工程と、この樹脂塗膜を焼成して硬化させる塗膜焼成工程とを備え、塗膜形成工程と塗膜焼成工程との間に、樹脂塗膜の表面に、塗膜焼成工程後に潤滑剤保持部となる凹部を加工形成する凹部形成工程を有する。すなわち、塗膜形成工程と塗膜焼成工程との間に、凹部形成工程を挟むことで、塗布乾燥直後の柔らかい状態の樹脂塗膜に転写などにより凹部を容易に形成し、これを焼成硬化して、該凹部からなる潤滑剤保持部を有する樹脂塗膜を形成できる。これにより、塗膜形成後(焼成後)にその表面に凹部を形成する場合や、樹脂塗膜形成前に基材側表面に凹部を形成する場合と比較して、摺動部材の表面により微細で精密な凹部の形成が可能になる。
【0013】
この製造方法で得られる微細で精密な潤滑剤保持部を有する摺動部材は、ベルトとの直接摺動面積が減り、潤滑剤が摺動面全体に行き届くので、継続使用しても摩擦係数の向上を抑制できる。
【0014】
また、マトリックス樹脂が、PAI樹脂であるので、耐熱性、耐摩耗性および摺動部材の基材との密着性に優れる。また、上記樹脂塗膜が、マトリックス樹脂に少なくともフッ素樹脂と黒鉛とを含む樹脂塗膜であり、該樹脂塗膜は、マトリックス樹脂100重量部に対してフッ素樹脂を25〜70重量部、黒鉛を1〜20重量部含むので、樹脂塗膜の低摩擦性と耐摩耗性に優れる。
【0015】
上記溝形成工程で加工形成する上記凹部が、幾何学模様溝または流体動圧溝であるので、摺動面での摺動特性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の製造方法の製造工程フローを示す図である。
【
図2】ベルトニップ方式の定着装置の概要を示す図である。
【
図3】本発明の製造方法で得られた摺動部材の一例を示す図である。
【
図4】実験例で作成した摺動部材表面の拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の定着装置用摺動部材の製造方法が対象とする摺動部材は、電子写真装置におけるベルトニップ方式の定着装置に用いるものである。この定着装置は、(1)定着部材である加熱ローラと、この加熱ローラに接触して配置される加圧ベルトとを備えた構成、(2)定着部材である加熱ベルトと、この加熱ベルトに接触して配置された加圧ローラとを備えた構成、などがある。これら定着装置では、ベルトは内面から押圧部材により他方のローラに押圧されて配置されている。上記摺動部材は、ベルトと押圧部材との間に介在する部材である。また、定着部材が加熱ベルトであり、これと加圧ベルトを組み合わせた、ベルト−ベルト形式にも適用できる。
【0018】
定着装置の一例を
図2に基づき具体的に説明する。
図2は、上記(1)の構成の定着装置の概要図である。定着装置1は、定着部材である加熱ローラ2と、この加熱ローラに接触して配置されるベルト部材である加圧ベルト3とを備えている。加熱ローラ2の内部には、加熱手段2aが内蔵されている。加圧ベルト3は、中空回転体(エンドレスベルト)である。加熱ローラ2が駆動手段により駆動され、加圧ベルト3はこれに従動する。加圧ベルト3の内部には、押圧部材4が配置され、加圧ベルト3を加熱ローラ2側に向けて押圧している。定着装置1は、加熱ローラ2と加圧ベルト3との間に形成されるニップ部6で、未定着のトナー像を担持した用紙7を挟持し、加熱・加圧してこのトナー像を定着させている。定着装置1において、加圧ベルト3と押圧部材4との間に、摺動部材5が設けられている。摺動部材5は、押圧部材4に固定されている。なお、加圧ベルト3の内周面には潤滑剤として潤滑油やグリースが塗布・供給され、摺動部材5と加圧ベルト3との間を潤滑している。グリースとして、主に、フッ素化油を基油としフッ素樹脂粉末を増ちょう剤とするフッ素グリースが使用される。
【0019】
本発明の製造方法で得られる摺動部材の一例を
図3に示す。
図3は、この摺動部材の平面図である。
図3(a)の摺動部材5は、基材5aの表面に樹脂塗膜5bが形成されている。この樹脂塗膜5bの表面に、アヤメ模様溝の潤滑剤保持部5cが形成されている。また、
図3(b)の摺動部材5では、樹脂塗膜5bの表面に、一方向斜め模様溝の潤滑剤保持部5dが形成されている。微細な潤滑剤保持部を形成することで、ローラに押圧される際の受圧面の減少を抑制でき、樹脂塗膜5bの摩耗を防止できる。
【0020】
