【文献】
TEMPO酸化セルロースシングルナノファイバー複合材料,日本ゴム協会誌,2012年,第85巻第12号,26-31,URL,https://www.jstage.jst.go.jp/article/gomu/85/12/85_388/_pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記セルロース繊維において、セルロース重量に対してカルボキシル基含有量が0.5〜3.0mmol/gであることを特徴とする請求項8または9に記載の樹脂組成物。
【背景技術】
【0002】
近年、資源の枯渇や大気の二酸化炭素濃度の増加による温暖化や環境汚染、廃棄物問題などを背景に、製造時の化石資源の使用量が少なく、かつ廃棄時において低エネルギーで処理できて二酸化炭素の排出が少ないというような特徴を持つ、環境に配慮された材料の利用が注目されている。こうした中、化石資源を原料とせず、一部または全部を天然の植物などを原料とするバイオマス資源由来の材料や、環境中で分解されて水と二酸化炭素になるポリ乳酸に代表される生分解性材料の積極利用が期待されている。
【0003】
バイオマス材料の中でもその生産量の約半分を占めるセルロースは、その生産量の多さから有効利用が期待されている。さらにセルロースは、高強度、高弾性率、極めて低い熱膨張係数を有しており、耐熱性に関して述べると、ガラス転移点を持たず、230度という高い熱分解温度を示す。
【0004】
ところが、セルロースはその多量な生産量に対して材料としての利用が多いとは言えない。その理由の一つに水系や非水系溶媒への溶解性・分散性の低さがある。セルロースはブドウ糖の6員環であるD−グルコピラノースがΒ−(1→4)グルコシド結合したホモ多糖であり、C2位、C3位、C6位に水酸基を持つ。そのため、分子内、分子間に強固な水素結合を形成しており、水や一般的な溶媒に対して溶解しない。
【0005】
最も一般的なセルロースの利用法の一つにカルボキシメチル化がある。カルボキシル基がC2位、C3位、C6位の水酸基にランダムに導入され、その置換度により多置換度では水溶性で増粘剤として利用できるものから、低置換度では不溶性のカルボキシメチル化セルロース繊維と多様な材料が得られる。しかし、セルロースのカルボキシメチル化反応では多量の有機溶媒を使用し、毒性のあるモノクロロ酢酸を用いているため、環境汚染や廃液処理などへの問題がある。また、導入されるカルボキシル基は水酸基の位置に区別がないため、生成物は不均一な化学構造となる。
【0006】
一方、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジニルオキシラジカル(TEMPO)をはじめとするN−オキシル化合物を触媒とした酸化反応を用いてセルロースを処理し、処理度を調整すると、水中での軽度な分散処理により均質な分散体が得られる。この際、セルロースはミクロフィブリルレベルまで解繊され、繊維幅が数nm〜数百nmに分散したセルロース繊維分散体として存在する。さらに、このTEMPO酸化反応では有機溶媒は使用せず水のみを反応媒として用い、常温・常圧の温和な条件下、短時間で反応が完了するなど反応プロセスの環境適応性が極めて高い。
【0007】
TEMPO酸化反応により得られた酸化セルロースが軽度な機械的な処理によりナノレベルまで分散するメカニズムとしては、以下のように知られている。酸化反応によりセルロースのミクロフィブリル表面のC6位の水酸基が選択的に酸化され、アルデヒド基を経由してカルボキシル基が導入される。このカルボキシル基がアニオンとして荷電反発し、分散媒中で浸透圧効果を示すため、ナノオーダーのミクロフィブリルが孤立しやすくなり、均質なセルロース繊維分散体として得られる。
さらに、セルロースに導入したカルボキシル基の静電的な作用を利用して、対イオンとしてカチオン性を有する様々な塩を形成することにより、特性の異なるセルロース修飾体を得ることができる。本処理では原料セルロースの結晶性を壊すことなく保持できるため、
高い物理特性を有する。
【0008】
このように、セルロースをナノ分散体や液体状態、修飾体として用いることができ、また環境への負荷が低く、さらに高い物理特性を有するため、TEMPO酸化反応による処理及び酸化物はセルロースの新たな利用形態として期待されている。
【0009】
工業的利用として盛んに開発が進められている一例として、樹脂との複合化がある。樹脂中にセルロース分散体を混合することにより、セルロースの軽量、高強度、高弾性率、低線熱膨張係数、高耐熱性を利用した樹脂の高機能化を目的とするものである。
この際の機能性向上の重要な要素として、樹脂中でのセルロース繊維の分散性が挙げられている。セルロース繊維が偏在または凝集していると、セルロース繊維混合の効果が顕著に低下することが知られている。
【0010】
