特許第6822760号(P6822760)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6822760-止血材 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6822760
(24)【登録日】2021年1月12日
(45)【発行日】2021年1月27日
(54)【発明の名称】止血材
(51)【国際特許分類】
   A61L 15/32 20060101AFI20210114BHJP
【FI】
   A61L15/32 200
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-212384(P2015-212384)
(22)【出願日】2015年10月28日
(65)【公開番号】特開2017-80115(P2017-80115A)
(43)【公開日】2017年5月18日
【審査請求日】2018年10月26日
【審判番号】不服2020-1938(P2020-1938/J1)
【審判請求日】2020年2月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】507331782
【氏名又は名称】ながすな繭株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】特許業務法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 一稔
(72)【発明者】
【氏名】角 直祐
【合議体】
【審判長】 井上 典之
【審判官】 渕野 留香
【審判官】 小川 知宏
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/116994(WO,A1)
【文献】 特開2012−82240(JP,A)
【文献】 特開2012−82241(JP,A)
【文献】 特開2012−82244(JP,A)
【文献】 国際公開第01/42300/(WO,A1)
【文献】 第18回ポリマー材料フォーラム予稿集,2009,p.201[2PA18]
【文献】 J.Biomed.Mater.Res.B:Appl.Biomater.,2011,vol.99,no.1,pp.89−101
【文献】 J.Seric.Sci.Jpn.,2002,vol.71,no.1,pp.1−5
【文献】 日本シルク学会誌,2003,vol.12,pp.98−99
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L15/00-33/18
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブロイン多孔質体を用いた止血材であって、
前記フィブロイン多孔質体を、その濃度が100g/Lになるように、20℃の9mol/L臭化リチウム水溶液に溶解させた溶解液を、12,000min−1の回転数で5分間遠心分離して、デカンテーションで沈殿物を除去した後、透析により脱塩し、再度12,000min−1の回転数で30分間遠心分離して得られたフィブロイン水溶液を分子量測定溶液として準備し、
高速液体クロマトグラフを用いて前記分子量測定溶液のクロマトグラムを得て、
該クロマトグラムのピークトップを、
分子量マーカーとして、分子量290,000の酵母由来グルタミン酸脱水素酵素、分子量142,000の豚心筋由来乳酸脱水素酵素及び分子量67,000の酵母由来エノラーゼを使用して作成した較正曲線を用いて、タンパク質の分子量に換算したタンパク質換算分子量が171,000〜220,000である、止血材。
【請求項2】
記タンパク質換算分子量が180,000〜220,000である、請求項1に記載の止血材。
【請求項3】
前記フィブロイン多孔質体がシルクフィブロイン多孔質体である、請求項1又は2に記載の止血材。
【請求項4】
前記フィブロイン多孔質体の引張ひずみが52〜67%である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の止血材。
【請求項5】
前記フィブロイン多孔質体の引裂き強さが20〜45N/mmである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の止血材。
【請求項6】
前記フィブロイン多孔質体の25%圧縮応力が20〜25kPaである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の止血材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィブロイン多孔質体を用いた止血材に関する。
【背景技術】
【0002】
医療現場において止血は極めて重要な処置の1つであり、出血による患者の負担の軽減、予後改善、外科医の負担軽減等の観点から、止血に要する時間の短縮化、及び止血に至るまでの出血量を最小限に抑え、確実に止血することが要求される。
従来から、出血箇所に止血材を押し当てる方法、いわゆる圧迫法に用いられる止血材として、脱脂綿、コットンのガーゼ等を用いた製品が使用されてきた。
【0003】
止血効果を有する材料として、ウシ又は豚由来のアテロコラーゲンを原料としたコラーゲンのほか、ゼラチン、酸化セルロース、キチン誘導体等が知られている。
コラーゲンは血液と接触して血小板を活性化し、該活性化された血小板がコラーゲンに付着し、凝集塊を形成することで止血を可能とするものである(例えば、特許文献1参照)。また、ゼラチンは血液のような水分存在下においてゲルを形成し、出血部位の形状に沿って密着し得る柔軟性と、生体組織に対する高い接着性を示すことで、局所を圧迫して止血を可能とする止血材として用い得ることが知られている(例えば、特許文献2参照)。酸化セルロースは血液中のヘモグロビンと強い親和性を有するため、体内及び体外の創傷患部に施用することにより血液凝固作用、細胞拡張作用を促して自然治癒を図ることができ(例えば、特許文献3参照)、キチン誘導体は、血小板を活性化し、血液凝集を促すことで止血効果を発現することが知られている(例えば、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−316070号公報
【特許文献2】特開平7−163860号公報
【特許文献3】特開2000−256958号公報
【特許文献4】特開昭63−211232号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、脱脂綿、ガーゼ等の従来から汎用される止血材は、多量の出血を即時止血できない上に、創傷部に対する固着性が大きいため、剥離するときに使用部位に多くの繊維を残してしまい、これらの繊維を取り除く必要があった。
また、特許文献1及び2に記載のコラーゲン、ゼラチンを用いた止血材は、生体内分解性及び吸収性に優れる一方で、抗原性を有するテロペプチド部分の除去が困難であるという問題があり、また、プリオン混入等の動物由来の感染症の危険性があるため、生体に使用することは避けたほうがよいことが分かってきている。
【0006】
