(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位、不飽和カルボン酸由来の構造単位、及びブタジエン由来の構造単位をポリマー主鎖に含むエラストマーと、ポリカルボジイミドと、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体と、水、及びアンモニウム化合物及びアミン化合物から選択される1以上のpH調整剤、とを少なくとも含む手袋用ディップ組成物であって、
前記エラストマーにおいて、アクリロニトリル又はメタクリロニトリル由来の構造単位が20〜40重量%、不飽和カルボン酸由来の構造単位が1〜10重量%、及びブタジエン由来の構造単位が50〜75重量%であり、
前記ポリカルボジイミドは、分子構造内に親水性セグメントを含むポリカルボジイミドを少なくとも1種含むものであり、
前記ポリカルボジイミドの平均重合度が3.8以上であり、カルボジイミド当量が260〜600であり、手袋用ディップ組成物の固形分全量に対して、前記ポリカルボジイミドの添加量が0.1〜4.0重量%であり、
前記手袋用ディップ組成物の固形分全量に対して、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体の添加量が、0.1〜5.6重量%であり、
前記手袋用ディップ組成物のpHが9.0〜11.5である、
手袋用ディップ組成物。
前記ディップ組成物が、酸化亜鉛を含み、その添加量が、手袋用ディップ組成物における固形分全量に対して、0.1〜4.0重量%である、請求項1に記載の手袋用ディップ組成物。
前記ディップ組成物が、酸化亜鉛とアルミニウム錯体を含み、その合計の添加量が、手袋用ディップ組成物における固形分全量に対して、0.1〜5.6重量%である、請求項1に記載の手袋用ディップ組成物。
上記(2)の手袋用ディップ組成物が保湿剤を含有し、前記工程(4)のゲリング工程の条件が、50〜70℃で20秒以上、20分未満である、請求項5に記載の手袋の製造方法。
上記(2)の手袋用ディップ組成物が保湿剤を含有せず、前記工程(4)のゲリング工程の条件が、15〜25℃で20秒以上、20分以下、又は、50〜70℃で20秒以上、3分以下である、請求項5に記載の手袋の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.手袋用ディップ組成物
本発明の実施形態にかかる手袋は、以下の組成を有するディップ組成物を用いて、後述する製造方法により成形して得られるものである。
ディップ組成物:(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位、不飽和カルボン酸由来の構造単位、及びブタジエン由来の構造単位をポリマー主鎖に含むエラストマーと、ポリカルボジイミドと、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体と、水、及びアンモニウム化合物及びアミン化合物から選択される1以上のpH調整剤、とを少なくとも含む。
以下、上記の各成分について説明する。
【0012】
<(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位、不飽和カルボン酸由来の構造単位、及びブタジエン由来の構造単位をポリマー主鎖に含むエラストマー>
本発明の実施形態に用いるエラストマーは、(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位、不飽和カルボン酸由来の構造単位、及びブタジエン由来の構造単位を少なくとも含む。本発明の実施形態で用いるこのエラストマーを、カルボキシル化(メタ)アクリロニトリルブタジエンエラストマー又は単に「XNBR」とも記す。また、「(メタ)アクリロニトリル」は、「アクリロニトリル」と「メタクリロニトリル」の両方を含む概念である。
【0013】
各構造単位の比率は、本発明の実施形態で用いるエラストマー中に、(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位、すなわち(メタ)アクリロニトリル残基が20〜40重量%、不飽和カルボン酸由来の構造単位、すなわち不飽和カルボン酸残基が1〜10重量%、及びブタジエン由来の構造単位、すなわちブタジエン残基が50〜75重量%の範囲で含まれていることが好ましい。
これらの構造単位の比率は、簡便には、本発明の実施形態で用いるエラストマーを製造するための使用原料の重量比率(固形分比率)から求めることができる。
【0014】
(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位は、主にゴム手袋に強度を与える要素であり、少なすぎると強度が不十分となり、多すぎると耐薬品性は上がるが堅くなりすぎる。本発明の実施形態で用いるエラストマー中における(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位の比率は、25〜35重量%であることがより好ましい。(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位の量は、ニトリル基の量を元素分析により求められる窒素原子の量から換算して求めることができる。
【0015】
ブタジエン由来の構造単位は、ゴム手袋に柔軟性を持たせる要素であり、通常50重量%を下回ると柔軟性を失う。本発明の実施形態で用いるエラストマー中におけるブタジエン由来の構造単位の比率は、65〜72重量%であることがより好ましい。
【0016】
不飽和カルボン酸由来の構造単位の量は、適度な架橋構造を有し最終製品であるゴム手袋の物性を維持するために、本発明の実施形態で用いるエラストマー中で1〜10重量%であることが好ましく、1〜9重量%がさらに好ましく、2〜6重量%であることが特に好ましい。不飽和カルボン酸由来の構造単位の量は、カルボキシル基、及びカルボキシル基由来のカルボニル基を赤外分光(IR)等により定量することによって、求めることができる。不飽和カルボン酸由来の構造単位が有するカルボキシル基は、後述するポリカルボジイミド、カルシウム、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体と架橋構造を形成する。
【0017】
不飽和カルボン酸由来の構造単位を形成する不飽和カルボン酸としては、特に限定はされず、モノカルボン酸でもよいし、ポリカルボン酸でもよい。より具体的には、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、マレイン酸、フマル酸等が挙げられる。なかでも、アクリル酸及び/又はメタクリル酸(以下「(メタ)アクリル酸」という。)が好ましく使用され、より好ましくはメタクリル酸が使用される。
ブタジエン由来の構造単位は、1,3−ブタジエン由来の構造単位であることが好ましい。
【0018】
ポリマー主鎖は、実質的に、(メタ)アクリロニトリル由来の構造単位、不飽和カルボン酸由来の構造単位、及びブタジエン由来の構造単位からなることが好ましいが、その他の重合性モノマー由来の構造単位を含んでいてもよい。
その他の重合性モノマー由来の構造単位は、本発明の実施形態で用いるエラストマー中に30重量%以下であることが好ましく、20重量%以下であることがより好ましく、15重量%以下であることが一層好ましい。
【0019】
好ましく使用できるその他の重合性モノマーとしては、スチレン、α−メチルスチレン、ジメチルスチレンなどの芳香族ビニル単量体;(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド等のエチレン性不飽和カルボン酸アミド;(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシルなどのエチレン性不飽和カルボン酸アルキルエステル単量体;及び酢酸ビニル等が挙げられる。これらは、いずれか1種、又は複数種を組み合わせて、任意に用いることができる。
【0020】
本発明の実施形態で用いるエラストマーは、(メタ)アクリロニトリル、(メタ)アクリル酸等の不飽和カルボン酸、1,3−ブタジエン等のブタジエン、及び必要に応じてその他の重合性モノマーを用い、定法に従い、通常用いられる乳化剤、重合開始剤、分子量調整剤等を使用した乳化重合によって、調製することができる。乳化重合時の水は、固形分が30〜60重量%である量で含まれることが好ましく、固形分が35〜55重量%となる量で含まれることがより好ましい。
本発明の実施形態で用いるエラストマー合成後の乳化重合液を、そのまま、ディップ用組成物のエラストマー成分として用いることができる。
【0021】
乳化剤としては、ドデシルベンゼンスルホン酸塩、脂肪族スルホン酸塩、等のアニオン性界面活性剤;ポリエチレングリコールアルキルエーテル、ポリエチレングリコールアルキルエステル、等のカチオン性界面活性剤;及び両性界面活性剤が挙げられ、好ましくは、アニオン性界面活性剤が使用される。
【0022】
重合開始剤としては、ラジカル開始剤であれば特に限定されないが、過硫酸アンモニウム、過リン酸カリウム等の無機過酸化物;t−ブチルパーオキサイド、クメンハイドロパーオキサイド、p−メンタンハイドロパーオキサイド、ジ−t−ブチルパーオキサイド、t−ブチルクミルパーオキサイド、ジベンゾイルパーオキサイド、3,5,5−トリメチルヘキサノイルパーオキサイド、t−ブチルパーオキシイソブチレート等の有機過酸化物;アゾビスイソブチロニトリル、アゾビス−2,4−ジメチルバレロニトリル、アゾビスシクロヘキサンカルボニトリル、アゾビスイソ酪酸メチル等のアゾ化合物等を挙げることができる。
【0023】
分子量調整剤としては、t−ドデシルメルカプタン、n−ドデシルメルカプタン等のメルカプタン類、四塩化炭素、塩化メチレン、臭化メチレン等のハロゲン化炭化水素が挙げられ、t−ドデシルメルカプタン;n−ドデシルメルカプタン等のメルカプタン類が好ましい。
【0024】
本発明の実施形態で用いるエラストマーのムーニー粘度(ML
(1+4)(100℃))は、手袋の引張強度に影響を及ぼす因子であるが、本発明の実施形態においては、エラストマーのムーニー粘度については、特に制限はない。
本発明の実施形態で用いるエラストマーのムーニー粘度については、概ね70以上である態様を挙げることができ、上限として160程度を挙げることができる。これは後述する表6及び
図3の結果に示されるように、エラストマーのムーニー粘度が大きくなりすぎると、疲労耐久性が悪くなる傾向があるためである。
一方、本発明の実施形態にかかる手袋の引張強度は、後述する酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体の、ディップ組成物に含有させる量を増やすことによって調整できるが、これを一定量としたときは、本発明の実施形態で用いるエラストマーのムーニー粘度が高いほど、手袋の引張強度は高くなる傾向がある。
例えば、ディップ組成物における酸化亜鉛の含有量が0.5重量%であり、本発明の実施形態にかかるエラストマーのムーニー粘度が70であるとき、手袋として必要な引張強度である20MPaを確保できることから、本願発明においてはXNBRのムーニー粘度の範囲は、70〜160が好適であると考えられる。
【0025】
本発明の実施形態に用いるエラストマーのゲル分率は少ない方が好ましい。酸化亜鉛や硫黄に比べて分子量の大きいポリカルボジイミドが、ポリマー鎖内部に侵入しやすくなるにはポリマー鎖の分岐が少なく、直鎖状であるものが適しているためである。
