(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0014】
[積層構造物の余寿命推定方法]
本発明では、積層構造物として変圧器ブッシングの余寿命を推定する。
【0015】
図1は、本発明の一実施形態に係る積層構造物の余寿命推定方法の処理を示すフローチャートである。
図2は、本発明に係る積層構造物として変圧器ブッシングの一部を示す斜視図である。
図3は、変圧器ブッシングの一部から試験片を作製する工程を説明するための図である。
図4(a)〜(e)は、第1試験工程を説明するための図である。
【0016】
図1に示す余寿命推定方法では、まず、変圧器ブッシングの少なくとも一部を用いて、処理に用いる複数の試験片を作製する(ステップS1)。変圧器ブッシング(積層構造物)1は、中心導体12と、電極が形成された絶縁紙(薄層)14にフェノールレジンを塗布したものを中心導体12の外周に同心状に巻き上げたコンデンサコア16と、を備えた積層構造のレジン塗工紙コンデンサからなる。
【0017】
ここでは、互いに接着された複数の絶縁紙14を含む変圧器ブッシング1を、その軸方向に交差する方向に切断して所定の厚さで輪切り加工を行い、
図2に示すような試料18を作製する。さらに
図3に示すように、試料18のうち、中心導体12及びコンデンサコア16の軸回りにおける所定領域を径方向へ切り出すことで、互いに接着された絶縁紙14の積層方向に長さを有する棒状の試験片20を複数作製する。本実施形態では、第1の試験片20A,20B、第2の試験片20C,20D、第3の試験片20E,20Fをそれぞれ5つずつ用意する。
【0018】
次に、複数の試験片を加熱劣化させて引張試験を行うために、各試験片20A〜20Fをそれぞれ5つずつ、互いに異なる温度及び時間で加熱する。本実施形態では、所定の温度にて強制的に劣化させた各試験片に対して引張試験を行うことで、各試験片20A〜20Fの破断応力をそれぞれ測定する。
【0019】
1.第1試験工程
1−1.(第1の試験片20A:設定温度「50℃」、加熱時間「2000h」)
先ず、5つの第1の試験片20Aに対する引張試験を実施する。
作製した複数の試験片20のうち、第1の試験片20Aを5つ加熱処理装置内に入れ、第1の温度条件である50°に設定して加熱処理を行う(ステップS2)。
【0020】
複数の第1の試験片20Aの加熱処理が加熱時間「2000h」を経過したところで(ステップS3)、加熱処理装置から5つの第1の試験片20Aを取り出して各第1の試験片20Aに破断(絶縁紙14間の剥離)が生じていないかをそれぞれ確認する(ステップS4)。
【0021】
上述した試験片を作製する工程において、切断時の振動等によって互いに接着されていた絶縁紙14どうしの界面剥離が生じて試験片が破断している場合があることから、ここでは、加熱処理装置から取り出した第1の試験片20Aに破断が生じていないかどうかを確認する。第1の試験片20Aに破断が生じていた場合には、破断面に接着材を塗布して剥離した絶縁紙14どうしを接着して試験片を再調製する修復を行う(ステップS41)。1つの試験片内における破断箇所は1箇所に限られず複数箇所存在する場合があるが、その場合は全ての破断箇所の修復を行う。
【0022】
一方、加熱処理装置から取り出した時点で第1の試験片20Aに破断が確認されなければ、
図4(a)に示すような引張試験機2に第1の試験片をセットし、引張試験を実施する(ステップS5)。引張試験では、第1の試験片20Aの両端(絶縁紙14の積層方向における両端)を各引張試験用治具21,22にて支持し、引張強度を測定する。このとき、第1の試験片20Aの両端を引張試験用治具21,22にそれぞれ接着材を介して取り付ける。そして、固定治具21に対して可動治具22を一方向へ引くことで(ステップS51)、第1の試験片20Aに対して絶縁紙14の積層方向に引張応力が負荷される。第1の試験片20Aが破断するまで引張応力を高めていき、
図4(b)に示すように第1の試験片20Aが破断したときの破断応力を測定する。その後、
図4(c)に示すように破断面(界面剥離した絶縁紙14の表面)に接着材を塗布し、破断箇所を修復する(ステップS52)。続けて、
図4(d)に示すように、修復した第1の試験片20Aに対して再び引張試験を実施し、
図4(e)に示すように、第1の試験片20Aが再び破断したときの破断応力を測定する。2回目の引張試験における破断箇所は、1回目の引張試験における修復箇所とは異なる箇所である。
【0023】
このように、引張試験と修復作業を予め設定した回数まで繰り返し実行する。本例では一旦破断した箇所を修復して完全に接着したのちに引張試験を実行し、1つの試験片に対して合計8回以上の引張試験を繰り返し実施した。このようにして、他の4つの第1の試験片20Aに対しても同様の引張試験を実施する。
【0024】