特許文献3に記載の酸化セルロースを用いた止血材は、材料が生体由来の材料ではないため、異物反応を誘発する問題があると共に、水溶性であるため取り扱い性にも問題がある。また、特許文献4に記載のキチン誘導体を用いた止血材は、血液を吸液することにより膨潤ゲル化するため、生体内で使用する場合に周辺組織を圧迫する危険性があると共に、ゲル化したときに機械的強度が低下するという問題もあった。
また、これらの止血材は、生体に対する固着力が大きいため、止血部が治癒した後、又は止血部を再処理するため該止血材を剥離しようとすると、その固着力に起因して、脆弱な新生組織を傷つける二次損傷が生じてしまい、生体に損傷を与えることなく止血材を除去することが困難であった。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、生体に対する安全性に優れ、止血時間が短く、生体から容易に除去することが可能であり、機械的強度及び柔軟性に優れる止血材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を達成するために鋭意研究を重ねた結果、下記の発明により当該課題を解決できることを見出した。
すなわち、本発明の要旨は、以下の[1]〜[6]のとおりである。
[1]タンパク質換算分子量が110,000〜310,000であるフィブロインを含有してなるフィブロイン多孔質体を用いた止血材。
[2]前記フィブロインのタンパク質換算分子量が180,000〜310,000である、上記[1]に記載の止血材。
[3]前記フィブロイン多孔質体がシルクフィブロイン多孔質体である、上記[1]又は[2]に記載の止血材。
[4]前記フィブロイン多孔質体の引張ひずみが52〜67%である、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の止血材。
[5]前記フィブロイン多孔質体の引裂き強さが20〜45N/mmである、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の止血材。
[6]前記フィブロイン多孔質体の25%圧縮応力が20〜25kPaである、上記[1]〜[5]のいずれかに記載の止血材。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、生体に対する安全性に優れ、止血時間が短く、生体から容易に除去することが可能であり、機械的強度及び柔軟性に優れる止血材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】クロマトグラムのピークトップの保持時間をタンパク質換算分子量に変換するための較正曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[止血材]
本発明の止血材は、タンパク質換算分子量が110,000〜310,000であるフィブロインを含有してなるフィブロイン多孔質体を用いてなるものである。
以下、本発明に用いるフィブロイン多孔質体について詳述する。
【0012】
<フィブロイン多孔質体>
本発明に用いるフィブロイン多孔質体は、タンパク質換算分子量が110,000〜310,000であるフィブロインを含有してなるフィブロイン多孔質体である。
本明細書において、タンパク質換算分子量とは、高速液体クロマトグラフ(HPLC)を用いて得られる評価試料のクロマトグラムを、分子量マーカーとしてグルタミン酸脱水素酵素(分子量:290,000)、豚心筋乳酸脱水素酵素(分子量:142,000)、酵母エノラーゼ(分子量:67,000)を使用して作成した較正曲線を用いて、タンパク質の分子量に換算した分子量を意味し、実施例に記載の方法により測定することができる。本明細書において「分子量」は、特に断らない限り「タンパク質換算分子量」を意味する。
【0013】
フィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインのタンパク質換算分子量は110,000〜310,000であり、140,000〜310,000であることが好ましく、180,000〜310,000であることがより好ましい。この範囲の分子量のフィブロインを含有するフィブロイン多孔質体は、機械的強度及び柔軟性に優れ、止血材として取り扱いが容易である。
【0014】
フィブロイン多孔質体中に含まれるフィブロインの含有量は、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上、特に好ましくは実質的に100質量%である。
【0015】
フィブロイン多孔質体の平均細孔径は、1〜500μmが好ましく、5〜300μmがより好ましく、10〜100μmがさらに好ましい。平均細孔径が上記範囲内であると、優れた機械的強度と止血効果とを両立することができる。
ここで、フィブロイン多孔質体の平均細孔径は、多孔質体断面の走査型電子顕微鏡写真を5枚撮影し、さらに異なる日に作製した多孔質体断面の走査型電子顕微鏡写真を5枚撮影し、それら10枚の走査型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトを用いて画像処理し、算出した細孔径の平均値である。
【0016】
フィブロイン多孔質体の大きさ、厚さに特に制限はなく、止血材の適用箇所等に応じて適切な大きさ、厚さのものを使用すればよい。また、加工によって所望の形状のフィブロイン多孔質体を得ることもできる。加工の方法に特に制限はなく、トムソン刃を使用した打ち抜き、バンドソーでのスライス加工等が挙げられる。
【0017】
フィブロイン多孔質体の25%圧縮応力は、20〜25kPaであることが好ましく、20〜23kPaであることがより好ましい。25%圧縮応力がこの範囲のフィブロイン多孔質体は、柔軟性に優れている。
フィブロイン多孔質体の引裂き強さは、20〜50N/mmであることが好ましく、25〜45N/mmであることがより好ましい。引裂き強さがこの範囲のフィブロイン多孔質体は、機械的強度、伸縮性及び柔軟性のバランスに優れる。
フィブロイン多孔質体の引張強さは、35〜75kPaであることが好ましく、40〜70kPaであることがより好ましい。引張強さがこの範囲のフィブロイン多孔質体は、機械的強度、伸縮性及び柔軟性のバランスに優れている。
フィブロイン多孔質体の引張ひずみは、52〜67%であることが好ましく、56〜65%であることがより好ましい。引張ひずみがこの範囲のフィブロイン多孔質体は、伸縮性に優れている。
なお、本明細書における引張強さ及び引張ひずみとは、試験片を万能試験機等で引っ張った際に、試験片が破断したときの応力及びひずみを意味し、引張ひずみ(%)の値は、[〔(変形後の長さ−変形前の長さ)/(変形前の長さ)〕×100]で表される比率の値を意味する。
フィブロイン多孔質体の25%圧縮応力、引裂き強さ及び引張ひずみは実施例に記載の方法により測定することができる。
【0018】
フィブロイン多孔質体の血液凝固時間は、速やかな止血を可能とする観点から、25分以下であることが好ましく、20分以下であることがより好ましく、15分以下であることがさらに好ましい。
なお、本発明において血液凝固時間は、下記の方法により測定された時間を意味し、具体的には、実施例に記載の方法により測定することができる。
