(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
水電解装置としては、固体高分子電解質膜を隔膜に用いた水電解装置(固体高分子形(PEM)水電解装置)、アルカリ電解液を隔壁で仕切った水電解装置、固体酸化物を電解質に用いた高温水電解装置などが知られている。これらの内、PEM水電解装置は、水のみを用いて水素を発生させることができる、水素ガス中に水以外の不純物は含まれない、作動温度が低い、などの利点がある。しかし、PEM水電解装置は、水電解セルに急激な電位変動が生じると、水電解セルの寿命が短くなるという問題がある。
【0003】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、燃料電池で発生した直流電気を2次電池に充電し、2次電池から送電される直流電気を水電解装置に供給して電解を行う水電解装置付き燃料電池発電システムが開示されている。
同文献には、
(A)燃料電池の起動初期や停止準備作動中において、燃料電池は電圧変動の激しい状態での送電が多くなるため、燃料電池から水電解装置への直流電気の入力を続けると水電解装置の寿命が短くなる点、
(B)燃料電池で発生した直流電気を一旦2次電池に充電すると、燃料電池からの不安定な電気エネルギーが安定した電気エネルギーに転換される点、及び
(C)2次電池から水電解装置に送電される直流電気は電圧変動がほとんどないため、水電解装置の劣化が抑制される点
が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、
風力発電及び/又は太陽光発電からなる発電手段と、
前記発電手段によって得られた電力を蓄積するための蓄電池と、
前記発電手段によって得られた電力を用いて水の電気分解を行う水電解槽と、
前記水電解槽で発生した水素を貯蔵するための水素貯蔵部と、
前記水電解槽で発生した水素又は前記水素貯蔵部に貯蔵された水素を用いて電力を得るための燃料電池と、
前記発電手段により得られる電力、前記蓄電池に蓄積される電力、及び前記燃料電池により得られる電力の供給先を制御するための電力制御手段と、
を備えた発電システムが開示されている。
同文献には、このような発電システムにより、自然エネルギーを蓄電池の電力として貯蔵すると共に、電気分解によって発生した水素を燃料電池の電力源として貯蔵することにより、効率的に自然エネルギーを貯蔵すことができる点が記載されている。
【0005】
水電解装置に供給される電力に電位変動が生じると、水電解セルの劣化が進行する。これは、電位変動によって酸素極触媒が還元され、触媒の溶出が進みやすくなるためと考えられる。
この問題を解決するために、特許文献1、2に記載されているように、電位変動が生じやすい電源から直接、水電解装置に電力を供給するのではなく、電源からの電力を一旦、蓄電池に蓄え、蓄電池から水電解装置に電力を供給することも考えられる。しかし、この方法は、蓄電池を設置する必要があるため、システムが大型化するという問題がある。
【0006】
さらに、酸素極触媒を劣化させる電位変動は、入力電源の電位変動だけでなく、起動・停止を繰り返す場合にも起こりうる。しかしながら、起動・停止を繰り返すことにより生じる酸素極触媒の劣化を抑制するための方法が提案された例は、従来にはない。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 電解システム(1)]
図1に、本発明の第1の実施の形態に係る電解システムの模式図を示す。
図1において、電解システム10aは、
固体高分子電解質膜を隔膜に用いた水電解セルを備えた水電解装置20aと、
水電解セルに直流電流を供給するための直流電源50と、
水電解セルに
逆起電力が発生し、又は急激な電位変動が生じた時に、逆起電力又は電位変動を緩和する緩和装置(図示せず)と
