特許第6821085号(P6821085)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日揮グローバル株式会社の特許一覧

特許6821085プラントの保全管理方法及び保全管理システム
<>
  • 特許6821085-プラントの保全管理方法及び保全管理システム 図000003
  • 特許6821085-プラントの保全管理方法及び保全管理システム 図000004
  • 特許6821085-プラントの保全管理方法及び保全管理システム 図000005
  • 特許6821085-プラントの保全管理方法及び保全管理システム 図000006
  • 特許6821085-プラントの保全管理方法及び保全管理システム 図000007
  • 特許6821085-プラントの保全管理方法及び保全管理システム 図000008
  • 特許6821085-プラントの保全管理方法及び保全管理システム 図000009
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6821085
(24)【登録日】2021年1月7日
(45)【発行日】2021年1月27日
(54)【発明の名称】プラントの保全管理方法及び保全管理システム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 10/00 20120101AFI20210114BHJP
【FI】
   G06Q10/00 300
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2020-504030(P2020-504030)
(86)(22)【出願日】2019年9月11日
(86)【国際出願番号】JP2019035747
【審査請求日】2020年1月24日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】519355493
【氏名又は名称】日揮グローバル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002756
【氏名又は名称】特許業務法人弥生特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田辺 雅幸
【審査官】 上田 威
(56)【参考文献】
【文献】 特開2018−205992(JP,A)
【文献】 特開昭61−017988(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/209167(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00 − 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体の処理を行うプラントの保全管理方法であって、
前記プラントを構成する機器にて発生すると想定される事故として複数抽出された事故を示す情報をコンピュータが取得する工程と、
前記情報によって示される複数の事故について、各事故の起因となり得る事故起因事象の発生頻度と、当該事故の発生を防止するための安全装置の正常動作の失敗確率とを、コンピュータが取得する工程と、
コンピュータにより、前記各事故に係る前記事故起因事象の発生頻度と、当該事故に係る前記安全装置についての失敗確率との乗算値であるリスクを算出し、予め設定したしきい値と比較する工程と、
前記複数の事故につき、算出した前記リスクが前記しきい値より大きい場合に、当該リスクに係る前記機器及び前記安全装置を保全作業対象候補として、コンピュータによりリストアップする工程と、を含むことを特徴とするプラントの保全管理方法。
【請求項2】
前記事故の発生を防止するために、複数の前記安全装置が多重に設けられている場合に、前記リスクは、前記事故起因事象の発生頻度に対し、これらの安全装置についての失敗確率を重ねて乗算して算出されることを特徴とする請求項1に記載のプラントの保全管理方法。
【請求項3】
前記発生頻度と失敗確率とを取得する工程にて取得される前記事故起因事象の発生頻度は、前記プラントにおける当該事故起因事象の発生実績を反映して求めたものであり、また、前記取得される前記安全装置の失敗確率は、当該プラントにおける当該安全装置の正常動作の失敗の発生実績を反映して求めたものであることを特徴とする請求項1に記載のプラントの保全管理方法。
【請求項4】