そこで、疎水性を有する樹脂との親和性を高め分散性を向上させるため、親水性であるセルロース繊維を疎水化処理する方法や、疎水化処理を経て樹脂と複合化させる方法が開発されてきた。
【0011】
例えば、特許文献1では、TEMPO酸化反応により得られた酸化セルロースを分散させナノファイバーとした後に、酸を添加して凝集させゲルとして取り出す。これを有機溶媒に添加してゲル中の水を溶媒置換した後、有機溶媒に溶解させたアルカリを作用させ、さらなる溶媒置換を繰り返した後に分散処理することで、有機溶媒を包含した疎水性のセルロース繊維分散体を得る方法が示されている。
しかし、本方法を用いるには多段階の溶媒置換工程を経なければならず、またゲルを回収するハンドリングが煩雑であるなど、工業的には不適である。
【0012】
また、特許文献2では、セルロースをアシル化して樹脂との相溶性を上げた後にマトリックス樹脂と溶融混合でフィルム化する方法が示されている。しかし、この方法を用いてもセルロース繊維を樹脂中に均一に分散させることは困難であり、不均一に分散されたセルロースにより透明性は不十分であり、欠陥を生じさせる要因となり、問題があった。
【0013】
また、特許文献3では、プロピオニル基で一部を置換したセルロースをナノファイバー化し、樹脂と混合してフィルム化する方法が示されている。しかし、プロピオニル化処理は固相反応のため化学修飾が不均一になり、樹脂中で凝集が形成されたり、処理後のセルロースの歩留まりが低く、コスト高となるなどの課題がある。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の一実施形態について説明する。なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。特に本実施形態では、セルロースの分散状態を維持したまま樹脂と成形体を形成することができるため、耐熱性や熱膨張性だけでなく、優れた光学特性を示す材料を生成することが出来る。
【0024】
<セルロース繊維>
本発明は、セルロース繊維と樹脂とを含んだ樹脂成形体であり、そのセルロース繊維は、成形体中で平均繊維幅が3nm以上200nm以下という高分散状態を維持したものである。ただし、繊維幅200nm程度の比較的大きなサイズのセルロース繊維を含むと、繊維幅が可視光の波長に近づくために成形体の透明性低下を招くとともに、表面積低下やセルロースの絡み合いが低下することで機械特性の低下を引き起こす。
このことから繊維幅は100nm以下がより好ましく、20nm以下が更に好ましい。
【0025】
また、セルロース繊維の製法上、3nm未満のセルロース繊維において機械強度や均一に優れた特性を有するものを製造することは困難なため、繊維幅は3nm以上であることが好ましい。また、セルロース繊維の繊維長は、長いほどセルロース繊維同士の絡み合いが生じやすいために、低含有量で効果を発現し易い。但し、長すぎると分散に要するエネルギーが増大し分散が困難となるため、繊維長は10nm以上10000nm以下が好ましい。
【0026】
なお、樹脂成形体中のセルロース繊維の繊維幅の測定方法は限定されないが、例えば、成形体からダイヤモンドカッターを設置したミクロトームを用いて切り出した50nm厚の超薄片を、透過型電子顕微鏡にて透過像を観察することにより確認することができる。また、カチオン性染料であるトルイジンブルーを用いるとカルボキシル基を導入したセルロースを選択的に染色できることから、切り出した切片についてトルイジンブルーを用いることにより、観察が容易になる。或いは、原子間力顕微鏡の位相モードを用いて観察することができる。セルロース繊維と樹脂の特性の違いによりカンチレバー振動の位相にずれが生じることから、セルロース繊維を検出することができる。
【0027】
本発明に用いるセルロースを出発原料とした材料としては、天然セルロースまたは化学変成したセルロースを用いることが出来る。具体的には、漂白及び未漂白クラフト木材パルプ、前加水分解済みクラフト木材パルプ、亜硫酸木材パルプ等の木材を原料としたパルプ、或いは綿やバクテリアセルロース等非木材パルプ、並びにこれらの混合物を用いることができ、これらを物理的、化学的処理した物質の何れを用いてもよい。
好適には、結晶形I型を有する天然セルロースが機械特性、熱特性、薬品耐性等の材料特性が高いため望ましい。
【0028】
本発明に用いるセルロースは、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基に置換されているものを用いる。原料となるセルロースにカルボキシル基を導入する方法としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択される。たとえば、一般的に知られている水酸基からアルデヒドを経てカルボン酸に酸化させる方法から適宜選択することができる。