300mmのフィブロイン多孔質体を投入した試験管を2本用意し、これらを37℃に加温した後、採血直後の血液を1.5mL(200mm/mL)添加した。次いで、1本目の試験管を30秒毎に傾け、血液の流動性を目視にて観察し、該1本目の試験管で血液凝固が観察された後、2本目の試験管を30秒毎に傾け、血液の流動性を目視にて確認し、採血開始から2本目の試験管で血液凝固が観察されるまでの時間を血液凝固時間とした。
【0019】
また、本発明の止血材は、創傷治癒の促進、浸出液の発生する創への固着の抑制効果が期待できるため、出血を伴う創のみでなく、浸出液の発生する創の被覆材としても好適に使用することができる。このため、出血の伴う創を本発明の止血材で止血した後に、適宜交換しながら本発明の止血材を創部に貼付し続けることで、止血効果だけでなく、創部への固着を抑制しながら、創傷治癒促進の効果も期待できる。
フィブロイン多孔質体の、浸出液が発生する創部に対する平均固着強さは、生体から容易に除去することを可能とする観点から、15g以下であることが好ましく、12g以下であることがより好ましく、10g以下であることがさらに好ましい。
なお、本発明において平均固着強さは、下記の方法により測定された時間を意味し、具体的には、実施例に記載の方法により測定することができる。
被験物質の創部に対する固着強さは、褥瘡を作製したラットの褥瘡を被験物質で被覆した後固定し、吊り秤(天衡商事、高精度光デジタルフォースゲージ)で該被覆物質を垂直に引っ張って被検物質を剥がしたときの重さの最大値を読み取ることで測定することができる。本発明においては、被検物質は褥瘡が完全に治癒するまでの間、2日ごとに新しいものに交換し、褥瘡が治癒するまでの各被検物質交換時に吊り秤が示した重さの最大値から、下記式により求められる値を平均固着強さとした。
平均固着強さ(g)=(褥瘡が治癒するまでの各被検物質交換時に吊り秤が示した重さの最大値の合計(g))/(各被検物質の交換回数)
なお、褥瘡が完全に治癒した状態とは、創部が完全に上皮化した状態を意味する。
【0020】
次に、フィブロイン多孔質体の製造に用いられるフィブロイン原料、及びフィブロイン多孔質体の製造方法について説明する。
【0021】
(フィブロイン原料)
フィブロイン多孔質体の原料として用いられるフィブロイン原料は、フィブロインに加え、セリシンを含む繭、生糸等の絹原料を精練し、セリシンを除去することで得られる。
使用する絹原料に特に制限はなく、繭、切繭、生糸等を使用することができる。蚕の品種にも特に制限はなく、例えば、家蚕、野蚕、天蚕等の天然蚕、トランスジェニック蚕などから産生されるシルクフィブロインなどを使用することができる。本発明においては、乾燥状態でも柔らかく、乾燥後の外観、スライス加工性に優れるフィブロイン多孔質体を得る観点から、シルクフィブロインを原料とすることが好ましい。
【0022】
通常、絹原料の精練は、アルカリ剤を溶解した水溶液中に絹原料を入れ、加熱するという工程で行われる。精練の方法に特に制限はなく、吊練り、機械練り、袋練り、泡練り等の手法を用いることができる。
精練に用いるアルカリ剤に特に制限はなく、マルセル石鹸、炭酸ナトリウム、重曹等を使用することができるが、石鹸の残留が懸念されることから、炭酸ナトリウム、重曹を用いることが好ましく、分子量の制御が容易なことから、炭酸ナトリウムを用いることがより好ましい。
水溶液中のアルカリ剤の濃度は、15%owf〜25%owfであることが好ましい。アルカリ剤の濃度をこの範囲に設定することで、効率良くセリシンを除去することができると共に、フィブロイン多孔質体の形成に適した分子量のフィブロイン原料を得ることができる。
精練時の浴比(フィブロイン原料の質量に対するアルカリ剤を溶解した水溶液の質量の比)は、20〜100倍であることが好ましい。精練時の浴比をこの範囲に設定することで、効率良くセリシンを除去することができる。
精練時の加熱温度は、セリシンを十分に除去可能であれば特に制限はないが、常圧の場合、85〜100℃が好ましい。温度をこの範囲に設定することで、効率良くセリシンを除去することができる。
精練の時間はセリシンを十分除去可能であれば特に制限はないが、3時間〜5時間であることが好ましい。精練の時間をこの範囲に設定することで、効率良くセリシンを除去することができると共に、フィブロイン多孔質体の形成に適した分子量のフィブロイン原料を得ることができる。
精練後はフィブロイン原料に付着したアルカリ及びセリシンを除去するため、湯洗浄、水洗浄を行った後、脱水、乾燥することが好ましい。
【0023】
フィブロイン原料は、タンパク質換算分子量が160,000〜410,000であることが好ましく、200,000〜360,000であることがより好ましく、240,000〜310,000であることがさらに好ましい。この範囲の分子量のフィブロイン原料を使用してフィブロイン多孔質体を作製することで、機械的強度及び柔軟性に優れるフィブロイン多孔質体が得られる。
フィブロイン原料のタンパク質換算分子量は、実施例に記載の方法で測定することができる。
【0024】
(フィブロイン多孔質体の製造方法)
以下、フィブロイン原料として好ましいシルクフィブロインを例にとって、フィブロイン多孔質体の製造方法について説明する。
シルクフィブロイン多孔質体は、その製造方法は問わないが、例えば、シルクフィブロイン水溶液を急速冷凍した後、結晶化溶媒に浸漬し、融解と結晶化を同時進行することによって得る方法(例えば、特開平8−41097号公報参照)、シルクフィブロイン水溶液を冷凍した後に長時間凍結状態を維持することで多孔質体を作製する手法(例えば、特開2006−249115号公報参照)、シルクフィブロイン水溶液に対して少量の水溶性液状有機物質を添加した後に、一定時間冷凍して融解することによって多孔質体を得る手法(例えば、特許第3412014号公報参照)等が挙げられる。
【0025】
〔シルクフィブロイン水溶液〕
シルクフィブロイン多孔質体の製造に用いるシルクフィブロイン水溶液を得る方法としては、公知のいかなる手法を用いてもよいが、シルクフィブロインは水に対する溶解性が低いため、例えば、前記シルクフィブロインを溶解液に溶解した後、溶解に使用した薬剤を除去する方法が好適である。具体的には、例えば、臭化リチウム水溶液、塩化カルシウム/エタノール水溶液等の中性塩溶液に溶解し、透析により脱塩する手法、過酸化水素水に溶解後、乾熱乾燥し、過酸化水素を除去する方法、銅エチレンジアミンに溶解し、銅イオン乖離剤を添加した後に透析する手法等を使用することができる。これらの中でも、後処理及び分子量調節の容易さから、中性塩溶液に溶解し、脱塩する手法が好ましい。
【0026】
使用する中性塩溶液としては、臭化リチウム水溶液、塩化カルシウム/エタノール水溶液が好ましい。中性塩溶液中の中性塩の濃度は、臭化リチウム水溶液の場合、8〜10mol/Lであることが好ましい。また、塩化カルシウム/エタノール水溶液の場合、塩化カルシウムとエタノールと水とをモル比1:2:8で混合した溶液を使用することが好ましい。中性塩の濃度をこの範囲に設定することで、シルクフィブロインを効率良く溶解することができる。
【0027】