を備えている。
【0018】
[1.1. 水電解装置]
本発明において、水電解装置20aの構造は、特に限定されない。
図1に例示する水電解装置20aは、両極水循環方式の水電解装置である。
水電解装置20aは、水電解スタック(又は、水電解セル)22と、酸素極側マニホールド24と、酸素極側気液分離器26と、貯蔵タンク28と、水素極側マニホールド30と、水素極側気液分離器32と、除湿装置34とを備えている。
【0019】
水電解スタック22は、固体高分子電解質膜の両面に電極が接合された膜電極接合体(MEA)と、MEAの両側に配置された集電体とを備えた単セル(水電解セル)が複数個積層されたものからなる。なお、小規模の
電解システムにおいては、水電解スタックに代えて、単セル(水電解セル)を用いても良い。
【0020】
水電解スタック22の酸素極側には、酸素極側マニホールド24が設けられている。酸素極側マニホールド24は、酸素極側気液分離器26から供給される水を各水電解セルに分配するためのものである。酸素極側マニホールド24の出口は、酸素極側気液分離器26の入口に接続され、酸素極側気液分離器26の出口は、第1循環ポンプ36aを介して酸素極側マニホールド24の入口に接続されている。
【0021】
酸素極側気液分離器26は、第1循環ポンプ36aを用いて、酸素極側マニホールド24に電解の原料である水を供給すると同時に、酸素極で生成した酸素を含む水を回収し、酸素を分離するためのものである。
酸素極側気液分離器26で分離された酸素ガスは、通常、大気中に廃棄される。
酸素極側気液分離器26の他の入口には、さらにポンプ38を介して貯蔵タンク28が接続されている。貯蔵タンク28は、外部から供給される純水を一時的に貯蔵するためのものである。電解時には、ポンプ38を介して、適量の純水が酸素極側気液分離器26に補給される。
【0022】
水電解スタック22の水素極側には、水素極側マニホールド30が設けられている。水素極側マニホールド30は、各水電解セルの
水素極から排出される水素ガス(及び、プロトン伝導に伴って
水素極側に排出される結合水)を集めて、水電解スタック22の外部に排出するためのものである。
本実施の形態において、水素極側マニホールド30の出口は、水素極側気液分離器32の入口に接続され、水素極側気液分離器32の出口は、第2循環ポンプ36bを介して水素極側マニホールド30の入口に接続されている。水電解を行う場合、必ずしも水素極側に水を循環させる必要はないが、水を循環させながら水電解を行うと、電極表面からの水素ガスの脱離を促進させることができる。
【0023】
水素極側気液分離器32の他の出口には、さらに除湿装置34が接続されている。除湿装置34は、水素極側気液分離器32から排出された水素ガスから不純物である水分を取り除くためのものである。除湿装置34で水分が取り除かれた水素ガスは、各種の水素消費装置(例えば、燃料電池など)に供給される。
【0024】
[1.2. 直流電源]
直流電源50は、水電解装置20aに対して、水電解に必要な電力を供給するためのものである。直流電源50の+極は、酸素極側の集電体に接続され、−極は、水素極側の集電体に接続されている。本発明において、直流電源50の種類は、特に限定されない。
直流電源50は、
(a)商用電源、あるいは、
(b)太陽光発電器、風力発電器、及び/又は、波力発電器からなる変動電源、
のいずれであっても良い。電源が交流電源である場合、交流直流変換器を用いて直流を発生させる。
【0025】
[1.3. 緩和装置]
「緩和装置」とは、水電解セルに
逆起電力が発生し、又は急激な電位変動が生じた時に、逆起電力又は電位変動を緩和するための装置である。
また、「急激な電位変動」とは、セル電圧の変化速度(=|ΔV/Δt|)が0.
