(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
植物が産生する二次代謝物質は、一次代謝物質から派生してできたものであり、食料品や医薬品、香料(精油)等として広く利用されている。特に、双子葉植物の花は香気成分を蓄積する主要な器官であり、多くの香料(精油)が双子葉植物の花から抽出されている。精油に含まれる二次代謝物質は、花が形成される生殖成長期において、葉身等の他の器官で産生した物質が葉茎や茎を通じて花に移動し、且つ幾つかの酵素による化学変換を経て蓄積される。花から精油を抽出するにあたっては、葉や茎等に由来する夾雑物が抽出の妨げとなり、また、精油の品質を低下させることから、植物体から花のみを採取(収穫)して注意深く分別する。また、抽出の前処理として予め花を乾燥する場合もある。
【0003】
植物における二次代謝物質の組成や産生量は、植物の栽培条件等に大きく影響されることが知られており、従来、所望の二次代謝物質を安定的に取得するための技術開発が行われている。例えば、特許文献1には、カンゾウ属植物の養液栽培において、収穫前に低温栽培を行い、収穫後にはカンゾウ属植物の根部を採取して特定条件で貯蔵、乾燥処理を行うことにより、カンゾウ属植物の根部における薬用成分濃度向上方法が報告されている。
また、植物の栽培中や収穫後に特定波長領域の光を照射する技術として、特許文献2及び3には、白菜(チンゲン菜)や緑色ブロッコリ等のクロロフィルを含有する植物細胞や植物組織、或いはクロロフィルを含む採取された植物細胞や植物組織に、赤色光等の所望の波長の光を照射することによって、前記植物細胞内または植物組織内のアスコルビン酸、グルタチオン等の濃度を上昇する方法が報告されている。さらに、特許文献4には、カモミールに、波長域400〜515nm及び570〜730nmの光合成光量子束密度(PPFD)比が1:4〜1:2の光を照射して栽培し、収穫後約60℃で温風乾燥、抽出したカモミール抽出物の抗酸化効果等の効果を高める方法が報告されている。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の、収穫後の双子葉植物の花に含まれる二次代謝物質を増量する方法は、双子葉植物を、花、葉及び茎を有する状態で収穫し、400〜500nmの波長領域にピーク波長を有する青色光、及び600〜700nmの波長領域にピーク波長を有する赤色光のいずれか一以上の光を照射しながら乾燥を行う工程を含む、方法である。
【0010】
(双子葉植物)
双子葉植物は、被子植物の分類群の一つで、双子葉類とも称される。
双子葉植物としては、APG(Angiosperm Phyrogeny Group 被子植物系統研究グループ)に基づく植物の分類体系におけるキク類キキョウ群の植物が好ましい。キキョウ群は、例えば、モチノキ目(モチノキ科等)、エスカロニア目(エスカロニア科)、キク目(キク科、ミツガシワ科等)、セリ目(セリ科、ウコギ科)等を含む。なかでも、キク目(Asterales)の植物が好ましく、キク科(Asteraceae)の植物がより好ましい。
キク科の植物としては、例えば、シカギク属(ジャーマンカモミール等)、カモマイル属(ローマンカモミール等)、ガーベラ属(ガーベラ等)、キク属(キク等)、ヒマワリ属(ヒマワリ等)等が挙げられ、好ましくはシカギク属(Matricaria)であり、より好ましくはジャーマンカモミール(Matricaria recutita L.)である。
【0011】
双子葉植物の栽培は、特に制限されず、土耕栽培、水耕栽培で行うことができる。微生物による汚染リスクが低い点から、好ましくは水耕栽培である。
栽培は、温度や相対湿度、光、明暗周期、二酸化炭素濃度等が制御された条件下で行うことが好ましい。栽培条件は、双子葉植物の種類によって適宜設定することができる。
【0012】
栽培後は、花、葉及び茎を有する状態で収穫する。ここで、収穫は、植物の生長環境から切り離すことを意味する。花、葉及び茎を有する双子葉植物は、花及び葉がそれぞれ切断されることなく茎に接続している状態であればよい。
花、葉及び茎を有する状態の双子葉植物は、生長時の双子葉植物から根を有する茎部分を切断した植物部位であることが好ましい。花、葉及び茎から切り離された根を有する植物本体は、連続的に再生栽培に利用することができる。