本発明の製造方法は、このような摺動部材を製造するための方法である。本発明の定着装置用摺動部材の製造方法を
図1に基づき説明する。
図1は、この製造方法のフロー図である。本発明の製造方法は、摺動部材の基材を準備した後、(1)塗膜形成工程と(2)凹部形成工程と(3)塗膜焼成工程とを、この順で実施している。特に、通常は連続して行なう塗膜形成工程と塗膜焼成工程(図中点線部分)の間に凹部形成工程を挟んでいることに特徴を有する。各工程を以下に説明する。
【0021】
まず、摺動部材の基材を準備する。該基材の形状は、適用する定着装置の仕様や押圧部材の形状などに応じて決定され、例えば、平板状、シート状、摺動面が曲面や弧状である形状などが採用できる。また、押圧部材と別部材とせずに、押圧部材自体を、この摺動部材の基材とし、押圧部材のベルトとの摺動面に、樹脂塗膜を形成してもよい。
【0022】
基材は、樹脂塗膜の焼成時の温度に耐え得る必要があることから、主に金属製基材が採用される。材質としては、例えば、鉄、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金などを採用することで、所望の耐荷重性などを確保できる。鉄としてはステンレス鋼(SUS304、SUS316など)、軟鋼(SPCC、SPCEなど)、一般構造用炭素鋼(SS400など)などが挙げられる。また、これらに亜鉛、ニッケル、銅などのめっきを予め施してもよい。アルミニウムとしてはA1100、A1050、アルミニウム合金としてはA2017、A5052(アルマイト処理品も含む)、銅としてはC1100、銅合金としてはC2700、C2801などがそれぞれ挙げられる。
【0023】
また、金属製の基材の樹脂塗膜の形成面は、樹脂塗膜との密着性を向上させるために、ショットブラスト、タンブラー、機械加工などにより凹凸形状に荒らす、または、化学表面処理を施して微細凹凸形状を形成してもよい。
【0024】
(1)塗膜形成工程
この工程は、マトリックス樹脂を含む樹脂塗料を塗布した後に乾燥させて樹脂塗膜を形成する工程である。樹脂塗料は、固形分となるマトリックス樹脂と他の配合剤を、溶剤類に分散または溶解させることにより得られる。
【0025】
マトリックス樹脂としては、密着性に優れるとともに、摺動部材の使用時に熱劣化することのない耐熱性を有する耐熱性樹脂であれば使用できる。具体的には、PAI樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂などが挙げられる。これらの中でも、耐熱性、耐摩耗性、および、基材との密着性に優れることから、PAI樹脂を用いることが好ましい。
【0026】
これらマトリックス樹脂などを分散する溶剤類としては、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、酢酸メチル、酢酸エチルなどのエステル類、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、メチルクロロホルム、トリクロロエチレン、トリクロロトリフルオロエタンなどの有機ハロゲン化化合物類、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、メチルイソピロリドン(MIP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAC)などの非プロトン系極性溶剤類などを使用することが例示できる。これらの溶剤類は、単独または混合物として使用することができる。樹脂塗料の塗布方法にあわせ、溶剤の種類、液粘度を調整すればよい。
【0027】
樹脂塗料を基材表面に塗布する方法は、特に限定されないが、例えば、スプレーコーティングなどの方法を採用できる。樹脂塗料は、基材の少なくともベルト部材と摺動する摺動面に塗布すればよい。
【0028】
この工程における乾燥は、次の凹部形成工程で凹部が形成できる程度まで行なう。樹脂塗料に溶剤類が多く残存している状態では、樹脂塗膜に流動性があり、転写などにより凹部形状を形成しても、塗料が流れて潰れてしまう。樹脂塗膜中に溶剤類が一部残存していても、凹部形成時に凹溝などを潰さない程度の流動性となるまで乾燥してあればよい。具体的には、樹脂塗膜中の固形成分の割合が70重量%以上になった状態である。これは塗装前と塗装直後と乾燥後の製品重量を測定することで容易に管理することができる。また、乾燥後の樹脂塗膜の膜厚を12〜36μmにすることで焼成後の樹脂塗膜の膜厚が所望する膜厚に形成可能である。なお、焼成後に仕上げ加工をする場合は、乾燥後の樹脂塗膜の膜厚を20〜50μmに形成してもよい。