このため本発明の実施形態で用いるエラストマー(XNBR)の製法もホットラバー(重合温度25〜50℃)よりも、コールドラバー(重合温度5〜25℃)の方が好ましい。
メチルエチルケトン(MEK)不溶解分の測定では、40重量%以下が好ましく、10重量%以下が特に好ましい。
本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物における、上記のエラストマー(XNBR)の含有量は、固形分含有量として、15〜35重量%を挙げることができ、18〜30重量%であることが好ましい。
【0026】
<ポリカルボジイミド、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体>
本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物は、架橋剤としてポリカルボジイミドと、酸化亜鉛(以下、ZnOとも記載する)及び/又はアルミニウム錯体(以下、Al錯体とも記載する)とを含有する。
以下、各架橋剤について説明する。
【0027】
(1)ポリカルボジイミド
本発明の実施形態で用いるポリカルボジイミドは、カルボキシル基との架橋反応を行う中心部分と、その端部に付加した親水性セグメントからなる。また、一部の端部は封止剤で封止されていてもよい。
【0028】
<ポリカルボジイミドの中心部分>
まず、本発明の実施形態において使用するポリカルボジイミドの中心部分の化学式を以下に示す。
(1)NCO−(R
1−(N=C=N)−)m−R
1OCN
上記式(1)の−N=C=N−はカルボジイミド基でありXNBRのカルボキシル基と反応する。
mは、4〜20の整数であり、重合度を示す。
mを4以上とすることにより、本発明の実施形態で用いるエラストマー(XNBR)のカルボキシル基間を多点架橋することができ、これで本発明の実施形態で用いるエラストマー(XNBR)を大きくまとめられることによって従来の2点架橋の架橋剤に比べ、非常に良好な疲労耐久性が得られる要因になっていると考えられる。
ポリカルボジイミドの上記中心部分は、通常ジイソシアネートの脱炭酸縮合により生じたものであり、両末端にイソシアネート残基を有する。なお、上記式では両末端をイソシアネート基として示している。ジイソシアネートとしては、例えば芳香族ジイソシアネート、脂肪族ジイソシアネート、脂環族ジイソシアネート、又はこれらの混合物を挙げることができる。具体的には1,5−ナフチレンジイソシアネート、4,4−ジフェニルメタンジイソシアネート、4,4−ジフェニルジメチルメタンジイソシアネート、1,3−フェニレンジイソシアネート、1,4−フェニレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネートと2,6−トリレンジイソシアネートとの混合物、ヘキサメチレンジイソシアネート、シクロヘキサン−1,4−ジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタン−4,4’−ジイソシアネート、メチルシクロヘキサンジイソシアネート、及びテトラメチルキシリレンジイソシアネートなどが例示される。耐候性の観点より、脂肪族または脂環族ジイソシアネートの脱二酸化炭素を伴う縮合反応により生成するポリカルボジイミドを配合することが好適である。ジイソシアネートの種類の代表的なものはジシクロヘキシルメタン−4,4’−ジイソシアネートである。
【0029】
<親水性セグメント>
カルボジイミド基は、水と反応しやすいため本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物中では、本発明の実施形態に用いるエラストマー(XNBR)との反応力を失わないよう水から保護する目的で、ポリカルボジイミドの一部には、親水性セグメントを末端(イソシアネート基)に付加しているものが必須である。
親水性セグメントの構造を下式(2)に示す。
(2)R
5−O−(CH
2−CHR
6−O−)
m−H
上記式(2)中、R
5は炭素数1〜4のアルキル基、R
6は水素原子又はメチル基であり、mは5〜30の整数である。
親水性セグメントは、手袋用ディップ組成物(ディップ液)中(水中)においては、水と反応しやすいポリカルボジイミドの中心部分を取り巻いてカルボジイミド基を保護する機能を持つ(シェル/コア構造)。
一方、乾燥すると親水性セグメントが開いてカルボジイミド基が現れ反応できる状態になる。そのため、本発明のディップ成形による手袋製造においては、塗料と異なり、複雑な工程において、最後の、本発明の実施形態に用いるエラストマー(XNBR)のカルボキシル基と反応する加熱架橋(キュアリング)工程まで乾燥させないようにし、水との反応を避けることが重要である。この目的で、後述する保湿剤を手袋用ディップ組成物に加えることも有効である。
なお、親水性セグメントは、中心部分の両端にあってもよいし片方にあってもよい。また親水性セグメントを有するものと有しないものの混合物でもよい。
親水性セグメントを付加していない端部は、封止剤で封止されている。
【0030】
封止剤の式は以下の式(3)で示される。
(3)(R
1)
2−N−R
2−OH
上記式(3)中、R
1は炭素数が6以下のアルキル基であり、入手性の観点から、4以下のアルキル基であることが好ましい。R
2は炭素数1〜10のアルキレン、ポリアルキレン又はオキシアルキレン基である。
【0031】
<重合度、分子量、当量>
ポリカルボジイミドの平均重合度(数平均分子量/カルボジイミド当量)は3.8以上、好ましくは4以上、より好ましくは9以上である。これは本発明の実施形態にかかる手袋の特徴である多点架橋の構造を適切に形成し、高い疲労耐久性を手袋に持たせるために必要である。
ポリカルボジイミドの分子量は、数平均分子量で500〜5000が好ましく、1000〜4000であればなおよい。
数平均分子量の測定は、GPC法(ポリスチレン換算により算出)により次のように行うことができる。
RI検出器:RID−6A(島津製作所製)
カラム:KF−806、KF−804L、KF−804L(昭和電工株式会社製)
展開溶媒:THF 1ml/min.
カルボジイミド当量についてはポリカルボジイミドの添加量を3重量%とした場合には、当量260〜600の範囲で疲労耐久性が1500分を超える。しかし、1重量%添加の場合は、当量が440を超えると疲労耐久性が100分以下と極端に低くなる。このことから、カルボジイミド当量は260〜440の範囲が好ましい。なお、下限値は製品が存在する範囲である。
カルボジイミド当量は、シュウ酸を用いた逆滴定法により定量されたカルボジイミド基濃度から次式(I)で算出される値である。
カルボジイミド当量=カルボジイミド基の式数(40)×100/カルボジイミド基濃度(%) (I)
本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物における、上記のポリカルボジイミドの添加量は、手袋用ディップ組成物中の固形分に対して、0.1〜4.0重量%を挙げることができ、0.1〜2.5重量%であることが好ましく、0.3〜2.0重量%であることがより好ましい。含有量の範囲については、7.0重量部を超えると疲労耐久性が低下するのに対し、0.5重量部という比較的少ない添加量でも他の硫黄系手袋を超える高い疲労耐久性を持たせることができることを検証している。
【0032】
(2)酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体
本発明においては、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体を、ポリカルボジイミドに併せて架橋させることで、その手袋用ディップ組成物を用いて得られる手袋の人工汗液中における膨潤や引張強度が低下することを防ぎ、有機溶媒非透過性が改善する。
(ア)酸化亜鉛(ZnO)
本発明の好ましい実施形態においては、手袋用ディップ組成物に上記ポリカルボジイミドに加えて、酸化亜鉛を少量入れることで、その手袋用ディップ組成物を用いて得られる手袋の人工汗液中における膨潤や引張強度が低下することを防ぎ、有機溶媒非透過性が改善するので好ましい。
本発明の実施形態で用いる酸化亜鉛は特に制限されず、通常一般的なものを使用することができる。
ただし酸化亜鉛の含有量は、手袋の初期引張強度と比例するので、手袋の強度を調整することができる。特に薄手の手袋を作るときは酸化亜鉛の量を多くすることで強度を保持できる。
酸化亜鉛の架橋反応を以下に説明する。
酸化亜鉛は、手袋用ディップ組成物の作成時に投入され、錯体[Zn(OH)
4]
2−を形成しており、陰性の荷電となっているため、手袋用ディップ組成物に含まれるエラストマーのカルボキシル基とは塩を形成していない。
しかし、後述する手袋の製造方法におけるリーチング工程において、pHが低下すると錯体が壊れてZn
2+イオンとなり、後述する手袋の製造方法におけるキュアリング工程において、エラストマーのカルボキシル基間をイオン結合で架橋する。
本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物における酸化亜鉛の添加量は、通常は、手袋用ディップ組成物の固形分全量に対して0.1〜4.0重量%である態様を挙げることができ、0.1〜2.5重量%であることが好ましく、0.3〜2.0重量%であることがより好ましい。本発明の実施形態にかかる手袋用における酸化亜鉛の添加量は、上記課題解決のためには従来一般の手袋の添加量に比較し少量、例えば0.25重量%程度でもよい。
なお、下限値の0.1重量%は、酸化亜鉛を単独で含む場合を想定したものであり、手袋用ディップ組成物が酸化亜鉛とアルミニウム錯体の両方を含む場合、これよりも少ない添加量であってもよい。
【0033】
(イ)アルミニウム錯体
アルミニウム錯体については、本発明者らが先行技術文献(千葉県産業支援技術研究所報告第8号、P22〜27、2010)に基づいて自ら試作したものを使用することができる。
本発明の実施形態に用いるアルミニウム錯体の合成法については後述する。後述する実施例では、クエン酸アルミニウム錯体、リンゴ酸アルミニウム錯体及び水酸化アルミニウム錯体を作り、実験検証している。この結果、リンゴ酸アルミニウム錯体が手袋の特性に最も良く寄与することが分かったが、それ以外のアルミニウム錯体を用いる場合であっても良好な特性を得ることができる。
本発明の好ましい実施形態では、手袋用ディップ組成物に上記ポリカルボジイミドに加えて、アルミニウム錯体を少量入れることで、その手袋用ディップ組成物を用いて得られる手袋の人工汗液中における膨潤や引張強度が低下することを防ぎ、有機溶剤非透過性が改善する。上記の酸化亜鉛とほぼ同様の目的でアルミニウム錯体を用いている。
【0034】
しかしながら、アルミニウム錯体は酸化亜鉛に比べ非常に取り扱いが難しく、酸化亜鉛に比べ、アルミニウム錯体を多量に架橋反応させることは難しい。また、アルミニウム錯体は、本発明の実施形態にかかる手袋において有機溶媒非透過性を改善する効果が酸化亜鉛よりも大きく、引張強度も同量の酸化亜鉛で架橋した場合に比べ、強くなる。その反面、手袋におけるアルミニウムの添加量が多くなりすぎると、手袋が硬くなってしまう。
これらを踏まえ、本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物におけるアルミニウム錯体の添加量は、酸化アルミニウム(Al
