(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明のナノ繊維、ナノ繊維の製造方法及びフェイスマスクについて説明する。
【0025】
[実施形態]
1.実施形態に係るナノ繊維
実施形態に係るナノ繊維は、繊維材料の主成分が卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分であるナノ繊維である。
【0026】
本明細書において「ナノ繊維」とは、ナノメートルオーダーの繊維径(例えば、3000nm以下の平均繊維径。好ましくは、1000nm以下の平均繊維径。)を有する繊維のことをいう。ナノ繊維は、マイクロメートルオーダー以上の繊維径を有する通常の繊維とは異なる性質(例えば、極めて大きい比表面積)により、様々な分野で活用できると考えられている。
【0027】
本明細書において「繊維材料」とは、ナノ繊維の繊維構造を構成する主材料のことをいう。当該主材料は、単独でナノ繊維の繊維構造を構成することが可能な物質である。本明細書における「繊維材料」には、単独ではナノ繊維の繊維構造を構成できない(ナノ繊維の形態をとることができない)物質は含まれない。実施形態に係るナノ繊維は、繊維としての形態を維持できる限りにおいて、繊維材料以外の物質を含有していてもよい。
実施形態に係るナノ繊維においては、繊維材料を構成する成分のうち卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分が占める割合が50wt%以上であることが好ましく、80wt%以上であることが一層好ましく、95wt%以上であることがより一層好ましい。当然、繊維材料の全てが卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分であってもよい。
【0028】
本明細書において「卵殻膜成分」とは、鳥類や爬虫類の卵(例えば、鶏卵)の卵殻膜由来の成分であって、紡糸溶媒に可溶とするための処理を実施したもののことをいう。
本明細書において「絹フィブロイン成分」とは、絹(絹糸)由来の成分であって、主に絹フィブロインからなるもの(絹フィブロイン以外の成分を除去又は低減したもの)のことをいう。
【0029】
なお、「卵殻膜成分」のみからなるナノ繊維及び「絹フィブロイン成分」のみからなるナノ繊維は、少なくともそのアイディアについては公知である(例えば、特許文献2参照。)。
しかし、本発明のように繊維材料の主成分が卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分であるナノ繊維が、繊維層とともに用いることでフェイスマスクの保水力を大きくできるという顕著な効果を有することは全く知られていない。また、後述する実験例に示すように、絹フィブロインのみからなるナノ繊維の不織布はむしろ撥水性を有する。このため、繊維材料の主成分が卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分である本発明のナノ繊維を用いた場合にフェイスマスクの保水力を大きくできることは、「卵殻膜成分」のみからなるナノ繊維及び「絹フィブロイン成分」のみからなるナノ繊維から容易に想到できるものではない。
【0030】
実施形態においては、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分のうち、卵殻膜成分の含有率が5wt%〜60wt%の範囲内にある。卵殻膜成分の含有率が5wt%以上であることにより、十分な保水力を確保することが可能となる。一層大きい保水力を確保するためには、卵殻膜成分の含有率が10wt%以上であることが一層好ましい。また、卵殻膜成分には電界紡糸を実施する際の紡糸溶液の粘度を低下させる傾向があるため、卵殻膜成分の含有率が60wt%以下であることにより、紡糸溶液の粘度を十分なものとすることが可能となる。紡糸溶液の粘度を一層高くするためには、卵殻膜成分の含有率が40wt%以下であることが一層好ましい。
なお、紡糸溶液の粘度が低すぎると、電界紡糸時に紡糸溶液の吐出がうまく行われず、製造されるナノ繊維の繊維径にばらつきが生じる、ナノ繊維の製造そのものが困難となる等の不都合が発生する可能性がある。
【0031】