【0029】
その中でも、N−オキシル化合物を触媒として次亜ハロゲン酸塩や亜ハロゲン酸塩等を共酸化剤として用いる方法が好ましい。特に、触媒として2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペジニルオキシラジカル(TEMPO)を使用し、pHを調整しながら次亜塩素酸ナトリウム等の酸化剤、臭化ナトリウム等の臭化物を用いて処理するTEMPO酸化法では、反応媒体として有機溶媒を用いることなく完全に水中での反応であること、試薬の入手しやすさ、コスト、反応の安定性の点から好適である。
【0030】
TEMPO酸化法においては、結晶性のセルロースミクロフィブリルの表面のみを酸化し、結晶内部には酸化が起こらないため、結晶構造を維持できる。そのため、生成物はセルロース本来の高強度、高弾性率、低線熱膨張係数、高耐熱性の特性を有する。
【0031】
上述のTEMPO酸化法による酸化処理は次の手順で行われる。
【0032】
水中で分散させたセルロースにN−オキシル化合物と酸化剤や共酸化剤を添加してセル
ロースの酸化を行う。酸化反応中に水酸化ナトリウムを添加し、反応系内のpHを9から11に制御する。反応温度は0℃以上40℃以下が好適である。この時、セルロース繊維表面のC6位の水酸基がカルボキシル基に酸化される。反応終了後、十分水洗して回収し、本発明における構成材料として用いることが出来る。
【0033】
なお、酸化剤としては、次亜ハロゲン酸又はその塩、亜ハロゲン酸又はその塩が使用でき、次亜塩素酸ナトリウムが好ましい。共酸化剤としては、臭化リチウム、臭化カリウム、臭化ナトリウム等が挙げられるが、取り扱いの簡便さから臭化ナトリウムが好ましい。
【0034】
セルロースに導入されるカルボキシル基の含有量は、反応条件を適宜設定することにより調整可能である。カルボキシル基が導入されたセルロースは、後述する分散工程を経てカルボキシル基の荷電反発により分散媒中に分散することから、セルロース中のカルボキシル基の含有量が少なすぎると安定的に分散媒中に分散させることができない。また、セルロース中のカルボキシル基の含有量が多すぎると、分散媒への親和性が増大し耐水性が低下する。
【0035】
これらの観点から、セルロースに導入されるカルボキシル基の含有量は、好ましくは乾燥重量当たり0.5mmol以上3mmol以下である。さらに、0.8mmol以上2.5mmol以下がより好ましい。
【0036】
なお、セルロースに含有されるカルボキシル基量は以下の方法にて算出される。酸化処理したセルロースの乾燥重量換算0.2gをビーカーにとり、イオン交換水80mlを添加する。そこに0.01M塩化ナトリウム水溶液5mlを加え、攪拌させながら0.1M塩酸を加えて全体がpH2.0となるように調整する。
ここに自動滴定装置(東亜ディーケーケー社製、AUT−701)を用いて0.1M水酸化ナトリウム水溶液を0.05mL/30秒で注入し、30秒毎の電導度とpH値を測定し、pH11まで測定を続けた。得られた電導度曲線から水酸化ナトリウムの滴定量を求め、カルボキシル基含有量を算出することができる。
【0037】
酸化反応を停止させた後、生成物をろ過により反応液中から回収する。反応終了後はセルロースに導入されたカルボキシル基は、反応媒中に存在するカチオンに由来する金属イオンを対イオンとした塩を形成する。
【0038】
酸化処理後のセルロースの回収方法としては、次の(A)〜(C)の方法、即ち、
(A)カルボキシル基が塩を形成したままろ別する方法、
(B)反応液に酸を添加して系内を酸性下に調整しカルボン酸としてろ別する方法、
(C)有機溶媒を添加して凝集させた後にろ別する方法、が挙げられる。
その中でも、ハンドリング性や回収効率、廃液処理の観点から、(B)カルボン酸として回収する方法が好適である。また、対イオンとして金属イオンを含有しないほうが副生成物の生成を抑制でき、置換効率に優れるため、カルボン酸として回収する方法が好ましい。
【0039】
なお、酸化反応後のセルロース中の金属イオン含有量は、様々な分析方法で調べることができ、たとえば、電子線マイクロアナライザーを用いたEPMA法、蛍光X線分析法の元素分析によって簡易的に調べることができる。塩を形成したまま、ろ別する方法を用いて回収した場合、金属イオンの含有率が5wt%以上であるのに対し、カルボン酸としてからろ別する方法により回収した場合、1wt%以下となる。
【0040】
さらに回収したセルロースは洗浄を繰り返すことにより精製でき、触媒や副生成物を除去することができる。このとき、塩酸等を用いてpH3以下の酸性条件に調製した洗浄液
で洗浄を繰り返した後に、純水で洗浄を繰り返すことにより、残存する金属イオン及び塩類の量を低減することができる。
【0041】