2O
3)に換算して、手袋用ディップ組成物の固形分全量に対して、0.1〜1.6重量%であることが好ましく、0.1〜1.4重量%であることがより好ましく、0.2〜1.0重量%であることがさらに好ましい。なお、下限値の0.1重量%は、アルミニウム錯体を単独で含む場合を想定したものであり、手袋用ディップ組成物が酸化亜鉛とアルミニウム錯体の両方を含む場合、これよりも少ない添加量であってもよい。
アルミニウム錯体は酸化亜鉛と同様、本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物に投入され、後述する手袋の製造方法におけるリーチング工程において、錯体が壊れてAl
3+となり、後述する手袋の製造方法におけるキュアリング工程で、手袋用ディップ組成物に含まれるエラストマーのカルボキシル基間をイオン結合で架橋する。
【0035】
(ウ)酸化亜鉛とアルミニウム錯体の組み合わせ
本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物には、ポリカルボジイミドに加えて酸化亜鉛とアルミニウム錯体と組み合わせて添加してもよい。後述する実施例の結果で示されるように、酸化亜鉛、アルミニウム錯体をポリカルボジイミドと併用することで人工汗液中での引張強度低下及び有機溶媒非透過性を改善できるが、酸化亜鉛よりもアルミニウム錯体の方が初期引張強度及び上記2点の改善において優れている。
一方、アルミニウム錯体には添加量を増やすことが難しく、かつ硬くなりやすいという難点がある。
そこで、酸化亜鉛及びアルミニウム錯体を組合せることによりそれぞれの欠点を抑え、良さを引き出すことができる。
また、実施例によれば、両者の組み合わせで疲労耐久性もよくなるという予期しない結果も得られた。
本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物において、酸化亜鉛とアルミニウム錯体の両方を含有させる場合の酸化亜鉛とアルミニウム錯体の添加量の範囲は、上記で例示したそれぞれの範囲を挙げることができ、好ましい範囲も同様である。酸化亜鉛とアルミニウム錯体の合計の添加量の範囲は、ディップ組成物中の固形分全量に対して0.1〜5.6重量%を挙げることができ、0.5〜3.5重量%であることが好ましい。
【0036】
(3)pH調整剤
本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物のpHを9〜11.5に調整するためのpH調整剤として、アンモニア、水酸化アンモニウムのようなアンモニウム化合物又はアミン化合物を使用することが必須である。アンモニウム化合物又はアミン化合物はエラストマー(XNBR)のカルボキシル基とアンモニウム塩又はアミン塩を形成するが、これはキュアリング工程における加温でアンモニア等が揮発分離してカルボキシル基(−COOH)に戻り、ポリカルボジイミド(CDI)と反応する。すなわち、アンモニニウム化合物又はアミン化合物はポリカルボジイミドの反応場所を確保する役割を果たす。
一方、通常pH調整剤として用いられる水酸化カリウムの場合は、−COO
−K
+を形成するが、これは、カリウムが揮発せず(−COOH)に戻らないため、ポリカルボジイミドと反応できない。
pH調整剤の使用量は、通常、手袋用ディップ組成物中の手袋用ディップ組成物の全固形分に対して0.1〜5.0重量%程度である。
手袋用ディップ組成物は、上記のように、pH調整剤によりpH調整されている。すなわち、手袋用ディップ組成物のpHは、後述するカルボキシル基間の凝固剤のカルシウムイオンによる架橋とポリカルボジイミドによる架橋の双方を円滑に進行させるために、9以上であり、9.5以上であることがより好ましく、10以上であることが一層好ましい。一方、手袋用ディップ組成物のpHは、調整が容易であるとの観点から11.0以下であることが好ましく、10.5以下であることがより好ましい。
【0037】
(4)保湿剤
本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物は、保湿剤を含んでいることが好ましい。
保湿剤が手袋用ディップ組成物に含まれていると、後述するディップ成形による手袋製造工程においてプリキュア工程よりも前の段階で、乾燥が進みすぎることによりポリカルボジイミドの親水性セグメントが開いてしまうということを防ぐことができる。
保湿剤としては、ポリオールを挙げることができ、その中でも2価又は3価の化合物を用いることが好ましい。具体的には、2価のものとしてエチレングリコール、プロピレングリコール、テトラメチレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコールなどを挙げることができる。3価のものとしてグリセリンを挙げることができる。これらの中でも、グリセリンを保湿剤として含むことが好ましい。
【0038】
保湿剤の使用量は、手袋用ディップ組成物中のエラストマー100重量部に対し1.0〜5.0重量部程度である態様を挙げることができ、1.5〜3.0重量部であることがより好ましい。
また、上記保湿剤は保湿剤としての機能とは別にゲリング工程においてCa
2+に配位結合して、カルボキシル基のアンモニウム塩からCa塩への置換を阻止することにより、ポリカルボジイミドと架橋するカルボキシル基を確保する役割を果たしていることが考えられる。
【0039】
手袋用ディップ組成物は、上記の必須成分と水を少なくとも含むものであり、それ以外にも、通常は、その他の任意成分を含んでいる。
なお、得られる手袋の架橋構造が、ポリカルボジイミドにより形成される架橋構造、凝固剤に起因するカルシウムイオンにより形成される架橋構造、並びに、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体に起因するZn
2+及び/又はAl
3+により形成される架橋構造から構成されるように、手袋用ディップ組成物を調製する態様を挙げることができる。
【0040】
手袋用ディップ組成物は、さらに、分散剤を含んでいてもよい。分散剤としては、アニオン界面活性剤が好ましく、例えば、カルボン酸塩、スルホン酸塩、リン酸塩、ポリリン酸エステル、高分子化アルキルアリールスルホネート、高分子化スルホン化ナフタレン、高分子化ナフタレン/ホルムアルデヒド縮合重合体等が挙げられ、好ましくはスルホン酸塩が使用される。
【0041】
分散剤には市販品を使用することができる。例えば、TamolNN9104などを用いることができる。その使用量は、手袋用ディップ組成物中のエラストマー100重量部に対し0.5〜2.0重量部程度であることが好ましい。
【0042】
手袋用ディップ組成物は、さらにその他の各種の添加剤を含むことができる。該添加剤としては、酸化防止剤、顔料、キレート剤等が挙げられる。酸化防止剤として、ヒンダードフェノールタイプの酸化防止剤、例えば、WingstayLを用いることができる。また、顔料としては、例えば二酸化チタンが使用される。キレート化剤としては、エチレンジアミン四酢酸ナトリウム等を使用することができる。
【0043】
本実施形態にかかる手袋用ディップ組成物は上記のエラストマー、ポリカルボジイミド、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体、pH調整剤、必要に応じて保湿剤、分散剤、酸化防止剤等の各添加剤、及び水を、慣用の混合手段、例えば、ミキサー等で混合して作ることができる。
【0044】
2.手袋の製造方法
本発明の実施形態にかかる手袋は、従来の硫黄及び亜鉛を架橋剤として用い、エラストマーとしてXNBRを用いた手袋の製造方法と内容が大きく異なる。
本発明の実施形態にかかる手袋では硫黄加硫に替えて、ポリカルボジイミドを架橋剤として使用していることから、手袋用ディップ組成物の調製にpH調整剤としてアンモニウム化合物又はアミン化合物を必須としている。また、製造方法の工程の中でも、特にゲリング工程において異なる条件を必要としている。
【0045】
<本発明の手袋の製造方法に含まれる工程について>
本発明の実施形態にかかる手袋の製造方法の具体的な実施形態は、
図6−1,6−2に詳細に例示されている。また、本発明の実施形態にかかる手袋の製造方法に含まれる各工程を以下で説明する。特徴となるものは、ポリカルボジイミドによる架橋を、下記の(h)キュアリング工程で実現させるためにpH調整剤としてアンモニウム化合物又はアミン化合物が必須であること、下記の(d)ゲリング工程においてエラストマー(XNBR)のアンモニウム塩又はアミン塩のCa塩への過度の置換を抑制して、下記の(h)キュアリング工程でポリカルボジイミドと反応して架橋を形成するアンモニウム塩又はアミン塩を確保すること、手袋成形型上に形成されている膜(硬化フィルム前駆体)を乾燥させないようにして下記の(h)キュアリング工程で初めてポリカルボジイミドの親水性セグメントが開くようにすることである。これ以外の点については、通常のXNBR手袋の製造方法と同様の工程を通じて作られる。
【0046】
本発明の実施形態にかかる手袋の製造方法の特徴は上記の通りであるが、一般の手袋の製造方法と大きく異なるのは、ポリカルボジイミドの架橋形成の流れである。また、Ca架橋及び、Zn架橋及び/又はAl架橋のプロセスを本発明者らが考察している。この点については、
図6−1と
図6−2で詳細に説明している。
【0047】
好ましい一実施形態では、次のようにして手袋を製造することができる。以下、工程ごとに説明する。
以下の(a)、(b)工程は連続生産ラインの準備工程である。
【0048】
(a)凝固剤付着工程
モールド又はフォーマ(手袋成形型)を、凝固剤及びゲル化剤としてCa
2+イオンを通常5〜40重量%、好ましくは8〜35重量%含む凝固剤溶液中に浸した後、凝固剤が付着したモールド又はフォーマを、50〜70℃で乾燥させて、表面全体又は一部を乾燥する工程。ここで、モールド又はフォーマの表面に凝固剤等を付着させる時間は適宜定められ、通常、10〜20秒間程度である。凝固剤溶液としては、例えば硝酸カルシウム、塩化カルシウム等の凝固剤、又はエラストマーを析出させる効果を有する無機塩等の凝集剤を、5〜40重量%含む水溶液が使用される。また、凝固剤液は、離型剤として、ステアリン酸カリウム、ステアリン酸カルシウム、鉱油、又はエステル系油等を0.5〜2重量%程度、例えば1重量%程度含むことが好ましい。
凝固剤は下記のディッピング工程においてエラストマー(XNBR)を凝集させる役割に加えて、手袋中に多量に含まれ、カルシウム架橋として架橋を形成する。
本発明においては、カルシウム架橋の調整が重要な点となる。
【0049】
(b)手袋用ディップ組成物の熟成工程
手袋用ディップ組成物を攪拌しながら放置する工程。このことは熟成ともいい、5時間以上行うことを挙げることができ、24時間以上行うことが好ましい。一方で、熟成を行わせる時間は72時間以下であることが好ましい。この熟成を行わせることで、手袋用ディップ組成物が不均一になることを防ぐことができ、得られる手袋の均一な仕上がりに寄与する。なお、手袋用ディップ組成物は、アンモニウム化合物又はアミン化合物によりpH9.0以上に調整することが必要であり、9.0未満になると反応性が落ちる。
以下、(c)〜(h)工程までは連続工程である。
【0050】
(c)ディッピング工程