2.実施形態に係るナノ繊維の製造方法
図1は、実施形態に係る複合ナノ繊維の製造方法のフローチャートである。
図2は、実施形態における複合ナノ繊維製造装置100の模式図である。
図2は電界紡糸を行っているときの様子を示している。
実施形態に係るナノ繊維の製造方法は、
図1に示すように、紡糸溶液作成工程S10と電界紡糸工程S20とをこの順序で含む。以下、各工程について説明する。
【0032】
紡糸溶液作製工程S10は、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分を紡糸溶媒に溶解させて紡糸溶液を作製する工程である。
紡糸溶液作製工程S10においては、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分のうち、卵殻膜成分の含有率が5wt%〜60wt%の範囲内となるように紡糸溶液を作製する。卵殻膜成分の含有率が5wt%以上であることにより、製造するナノ繊維について十分な保水力を確保することが可能となる。製造するナノ繊維について一層大きい保水力を確保するためには、卵殻膜成分の含有率が10wt%以上であることが一層好ましい。また、卵殻膜成分の含有率が60wt%以下であることにより、紡糸溶液の粘度を十分なものとすることが可能となる。紡糸溶液の粘度を一層高くするためには、卵殻膜成分の含有率が40wt%以下であることが一層好ましい。
【0033】
紡糸溶液作製工程S10は、卵殻膜前処理工程S12と、絹フィブロイン前処理工程S14と、溶解工程S16とを含む。
卵殻膜前処理工程S12は、卵殻膜を紡糸溶媒に可溶化して卵殻膜成分である可溶化卵殻膜とする工程である。
卵殻膜前処理工程S12では、酢酸及び3−メルカプトプロピオン酸を含有する処理剤を用いて可溶化処理を行うことにより、卵殻膜を可溶化する。
また、卵殻膜前処理工程S12では、可溶化処理の後、遠心分離により可溶化卵殻膜を分離する。
【0034】
絹フィブロイン前処理工程S14は、絹を溶解処理した後に再生して絹フィブロイン成分である再生絹フィブロインを得る工程である。溶解処理としては、絹を炭酸水素ナトリウム溶液に溶解させ、その後、水、エタノール、塩化カルシウムを含有する溶液と混合する処理(脱ガム化)を例示することができる。なお当該処理の後には、透析、ろ過、乾燥等を行うことで、再生絹フィブロインを得ることができる。処理等の具体例は、実験例の項目において記載する。
なお、絹フィブロイン前処理工程S14は、溶解工程S16の前に実施するのであれば、卵殻膜前処理工程S12より前、卵殻膜前処理工程S12より後、卵殻膜前処理工程S12と同時のいずれのタイミングで実施してもよい。
【0035】
溶解工程S16は、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分を紡糸溶媒に溶解させる工程である。実施形態においては、紡糸溶媒はギ酸である。
なお、紡糸溶液は卵殻膜成分及びフィブロイン成分を溶解可能なものであればよく、ギ酸以外のもの、例えば、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール(HFIP)等を用いることもできる。
【0036】
電界紡糸工程S20は、紡糸溶液を用いて電界紡糸を実施する工程である。
電界紡糸工程S20は、例えば、
図2に示すような装置を用いて実施することができる。
図2において符号101で示すのは紡糸溶液であり、符号102で示すのは紡糸溶液を入れる溶液タンクであり、符号104で示すのはバルブであり、符号106で示すのはノズルであり、符号108で示すのはコレクターであり、符号110で示すのは電源装置である。
実施形態においては、ナノ繊維はコレクター108上に堆積された不織布107として得ることができる。実施形態に係るナノ繊維は、フェイスマスク1(後述)に用いる繊維層10と接するように電界紡糸することで、不織布状のナノ繊維層とすることが好ましい。
【0037】
なお、
図2においては、コレクター108として平板状のものが記載されているが、本発明はこれに限定されるものではない。コレクターとしては、ドラム状であって回転可能なものやベルトコンベア状であって回転可能なもの(つまり、不織布を連続的に製造可能なもの)を用いてもよい。