シルクフィブロインの溶解温度は、シルクフィブロインが溶解する温度であれば特に制限はないが、臭化リチウム水溶液の場合、10〜40℃であることが好ましい。また、塩化カルシウム/エタノール水溶液の場合、70〜90℃であることが好ましく、75〜85℃であることがより好ましい。溶解温度をこの範囲に設定することで、効率良くシルクフィブロインを溶解可能であると共に、シルクフィブロイン多孔質体の形成に適した分子量のシルクフィブロイン水溶液を得ることができる。
【0028】
シルクフィブロインの溶解時間に特に制限はないが、臭化リチウム水溶液の場合、3時間〜24時間であることが好ましく、5時間〜18時間であることがより好ましい。また、塩化カルシウム/エタノール水溶液の場合、10分〜60分であることが好ましく、15分〜40分であることがより好ましい。溶解時間をこの範囲に設定することで、シルクフィブロインが十分に溶解すると共に、シルクフィブロイン多孔質体の形成に適した分子量のシルクフィブロイン水溶液を得ることができる。
【0029】
シルクフィブロイン水溶液中におけるシルクフィブロインの濃度は、溶解液に溶解可能な濃度であれば特に制限はないが、50g/L〜200g/Lであることが好ましく、100g/L〜150g/Lであることがより好ましい。シルクフィブロインの濃度をこの範囲に設定することで、シルクフィブロイン多孔質体の作製に適した濃度のシルクフィブロイン水溶液が得られる。シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインの濃度調整の方法としては、風乾による濃縮を経る手法が簡便で好ましい。
シルクフィブロインの濃度は、シルクフィブロイン水溶液を容器に入れて完全に乾燥し、その質量減少から次式のように求めることができる。
(シルクフィブロイン濃度(g/L))=(シルクフィブロイン水溶液の乾燥後質量(g))/(乾燥前のシルクフィブロイン水溶液の体積(L))
【0030】
脱塩の手法に特に制限はなく、透析膜を使用した透析、限外ろ過等により脱塩することができる。透析膜又は限外ろ過膜の分画分子量は5,000〜40,000であることが好ましく、5,000〜10,000であることがより好ましい。この範囲の分画分子量の透析膜又は限外ろ過膜を使用することで、脱塩効率とシルクフィブロインのロスの少なさとを両立することができる。
【0031】
シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインのタンパク質換算分子量は、160,000〜410,000であることが好ましく、200,000〜350,000であることがより好ましく、240,000〜310,000であることがさらに好ましい。この範囲の分子量のシルクフィブロインを含むシルクフィブロイン水溶液を使用してシルクフィブロイン多孔質体を作製することで、機械的強度及び柔軟性に優れるシルクフィブロイン多孔質体が得られる。
シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインのタンパク質換算分子量は、実施例に記載の方法で測定することができる。
【0032】
また、シルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液に特定の添加剤を加えて、該水溶液を凍結させ、次いで、融解させることにより製造することが好ましい。
【0033】
(添加剤)
前記添加剤としては、カルボン酸類、アミノ酸、水溶性液状有機物質等が好ましく挙げられる。また、シルクフィブロイン多孔質体の製造において用いられるカルボン酸類としては、pKaが、5.0以下のものが好ましく、3.0〜5.0のものがより好ましく、3.5〜5.0のものがさらに好ましい。
【0034】
カルボン酸類としては、少なくとも分子中に一つのカルボキシ基を有する有機酸であれば特に制限はないが、例えば、モノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸等が挙げられる。カルボン酸類としては、脂肪族カルボン酸類が好ましく、炭素数1〜6の脂肪族カルボン酸がより好ましく、炭素数2〜5の脂肪族カルボン酸がさらに好ましい。これらの脂肪族カルボン酸は飽和であってもよく、不飽和であってもよい。このようなカルボン酸として、具体的には、例えば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸等のモノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸等のジカルボン酸などが好ましく挙げられる。これらは単独で、又は複数種を組み合わせて用いることができる。人体への安全性を考慮すると、酢酸、乳酸及びコハク酸がより好ましい。
【0035】
前記アミノ酸としては、特に制限はなく、例えば、バリン、ロイシン、イソロイシン、グリシン、アラニン、セリン、スレオニン、メチオニン等のモノアミノカルボン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸等のモノアミノジカルボン酸(酸性アミノ酸)などの脂肪族アミノ酸;フェニルアラニン等の芳香族アミノ酸;ヒドロキシプロリン等の複素環を有するアミノ酸などが好ましく挙げられ、中でも形状の調整が容易な観点から、酸性アミノ酸、及びヒドロキシプロリン、セリン、スレオニン等のオキシアミノ酸が好ましい。同様の観点から、酸性アミノ酸の中でもモノアミノカルボン酸がより好ましく、アスパラギン酸及びグルタミン酸が特に好ましく、オキシアミノ酸の中でもヒドロキシプロリンがより好ましい。これらのアミノ酸は、いずれか1種を単独で、又は2種以上組み合わせて使用することができる。
なお、アミノ酸には、L型とD型の光学異性体があるが、L型とD型を用いた場合に、得られる多孔質体に違いが見られないため、どちらのアミノ酸を用いてもよい。
【0036】
前記水溶性液状有機物質は、常温(20℃)で液状であり、常温(20℃)で水と混合した際に、分離せずに溶解、又は混和するものをいう。水溶性液状有機物質としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール等のアルコール類;グリセリン、プロピレングリコール等の多価アルコール類;ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、アセトン、アセトニトリルなどが好ましく挙げられる。これらは単独で、又は複数種を組み合わせて用いることができる。人体への安全性を考慮すると、エタノール、ジメチルスルホキシド、グリセリン及びアセトンが好ましく、エタノール及びグリセリンがより好ましい。
【0037】
シルクフィブロイン水溶液に添加剤を用いる場合の添加剤の含有量は、0.1〜18体積%であることが好ましく、0.1〜5.0体積%であることがより好ましく、0.5〜4.0体積%であることがさらに好ましい。添加剤の含有量をこの範囲内に設定することで、十分な機械的強度を有するシルクフィブロイン多孔質体を製造することができる。
【0038】
シルクフィブロイン多孔質体は、例えば、前記シルクフィブロイン水溶液を型又は容器に流し込み、一定時間凍結した後に融解することで好適に得られる。