前記工程(a)で乾燥した後のモールド又はフォーマを、上記の手袋用ディップ組成物中に、例えば、1〜60秒間、25〜35℃の温度条件下に浸す工程であり、凝固剤が付着したモールド又はフォーマに、手袋用ディップ組成物を付着させるディッピング工程である。このディッピング工程では、凝固剤に含まれるカルシウムイオンにより、手袋用ディップ組成物におけるエラストマーをモールド又はフォーマの表面に凝集させて膜を形成させる。このとき、ポリカルボジイミドのカルボジイミド基は親水性セグメントで保護されている状態である。
上述のとおり、手袋用ディップ組成物は、アンモニア、水酸化アンモニウムのようなアンモニウム化合物、アミン化合物等のpH調整剤によりpHが9.0以上に調整することが必要であり、9.0未満になると反応性が落ちる。これにより、手袋用ディップ組成物に含まれるエラストマーのカルボキシル基(−COOH)がアンモニウム塩(−COO
−NH
4+)やアミン塩(−COO
−NHR
3+、−COO
−NH
2R
2+、−COO
−NH
3R
+、以下、アミン塩の化学式は省略)を形成し、(−COOH)と平衡状態で存在する。アミン塩のRは、pH調整剤として用いるアミン化合物の有機基である。
手袋用ディップ組成物に酸化亜鉛を添加した場合、亜鉛は手袋用ディップ組成物中に水酸化亜鉛錯体の形で存在する。有機アルミニウム錯体を添加した場合は有機酸錯体の形で存在する。いずれの錯体も陰性荷電なので、カルボキシル基とは反応しない。
【0051】
また、本発明の実施形態では、上記のように、手袋用ディップ組成物に保湿剤を含有させてもよい。保湿剤を含有させると、最終工程であるキュアリング工程の前工程において、乾燥によりポリカルボジイミドの親水性セグメントが開き、架橋の前に失活してしまうことを防げる。また、ある程度の厳しい乾燥条件下でも、手袋用ディップ組成物が付着したモールド又はフォーマが必要以上に乾燥することを防ぐことができ、ポリカルボジイミドとエラストマー(XNBR)との最終架橋前の無用な架橋反応が起こらなくなる。
【0052】
なお、保湿剤はCa
2+と配位結合し、エラストマー(XNBR)のカルボキシル基のアンモニウム塩からカルシウム塩への置換を抑制することにより、ポリカルボジイミド架橋を促進する作用を持つと考えられる。
保湿剤としては、上記手袋用ディップ組成物の説明の箇所に記載したものを使用することができる。
【0053】
(d)ゲリング工程
前記工程(c)で手袋用ディップ組成物が付着したモールド又はフォーマを、以下で例示する条件で放置することで、後のリーチング工程でエラストマーが溶出しないようにするゲリング工程。このゲリング工程を行わせることで、モールド又はフォーマの表面に集まっているだけであった手袋用ディップ組成物に含まれるエラストマーにおいて、凝固剤に含まれるカルシウムイオンがそのエラストマー中に浸潤して架橋構造が形成されることで、後のリーチング工程でエラストマーが溶出しなくなる。
【0054】
本発明の手袋の製造方法の実施形態に含ませるゲリング工程については、従来から知られている、エラストマーとの架橋を酸化亜鉛や硫黄を介して行わせている手袋の製造方法で行われるゲリング工程とは全く異なる条件で行わせるものである。
まず、従来のゲリング工程では、80〜120℃という温度で加熱及び乾燥させることでエラストマーをある程度架橋させておき、リーチングにより不純物を除去した後に、さらに加熱を行い、エラストマーに含まれるカルボキシル基と亜鉛の間及びジエンと硫黄の間で反応を行わせていた。
従来の手袋の製造工程では、カルシウムとエラストマーとの間での架橋が進み過ぎても、本願発明のように後の架橋に影響を及ぼさないので80〜120℃という高温で乾燥させるゲリングを行わせても問題は起こらなかった。
【0055】
これに対して、本発明の実施形態にかかる手袋の製造方法でも、ゲリング工程により、凝固剤のカルシウムイオンとエラストマーのカルボキシル基とを反応させることで、手袋用ディップ組成物のゲル化を行わせるものであるが、その条件は以下で述べるようにいくつかの制約がある。
ゲリングの際に、例えば凝固剤として硝酸カルシウムを用いる場合、凝固剤に含まれているカルシウムイオンが、例えばアンモニアでpH調整する場合、手袋用ディップ組成物に含まれるエラストマーの(−COO
−NH
4+)と反応し、((−COO
−)
2Ca
2+)という構造(以下、(A)ともいう)と、硝酸アンモニウムが生成する。(−COO
−NH
4+)は、カルシウムイオンとの反応により減少するが、平衡状態にある(−COOH)で補充され、平衡状態を維持する。
この(−COOH)と(−COO
−NH
4+)を併せて(B)という。
なお、アミン化合物を用いてpH調整を行う場合、凝固剤のカルシウムイオンは、エラストマーのアミン塩と反応する。pH調整剤としてアンモニア及びアミン化合物の両方を用いる場合は、凝固剤のカルシウムイオンは、エラストマーのアンモニウム塩(−COO
−NH
4+)とアミン塩(−COO
−NHR
3+)の両方と反応する。
【0056】
本発明の実施形態の手袋では、後述するように、エラストマーのカルボキシル基と、凝固剤に起因するカルシウムとの結合、ポリカルボジイミドのカルボジイミド基との結合、亜鉛イオン及び/又はアルミニウムイオンとの結合を含む。上記(A)は、キュアリングによって、カルボキシル基と亜鉛及び/又はアルミニウムとの結合、カルシウムとの結合になる。上記(B)は、(−COO
−NH
4+)の一部が亜鉛及び/又はアルミニウムとの結合となり、その他はポリカルボジイミドとの架橋構造を形成する。
ゲリング工程において、エラストマーの(−COO
−NH
4+)及び/又は(−COO
−NHR
3+)とカルシウムイオンとの反応が進みすぎると、エラストマーにおける(B)の割合が少なくなりすぎてしまい、特にポリカルボジイミドのカルボジイミド基と反応することで形成される架橋構造が、得られる手袋において少なくなってしまうので、そうならないようにする必要がある。
一方で、エラストマーにおける((−COO
−)
2Ca
2+)という構造(A)は、後のリーチング工程において、エラストマーが溶解せず、硬化フィルム前駆体として残存するために必要な構造である。
【0057】
したがって、ゲリングは、得られる手袋の膜厚等を考慮しながら適宜条件を設定しつつ、((−COO
−)
2Ca
2+)を生成させる反応を確実に起させる一方で、その反応が進みすぎないように調整することが好ましい。
ゲリング工程の条件の振り方によっては、エラストマーにおける(A)と(B)の割合が異なってくる。
【0058】
エラストマーにおける上記(A)の割合は、主に手袋の引張強度、人工汗液中での引張強度の低下防止、有機溶媒非透過性に影響を与え、エラストマーにおける(B)の割合は、主にカルボジイミド基との反応を確保する点で、疲労耐久性に影響を与える。
したがって、ゲリング工程の条件によっては、最終目的物である手袋の物性に大きな影響を与えることになる。
【0059】
上記を踏まえ、本発明の実施形態にかかる手袋の製造方法におけるゲリング工程の条件としては、以下の条件を満たすことが要求される。
【0060】
(i)凝固剤のカルシウムと、エラストマーのカルボキシル基のアンモニウム塩及び/又はアミン塩とが、適度に反応して結合すること。ゲリングを進めすぎると、エラストマーに残存するカルボキシル基のアンモニウム塩、及びカルボキシル基(−COOH)が少なくなりすぎてしまい、カルボジイミド基と結合するためのカルボキシル基が不足してしまうからである。
【0061】
(ii)手袋用ディップ組成物に含まれるエラストマーのカルボキシル基のアンモニウム塩(−COO
−NH
4+)及び/又はアミン塩(−COO
−NHR
3+、−COO
−NH
2R
2+、−COO
−NH
3R
+)を、高温で活性化したCa
2+が((−COO
−)
2Ca
2+)に過度に置換しないように高温にしないこと。
これによってキュアリング工程でポリカルボジイミド基と架橋する(−COOH)の割合を確保することができる。
また、高温にすると、アンモニウム塩(−COO
−NH
4+)の場合は、特にNH
3の揮発が激しくなったり、NH
4NO
3が形成されるため、pH調整が難しくなってしまう。
なお、本発明において、揮発性を持つアンモニアをpH調整剤として用いるときは、これまでの工程全てにおいてpHの維持が重要となる。
【0062】
(iii)ポリカルボジイミドが有する親水性セグメントが開いてしまうような乾燥を行わせないこと。本発明の実施形態にかかる手袋の製造方法では、手袋用ディップ組成物に含まれるポリカルボジイミドは親水性セグメントを有する。後述するキュアリング工程において乾燥が行われることで、この親水性セグメントが開いてカルボジイミド基が露出し、上記(ii)で説明した(−COOH)と反応が起こって架橋を形成する。そのため、ゲリング工程において、ポリカルボジイミドの親水性セグメントが開いてしまうような、過度の乾燥は避けなければならない。
【0063】
上記を踏まえ、本発明の実施形態におけるゲリング工程の条件としては、以下の態様を挙げることができる。
【0064】
手袋用ディップ組成物に保湿剤を含有させない場合、ゲリング工程の条件としては、室温(15〜25℃、より具体的には約23℃)で20秒〜20分放置する態様を挙げることができ、30秒〜10分放置する態様を好ましく挙げることができる。また、50〜70℃の場合は20秒以上、3分以下放置する態様を挙げることができ、30秒〜2分放置する態様を挙げることもできる。
【0065】
手袋用ディップ組成物に保湿剤を含有させる場合、ゲリング工程の条件としては、上記の保湿剤を含有させない場合と同じ条件を適用することができ、さらに、50〜70℃で20分未満放置するという態様も挙げることができる。
【0066】
ここで、ゲリング工程において「放置する」とは、手袋用ディップ組成物が付着したモールド又はフォーマに対して、何らかの物質を添加したりするなどの操作を行わないという意味であり、静置している状態の他に、通常の工場において静置せずに製造ライン上をモールド又はフォーマが移動している状態も含むものである。
上記のいずれの条件についても、基本的には、手袋の製造時の周囲温度(室温)で放置する、つまり加熱は行わない条件下で行うことが好ましい。手袋の製造については、その工場の立地条件により、周囲温度(室温)が23℃前後であったり、50℃程度になったりすることがある。上記で挙げた温度の範囲は、そのような工場の立地条件を考慮したものであり、例えば50℃前後で放置するといっても、その温度にまで加熱して温度を上昇させるということは基本的には想定されない。
なお、上記のゲリング工程は、40〜60%RH(相対湿度)の条件下で行わせる態様を挙げることができる。
【0067】
(e)リーチング工程
上記のゲリング工程の後、エラストマーが付着したモールド又はフォーマを水洗して、薬剤を除去するリーチング工程。ここで、部分的に乾燥させたエラストマーでコーティングされたモールド又はフォーマを、熱水又は温水(30〜80℃)中で30秒〜15分間、好ましくは4〜6分程度、水洗(リーチング)する。
このリーチングを行わせることで、カルシウムイオン及び硝酸イオン等の凝固剤に起因する成分や、アンモニウムイオン等のpH調整剤に起因する成分を除去する。これにより、過剰なゲリングを抑止できる。
また、このリーチング工程において、水酸化亜鉛錯体及びアルミニウム錯体はそれらの錯体の構造が壊れてZn
2+、Al
3+、の形になり、エラストマーのカルボキシル基とイオン結合を作れるようになる。これらのイオン結合は、前述のように(A)の一部と(B)の(−COO
−NH
4+)の一部からこの後の(g)工程、(h)工程で形成されると考えられる。
