(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1によると、γ’相の体積率が高いNi基合金材であっても、ひび割れさせることなく高い製造歩留まりで鍛造品を製造できるとされている。しかしながら、特許文献1の技術は、低ひずみ速度による超塑性変形の熱間鍛造工程およびその後に等温鍛造工程を行うことから、特殊な製造装置が必要であるとともに長いワークタイムを必要とする(すなわち、装置コストおよびプロセスコストが高い)という弱点がある。
【0009】
工業製品に対しては、当然のことながら低コスト化の強い要求があり、製品を低コストで製造する技術の確立は、最重要課題のうちの一つである。
【0010】
例えば、特許文献2(特許第5869624)には、γ’相の固溶温度が1050℃以上であるNi基合金からなるNi基合金軟化材の製造方法であって、次の工程で軟化処理を実施するためのNi基合金素材を準備する素材準備工程と、前記Ni基合金素材を軟化させて加工性を向上させる軟化処理工程と、を含み、前記軟化処理工程は、前記γ’相の固溶温度未満の温度領域でなされる工程であり、前記Ni基合金素材を前記γ’相の固溶温度未満の温度で熱間鍛造する第1の工程と、前記γ’相の固溶温度未満の温度から100℃/h以下の冷却速度で徐冷をすることにより前記Ni基合金の母相であるγ相の結晶粒の粒界上に析出した非整合なγ’相の結晶粒の量を増加させて20体積%以上としたNi基合金軟化材を得る第2の工程と、を含むことを特徴とするNi基合金軟化材の製造方法、が開示されている。特許文献2で報告された技術は、強析出強化Ni基合金材を低コストで加工・成形できるという点で画期的な技術と言える。
【0011】
ただし、γ’相の体積率が45体積%以上のような超強析出強化Ni基合金材(例えば、γ’相を45〜80体積%析出させるNi基合金材)では、γ’相の固溶温度未満の温度(γ相とγ’相との二相共存の温度領域)で熱間鍛造する工程において、通常の鍛造装置(特別な加熱保温機構を装備していない鍛造装置)を用いた場合に鍛造プロセス中の温度低下(それによるγ’相の望まない析出)に起因して製造歩留まりが低下し易い。
【0012】
近年における省エネルギーおよび地球環境保護の観点から、タービンの熱効率向上を目指した主流体温度の高温化や、タービン翼の長尺化によるタービンの高出力化は、今後ますます進展するものと思われる。それは、タービン高温部材の使用環境が今後ますます厳しくなることを意味し、タービン高温部材には、更なる機械的特性の向上が要求される。一方、前述したように、工業製品の低コスト化(特に、成形加工性/成型加工性の向上、製造歩留まりの向上)は最重要課題のうちの一つである。
【0013】
一方、難加工材料の成形体/成型体を低コストで製造する技術の一つとして、金属粉末を用いた粉末冶金技術がある。
【0014】
例えば、特許文献3(米国特許第5649280)には、微細粒Ni基超合金予備成形体(例えば、固めた金属粉末予備成形体)に対して、後工程の熱処理で完全に再結晶させて均一で微小粒径の微細組織を形成するための残留ひずみを付与するように鍛造する工程と、当該鍛造材に対して、再結晶温度より高くかつγ’相ソルバス温度より低い温度において長時間のサブソルバス熱処理を施す工程と、引き続いて、当該合金材中にγ’相を析出させ分布を制御するために当該サブソルバス温度から所定の冷却速度で冷却する工程とを行って、Ni基超合金材の粒径を制御する方法が開示されている。
【0015】
しかしながら、特許文献3の方法は、最終的なNi基超合金材の粒径を制御するために、鍛造しようとする予備成形体の粒径を微細化する手段として粉末冶金技術を利用しているに過ぎず、難加工材料の成形加工性/成型加工性を向上させる技術は、教示・示唆されていない。
【0016】
強析出強化Ni基合金材料は、たとえ粉末であっても、各粉末粒子の硬さ故に成形加工性/成型加工性が極めて良好とは言い難い。そのため、従来は、粉末冶金技術を適用する際に高温および/または高圧力の加工が必要となり、強析出強化Ni基合金部材の製造コストを劇的に低減するのは困難であった。言い換えると、もしも成形加工性/成型加工性が高く粉末冶金技術に好適なNi基合金粉末が存在すれば、強析出強化Ni基合金部材の製造コストを劇的に低減できるようになることが期待される。
【0017】
本発明は、かかる問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、強析出強化Ni基合金材料を用いながら、従来よりも成形加工性/成型加工性が良好な粉末であり、粉末冶金技術に好適なNi基合金軟化粉末および該軟化粉末の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
(I)本発明の一態様は、Ni基合金軟化粉末であって、