また、コレクターとしては、コレクター上にフェイスマスクに用いる繊維層を搭載した状態で電界紡糸が可能であるものを用いることが好ましい。
【0038】
以上の工程により、実施形態に係るナノ繊維を製造することができる。
【0039】
3.実施形態に係るフェイスマスク1
図3は、実施形態に係るフェイスマスク1の図である。
図3(a)はフェイスマスク1の全体図であり、
図3(b)はフェイスマスク1の断面図である。
【0040】
実施形態に係るフェイスマスク1は、いわゆるピールオフタイプのフェイスマスクであり、肌に装着してから一定時間を経過した後にフェイスマスクを肌から引き離すことで肌の表面の汚れを除去することができる。実施形態に係るフェイスマスク1は、
図1(a)に示すように、目、鼻、口等を除いた顔全体を覆うタイプのフェイスマスクである。
【0041】
実施形態に係るフェイスマスク1は、
図3に示すように、繊維層10と、繊維層10の少なくとも一方の面に積層され、繊維材料の主成分が卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分であるナノ繊維からなるナノ繊維層20とを有する。
なお、本発明のフェイスマスクは、繊維層及びナノ繊維層以外の構成要素(例えば、フェイスマスクを肌から引き離す際の破れを抑制するための基材層)を有していてもよい。
【0042】
実施形態に係るフェイスマスク1においては、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分のうち、卵殻膜成分の含有率が5wt%〜60wt%の範囲内にある。卵殻膜成分の含有率が5wt%以上であることにより、フェイスマスク1において十分な保水力を確保することが可能となる。フェイスマスク1について一層大きい保水力を確保するためには、卵殻膜成分の含有率が10wt%以上であることが一層好ましい。また、卵殻膜成分の含有率が60wt%以下であることにより、電界紡糸を実施する際の紡糸溶液の粘度を十分なものとすることが可能となる。紡糸溶液の粘度を一層高くするためには、卵殻膜成分の含有率が40wt%以下であることが一層好ましい。
【0043】
繊維層10は、不織布からなり、親水性を有する。繊維層10の厚さは、例えば、20μm以上である。繊維層10の厚さが20μm以下の場合には、フェイスマスク1を肌から引き離す際にフェイスマスク1を掴みにくいために引き剥がしにくく、フェイスマスク1がちぎれたり破けたりする恐れがある。また、繊維層10の厚さは、例えば、2mm以下である。繊維層10の厚さが2mm以上の場合には、フェイスマスク1を装着して化粧液を繊維層10の上から含有させるときに化粧料が肌まで浸透するのに時間がかかりすぎる恐れがある。当該観点からは繊維層の厚さは500μm以下であることが好ましい。
【0044】
繊維層10を構成する繊維の繊維径は、例えば、1μm〜100μmの範囲内にある。繊維層10を構成する繊維の材料は適宜選択することができるが、例えば、コットンを好適に用いることができる。
【0045】
ナノ繊維層20は、実施形態においては、繊維層10の一方の面に積層されている。なお、ナノ繊維層は、繊維層の両方の面に積層されていてもよい。
ナノ繊維層20の厚さは、例えば、5μm〜1mmの範囲内にあることが好ましい。ナノ繊維層20の厚さが5μmより小さい場合には、十分に保水力を大きくすることができない場合がある。また、ナノ繊維層20の厚さが1mmより大きい場合には、フェイスマスク1が厚くなりすぎてしまう場合がある。このような観点からは、ナノ繊維層20の厚さは200μm〜400μmの範囲内にあることが一層好ましい。
【0046】
実施形態に係るフェイスマスクは、例えば、以下のようにして製造することができる。
まず、長尺シート状に形成された不織布からなる繊維層10を準備する(基材層準備工程)。
次に、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分を溶解させた紡糸溶液を用いて電界紡糸を実施し、繊維層10の少なくとも一方の面に当該ナノ繊維からなるナノ繊維層20を積層する(ナノ繊維層積層工程)。ナノ繊維20の積層には、例えば、
図2に示したような電界紡糸装置を用いることができる。
次に、繊維層10とナノ繊維層20とが積層された積層体を顔の輪郭や起伏、鼻や口等の開口部に合わせて切り取り(