【0068】
(f)ビーディング工程
リーチング工程が終了した後に手袋の袖口部分に袖巻加工を実施する工程である。
【0069】
(g)プリキュア工程
その後、前記モールド又はフォーマを、60〜90℃、より好ましくは65〜80℃で、30秒〜10分間、炉内乾燥する(プリキュア工程)。この工程が存在することで、後の(h)工程において急激に水分が減少することにより生じうる手袋の部分的な膨張を防ぐことができる。
【0070】
(h)キュアリング工程
前記工程(g)で乾燥した後のモールド又はフォーマを、エラストマーのアンモニウム塩が高温によりカルボキシル基に戻るとともに、ポリカルボジイミドのカルボジイミド基が露出し、エラストマーのカルボキシル基とポリカルボジイミドのカルボジイミド基とが反応するのに十分な温度と時間で加熱するキュアリング工程。
より具体的には、例えば70〜140℃、10〜30分間加熱して、エラストマーを架橋硬化する工程である。
この工程(h)において、ポリカルボジイミドによるエラストマーの架橋が行われ、これにより分子鎖が形成されて、手袋に対し好ましい各種特性を与えることができる。すなわち、エラストマーのカルボキシル基は、水中においてアンモニウム塩(−COO
−NH
4+)及び/又はアミン塩を形成して(−COOH)と平衡状態になっているが、乾燥により脱水が進むと、カルボキシル基(−COOH)に戻って、(B)の(−COOH)とともにカルボジイミド基と反応すると考えられる。
また、カルボキシル基のカルシウム塩((−COO
−)
2Ca
2+)の一部及びアンモニウム塩(−COO
−NH
4+)の一部と、亜鉛イオン及び/又はアルミニウムイオンの反応で形成されるイオン結合も、本工程(h)で形成が完了する。
したがって、カルボキシル基とカルボジイミド基の反応による架橋構造、カルボキシル基とカルシウムイオンの反応による架橋構造、カルボキシル基と亜鉛イオン及び/又はアルミニウムイオンの反応による架橋構造の数の比率は、本工程(h)で確定される。
なお、本発明においては、70〜80℃のような、従来から見ると低温の条件においてもキュアリング(架橋硬化)が可能である。従来の硫黄架橋では120℃程度の架橋温度が必要とされているので、この点は製造コスト上有利な点である。
【0071】
上述の製造工程では、手袋成形型のディップ成形品用組成物への浸漬を1回だけ行う場合について述べたが、本発明では浸漬を複数回(最大3回程度)行って手袋を製造することも可能である。このような方法は、手袋の厚みを50μm程度に薄くしようとしたときに懸念されるピンホールの発生を抑えるのに有効である。厚手の手袋を作るのにも有効な手段である。
浸漬を複数回行う場合は、各回の浸漬後にゲリング工程を入れ、ある程度Ca架橋が形成された後で次の浸漬を行う。
【0072】
本発明者らの検討によれば、上記のとおり、pH調整剤がアンモニウム化合物又はアミン化合物であれば、加熱によりアンモニウム成分又はアミン成分がカルボン酸塩から離脱してカルボキシル基を生じることができるのに対し、pH調整剤が一般に用いられている水酸化カリウムであると、カルボン酸塩(−COO
−K
+)のまま安定に存在してしまい、カルボキシル基に戻らないので、カルボジイミド基との反応が阻害されるとの問題がある。
【0073】
本発明者らの検討によると、エラストマー中の全てのカルボキシル基をカルシウムのみで架橋させると、XNBR NL120H(カルボン酸量5.3重量%)の場合、約80%のカルボキシル基が消費され、約20%のカルボキシル基が残った。また、これにカルボジイミド(E−02)1〜10重量%まで添加したところ、カルボジイミドを3重量%添加するまでは、残留カルボキシル基の低下はごく少なかったが、これを7重量%入れたときには残留カルボンキシル基量は、0となった。
カルシウムのみでエラストマーを架橋したときの硬化フィルム中のカルシウムの含有量と比べて、ポリカルボジイミドを3重量%添加したときの硬化フィルム中のカルシウムの含有量が、少ししか低下しないことから、ポリカルボジイミドはエラストマー中のカルボキシル基の、最大でも20%程度の架橋能力を持ち、通常の3重量%以下のポリカルボジイミドの使用においては、エラストマー中のカルボキシル基の数%と反応していると思われる。これによって、高い疲労耐久性がもたらされる。
一方、カルボジイミド基は、引張強度にはほぼ寄与しないため、引張強度は本発明においてはカルシウム、亜鉛及び/又はアルミニウムによる架橋によってもたらされている。
また、人工汗液中での引張強度の低下防止、有機溶媒非透過性は、亜鉛及び/又はアルミニウムによる架橋で達成している。
このように本発明においては、各架橋剤の弱点を改善し、各架橋剤をできるだけ少ない量で組合せて使用することにより、従来の硫黄系XNBR手袋に匹敵する手袋を作製したものである。
【0074】
3.本発明の実施形態にかかる手袋
本発明の実施形態にかかる手袋は、上記の本発明の実施形態にかかる手袋用ディップ組成物を用いて、上記の本発明の実施形態にかかる手袋の製造方法に従って製造できる。
本発明の実施形態にかかる手袋は、例えば上記の手袋用ディップ組成物を硬化することで形成される硬化フィルムからなるものであり、その硬化フィルムが有するエラストマー(XNBR)の組成は、上記の手袋用ディップ組成物と同じ組成を挙げることができる。また、その硬化フィルムは、ポリカルボジイミドによる架橋(CDI架橋)、カルシウムによる架橋(Ca架橋)、酸化亜鉛による架橋(Zn架橋)及び/又はアルミニウム錯体による架橋(Al架橋)を有する。
本発明の実施形態にかかる手袋は、
図1に示す架橋構造を有していると考えられる。
本発明の実施形態にかかるエラストマー(XNBR)は、主鎖に重合された不飽和カルボン酸に由来するカルボキシル基間の架橋によって結合されている。カルボキシル基間の架橋には大別してポリカルボジイミドによるものと、多価金属イオンによるものの2種類があり、多価金属イオンとしては、凝固剤に由来するCa
2+が必ず含まれ、さらにZn
2+及び/又はAl
3+が含まれている。ポリカルボジイミドによる架橋は、架橋点間の距離が比較的長く隣接していないエラストマー(XNBR)間を架橋できること、多点架橋できることが特徴であり、エラストマー(XNBR)を大きな構造でゆるやかにまとめることにより疲労耐久性に大きく寄与していると考えられる。また共有結合であるため容易に切断されない。一方多価金属イオンによる架橋は架橋点間の距離が比較的短いのが特徴であり、隣接したXNBR間を架橋して固定し架橋構造を強固にすることにより引張強度に寄与していると考えられる。また、有機溶媒非透過性を抑制する働きも担っている。しかし、イオン結合であるため汗に含まれる塩、酸によってイオンの溶出で切断されやすい。特にCa
2+は溶出されやすく、本発明の実施形態にかかる手袋のように、溶出の起こりにくいZn架橋及び/又はAl架橋が必須である。
【0075】
なお、本発明の実施形態にかかる手袋における亜鉛元素の含有量は、アルミニウムを含まない場合、手袋の全量に対して概ね0.05〜2.5重量%である態様を挙げることができ、0.05〜2.3重量%であることが好ましく、0.15〜2.0重量%であることがより好ましい。アルミニウム元素の含有量は、亜鉛を含まない場合、概ね0.05〜0.8重量%である態様を挙げることができ、0.05〜0.7重量%である態様を挙げることができ、0.1〜0.6重量%であることが好ましい。
本発明の実施形態にかかる手袋が、亜鉛とアルミニウムの両方を含む場合、合計の元素含有量は、0.05〜3.3重量%、0.2〜1.5重量%である態様を挙げることができる。
本発明の実施形態にかかる手袋には、カルシウムが通常0.1〜2.3重量%含まれており、0.2〜2.0重量%含まれている態様をさらに挙げることができ、0.5〜1.5重量%含まれている態様をさらに挙げることができる。
【0076】
本発明の実施形態にかかる手袋は、薄手の手袋としても充分な機械的特性(強度と剛性)を有するものである。そこで、手袋の厚みは、特に限定はされないが、0.04〜0.35mmであることが好ましく、0.04〜0.3mmであることがさらに好ましい。
本実施形態の手袋は、薄手の手袋とする場合には、0.04〜0.15mmとすることが好ましく、厚手の手袋とする場合には0.15mm超〜0.4mmとすることが好ましい。
【0077】
本発明の実施形態にかかる手袋は、以下の(1)〜(2)の性能を有するものである.
(1)疲労耐久性が200分以上
(2)引張強度が20MPa以上
なお、本発明の実施形態に係る手袋は、ポリカルボジイミドによる単独架橋の手袋に対して、人工汗液中における引張強度の著しい低下が抑制されており、有機溶媒非透過性が改善されたものである。
さらに各架橋剤の少ない使用量で、従来の硫黄系XNBR手袋の性能と比較してもこれに匹敵、又は上回る手袋を得ることができる。
【0078】
本発明者らの検討によると、疲労耐久性試験(試験方法は後述)を行うと、従来のXNBR手袋では約200〜400分であるのに対し、本実施形態の製造方法によれば、配合量によっては、疲労耐久性試験において25時間を超えても破れない手袋を提供することができる。また、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体の添加量を調整することにより、引張強度及び人工汗液中における引張強度の低下防止、有機溶媒非透過性を様々に調整することができる。
また、通常手袋3.7g(膜厚約70μm)、極薄手袋3.0g(膜厚約50μm)、炊事用厚手手袋(膜厚150〜300μm)まで様々な手袋を作ることができる。
【0079】
4.本発明における課題の解決について
(1)ポリカルボジイミドを架橋剤として含む手袋用ディップ組成物を用いて成形した手袋は、凝固剤に起因するCa架橋は初期の引張強度に寄与することで、重要な役割を果たすが、一方でポリカルボジイミドによる架橋と、Ca架橋のみでは人工汗液中での引張強度の低下及び有機溶媒非透過性において難点があった。これに対し、本発明の実施形態にかかる手袋においては、CDI架橋とZn架橋及び/又はAl架橋を組み合わせることで、この難点を解決した。具体的な効果として、人工汗液中での引張強度の低下が抑制され、有機溶媒非透過性が改善された(後述する実験(3)(8)(10)等)。
(2)上記各架橋剤を組み合わせることで、できるだけ架橋剤を少量用いながら従来スタンダードの硫黄を架橋剤として用いたXNBR手袋と同等の性能を持つ手袋を作ることについては、後述する実験(5)等により、解決できた。
なお、本発明においては従来にない薄手(膜厚約55μm)でも、例えば手袋用ディップ組成物におけるポリカルボジイミドの添加量を0.5重量%、酸化亜鉛の添加量を1重量%にするという少ない量であって、ゲリング条件についても、55℃130秒という過酷な条件下において、かつ、従来にない70℃という低温のキュアリング温度においても、手袋としての充分な性能を持つ手袋を得ることができた。(後述する実験(13))
【実施例】
【0080】
以下の(1)〜(4)では、本発明の実施形態にかかる諸条件を検討するために行った実験結果を示す。なお、以下の説明において、エラストマー内に自己の架橋構造を有するものを「自己架橋」、ポリカルボジイミドを介した架橋を「CDI架橋」、カルシウムイオンを介した架橋を「Ca架橋」、亜鉛イオンを介した架橋を「Zn架橋」、アルミニウムイオンを介した架橋を「Al架橋」、硫黄を介した架橋を「S架橋」と省略して記載することがある。