1V/msec以上であることをいう。
【0026】
水電解セルの劣化要因の1番目は、逆起電力(逆電流)である。水電解セルの劣化に及ぼす逆電流の影響は大きい。回路上にコイル成分があると、電流減少時には、その減少速度とコイルのインダクタンス成分に比例する大きさの逆起電力が発生する。これにより生じる逆電流が水電解セルの劣化を加速させる。これに対し、緩和装置を用いると、原理的に逆起電力を小さくできるため、劣化を抑制することが可能になる。
【0027】
水電解セルの劣化要因の2番目は、急激な電位変動である。特に、低電位側から高電位側に電位を上げる(電流を上げる方向)と、比較的還元状態にある触媒表面(すなわち、溶けやすい状態にある触媒表面)が高電位に曝されるため、触媒の溶出が速くなる。一方、緩和装置を用いて電位をゆっくり上昇させると、高電位になった時点で触媒表面の酸化が完了している。そのため、触媒の溶出を抑制することができる。
【0028】
緩和装置は、このような逆起電力又は電位変動を緩和することが可能なものである限りにおいて、特に限定されない。緩和装置としては、具体的には、以下のようなものがある。これらの緩和装置は、いずれか1種を用いても良く、あるいは、物理的に可能な限りにおいて2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0029】
[1.3.1. コイル+ダイオード(A)]
図2(A)に、緩和装置の第1の具体例を備えた電解システムの模式図を示す。
図2(A)において、緩和装置60aは、直流電源50と水電解セル(又は、水電解スタック22)との間に接続されたコイル62と、コイル62に対して並列に接続されたダイオード(A)64とを備えている。ダイオード(A)
64は、電解用の電流方向と逆向きが順方向となるように、コイル62に対して並列に接続されている。
【0030】
コイル62は、直流電源50から流入する高周波成分をフィルターし、水電解セル(又は、水電解スタック22)に届きにくくする作用がある。このようなプラス効果を有する反面、コイル62は、電流が急降下した時に逆電流を生じさせる原因でもある。後者の作用が大きいため、コイル62のみを入れただけでは、水電解セル(又は、水電解スタック22)の劣化はかえって進んでしまう。
そこで、ダイオード(A)64を、コイル62に対して並列に、かつ、電解電流とは逆向きに設置する。これにより、発生した逆電流が水電解セルに流れずに、ダイオード(A
)64の内部で消費される。そのため、コイル62の持つ潜在的なプラス効果を顕在化させることが可能になる。結果として、電力変動の影響を緩和することができる。
【0031】
なお、コイル62とダイオード(A)64を並列に接続する場合、水電解セル(又は、水電解スタッ
ク22)に交流抵抗計66を接続しても良い。コイル62を設置する利点は、水電解セルへの交流抵抗計66の接続を可能にする点にもある。交流抵抗計66を設置すると、水電解セルの状態を診断することが可能になる。
コイル62を設置しない場合、交流抵抗計66を接続しても、交流が直流電源50側にも流れるために、水電解セルの純粋な情報を得ることはできない。一方、
図2(A)に示す回路を用いれば、交流成分が直流電源50側に流れない。そのため、水電解セルの情報のみを得ることが可能となる。
【0032】
[1.3.2. ダイオード(B)]
図2(B)に、緩和装置の第2の具体例を備えた電解システムの模式図を示す。
図2(B)において、緩和装置60bは、直流電源50と水電解セル(又は、水電解スタック22)との間に接続されたダイオード(B)68を備えている。ダイオード(B)68は、電解用の電流方向が順方向となるように、直流電源50及び
水電解セル(又は、水電解スタック22)の間に接続されている。
交流抵抗計66及びコイル62を設けない場合、ダイオード(B)68を回路に挿入するだけでも、逆電流の抑制に有効である。また、ダイオード(B
)68に加えて、さらにコイ
ル62とダイオード(A
)64を直流電源50に近い側に直列に接続しても良い。
【0033】
[1.4. 用途]