前記Ni基合金軟化粉末は、母相となるγ相中に析出するγ’相の700℃における平衡析出量が30体積%以上80体積%以下となる化学組成を有し、該軟化粉末の平均粒度が5μm以上500μm以下であり、該軟化粉末の粒子が前記γ相の微細結晶の多結晶体で構成される粉末であり、
前記粒子を構成する前記γ相の微細結晶の粒界上に20体積%以上の前記γ’相が析出しており、
前記粒子の室温のビッカース硬さが370 Hv以下であることを特徴とするNi基合金軟化粉末、を提供するものである。
【0019】
本発明は、上記のNi基合金軟化粉末(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記化学組成は、5質量%以上25質量%以下のCr(クロム)と、0質量%超30質量%以下のCo(コバルト)と、1質量%以上8質量%以下のAl(アルミニウム)と、合計1質量%以上10質量%以下のTi(チタン)、Nb(ニオブ)およびTa(タンタル)と、10質量%以下のFe(鉄)と、10質量%以下のMo(モリブデン)と、8質量%以下のW(タングステン)と、0.1質量%以下のZr(ジルコニウム)と、0.1質量%以下のB(ホウ素)と、0.2質量%以下のC(炭素)と、2質量%以下のHf(ハフニウム)と、5質量%以下のRe(レニウム)と、0.003質量%以上0.05質量%以下のO(酸素)とを含有し、残部がNiおよび不可避不純物からなる。
(ii)前記化学組成は、前記γ’相の固溶温度が1100℃以上となる化学組成である。
(iii)前記Ni基合金軟化粉末は、前記γ’相の700℃における前記平衡析出量が45体積%以上80体積%以下となる化学組成を有する。
(iv)前記粒子の室温のビッカース硬さが350 Hv以下である。
【0020】
(II)本発明の他の一態様は、上記のNi基合金軟化粉末を製造する方法であって、
前記製造方法は、
前記化学組成を有し粉末粒子が前記γ相の微細結晶の多結晶体で構成される前駆体粉末を用意する前駆体粉末用意工程と、
前記前駆体粉末に対して、前記γ’相の固溶温度以上で前記γ相の融点未満の温度(本発明では、高温と称することにする)に加熱して前記γ’相を前記γ相中に固溶させた後、当該温度から前記γ’相の前記固溶温度より低い温度まで100℃/h以下の冷却速度で徐冷する高温−徐冷熱処理を施すことにより、前記粉末粒子を構成する前記γ相の微細結晶の粒界上に前記γ’相が20体積%以上析出した前記Ni基合金軟化粉末を作製する粉末軟化高温−徐冷熱処理工程と、を有することを特徴とするNi基合金軟化粉末の製造方法、を提供するものである。
【0021】
(III)本発明の更に他の一態様は、上記のNi基合金軟化粉末を製造する方法であって、
前記製造方法は、
前記化学組成を有し粉末粒子が前記γ相の単相微細結晶の多結晶体で構成される単相前駆体粉末を用意する単相前駆体粉末用意工程と、
前記単相前駆体粉末に対して、前記γ’相の固溶温度よりも80℃低い温度以上で該固溶温度未満の温度(本発明では、亜高温と称することにする)に加熱して、当該温度から100℃/h以下の冷却速度で徐冷する亜高温−徐冷熱処理を施すことにより、前記単相前駆体粉末の粒子を構成する前記γ相の単相微細結晶の粒界上に前記γ’相が20体積%以上析出した前記Ni基合金軟化粉末を作製する粉末軟化亜高温−徐冷熱処理工程と、を有することを特徴とするNi基合金軟化粉末の製造方法、を提供するものである。
【0022】
(IV)本発明の更に他の一態様は、上記のNi基合金軟化粉末を製造する方法であって、
前記製造方法は、
前記化学組成を有し粉末粒子が前記γ相の単相微細結晶の多結晶体で構成される単相前駆体粉末を用意する単相前駆体粉末用意工程と、
前記単相前駆体粉末に対して、前記γ’相の固溶温度以上で前記γ相の融点未満の温度に加熱した後、当該温度から前記γ’相の前記固溶温度より低い温度まで100℃/h以下の冷却速度で徐冷する高温−徐冷熱処理を施すことにより、前記単相前駆体粉末の粒子を構成する前記γ相の単相微細結晶の粒界上に前記γ’相が20体積%以上析出した前記Ni基合金軟化粉末を作製する粉末軟化高温−徐冷熱処理工程と、を有することを特徴とするNi基合金軟化粉末の製造方法、を提供するものである。
【0023】
本発明は、上記のNi基合金軟化粉末の製造方法(II)〜(IV)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(v)前記前駆体粉末用意工程または前記単相前駆体粉末用意工程は、アトマイズ素工程を含む。
【0024】
なお、本発明において、γ’相の700℃における平衡析出量と固溶温度およびγ相の融点(固相線温度)は、Ni基合金材料の化学組成に基づいた熱力学計算から求められる平衡析出量および温度を用いることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、強析出強化Ni基合金材料を用いながら、従来よりも成形加工性/成型加工性が良好な粉末であり、粉末冶金技術に好適なNi基合金軟化粉末および該軟化粉末の製造方法を提供することができる。また、当該Ni基合金軟化粉末を用いて粉末冶金技術を適用することにより、高い製造歩留まりで(すなわち、従来よりも低コストで)強析出強化Ni基合金部材を提供することができるようになる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