前記事故起因事象の発生頻度または前記安全装置の失敗確率への前記発生実績の反映は、ベイズ推定に基づいて行われることを特徴とする請求項3に記載のプラントの保全管理方法。
【請求項5】
流体の処理を行うプラントの保全管理システムであって、
前記プラントを構成する機器にて発生すると想定される複数の事故について、各事故の起因となり得る事故起因事象の発生頻度と、当該事故の発生を防止するための安全装置の正常動作の失敗確率とを含むリスク算出情報を取得する情報取得部と、
前記情報取得部にて取得した前記リスク算出情報に基づき、前記各事故に係る前記事故起因事象の発生頻度と、当該事故に係る前記安全装置についての失敗確率との乗算値であるリスクを算出し、予め設定したしきい値と比較するリスク評価部と、
前記複数の事故につき、算出した前記リスクが前記しきい値より大きい場合に、当該リスクに係る前記機器及び前記安全装置を保全作業対象候補としてリストアップして通知する通知部と、を備えることを特徴とするプラントの保全管理システム。
【請求項6】
前記事故の発生を防止するために、複数の前記安全装置が多重に設けられている場合に、前記リスク評価部は、前記事故起因事象の発生頻度に対し、これらの安全装置についての失敗確率を重ねて乗算して前記リスクを算出することを特徴とする請求項5に記載のプラントの保全管理システム。
【請求項7】
前記情報取得部は、前記プラントにおける前記事故起因事象の発生実績を反映して当該事故起因事象の発生頻度求め、また、当該プラントにおける前記安全装置の正常動作の失敗の発生実績を反映して当該安全装置の失敗確率を求める機能を備えることを特徴とする請求項5に記載のプラントの保全管理システム。
【請求項8】
前記情報取得部は、ベイズ推定に基づいて前記事故起因事象の発生頻度または前記安全装置の失敗確率への前記発生実績の反映を行うことを特徴とする請求項7に記載のプラントの保全管理システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラントを構成する機器の保全管理を行う技術に関する。
【背景技術】
【0002】
流体の処理を行うプラントには、多数の機器が設けられている。これらの機器が故障すると、正常な処理を実施できなくなるおそれがあるばかりか、火災や環境汚染などのより大きな災害を引き起こす場合もある。そこでプラントに設けられている各機器の検査・修理を実施する保全作業が実施される。
【0003】
この保全作業につき、プラントには極めて多数の機器が設けられている場合があるところ、全ての機器について同じ頻度で検査・修理を行うことは、作業量が膨大となってしまうおそれがあり効率的でない。
そこで従来は、アベイラビリティ向上(プラントの稼働継続)の観点から、プラントの稼働に対する影響度が大きな機器は、保全作業の実施間隔を短くし、影響度の小さな機器は、その実施間隔を長くする保全計画を立てることが一般的であった。
【0004】
しかしながら、冗長化されている機器などにおいては、アベイラビリティの観点ではそれほど影響度が大きくなくても、火災や環境汚染の防止など、安全性向上の観点では重要な機器もある。このように、従来の保全業務は、プラントの安全性向上にどの程度寄与しているのか、定量的に把握することが困難であった。
【0005】
ここで特許文献1には、プラント機器を監視するためのプラント信号として、プラントのプロセスデータやトレンドデータを利用し、当該プラント信号の計測値の異常判定を行った結果に基づいてプラント機器の点検項目を特定する保全点検システムが記載されている。しかしながら特許文献1には、プラントの安全性向上の観点で保全計画を立てる技術の記載は見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015−106391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような背景の下になされたものであり、プラントの安全性向上の観点から機器の保全計画を策定する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の流体の処理を行うプラントの保全管理方法は、前記プラントを構成する機器にて発生すると想定される事故として複数抽出された事故を示す情報をコンピュータが取得する工程と、
前記情報によって示される複数の事故について、各事故の起因となり得る事故起因事象の発生頻度と、当該事故の発生を防止するための安全装置の正常動作の失敗確率とを、コンピュータが取得する工程と、