図3(a)参照。)、フェイスマスク1を製造する。
【0047】
4.実施形態に係るナノ繊維、ナノ繊維の製造方法及びフェイスマスク1の効果
以下、実施形態に係るナノ繊維、ナノ繊維の製造方法及びフェイスマスク1の効果について記載する。
【0048】
実施形態に係るナノ繊維は、繊維材料の主成分が卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分であるため、後述する実験例に示すように、フェイスマスクに用いる繊維層と接するように積層させたときに、従来のフェイスマスクよりもフェイスマスクの保水力を大きくすることが可能なナノ繊維となる。
【0049】
また、実施形態に係るナノ繊維は、繊維材料の主成分が卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分であるため、肌との親和性が高い天然物由来の成分を用いた、人体にやさしいナノ繊維となる。
【0050】
また、実施形態に係るナノ繊維によれば、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分のうち、卵殻膜成分の含有率が5wt%〜60wt%の範囲内にあるため、十分な保水力を確保することが可能となり、かつ、電界紡糸を実施する際の紡糸溶液の粘度を十分なものとすることが可能となる。
【0051】
実施形態に係るナノ繊維の製造方法は、従来のフェイスマスクよりもフェイスマスクの保水力を大きくすることが可能な実施形態に係るナノ繊維を製造可能なナノ繊維の製造方法となる。
【0052】
また、実施形態に係るナノ繊維の製造方法によれば、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分を用いるため、肌との親和性が高い天然物由来の成分を用いた、人体にやさしいナノ繊維を製造することが可能となる。
【0053】
また、実施形態に係るナノ繊維の製造方法によれば、紡糸溶液作製工程S10においては、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分のうち、卵殻膜成分の含有率が5wt%〜60wt%の範囲内となるように紡糸溶液を作製するため、製造するナノ繊維について十分な保水力を確保することが可能となり、かつ、紡糸溶液の粘度を十分なものとすることが可能となる。
【0054】
また、実施形態に係るナノ繊維の製造方法によれば、紡糸溶液作製工程S10は、卵殻膜前処理工程S12と、溶解工程S16とをこの順序で含むため、卵殻膜を可溶化して電界紡糸法に適した形態とすることが可能となる。
【0055】
また、実施形態に係るナノ繊維の製造方法によれば、卵殻膜前処理工程S12では、酢酸及び3−メルカプトプロピオン酸を含有する処理剤を用いるため、可溶化処理を効率的に進めることが可能となる。
【0056】
また、実施形態に係るナノ繊維の製造方法によれば、卵殻膜前処理工程S12では、可溶化処理の後、遠心分離により可溶化卵殻膜を分離するため、卵殻膜成分の分子構造に与える影響を低減しながら卵殻膜成分を分離することが可能となる。
【0057】
また、実施形態に係るナノ繊維の製造方法によれば、紡糸溶液作製工程S10は、溶解工程S16の前に、絹フィブロイン前処理工程S14を含むため、電界紡糸の前に絹から絹フィブロイン成分を抽出し、高品質なナノ繊維を製造することが可能となる。
【0058】
また、実施形態に係るナノ繊維の製造方法によれば、紡糸溶媒はギ酸であるため、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分をよく溶解させ、安定してナノ繊維を製造することが可能となる。
【0059】
実施形態に係るフェイスマスク1は、実施形態に係るナノ繊維からなるナノ繊維層を用いるため、従来のフェイスマスクよりも保水力が大きいフェイスマスクとなる。
【0060】
実施形態に係るフェイスマスク1によれば、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分のうち、卵殻膜成分の含有率が5wt%〜60wt%の範囲内にあるため、フェイスマスク1において十分な保水力を確保することが可能となり、かつ、電界紡糸を実施する際の紡糸溶液の粘度を十分なものとすることが可能となる。