双子葉植物の収穫は、開花後、適当な時期に行えばよい。例えば、カモミールの場合、1本の茎につく蕾のほとんどが、花弁が水平になる程度に開花していることが好ましい。
【0013】
(乾燥工程)
本発明では、収穫後の花、葉及び茎を有する双子葉植物に、400〜500nmの波長領域にピーク波長を有する青色光、及び600〜700nmの波長領域にピーク波長を有する赤色光のいずれか一以上の光を照射しながら乾燥を行う。一般的に、双子葉植物の花から香料(精油)を取得するにあたっては、花のみを植物体から収穫して乾燥が行われるところ、花及び葉がそれぞれ切断されることなく茎に接続している状態で収穫して乾燥することで、乾燥後の花に含まれる二次代謝物質を増量することができる。二次代謝物質量が増加する理由は明らかではないが、収穫後の光照射により、花以外の器官における二次代謝物質の産生、葉茎や茎を通じた移動が促され、結果として花に蓄積される二次代謝物質量が増加するものと考えられる。
乾燥工程は、双子葉植物を、花、葉及び茎を有する状態で収穫した後速やかに行うことが好ましい。
【0014】
(光照射)
収穫後の花、葉及び茎を有する双子葉植物に照射する光は、400〜500nmの波長領域にピーク波長を有する青色光、及び600〜700nmの波長領域にピーク波長を有する赤色光のいずれか一以上の光である。
光源は、例えば、レーザー、発光ダイオード(LED)等が挙げられ、好ましくは発光ダイオード(LED)である。光源は、花、葉及び茎を有する双子葉植物全体に光照射されるように、植物の上方向、斜上方向、側方向に設置するのが好ましい。
【0015】
光量は、光合成有効光量子束密度(PPFD:photosynthetic photon flux density)として表される。照射する光の光合成有効光量子束密度は、植物体内の代謝を促す点から、好ましくは50〜250μmol m
-2s
-1であり、より好ましくは100〜200μmol m
-2s
-1である。なお、青色光と赤色光を組み合わせて照射する場合は、その合計の光量を意味する。
【0016】
青色光と赤色光を組み合わせて照射する場合、青色:赤色の光量比(PPFDの比)は、好ましくは1:4〜4:1、より好ましくは1:3〜2:1である。
【0017】
また、照射時間は、1日24時間を周期として、連続24時間照射(24時間日長)を行ってもよいが、明暗周期を設定することもできる。暗周期を設定する場合は、4〜8時間が好ましく、6〜8時間がより好ましい。二次代謝物質の産生の点から、光の照射時間は、好ましくは連続して16〜20時間であり、より好ましくは16〜18時間である。光照射は乾燥工程中にわたって行うのが好ましく、連続して1日以上、更に2日以上行うのがより好ましい。
【0018】
(乾燥方法)
乾燥方法は、例えば、静置乾燥、温風乾燥等が挙げられる。温風乾燥を行う場合は、双子葉植物から抽出する精油量の低下および品質の低下を抑制する点から、40℃以下で行うのが好ましい。乾燥方法は、好ましくは静置乾燥である。ここで、静置乾燥は、収穫後の花、葉及び茎を有する双子葉植物を静置状態で自然乾燥する方法で、例えば棚型乾燥機等で行うことができる。
乾燥条件としては、好ましくは乾燥温度4〜35℃、より好ましくは15〜25℃であり、好ましくは相対湿度20〜80%、より好ましくは45〜60%、乾燥日数1〜20日の範囲であることが好ましく、乾燥終了後の植物体の重量が収穫直後に比べ、1/5以下になっていることが望ましい。さらに、二次代謝物質量の増加の点から、乾燥室内の二酸化炭素濃度が200〜2000ppmであることが好ましい。
【0019】
(紫外線照射処理)
本発明では、収穫後の花、葉及び茎を有する双子葉植物に上記所定の光を照射するに先立って、紫外線照射処理を施してもよい。予め紫外線照射処理を行うことで、乾燥後の花に含まれる二次代謝物質をより一層増量することができる。
紫外線は波長により、A領域(UV−A;波長315〜400nm)、B領域(UV−B;波長280〜315nm)、C領域(UV−C;波長100〜280nm)に分けられる。本発明で用いられる紫外線は、A領域(UV−A;波長315〜400nm)が好ましい。