コンピュータにより、前記各事故に係る前記事故起因事象の発生頻度と、当該事故に係る前記安全装置についての失敗確率との乗算値であるリスクを算出し、予め設定したしきい値と比較する工程と、
前記複数の事故につき、算出した前記リスクが前記しきい値より大きい場合に、当該リスクに係る前記機器及び前記安全装置を保全作業対象候補として、コンピュータによりリストアップする工程と、を含むことを特徴とする。
【0009】
前記流体の処理を行うプラントの保全管理方法は以下の特徴を備えていてもよい。
(a)前記事故の発生を防止するために、複数の前記安全装置が多重に設けられている場合に、前記リスクは、前記事故起因事象の発生頻度に対し、これらの安全装置についての失敗確率を重ねて乗算して算出されること。
(b)前記発生頻度と失敗確率とを取得する工程にて取得される前記事故起因事象の発生頻度は、前記プラントにおける当該事故起因事象の発生実績を反映して求めたものであり、また、前記取得される前記安全装置の失敗確率は、当該プラントにおける当該安全装置の正常動作の失敗の発生実績を反映して求めたものであること。このとき、前記事故起因事象の発生頻度または前記安全装置の失敗確率への前記発生実績の反映は、ベイズ推定に基づいて行われること。

【発明の効果】
【0010】
本発明は、プラントにて想定される事故の事故起因事象の発生頻度と、当該事故の発生を防止するための安全装置の失敗確率との乗算値であるリスクが、予め設定されたしきい値より大きくなった場合に、前記機器及び安全装置を保全作業の対象候補としてリストアップする。この結果、想定事故の発生リスクの上昇を抑え、プラントが安全に稼働できる状態を維持可能な保全計画を立てることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施の形態に係るプラントの保全管理システムのブロック図である。
図2】事故の発生実績を反映する前の確率分布の例である。
図3】事故の発生実績を反映した後の確率分布の例である。
図4】前記保全管理システムを用いて実施される保全管理の内容を示す説明図である。
図5】想定事故の発生リスクの推移を示す説明図である。
図6】低レベル放射性廃棄物の処理プラントの一部を示す構成図である。
図7】前記処理プラントに設けられている機器に関する想定事故の発生リスクの算出表の例である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
はじめに図1〜5を参照して、実施の形態に係るプラントの保全管理システム2の概要を説明する。
図1は、本例の保全管理システム2及びこれを用いた保全管理が行われるプラント1の概要を示すブロック図である。
【0013】
プラント1は、流体の処理を行う機能を備えていれば特段の限定はなく、天然ガスの液化や天然ガス液の分離、回収などを行う天然ガスプラント、原油や各種中間製品の蒸留や脱硫などを行う石油精製プラント、石油化学製品や中間化学品、ポリマーなどの生産を行う化学プラント、薬剤やその中間製品の生産を行う製薬プラント、低レベル放射性廃棄物の廃棄物処理プラントなどを例示することができる。
なお、本願において「流体」には、気体、液体に加え、流動性を有する粉粒体(粉体、粒体やペレットなど)も含んでいる。
【0014】
プラント1には、塔槽や熱交換器などの静機器、ポンプなどの動機器、これら静機器や動機器の間に設けられる配管に加え、各種制御(計装)機器や電気機器など、多数の機器が設けられている。これらの機器には、本例の保全管理システム2を利用して策定した保全計画に基づいて保全作業が実施されるものが含まれる。
【0015】
本例の保全管理システム2は、プラント1に設けられている各機器にて発生し得る事故のリスクの上昇を抑える観点に基づき、保全作業の対象候補となる機器をリストアップすることができる。
保全管理システム2は、例えばコンピュータにより構成される。保全管理システム2を構成するコンピュータは、当該プラント1の統括制御を行うために設けられる、プラント1の敷地内の中央制御室に設けてもよいし、プラント1の敷地からは遠隔の地にあるオフィスに設けてもよい。
【0016】
保全管理システム2は、プラント1の機器に係る情報を取得する情報取得部21と、保全管理を実施するために必要な各種の情報を記憶する記憶部22と、これらの情報に基づいて、機器のリスク評価を行うリスク評価部23と、リスク評価の結果をユーザーに通知する通知部24とを備えている。
【0017】