次に、カルボキシル基を導入したセルロースの懸濁液に、アルカリ金属またはアルカリ土類金属を含む水酸化物を添加することにより、カルボキシル基の一部または全部がアルカリ金属塩型、或いはアルカリ土類金属塩型に置換される。カルボキシル基の荷電によりセルロースは分散媒中で浸透圧効果を示し、ナノオーダーへの分散が可能となる。アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物の添加量としては、セルロースに導入されたカルボキシル基に対して0.8当量以上2当量以下であることが好ましい。
特に、1.0当量以上1.8当量以下であると、過剰量のアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物を添加することなく対イオン交換できるため、より好ましい。また、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物を過剰量添加した後に、再度セルロースを水洗することにより過剰量のアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物を除去することも可能である。過剰なアルカリを除去することにより、セルロース等の材料の経時的な劣化を抑えることが可能になる。
【0042】
ここで、アルカリ金属種またはアルカリ土類金属種としては、セルロースがナノオーダーへ分散される限りにおいて特に限定されないが、分散性の観点から、ナトリウムが好ましい。
【0043】
<樹脂>
次に、セルロース繊維と成形体を形成する樹脂に関して、好適な物性を満たす樹脂成形体を製造することができるものであれば、特に制限されないが、エマルションを使用することが好ましい。エマルションは主な分散媒として水を用い、ポリマーをサブミクロンの粒径に分散させたものである。これらの水を揮発させることによりポリマー同士が変形融合し、連続的な構造を形成する。
【0044】
樹脂として水溶性モノマーや水溶性オリゴマーと比較すると、エマルションは設計上の自由度が高いため、目的の性能や機能に合わせた材料選定ができるという利点がある。更に、耐水性や耐湿性が高いという特徴を有する。一般的に、吸湿性の高いセルロース繊維を樹脂に混合すると、得られる成形体は含まれるセルロース繊維の影響により、高い吸湿性を有し、その物性は外部の湿度環境に大きく左右されることとなる。一方で耐水性や耐湿性の高い樹脂を使用することで、成形体としての湿度影響を低減することが可能となる。
【0045】
また、エマルションは、樹脂の重合度は高いが樹脂が個々に独立した微粒子を形成しているため、塗液としての粘度は低い。そのため、アスペクト比が高くセルロース繊維同士の絡み合いにより粘度が高いセルロース繊維分散体とも、良好な混合性が得られる。
【0046】
更に特筆すべきは、セルロース繊維と樹脂を混合させる際にエマルションを使用すると、得られる成形体中でセルロース繊維が高分散を維持しやすいという特徴がある。高分散を維持することにより、成形体が欠陥なく均一な特性を示し、さらに高い透明性が得られる。エマルションを使用せず、水溶性モノマーや水溶性オリゴマーを用いてもセルロース繊維と高い相溶性があり、相互作用が得られる樹脂であれば、同様にセルロース繊維が高分散を維持した成形体が得られる。しかし、このようなモノマーやオリゴマーは種類が限定的であり、特に高い吸湿性を有するという特徴がある。
【0047】
セルロース繊維が樹脂中で高分散を維持するメカニズムとしては明らかではないが、一因として、製造段階で使用される界面活性剤を介してセルロース繊維が樹脂と相互作用すると考えられる。樹脂のイオン性は、使用される界面活性剤の電荷により決定され、ノニオン、カチオン、アニオンに分類される。本発明においてはいずれの使用も制限されないが、混合するセルロース繊維がイオン性を帯びている場合、その荷電を阻害する可能性があるため、ノニオンが好ましい。
【0048】
エマルションは機能性或いは合成上その形態から、均一型やコアシェル型、複合粒子型、中空粒子型など様々に分類されるが、いずれも目的の特性に合わせて任意に選択可能である。なお、エマルションはエマルジョンと同義である。
【0049】
紫外線や電子線などの活性エネルギー線を照射することにより樹脂の硬化を選択的に進行させることが可能であることから、光硬化性樹脂を用いることができる。なお、硬化反応の過程で溶剤の除去や反応性を向上させる目的などで加熱工程を入れても構わない。
【0050】
このようにセルロース繊維が樹脂中で高分散した組成物に、硬化剤や重合開始剤、触媒、光を作用させることにより、セルロース繊維の分散状態が維持されつつ、樹脂は重合反応を進行させて三次元の網目構造を形成することから、得られる成形体は極めて高い透明性を有する。
【0051】