[本発明の基本思想]
本発明は、特許文献2(特許第5869624)に記載されたγ’相析出Ni基合金材における析出強化/軟化のメカニズムをベースにしている。
図1は、析出強化Ni基合金材中のγ相とγ’相との関係を示す模式図であり、(a)γ相の結晶粒内にγ’相が析出する場合、(b)γ相の結晶粒の粒界上にγ’相が析出する場合である。
【0028】
図1(a)に示したように、γ相の結晶粒内にγ’相が析出する場合、γ相を構成する原子1とγ’相を構成する原子2とが整合界面3を構成する(γ相に格子整合しながらγ’相が析出する)。このようなγ’相を粒内γ’相と称する(整合γ’相と称する場合もある)。粒内γ’相は、γ相と整合界面3を構成するが故にγ相結晶粒内での転位の移動を妨げると考えられ、それにより、Ni基合金材の機械的強度を向上させていると考えられる。析出強化したNi基合金材とは、通常、
図1(a)の状態を意味する。
【0029】
一方、
図1(b)に示したように、γ相の結晶粒の粒界上に(言い換えると、γ相の結晶粒の間に)γ’相が析出する場合、γ相を構成する原子1とγ’相を構成する原子2とは非整合界面4を構成する(γ相と格子整合しない状態でγ’相が析出する)。このようなγ’相を粒界γ’相と称する(粒間γ’相や非整合γ’相と称する場合もある)。粒界γ’相は、γ相と非整合界面4を構成するためγ相結晶粒内での転位の移動を妨げない。その結果、粒界γ’相は、Ni基合金材の強化にほとんど寄与しないと考えられる。これらのことから、Ni基合金材において、粒内γ’相の代わりに粒界γ’相を積極的に析出させれば、該合金材が軟化した状態となり成形加工性を飛躍的に向上させることができる。
【0030】
本発明は、特許文献2のように合金塊(インゴット)に対してγ相/γ’相の二相共存温度領域の熱間鍛造を行うことによって粒界γ’相を析出させるのではなく、粉末粒子がγ相の微細結晶または単相微細結晶の多結晶体で構成されるNi基合金の前駆体粉末/単相前駆体粉末を形成すること、および該前駆体粉末/単相前駆体粉末に対して所定の熱処理を施すことによって粉末粒子を構成するγ相の微細結晶の粒界上に粒界γ’相を20体積%以上析出させた軟化粉末を作製することに大きな特徴がある。当該Ni基合金前駆体粉末/単相前駆体粉末がキーポイントの一つと言える。
【0031】
γ’相の析出には、基本的にγ’相を形成する原子の拡散・再配列が必要であるため、鋳造材のようにγ相結晶粒が大きい場合には、通常、原子の拡散・再配列の距離が短くて済むγ相結晶粒内にγ’相が優先的に析出すると考えられる。なお、鋳造材であってもγ相結晶の粒界上にγ’相が析出することを否定するものではない。
【0032】
一方、γ相結晶粒が微細になると、結晶粒界までの距離が短くなる上に、結晶粒の体積エネルギーに比して粒界エネルギーが高くなることから、γ’相形成原子がγ相の結晶粒内で固相拡散して再配列するよりも、γ相の結晶粒界上を拡散して該粒界上で再配列する方がエネルギー的に有利になり優先して起こり易くなると考えられる。
【0033】
ここで、γ相の結晶粒界上でのγ’相形成を促進するためには、少なくともγ’相形成原子が拡散し易い温度領域(例えば、γ’相の固溶温度近傍)においてγ相結晶粒を微細な状態に維持する(言い換えると、γ相結晶粒の粒成長を抑制する)ことが重要になる。そこで、本発明者等は、γ’相の固溶温度近傍や固溶温度以上の温度領域であってもγ相結晶粒の粒成長を抑制する技術について鋭意研究を行った。
【0034】
その結果、所定量の酸素成分を制御して含有させたNi基合金粉末を形成することによって、粉末粒子がγ相微細結晶の多結晶体で構成されるようになること(粉末粒子が複数のγ相微細結晶からなる、粉末粒子の内部にγ相微細結晶の粒界が存在する状態になる)を見出した。さらに、そのような粉末粒子は、γ’相の固溶温度近傍や固溶温度以上の温度まで昇温してもγ相微細結晶の粒成長を抑制できること(粉末粒子がγ相の単結晶体とはならずに多結晶体を維持する)、および当該温度から徐冷することによって、γ相微細結晶の粒界上に粒界γ’相を積極的に析出・成長させられることを見出した。本発明は当該知見に基づくものである。
【0035】
以下、図面を参照しながら、本発明に係る実施形態を説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。
【0036】
[Ni基合金軟化粉末の製造方法]
図2は、本発明に係るNi基合金軟化粉末を用いるNi基合金部材の製造方法の工程例を示すフロー図である。
