(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のプラズマ分光分析方法の態様は、前述のように、検体に、分析対象金属種とは異なる対照用金属種を既知濃度となるように添加する準備工程と、前記検体を測定容器に導入するとともに、該測定容器中に設置される一対の電極への電
圧印加により、少なくとも一方の電極の近傍に前記検体中の分析対象金属種を濃縮する濃縮工程と、前記濃縮工程後、前記一対の電極への電
圧印加によりプラズマを発生させ、該プラズマにより生じた前記分析対象金属種の発光を検出する検出工程と、前記検出工程で得られた発光スペクトルから、前記分析対象金属種に対応する波長である分析波長における正味の発光量である分析発光量を、前記対照用金属種に対応する波長である対照波長における正味の発光量である対照発光量で補正した補正値を算出する補正工程と、前記補正値を、あらかじめ既知の濃度の分析対象金属種の測定で得られた検量線と比較して前記検体中の該分析対象金属種を定量する定量工程と、を含んでなる。
【0009】
本発明に係るプラズマ分光分析方法とは、測定容器内に導入された液体の検体中に、一対の電極が設置され、これらの電極に所定の電流を印加(ストリッピング)して、まず、一方の電極の近傍に分析対象金属種を濃縮させたのち、例えば、このストリッピングの際より大きな電流を印加することで、濃縮した分析対象金属種からのプラズマ発光を生じさせ、このプラズマ発光の発光量で分析対象金属種の定量を行うものである。
【0010】
準備工程とは、検体に、分析対象金属種とは異なる対照用金属種を既知濃度となるように添加する工程である。
【0011】
ここでいう検体とは、液体であるが、固体を、例えば、液体の媒体に懸濁、分散又は溶解した希釈液であってもよい。前記液体である検体としては、例えば、前記検体の原液をそのまま使用してもよいし、濃度が高すぎるような場合には、前記原液を、例えば、液体の媒体に懸濁、分散又は溶解した希釈液として使用してもよい。前記液体の媒体は、前記検体を懸濁、分散又は溶解可能なものであれば、特に制限されず、例えば、水、緩衝液等が挙げられる。前記検体は、例えば、生体由来の検体(試料)、環境由来の検体(試料)、金属、化学物質、医薬品等が挙げられる。前記生体由来の検体は、特に制限されず、例えば、尿、血液、毛髪、唾液、汗、爪等が挙げられる。前記血液検体は、例えば、赤血球、全血、血清、血漿等が挙げられる。前記生体は、例えば、ヒト、非ヒト動物、植物等が挙げられ、前記非ヒト動物は、例えば、ヒト以外の哺乳類、両生爬虫類、魚介類、昆虫類等が挙げられる。前記環境由来の検体は、特に制限されず、例えば、食品、水、土壌、大気、空気等が挙げられる。前記食品は、例えば、生鮮食品又は加工食品等が挙げられる。前記水は、例えば、飲料水、地下水、河川水、海水、生活排水等が挙げられる。
【0012】
前記液体は、例えば、pHを調整したものでもよい。このような場合のpHは、被検物質の検出に資するものであれば特に制限されない。前記液体のpHは、例えば、アルカリ性試薬、酸性試薬等のpH調整試薬で調整できる。
【0013】
前記アルカリ性試薬は、例えば、アルカリ又はその水溶液等が挙げられる。前記アルカリは、特に制限されず、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水酸化カリウム、アンモニア等が挙げられる。前記アルカリの水溶液は、例えば、アルカリを水又は緩衝液で希釈したものが挙げられる。前記アルカリの水溶液において、前記アルカリの濃度は、特に制限されず、例えば、0.01〜5mol/Lである。
【0014】
前記酸性試薬は、例えば、酸又はその水溶液等が挙げられる。前記酸は、特に制限されず、例えば、塩酸、硫酸、酢酸、ホウ酸、リン酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、硝酸等が挙げられる。前記酸の水溶液は、例えば、酸を水又は緩衝液で希釈したものが挙げられる。前記酸の水溶液において、前記酸の濃度は、特に制限されず、例えば、0.01〜5mol/Lである。
【0015】
分析対象金属種とは、液体としての検体中で電荷を有する状態、例えばイオンの状態で存在し得るものであれば特に制限されず、例えば、アルミニウム(Al)、アンチモン(Sb)、ヒ素(As)、バリウム(Ba)、ベリリウム(Be)、ビスマス(Bi)、カドミウム(Cd)、セシウム(Cs)、ガドリニウム(Gd)、鉛(Pb)、水銀(Hg)、ニッケル(Ni)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、テルル(Te)、タリウム(Tl)、トリウム(Th)、スズ(Sn)、タングステン(W)、ウラン(U)等が挙げられる。分析対象金属種は、検体中で1種類であることが望ましいが、発光スペクトル中で呈する特有のピークが生ずる波長(分析波長)が異なっていて、かつ、当該発光スペクトル中で当該ピークが区別可能であれば、2種類以上であってもよい。