【0061】
[実験例]
実験例においては、本発明のナノ繊維を本発明のナノ繊維の製造方法に従って実際に製造し、形態観察及び分析を行った。また、本発明のフェイスマスクも実際に製造し、保水力に関する実験を行った。
【0062】
1.実験例で用いた原料等及び装置
まず、実験例で用いた原料等及び装置について説明する。なお、汎用の実験器具及び実験装置については、説明を省略する。
【0063】
実験例で用いた原料、溶媒及び試薬は、特記しない限り、シグマアルドリッチジャパン合同会社を通じて購入したものをそのまま用いた。
卵殻膜は、スーパーマーケットで購入した食用の鶏卵から分離したものを用いた。
絹は、国立大学法人信州大学の繊維学部で製造したものを用いた。
【0064】
電界紡糸における電源装置としては、松定プレシジョン株式会社のHar−100*12を用いた。
電界紡糸に用いるコレクターとしては、ステンレス鋼製の平面コレクター(10cm×10cm)を用いた。
【0065】
走査型電子顕微鏡(SEM)としては、日本電子株式会社(JEOL Ltd.)のJSM−6010LAを用いた。
X線回折装置(XRD)としては、株式会社リガクのRotaflex RTP300を用いた。
フーリエ変換赤外分光分析装置(FT−IR)としては、株式会社島津製作所のIRPrestige−21を用いた。
水接触角(WCA)の測定は、ドイツ連邦共和国の企業であるクルス(KRUSS、ただしUにはウムラウト記号が付く。)のDSA100を用い、液滴法により行った。
繊維径を算出するための画像分析ソフトとしては、Image J(v.1.4.8)を用いた。なお、平均繊維径は、画像中の繊維100本を無作為に抽出して算出した。
【0066】
2.実験例に係るナノ繊維の製造方法
次に、実験例に係るナノ繊維の製造方法について説明する。
実験例に係るナノ繊維の製造方法は、実施形態に係るナノ繊維の製造方法と基本的に同様であり、紡糸溶液作製工程(卵殻膜前処理工程、絹フィブロイン前処理工程、溶解工程)と電界紡糸工程とをこの順序で含む。
【0067】
(1)紡糸溶液作製工程
(1−1)卵殻膜前処理工程
まず、手作業で得た卵殻膜2.4gを、濃度1.25mol/lの3−メルカプトプロピオン酸及び濃度10%の酢酸を含有する処理剤80mlに添加して溶液とした。可溶化処理は、12時間、90℃の条件で行った。その後、溶液を室温まで冷却し、不溶成分を除くために遠心分離を行った。なお、pHの調製には水酸化ナトリウムを用いた。得られた可溶化卵殻膜は、メタノールで洗浄した後、乾燥させた。
【0068】
(1−2)絹フィブロイン前処理工程
まず、濃度0.5%の炭酸水素ナトリウム水溶液に絹を投入し、100℃に加熱して溶液とした。当該溶液を塩化カルシウム:メタノール:水=1:2:8(モル比)からなる溶液と混合し、6時間、70℃の条件で処理(脱ガム化)を行った。その後、チューブ状セルロースメンブレンを用いて蒸留水中で3日間透析を行い、濾過の後フリーズドライ乾燥を実施して再生絹フィブロインを得た。
【0069】
(1−3)溶解工程
上記のようにして得た再生絹フィブロインを濃度98%のギ酸に溶解させ、3時間室温で撹拌して10%溶液とした。その後、紡糸溶液において、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分のうち、卵殻膜成分の含有率が所定の値となるように可溶化卵殻膜を再生絹フィブロインの10%溶液に添加し、24時間室温で撹拌を行って溶解させ、紡糸溶液を作製した。
当該溶解工程では、卵殻膜成分の含有率が0wt%,10wt%,20wt%,30wt%,40wt%である5種類の紡糸溶液を作製した。
【0070】
(2)電界紡糸工程
電界紡糸工程で用いた電界紡糸装置は、
図2に示した電界紡糸装置とほぼ同様の装置である。
電界紡糸工程は、キャピラリーチップを取り付けた5mLプラスチックシリンジに紡糸溶液を注入し、アノードと接続した銅線を溶液内に差し込み、電界紡糸を行うことで実施した。チップ−コレクター間の距離は13cmとし、印加電圧は14kVとした。電界紡糸は室温で行った。
得られたナノ繊維について、24時間、減圧条件下で乾燥を行った。
【0071】
以上の工程により、実験例に係るナノ繊維を製造した。