一般に、電解時の電流密度が大きくなるほど、水電解セルは大きな電位変動を受けやすくなる。これに対し、本発明に係る電解システムは、緩和装置を備えているため、高電流密度で電解を行う場合であっても、水電解セルの劣化が抑制される。本発明に係る電解システムは、特に、1.5A/cm
2以上の高電流密度で電解を行う用途に用いるのが好ましい。
【0034】
[2. 電解システム(2)]
図3に、本発明の第2の実施の形態に係る電解システムの模式図を示す。
図3において、
電解システム10bは、
固体高分子電解質膜を隔膜に用いた水電解セルを備えた水電解装置20bと、
水電解セルに直流電流を供給するための直流電源50と、
水電解セルに
逆起電力が発生し、又は急激な電位変動が生じた時に、逆起電力又は電位変動を緩和する緩和装置(図示せず)と
を備えている。
【0035】
図3に示す
電解システム10bにおいて、水電解装置20bは、片側水循環方式の水電解装置である。そのため、水素極側気液分離器32に蓄えられた水を水素極に送るための循環ポンプを備えていない。この点が、第1の実施の形態とは異なる。その他の点については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0036】
[3. 電解システム(3)]
本発明の第3の実施の形態に係る電解システムは、
固体高分子電解質膜を隔膜に用いた水電解セルを備えた水電解装置と、
前記水電解セルに直流電流を供給するための直流電源と、
前記水電解セルに
逆起電力が発生し、又は急激な電位変動が生じた時に、前記逆起電力又は前記電位変動を緩和する緩和装置と
前記直流電源から前記水電解セルに供給される電流の降下速度を制御する降下速度制御装置と
を備えている。
【0037】
[3.1. 水電解装置、直流電源、緩和装置]
水電解装置、直流電源、及び緩和装置の詳細については、第1及び第2の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0038】
[3.2. 降下速度制御装置]
[3.2.1. 定義]
「降下速度制御装置」とは、直流電源から水電解セルへの直流電流の供給を停止する際に、電流の降下速度が所定の値以下となるように、電流を制御するための装置をいう。
急激な電位変動が生じた時に発生する逆起電力の大きさは、急激な電位変動が生じる前の電流の大きさ(換言すれば、急停止時の電流の降下速度)に依存する。一般に、急停止前の電流が大きくなるほど(すなわち、電流の降下速度が大きくなるほど)、急停止時の逆起電力が大きくなる。そのため、緩和装置を備えた電解システムであっても、電流の降下速度が過度に大きい時には、水電解セルの劣化が進行する。
これに対し、緩和装置に加えて、降下速度制御装置をさらに備えている場合には、急停止前の電流が大きい場合であっても、急激な電位変動に起因する水電解セルの劣化を抑制することができる。
【0039】
[3.2.2. 降下速度]
「降下速度」とは、直流電源から供給される電流の変化量(ΔI)を電流の変化に要した時間(Δt)で除した値をいう。
例えば、電流の始点(I
s)から電流の終点(I
e)までの区間を、ΔI=−0.1A、Δt=1msecで電流を降下させ、電流をΔIだけ降下させる毎にその電流でt
k(sec)間保持することを繰り返す場合、降下速度は、ΔI/Δt=−0.1A/msecと算出される。
すなわち、ステップ状に電流を降下させる場合、一定の電流で保持する時間t
k(sec)は、降下速度の算出の際には考慮されない。
【0040】
水電解装置の常用電位は、1.5〜1.6Vである。一方、水電解装置の電位が1.2Vまで下がると、燃料電池反応が起こり、酸素極触媒が還元される。そこで、1セル当たりの許容電圧降下(V)を1.5V−1.2V=0.3Vとする。
水電解セルの積層数をN、直流電源の端部から水電解セルまでのコイル成分のインダクタンスをLとすると、許容される電流の変動速度は、0.3×N/L[A/msec]で与えられる。
【0041】
電流の降下速度がこの許容変動速度を超えると、相対的に大きな逆起電力が発生する。従って、降下速度は、0.3×N/L[A/msec]以下が好ましい。