【0016】
また、前記液体は、例えば、前記検体中の分析対象金属種を分離するための試薬を含んでもよい。前記試薬は、例えば、キレート剤、マスキング剤等が挙げられる。前記キレート剤は、例えば、ジチゾン、チオプロニン、メソ−2,3−ジメルカプトコハク酸(DMSA)、2,3−ジメルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム(DMPS)、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、エチレンジアミン−N,N’−ジコハク酸(EDDS)、αリポ酸等が挙げられる。本件分析方法において、「マスキング」は、SH基の反応性を不活性にすることを意味し、例えば、SH基の化学修飾により行うことができる。前記マスキング剤は、例えば、マレイミド、N−メチルマレイミド、N−エチルマレイミド、N−フェニルマレイミド、マレイミドプロピオン酸、ヨードアセトアミド、ヨード酢酸等が挙げられる。
【0017】
対照用金属種とは、前記分析対象金属種とは異なる金属種であって、液体としての検体中で電荷を有する状態、例えばイオンの状態で存在し得るものであれば特に制限されないが、プラズマ発光が生じ得る金属種、例えば、亜鉛(Zn)、カドミウム(Cd)、銀(Ag)、金(Au)、水銀(Hg)、タリウム(Tl)、鉛(Pb)及びインジウム(In)から成る群から選ばれることが望ましい。対照用金属種は、検体中で1種類であることが望ましいが、発光スペクトル中で呈する特有のピークが生ずる波長(対照波長)が異なっていて、かつ、当該発光スペクトル中で区別可能であれば、2種類以上であってもよい。また、対照用金属種が発光スペクトル中で前記対照波長において呈する特有のピークは、分析対象金属種のピークに対応する前記分析波長とは区別可能であることが望ましい。例えば、前記分析対象金属種が水銀又は鉛である場合には、前記対照用金属種は、タリウムであることが望ましい。換言すると、前記分析対象金属種と前記対照用金属種とは、いずれもプラズマ発光が検出可能に生じ得るとともに、前記分析波長と前記対照波長とが異なるような物質の組み合わせであればよい。
【0018】
この対照用金属種は、検体に対し、既知濃度となるように添加される。この既知濃度は、検体に含まれると想定される分析対象金属種の検出に影響を与えず、かつ、当該対照用金属種の検出が十分できるような濃度であれば特に限定はされない。例えば、検体に対し最終濃度が100ppbとなるように添加されることが望ましい。
【0019】
濃縮工程とは、前記検体を測定容器に導入するとともに、該測定容器中に設置された一対の電極への電
圧印加により、少なくとも一方の電極の近傍に前記検体中の前記分析対象金属種及び前記対照用金属種を濃縮する工程である。
【0020】
一対の電極とは、電気分解における陽極と陰極との組み合わせをいう。前記電極は、固体電極であり、具体例として、棒電極等が挙げられる。前記電極の材料は、特に制限されず、固形導電材料であればよく、例えば、前記分析対象金属種及び対照用金属種の種類に応じて、適宜決定できる。前記電極の材料は、例えば、非金属でもよいし、金属でもよいし、これらの混合物でもよい。前記電極の材料が非金属を含む場合、前記電極の材料は、例えば、1種類の非金属を含んでもよいし、2種類以上の非金属を含んでもよい。前記非金属は、例えば、炭素等が挙げられる。前記電極の材料が金属を含む場合、前記電極の材料は、例えば、1種類の金属を含んでもよいし、2種類以上の金属を含んでもよい。前記金属は、例えば、金、白金、銅、亜鉛、スズ、ニッケル、パラジウム、チタン、モリブデン、クロム、鉄等が挙げられる。前記電極の材料が2種類以上の金属を含む場合、前記電極の材料は、合金でもよい。前記合金は、例えば、真鍮、鋼、インコネル(登録商標)、ニクロム、ステンレス等が挙げられる。前記一対の電極は、例えば、同じ材料でもよいし、異なる材料でもよい。
【0021】
前記電極の大きさは、前記測定容器内に少なくともその一部が収容されるものであれば、特に制限されない。なお、前記測定容器を、例えば量産可能なカートリッジ化しようとする場合、前記測定容器の大きさを極力小型化することが望ましい。その場合は、その測定容器の大きさに応じて、前記電極も小型化されることになる。また、この一対の電極のうち一方又は両方は、前記測定容器内にあらかじめユニットとして備え付けられるものであってもよいし、あるいは、測定の際に前記測定容器内に適宜挿入されるものであってもよい。