図2に示したように、本発明のNi基合金軟化粉末を用いたNi基合金部材の製造方法は、概略的に、所定の化学組成を有し粉末粒子がγ相微細結晶の多結晶体で構成される前駆体粉末を用意する前駆体粉末用意工程(S1)と、該前駆体粉末に対して所定の高温−徐冷熱処理を施すことにより粒界γ’相を20体積%以上析出させたNi基合金軟化粉末を作製する粉末軟化高温−徐冷熱処理工程(S2)と、該軟化粉末を用いて粉末冶金技術により所望の形状を有する成型加工体を形成する成型加工工程(S3)と、該成型加工体に対して粒界γ’相をγ相中に固溶させる溶体化熱処理およびγ相の結晶粒内に粒内γ’相を析出させる時効熱処理を施す溶体化−時効熱処理工程(S4)と、を有する。前駆体粉末用意工程S1と粉末軟化高温−徐冷熱処理工程S2とが、本発明に係るNi基合金軟化粉末の製造方法である。
【0037】
なお、前駆体粉末とは、粉末粒子がγ相微細結晶の多結晶体で構成されているが、γ相微細結晶の粒界上にγ’相が析出していない状態(少なくとも意図的には粒界γ’相を析出させていない状態)の粉末を言う。軟化粉末とは、γ相微細結晶の粒界上に粒界γ’相が20体積%以上析出した状態の粉末を言う。
【0038】
図3は、本発明に係る製造方法におけるNi基合金粉末の微細組織の変化例を示す模式図である。まず、前駆体粉末用意工程によって用意するNi基合金前駆体粉末は、平均粒度が500μm以下の粉末であり、粉末粒子がγ相微細結晶の多結晶体からなる。厳密には前駆体粉末が形成される過程の温度履歴(例えば、冷却速度)の影響を強く受けるが、該γ相微細結晶内にγ’相(整合γ’相)が析出していないγ相微細結晶と、粒内γ’相が一部析出しているγ相微細結晶とが混在することもある。粒内γ’相が析出していないγ相微細結晶やγ相微細結晶で粒内γ’相が析出していない領域は、γ’相の過飽和状態やγ’相が形成される前の組成ゆらぎ状態になっていると考えられる。
【0039】
また、前駆体粉末の粒子は、基本的に1粒子がγ相微細結晶の多結晶体からなるが、一部に1粒子がγ相単結晶からなるものが混在することを否定するものではない。言い換えると、前駆体粉末は、大部分の粒子がγ相微細結晶の多結晶体からなるが、γ相単結晶からなる粒子が混在する可能性もある。
【0040】
次に、前駆体粉末をγ’相の固溶温度以上でγ相の融点未満の温度まで加熱昇温する。加熱温度がγ’相の固溶温度以上になると、熱平衡的には全てのγ’相がγ相中に固溶してγ相単相となる。本発明においては、この段階で粉末粒子がγ相微細結晶の多結晶体からなる状態を維持する(γ相微細結晶の過剰粗大化を防止する)ことが重要である。
【0041】
次に、当該加熱温度から100℃/h以下の冷却速度で徐冷すると、粉末粒子のγ相微細結晶の粒界上に20体積%以上の粒界γ’相が析出した軟化粉末が得られる。軟化粉末は、粒内γ’相の析出量が十分に少ないことから析出強化のメカニズムが作用せず、成形加工性/成型加工性が飛躍的に向上した状態となる。粉末粒子の表面はγ相微細結晶の粒界の一種と見なせることから、粉末粒子の表面上に析出したγ’相も粒界γ’相と見なす。
【0042】
なお、
図2に示したように、次に、得られた軟化粉末を用い粉末冶金技術を適用して所望形状の成型加工体を形成する(成型加工工程S3)。このとき、本発明の軟化粉末は、従来の強析出強化Ni基合金粉末に比して成型加工性が飛躍的に向上していることから、成型加工の際の温度および/または圧力を従来よりも下げることができる。これは、成型加工にあたって、装置コストおよび/またはプロセスコストを低減できることを意味する。
【0043】
その後、所望形状を有する成型加工体に対して、大部分の粒界γ’相をγ相中に固溶させる(例えば、粒界γ’相を10体積%以下にする)溶体化熱処理を施し、続いてγ相の結晶粒内に粒内γ’相を30体積%以上析出させる時効熱処理を施す(溶体化−時効熱処理工程S4)。その結果、所望形状を有しかつ十分に析出強化された強析出強化Ni基合金部材が得られる。本発明の軟化粉末を用いることによる成型プロセスの容易性は、装置コストの低減、プロセスコストの低減、製造歩留まりの向上(すなわち、Ni基合金部材の製造コストの低減)につながる。
【0044】
得られる強析出強化Ni基合金部材は、次世代のタービン高温部材(例えば、タービン動翼、タービン静翼、ロータディスク、燃焼器部材、ボイラー部材、耐熱コーティング材)として好適に利用できる。
【0045】
前述したように、特許文献2の技術は、整合γ’相(粒内γ’相)を意図的に残しながら非整合γ’相(粒界γ’相、粒間γ’相)を析出させた軟化体を作製するため、精度の高い制御が必要になる。これに対し、本発明の技術は、粒内γ’相を一旦消失させた後に粒界γ’相を析出させた軟化粉末を作製する。本発明では、工業的難度の低い前駆体粉末形成工程S1と工業的難度の低い粉末軟化高温−徐冷熱処理工程S2との組合せによって軟化粉末を得られることから、特許文献2の技術よりも汎用性が高く、製造プロセス全体としての低コスト化が可能である。特に、γ’相の体積率が45体積%以上のような超強析出強化Ni基合金材料からなる軟化粉末の製造に効果的である。
【0046】
以下、上記S1〜S2の各工程についてより詳細に説明する。