(1)ポリカルボジイミドの検討
ポリカルボジイミドについては、日清紡社製カルボジライトE−05、V−02−L2、V−04、E−03A、E−02、V−02(商品名)を用いた。その情報をそれぞれ表1に示す。表1に記載のポリカルボジイミドを用い、エラストマーとしてLG Chem社製のNL120Hを用い、後述する<手袋用ディップ液の製造>、<凝固剤の調製>、<硬化フィルムの製造>に従ってディップ組成物を調製して、試験用のフィルムを得た。得られたフィルムの引張強度を後述する<硬化フィルムの評価>の(疲労耐久性)の試験方法に従い、測定した。
【表1】
【0081】
表1の結果から、上記で説明した、親水性セグメントを有するポリカルボジイミドを用いた場合には、どの例でも良好な疲労耐久性が得られた。特に、E−05、V−02−L2、V−04、E−03Aではディップ組成物への添加量が1重量%の時も、極めて良好な疲労耐久性が得られた。ポリカルボジイミドを3重量%添加した場合には、ポリカルボジイミドが親水性セグメントを有する限り、カルボジイミド当量260〜600の範囲で疲労耐久性が1500分を超えていた。
しかし、1重量%添加の場合は、当量が440を超えると疲労耐久性が100分以下と極端に低くなっている。このことから、カルボジイミド当量は260〜440の範囲が好ましい。なお、当量の下限の260は、製品が存在する範囲である。
【0082】
(2)ディップ組成物にポリカルボジイミド(酸化亜鉛及びアルミニウム錯体を含まない)で架橋した手袋と市販の手袋との物性の比較(人工汗液中における膨潤及び人工汗液への浸漬後の引張強度低下)
表2に記載したエラストマーを用い、架橋剤としてポリカルボジイミド(E−02)を用いた手袋用ディップ組成物を調製し、
図6−1及び6−2に示す手袋の製造工程に従い、比較例1の手袋を作製した。また、表2に示す3種類の市販品の手袋(SF-7000、VERTE-710、Safe Touch)を準備した。これらの架橋の態様は以下のようになる。
比較例1.CDI架橋手袋(CDI架橋+Ca架橋)
参考例1.自己架橋手袋 製品名キマックスSF7000(自己架橋+Zn架橋+Ca架橋)
参考例2.S架橋手袋 製品名VERTE710(S架橋+Zn架橋+Ca架橋)
参考例3.Al架橋手袋 製品名SafeTouch(Al架橋+Ca架橋)
上記の各手袋に対して浸漬試験を行った。浸漬条件としては、上記手袋を20時間、水中で50℃、人工汗液中で23℃、50℃の3条件で浸漬し、浸漬前後で引張強度、伸び率及び手袋中におけるCa、Zn、Alの含有量を計測し、比較、検討した。
その結果を表2及び
図2に示す。表2及び
図2の結果を参照すると、各手袋共通しているのは水中(50℃)において、引張強度及び伸び率についてはほぼ維持しているが、人工汗液、特に50℃の場合に引張強度の保持率が最も低下し、伸び率もこれに応じて最も大きくなり、手袋性能が劣化していることが分かった。また、参考例2(S架橋)の方が、非S架橋手袋(比較例1、参考例1、3)に比べ比較的性能劣化が少ないことが分かった。中でも、比較例1(CDI架橋)は最も劣化が大きいことが分かった。
比較例1にかかるCDI架橋手袋については、引張強度を凝固剤に含まれるCa
2+による結合で保持していることから、Ca架橋が人工汗液中における引張強度低下の原因でないかと推定した。
このため、上記各架橋手袋の架橋構造に寄与するCa、Zn、Alの、人工汗液への浸漬前後における手袋に含まれる含有量の測定を行った(表2参照)。
【0083】
表2の金属含有量の結果を見ると、各手袋ともに共通しているCa架橋については、人工汗液中においてCaが溶出している。また、Zn架橋を持つ手袋においてZnも溶出するが、Al架橋を持つ手袋においてAlはほとんど溶出しないことが分かった。一方各手袋を比較するとZn架橋を持つ参考例1及び2の手袋が比較的引張強度の保持率が高いことが分かった。
以上のことから、CDI架橋手袋においてZn及び/又はAl錯体を併用することによって、問題を解決することを考えた。
【0084】
【表2】
【0085】
(3)有機溶媒非透過性の測定
(有機溶媒非透過性の測定における上記各架橋剤の比較検討)
本発明の手袋(実施例1:XNBR、酸化亜鉛及びポリカルボジイミドを含有するディップ組成物を用いて得たフィルム)の有機溶媒非透過性試験を行った。併せて、比較のためポリカルボジイミドのみで架橋を行なった場合(比較例2)、自己架橋と酸化亜鉛により架橋した場合(参考例4、5)、硫黄と酸化亜鉛で架橋した場合(参考例6)、及びエポキシ化合物とアルミニウムで架橋した場合(参考例7)についても試験を行った。
実施例1のフィルムについては、上記(1)と同様に、後述する<手袋用ディップ液の製造>、<凝固剤の調製>、<硬化フィルムの製造>に従ってディップ組成物を調製して、試験用のフィルムを得た。
【0086】
有機溶媒非透過性を、有機溶媒に対する膨潤性をハンセンの溶解度パラメータ(HSP)を用いる2つの方法により評価した。発明の手袋(カルシウム及び、酸化亜鉛及び/又はアルミニウム錯体とポリカルボジイミドによる架橋)の有機溶媒非透過性について、ポリカルボジイミドによる架橋のみ、自己架橋+Zn架橋、硫黄+Zn架橋及びAlのみの架橋のXNBR手袋と比較検討した。有機溶媒非透過性は、ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)を用いる以下の(a)と(b)の2つの方法で測定した有機溶媒に対する膨潤性により評価した。以下、詳細に説明する。
【0087】
(a)相互作用球の半径Rによる評価
ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)から導かれる相互作用球の半径Rにより評価した結果を表3に示す。相互作用球は、24種類の溶媒についてHSP距離を測定し、分散力(dD)、双極子間力(dP)、水素結合力(dH)に分割して3次元プロットしたとき、良溶媒(膨潤しやすい溶媒、10種類程度に設定)を内包する球であり、この半径Rが小さいほど膨潤しにくい(有機溶媒非透過性が良い)ことを示す。
使用した溶媒は以下のとおりである。
n−ヘキサン、シクロヘキサン、メチルイソブチルケトン、酢酸n−ブチル、トルエン、テトラヒドロフラン(THF)、メチルエチルケトン(MEK)、クロロホルム、酢酸メチル、アセトン、1,4−ジオキサン、ピリジン、N−メチルピロリドン、ヘキサフルオロイソプロパノール、1−ブタノール、アセトニトリル、ジエチレングリコール、N,N−ジメチルホルムアミド、γ−ブチロラクトン、エタノール、ジメチルスルホキシド、メタノール、2−アミノエタノール、シクロヘキサノン。
ポリカルボジイミドによる架橋のみの比較例2は試験した6種類の手袋のなかで最もRが大きく膨潤しやすいが、これに酸化亜鉛による架橋が加わった実施例1では、硫黄を含まない手袋SF−7000(参考例4)及びHGC−100(参考例5)よりもRが小さくなっており、有機溶媒非透過性がニトリル手袋に通常求められるレベルに達していることがわかった。
【0088】
(b)膨潤度とHSP距離の相関曲線の傾きによる評価
図5は、各試料の膨潤性を、ハンセンの溶解度パラメータから導かれるHSP距離が膨潤度と負の相関性を持つことを利用し、HSP距離を横軸に、膨潤度を縦軸にとって、各試料につき24種類の有機溶媒の測定結果をプロットし、近似曲線(相関曲線)の傾きにより試料の膨潤性を評価したもので、傾きが小さいほど膨潤しにくいと判断することができる。結果は、Rによる評価とほぼ同じである。比較例2は最も傾きが大きいがZn架橋を加えることにより(実施例1)、Zn架橋+自己架橋手袋(参考例4、5)と同程度になる。しかし、S架橋+Zn架橋手袋(参考例6)、Al架橋手袋(参考例7)のレベルには達しない。
ポリカルボジイミドによる架橋により疲労耐久性を持たせ、さらにCa架橋により架橋を密にしており、ポリカルボジイミドによる架橋とCa架橋の両方を含む場合は、CDI架橋(多点架橋)の手袋の有機溶媒非透過性はCa架橋により担われている。
しかし、Ca架橋はZn架橋に比べてイオン結合半径が大きいため、有機溶媒非透過性が低く、膨潤してしまうと考えられる。
これが、Ca架橋の一部をZn架橋又は結合力がさらに強いAl架橋に置換した本発明に至った要因の一つである。
【表3】
【0089】
(4)疲労耐久性の試験(人工汗液浸漬)前後での金属(カルシウム、亜鉛)溶出量
表4に示すように、各種ポリカルボジイミドと、酸化亜鉛を含有するディップ組成物を調製し(実施例2〜5)、ポリカルボジイミドを有さないディップ組成物(比較例3)と、酸化亜鉛を有さないディップ組成物(比較例4)を調製し、上記の(1)と同様に試験用のフィルムを作製した。
これらのフィルムについて、疲労耐久性の試験(人工汗液浸漬)前後での金属(カルシウム、亜鉛)の含有量を測定し、金属溶出量を測定した。
ポリカルボジイミドを1重量%と酸化亜鉛を0.5重量%含有させた実施例2〜5と、酸化亜鉛のみを3重量%含有させた比較例3と、ポリカルボジイミドのみを3重量%含有させた比較例4の結果を示す表4に基づくと、カルシウムは亜鉛に比べて溶出しやすかった。
【表4】
【0090】
上記(1)〜(4)の実験例を踏まえ、さらに以下で詳述する各実施例の実験を行った。
まず、実施例で用いた各構成成分について説明する。
<エラストマー(XNBR)>
XNBRについては、市販のXNBRラテックス製品NL105、NL107、NL111、NL120H、NL128(以上、韓国LG Chem社製)、746SXL、X6311、6338、XVT−LA(以上、シントマー社製)、NBL201B(JSR株式会社製)、KNL860(台湾クムホ社製)、LX550(以上、日本ゼオン株式会社製)及び203A(JSR株式会社製)を用いた。
これらの製品のムーニー粘度、MEK不溶解分量、メタクリル酸量、アクリロニトリル量、ブタジエン量については表5〜8及び10〜13に示した通りである。
【0091】
<ポリカルボジイミド>
ポリカルボジイミドについては、日清紡社製カルボジライトE−05、V−02−L2、V−04、E−03A、E−02、V−02(商品名)を用いた。
これらの製品の構造、数平均分子量、平均重合度、及び当量については、表1に示した通りである。
【0092】
<酸化亜鉛>
酸化亜鉛(ZnO)については、酸化亜鉛50%溶液(水性亜鉛華AZ−SW、大崎工業株式会社製)を使用した。酸化亜鉛は手袋用ディップ組成物中で水酸基を配位した陰イオン性の錯体となる。
【0093】
<アルミニウム錯体>
アルミニウム錯体は以下のように調製して用いた。
(ア)水酸化アルミニウム錯体
0.45gのAlCl
3・6H
2Oを水20mLに溶解し、撹拌させ、7〜7.5mLの7%NaHCO
3水溶液をゆっくり添加した。添加したNaHCO
3はアルミニウムの当量よりもやや多いものの、pHは6.5〜7.0であった。これに8%NaOHを0.5〜1.0mL添加し、pHを9〜9.5とした。調製したゲル状の錯体は、少なくとも一晩は撹拌せずとも沈降せず分散していた。
【0094】
(イ)有機酸錯体
(a)クエン酸アルミニウム錯体
上記と同様にして、pH6.5〜7.0の水酸化アルミニウムゲルを調製した。ただし、水の量は18mLとした。調製した水酸化アルミニウムゲルに、アルミニウムの1/1当量ないし1/3当量のクエン酸水溶液(2mL)をゆっくり添加、室温で30分以上撹拌後、60℃に昇温して30分保持、その後冷却してから8%NaOH水溶液でpHを9〜9.5に調製した。使用した8%NaOHは、およそ1mL(当量)から0.5mL(1/2ないし1/3当量)であった。