凍結温度としては、−10〜−30℃が好ましく、−15〜−25℃がより好ましい。凍結時間としては、添加剤を加えたシルクフィブロイン水溶液が十分に凍結し、かつ凍結状態を一定時間保持できるよう、4時間以上であることが好ましく、6時間以上であることがより好ましい。また、特に−15〜−25℃の温度条件下、6時間から100時間保持して凍結することが機械的強度に優れるシルクフィブロイン多孔質体を再現良く形成する観点から好ましい。
【0039】
ここで、前記シルクフィブロイン水溶液を一気に凍結温度まで下げて凍結してもよいが、凍結の前に過冷却状態を経ることが、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得る上で好ましい。例えば、添加剤を加えたシルクフィブロイン水溶液を一旦、−5℃で2時間保持して、その後、凍結温度まで下げて凍結することで、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。
【0040】
上記の手法でシルクフィブロイン水溶液を凍結させた後、次いで、融解することによって、シルクフィブロイン多孔質体が得られる。融解の方法としては、特に制限はなく、自然融解、恒温槽での保管等の方法が好ましく挙げられる。
【0041】
上記のようにして得られたシルクフィブロイン多孔質体には添加剤が残存する。残存する添加剤は用途に応じてそのままの状態としてもよいし、除去してもよい。添加剤をシルクフィブロイン多孔質体から除去する方法としては、例えば、シルクフィブロイン多孔質体を純水中に浸漬して除去することが最も簡便な方法として挙げられる。
【0042】
このようにして得られたシルクフィブロイン多孔質体は吸水した状態である。乾燥状態のシルクフィブロイン多孔質体が必要な場合、吸水状態のシルクフィブロイン多孔質体を乾燥すればよい。シルクフィブロイン多孔質体の乾燥の手法としては特に制限はないが、収縮を抑えるという意味で凍結乾燥が好ましい。凍結乾燥の場合、水分を完全に昇華させずに乾燥を終えると、残った氷が融解して水になり、その表面張力の影響で空孔が潰れてしまうため、水分が完全に昇華するまで乾燥することが好ましい。
【0043】
また、凍結乾燥の際、予めシルクフィブロイン多孔質体をグリセリン水溶液に浸漬することが、乾燥時のひび割れを防止すると共に、乾燥後にも柔軟な多孔質体が得られる観点から好ましい。
この場合、シルクフィブロイン多孔質体を浸漬するグリセリン水溶液におけるグリセリンの濃度は、0.5〜10体積%が好ましく、1〜8体積%がより好ましく、1.5〜6体積%がさらに好ましい。グリセリン濃度をこの範囲に設定することで、質感が良く、ひび割れの無い乾燥シルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。このようにして得られる乾燥シルクフィブロイン多孔質体はグリセリンを含有することを特徴とする。
【0044】
乾燥シルクフィブロイン多孔質体中のグリセリンの含有量は、20〜70質量%であることが好ましく、25〜60質量%であることがより好ましく、30〜50質量%であることがさらに好ましい。グリセリンの含有量をこの範囲とすることで、乾燥シルクフィブロイン多孔質体に適度な柔軟性を付与することができる。
乾燥シルクフィブロイン多孔質体中のグリセリンの含有量(質量%)は、乾燥シルクフィブロイン多孔質体に導入されたグリセリンの質量を、グリセリンが導入された後の乾燥シルクフィブロイン多孔質体の質量で割ったものとし、以下の式で算出した。
(乾燥シルクフィブロイン多孔質体中のグリセリンの含有量(質量%))=((グリセリンを導入した乾燥シルクフィブロイン多孔質体の質量)−(グリセリンを未導入の乾燥シルクフィブロイン多孔質体の質量))/(グリセリンを導入後の乾燥シルクフィブロイン多孔質体の質量)×100
【0045】
上記のようにして得られた乾燥シルクフィブロイン多孔質体は、水分を実質的に含まないものである。シルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液を凍結し、融解して得られるので、通常、細孔部に水分等が存在した状態となっている。通常のシルクフィブロイン多孔質体と乾燥シルクフィブロイン多孔質体とは、細孔部に存在する水等の量の点で状態は異なるものとなる。
【0046】
シルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液を流し込む容器を適宜選択することにより、シート状、ブロック状、管状等、目的に応じた形状とすることができる。
また、原料として用いるシルクフィブロイン及び添加剤の種類及び添加量を調節することで、シルクフィブロイン多孔質体の内部構造と固さを調整することができ、種々の固さを有するゲル状、シート状又はブロック状のシルクフィブロイン多孔質体を得ることができる。
【0047】
本発明の止血材は、必要な大きさに加工したフィブロイン多孔質体をそのまま用いてもよく、シート状のフィブロイン多孔質体を、ドレッシングフィルム、包帯、粘着テープ等で固定する形態で用いてもよい。
フィブロイン多孔質体は、乾燥状態でも柔らかいため、そのまま用いることもできるし、また、保湿剤を含ませて用いることもできる。保湿剤としては、グリセリン、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール等を使用することができる。なお、保湿剤を含ませた状態の場合には、使用直前まで、水分量を保った状態で、乾燥を防ぐように密閉状態にしておくことが好ましい。
【0048】
本発明の止血材として、フィブロイン多孔質体からなる多孔質層と、その一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有するフィブロイン多孔質体を用いてもよい。その場合、止血部に多孔質層が接し、止血部とは反対側の対向面にフィルム層が存在する状態で使用することが好ましい。このような方法で使用することにより、多孔質層による止血効果と機械的強度とを高度に両立させることができる。なお、フィルム層の細孔の数は制御することができ、必要に応じて少量の細孔を有するフィルム層とすることもできる。
【実施例】
【0049】
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
なお、以下の実施例において、フィブロイン原料のタンパク質換算分子量を測定するために調製したフィブロイン水溶液を「フィブロイン水溶液(A)」と称し、フィブロイン多孔質体の作製に用いるフィブロイン水溶液を「フィブロイン水溶液(B)」と称し、フィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインのタンパク質換算分子量を測定するために調製したフィブロイン水溶液を「フィブロイン水溶液(C)」と称する。
また、フィブロインのタンパク質換算分子量は以下の方法により測定した。
【0050】
〔フィブロイン原料の分子量測定準備〕
フィブロイン原料のタンパク質換算分子量を測定するために、まず下記の手法でフィブロイン水溶液(A)を調製した。