なお、以下の記載においては、卵殻膜成分の含有率を0wt%とした紡糸溶液から製造したナノ繊維(つまり、絹フィブロイン成分のみからなるナノ繊維)を「比較用ナノ繊維」とし、卵殻膜成分の含有率を10wt%とした紡糸溶液から製造したナノ繊維を「ナノ繊維A」とし、卵殻膜成分の含有率を20wt%とした紡糸溶液から製造したナノ繊維を「ナノ繊維B」とし、卵殻膜成分の含有率を30wt%とした紡糸溶液から製造したナノ繊維を「ナノ繊維C」とし、卵殻膜成分の含有率を40wt%とした紡糸溶液から製造したナノ繊維を「ナノ繊維D」とする。
各ナノ繊維は、不織布状のナノ繊維層として得られた。
【0072】
3.実験例に係るフェイスマスクの製造方法
次に、実験例に係るフェイスマスクの製造方法について説明する。
実験例に係るフェイスマスクは、繊維層10のみからなる市販のフェイスマスクを準備し、当該フェイスマスクにナノ繊維層を積層したものである。ナノ繊維層の積層は、コレクター上にフェイスマスクを配置した状態で電界紡糸を行うことにより行った。
なお、実験例に係るフェイスマスクの製造は、卵殻膜成分の含有率を30wt%とした紡糸溶液から製造したナノ繊維である「ナノ繊維C」を用いて実施した。
【0073】
4.観察及び分析の結果
4−1.ナノ繊維
まず、製造したナノ繊維にについて、SEMによる観察を行った。
図4は、比較用ナノ繊維、実験例に係るナノ繊維A及び実験例に係るナノ繊維BのSEM画像である。
図4(a)は比較用ナノ繊維のSEM画像であり、
図4(b)はナノ繊維AのSEM画像であり、
図4(b)はナノ繊維BのSEM画像である。
図5は、実験例に係るナノ繊維C及び実験例に係るナノ繊維DのSEM画像である。
図5(a)はナノ繊維CのSEM画像であり、
図5(b)はナノ繊維DのSEM画像である。
【0074】
SEMによる観察の結果、
図4及び
図5に示すように、ナノ繊維を製造できていることが確認できた。なお、ナノ繊維B及びナノ繊維Dでは、ビーズ状の構造が多少発生しているが、この程度であれば実際の使用における問題はないと考えられる。なお、当該ビーズ状の構造は、絹フィブロイン成分と卵殻膜成分とが十分に混ざっていない箇所に発生するものであると考えられる。
【0075】
比較用ナノ繊維の平均繊維径は196nmであった。また、ナノ繊維Aの平均繊維径は212nmであった。また、ナノ繊維Bの平均繊維径は234nmであった。また、ナノ繊維Cの平均繊維径は256nmであった。さらに、ナノ繊維Dの平均繊維径は284nmであった。このように、卵殻膜成分が増加するに従ってナノ繊維の平均繊維径が増加する傾向があることが確認できた。
【0076】
次に、製造したナノ繊維について、FT−IRによる観察を行った。
図6は、卵殻膜、比較用ナノ繊維及び実験例に係るナノ繊維のFT−IRによる分析結果を示すグラフである。
図6において符号(a)で示すのは卵殻膜のグラフであり、符号(b)で示すのは比較用ナノ繊維(絹フィブロイン成分)のグラフであり、符号(c)で示すのは実験例に係るナノ繊維Dのグラフであり、符号(d)で示すのは実験例に係るナノ繊維Cのグラフであり、符号(e)で示すのは実験例に係るナノ繊維Bのグラフであり、符号(f)で示すのは実験例に係るナノ繊維Aのグラフである。
図6のグラフの縦軸は透過率(単位:任意単位)を表し、横軸は波数(単位:cm
−1)を表す。なお、卵殻膜については、繊維ではなく、乾燥粉末についてFT−IRによる観察を行った。
【0077】
FT−IRによる分析の結果、
図6に示すように、実験例に係るナノ繊維のグラフ(c)〜(f)は、全体としては比較用ナノ繊維(絹フィブロイン成分)のグラフ(b)に近いものの、卵殻膜成分由来のピーク(例えば、810cm
−1のC−H変角振動、920cm
−1のP−ORエステルの伸縮振動、1235cm
−1の脂肪族アミンのC−N伸縮振動、1400及び1425cm
−1の硫酸塩の伸縮振動)も見られた。このため、実験例に係るナノ繊維は、卵殻膜成分及び絹フィブロイン成分からなることが確認できた。また、上記した卵殻膜成分由来のピークは、卵殻膜成分の含有量が増えるに従って大きくなる傾向にあることも確認できた。
なお、ナノ繊維Cのグラフ(d)における2300〜2400cm