一方、降下速度を必要以上に遅くしても、効果に差が無く、実益がない。また、降下速度が過度に遅くなると、電解システムの稼働効率が低下する。従って、降下速度は、これらの点を考慮して定めるのが好ましい。
【0042】
電流をステップ状に降下させる場合、降下直後は、コイル成分があるために電流及び電圧が振動するが、振動はやがて消滅する。そのため、電流をステップ状に降下させる場合において、保持時間t
k(sec)が短すぎると、振動が十分に減衰する前に、次の降下が行われ、相対的に大きな逆起電力が発生するそれがある。一方、保持時間t
k(sec)を必要以上に長くしても、効果に差が無く、実益がない。
最適な保持時間t
k(sec)は、水電解装置全体のコイル成分の大きさ、降下速度などにより異なる。電流をステップ状に降下させた後、通常、0.2秒以上保持すると、振動はほぼ消滅する。
【0043】
[3.2.3. 降下速度制御装置の具体例]
降下速度制御装置は、直流電源から水電解セルへの直流電流の供給を停止する際に、所定の降下速度で水電解セルの電流を制御可能なものであれば良い。
例えば、市販の直流電源には、電流値を、制御した速度で変化させる回路を備えたものがある。直流電源に備えられるこのような回路を降下速度制御装置として、そのまま活用してもよい。あるいは、ソフトスタータと呼ばれる機能を有する部品を利用しても良い(参考:https://www.de-denkosha.co.jp/p_p_sstarter.html)。
あるいは、降下速度制御装置は、電池やコンデンサ、キャパシタなど電力を一旦蓄える機能を有し、蓄えた電力をその後、徐々に放出することで電流変化を制御する機構であっても良い。
【0044】
[4. 作用]
水電解セルの酸素極触媒が低電位に曝されると、酸素極触媒の表面が一時的に還元状態となる。このような状態から急激に電位が上昇すると、酸素極触媒の溶出が進行する。このような酸素極触媒の溶出は、水電解セルに逆起電力が発生した場合、入力電力の電位変動が生じた場合、あるいは、起動・停止を繰り返した場合などに起こりうる。
これに対し、電解システムに逆起電力や急激な電位変動を抑制する緩和装置を設置すると、酸素極触媒の溶出を抑制することができる。また、降下速度制御装置をさらに備えている場合には、酸素極触媒の溶出がさらに抑制される。
【実施例】
【0045】
(実施例1、比較例1〜2)
[1. 回路]
種々の回路を備えた電解システムを用いて、水電解セルの劣化に及ぼす電流密度の変動の影響を調べた。水電解セルには、セル面積が1cm
2である単セルを用いた。
また、電解システムには、
(a)直流電源と水電解セルとを単に接続したもの(比較例1)、
(b)直流電源と水電解セルとの間にコイル(4mH)を接続したもの(比較例2)、及び、
(c)直流電源と水電解セルとの間に、コイル(4mH)とダイオードを並列接続したもの(実施例1)
を用いた。
【0046】
[2. 試験方法]
[2.1. 耐久試験]
以下の工程(a)〜(d)を1サイクルとする電流密度の変動を合計4サイクル繰り返す耐久試験を行った。
(a)電流密度を0A/cm
2から6A/cm
2まで、電流密度をステップ状に上昇させた。電流ステップの刻み幅は、0.1A/cm
2、ステップの間隔は30secとした。
(b)電流密度が6A/cm
2に達したところで、電流密度を6A/cm
2から3A/cm
2までステップ状に降下させ、3A/cm
2で5時間保持した。保持中の水電解セルの電圧変化を測定した。6A/cm
2から3A/cm
2までの電流の降下速度は、−6A/msecとした。また、電流降下時のステップの間隔(t
k)は5secとした。
(c)保持が終了した後、電流密度を一旦、0A/cm
2まで降下させた。3A/cm
2から0A/cm
2までの電流の降下速度は、−6A/msecとした。また、電流降下時のステップの間隔(t
k)は5secとした。引き続き、電流密度を0A/cm
2から6A/cm
2まで、電流密度をステップ状に上昇させた。電流ステップの刻み幅は、0.1A/cm
2、ステップの間隔は30secとした。