また、熱可塑性樹脂を用いると、樹脂組成物中に含まれた水等の分散媒を除去する工程と、粒子状の樹脂同士が融着する成形工程とを同時に進行させることができるため熱可塑性樹脂を用いても良い。
【0052】
また、セルロース繊維が成形体において分散状態を維持できるものであれば樹脂の分子構造については特に限定されないが、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、など、これらのエマルションを挙げることができる。
更に、これらを架橋反応や重合反応を進行させるとともに成形体の特性を向上させるため、硬化剤や硬化触媒、光重合開始剤、連鎖移動剤、充填剤、シランカップリング剤などを用いることができる。
【0053】
ここで、樹脂成形体中におけるセルロース繊維含有量としては、重量換算で0.5wt%以上99.5wt%以下であることが好ましい。すなわち、0.5wt%以上添加することにより、成形体の物性においてセルロース繊維未添加との有意差を得ることができ、さらに2wt%以上であれば線膨張率の抑制に寄与するためより好ましい。
また、セルロース繊維含有量に伴い、セルロース繊維自体の軽量、高強度、高弾性率の物性を増大させる傾向にあるが、樹脂やその他の材料を混合させることにより、脆弱性や柔軟性、吸湿影響を補完できたり、複屈折率を調整するなど機能付与の設計幅を広げることができるため、セルロース繊維含有量は99.5wt%以下であることが好ましい。
【0054】
セルロースを樹脂と混合させる方法としては、次の(D)、(E)の方法、即ち、
(D)セルロースを予め分散してセルロース繊維分散体を調製した後に樹脂と混合させた組成物を作製する方法と、
(E)セルロースと樹脂を混合した組成物を分散処理して樹脂中でセルロース繊維を調製する方法、が挙げられる。
上記(D)または(E)の方法を経てセルロース繊維と樹脂が混合した組成物が調製され、これを用いて樹脂成形体を形成することが出来る。
(D)の場合、セルロース繊維分散体と樹脂が別個で存在するため、調製したセルロース繊維分散体をフィルタリングして未解繊片を除去したり、セルロース繊維分散体に特異的に分散または溶解する材料を予め混合したり、或いはセルロース繊維分散体を濃縮したりすることが可能である。
【0055】
また、(E)の場合は、分散処理と混合処理が一段階で進行するため、工程の短縮になる。さらに、セルロース繊維分散体と比較してバルクのセルロースは固形分濃度が上げやすいため、樹脂との組成物に含まれる固形分濃度を増大させることにより乾燥の用いるエネルギーを低減することができる。但し、エマルションを樹脂とする場合、分散処理による物理的な力により、粒子状の樹脂が不安定化することによる成形体の特性低下を招く場合はこの限りではない。
【0056】
なお(D)の場合、予めセルロース繊維分散体を調製するために分散媒が必要である。TEMPO酸化法による酸化処理において反応媒体が水であること、反応後の洗浄に用いる洗浄剤が主に水であることから、酸化処理後のセルロースは水を包含した湿潤状態として回収される。そのため、分散媒として水を使っても良い。或いは、分散媒として水以外の有機溶媒を用いることが好ましい場合においては有機溶媒を用いることが可能である。
分散媒中に不純物となる水を除去する目的や、セルロースと分散媒を予め親和させ分散性を向上させる目的、或いは分散媒不溶成分を除去する目的により、溶媒置換を行うことができる。
【0057】
また、分散処理の方法としては、既に知られている各種分散処理が可能である。例えば、ホモミキサー処理、回転刃つきミキサー処理、高圧ホモジナイザー処理、超高圧ホモジナイザー処理、超音波ホモジナイザー処理、ナノジナイザー処理、ディスク型レファイナー処理、コニカル型レファイナー処理、ダブルディスク型レファイナー処理、グラインダー処理、ボールミル処理、ニ軸混練機による混練処理、水中対向処理等がある。
この中でも、微細化効率の面から回転刃つきミキサー処理、高圧ホモジナイザー処理、超高圧ホモジナイザー処理、超音波ホモジナイザー処理が好適である。なお、これらの処理のうち、二つ以上の処理方法を組み合わせて分散を行うことも可能である。
【0058】
セルロース繊維と樹脂を混合した組成物を用いて形成した成形体は、セルロース繊維が樹脂中で高度に分散しているため、高い透明性が得られる。この成形体を50mm厚に換算した際の660nmでの光線透過率は、80%以上となる。
上記の範囲内であれば、樹脂中のセルロース繊維が均質性に優れているということが示される。即ち、可視光領域である660nmにおいて光透過率が低い場合、試験光の透過を妨げるセルロースの繊維の凝集体が多数存在することを示唆する。
【0059】
また、セルロース繊維と樹脂の組成物に凝集や沈殿を生じない範囲において、粘度調整や乾燥速度の調整、異種材料との親和性向上等を目的として、付加したい機能に応じて、水をはじめ、様々な有機溶媒を混合させることができる。