クエン酸アルミニウム錯体液の外観は、クエン酸を1/1当量とした場合は透明液体、1/3当量では白濁していた。
(b)リンゴ酸アルミニウム錯体
上記と同様にして、pH6.5〜7.0の水酸化アルミニウムゲルを調製した。ただし、水の量は18mLとした。調製した水酸化アルミニウムゲルに、アルミニウムの1/1当量ないし1/2当量のリンゴ酸水溶液(2mL)をゆっくり添加、室温で30分以上撹拌後、60℃に昇温して30分保持、その後冷却してから8%NaOH水溶液でpHを9〜9.5に調製した。使用した8%NaOH水溶液は、およそ1mL(当量)から0.5mL(1/2ないし1/3当量)であった。
リンゴ酸アルミニウム錯体液の外観は、リンゴ酸を1/1当量とした場合は一旦透明になったものの、加熱中にやや白濁し、その後のpH調整でさらに濃くなった。1/2当量では白濁液体となった。
【0095】
<手袋用ディップ組成物の製造>
前記の市販の各XNBRラテックス(固形分45%)220gを1Lビーカー(アズワン社製, 胴径105mm×高さ150mm)に入れ、水200gを加えて希釈し、撹拌を開始した。アンモニア水を使用してpHを予備的に約9.9に調整した後、ポリカルボジイミドと酸化亜鉛、又はポリカルボジイミドと酸化亜鉛及びアルミニウム錯体とを、表5〜8、10〜13に示した量となるように加えた。さらに、酸化防止剤(Farben Technique (M) 社製、商品名「CVOX−50」)0.4g及び酸化チタン(Farben Technique (M) 社製、商品名「PW−601」)1.5gを添加し、アンモニアによりpHが10.5となるように調整後、固形分濃度が22%となるようにさらに水を加え、24時間混合した。得られた手袋用ディップ組成物量は486gであった。なお、手袋用ディップ組成物は、使用するまでビーカー内で攪拌を続けた。
【0096】
市販の各XNBRの特性は、次のようにして測定した。
<アクリロニトリル(AN)残基量及び不飽和カルボン酸(MMA)残基量>
各エラストマー(XNBR)を乾燥して、フィルムを作成した。該フィルムをFT−IRで測定し、アクリロニトリル基に由来する吸収波数2237cm
−1とカルボン酸基に由来する吸収波長1699cm
−1における吸光度(Abs)を求め、アクリロニトリル(AN)残基量及び不飽和カルボン酸(MMA)残基量を求めた。
【0097】
アクリロニトリル残基量(%)は、予め作成した検量線から求めた。検量線は、各エラストマーに内部標準物質としてポリアクリル酸を加えた、アクリロニトリル基量が既知の試料から作成したものである。不飽和カルボン酸残基量は、下記式から求めた。
不飽和カルボン酸残基量(重量%)=[Abs(1699cm
−1)/Abs(2237cm
−1)]/0.2661
上式において、係数0.2661は、不飽和カルボン酸基量とアクリロニトリル基量の割合が既知の、複数の試料から検量線を作成して求めた換算値である。
【0098】
<ムーニー粘度(ML
(1+4)(100℃))>
硝酸カルシウムと炭酸カルシウムとの4:1混合物の飽和水溶液200mlを室温にて攪拌した状態で、各エラストマー(XNBR)ラテックスをピペットにより滴下し、固形ゴムを析出させた。得られた固形ゴムを取り出し、イオン交換水約1Lでの攪拌洗浄を10回繰り返した後、固形ゴムを搾って脱水し、真空乾燥(60℃、72時間)して、測定用ゴム試料を調製した。得られた測定用ゴムを、ロール温度50℃、ロール間隙約0.5mmの6インチロールに、ゴムがまとまるまで数回通したものを用い、JIS K6300−1:2001「未加硫ゴム−物理特性、第1部ムーニー粘度計による粘度及びスコ−チタイムの求め方」に準拠して、100℃にて大径回転体を用いて測定した。
【0099】
<MEK不溶解分量>
MEK(メチルエチルケトン)不溶解(ゲル)成分は、次のように測定した。0.2gのXNBRラテックス乾燥物試料を、重量を測定したメッシュ籠(80メッシュ)に入れて、籠ごと100mLビーカー内のMEK溶媒80mL中に浸漬し、パラフィルムでビーカーに蓋をして、48時間、ドラフト内で静置した。その後、メッシュ籠をビーカーから取り出し、ドラフト内にて宙吊りにして1時間乾燥させた。これを、105℃で1時間減圧乾燥したのち、重量を測定し、籠の重量を差し引いて、XNBRラテックス乾燥物の浸漬後重量とした。
MEK不溶解成分の含有率(不溶解分量)は、次の式から算出した。
不溶解成分含有率(重量%)=(浸漬後重量g/浸漬前重量g)×100
【0100】
なお、XNBRラテックス乾燥物試料は、次のようにして作製した。すなわち、500mLのボトル中で、回転速度500rpmでXNBRラテックスを30分間攪拌したのち、180×115mmのステンレスバットに14gの該ラテックスを量り取り、一晩、常温乾燥させた。これを、50℃で24時間乾燥させてキャストフィルムとし、該フィルムを5mm四方にカットしてXNBRラテックス乾燥物試料とした。
【0101】
<凝固液の調製>
ハンツマン社(Huntsman Corporation)製の湿潤剤「Teric 320」(商品名)0.67gを水36.9gに溶解した液に、分散剤としてCRESTAGE INDUSTRY社製「S−9」(商品名、固形分濃度25.46%)23.6gを、あらかじめ計量しておいた水50gの一部を用いて約2倍に希釈した後にゆっくり加えた。容器に残ったS−9を残った水で洗い流しながら全量を加え、3〜4時間撹拌した。別に、1Lビーカー(アズワン社製、胴径105mm×高さ150mm)中に硝酸カルシウム四水和物143.9gを水114.5gに溶解させたものを用意し、撹拌しながら、先に調製したS−9分散液を硝酸カルシウム水溶液に加えた。5%アンモニア水でpHを8.5〜9.5に調整し、最終的に硝酸カルシウムが無水物として20%、S−9が1.2%の固形分濃度となるように水を加え、500gの凝固液を得た。得られた凝固液は、使用するまで1Lビーカーで撹拌を継続した。
【0102】
<硬化フィルムの製造>
上記得られた凝固液を撹拌しながら50℃に加温し、200メッシュのナイロンフィルターでろ過した後、浸漬用容器に入れ、洗浄後60℃に温めた陶製の板(200×80×3mm、以下「陶板」と記す。)を浸漬した。具体的には、陶板の先端が凝固液の液面に接触してから、陶板の先端から18cmの位置までを4秒かけて浸漬させ、浸漬したまま4秒保持し、3秒間かけて抜き取った。速やかに陶板表面に付着した凝固液を振り落し、陶板表面を乾燥させた。乾燥後の陶板は、手袋用ディップ組成物の浸漬に備えて、再び60℃まで温めた。
【0103】
上記手袋用ディップ組成物を、室温のまま200メッシュナイロンフィルターでろ過した後、浸漬用容器に入れ、上記の凝固液を付着させた60℃の陶板を浸漬した。具体的には、陶板を6秒かけて浸漬し、4秒間保持し、3秒かけて抜き取った。手袋用ディップ組成物が垂れなくなるまで空中で保持し、先端に付着したラテックス滴を軽く振り落した。
手袋用ディップ組成物に浸漬した陶板を、室温(23℃)で1分間放置した後(ゲリング)、50℃の温水で5分間リーチングした。その後70℃で1分間乾燥させ、120℃で30分間、熱硬化させた(キュアリング)。
得られた硬化フィルム(厚み:平均0.07mm)を陶板からきれいに剥がし、物性試験に供するまで、23℃±2℃、湿度50%±10%の環境で保管した。
【0104】
<硬化フィルムの評価>
(1)引張強度
硬化フィルムからJIS K6251の5号ダンベル試験片を切り出し、A&D社製のTENSILON万能引張試験機RTC−1310Aを用い、試験速度500mm/分、チャック間距離75mm、標線間距離25mmで、引張強度(MPa)を測定した。
【0105】
(2)疲労耐久性
硬化フィルムからJIS K6251の1号ダンベル試験片を切り出し、これを、人工汗液(1リットル中に塩化ナトリウム20g、塩化アンモニウム17.5g、乳酸17.05g、酢酸5.01gを含み、水酸化ナトリウムによりpH4.7に調整)中に浸漬して、上述の耐久性試験装置を用いて疲労耐久性を評価した。
【0106】
すなわち、
図7に示した装置を用いて、長さ120mmのダンベル試験片の2端部からそれぞれ15mmの箇所を固定チャック及び可動チャックで挟み、固定チャック側の試験片の下から60mmまでを人工汗液中に浸漬した。可動チャックを、147mm(123%)となるミニマムポジション(緩和状態)に移動させて11秒間保持したのち、試験片の長さが195mm(163%)となるマックスポジション(伸長状態)と、再びミニマムポジション(緩和状態)に1.5秒かけて移動させ、これを1サイクルとしてサイクル試験を行った。1サイクルの時間は12.5秒であり、試験片が破れるまでのサイクル数を乗じて、疲労耐久性の時間(分)を得た。
【0107】
(硬化フィルムの人工汗液中による引張強度低下の判断)
表5〜7には、人工汗液浸漬による引張強度低下の防止効果が悪いものは×、良いものは○、特に良いものは◎としているが、これは実際に硬化フィルムを測定したものではない。これは、20時間人工汗液中に浸漬したときのCa、Zn、Alを含む手袋について、引張強度の低下を実験した測定結果(表1、
図2、
図3)に基づいて判断したものである。
【0108】
(硬化フィルムの有機溶媒非透過性の判断)
表5〜7には、有機溶媒非透過性について悪いものは×、良いものは○、特に良いものは◎としているが、これは実際に硬化フィルムを測定したものではない。これは、Ca、Zn、Alを含む手袋について有機溶剤に対する膨潤性を、ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)により評価した結果(表3)に基づいて判断したものである。
また、Caに比べてZnが有機溶媒非透過性に優れていることは、実施例30の手袋の性能比較からもわかる。
【0109】
<手袋の製造>
図6−1、6−2に示す方法に従って、手袋を作製した。
【0110】
(5)酸化亜鉛とアルミニウム錯体による引張強度初期値、人工汗液中引張強度低下及び有機溶媒非透過性の改善を確認する実験
以下の表5の実施例6〜18においては、ディップ組成物にXNBRとしてNL120Hと、ポリカルボジイミドとしてE−03Aを主とするポリカルボジイミド当量が440以下の4種類のいずれかと、酸化亜鉛とを添加した。さらに一部の実施例ではアルミニウム錯体を加えた。各ディップ組成物を用いて、上記の<硬化フィルムの製造>に従い硬化フィルムを作製し、各物性を測定した。結果を表6に示す。
表6の結果から、各実施例では、いずれも引張強度が20MPa以上、疲労耐久性が200分以上で、人工汗液中での引張強度の低下防止、有機溶媒非透過性においても良好で問題がなかった。
実施例6〜9については、E−03Aをディップ組成物にわずか0.5重量%添加しただけで従来のXNBR手袋の疲労耐久性(200〜400分程度)を上回ることができること、酸化亜鉛の添加量が0.25重量%であっても適切な引張強度を得られ、さらに酸化亜鉛の添加量を増やすと引張強度を高めるように、コントロールできることが示された。
実施例10〜13については、E−03Aを1重量%とし、上記と同様に酸化亜鉛の添加量を増加していったものであるが、実施例6〜9と同様の傾向が見られた。
実施例14、15については、ディップ組成物にE−03Aを1重量%、酸化亜鉛を0.5重量%添加したことに加え、さらにアルミニウム錯体を0.2重量%(実施例14)、0.4重量%(実施例15)添加したものである。これらの結果を参照すると、アルミニウム錯体をディップ組成物に添加することによって、有機溶媒非透過性が増大することが分かった。