(d)電流密度が6A/cm
2に達したところで、電流密度を0A/cm
2までステップ状に降下させた。この状態で終夜放置した。6A/cm
2から0A/cm
2までの電流の降下速度は、−6A/msecとした。また、電流降下時のステップの間隔(t
k)は5secとした。
【0047】
[2.2. セル電圧の挙動]
3[A/cm
2]で電解を行った後、システムを急停止させた。電流密度がゼロ[A/cm
2]に到達するまでに要した時間は、約20msecであった。急停止時のセル電圧の挙動を、オシロスコープを用いて測定した。
【0048】
[3. 結果]
[3.1. 耐久試験]
[3.1.1. 比較例1(電源のみ)]
図4(A)に、比較例1の電解システムの回路図を示す。
図4(B)に、急激に電流密度を減少させた場合(6A/cm
2→3A/cm
2、3A/cm
2→0A/cm
2、6A/cm
2→0A/cm
2のいずれも)の3A/cm
2保持の間の電圧の時間変化を示す。
図4(B)中、破線は、セル電圧の不可逆変化を示す。「不可逆変化」とは、急激な電流変動を生じさせることなく電解を継続した時に生じるセル電圧の変化をいう。
電源のみを備えた比較例1の場合、2日目まで(すなわち、3A/cm
2で合計10時間保持するまで)は、セル電圧の変化は、ほぼ不可逆変化と同等であった。しかし、3日目以降は、セル電圧が大きく上昇した。
【0049】
6A/cm
2から3A/cm
2まで降下させた直後(すなわち、5時間後、10時間後、及び15時間後)にセル電圧が急上昇するのは、終夜放置前及び終夜放置の間、酸素極触媒が溶出しやすい不安定な状態に変化していて、その後3A/cm
2での連続運転を始めると触媒の溶出が一気に進み、触媒の性能が一時的に低下するためである。その後、3A/cm
2で運転を続ける間、電圧が上昇するのは、その後も触媒の溶出が進むか、あるいは、触媒表面の触媒能が低下する方向に変化したためと考えられる。
一方、3A/cm
2で運転を続ける間、電圧が低下するのは、その前の過程で触媒の溶出が多く、一旦溶出した触媒成分が触媒表面に再析出する分が多かったためと考えられる。
【0050】
[3.1.2. 比較例2(コイルのみ)]
図5(A)に、比較例2の電解システムの回路図を示す。
図5(B)に、急激に電流密度を減少させた場合(6A/cm
2→3A/cm
2、3A/cm
2→0A/cm
2、6A/cm
2→0A/cm
2のいずれも)の3A/cm
2保持中の電圧の時間変化を示す。
コイルを挿入した比較例2は、比較例1よりも劣化が促進された。また、可逆変化成分だけでなく、不可逆成分も増大した。これは、電流が急降下した時に、コイルが逆電流を発生させ、劣化を促進させているためと考えられる。
【0051】
[3.1.3. 実施例1(コイル+ダイオード)]
図6(A)に、実施例1の電解システムの回路図を示す。
図6(B)に、急激に電流密度を減少させた場合(6A/cm
2→3A/cm
2、3A/cm
2→0A/cm
2、6A/cm
2→0A/cm
2のいずれも)の3A/cm
2保持中の電圧の時間変化を示す。
コイルとダイオードを並列接続した場合、比較例1よりも劣化が鈍化した。また、可逆変化成分だけでなく、不可逆成分も減少した。これは、コイルとダイオードを並列接続することにより、直流電源から流入する高周波成分がフィルターされると同時に、コイルによって発生する逆電流がダイオードで消費されるためと考えられる。
【0052】
[3.2. セル電圧の挙動]
図7(A)に、種々の回路を備えた電解システムにおいて、電流の急停止前後(−0.1秒〜+0.5秒)のセル電圧の時間変化を示す。
図7(B)に、
図7(A)の部分拡大図(−0.05秒〜+0.15秒)を示す。
図7より、以下のことがわかる。
【0053】
(1)比較例1(セルのみ)の場合、急停止後にセル電圧は振動しなかった。しかし、比較例1は、急停止直後の電圧の変化速度が最も大きい。急停止直後の急激な電圧変化が、大きな不可逆変化の一因となっていると考えられる。
(2)比較例2(コイルのみ)は、急停止後にセル電圧が振動した。また、セル電圧の振動の振幅は、実施例1より大きい。この大きな振幅が、大きな不可逆変化の一因となっていると考えられる。