このとき異種溶媒を混合することにより生じるショックを緩和するため、添加速度やpHの調整、攪拌方法、温度等を適宜選択することができる。
【0060】
また、金属等を含んでも良い。金属としては、金、銀、白金、パラジウム、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、オスミウムの白金族元素の他、鉄、鉛、銅、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウムなどの金属またはこれらの合金、または酸化物、複酸化物、炭化物などを用いることができる。
【0061】
金属の担持方法としては、金属または金属酸化物等の微粒子を混合する他、カルボキシル基を有するセルロース繊維分散体が金属または金属酸化物の錯体を形成し、還元剤を添加することで金属粒子として析出させることができる。この方法を用いると、微小な金属粒子がセルロース繊維表面に均一に固定化されるため、微量な金属量によって効率的に効果を発揮させることができる。
【0062】
なお、凝集や沈殿が生成しない範囲においては、よりセルロース繊維の繊維同士の荷電反発を増大させる目的や分散液の粘度を制御する目的で、水溶性多糖類を含む各種添加物
、各種樹脂を含んでも良い。
例えば、化学修飾したセルロース、カラギーナン、キサンタンガム、グアーガム、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、寒天、可溶化澱粉、グリセリン、ソルビトール、消泡剤、水溶性高分子、合成高分子等を用いることができる。あるいは塗工性やぬれ性など機能性付与などの為に、各種溶剤を含んでもよい。アルコール類、セルソルブ類、グリコール類、などを用いることができる。さらには意匠性を付与する目的で、各種染料や顔料、有機フィラー、無機フィラーを含んでも構わない。
【0063】
また、耐水性、電解液耐性を向上させるために各種架橋剤を含んでもよい。例えば、オキサゾリン、ジビニルスルホン、カルボジイミド、ジヒドラジン、ジヒドラジド、エピクロルヒドリン、グリオキザール、有機チタン化合物、有機ジルコニウム化合物などを用いることができる。また、反応性を向上させるなどの目的で、酸やアルカリを添加することによってpHを調整することができる。
【0064】
また、セルロース繊維と樹脂を含む組成物を用いて成形体を形成する方法としては、特に制限はないが、組成物は流動性を有しているため、樹脂基材やガラス基材上にウェット塗工し硬化させることにより成形体を得ることができる。
塗工方法としては公知の方法を用いることができる。具体的には、バーコート法、ディップコーティング法、スピンコーティング法、フローコーティング法、スプレーコーティング法、ロールコーティング法、グラビアロールコーティング法、エアドクターコーティング法、プレードコーティング法、ワイヤードクターコーティング法、ナイフコーティング法、リバースコーティング法、トランスファロールコーティング法、マイクログラビアコーティング法、キスコーティング法、キャストコーティング法、スロットオリフィスコーティング法、カレンダーコーティング法、ダイコーティング法等を用いることができる。
【0065】
セルロース繊維と樹脂を含む組成物を塗工する基材の濡れ性や密着性を向上させる目的で、基材に前処理を施してもよい。前処理方法としては特に制限されることはなく、予めアンカー層を形成したり、コロナ処理、プラズマ処理、フレーム処理等を施しても良い。
【0066】
次に、樹脂成形体の作製方法を記載する。
ベースとなるPET基材に上述の方法を用いてセルロース繊維と光硬化性樹脂と光重合開始剤を含む組成物を塗工し、加熱して系内の余分な分散媒を除去し乾燥させ、その後に重合反応を進行させる波長の光を照射することでシート状の樹脂成形体を形成することができる。
【0067】
他の方法として、塗工した後に光照射により重合反応を進行させ、次に加熱乾燥することもできるが、光硬化性樹脂を用いる場合、余分な分散媒等の溶剤が含まれると、照射光が溶剤によって減衰するため、樹脂の重合を進行させるためには多大な照射エネルギーを必要とすると共に、溶剤の揺らぎにより重合の再現性が得にくい。
【0068】
さらに、エマルションを用いる場合、これらの樹脂は、樹脂と分散媒との屈折率差などにより、分散媒を含む状態では白色を呈する。そのため、照射光が十分に塗膜内部に透過せず、重合反応が不十分となる。
【0069】
なお、樹脂として熱可塑性を用いた場合は、調製した組成物を塗工し、加熱乾燥する段階で樹脂の重合反応が進行し、樹脂成形体が作製される。なお、樹脂成形体作製後に、樹脂の重合反応進行やその他の特性向上を目的として追加熱しても構わない。
【0070】