情報取得部21は、プラント1の機器に係る情報のうち、機器の保全管理を実施するために必要な情報として、後述する「事故起因事象の発生頻度」と、「安全装置の正常動作の失敗確率」とを取得する。これらの情報は、ユーザーによって個別に入力されてもよいし、別途、用意されたデータベースから取得してもよい。
データの個別入力が行われる場合は、情報取得部21はコンピュータの入力端末などとして構成され、データベースからの取得を行う場合は、情報取得部21は記録媒体の読取端末や、外部とのデータ通信を行う通信部として構成される。
【0018】
また後述するように、保全管理システム2は「事故起因事象の発生頻度」や「安全装置の正常動作の失敗(以下単に「安全装置の失敗」ともいう)」に対して、これらの事象の発生実績を反映する機能を備えている場合がある。この観点で情報取得部21は、これらの事象の発生実績に関する情報を取得してもよい。さらに情報取得部21は、当該発生実績の反映を行うための計算を実行するコンピュータからなる計算部を備えてもよい。
【0019】
記憶部22には、プラント1を構成する各機器にて発生すると想定される事故(想定事故)と、各想定事故の起因となり得る事故起因事象及びその発生頻度と、当該想定事故の発生を防止するための安全装置及びその正常動作の失敗確率と、これらの情報から算出したリスクを評価するためのしきい値とを対応付けたデータベースが記憶されている。
【0020】
保全管理システム2による保全管理の対象となる各機器について、想定事故は網羅的に抽出されることが好ましい。この観点で、プラント1の機器やプロセスに詳しい技術者を交え、HAZOP(Hazard and Operability Study)やFEMA(Failure Mode and Effects Analysis)など、プラント1の安全性評価に係る体系的な手法を用いて想定事故の抽出を行うとよい。
【0021】
事故起因事象は、抽出された各事故の起因となり得る事象である。例えば流体を貯蔵するタンクにて、液レベルを制御しながら液体の受け入れ、払い出しが行われているとする。このとき、液レベルの制御に係るコントロールシステムにて障害が発生すると、液体のオーバーフローが発生するおそれが生じる。この例において、「液体のオーバーフロー」は想定事故であり、「コントロールシステム障害」は、事故起因事象である。
【0022】
安全装置は事故起因事象が発生した場合であっても、事故の発生を防止するためにプラント1に設けられている機器の一種である。上述の例において、液レベルの制御のコントロールシステムに設けられている液レベル計とは別に、液体の受け入れを停止するインターロック用の液レベル計が設けられているとする。この例において、「インターロック用の液レベル計」は安全装置である。
【0023】
以上に説明した事故起因事象に関し、ある機器について予め設定された期間中(本例では1年)に所定の事故起因事象が発生し得る回数が「発生頻度」である。また、ある安全装置について予め設定された期間中(本例では1年)に、安全装置が正常に動作しないおそれのある回数が「失敗確率」である。
【0024】
これら「事故起因事象」や「安全装置の失敗」は、プラント業界全体で発生実績が継続的に集計され、これらの発生実績に基づいて算出された「機器ごとの事故起因事象の発生頻度」や「安全装置ごとの失敗確率」がデータベースとして販売されている。プラント1の運転開始時などにおいては、このような市販のデータを入手して記憶部22に各想定事故と対応付けて記憶してもよい。
また、ユーザーが同種の他のプラントを所有している場合などにおいては、他のプラントにおける「事故起因事象の発生頻度」や「安全装置の失敗確率」を用いてもよい。
【0025】
さらにプラント1が稼働した後において、当該プラント1にて事故起因事象や安全装置の失敗が実際に発生した場合には、これらの発生実績を反映して「事故起因事象の発生頻度」や「安全装置の失敗確率」を求めてもよい。例えばベイズ推定を利用することにより、発生実績の反映を行うことができる。
【0026】
ある機器(安全装置の場合も含む)についての故障の発生頻度について、不確定性の対数正規分布(lognormal uncertainty distribution)に基づく故障時間の平均値がXmean、分散がVarであるとする。このとき、当該機器にて故障が発生するまでの時間を適当な確率分布を用いて表現することができる。 例えばガンマ分布の確率密度は下記(1)式で表すことができる。
ここで、α(=(Xmean)/Var)、β(=Xmean/Var)であり、ΓはΓ関数である。
【0027】