【0022】
前記一方の電極とは、前記分析対象金属種及び前記対照用金属種が濃縮される方の電極であり、この場合、陰極である。
【0023】
前記濃縮工程は、前述のように、検体の存在下、前記一対の電極への電
圧印加により、前記一方の電極の近傍に前記検体中の分析対象金属種及び対照用金属種を濃縮する工程である。前記一対の電極は、前記検体に接触している。前記濃縮工程において、前記一方の電極の近傍は、特に制限されず、例えば、後述する検出工程において、プラズマが発生する範囲、例えば前記一方の電極の表面が挙げられる。
【0024】
前記濃縮工程においては、例えば、前記検体中の前記分析対象金属種及び対照用金属種の一部を前記一方の電極の近傍に濃縮することとしてもよいし、前記分析対象金属種及び対照用金属種の全部を前記一方の電極の近傍に濃縮することとしてもよい。
【0025】
前記濃縮工程では、後述する検出工程において、前記分析対象金属種(及び対照用金属種)の検出に使用する方の電極、すなわちプラズマが発生する電極(以下、「プラズマ発生電極」ともいう。)が前記一方の電極となって、この電極に前記分析対象金属種及び対照用金属種が濃縮するように、前記一対の電極の電荷条件を設定することが好ましい。前記電荷条件は、前記分析対象金属種及び対照用金属種は通常、金属イオンとして正の電荷を有するので、前記一方の電極(すなわち、前記プラズマ発生電極)が前記濃縮工程では陰極となるように電流方向を設定すればよい。
【0026】
前記分析対象金属種及び対照用金属種の濃縮は、例えば、電圧によって調節できる。このため、当業者であれば、前記濃縮が生ずる電圧(以下、「濃縮電圧」ともいう。)を適宜設定できる。前記濃縮電圧は、例えば、1mV以上、望ましくは400mV以上であり、その上限は、特に制限されない。前記濃縮電圧は、例えば、一定でもよいし、変動することとしてもよい。また、前記濃縮電圧は、例えば、プラズマが発生しない電圧でもよい。
【0027】
前記濃縮電圧を印加する時間は、特に制限されず、前記濃縮電圧に応じて、適宜設定できる。前記濃縮電圧を印加する時間は、例えば、0.2〜40分、望ましくは5〜20分である。前記一対の電極への電圧印加は、例えば、連続的に印加してもよいし、非連続的に印加してもよい。前記非連続的な印加は、例えば、パルス印加が挙げられる。前記濃縮電圧の印加が非連続的な場合、前記濃縮電圧を印加する時間は、例えば、前記濃縮電圧を印加している時間の合計の時間でもよいし、前記濃縮電圧を印加している時間と前記濃縮電圧を印加していない時間との合計の時間でもよい。
【0028】
前記一対の電極への電圧の印加を行う手段としての電圧印加手段は、特に制限されず、例えば、前記一対の電極間に所定の電圧を印加できればよく、公知の手段として電圧器等が使用できる。前記濃縮工程において、前記一対の電極間に印加する電流は、例えば、0.01〜200mA、望ましくは10〜60mA、より望ましくは10〜40mAに設定できる。
【0029】
前記検出工程は、前述のように、前記一対の電極への前記濃縮工程の際よりも、例えば、大きな電流を印加することによりプラズマを発生させ、前記プラズマにより生じた前記分析対象金属種及び対照用金属種の発光を検出する。
【0030】
ここで、前記検出工程における電流の方向は、前記濃縮工程の際の電流の方向と同じであってもよい。しかしながら、前記電圧印加手段は、電圧を印加する際の電流の方向を切り替え可能に形成され、前記プラズマを発生させる際の電流の方向は、前記分析対象金属種及び対照用金属種の濃縮の際の電流の方向とは反対であることが望ましい。
【0031】
具体的には、前記濃縮工程において、前記分析対象金属種及び対照用金属種が正の電荷を有するので、前記検出工程では前記プラズマ発生電極としての前記一方の電極が陽極となるように前記電圧印加手段からの電流方向を設定すればよい。
【0032】
前記検出工程は、前記濃縮工程と連続的に行ってもよいし、非連続的に行ってもよい。前者の場合、前記検出工程は、前記濃縮工程の終了と同時に前記検出工程を行う。後者の場合、前記検出工程は、前記濃縮工程の終了後から所定時間内に検出工程を行う。前記所定時間は、例えば、前記濃縮工程後、0.001〜1,000秒、望ましくは1〜10秒である。
【0033】