紫外線の照射には、キセノンランプ、キセノン−水銀ランプ、メタルハライドランプ、高圧水銀ランプ、低圧水銀ランプ、LED等の公知の光源を用いることができる。
紫外線の光照度は、好ましくは1〜5W m
-2である。また、照射時間は、二次代謝物質の蓄積増加の点から、好ましくは5分以上16時間以内である。
【0020】
本発明においては、光の積算エネルギー量が、0.5〜55MJm
−2の範囲となるよう光照射を行うのが好ましく、1.6〜50MJm
−2の範囲がより好ましい。ここで、光の積算エネルギー量は、紫外線照射処理を行う場合は、紫外線と、上記青色光及び赤色光のいずれか一以上の光を合わせた量であり、紫外線照射処理を行わない場合は、前記青色光及び赤色光のいずれか一以上の光の積算エネルギー量である。
【0021】
かくして、収穫後の双子葉植物の花に含まれる二次代謝物質を増量することができる。
本発明方法により得られる双子葉植物の花に含まれる二次代謝物質量は、光を照射しない暗条件で乾燥して得られる花に比較して、好ましくは10%以上、更に20%以上増加する。
二次代謝物質としては、双子葉植物の種類によって相違するが、香気成分が挙げられる。香気成分としては、例えば、炭化水素類、アルコール類、フェノール類、アルデヒド類、アセタール類、ケトン類、エーテル類、エステル類、ラクトン類、酸類、フラン類、ピラン類、含窒素化合物、含硫化合物、複素環化合物が挙げられる。なかでも、好ましくは炭化水素類であり、より好ましくはモノテルペン類、セスキテルペン類である。
カモミールを例にとると、二次代謝物質としては、(−)−α−ビサボロール、及びその酸化物であるビサボロールオキサイド(「カモミール事典―ハーブとしての効能・研究開発から産業への応用」フレグランスジャーナル社、2007年、p.80)等の単環系セスキテルぺノイド、マトリシン、その分解物であるカマズレン等のセスキテルぺノイド誘導体等がある。
【0022】
乾燥後の双子葉植物の花からの二次代謝物質の抽出は、葉及び茎から花を分別した後、水蒸気蒸留や溶剤抽出等の公知の抽出方法によって行うことができる。
【実施例】
【0023】
試験例 カモミールの栽培試験
[試験方法]
試験区1〜4
水を含ませたティッシュを敷いたプラスチックトレーを準備し、ジャーマンカモミール(Matricaria recutita L.)の乾燥種子をティッシュ上に播種した。水分が蒸発しないようにプラスチックフィルムを用いてトレーにラップをし、温度23±2℃の栽培室内に1週間保管した。播いてから3日経過頃から発芽し、1週間保管して根の長さが揃った幼苗を、1株ずつ、水耕栽培用ウレタン培地(大きさ:3cm×3cm×3cmの立方体形状)に移植して、下記の環境条件下に移植後、栽培室内で3週間程度育苗を行った。
<育苗環境条件>
光源:昼白色蛍光灯(Day light white fluorescent lamp:Panasonic FHF32EX−N−H)
光量(光合成光量子束密度PPFD):100±10μmolm
-2s
-1
明暗周期:16時間/8時間
栽培溶液:OATハウスA処方(OATハウス1号と2号を3:2で混合させたもの)
水耕液の電気伝導度(EC):1.0±0.5 dS m
-1
水耕液のpH:6.0±0.5
【0024】
前記育苗した苗から、生育状態が揃ったもの(草丈0.5〜2cm程度)を選抜して、さらに、LED照明付薄膜式水耕栽培装置に移植し、下記の栽培環境条件で12〜15週間栽培を行った。
<栽培環境条件>
光源:温白色蛍光灯(Warm white fluorescent lamp:HITACHI FHF32EX−WW−J)
光量(光合成光量子束密度:PPFD):150±10μmol m
-2s
-1
明暗周期:16時間/8時間
栽培室内温度:23±2℃
栽培室内相対湿度:65±10%
栽培室内炭酸ガス濃度:下限値1000ppm
栽培溶液:OATハウスA処方(OATハウス1号と2号を3:2で混合させたもの)
水耕液の電気伝導度(EC):1.5±0.5 dS m
-1
水耕液のpH:6.0±0.5
【0025】