このとき、例えば市販のデータベースに記載の故障時間をXmean、当該故障時間を得る元データの分散をVarとすると、上記(1)式は、初期状態からの故障の発生頻度の経時変化と理解することができる。
図2は、Xmean=1.08×10−3、Var=2.3×10−6の場合の故障の発生頻度の経時変化である(α0=5.07×10−1、β0=4.7×10)。
【0028】
このとき、プラント1が同じ機器を5基備え、これらの機器を20年間運転した結果、1回の故障が発生したとする。当該機器においては延べ100年に1回の故障が発生したと言える。この故障発生実績と初期状態(事前パラメータXmean、Var)とに基づき、ベイズ推定により事後パラメータ(Xmean’、Var’)を求めると、事後パラメータは各々、下記(2)、(3)式を用いて算出できる。
Xmean’=(α0+故障発生回数)/(β0+延べ稼働時間) …(2)
Var’=(α0+故障発生回数)/(β0+延べ稼働時間) …(3)
図3は、機器の故障の発生実績を反映した、故障の発生頻度の経時変化である。各パラメータは、Xmean’=2.65×10−3、Var=4.65×10−6、α0’=1.51、β0’=5.7×10であった。
【0029】
以上の手法を実施する場合は、情報取得部21にて、プラント1に設けられた各機器に係る事故起因事象や安全装置の失敗の発生実績(発生回数及び発生するまでの時間)を取得する。さらに情報取得部21にて、当該情報に基づく上述の計算を行い、上記発生実績を反映した「事故起因事象の発生頻度や安全装置の失敗確率」を記憶部22に記憶してもよい。
さらに記憶部22には、各想定事故と対応付けて、リスク評価部23にて算出されるリスクの許容値範囲の上限値であるしきい値が記憶されている。
【0030】
ここで本保全管理システム2の対象となる安全装置は、上述の「インターロック用の液レベル計」などの安全計装装置(SIS:Safety Instrument System)に限定されない。安全弁やアラームなどの安全計装装置以外の安全装置についても、「安全装置の失敗」の発生実績のデータを反映・更新して保全管理に用いる。これら安全装置に加え、「事故起因事象を発生させ得る機器(例えば既述の液レベル制御の「制御弁」など)に対しても同じように発生実績のデータを反映・更新する。これらの安全装置の失敗、事故起因事象の発生の双方に係る発生実績のデータの反映・更新を行って保全管理に反映する点は、本保全管理システム2の特徴の1つである。
【0031】
次いで、リスク評価部23の機能について説明する。例えばある機器に、想定事故の発生を防止するための安全装置が設けられている場合には、事故起因事象が発生しても、安全装置が正常に動作すれば、想定事故は発生しない。また、安全装置が正常に動作しない状態であっても、事故起因事象が発生しなければ、想定事故は発生しない。
即ち、「事故起因事象が発生し」且つ「安全装置が正常に動作しない」場合に想定事故が発生することになる。
【0032】
上記の考え方に基づき、リスク評価部23は、下記(4)式を用いて想定事故の発生リスクを計算する。
リスク=(事故起因事象の発生頻度)×(安全装置の失敗確率)…(4)
また、機器の中には、安全装置が多重に設けられている場合がある。この場合には、リスク評価部23は各安全装置の失敗確率を重ねて乗算した下記(4)’式に基づいて前記リスクを算出する。なお(4)’式には、2つの安全装置(1次安全装置、2次安全装置)を備える場合の例を示してある。
リスク=(事故起因事象の発生頻度)×(1次安全装置の失敗確率)
×(2次安全装置の失敗確率)…(4)’
【0033】
ここで図2、3に示すように、発生頻度や失敗確率が故障の発生までの時間の関数で表されている場合は、例えば当該機器の新設、更新、最後の修理をした時点をゼロ点として、現時点におけるこれらの値を読み取ってリスクの計算を行う。
【0034】
さらにリスク評価部23は、算出したリスクを、記憶部22に記憶されているしきい値と比較する。ある想定事故について、算出したリスクがしきい値より大きい場合には、想定事故の発生リスクが許容範囲を超えていると評価される。この場合には、上記比較結果を通知部24へ出力する。
【0035】
通知部24は、リスク評価部23より、算出されたリスクがしきい値より大きい旨の情報を取得した場合に、例えばモニター241を介し、当該想定事故のリスクに係る機器、及び安全装置を特定する情報を出力する。
【0036】