フィブロイン原料を20℃の9mol/L臭化リチウム水溶液に濃度が100g/Lになるよう投入し、10時間攪拌することで完全に溶解した。次いで、溶解液を遠心分離(回転数:12,000min−1、5分間)して、デカンテーションで沈殿物を除去した後、透析チューブ(Spectrum Laboratories,Inc.製、商品名:Spectra/Por 1 Dialysis Membrane、MWCO6,000−8,000)に注入し、超純水製造装置(PRO−0500及びFPC−0500(以上、型番)、オルガノ株式会社製)から採水した超純水5Lに対して12時間の透析を5回繰り返して脱塩した。次に、得られた溶液を再度遠心分離(回転数:12,000min−1、30分間)することで、フィブロイン水溶液(A)を得た。フィブロイン水溶液(A)中におけるフィブロイン濃度を前述の方法により測定した。得られたフィブロイン水溶液(A)をフィブロイン原料の分子量測定溶液とした。
【0051】
〔フィブロイン水溶液(B)のタンパク質換算分子量の測定準備〕
フィブロイン水溶液(B)は、後述の実施例に記載の方法により調製し、分子量測定溶液とした。
【0052】
〔フィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインの分子量測定準備〕
フィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインの分子量を測定するために、下記の手法でフィブロイン水溶液(C)を調製した。
フィブロイン多孔質体を20℃の9mol/L臭化リチウム水溶液に濃度が100g/Lになるよう投入し、10時間攪拌することで完全に溶解した。次いで、溶解液を遠心分離(回転数:12,000min−1、5分間)して、デカンテーションで沈殿物を除去した後、透析チューブ(Spectrum Laboratories,Inc.製、商品名:Spectra/Por 1 Dialysis Membrane、MWCO6,000−8,000)に注入し、超純水製造装置(PRO−0500及びFPC−0500(以上、型番)、オルガノ株式会社製)から採水した超純水5Lに対して12時間の透析を5回繰り返して脱塩した。次に、得られた溶液を再度遠心分離(回転数:12,000min―1、30分間)することでフィブロイン水溶液(C)を得た。フィブロイン水溶液(C)中におけるフィブロイン濃度を前述の方法により測定した。得られたフィブロイン水溶液(C)をフィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインの分子量測定溶液とした。
【0053】
〔移動相の調製〕
ガラスビーカーに超純水を700mL入れ、そこに硫酸ナトリウム(無水物、和光純薬工業株式会社製、試薬特級)14.2gと尿素(和光純薬工業株式会社製、試薬特級)120.1gを加えて得た溶液をビーカーごと超音波洗浄機に漬けて超音波処理し、完全に溶解させた。この溶液にさらにリン酸緩衝剤粉末(1.15mol/L、pH7.0、和光純薬工業株式会社製、生化学用)20gを加え、再度超音波処理をして溶解した。次いで、溶解後の溶液をメスフラスコに移し、1Lにメスアップした後に攪拌して均一な溶液とした。この溶液を分子量測定に使用する移動相とした。
【0054】
〔タンパク質換算分子量の測定〕
フィブロイン原料のタンパク質換算分子量を測定する場合はフィブロイン水溶液(A)を、フィブロイン水溶液(B)に含まれるフィブロインのタンパク質換算分子量を測定する場合はフィブロイン水溶液(B)自体を、フィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインのタンパク質換算分子量を測定する場合はフィブロイン水溶液(C)を用いて、下記の方法により、それぞれのタンパク質換算分子量を測定した。
以下、フィブロイン水溶液(A)〜(C)を「分子量測定溶液」と称する。
分子量測定溶液にフィブロイン濃度が10g/Lになるよう超純水を加えて混合し、続いてそこに移動相を加えて5倍に希釈し、得られた溶液を0.45μmのフィルタ(東洋濾紙株式会社製、商品名:25HP045AN)に通してろ過し、クロマトグラフ評価試料とした。
測定には高速液体クロマトグラフ(HPLC)本体(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、商品名:Chromaster(登録商標))と、そのオプションであるUV検出器(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、型番:5410)、ポンプ(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、型番:5110)、オートサンプラ(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、型番:5210)、カラムオーブン(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、型番:5310)に加え、カラム(昭和電工株式会社製、商品名:SHODEX(登録商標) PROTEIN KW−804)を組み合わせたHPLC装置を使用した。測定条件は移動相流量0.5mL/sec、カラム温度30℃、検出波長UV220nmとした。
得られたクロマトグラムをタンパク質分子量に換算するための較正曲線の作成には、分子量マーカーとしてHPLC用分子量マーカータンパク質である酵母由来グルタミン酸脱水素酵素(分子量:290,000、Oriental Yeast Co.,LTD.製、商品名:MW−Marker(HPLC))、豚心筋由来乳酸脱水素酵素(分子量:142,000、Oriental Yeast Co.,LTD製、商品名:MW−Marker(HPLC))、酵母由来エノラーゼ(分子量:67,000、Oriental Yeast Co.,LTD製、商品名:MW−Marker(HPLC))を使用した。
HPLC装置に移動相を1時間流しベースラインが安定するのを待った。ベースライン安定後に、各分子量マーカーが水溶液中でそれぞれ0.05質量%となるように溶解した分子量マーカー水溶液を22μL注入して、得られたクロマトグラムのピークトップと分子量マーカーの分子量から較正曲線を作成した。較正曲線を図1に示す。次いで、クロマトグラフ評価試料を22μL注入して得られるクロマトグラムのピークトップの位置から較正曲線を使用してフィブロインのタンパク質換算分子量を測定した。
【0055】
[フィブロイン多孔質体の製造]
実施例1
(アルカリ精練)
炭酸ナトリウム水溶液2Lを精練液として使用し、表1に記載の条件で切繭の精練を行った。精練容器には3Lのガラスビーカーを使用し、精練の加熱はホットスターラー(アズワン株式会社製、商品名:CT−5HT)をK熱電対で温度制御しながら行い、攪拌はガラス棒で適宜行った。得られた精練後の切繭を60℃のお湯で十分に洗浄した後に、純水でも洗浄を行った。洗浄後の切繭を24℃の室内で2週間かけて自然乾燥し、完全に乾燥させて、フィブロイン原料とした。次いで、練減率を下記式に従って算出した。結果を表1に示す。
練減率(質量%)=(精練前質量−精練後質量)÷精練前質量×100