1−2.(第1の試験片20B:設定温度「50℃」、加熱時間「4000h」)
次に、5つの第1の試験片20Bに対する引張試験を実施する。
第1の試験片20Bを第1の温度条件である50°で加熱し、加熱処理が加熱時間「4000h」を経過したところで、加熱処理装置内から5つの第1の試験片20Bを取り出し、破断の有無を確認する。破断があった場合は修復してから引張試験を行い、破断していない場合にはそのまま引張試験を実施する。先に述べた第1の試験片20Aのときと同様に引張試験をそれぞれ実行し、各第1の試験片20Bに対してそれぞれ合計8回以上の引張試験を繰り返し実施する。
このようにして、加熱時間毎に第1の試験片20A,20Bについて破断するときの引張強度を計測する。
【0025】
2.第2試験工程
2−1.(第2の試験片20C:設定温度「70℃」、加熱時間「2000h」)
次に、5つの第2の試験片20Cに対する引張試験を実施する。
第2の試験片20Cを第2の温度条件である70°で加熱し、加熱処理が加熱時間「2000h」を経過したところで、加熱処理装置内から5つの第2の試験片20Cを取り出し、破断の有無を確認する。破断があった場合は修復してから引張試験を行い、破断していない場合にはそのまま引張試験を実施する。先に述べた第1の試験片20Aのときと同様に引張試験をそれぞれ実行し、各第2の試験片20Cに対してそれぞれ合計8回以上の引張試験を繰り返し実施する。
【0026】
2−2.(第2の試験片20D:設定温度「70℃」、加熱時間「4000h」)
次に、5つの第2の試験片20Dに対する引張試験を実施する。
第2の試験片20Dを第2の温度条件である70°で加熱し、加熱処理が加熱時間「4000h」を経過したところで、加熱処理装置内から5つの第2の試験片20Dを取り出し、第1試験工程と同様にこれ以降の処理をそれぞれ実行し、各第2の試験片20Dに対して合計8回以上の引張試験を繰り返し実施する。
このようにして、加熱時間毎に第2の試験片20C,20Dについて破断するときの引張強度を計測する。
【0027】
3.第3試験工程
3−1.(第3の試験片20E:設定温度「80℃」、加熱時間「2000h」)
次に、5つの第3の試験片20Eに対する引張試験を実施する。
第3の試験片20Eを第3の温度条件である80°で加熱し、加熱処理が加熱時間「2000h」を経過したところで、加熱処理装置内から5つの第3の試験片20Eを取り出し、第1試験工程と同様にこれ以降の処理をそれぞれ実行し、各第3の試験片20Eに対して合計8回以上の引張試験を繰り返し実施する。
【0028】
3.第3試験工程
3−2.(第3の試験片20F:設定温度「80℃」、加熱時間「4000h」)
第3の試験片20Fを第3の温度条件である80°で加熱し、加熱処理が加熱時間「4000h」を経過したところで、加熱処理装置内から5つの第3の試験片20Fを取り出し、第1試験工程と同様にこれ以降の処理をそれぞれ実行し、各第3の試験片20Fに対して合計8回以上の引張試験を繰り返し実施する。
このようにして、加熱時間毎に第3の試験片20E,20Fについて破断するときの引張強度を計測する。
【0029】
全ての試験片に対する引張試験が終了し、加熱処理装置内の試験片が全てなくなると、加熱処理が終了したと判断し(ステップS6)、加熱処理を終了する(ステップS7)。
【0030】
[引張試験結果]
図5は、引張試験の結果を示すグラフであって、引張試験の回数と最大応力との関係を示す。なお、
図5では、一例として、加熱温度70℃、加熱時間4000hで加速劣化させた5つの試験片の各々に対して行った複数回の引張試験のうち、1回目から8回目までの試験結果(回数と最大応力との関係)と、その平均を示している。
図5に示すように、引張試験の回数とともに最大応力(引張強さ)が増加する傾向にあることを確認できた。また、加熱温度及び加熱時間が異なる他のパラメーターの試験片に対する引張試験の結果も同様の傾向であることを確認できた。
【0031】
[余寿命評価]
次に、各試験片による引張試験結果をもとに余寿命評価を行う。
強制的に加熱劣化させていない初期(常温)の試験片に対する引張試験結果を「初期」として示し、各加熱温度(50℃,70℃,80℃)における加熱時間が2000hの各試験片における引張試験の平均の結果と、各温度(50℃,70℃,80℃)における加熱時間が4000hの各試験片における引張試験の平均の結果と、それぞれ比較した。
【0032】
以下では、一例として、加熱温度70℃で加速劣化させた試験片に対する試験結果をもとに比較を行った。
図6は、実破断回数を考慮した1回目破断応力の推定(温度:70℃一定)を示すグラフである。同図において、縦軸に最大応力を示し、横軸に実破断回数を示す。本実施形態では、試験片作製途中に生じたと思われる初期状態の試験片における破断箇所を、絶縁紙14間の最初の破断回数として加えたものを、実破断回数として整理を行った。例えば、引張試験前の初期状態(常温)で試験片に破断した箇所が2箇所あった場合には、2回の破断があったものとして引張試験の破断回数にカウントする。