【0029】
(2)凹部形成工程
この樹脂塗膜の表面に、塗膜焼成工程後に潤滑剤保持部となる凹部を加工形成する工程である。先の樹脂塗膜形成工程で得られた樹脂塗膜は、焼成後の樹脂塗膜と比較すると硬度が低く、柔らかい状態である。本工程は、これを利用して樹脂塗膜形成工程の直後に実施する。本工程で形成された凹部が、次工程の焼成を経て、最終的な摺動部材における樹脂塗膜表面の潤滑剤保持部となる。この凹部と最終的な潤滑剤保持部の形状は、ほぼ同じとなる。
【0030】
凹部の形状は、特に限定されず、ディンプル凹穴、凹溝など、任意の形状とできる。また、この凹部の深さは、基材表面まで到達するものであってもよい。凹溝としては、例えば、一方向斜め模様溝、アヤメ模様溝などの幾何学模様溝、または、ヘリングボーン溝、スパイラル溝などの流体動圧溝とできる。これらの凹溝は、摺動方向と直交する方向に形成することが好ましい。
【0031】
図3に示すように、一方向斜め模様溝(
図3(b))やアヤメ模様溝(
図3(a))は、通紙方向に対して一方向または二方向(アヤメ)に傾斜し、かつ、それぞれが一定の間隔で整列した筋状の溝から構成されている。本工程において、このような溝は、例えばローレット駒を樹脂塗膜の表面に回転させながら押し付けることで形成できる。本工程では、塗膜形成後(焼成後)にその表面に凹部を形成する場合や樹脂塗膜形成前に基材表面に凹部を形成する場合では形成できないような微細な凹部形状を形成することが好ましい。よって、上記の一方向斜め模様溝やアヤメ模様溝としては、溝幅30〜500μm(好ましくは30〜100μm)、ピッチ0.4〜1.5mm(好ましくは0.5〜1.0mm)の模様溝とすることが好ましい。
【0032】
ヘリングボーン溝、スパイラル溝などの流体動圧溝形状は、それぞれの形状に応じた転写部材を押し付けることで転写形成できる。上記のアヤメ模様溝などと同様の理由で微細化を図るため、溝幅としては100μm程度が好ましい。
【0033】
また、凹部をディンプル凹穴とする場合、上記のアヤメ模様溝などと同様の理由で微細化を図るため、φ1.5mm以下の凹が1cm
2に25個以上とすることが好ましい。より好ましくは、φ1.0mm以下の凹が1cm
2に50個以上である。
【0034】
(3)塗膜焼成工程
この工程は、先の凹部形成工程で凹部が形成された樹脂塗膜を焼成して硬化させる工程である。焼成は、マトリックス樹脂に応じた焼成温度で所定時間行なう。この焼成工程を経て、樹脂塗膜が焼き固められて、所定形状の潤滑剤保持部を有する強固な樹脂塗膜が得られる。
【0035】
この摺動部材における樹脂塗膜の厚さは、10μm〜30μm程度である。潤滑剤保持部を潰さない範囲で、焼成工程後の樹脂塗膜の表面を研磨し、最終仕上げを行なってもよい。この製造方法で得られる潤滑剤保持部を有する摺動部材は、該保持部の微細さから、ベルトとの直接の摺動面積を減少できる。さらに、保持部は溝潰れなどがなく精密に形成されているため、潤滑剤が摺動面全体に行き届きやすく、摺動面全体にわたり低摩擦化が図れ、経時的な摩擦係数の向上も抑制できる。
【0036】
この摺動部材の樹脂塗膜において、更なる摩擦摩耗特性などの向上を図るため、上述のマトリックス樹脂に、配合剤として少なくともフッ素樹脂粉末と黒鉛粉末とを配合することが好ましい。
【0037】
フッ素樹脂としては、低摩擦性と非粘着性を樹脂塗膜に付与でき、かつ耐熱性を有するものであれば使用できる。フッ素樹脂としては、例えば、PTFE樹脂、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル(PFA)共重合体樹脂、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン(FEP)共重合体樹脂、テトラフルオロエチレン−エチレン(ETFE)共重合体樹脂などが挙げられる。これらの中でも、PTFE樹脂の粉末を用いることが好ましい。
【0038】
PTFE樹脂粉末を用いる場合、その平均粒子径(レーザー解析法による測定値)は、特に限定されるものではないが、樹脂塗膜の表面平滑性を維持するため、30μm以下とすることが好ましい。