また、得られたフィブロイン原料を用いて、前述の方法でフィブロイン水溶液(A)を調製し、フィブロイン原料のタンパク質換算分子量を測定した結果を表1に示す。
【0056】
(フィブロイン水溶液(B)の調製)
フィブロイン水溶液(B)を調製するにあたって、まず、上記のアルカリ精練を行って得られたシルクフィブロイン原料を、20℃の9mol/L臭化リチウム水溶液1Lに濃度が100g/Lになるよう投入し、10時間攪拌することで完全に溶解した。次いで、溶解液を遠心分離(回転数:12,000min−1、5分間)して、デカンテーションで沈殿物を除去した後、透析チューブ(Spectrum Laboratories,Inc.製、商品名:Spectra/Por(登録商標) 1 Dialysis Membrane、MWCO6,000−8,000)に注入し、超純水製造装置(PRO−0500及びFPC−0500(以上、型番)、オルガノ株式会社製、)から採水した超純水5Lに対して12時間の透析を5回繰り返して脱塩した。次に、得られた溶液を再度遠心分離(回転数:12,000min−1、30分間)することでフィブロイン水溶液(B)を得た。フィブロイン水溶液(B)中におけるフィブロイン濃度を前述の方法により測定した。
また、前述の方法でフィブロイン水溶液(B)中のフィブロインのタンパク質換算分子量を測定した結果を表1に示す。
【0057】
(フィブロイン多孔質体の作製)
フィブロイン水溶液(B)に、フィブロイン濃度30g/L、酢酸濃度2.0%(v/v)となるように酢酸及び超純水を加えた。次に、得られた溶液をアルミ板で作製した型(内側サイズ;400mm×300mm×10mm)に流し込み、予め−5℃に冷却しておいた液冷式低温恒温槽(株式会社前川製作所製)に入れて−5℃で2時間静置した。冷媒としてはナイブライン(登録商標)Z1(株式会社MORESCO製、商品名)を使用した。その後、−3℃/時間の速度で−20℃まで冷却し、そのままの温度で5時間保持して凍結した。
凍結した試料を自然解凍で室温に戻し、型から取り出した後、超純水に浸漬し、超純水を1日2回、3日間交換することによって、使用した酢酸を除去し、フィブロイン多孔質体を得た。得られたフィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインのタンパク質換算分子量を前述の方法で測定した結果を表1に示す。
【0058】
実施例2〜5、比較例1及び2
実施例1において精練時間を、表1に示すとおりに変えた以外は実施例1と同様にして、フィブロイン多孔質体を得た。得られたフィブロイン原料、フィブロイン水溶液(B)及びフィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインのタンパク質換算分子量を前述の方法で測定した結果を表1に示す。
【0059】
実施例6
フィブロイン水溶液(B)の調製方法を以下に記載した方法とした以外は実施例1と同様にして、フィブロイン多孔質体を得た。得られたフィブロイン原料、フィブロイン水溶液(B)及びフィブロイン多孔質体に含まれるフィブロインのタンパク質換算分子量を前述の方法で測定した結果を表1に示す。
【0060】
(フィブロイン水溶液(B)の調製−2)
フィブロイン水溶液(B)は、アルカリ精練を行って得られたシルクフィブロイン原料を20℃の塩化カルシウムとエタノールと水とをモル比1:2:8で混合した溶液1Lにフィブロインの濃度が100g/Lになるよう投入し、80℃で40分間加熱、攪拌することで完全に溶解した。次いで、溶解液を遠心分離(回転数:12,000min−1、5分間)して、デカンテーションで沈殿物を除去した後、透析チューブ(Spectrum Laboratories,Inc.製、商品名:Spectra/Por 1 Dialysis Membrane、MWCO6,000−8,000)に注入し、超純水製造装置(PRO−0500及びFPC−0500(以上、型番)、オルガノ株式会社製)から採水した超純水5Lに対して12時間の透析を5回繰り返して脱塩した。次に、得られた溶液を再度遠心分離(回転数:12,000min−1、30分間)することでフィブロイン水溶液(B)を得た。フィブロイン水溶液(B)中におけるフィブロイン濃度を前述の方法により測定した。
【0061】
[機械特性の評価]
上記で得られたフィブロイン多孔質体について、以下の条件により25%圧縮応力、引裂き強さ、引張強さ及び引張ひずみを測定した。結果を表1に示す。
【0062】
(25%圧縮応力の測定)
フィブロイン多孔質体について、万能試験機(型番:EZ−(N)S、株式会社島津製作所製)を用い、ロードセルは50N、治具として直径8mmの円形の圧縮板を用いて、圧縮速度1mm/min、室温22℃の条件下で、材料の厚さの25%を圧縮板で押し込んだときのロードを測定し、以下の式により算出した値を25%圧縮応力(kPa)とした。
25%圧縮応力(kPa)=材料の厚さの25%を圧縮板で押し込んだときのロード/圧縮板の面積(mm)×1000
【0063】
(引裂き強さの測定)
100mm×15mmの大きさで、かつ長さ40mmの切込みを入れた、トラウザ形に打ち抜いたフィブロイン多孔質体の試験片について、万能試験機(型番:EZ−(N)S、株式会社島津製作所製)を用い、ロードセルは50N、つかみ具は引張試験用の冶具を用い、引裂き速度200mm/min、初期つかみ具間距離40mm、室温22℃の条件下で、引裂き力の中央値を測定し、以下の式により算出した値を引裂き強さとした。
引裂き強さ=引裂き力の中央値(N)/試験片の厚さ(mm)
【0064】
(引張強さ及び引張ひずみの測定)
50mm×5mmの大きさに打ち抜いたフィブロイン多孔質体の試験片について、万能試験機(型番:EZ−(N)S、株式会社島津製作所製)を用い、ロードセルは50N、つかみ具は引張試験用の冶具を用い、引張速度5mm/min、初期つかみ具間距離30mm、室温22℃の条件下で試験片を引張り、試験片が破断した時の応力とひずみをそれぞれ引張強さ、引張ひずみとした。
【0065】
【表1】
【0066】
表1より、実施例1から6においてはいずれも練減率は31質量%前後であり、セリシンがほぼ完全に除去されていることが分かった。
表1より、実施例1から6においてフィブロイン多孔質体の25%圧縮応力は、分子量が高すぎる比較例2と比べて低く、柔軟性に優れていることが分かった。
表1より、実施例1から6においてはフィブロイン多孔質体の引裂き強さは、分子量が低すぎる比較例1と比べて高く、機械的強度に優れていることが分かった。
表1より、実施例1から6においてはフィブロイン多孔質体の引張強さは、分子量が低すぎる比較例1と比べて高く、機械的強度に優れていることが分かった。
表1より、実施例1から6においてはフィブロイン多孔質体の引張ひずみは、適切な分子量でない比較例1、比較例2と比べて高く、伸縮性に優れていることが分かった。
表1より、実施例1から6においてはフィブロイン原料及びフィブロイン水溶液のタンパク質換算分子量は168,000〜403,000であったが、精練時間の長い比較例1では126,000、精練時間の短い比較例2では731,000であり、精練時間が長くなるにつれ分子量が低下していることが分かった。