前記検出工程において、「プラズマを発生させる」とは、プラズマを実質的に発生させることであり、具体的には、プラズマ発光の検出において、実質的に検出可能な発光を示すプラズマの発生を意味する。具体例として、プラズマ発光の検出器により、プラズマ発光が検出可能であるといえる。
【0034】
実質的なプラズマの発生は、例えば、電圧によって調節できる。このため、当業者であれば、実質的に検出可能な発光を示すプラズマを発生させるための電圧(以下、「プラズマ発生電圧」ともいう。)は、適宜設定できる。前記プラズマ発生電圧は、例えば、10V以上、望ましくは100V以上であり、その上限は、特に制限されない。前記プラズマが発生する電圧は、例えば、前記濃縮が起こる電圧に対して、相対的に高い電圧である。このため、前記プラズマ発生電圧は、前記濃縮電圧に対して、高い電圧であることが好ましい。前記プラズマ発生電圧は、例えば、一定でもよいし、変動してもよい。
【0035】
前記プラズマ発生電圧を印加する時間は、特に制限されず、前記プラズマ発生電圧に応じて、適宜設定できる。前記プラズマ発生電圧を印加する時間は、例えば、0.001〜0.02秒、望ましくは0.001〜0.01秒である。前記一対の電極への前記プラズマ発生電圧は、例えば、連続的に印加してもよいし、非連続的に印加してもよい。前記非連続的な印加としては、例えば、パルス印加が挙げられる。前記プラズマ発生電圧の印加が非連続的な場合、前記プラズマ発生電圧を印加する時間は、例えば、1回の前記プラズマ発生電圧を印加している時間でもよいし、前記プラズマ発生電圧を印加している時間の合計の時間でもよいし、前記プラズマ発生電圧を印加している時間と前記プラズマ発生電圧を印加していない時間との合計の時間でもよい。
【0036】
前記検出工程において、前記発生したプラズマ発光は、例えば、連続的に検出してもよいし、非連続的に検出してもよい。前記発光の検出は、例えば、発光の有無の検出、発光の強度の検出、特定の波長の検出、スペクトルの検出等が挙げられる。前記特定の波長の検出は、例えば、前記分析対象物が、プラズマ発光時に発する特有の波長の検出が挙げられる。前記発光の検出方法は、特に制限されず、例えば、CCD(Charge Coupled Device)、分光器等の公知の光学測定機器が利用できる。
【0037】
前記検出工程における前記一対の電極への前記プラズマ発生電圧の印加は、前記濃縮工程で用いられた電圧印加手段により、より高電圧で、望ましくはその電流方向を反対にして行うことができる。前記検出工程において、前記電極間の電流は、前記プラズマ発生電圧が前記濃縮電圧より相対的に高いため、前記濃縮工程より相対的に大きなものとなり、例えば、0.01〜100,000mA、望ましくは50〜2,000mAに設定することができる。
【0038】
前記検出工程で前記プラズマ発光により得られた発光スペクトルは、所定の波長範囲に亘る個々の波長に対応する発光量をプロットしたグラフとして表すことができる。前記補正工程では、まず、この発光スペクトルにおいて、前記分析対象金属種の定量に適した波長である前記分析波長に対応する正味の発光量を前記分析発光量とし、また、前記対照用金属種の定量に適した波長である前記対照波長に対応する正味の発光量を前記対照発光量とする。前記補正工程では、前記分析発光量を、前記対照発光量で補正した補正値を算出することとなっている。
【0039】
ここで、前記分析発光量についての正味の発光量とは、当該分析波長において前記分析対象金属種の存在にのみ起因する発光量であって、当該分析波長における見かけの発光量としてのピーク発光量を、当該分析対象金属種のプラズマ発光とは無関係な発光量としてのベース発光量で補正した発光量をいう。
【0040】
また、前記対照発光量についての正味の発光量とは、当該対照波長において前記対照用金属種の存在にのみ起因する発光量であって、当該対照波長における見かけの発光量としてのピーク発光量を、当該対照用金属種のプラズマ発光とは無関係な発光量としてのベース発光量で補正した発光量をいう。
【0041】
前記ベース発光量は、前記発光スペクトルとしてどのようなグラフが得られているかによってその決定又は算定の方法を適宜に定めることができる。例えば、発光スペクトルとして、特定の波長に対応するピーク発光量が、例えば、グラフの平坦な部分からの立ち上がり部分として得られている場合には、その平坦な部分の発光量を前記ベース発光量と定めることができる。
【0042】