以上に説明した構成を備える保全管理システム2を用い、プラント1の保全計画を策定し、実施する処理について図4を参照しながら説明する。
はじめに、プラント1を構成する機器にて発生すると想定される事故の抽出を行う(処理P1)。既述のように、本手法による保全管理の対象となる機器に関する想定事故の抽出は、網羅的行われることが好ましい。抽出された想定事故は、記憶部22に記憶される。
【0037】
次いで、抽出した各想定事故について、事故の起因となり得る事故起因事象、及び当該事故の発生を防止するための安全装置を特定する。そして、情報取得部21を介し、事故起因事象の発生頻度、及び安全装置の正常動作の失敗確率を取得する(処理P2)。このとき、想定事故に対する安全装置が複数、設けられている場合には、各々の安全装置の失敗確率を取得する。取得した発生頻度及び失敗確率は、想定事故と対応付けられて記憶部22に記憶される。
【0038】
しかる後、リスク評価部23により想定事故を選択し、当該想定事故についてのリスクを算出した後、しきい値と比較する(処理P3)。算出されたリスクがしきい値よりも大きい場合には、当該リスクに係る機器及び安全装置を保全対象候補としてリストアップし、モニター241を介して通知する。
前記通知を受けたユーザーは、これらの機器及び安全装置についての具体的な保全スケジュールを作成し、順次、点検・補修を実施する(処理P5)。
【0039】
補修が行われた機器や安全装置については、例えば情報取得部21を介してその旨の情報を入力すると、図2、3に示す確率分布の経過時間がゼロ点に戻った状態からスタートして、その後の経過時間に応じて次の事故起因事象の発生頻度や安全装置の失敗確率を読み取る。さらに、プラント1にて事故起因事象や安全装置の失敗が実際に発生した場合には、既述の手法により発生実績の反映を行う。これらの処理についても、図4の処理P2の発生頻度・失敗確率の取得に相当する。
【0040】
そして予め設定されたスケジュールに基づき、例えば1年に1回、記憶部22に記憶されているすべての想定事故について、保全管理システム2による処理P2〜P5が実施される。また、機器や安全装置の改造、更新、追加設置などを行う場合は、これらの機器に関し、新たに処理P1の想定事故の抽出を行い、他の想定事故と共に処理P2〜P5のサイクルが実施されるようにしてもよい。
【0041】
上述の処理を実行することにより、各想定事故に関連して系統立てた保全の計画の策定、実行が可能となる。この点について図5を用いて説明する。図5の横軸は、経過時間、縦軸はある想定事故について算出されたリスクである。図5に示す白抜きの丸印は、保全管理システム2を用いて機器・安全装置の保全管理を行った場合のリスクの変化を示し、黒い丸印は当該保全管理を行わなかった場合のリスクの変化を示している。
【0042】
例えば、図5中に示す(1)の時点にて、何らの対応も行わなかった場合は、黒丸に示すようにリスクがしきい値よりも大きくなる。そこで、例えば1次安全装置の点検・修理を行い、リスクをしきい値以下に維持する。そして、(2)、(3)の時点でも同様のリスク評価を行い、例えば(2)の時点で機器の点検・修理を行い、(3)の時点で2次安全装置の点検・修理を行うなど、リスクがしきい値以下に維持されるように保全作業を実施する。
【0043】
上述の例では、通知部24は、所定の想定事象に対応付けて、保全作業の対象候補を複数(機器、1次安全装置、2次安全装置)リストアップする。この場合には、いずれの機器・安全装置について保全作業を実施するべきかの判断が必要となる。そこで例えば(4)’式の内容を確認し、個別の機器や安全装置の発生頻度・失敗確率のうち、リスクの低減効果の大きいものを保全作業の対象として選択してもよい。また、近時に点検・補修を行っていないものについて保全作業を行ってもよい。
または、保安上重要となる重点管理項目を策定するなど、重要度の観点から安全装置や機器についての優先順位づけを行い、当該重点管理項目を組み込んだ保全計画を作成して保全作業を実施してもよい。
【0044】
以上、一般的なプラント1について、保全管理システム2を用いて機器・安全装置の保全管理を行う手法について説明した。次に図6、7を参照して低レベル放射性廃棄物の処理プラントの場合を例に挙げて想定事故や事故起因事象、安全装置の具体的例を説明する。
【0045】