実施例16〜18については、E−03A以外の3種類のポリカルボジイミド(E−05、V−04、V−02−L2)のいずれかを用いた場合での実験結果を示したものである。これらはポリカルボジイミドの当量がいずれも440以下のものであり、カルボジイミド基の重合度が高いものである。いずれも良好な結果が得られた。
【0111】
【表5】
【0112】
(6)エラストマー(XNBR)のムーニー粘度とフィルムの引張強度、疲労耐久性の関係を確認する実験
以下の表6の実施例19〜29、参考例8については、ディップ組成物に、市販されているほぼ全てのXNBRのいずれかと、E−03Aを1重量%と、酸化亜鉛を0.5重量%添加したものである。表の左から右の列に向かって、エラストマー(XNBR)のムーニー粘度が増加する。各ディップ組成物を用いて、上記の<硬化フィルムの製造>に従い硬化フィルムを作製し、各物性を測定した。結果を表6に示す。表6の結果を見ると、実施例19〜29は概ね全て発明者らの求める物性に合格していた。ただし、参考例8で示されるようにエラストマー(XNBR)のムーニー粘度が175と非常に大きくなると、疲労耐久性が落ちることが分かった。また、縦軸に引張強度を取り、横軸にエラストマー(XNBR)のムーニー粘度を取ってプロットした結果を
図3に示す。
以上の表6と
図3の結果から、本発明の実施形態において用いるXNBRは、ムーニー粘度が70〜160程度のものであることが好適であると発明者らは考えている。
【0113】
【表6】
【0114】
(7)比較例(ディップ組成物に酸化亜鉛及びアルミニウム錯体を含まない場合)及び参考例(当量が高いカルボジイミド架橋剤を用いた場合、他)の物性の確認
表7の比較例5、6では、ディップ組成物が含有するエラストマー(XNBR)としてNL−120Hを用いた。各ディップ組成物を用いて、上記の<硬化フィルムの製造>に従い硬化フィルムを作製し、各物性を測定した。結果を表7に示す。
比較例5、6は、ディップ組成物にE−03A 1重量%又は0.5重量%を含有させた一方で、酸化亜鉛及びアルミニウム錯体を含有させなかった場合であり、本発明者らのポリカルボジイミドのみを架橋剤として用いて得た手袋における到達点を示したものである。そして、XNBRのムーニー粘度及びポリカルボジイミドの必要条件を絞り込むことによって優れた疲労耐久性と引張強度を持たせていたことを意味する。しかしながら、ポリカルボジイミドのみを架橋剤として用いた場合、もうひとつの架橋をカルシウム(Ca)に依存しているため、人工汗液中においてカルシウムが溶出しやすいこと、Zn架橋やAl架橋と比較するとそのイオン結合が弱いため、有機溶媒が透過しやすく、人工汗液中での引張強度の低下、有機溶媒非透過性に問題があることが分かった。
【0115】
表7の参考例9〜14では、比較例5、6と同様にディップ組成物が含有するエラストマー(XNBR)としてNL−120Hを用いた。各ディップ組成物を用いて、上記の<硬化フィルムの製造>に従い硬化フィルムを作製し、各物性を測定した。結果を表7に示す。
参考例9は、Ca架橋のみの例であり、Ca架橋は引張強度には寄与するが、疲労耐久性にはほぼ寄与していないことを示した。
参考例10は、ディップ組成物のpHを7に調整することで、Ca架橋を起こさないようにしてポリカルボジイミドのみの能力を確認したものである。その結果、ポリカルボジイミドのみによる架橋は疲労耐久性には寄与するが、引張強度には寄与しないことを示した。
参考例11〜14は、架橋剤として酸化亜鉛やアルミニウム錯体を含有しないので、いずれも人工汗液への浸漬後に引張強度が低下し、有機溶媒非透過性にも劣っていた。
【0116】
【表7】
【0117】
上記の(5)の実験結果(実施例6〜13)及び(7)の実験結果(比較例5、6)と、架橋剤として何も添加しないか、酸化亜鉛のみ(0.5重量%又は1重量%)をディップ組成物に添加して得た硬化フィルムの疲労耐久性の試験結果を
図4にまとめた。
図4の結果から、架橋剤として何も添加しない、又は酸化亜鉛のみをディップ組成物に添加した場合に比べ、ポリカルボジイミドをディップ組成物に添加した場合には、各段に疲労耐久性が向上することが分かった。さらに、ポリカルボジイミドの添加量を増加させた場合には、疲労耐久性がさらに向上することが分かった。
【0118】
(8)酸化亜鉛の添加による有機溶媒非透過性と疲労耐久性の改善の確認
実施例30と比較例7で用いたディップ組成物の組成を以下の表8に示す。各ディップ組成物を用いて、上記の<硬化フィルムの製造>に従い手袋を作製し、各物性を測定した。結果を表8に示す。本実験では、ディップ組成物にポリカルボジイミドと酸化亜鉛を添加して作製した手袋と、ディップ組成物に酸化亜鉛を添加せず、架橋剤としてポリカルボジイミドのみを用いて架橋させた手袋の性能を比較した。
【0119】
【表8】
【0120】
表8の結果より、以下のことが分かった。
(I)物理的特性
実施例30と比較例7で作製した手袋について、破断強度をEN455規格により測定し、その他の物性の測定をASTM規格により行った。その結果、実施例30では、破断強度が55.3MPa、300%モジュラスが9.52MPa、500%モジュラスが35.95MPa、破断時伸び率が567.6%であり、比較例7と比較して良好な結果を得た。
(II)疲労耐久性
実施例30の指股部分による特性試験の結果は504回であり、比較例7の86回と比較して大変良好な結果を得た。
(III)実施例30の有機溶媒非透過性は、ヘキサン26.0分、IPA24.0分であり、大変良好な結果を得た。
(IV)薬品非透過性
実施例30はEN374規格“Protective gloves against chemicals and micro-organisms”(JIS T 8116「化学防護手袋」)に定める耐透過性レベル2に近いほど有機溶媒非透過性が高かった。
【0121】
(9)EN374に基づく薬品透過性の性能レベルについて
EN374では、以下の表9のとおり、薬品非透過性の性能レベルで化学物質がゴム手袋を透過するまでに要する時間を表している。レベル2は、化学物質がゴム手袋を透過するまでに30分超過60分以下を要することを意味する。
【0122】
【表9】
【0123】
(10)人工汗液浸漬による物性低下の改善の確認
表10は、表2において確認した、架橋剤としてポリカルボジイミドのみを含有するディップ組成物を用いて得た手袋(比較例1)の人工汗液中における引張強度の低下が、他の手袋(参考例1〜3)と比較して大きかったという課題を、架橋剤として酸化亜鉛及びアルミニウム錯体を添加することにより改善したことを示す実験結果に関するものである。
実施例31〜34では、ディップ組成物として、エラストマー(XNBR)としてNL120Hを含有し、これに架橋剤としてポリカルボジイミド(E−03A)を0.5重量%と、酸化亜鉛を0.5重量%添加したもの(実施例31)、さらにこれにアルミニウム錯体を0.3重量%添加したもの(実施例32〜34)を準備した。
なお、アルミニウム錯体についてはクエン酸アルミニウム錯体(実施例32)、リンゴ酸アルミニウム錯体(実施例33)、水酸化アルミニウム錯体(実施例34)を用いた。
各ディップ組成物を用いて、上記の<硬化フィルムの製造>に従い硬化フィルムを作製し、各物性を測定した。結果を表10に示す。
この結果、酸化亜鉛の添加(実施例31)により23℃の人工汗液浸漬後の引張強度保持率が比較例1の48%から63%に大きく改善された。
さらにアルミニウム錯体を添加した場合(実施例32〜34)、人工汗液浸漬後における引張強度保持率は、23℃、50℃いずれの場合も大きく改善された。
また、各実施例の硬化フィルムについて、それぞれの人工汗液への浸漬前、浸漬後の金属含有量を計測したところ、カルシウムが最も溶出しやすく、亜鉛、アルミニウムは溶出しにくいことがわかった。特にアルミニウムは人工汗液の温度が50℃という過酷な条件でもほとんど溶出していないことがわかった。
また、いずれの実施例においても他の手袋(表2参考例1〜3)と比較しても少ない架橋剤の添加量でも充分な性能を持つフィルムを作成することができた。
【0124】
【表10】
【0125】
(11)ポリカルボジイミドと酸化亜鉛、アルミニウム錯体の組み合わせ効果の確認
表11は、表5の実施例6〜9、14、15の結果を受けて、さらに実用化に向けてポリカルボジイミドと酸化亜鉛、アルミニウム錯体の添加量とアルミニウム錯体の種類について検討した結果を示すものである。
実施例35〜38において、ディップ組成物へのポリカルボジイミド(E−03A)の添加量を0.5重量%、酸化亜鉛の添加量を0.5重量%で固定したのに対し、アルミニウム錯体は、クエン酸錯体を0〜0.5重量%の幅で調整して、その性能を検討した。
実施例39、40は、実施例38とアルミニウム錯体の種類をリンゴ酸錯体、水酸化錯体へと変更して検討したものである。その結果、いずれの実施例においても、十分な特性の手袋が得られることがわかった。
アルミニウム錯体を添加する点については、特に人工汗液中の引張強度低下防止と有機溶媒非透過性の向上に効果的である。アルミニウム錯体の種類については、クエン酸錯体、リンゴ酸錯体、水酸化錯体いずれも使用可能であることから、各種アルミニウム錯体が使用可能であることがわかる。実施例41〜43は、ディップ組成物へのポリカルボジイミド(E−03A)の添加量を1重量%とし、クエン酸錯体の量を調整した例であるが、他の実施例と同様に充分な物性が得られていた。
【0126】
【表11】
【0127】
(12)フィルム厚を薄くした場合の物性の確認
表12の実施例44及び45は、手袋の厚さを従来手袋の70μmからより薄くして、手袋性能が出ることを験証するために行ったものである。表12に記載の組成を有するディップ組成物を用いて、比較例1と同様に、
図6−1及び
図6−2に記載の手順により手袋を作製した。
このとき量産化を想定して保湿剤としてグリセリン2重量部をディップ組成物に添加した。
従来、手袋はMサイズで3.7g相当で厚さが約70μmであるのに対し、3.0〜3.2gの手袋(膜厚50〜60μm)を目標としたものである。
この結果、実施例45のみならず、44において薄手でも充分な物性が出せることを確認した。
【0128】
【表12】
【0129】
(13)手袋の製造時におけるキュアリング工程の温度範囲(低温)の確認
表13は、ポリカルボジイミドによる架橋とZn架橋、Ca架橋を有する手袋におけるキュアリング温度について検証した実施例である。
表13に示す組成を有するディップ組成物を調製し、
図6−1及び
図6−2に記載の手順により手袋を作製した。ただし、キュアリングについては、表13に示す条件で行った。
上記の実施例において、キュアリング温度は約120℃で行ってきた。これは従来からのXNBR手袋の製造において、キュアリング工程における温度が100〜140℃であることが技術常識であったことを踏襲して行っていたものである。
実施例46〜49において、キュアリング温度を常温(比較例8)、及び70〜100℃(実施例46〜49)に設定して実施したところ、キュアリング温度としては70℃以上あれば、充分な性能を有する手袋が作れることがわかった。
なお本実施例は、本発明の実施にあたっての量産条件を考慮し、ゲリング条件も実製造条件に近づけて、55℃130秒と過酷なものとし、保湿剤もディップ組成物に添加した上で、厚さ55μmと薄手のフィルムを作成、検証したものである。
【0130】
【表13】