ここで、同じ既知濃度の対照用金属種が添加された検体において、対照発光量の値が異なる場合、それらの対照発光量は、当該対照用金属種については同じ既知濃度を反映するものであるが、検体の状態、例えば、溶存している成分の種類や濃度の違いなどによって、そのような値の相違が生ずるものと考えられる。そして、このような検体の状態は当然、その検体における分析発光量にも影響を与えるものと考えられる。そこで、前記分析発光量を、同じ既知濃度を反映している前記対照発光量で補正することで、前記分析発光量における前記検体の状態による影響が極力除外されることとなっている。前記補正工程において、前記分析発光量を前記対照発光量で補正する方法については、これもやはり前記発光スペクトルとしてどのようなグラフが得られているかによって適宜に定められるべきものであるが、例えば、前記分析発光量を、前記対照発光量で除した値を前記補正値とすることができる。つまり、前記分析発光量が、前記既知濃度を反映した前記対照発光量の何倍になっているかによって当該分析対象金属種の定量を行う、ということになる。
【0043】
前記定量工程は、前記補正工程で算出された前記補正値から、前記検体中の前記分析対象金属種の濃度を定量する工程である。ここで、前記分析対象金属種の濃度は、例えば、前記補正値と溶液中の前記被検物質の濃度との相関関係に基づいて定量することができる。前記相関関係は、例えば、前記分析対象金属の濃度が既知である標準試料について、前記検体と同様にして前記各工程を行うことで得られた補正値と、前記標準試料における前記分析対象金属種の濃度とをプロットすることにより得られた検量線として定めることができる。前記標準試料は、前記分析対象金属種の希釈系列が好ましい。このような検量線を定めることによって、信頼性の高い定量が可能となる。
【0044】
本件発明のプラズマ分光分析方法において、前記一対の電極は、透光部を含むような前記測定容器内に配置されていてもよい。この場合、前記検出工程において、前記透光部を通して前記分析対象金属種及び対照用金属種の発光を受光可能に配置された受光部により前記発光を検出することができる。
【0045】
本件発明のプラズマ分光分析方法の実施形態で用いられる測定容器の一例について、図面を参照し説明する。また、図面においては、説明の便宜上、各部の構造は適宜簡略化して示す場合があり、各部の寸法比等は、実際とは異なり、模式的に示す場合がある。
【0046】
図1において、(A)は、本実施形態で用いられる測定容器10の模式透視斜視図であり、(B)は、(A)において、I−I方向からみた模式断面図である。
図1(A)及び(B)に示すように、本実施形態で用いられる測定容器10は、内部に一対の電極(プラズマ発生電極20及びプラズマ不発生電極30)を含む。測定容器10は、側面の一部が平面状に削ぎ落とされたような略円筒形状を呈し、その平面部分に円形の透光部11を含む。測定容器10の外部には、プラズマ発生電極20及びプラズマ不発生電極30への電流印加により発生した発光を、透光部11を通して前記分析対象金属種及び前記対照用金属種の発光を受光可能に配置された受光部40が配置されている。また、プラズマ発生電極20は、液体である検体60の液面61に対して平行に配置され、その先端は、透光部11と当接するように配置されている。円筒形状のプラズマ不発生電極30は、その側面の一部を測定容器10の側面の、前記透光部11と対向する側に、鉛直方向と直角に交わるように配置され、測定容器10の内部にその一部が露出している。すなわち、プラズマ不発生電極30の長手方向とプラズマ発生電極20の長手方向とは互いにねじれの位置にある。プラズマ発生電極20は、絶縁体22により被覆されている。前記分析対象金属種及び対照用金属種を含む検体60は、測定容器10の筒内に、プラズマ発生電極20及びプラズマ不発生電極30と接するように導入される。
【0047】
本実施形態において、プラズマ発生電極20は、その表面の大部分が絶縁体22により被覆されている。そして、絶縁体22に被覆されていない部分が、接液部分21となっている。
【0048】
本実施形態において、プラズマ発生電極20と透光部11とは接しているが、本発明はこれに限定されず、例えば、プラズマ発生電極20が透光部11から離れて配置されてもよい。プラズマ発生電極20と透光部11との距離は、特に制限されず、例えば、0〜0.5cmである。
【0049】
透光部11の材料は、特に制限されず、例えば、プラズマ発生電極20及びプラズマ不発生電極30への電流印加により発生した発光を透過する材料であればよく、前記発光の波長に応じて、適宜設定できる。透光部11の材料は、例えば、石英ガラス、アクリル樹脂(PMMA)、ホウケイ酸ガラス、ポリカーボネート(PC)、シクロオレフィンポリマー(COP)、メチルペンテンポリマー(TPX(登録商標))等が挙げられる。透光部11の大きさは、特に制限されず、プラズマ発生電極20及びプラズマ不発生電極30への電流印加により発生した発光を透光可能な大きさであればよい。