【0047】
(前駆体粉末用意工程S1)
本工程S1は、所定の化学組成を有する(特に、所定量の酸素成分を意図的に含有させた)Ni基合金前駆体粉末を用意する工程である。前駆体粉末を用意する方法・手法としては、基本的に従前の方法・手法を利用できる。例えば、所定の化学組成となるように原料を混合・溶解・鋳造して母合金塊(マスターインゴット)を作製する母合金塊作製素工程(S1a)と、該母合金塊から前駆体粉末を形成するアトマイズ素工程(S1b)とを行えばよい。また、必要に応じて、前駆体粉末の粒度を揃えるための分級素工程(S1c)を行ってもよい。
【0048】
酸素含有量の制御はアトマイズ素工程S1bで行うことが好ましい。アトマイズ方法は、Ni基合金中の酸素含有量を制御する以外は従前の方法・手法を利用できる。例えば、アトマイズ雰囲気中の酸素量(酸素分圧)を制御しながらのガスアトマイズ法や遠心力アトマイズ法を好ましく用いることができる。
【0049】
前駆体粉末における酸素成分の含有量(含有率と称する場合もある)は、0.003質量%(30 ppm)以上0.05質量%(500 ppm)以下が望ましく、0.005質量%以上0.04質量%以下がより望ましく、0.007質量%以上0.02質量%以下が更に望ましい。0.003質量%未満ではγ相微細結晶の粒成長抑制の効果が少なく、0.05質量%超含有すると最終的なNi基合金部材の機械的強度や延性を低下させる。なお、酸素原子は、粉末粒子の内部に固溶したり表面や内部で酸化物の核を生成したりしていると考えられる。
【0050】
強析出強化の観点および粒界γ’相粒の形成の効率化の観点から、Ni基合金の化学組成としては、γ’相の固溶温度が1020℃以上となるものを採用することが好ましく、1050℃以上となるものを採用することがより好ましく、1100℃以上となるものを採用することが更に好ましい。酸素成分以外の化学組成の詳細については後述する。
【0051】
前駆体粉末の粒度は、平均粒度で、5μm以上500μm以下が好ましく、10μm以上300μm以下がより好ましく、20μm以上200μm以下が更に好ましい。前駆体粉末の平均粒度が5μm未満になると、次工程S2でのハンドリング性が低下するとともに、次工程S2中に粉末粒子同士が合体し易くなって軟化粉末の平均粒度の制御が難しくなる。前駆体粉末の平均粒径が500μm超になると、後の成型加工工程の際に成型加工体の形状制御性や形状精度が低下する要因となる。前駆体粉末の平均粒度は、例えば、レーザ回折式粒度分布測定装置を用いて測定することができる。
【0052】
なお、前述したように、前駆体粉末の粒子は、基本的に1粒子がγ相微細結晶の多結晶体からなるが、粉末粒子におけるγ相微細結晶の平均結晶粒径としては5μm以上50μm以下が好ましい。また、アトマイズ法のように急速凝固によって前駆体粉末を形成した場合、通常、γ相微細結晶の粒界上にγ’相(例えば、液相から直接晶出する共晶γ’相)は析出しない。
【0053】
(粉末軟化高温−徐冷熱処理工程S2)
本工程S2は、前工程S1で用意した前駆体粉末に対して、γ’相の固溶温度以上の温度に加熱してγ’相をγ相中に一旦固溶させた後、当該温度から徐冷することで粒界γ’相を生成・増加させて軟化粉末を作製する工程である。本工程中におけるγ相微細結晶の望まない粗大化をできるだけ抑制するため、徐冷開始温度は、γ相の融点未満(固相線温度未満)が好ましく、γ’相の固溶温度より35℃高い温度以下がより好ましく、γ’相の固溶温度より25℃高い温度以下が更に好ましい。
【0054】
なお、γ相の融点が「γ’相の固溶温度+35℃」や「γ’相の固溶温度+25℃」よりも低い場合は、当然のことながら「γ相の融点未満」を優先する。
【0055】
熱処理雰囲気は、Ni基合金粉末の望まない酸化(前工程S1で制御した酸素含有量を超える酸化)を防止ための非酸化性雰囲気(酸化を生じさせるような分圧の酸素を含まない雰囲気)であれば特段の限定はなく、還元性雰囲気(例えば、水素ガス雰囲気)がより好ましい。
【0056】
また、本工程S2は、高温−徐冷熱処理の結果として粒内γ’相が完全に消失せず、わずかに存在することまでを否定するものではない。例えば、粒界γ’相が20体積%以上析出していることを前提として、粒内γ’相の存在量が10体積%以下であれば、後の成型加工工程における成型加工性を強く阻害するものではないことから許容される。粒内γ’相の存在量は、5体積%以下がより好ましく、3体積%以下が更に好ましい。
【0057】
ここで、特許文献2の技術においては、溶解・鋳造・鍛造プロセスで得られるNi基合金鍛造素材をγ’相の固溶温度以上に加熱昇温すると、γ相結晶の粒界移動をピン止めしていたγ’相が消失するため、γ相結晶粒の急激な粗大化が生じ易い。その結果、本工程S2のようにγ’相の固溶温度以上に加熱昇温した後に徐冷を行っても、粒界γ’相の析出・成長はほとんど促進されない。
【0058】