上述の方法を用いることにより、従来困難であったセルロース繊維を高度に分散させた状態を維持しつつ樹脂との成形体を形成することが可能となり、セルロース本来の優れた
特性を生かした樹脂成形体を得ることが出来る。
【実施例】
【0071】
以下に、本発明の実施例を説明する。なお、以下の実施例は本発明の一例であり、本発明はこれらの実施例には限定されない。
【0072】
(実施例1)
以下の手順により、セルロース繊維分散体の調製及び樹脂との組成物の調製、及び樹脂成形体の作製を行った。
【0073】
(1)試薬・材料
セルロース: 漂白クラフトパルプ(フレッチャー チャレンジ カナダ「MACHENZIE」)
TEMPO: 市販品(東京化成工業社製、98%)
次亜塩素酸ナトリウム: 市販品(和光純薬社製、CL:5%)
臭化ナトリウム: 市販品(和光純薬社製)
【0074】
(2)TEMPO酸化処理
乾燥重量10gの漂白クラフトパルプを2lのガラスビーカー中イオン交換水500ml中で一晩静置し、パルプを膨潤させた。ここにTEMPO0.1gと臭化ナトリウム1gを添加して攪拌し、パルプ懸濁液とした。さらに攪拌しながらセルロース重量当たり5mmol/gの次亜塩素酸ナトリウムを添加した。この際、約1Nの水酸化ナトリウム水溶液を添加してパルプ懸濁液のpHを約10.5に保持した。
その後、2時間反応させ、エタノール10gを添加して反応を停止し、セルロースにカルボキシル基が導入された酸化セルロースを得た。なお、この際導入されたカルボキシル基は反応媒中に残存する反応試薬に由来するナトリウムイオンを対イオンとした塩を形成する。続いて0.5Nの塩酸を滴下してpHを2まで低下させた。
ガラスフィルターを用いてセルロースをろ別し、さらに0.05Nの塩酸で3回洗浄してカルボキシル基をカルボン酸とした後に純水で5回洗浄し、固形分濃度20%の湿潤状態の酸化セルロースを得た。得られた酸化セルロースは、水酸化ナトリウムによる中和滴定からセルロースの乾燥重量当たりカルボキシル基量は1.6mmol/gと算出された。
【0075】
(3)アルカリ金属処理
上記により調製した酸化セルロースを固形分濃度5%となるよう水を加えて懸濁液とし、ここにアルカリ種としてアルカリ金属の水酸化物である、水酸化ナトリウムを酸化セルロースのカルボキシル基量に対して1.0当量加えた。2時間攪拌した後ガラスフィルターを用いて酸化セルロースをろ別し、対イオン置換酸化セルロースを得た。
【0076】
(4)分散処理
溶媒置換した酸化セルロースを分散媒となる水に加え、ミキサー(大阪ケミカル社製、アブソルートミル、14,000rpm)を用いて1時間処理することにより固形分濃度0.2%のセルロース繊維分散体を得た。得られた分散体の660nmにおける光線透過率は94%を示した。また、このときのセルロース繊維の繊維幅の平均値は4nmであった。
【0077】
(5)組成物の調製
分散処理したセルロース繊維と樹脂(荒川化学工業社製、ウレタンアクリレートエマルジョンタイプ、ビームセットEM−92)と光重合開始剤(BASF社製、Irgacure2959)を固形分重量比にてこの順に3:100:1となるようにスターラーにて一晩混合し、セルロース繊維と樹脂の組成物を調製した。
【0078】
(6)樹脂成形体の作製
調製した上記の組成物をPETフィルム(ルミラーT60−75μm:東レ)にアプリケーターにて塗工してオーブンにて120℃で10分間乾燥した。次に、高圧水銀ランプにより300mJ/cm
2の紫外線を照射した後にPETフィルムを剥離することで、50μm厚の樹脂成形体を作製した。
【0079】
(実施例2)
実施例1と同様にして、セルロース繊維と樹脂と光重合開始剤の固形分重量比がこの順に10:100:1となるように調製した他は同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0080】
(実施例3)
実施例1において、樹脂を、ユニチカ株式会社製のポリオレフィン系エマルション、アローベースSD−1200に変更し、光重合開始剤は添加せず、セルロース繊維と樹脂の固形分重量比がこの順に3:100となるように調製したほかは同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0081】
(実施例4)
実施例3と同様にして、セルロース繊維と樹脂の固形分重量比がこの順に10:100となるように調製したほかは同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0082】
(実施例5)
実施例2と同様にして、セルロース繊維の分散処理工程において、分散時間を15分間としたほかは同様の条件にて樹脂成形体を作製した。なお、得られた分散体の660nmにおける光線透過率は94%を示し、このときのセルロース繊維の繊維幅の平均値は150nmであった。