【0050】
本実施形態において、測定容器10は、側面の一部を長手方向に沿って平面状に削いだ形の有底円筒状であるが、測定容器10の形状はこれに限定されず、任意の形状としてよい。測定容器10の材料は、特に制限されず、例えば、アクリル樹脂(PMMA)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)等が挙げられる。測定容器10が有底筒状である場合、測定容器10の直径は、例えば、0.3〜1cmであり、その高さは、例えば、0.9〜5cmである。この測定容器10には0.3〜0.8cm
3の検体60が導入される。
【0051】
受光部40は、特に制限されず、例えば、CCD、分光器等の公知の光学測定機器が挙げられる。受光部40は、例えば、前記光学測定機器に前記発光を伝送する伝送手段でもよい。前記伝送手段としては、例えば、光ファイバー等の伝送路が挙げられる。
【0052】
測定容器10の製造方法は、特に制限されず、例えば、射出成型等により、成型体を製造してもよいし、プレート等の基材に凹部を形成することで製造してもよい。その他、測定容器10等の製造方法は、特に制限されず、例えば、リソグラフィ、切削加工等が挙げられる。
【0053】
例えば、水溶液としての検体60中に存在している金属イオン(例えば、水銀イオン又は鉛イオン)が分析対象金属種である場合について、本実施形態のプラズマ分光分析方法の概要を説明する。
【0054】
まず、検体60に、既知濃度の対照用金属種(例えば、タリウムイオン)を検体60に添加してから、測定容器10内に検体60を導入した状態で、前記濃縮工程として、
図2(A)に示すように、電圧印加手段50によって、プラズマ発生電極20が陰極となり、プラズマ不発生電極30が陽極となるように電圧が印加される。すると、検体60中に存在している金属イオンが陰極であるプラズマ発生電極20の接液部分21に引き寄せられる。
【0055】
次に、前記検出工程として、
図2(B)に示すように、電圧印加手段50によって、今度はプラズマ発生電極20が陽極となり、プラズマ不発生電極30が陰極となるように電圧が印加される。すると、先の濃縮工程によってプラズマ発生電極20の接液部分21の周辺に引き寄せられていた金属イオンからプラズマ発光が発生し、これが透光部11を通過して受光部40により受光され検出されることになる。
【0056】
ここで、この検出工程にて得られた発光スペクトルが
図3の通りであったとする。なお、図中、W
1は分析波長、W
2は対照波長、P
1は波長W
1におけるピーク発光量、P
2は波長W
2におけるピーク発光量、B
1はピーク発光量P
1に対応するベース発光量、B
2はピーク発光量P
2に対応するベース発光量とする。ここで、W
1及びW
2並びにP
1及びP
2の大小関係は図示した態様に限定されるものではない。また、B
1及びB
2は同じ値であるかのように図示しているが、そのように限定されるものではなく、一方が他方よりも大きい値を取る態様もあり得る。
【0057】
この場合、分析対象金属種の分析発光量E
1を、例えば下式のように定義することができる。
【0058】
E
1=(P
1−B
1)/B
1=P
1/B
1−1
【0059】
また、対照用金属種の対照発光量E
2を、同様に下式のように定義することができる。
【0060】
E
2=(P
2−B
2)/B
2=P
2/B
2−1
【0061】
そして、補正値Cを下式のように定義することができる。
【0063】
なお、上記では、正味の発光量としての上記分析発光量E
1を、ピーク発光量P
1からベース発光量B
1を差し引いた値(P
1−B
1)が、ベース発光量B
1の何倍に当たるか、をもって定義しているが、この定義に限定されるものではない。例えば、ピーク発光量P
1からベース発光量B
1を差し引いた値(P
1−B
1)として定義してもよく、また、ピーク発光量P
1がベース発光量B
1の何倍に当たるか(すなわち、P
1/B
1)をもって定義することとしてもよい。上記対照発光量E
2についても同様である。例えば、いずれかの定義のうち、最も回帰係数の高い検量線が得られる定義を採用する、ということとしてもよい。
【実施例】
【0064】
(1)プラズマ分光分析
水銀及び鉛のプラズマ分光分析による発光量の測定は、前記測定容器を用いて、以下の通りに行った。
【0065】