これに対し、本発明においては、前駆体粉末用意工程S1で用意した前駆体粉末が、合金組成として酸素成分を従来のNi基合金材よりも多く含有している(酸素成分を多く含有するように制御されている)。そして、そのような前駆体粉末に対してγ’相の固溶温度以上の熱処理を施すと、含有する酸素原子が合金の金属原子と化合して局所的な酸化物を形成すると考えられる。
【0059】
このとき形成した酸化物はγ相微細結晶の粒界移動(すなわち、γ相微細結晶の粒成長)を抑制すると考えられる。すなわち、本工程S2においてγ’相を消失させても、γ相微細結晶の粗大化を防げると考えられる。
【0060】
析出強化Ni基合金材の強化機構は、前述したように、γ相とγ’相とが整合界面を形成することで強化に寄与するというものであり、非整合界面は強化に寄与しない。粒内γ’相(整合γ’相)の量を減少させ、粒界γ’相(粒間γ’相、非整合γ’相)の量を増加させることで、優れた成型加工性を有する軟化粉末を得ることができる。
【0061】
徐冷過程における冷却速度は低くする方が粒界γ’相の析出・成長に優位となる。冷却速度は、100℃/h以下が好ましく、50℃/h以下がより好ましく、10℃/h以下が更に好ましい。冷却速度が100℃/hより高いと、粒内γ’相が優先析出して、本発明の作用効果を十分に得ることができない。
【0062】
具体的には、優れた成形加工性/成型加工性を確保するため、粒界γ’相の析出量が20体積%以上となる温度以下まで徐冷することが好ましく、粒界γ’相の析出量を30体積%以上とすることがより好ましい。このとき、粒内γ’相の析出量は10体積%以下とすることが好ましく、5体積%以下がより好ましい。γ’相の析出量は、微細組織観察および画像解析(例えば、ImageJ、米国National Institutes of Health開発のパブリックドメインソフトウェア)により測定することができる。
【0063】
徐冷過程の終了温度の例示としては、γ’相固溶温度が比較的低い1020℃以上1100℃未満の場合、γ’相固溶温度から50℃以上低い温度が好ましく、γ’相固溶温度から100℃以上低い温度がより好ましく、γ’相固溶温度から150℃以上低い温度が更に好ましい。また、γ’相固溶温度が比較的高い1100℃以上の場合、徐冷過程の終了温度は、γ’相固溶温度から100℃以上低い温度が好ましく、γ’相固溶温度から150℃以上低い温度がより好ましく、γ’相固溶温度から200℃以上低い温度が更に好ましい。より具体的には、1000℃以下800℃以上の温度まで徐冷することが好ましい。
【0064】
徐冷終了温度からの冷却は、冷却中の粒内γ’相の析出を抑制するため(例えば、粒内γ’相の析出量を10体積%以下とするため)冷却速度が高い方が好ましく、例えば、水冷やガス冷が好ましい。
【0065】
成形加工性/成型加工性の指標としては、軟化粉末の室温におけるビッカース硬さ(Hv)を採用することができる。本工程S2を行うことで得られる軟化粉末は、γ’相の700℃における平衡析出量が45体積%以上となるような超強析出強化Ni基合金材料であっても、室温ビッカース硬さが370 Hv以下のものを得ることができる。当該室温ビッカース硬さが350 Hv以下となるようにすることがより好ましく、330 Hv以下となるようにすることが更に好ましい。
【0066】
図4は、本発明に係るNi基合金軟化粉末を用いるNi基合金部材の製造方法の他の工程例を示すフロー図である。
図4に示したように、本発明のNi基合金軟化粉末を用いたNi基合金部材の他の製造方法は、Ni基合金軟化粉末の製造方法(単相前駆体粉末用意工程S1’および粉末軟化亜高温−徐冷熱処理工程S2’)において
図2の工程と異なり、成型加工工程S3と溶体化−時効熱処理工程S4とを
図2の工程と同じにするものである。
図5は、工程S1’〜S2’におけるNi基合金粉末の微細組織の変化例を示す模式図である。
【0067】
以下、上記工程S1’〜S2’(すなわち、本発明に係るNi基合金軟化粉末の他の製造方法)について、
図4〜5を参照しながら前述した工程S1〜S2との差異の部分を中心に説明する。
【0068】
(単相前駆体粉末用意工程S1’)
本工程S1’は、所定の化学組成を有し粉末粒子がγ相の単相微細結晶の多結晶体で構成される単相前駆体粉末を用意する工程である。本発明において、単相前駆体粉末とは、走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型X線分析装置(SEM-EDX)および/またはX線回折装置(XRD)での測定によってγ相単相(γ’相が検出されない)と判断できる粉末を意味する。透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型透過電子顕微鏡(STEM)レベルの厳密性を求めるものではない。
【0069】