高さがほぼ同じ程度で、開花後7〜14日経過し、花弁が水平となりほぼ満開状態にあるジャーマンカモミールの苗を、茎に花と葉とが付いた状態で、茎を定植面(地上面)から30cmの高さで切断して採取した。採取後直ぐに、花、葉及び茎を有するジャーマンカモミールに対して、暗条件で14日間静置乾燥した試験区1に対し、試験区2〜4に下記条件の光照射を連続して14日間行いながら、栽培室内で静置乾燥を行った。青色光と赤色光の光源にはLED(昭和電工アルミ販売(株))を使用した。
<光照射処理条件>
栽培室内温度:23±2℃
栽培室内相対湿度:65±10%
栽培室内炭酸ガス濃度:下限値1000ppm
光量(光合成光量子束密度PPFD):150±10μmol m
-2s
-1
光源及び照射時間:下記表1
【0026】
【表1】
【0027】
試験区5〜9
上記試験区1〜4と同様にジャーマンカモミール(Matricaria recutita L.)の栽培を行った。
試験区1〜4と同様の生育・開花状態で採取した直後の花、葉及び茎を有するジャーマンカモミールについて、下記条件の光照射を連続して14日間行いながら、栽培室内で静置乾燥を行った。試験区5を基準として、試験区6と7では、前処理としてUV−Aを5分間又は30分間照射し、次いで試験区5と同様に赤色光の照射を行った。紫外線光の照度は3W/m
2とした。
【0028】
また、試験区8、9として、試験区1〜7と同様の生育・開花状態のジャーマンカモミールについて、高さがほぼ同じ苗から、花の部分のみを切断して採取し、暗条件下で14日間静置乾燥(試験区8)、或いは収穫後直ぐに下記条件の青色光照射を連続して14日間行いながら乾燥を行った(試験区9)。
<光照射処理条件>
栽培室内温度:23±2℃
栽培室内相対湿度:65±10%
栽培室内炭酸ガス濃度:下限値1000ppm
光量(光合成光量子束密度PPFD):150±10μmol m
-2s
-1
光源及び照射時間:下記表2又は3
【0029】
【表2】
【0030】
【表3】
【0031】
乾燥後のジャーマンカモミールの葉茎は、暗条件下で保管した試験区1では緑色を維持していたのに対し、青色光を照射したものは白化し、赤色光を照射したものは小麦色に変色していた。
【0032】
[二次代謝物質の抽出]
試験区1〜9の花を分別し、花から溶剤抽出を行った。抽出溶媒はn−ヘキサンを15[mL/g−花の乾燥質量]用い、常温で3日間浸漬抽出した。
抽出後、メンブランフィルタ(Millex(登録商標)−GV 0.22μm;Millipore社製)でろ過し、得られた抽出物に含まれる成分を次の条件でガスクロマトグラフ質量分析した。
<ガスクロマトグラフ分析条件>
GCシステム:Agilent 6890N (Agilent Technologies社)
分析カラム:DB−1;60.0m×250μm id×0.25μm
キャリアガス:ヘリウム カラムヘッド圧:116.5kPa,線速度:1.1mL/min
分析カラム昇温プログラム:Initial:40℃(2min hold)→6℃/min→60℃→2℃/min→300℃(30min hold)
分析サンプル注入量:2μL(スプリットレス)
質量分析計:Agilent 5975B GC/MSD(Agilent Technologies社)
【0033】
GC分析による二次代謝物質量(平均値±標準誤差)と二次代謝物質量の増加率(試験区1、5又は8を基準とした場合)を表4〜表6に示す。
【0034】
【表4】
【0035】
【表5】
【0036】
【表6】
【0037】
表4から明らかなように、暗条件で乾燥した試験区1と比較して、青色光、赤色光又はこれらの混合光を照射しながら乾燥した試験区2〜4の花にはいずれも二次代謝物質の蓄積量が増加していた。また、表5より、赤色光を照射する前に、UV−Aの前処理を5分間又は30分間照射した試験区6と7では、赤色光のみを照射した試験区5に比べて二次代謝物質の蓄積量が増加していた。
一方、表6から明らかなように、花の部分のみ収穫し、青色光を照射しながら乾燥した試験区9は、暗条件で乾燥した試験区8とα-ビサボロール量が同じ水準であり、二次代謝物質の蓄積量の増加は認められなかった。
これらの結果から、茎に花と葉とを有する状態で光照射しながら乾燥すると、花に含まれる二次代謝物質が増加するが、花のみを切断して花に光照射しただけでは二次代謝物質は増加しないことが確認された。