すなわち、準備工程として、尿検体(サンプル#1〜#18)及び水銀及び鉛を含有しないブランク検体(サンプル#0)の各々についての776μLに、10ppm酢酸タリウム水溶液を8μL添加し溶解した。これにより、尿検体中の酢酸タリウム濃度は約100ppbとなった。この状態の尿検体を1.5mLエッペンドルフチューブに500μL取り、水酸化リチウム41.9mgを添加して、5分間ボルテックスミキサーにて攪拌した。これにさらにエタノールを25μL添加して混和した後、このうちの420μLを測定容器10に導入した。
【0066】
そして、濃縮工程として、プラズマ発生電極20が陰極となり、プラズマ不発生電極30が陽極となるように、下記の濃縮条件で電流を印加し、プラズマ発生電極20の近傍に金属陽イオンを濃縮した。なお、下記印加電流は定電流であり、印加される電圧は尿検体の抵抗に応じて変動することとなっている。
【0067】
(濃縮条件)
印加電流:20mA
パルス周期:4秒
Duty(パルス比):50%
印加時間:600秒
【0068】
上記濃縮工程直後に、検出工程として、今度は前記プラズマ発生電極20が陽極となり、前記プラズマ不発生電極30が陰極となるように、下記の検出条件で電圧を印加し、発生したプラズマ発光の各波長における発光強度(カウント値)を測定した。なお、下記印加電圧は定電圧であり、印加される電流は尿検体の抵抗に応じて変動することとなっているが、前記濃縮条件における印加電流よりは大きな値となる。
【0069】
(検出条件)
印加電圧:500V
パルス周期:50μ秒
Duty:50%
印加時間:2.5m秒
【0070】
なお、波長256nmにおける水銀の特異的ピーク(
図4(A)参照)及び波長368nmにおける鉛の特異的ピーク(
図4(B)参照)におけるカウント値についてバックグラウンドのカウント値で除した値をそれぞれHg分析発光量(h
0)及びPb分析発光量(p
0)とした。また、波長276nm及び351nmにおけるタリウムの特異的ピークにおけるカウント値について、バックグラウンドのカウント値で除した値をそれぞれ対照発光量(276)(t
1)及び対照発光量(351)(t
2)とした。
【0071】
そして、補正工程として、Hg分析発光量(h
0)を対照発光量(276)で除した値をHg補正値(276)(h
1)として算出し、また、Hg分析発光量を対照発光量(351)で除した値をHg補正値(351)(h
2)として算出した。同様に、Pb分析発光量(p
0)を対照発光量(276)で除した値をPb補正値(276)(p
1)として算出し、また、Pb分析発光量を対照発光量(351)で除した値をPb補正値(351)(p
2)として算出した。
【0072】
(2)参照測定
水銀の参照測定は、加熱気化水銀分析装置(MA−3000、日本インスツルメンツ)を用いて行った。すなわち、前記プラズマ分光分析で用いたのと同じ尿検体50μLに蒸留水150μLを添加し、さらに、1%L−システイン溶液を40μL添加したものを、顆粒状活性炭1粒とともに、上記装置の測定用ボートに加え、上記装置にて測定を行い、Hg参照測定値(x
H)を得た。
【0073】
また、鉛の参照測定は、外部機関に依頼して誘導結合プラズマ質量分析計を用いて測定し、Pb参照測定値(x
P)を得た。
【0074】
(3)検量線
Hg分析発光量(h
0)、Hg補正値(276)(h
1)及びHg補正値(351)(h2)については、複数通りの既知濃度の塩化水銀水溶液の測定によって、同じ水溶液で前記参照測定を行って得られたHg参照測定値(x
H)との対応による近似曲線を求め、これをそれぞれの検量線とした。また、Pb分析発光量(p
0)、Pb補正値(276)(p
1)及びPb補正値(351)(p
2)については、複数通りの既知濃度の硝酸鉛水溶液の測定によって、同じ水溶液で前記参照測定を行って得られたPb参照測定値(x
P)との対応による近似曲線を求め、これをそれぞれの検量線とした。近似曲線はHg参照測定値(x
H)又はPb参照測定値(x
P)をxとし、これに対応するHg分析発光量(h
0)、Hg補正値(276)(h
1)若しくはHg補正値(351)(h
2)又はPb分析発光量(p
0)、Pb補正値(276)(p
1)若しくはPb補正値(351)(p
2)をyとして、下記式1の二次多項式として導出した。
【0075】
y=ax
2+bx+c (式(1))
【0076】
なお、上記式(1)の係数については下記表1の通りである。
【0077】
【表1】
【0078】
(4)濃度換算値
各検体の測定で得られる前記h
0、h
1及びh
2並びにp
0、p
1及びp
2は上記式(1)でいう「y」の値に相当するため、上記式(1)を変形した下記式(2)によって「x」としての濃度換算値(すなわち、「H
0」、「H
1」若しくは「H
2」又は「P
0」、「P
1」若しくは「P
2」)を求めた。
【0079】