本工程S1’は、工程S1と同様の母合金塊作製素工程(S1a)と、単相前駆体粉末を形成するためのアトマイズ素工程(S1’b)とを行い、必要に応じて、工程S1と同様の分級素工程(S1c)を行えばよい。アトマイズ素工程S1’bは、γ’相が生成・析出し易い温度領域(例えば、1100℃〜600℃)の平均冷却速度を制御する以外は、工程S1のアトマイズ素工程S1bと同様のアトマイズ方法を利用できる。制御する平均冷却速度としては、500℃/min以上が好ましく、1000℃/min以上がより好ましく、1500℃/min以上が更に好ましく、2000℃/min以上が最も好ましい。
【0070】
工程S1’(特に、アトマイズ素工程S1’b)の結果、
図5に示したようにγ相の単相微細結晶の多結晶体からなる単相前駆体粉末が得られる。単相前駆体粉末における酸素成分の含有率、平均粒度、および単相微細結晶の平均結晶粒径に関しては、工程S1で得られる前駆体粉末のそれらと同様である。
【0071】
(粉末軟化亜高温−徐冷熱処理工程S2’)
本工程S2’は、前工程S1’で用意した単相前駆体粉末に対して、所定の亜高温−徐冷熱処理を施すことにより粒界γ’相を20体積%以上析出させたNi基合金軟化粉末を作製する工程である。亜高温−徐冷熱処理とは、γ’相の固溶温度よりも80℃低い温度以上で該固溶温度未満の温度に加熱して、当該温度から100℃/h以下の冷却速度で徐冷する熱処理である。加熱温度(すなわち徐冷開始温度)は、γ’相の固溶温度よりも50℃低い温度以上がより好ましく、γ’相の固溶温度よりも30℃低い温度以上が更に好ましい。徐冷過程の冷却速度は、工程S2と同様に、50℃/h以下がより好ましく、10℃/h以下が更に好ましい。
【0072】
単相前駆体粉末を用いることから、徐冷開始温度が亜高温の温度領域であっても、粒界γ’相が優先的に核生成・粒成長する(
図5参照)。また、工程S2’における徐冷終了温度、徐冷終了温度からの冷却、亜高温−徐冷熱処理の結果としての粒界γ’相の析出量および粒内γ’相の存在量に関しては、工程S2で得られる軟化粉末のそれらと同様である。
【0073】
ここで、単相前駆体粉末に対する亜高温−徐冷熱処理により、工程S2で得られる軟化粉末と同様の軟化粉末が得られる理由について、少し考察する。正確なメカニズムは現段階で未解明であるが、γ相の単相微細結晶の多結晶体で構成された単相前駆体粉末が重要ポイントになっている可能性があり、次のようなモデルが考えられる。
【0074】
γ相の単相結晶にとって(γ’相が実質的に存在しない状況において)、γ’相の固溶温度よりも80℃低い温度以上で該固溶温度未満の温度(本発明では、亜高温と称している)は、γ’相の析出に関する過冷度が小さい温度領域と考えられる。また、γ相結晶内でのγ’相(すなわち粒内γ’相)の析出は、均質核生成の一種(少なくとも均質核生成に類似の現象)と考えられる。言い換えると、γ相単相結晶内において、亜高温の領域における粒内γ’相の核生成頻度は非常に小さいと考えられる。
【0075】
一方、γ相の単相微細結晶の粒界には、前述したように、酸素原子が偏在したり微小酸化物を形成したりしていると考えられる。この場合、微細結晶の粒界は、γ’相にとって不均質核生成サイトとして作用する可能性が高いと考えられる。さらに、熱力学の観点から、不均質核生成は均質核生成よりも活性化エネルギーがはるかに低いため、過冷度が小さい状態であっても核生成頻度が十分に高くなることが知られている。
【0076】
これらを総合的に勘案すると、単相前駆体粉末に対する亜高温−徐冷熱処理とは、γ’相の過冷度が小さい温度領域で均質核生成と不均質核生成とを競合させることによって、不均質核生成に起因する粒界γ’相を優先的に核生成させた後、徐冷過程において生成した核を粒成長させる熱処理になっていると考えられる。当該考察(モデル)は、粉末軟化高温−徐冷熱処理工程S2における「粒界γ’相の優先的核生成およびその後の粒界γ’相の粒成長」に対しても適用できると考えられる。
【0077】
なお、本発明は、単相前駆体粉末に対して、粉末軟化高温−徐冷熱処理工程S2を適用することを否定するものではない。
図6は、本発明に係るNi基合金軟化粉末を用いるNi基合金部材の製造方法の更に他の工程例を示すフロー図である。
図6に示したように、本発明のNi基合金軟化粉末を用いたNi基合金部材の当該製造方法は、Ni基合金軟化粉末の製造において、単相前駆体粉末用意工程S1’の次に、粉末軟化高温−徐冷熱処理工程S2を行うものである。成型加工工程S3と溶体化−時効熱処理工程S4とは
図2の工程と同じでよい。
【0078】
(Ni基合金軟化粉末の化学組成)
本発明で用いるNi基合金材料の化学組成について説明する。当該Ni基合金材料は、700℃におけるγ’相の平衡析出量が30体積%以上80体積%以下となる化学組成を有する。具体的には、質量%で、5%以上25%以下のCr、0%超30%以下のCo、1%以上8%以下のAl、TiとNbとTaの総和が1%以上10%以下、10%以下のFe、10%以下のMo、8%以下のW、0.1%以下のZr、0.1%以下のB、0.2%以下のC、2%以下のHf、および5%以下のRe、および0.003%以上0.05%以下のOを含有し、残部がNiおよび不可避不純物である化学組成が好ましい。以下、各成分について説明する。