【0033】
図6に示すように、初期の試験片では、試験片作製後に破断箇所が1箇所存在したことから、引張試験を1回実施したものとみなし、合計10回の引張試験を実施した結果を示した。加熱時間が2000hの試験片及び加熱時間が4000hの試験片では、それぞれ、各試験片の作製後に破断箇所が3箇所存在したことから、各試験片ともに、引張試験をそれぞれ3回実施したものとみなし、合計8回以上の引張試験を実施した結果をそれぞれ示した。
【0034】
図6に示す結果から、実破断回数(11回)と最大応力(試験片5つの平均)との関係は、加熱時間に関わらず、実破断回数が増えるほど応力が大きくなり、引張強度が高まる傾向が見られる。
【0035】
また、
図6に示した近似曲線の推移から、初期の試験片が1回目に破断する応力を推定できる。この初期の試験片が1回目に破断する応力を基準応力σ[N/cm
2]とする。
【0036】
加熱時間が2000hの試験片においても、実破断回数(9回)と最大応力(試験片5つの平均)との関係は、実破断回数が増えるほど最大応力が大きくなり、引張強度が高まる傾向が見られる。近似曲線の推移から、70℃、2000hで加速劣化させた試験片が1回目に破断する応力は、基準応力σと比べると0.78σ[N/cm
2]程度であると推定できる。
【0037】
加熱時間が4000hの試験片においても、実破断回数(8回)と最大応力(試験片5つの平均)との関係は、実破断回数が増えるほど最大応力が大きくなり、引張強度が高まる傾向が見られる。近似曲線の推移から、70℃、4000hで加速劣化させた試験片が1回目に破断する応力は、基準応力σと比べると0.62σ[N/cm
2]程度であると推定できる。
【0038】
表1は、加熱温度及び加熱時間と1回目の破断応力との関係を示す表である。
表1から、加熱温度が高く且つ加熱時間が長いほど破断応力が低下する傾向が見られた。
【0040】
図7は、表1に示した応力に関し、試験片の温度(50℃,70℃,80℃)及び加熱時間(2000h,4000h)をパラメーターとして求めたアレニウス曲線を示す図である。実破断回数が1回目の破断応力と破断時間との関係を加熱時間(初期,2000h,4000h)ごとに示す。ここでは、破断応力の初期値σ[N/cm
2]に対して、初期値の30%を閾値(製品寿命と判断される破断応力)としている。閾値は初期値の30%に限られず、実際に劣化が生じたものから採取した試験片の測定結果から設定する。
【0041】
次に、表1に基づいて近似曲線を作成し、加熱時間ごとに閾値を下回るまでにかかる時間を推定する。
【0042】
加熱温度50℃で加速劣化を行った試験片の場合、表1のデータに基づいて作成した近似曲線から、100000時間を経過する少し前に閾値以下に低下すると推測される。加熱温度70℃で加速劣化を行った試験片の場合、表1のデータに基づいて作成した近似曲線から、略10000時間を経過したときに閾値以下に低下すると推測される。加熱温度80℃で加速劣化を行った試験片の場合、表1のデータに基づいて作成した近似曲線から、略8000時間を経過したときに閾値以下に低下すると推測される。
【0043】
このように、上述した第1試験工程、第2試験工程及び第3試験工程の結果に基づいて、加熱温度と、各試験片が最初に破断する引張強度が閾値を下回る加熱時間との関係を導出する。
【0044】
図8は、変圧器ブッシングの寿命評価を推定するための図である。
ここでは、
図7において推測される閾値応力を低下する時間と加熱温度との関係から寿命推定線を作成し、変圧器ブッシングを所定の温度で使用した場合に寿命になる年数を推定する。
図8に示すように、25℃で使用した場合には、使用寿命が380000時間程度(約43年)になると推定される。これに対し、40℃で使用した場合には、使用寿命が175000時間程度(約20年)になると推定される。さらに、50℃で使用した場合には130000時間程度(約15年)、70℃で使用した場合には55000時間程度(約6年)、80℃で使用した場合には25000時間程度(約3年)が寿命であると推定される。
【0045】
本実施形態の余寿命推定方法によれば、試験片の引張試験を繰り返し実施して実破断回数が1回目のときの接着力を把握することによって、積層構造物である変圧器ブッシュの強度評価を行うことができる。1つの試験片に対して複数回の引張試験を実施することにより、試験片内で弱い部分から順に破断していくことから、最も弱い部分の強度を知ることができる。変圧器ブッシングの強度低下の傾向を把握することで、経時的な劣化を診断し、使用環境の温度においてあと何年間に亘って使用可能か余寿命を推定することができる。