表1より、実施例1から6においてはフィブロイン多孔質体のタンパク質換算分子量は119,000〜308,000であったが、精練時間の長い比較例1では92,000、精練時間の短い比較例2では592,000であり、精練時間が長くなるにつれ分子量が低下していることが分かった。
以上より、タンパク質換算分子量が160,000〜410,000のフィブロイン原料を使用して作製したフィブロイン水溶液のタンパク質換算分子量は160,000〜410,000であり、また、そのフィブロイン水溶液を使用して作製したフィブロイン多孔質体のタンパク質換算分子量は110,000〜310,000であり、これらのフィブロイン多孔質体は、いずれも機械的強度、伸縮性及び柔軟性に優れていることが分かった。このように、本発明の止血材は、優れた機械的強度を有するため、取り扱いが容易であり、止血部の圧迫等にも利用できる。また、十分な柔軟性を有するため、出血部位の形状に沿って密着させることが可能であり、止血を効果的に行うことができる。
【0067】
[血液凝固時間の測定]
実施例7、比較例3〜6
(1)乾燥フィブロイン多孔質体の調製
実施例4で作製したフィブロイン多孔質体を3体積%グリセリン水溶液に48時間浸漬した後、−25℃の冷凍庫中で10時間静置して完全に凍結させた。凍結したフィブロイン多孔質体の水分を凍結乾燥機を用いて完全に昇華させ、乾燥フィブロイン多孔質体を作製した。
(2)被検物質
被検物質として、上記で作製した乾燥フィブロイン多孔質体(多孔質体A)、ゼラチンスポンジ(アステラス製薬株式会社製、商品名:スポンゼル)、キチンスポンジ(ニプロ株式会社製、商品名:ベスキチンF(N))、アルギン酸塩不織布(スミスアンドネフュー社製、商品名:アルゴダームトリオニック)を準備した。
(3)試料血液
インフォームドコンセントを行い、健常者3人から、抗凝固剤の非存在下で約40mlの血液を採取し、採取された血液をそれぞれ血液A、B及びCとした。試料血液は保存せず、採血直後、速やかに使用した。
(4)血液凝固時間の測定
はじめに、4種類の被験物質から、それぞれ300mmの試料2セットを切り出し、シリコナイズ処理をした試験管2本に、それぞれの被験物質を1セットずつ入れた。また、空の試験管2本をブランクとして用いた。
あらかじめ、それぞれの試験管を37℃で加温した後、それぞれの試験管に採血直後の血液Aを1.5mL(200mm/mL)添加し、タイマーをスタートさせた。それぞれの被験物質1本目の試験管を30秒毎に傾け、血液の流動性を目視にて観察した。さらに1本目の試験管で血液凝固が観察された後、2本目の試験管を30秒毎に傾け、血液の流動性を目視にて確認した。
採血開始から2本目の試験管で血液凝固が観察されるまでの時間を血液凝固時間とした。血液B及びCについても同様の操作を繰り返し、血液凝固時間を測定した。血液A〜Cの平均値を、各被験物質の血液凝固時間とした。結果を表2に示す。
【0068】
【表2】
【0069】
表2より、フィブロイン多孔質体を用いた本発明の止血材は、止血材を使用しなかった比較例3に比べて血液凝固時間を短縮できており、止血効果を有することが分かる。また、本発明の止血材は、既存の止血材として知られるゼラチンスポンジより血液凝固時間が短く、キチンスポンジ、アルギン酸不織布と同等の止血効果を有することが分かる。
【0070】
[生体への固着力測定]
実施例8、比較例7〜11
(1)被検物質
被検物質として、実施例7で作製した乾燥フィブロイン多孔質体、ウレタンスポンジ(スミスアンドネフュー社製、商品名:ハイドロサイトプラス)、アルギン酸塩不織布(スミスアンドネフュー社製、商品名:アルゴダームトリオニック)、非固着性ガーゼ(スミスアンドネフュー社製、商品名:メロリン(滅菌済))及びハイドロコロイドドレッシング(3M社製、商品名:テガダームハイドロコロイド)を準備した。
(2)試験方法
(2−1)褥瘡モデルの作製
ラット(Slc:SD(SPF)8週齢、日本エスエルシー株式会社)を試験に用いた。予め右第三転子上の皮膚を広範囲に電気バリカン(大東電機工業株式会社製、商品名:ELECTRIC CLIPPER MODEL5500)及び電気シェーバー(セイコーエスヤード株式会社製、商品名:Cleancut ES−412)を用いて除毛した上記ラットに、ペントバルビタールナトリウム50mg/kgを腹腔内投与し、更に、アロバルビタール20mg/kgを腹腔内投与して麻酔し、木製固定板上に腹位に固定した。大腿部と前記固定板との間にクッションとして脱脂綿を入れ、右第三転子上の皮膚に、ゴム栓(直径12mm)をつけた1.02〜1.03kgのステンレス棒(直径19mm、長さ50cm)をのせて24時間圧負荷(902.3〜911.2g/cm)した。圧負荷時間中、ペントバルビタールナトリウム及びアロバルビタールの追加麻酔を施した。24時間後に圧負荷を解除し、5%ブドウ糖水溶液を経口投与した後、圧負荷解除2日後にイソフルラン麻酔下にて壊死した皮膚を外科的に除去し、褥瘡モデルとした。
(2−2)創部の処置及び被験物質の投与
ラットに作製した褥瘡に2cm角に裁断した被検物質を被せ、その上から3cm角に裁断したガーゼ(白十字株式会社製)で覆い、4cm角に裁断したドレッシングフィルム(スミスアンドネフュー社製、商品名:オプサイトジェントルロール)で固定した。更に、5cm角に裁断した伸縮性包帯エラストポアNo.50(ニチバン株式会社製)2枚を交叉して貼り、伸縮性包帯エラストポアNo.12(ニチバン株式会社製、1.2×60cm)で固定した。ハイドロコロイドドレッシングについては、離型紙を剥がし粘着面が創傷面に当たるように投与し、その上からガーゼを被せ、更に、伸縮性包帯で固定した。被検物質は褥瘡が完全に治癒するまでの間、2日ごとに新しいものに交換した。被検物質交換時には、以下の方法で創部への固着の強さを測定した。また、新しい被検物質を貼付する前には、生理食塩液(株式会社大塚製薬工場製)に浸した脱脂綿で創部を清拭した。また、創部が完全に上皮化したタイミングを治癒と判定した。
(2−3)創部への固着の強さの測定
被験物質の創部に対する固着の強さを、吊り秤(天衡商事、高精度光デジタルフォースゲージ)で測定した。被験物質交換時に被検物質を剥がさないように固定している伸縮性包帯類を除去した後に、吊り秤で被検物質を垂直に引っ張って被検物質を剥がした。その時の重さの最大値を読み取って記録し、以下の式に従って、各被検物質の交換時の創部に対する平均固着強さを算出した。
平均固着強さ(g)=(褥瘡が治癒するまでの各被検物質交換時に吊り秤が示した重さの最大値の合計(g))/(各被検物質の交換回数)
結果を表3に示す。なお、治癒に要した日数とは、各被検物質の貼付を始めた日から、創部が完全に上皮化した日までの日数を表す。
【0071】
【表3】
【0072】
表3より、フィブロイン多孔質体を用いた本発明の止血材は、創部に対する固着力が小さく、生体から容易に除去することが可能であることが分かる。
本発明の止血材を貼付した場合には、ガーゼ類を創部に貼付した場合と比較して治癒に要する日数が短いことが確認された。また、比較例8、9及び11の既存の湿潤療法向け創傷被覆材として知られる材料と比較しても遜色ないことが分かった。このように。本発明の止血材は、止血のみならず、創部に貼付することで、創傷治癒促進効果が期待できる。
図1