x=[−b+√{b
2−4a(c−y)}]/(2a) (式(2))
【0080】
前記の各値を、水銀について下記表2に及び鉛について下記表3にそれぞれ示す。
【0081】
【表2】
【0082】
【表3】
【0083】
なお、上記表2及び表3におけるサンプルは同一であり、t
1及びt
2の値も同一である。
【0084】
表2に示すように、水銀の測定に関しては、Hg分析発光量(h
0)によるHg濃度換算値(H
0)の、Hg参照測定値(x
H)との相関係数(R
H0)は0.9841706であった。また、h
0を対照発光量(276)(t
1)で補正したHg補正値(276)(h
1)によるHg濃度換算値(H
1)の、x
Hとの相関係数(R
H1)は0.9878385であった。さらに、h
0を対照発光量(351)(t
2)で補正したHg補正値(351)(h
2)によるHg濃度換算値(H
2)の、x
Hとの相関係数(R
H2)は0.9854658であった。以上の3通りの相関係数のうち、R
H1が最大であった。
【0085】
以上の結果から、検体中の水銀の測定に関しては、水銀の分析発光量を、タリウムの波長276nmにおける発光量に由来する
対照発光量で補正した値が、参照測定値との相関性が最も高かった、ということが分かった。
【0086】
表3に示すように、鉛の測定に関しては、Pb分析発光量(p
0)によるPb濃度換算値(P
0)の、Pb参照測定値(x
P)との相関係数(R
P0)は0.9638074であった。また、p
0を対照発光量(276)(t
1)で補正したPb補正値(276)(p
1)によるPb濃度換算値(P
1)の、x
Pとの相関係数(R
P1)は0.9773404であった。さらに、p
0を対照発光量(351)(t
2)で補正したPb補正値(351)(p
2)によるPb濃度換算値(P
2)の、x
Pとの相関係数(R
P2)は0.9838003であった。以上の3通りの相関係数のうち、R
P2が最大であった。
【0087】
以上の結果から、検体中の鉛の測定に関しては、鉛の分析発光量を、タリウムの波長351nmにおける発光量に由来する
対照発光量で補正した値が、参照測定値との相関性が最も高かった、ということが分かった。
【0088】
(5)対照用金属種の発光スペクトル
なお、対照用金属種としてのタリウムの実際の発光スペクトルは、
図5(A)に示す通りである。本図中の矢印で示した3箇所の対照波長における特異的ピークが、対照発光量として使用可能であり、それらを拡大したものが
図5(B)〜(D)である。すなわち、
図5(B)に示す特異的ピークの対照波長は276nm付近にあり、この対照波長における特異的ピークは前述した、水銀の測定に適した対照発光量(276)(t
1)の算出の基礎となるものである。また、
図5(C)に示す特異的ピークの対照波長は351nm付近にあり、この対照波長における特異的ピークは前述した、鉛の測定に適した対照発光量(351)(t
2)の算出の基礎となるものである。なお、
図5(D)に示す特異的ピークの対照波長は378nm付近にあり、これは他の分析対象金属種についての対照発光量の算出の基礎として使用可能と考えられる。
【0089】
なお、タリウム以外に対照用金属種として利用可能なものとして、亜鉛、カドミウム、銀、金及びインジウムの発光スペクトルをそれぞれ
図6〜
図10に示す。
【0090】
図6(A)に示す亜鉛の発光スペクトルにおいては、波長213nm付近に特異的ピークが見られ(
図6(B))、これが対照波長として利用可能である。
【0091】
図7(A)に示すカドミウムの発光スペクトルにおいては、波長228nm付近に特異的ピークが見られ(
図7(B))、これが対照波長として利用可能である。
【0092】
図8(A)に示す銀の発光スペクトルにおいては、波長328nm付近及び338nm付近にそれぞれ特異的ピークが見られ(
図8(B))、これらが対照波長として利用可能である。
【0093】
図9(A)に示す金の発光スペクトルにおいては、波長243nm付近に特異的ピークが見られ(
図9(B))、これが対照波長として利用可能である。
【0094】
図10(A)に示すインジウムの発光スペクトルにおいては、波長325nm付近に特異的ピークが見られ(
図10(B))、これが対照波長として利用可能である。
【0095】
また、前記実施例では分析対象金属種であった水銀又は鉛についても、これらの金属種が存在していない検体においては、対照用金属種として利用可能である。その際、水銀の対照波長は前記した通り256nm付近(
図4(A)参照)となり、また、鉛の対照波長は前記した通り368nm付近(
図4(B)参照)となる。