(3)実施例1(コイル+ダイオード)の場合、急停止直後の
電圧変化速度は、比較例1より小さく、かつ、急停止後のセル電圧の振幅は比較例2より小さい。
【0054】
(実施例2〜5)
[1. 回路]
電解システムには、直流電源と水電解セルとの間に、コイル(4mH)とダイオードを並列接続したものを用いた。直流電源には、降下速度制御装置を備えているものを用いた。水電解セルには、セル面積が1cm
2である単セル(N=1)を用いた。さらに、直流電源の端部から水電解セルまでのコイル成分のインダクタンスLは、4mHであり、コイル以外の部分は1mH未満であった。
【0055】
[2. 試験方法]
以下の工程(a)〜(d)を1サイクルとする電流密度の変動を合計5サイクル又は4サイクル繰り返す耐久試験を行った。
(a)電流密度を0A/cm
2から6A/cm
2まで、電流密度をステップ状に上昇させた。電流ステップの刻み幅は、0.1A/cm
2、ステップの間隔は30secとした。
(b)電流密度が6A/cm
2に達したところで、電流密度を6A/cm
2から3A/cm
2までステップ状に降下させ、3A/cm
2で5時間保持した。保持中の水電解セルの電圧変化を測定した。6A/cm
2から3A/cm
2までの電流の降下速度は、−0.1A/msec(実施例2)、−0.5A/msec(実施例3)、−1.0A/msec(実施例4)、又は−6A/msec(実施例5)とした。また、電流降下時のステップの間隔(t
k)は5secとした。
【0056】
(c)保持が終了した後、電流密度を一旦、0A/cm
2まで降下させた。3A/cm
2から0A/cm
2までの電流の降下速度は、−0.1A/msec(実施例2)、−0.5A/msec(実施例3)、−1.0A/msec(実施例4)、又は−6A/msec(実施例5)とした。また、電流降下時のステップの間隔(t
k)は5secとした。引き続き、電流密度を0A/cm
2から6A/cm
2まで、電流密度をステップ状に上昇させた。電流ステップの刻み幅は、0.1A/cm
2、ステップの間隔は30secとした。
(d)電流密度が6A/cm
2に達したところで、電流密度を0A/cm
2までステップ状に降下させた。この状態で終夜放置した。6A/cm
2から0A/cm
2までの電流の降下速度は、−0.1A/msec(実施例2)、−0.5A/msec(実施例3)、−1.0A/msec(実施例4)、又は−6A/msec
(実施例5)とした。また、電流降下時のステップの間隔(t
k)は5secとした。
【0057】
[3. 結果]
[3.1. セル電圧の時間変化]
図8(A)に、緩和装置を備えた電解システムにおいて、−0.1A/msecで電流を降下させた時(実施例2)のセル電圧の時間変化を示す。
図8(B)に、緩和装置を備えた電解システムにおいて、−6A/msecで電流を降下させた時(実施例5)のセル電圧の時間変化を示す。
図8より、以下のことが分かる。
【0058】
(1)実施例5は、実施例1と同一条件下で耐久試験を行ったものである。実施例5は、比較例1に比べて不可逆変化が小さい。
(2)実施例2は、セル電圧の変化が実施例5の不可逆変化より小さくなっている。これは、電流の降下速度を遅くすることによって、酸素極触媒の溶出が抑制されたためと考えられる。
【0059】
[3.2. 膜抵抗の時間変化]
図9に、緩和装置を備えた電解システムにおいて、降下速度を変えて電流を減少させた時の膜抵抗の時間変化を示す。触媒の溶出抑制という観点では、セル電圧よりも同時測定している膜抵抗の方がダイレクトに情報を表している。
図9より、以下のことが分かる。
(1)実施例2は、最初の5時間は慣らし運転不足で抵抗がやや高いが、その後、低下し、安定している。
(2)実施例2以外は、最初の5時間は慣らし運転不足であるにもかかわらず、その後の5時間目以降の抵抗よりも抵抗が低い。
(3)つまり、実施例2以外は、膜抵抗が徐々に上昇する傾向が見られる。
【0060】
[3.3. 膜抵抗の変化率]
3A/cm