−1に存在するピークは、測定時に混入した水や二酸化炭素に起因するピークであり、ナノ繊維Cに起因するピークではない。
【0078】
次に、製造したナノ繊維Cについて、水接触角(WCA)の測定を行った。
図7は、比較用ナノ繊維及び実験例に係るナノ繊維について水接触角の測定を行った結果を示す写真である。
図7(a)は比較用ナノ繊維について水接触角の測定を行ったときの写真であり、
図7(b)は実験例に係るナノ繊維Cについて水接触角の測定を行ったときの写真である。
【0079】
水接触角の測定を行った結果、
図7に示すように、実験例に係るナノ繊維Cは比較用ナノ繊維と比較して親水性が大きく向上したことが確認できた。
【0080】
4−2.フェイスマスク
フェイスマスクについては、保水力及び吸水力に関する実験を行った。
図8及び
図9は、比較用フェイスマスク及び実験例に係るフェイスマスクの保水力及び吸水力に関する実験を行った結果を示す写真である。
図8(a)は比較用フェイスマスク(実験例に係るフェイスマスクを製造する際に用いた、繊維層のみからなるもの)に水を含ませる前の写真であり、
図8(b)は実験例に係るフェイスマスクに水を含ませる前の写真であり、
図8(c)は比較用フェイスマスクに水を含ませてから1分経過したときの写真であり、
図8(d)は実験例に係るフェイスマスクに水を含ませてから1分経過したときの写真である。
また、
図9(a)は比較用フェイスマスクに水を含ませてから3分経過したときの写真であり、
図9(b)は実験例に係るフェイスマスクに水を含ませてから3分経過したときの写真であり、
図9(c)は比較用フェイスマスクに水を含ませてから4.5分経過したときの写真であり、
図9(d)は実験例に係るフェイスマスクに水を含ませてから4.5分経過したときの写真である。
【0081】
保水力に関する実験においては、比較用フェイスマスク及び実験例に係るフェイスマスクに水を滴下し、観察した。当該実験は25℃の温度条件で行った。
フェイスマスクについて保水力及び吸水力に関する実験を行った結果、
図8に示すように、実験例に係るフェイスマスクに水を滴下すると、比較用フェイスマスクに水を滴下した場合よりも広い範囲に水が吸収拡散されることが確認できた。具体的には、水1滴を滴下したときに、比較用フェイスマスクでは水が吸収拡散されたことにより生じた変色部の平均直径が0.706cmとなった(
図8(c)参照。)のに対し、実験例に係るフェイスマスクでは当該変色部の平均直径が1.74cmとなった(
図8(d)参照。)。つまり、実験例に係るフェイスマスクは、比較用フェイスマスクよりも吸水力が大きいことが確認できた。
【0082】
また、
図9に示すように、比較用フェイスマスクよりも実験例に係るフェイスマスクは乾燥が遅いことが確認できた。具体的には、比較用フェイスマスクでは水を滴下して3分経過すると水分を保持できずに乾燥しはじめ(
図9(a)参照。)、4.5分経過すると目視上滴下した水に起因する水分が失われた(
図9(c)参照。)のに対し、実験例に係るフェイスマスクでは4.5分経過しても水分を保持していた(
図9(d)参照。)。つまり、実験例に係るフェイスマスクは、比較用フェイスマスクよりも保水力が大きいことが確認できた。
【0083】
5.結論
以上の実験例により、本発明のナノ繊維の製造方法により本発明のナノ繊維を製造可能であることが確認できた。
また、本発明のナノ繊維は、フェイスマスクに用いる繊維層と接するように積層させたときに、従来のフェイスマスクよりもフェイスマスクの保水力及び吸水力を大きくすることが可能であることが確認できた。
また、本発明のフェイスマスクは、本発明のナノ繊維からなるナノ繊維層を用いるため、従来のフェイスマスクよりも保水力及び吸水力が大きいフェイスマスクとなることが確認できた。
【0084】
以上、本発明のナノ繊維、当該ナノ繊維の製造方法及びフェイスマスクを、実施形態及び実験例に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において実施することが可能であり、例えば、次のような変形も可能である。
【0085】
(1)本発明のナノ繊維は、フェイスマスク以外の衛生に関わる繊維素材や繊維製品に適用することも可能である。このような繊維素材や繊維製品としては、創傷被覆材、帽子、手袋、敷布、衣服等を挙げることができる。