【0039】
PTFE樹脂粉末としては、PTFE樹脂をその融点以上で加熱焼成したものを使用できる。また、加熱焼成した粉末に、さらにγ線または電子線などを照射した粉末も使用できる。これらのPTFE樹脂粉末は、加熱焼成などされていないPTFE樹脂(モールディングパウダー、ファインパウダー)と比較して、樹脂塗料中での均一分散性に優れ、形成された樹脂塗膜の耐摩耗性が優れる。
【0040】
上記PTFE樹脂などのフッ素樹脂は、樹脂塗膜においてマトリックス樹脂100重量部に対して25〜70重量部配合することが好ましい。フッ素樹脂の配合量が25重量部未満であると、低摩擦性が劣化し、発熱による摩耗促進が発生するおそれがある。一方、フッ素樹脂の配合量が70重量部をこえると低摩擦性は優れるが、塗膜強度および耐摩耗性が劣化するおそれがある。
【0041】
黒鉛は、固体潤滑剤として優れた特性を有することは周知である。黒鉛は、天然黒鉛と人造黒鉛に大別されるが、いずれも使用できる。また、形状としては、りん片状、粒状、球状などがあるが、いずれも使用できる。
【0042】
黒鉛としては、固定炭素97.5%以上の黒鉛の使用が好ましく、さらには、固定炭素98.5%以上の人造黒鉛が好ましい。このような黒鉛は、潤滑油とのなじみ性が高く、表面の一部に潤滑油が付着していなくても黒鉛中に微量に含浸された潤滑油によって潤滑性が維持される。
【0043】
上記黒鉛は、樹脂塗膜においてマトリックス樹脂100重量部に対して1〜20重量部配合することが好ましい。黒鉛の配合量が1重量部未満であると黒鉛を配合した場合の十分な効果が得られない。一方、黒鉛の配合量が20重量部をこえると樹脂塗膜の密着性を損ない、剥がれの原因となり得る。
【0044】
樹脂塗膜は、上記マトリックス樹脂、フッ素樹脂、黒鉛の他に、本発明の摺動部材の必要特性を著しく低下させない範囲であれば他の添加剤を含んでも構わない。なお、マトリックス樹脂に対するフッ素樹脂や黒鉛などの添加剤の総量が15重量部より少ないと、樹脂塗膜にムラが発生し、所要の寸法精度を得ることが難しくなる。
【0045】
また、樹脂塗膜の引張せん断接着強さが25MPa以上であることが好ましい。この場合、摺動部材の基材と樹脂塗膜との密着強度が高くなり、ベルトとの接触面圧が高くなる場合でも安定して使用できる。マトリックス樹脂としてPAI樹脂を用い、フッ素樹脂粉末と黒鉛粉末を上記の好適配合範囲で含めた樹脂塗膜であれば、引張せん断接着強さ25MPa以上を達成できる。
【0046】
[実験例]
切削後に研磨加工した平板状のSUS304を基材とし、ショットブラストを行ない表面粗度を高めた。この基材に以下の樹脂塗料を塗布し、90℃で20分間乾燥させた。この時の樹脂塗膜の膜厚は30μmであった。その直後、ローレット駒を回転させながら押し付けて基材が露出するかしないかの圧力でアヤメ模様溝を形成した。これを240℃で1時間焼成し、樹脂塗膜を得た。焼成後の樹脂塗膜の膜厚は25μmであった。得られた摺動部材の樹脂塗膜の表面の写真を
図4に示す。この写真において、潤滑剤保持部であるアヤメ模様溝のピッチは0.7mmであり、溝幅は100μmであった。
【0047】
樹脂塗料の固形分は以下のとおりである。樹脂塗料は、PAI樹脂をN−メチルピロリドンに分散させたPAI樹脂ワニスを用い、これにPTFE樹脂と黒鉛粉末を配合して希釈して調整した。PTFE樹脂は、PAI樹脂100重量部に対して45重量部、黒鉛粉末は、PAI樹脂100重量部に対して10重量部、それぞれ配合した。
(a)PTFE:PTFE樹脂(平均粒子径10μm、加熱焼成材)
(b)PAI:ガラス転移温度245℃品
(c)黒鉛粉末:人造黒鉛(平均粒子径10μm)
【0048】
図4に示すように、本発明の製造方法では、摺動部材の樹脂塗膜の表面において微細で精密な潤滑剤保持部が形成できる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の定着装置用摺動部材の製造方法は、摺動面に樹脂塗膜を有する定着装置用摺動部材において、この樹脂塗膜の表面に潤滑剤保持部となる微細な凹溝などを形成できるので、ベルトニップ方式の定着装置に用いる摺動部材の製造方法として好適である。
【符号の説明】
【0050】
1 定着装置
2 加熱ローラ
3 加圧ベルト
4 押圧部材
5 摺動部材
6 ニップ部
7 用紙