【0083】
(実施例6)
実施例1と同様にして、セルロース繊維と樹脂と光重合開始剤の固形分重量比がこの順に1:100:1となるように調製した他は同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0084】
(実施例7)
実施例1と同様にして、セルロース繊維と樹脂と光重合開始剤の固形分重量比がこの順に100:100:1となるように調製した他は同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0085】
(比較例1)
実施例1と同様にして、組成物にセルロース繊維の代わりに同重量の水と樹脂と光重合開始剤のみを含んだほかは同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0086】
(比較例2)
実施例3と同様にして、組成物にセルロース繊維の代わりに同重量の水と樹脂と光重合開始剤のみを含んだほかは同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0087】
(比較例3)
実施例2と同様にして、前記(2)TEMPO酸化処理を経ない原料セルロースを用いた他は同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0088】
(比較例4)
実施例2と同様にして、前記(2)TEMPO酸化処理において反応時間を10分間とし、カルボキシル基量が0.5mmol/gとしたほかは同様の条件にて樹脂成形体を作
製した。
【0089】
(比較例5)
実施例2と同様にして、前記(3)アルカリ金属処理を経ないほかは同様の条件にて樹脂成形体を作製した。
【0090】
[評価]
実施例1〜7及び、比較例1〜5について、作製条件を後述の表1に、評価結果を表2に示した。
【0091】
[組成物のセルロース繊維幅測定]
上述の組成物をセルロース繊維が組成物に対して0.001%となるように水で希釈し、マイカ上に展開して自然乾燥させた後、透過型電子顕微鏡にて観察した。100サンプルを無作為に取り出し、平均値を平均繊維幅(nm)として求めた。
【0092】
[成形体中のセルロース繊維幅測定]
樹脂成形体中のセルロース繊維の繊維幅は、成形体からダイヤモンドカッターを設置したミクロトーム(RM2265、ライカ社製)を用いて切り出した50nm厚の超薄片を100μmピッチの銅製マイクログリッド上に固定し、透過型電子顕微鏡(S−4800、日立製作所社製)にて透過像を観察することにより確認した。100サンプルを無作為に取り出し、平均値を平均繊維幅(nm)として求めた。
【0093】
[成形体の光線透過率]
得られた50μm厚の樹脂成形体について、UV−VIS分光光度計(島津製作所社製、UV3600)を用いて波長660nmにおける光透過率(%)を測定した。
【0094】
[引張り強度・破断伸び]
得られた50μm厚の樹脂成形体について、15mm幅、70mm長さの短冊状に切り出し、恒温恒湿槽付き引張試験機(テスター産業社製、TE−7001)を用いてチャック間隔50mm、試験速度5mm/minにて温度23℃、相対湿度30%の環境下で引張り強度(N/mm
2)及び破断伸び(%)を測定した。なお、測定前に予め2日間測定環境にて調湿した。
【0095】
[線膨張係数]
得られた50μm厚の樹脂成形体について、4mm幅、25mm長さの短冊状に切り出し、熱機械的分析装置(セイコーインスツルメンツ社製、TMA/SS6100)を用いて15℃から200℃まで昇温速度5℃/分、荷重20mN、酸素雰囲気下で昇温し、Tg以上の150℃から180℃までのサンプル伸びから線熱膨張係数を算出した。
【0096】
[吸水率]
得られた50μm厚の樹脂成形体について、5mm角の正方形の試験片に切り出してガラスシャーレ中で23℃、相対湿度90%の環境下に1日間調湿したサンプルの含水率をカールフィッシャー水分計(三菱化学アナリテック社製、CA−200)にて、樹脂成形体の含水率を求めた。なお、測定前2日間は、予め温度23℃、相対湿度30%の環境下にて調湿した。
【0097】
【表1】
【0098】
【表2】
【0099】
表2の結果から、実施例1〜4、及び実施例6、7では、セルロース繊維の分散性が良好であり、また繊維幅も4nmであるため、光透過性、引張強度等の機械特性、さらに線膨張係数に代表される熱特性において、いずれも良好な値が得られた。また繊維幅150nmであった実施例5も良好な結果が得られた。
一方、比較例1および2ではセルロース繊維による高温下での樹脂の膨張抑制効果が得られないため、高い線膨張係数あるいは破断伸びを有している。また比較例3、4、5では分散性が良くなく、繊維幅が200nm以上であるため光透過性や引張り強度、線膨張係数が不充分な結果となっている。