2で保持した場合、保持を開始した直後は抵抗値が高く、時間の経過と共に抵抗値が徐々に低下する。そこで、3A/cm
2保持を開始した直後の抵抗値(R
Ini.)のみを抜き出して直線で近似し、その傾き(ΔR
Ini./hr)を算出した。同様に、3A/cm
2保持を終了した時点での抵抗値(R
Fin.)のみを抜き出して直線で近似し、その傾き(ΔR
Fin./hr)を算出した。
【0061】
図10(A)に、3A/cm
2保持を開始した直後の膜抵抗(R
Ini.)から算出した、電流のステップ幅(ΔI)と膜抵抗の変化率(ΔR
Ini./hr)との関係を示す。
図10(B)に、3A/cm
2で5hr保持が終了した時点での膜抵抗(R
Fin.)から算出した、電流のステップ幅(ΔI)と膜抵抗の変化率(ΔR
Fin./hr)との関係を示す。
図10より、以下のことが分かる。
【0062】
(1)ΔR
Ini./hr及びΔR
Fin./hrのいずれも、電流のステップ幅(ΔI)が大きくなるほど、大きくなった。
(2)膜抵抗の変化率(ΔR/hr)を小さくするためには、電流のステップ幅(ΔI)を1.0A以下にするのが好ましい。
【0063】
(実施例6)
[1. 回路]
電解システムには、直流電源と水電解セルとの間に、コイル(4mH)とダイオードを並列接続したものを用いた。直流電源には、降下速度制御装置を備えているものを用いた。水電解セルには、セル面積が1cm
2である単セル(N=1)を用いた。さらに、直流電源の端部から水電解セルまでのコイル成分のインダクタンスLは、4mHであり、コイル以外の部分は1mH未満であった。
【0064】
[2. 試験方法]
所定の電流X[A]で電解を行った後、システムを急停止させた。電流X[A]は
、6、5、4、3、2、1、0.5、又は0.1とした。X[A]からゼロ[A]に到達するまでに要した時間は、電流X[A]の値によらず、約20msecとした。急停止時の電流及び電圧の挙動を、オシロスコープを用いて測定した。
【0065】
[3. 結果]
[3.1. 電流及び電圧の振動]
図11(A)に、直流電源から供給される電流を6AからゼロAまで急激に降下させた時の電流の時間変化を示す。
図11(B)に、直流電源から供給される電流を6AからゼロAまで急激に降下させた時のセル電圧の時間変化を示す。
図11より、以下のことが分かる。
(1)直流電源から供給される電流を遮断した後、電流及び電圧が暫く振動する。これは、水電解装置が持つコイル成分によって、逆起電力が発生したことと、このコイル成分とセルの容量成分との間で電力の移動が繰り返されたためである。
(2)電流及び電圧の振動は、約0.2秒で消える。従って、電流をΔI刻みでステップ状に降下させる場合、約0.2秒程度保持すれば、次のステップに移行しても良いことを示唆している。
【0066】
[3.2. 電圧ピーク値]
図12(A)に、直流電源から供給される電流をX[A]からゼロ[A]まで急激に降下させた時の電流の時間変化を示す。
図12(B)に、直流電源から供給される電流をX[A]からゼロ[A]まで急激に降下させた時のセル電圧の時間変化を示す。
図12より、急停止前の電流が大きくなるほど、急停止直後の最低電圧(ピーク電圧)が小さくなる(振幅が大きくなる)ことが分かる。これは、X[A]からゼロ[A]までの区間を約20msecで一律に降下させているため、Xが大きくなるほど、電流の降下速度が速くなるためである。
【0067】
図13(A)に、急停止前の電流と急停止直後のピーク電圧との関係を示す。
図13(B)に、急停止時の降下速度と急停止直後のピーク電圧との関係を示す。
図13より、以下のことが分かる。
(1)セル電圧が1.2V以下になると、燃料電池反応が起こり、酸素極電極触媒が還元される。急停止後もセル電圧を1.2V以上に維持するためには、急停止前の電流を1.5A以下にするのが好ましい。
(2)急停止後もセル電圧を1.2V以上に維持するためには、降下速度は、75[A/sec]以下にするのが好ましい。
【0068】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。