図6は、前記処理プラントの一部であり、放射性物質を含む固液混合流体を受け入れて処理を行う。粉体樹脂貯蔵タンク31は、粉体樹脂含有廃液311を受け入れる。静置後、固液分離された上澄みは、デカントポンプ312によりデカント液313として排出される。ビーズ樹脂貯蔵タンク32は、ビーズ樹脂含有廃液321を受け入れる。静置後、固液分離された上澄みは、デカントポンプ322によりデカント液323として排出され、またはビーズ樹脂分離液タンク34へ送液される。フィルタークラッド貯蔵タンク33は、フィルタークラッド含有廃液331を受け入れる。静置後、固液分離された上澄みは、デカントポンプ332によりデカント液333として排出される。ビーズ樹脂分離液タンク34は、ビーズ樹脂貯蔵タンク32から上澄み液を受け入れる。静置後、固液分離された上澄みは、分離液ポンプ341と開閉バルブV1〜V3の開閉動作との組み合わせにより、粉体樹脂貯蔵タンク31、ビーズ樹脂貯蔵タンク32、フィルタークラッド貯蔵タンク33のいずれかへ送液される。
【0046】
当該処理プラントについての想定事故の一部について、事故起因事象とその発生頻度、安全装置とその失敗確率を列挙し、想定事故の発生リスクを算出した算出表の例を図7に示す。
【0047】
例えば「粉体樹脂貯蔵タンク31のオーバーフロー」は、樹脂レベルの制御に係るコントロールシステム障害を事故起因事象とする。これに対してインターロック用の樹脂レベルセンサが安全装置として取り付けられている。そして、当該事故起因事象の発生頻度と、安全装置の失敗確率とに基づき、(4)式により想定事故の発生リスクが算出される。
【0048】
また、水の放射線分解に伴う「水素爆発による粉体樹脂貯蔵タンク31の破損」については、事故起因事象として、間違ってタンクベント処理システムを停止してしまうヒューマンエラー、及びタンクベント処理システムに係るコントロールシステム障害が挙げられている。複数の事故起因事象がある場合は、各事故起因事象の発生頻度を合計する。
【0049】
一方、安全装置は多重化され、1次安全装置である空気パージシステムと、2次安全装置であるタンクベント処理システムの再起動動作とが含まれている。この場合の想定事故の発生リスクは、(4)’式に基づき、事故起因事象の発生頻度の合計値に対し、1次、2次の安全装置の失敗確率を重ねて乗算して算出する。
図7に示す各想定事故に対応したリスクの算出が、保全管理システム2によって実行される。
【0050】
本実施の形態に係る保全管理システム2によれば、プラント1にて想定される事故の事故起因事象の発生頻度と、当該事故の発生を防止するための安全装置の失敗確率との乗算値であるリスクが、予め設定されたしきい値より大きくなった場合に、機器及び安全装置を保全作業の対象候補としてリストアップする。この結果、想定事故の発生リスクの上昇を抑え、プラント1が安全に稼働できる状態を維持可能な保全計画を立てることができる。
【0051】
ここで、保全管理システム2を用いた保全管理に対し、従来のアベイラビリティベースの保全管理を補完的に利用してもよい。例えば想定事故に関連しない機器であるといった理由により、保全管理システム2を用いた保全管理に含まれない機器については、従来のアベイラビリティベースの保全管理を行う場合を例示できる。
また、1つのプラント1に対し、本保全管理システム2と従来のアベイラビリティベースの保全管理とを独立して運用し、一方側の保全手法に基づく保全業務の結果を他方側の保全手法に反映してもよい。
【0052】
また、図4に示す処理P1〜P4は、保全管理システム2を用いて実施することが必須の要件ではない。少なくとも処理P3についてコンピュータを利用したリスクの算出、しきい値との比較が行われれば、他の処理P1、P2、P4は、帳票などを用いて手作業により行うことを否定するものではない。
【符号の説明】
【0053】
1 プラント
2 保全管理システム
21 情報取得部
22 記憶部
23 リスク評価部
24 通知部

【要約】
【課題】プラントの安全性向上の観点から機器の保全計画を策定する技術を提供する。
【解決手段】流体の処理を行うプラント1の保全管理方法は、プラント1を構成する機器にて発生すると想定される事故を複数抽出し、抽出された複数の事故についての起因となり得る事故起因事象の発生頻度と、事故の発生を防止するための安全装置の失敗確率とを取得する。次いで各事故に係る事故起因事象の発生頻度と、当該事故に係る前記安全装置の前記失敗確率との乗算値であるリスクを算出し、予め設定したしきい値と比較する。しかる後、算出したリスクがしきい値より大きい場合に、当該リスクに係る機器及び安全装置を保全作業対象候補としてリストアップする。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7