【0079】
Cr成分は、γ相中に固溶すると共に、Ni基合金材の実使用環境下で表面に酸化物被膜(Cr
2O
3)を形成して耐食性と耐酸化性とを向上させる効果がある。タービン高温部材へ適用するためには、5質量%以上の添加が必須である。一方、過剰の添加は有害相の生成を助長するため、25質量%以下とすることが好ましい。
【0080】
Co成分は、Niに近い元素でありNiと置換する形でγ相中に固溶し、クリープ強度を向上させると共に耐食性を向上させる効果がある。さらに、γ’相の固溶温度を下げる効果もあり、高温延性を向上する。ただし、過剰の添加は有害相の生成を助長するため、0%超30質量%以下とすることが好ましい。
【0081】
Al成分は、Ni基合金の析出強化相であるγ’相を形成するための必須成分である。さらに、Ni基合金材の実使用環境下で表面に酸化物被膜(Al
2O
3)を形成することで耐酸化性と耐食性との向上に寄与する。所望のγ’相析出量に応じて、1質量%以上8質量%以下とすることが好ましい。
【0082】
Ti成分、Nb成分およびTa成分は、Al成分と同様にγ’相を形成し高温強度を向上させる効果がある。また、Ti成分およびNb成分は、耐食性を向上させる効果もある。ただし、過剰の添加は有害相の生成を助長するため、Ti、NbおよびTa成分の総和を1質量%以上10質量%以下とすることが好ましい。
【0083】
Fe成分は、Co成分やNi成分と置換することで、合金の材料コストを低減する効果がある。ただし、過剰の添加は有害相の生成を助長するため、10質量%以下とすることが好ましい。
【0084】
Mo成分およびW成分は、γ相中に固溶して高温強度を向上させる(固溶強化する)効果があり、少なくともどちらかは添加することが好ましい成分である。また、Mo成分は、耐食性を向上させる効果もある。ただし、過剰の添加は有害相の生成を助長したり延性や高温強度を低下させたりするため、Mo成分は10質量%以下、W成分は8質量%以下とすることが好ましい。
【0085】
Zr成分、B成分およびC成分は、γ相の結晶粒界を強化して(γ相の結晶粒界に垂直な方向の引張強さを強化して)、高温延性やクリープ強度を向上させる効果がある。ただし、過剰の添加は成形加工性を悪化させるため、Zr成分は0.1質量%以下、Bは0.1質量%以下、Cは0.2質量%以下とすることが好ましい。
【0086】
Hf成分は、耐酸化性を向上させる効果がある。ただし、過剰の添加は有害相の生成を助長するため、2質量%以下とすることが好ましい。
【0087】
Re成分は、γ相の固溶強化に寄与すると共に、耐食性の向上に寄与する効果がある。ただし、過剰の添加は有害相の生成を助長する。また、Reは高価な元素であるため、添加量の増加は合金の材料コストを増加するデメリットがある。よって、Reは5質量%以下とすることが好ましい。
【0088】
O成分は、通常は不純物として扱われ、できるだけ低減しようとする成分であるが、本発明においては、前述したようにγ相微細結晶の粒成長を抑制して粒界γ’相粒の形成を促進するための必須成分である。O含有量は、0.003質量%以上0.05質量%以下とすることが好ましい。
【0089】
Ni基合金材の残部成分は、Ni成分およびO成分以外の不可避不純物となる。O成分以外の不可避不純物としては、例えば、N(窒素)、P(リン)、S(硫黄)が挙げられる。
【実施例】
【0090】
以下、種々の実験により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実験に限定されるものではない。
【0091】
[実験1]
(Ni基合金の前駆体粉末PP1〜PP8、単相前駆体粉末PP9〜PP10の作製)
Ni基合金の原料を混合・溶解・鋳造してマスターインゴット(10 kg)を用意した。溶解は真空誘導加熱溶解法により行った。次に、得られたマスターインゴットを再溶解し、アトマイズ雰囲気中の酸素分圧を制御しながらのガスアトマイズ法によりNi基合金粉末を作製した。
【0092】
ガスアトマイズ法によるNi基合金粉末作製において、一部の合金粉末で1100℃〜600℃の平均冷却速度が500℃/min以上であることを確認した。また、500℃/min以上の平均冷却速度を確認した合金粉末に対して、SEM-EDXを用いて1000倍の倍率で粉末粒子の微細組織を観察したところ、γ’相を検知できずγ相単相であると判断した。なお、ガスアトマイズ法による合金粉末作製時に平均冷却速度を確認しなかった粉末に対しては、粉末粒子の微細組織観察を行わなかった。
【0093】
次に、得られたNi基合金粉末を分級して粒度が25〜150μmの範囲の合金粉末を選別し、Ni基合金の前駆体粉末PP1〜PP8および単相前駆体粉末PP9〜PP10を用意した。得られた粉末PP1〜PP10の化学組成を表1に示す。
【0094】
【表1】
【0095】
[実験2]
(実施例1〜11および比較例1〜12のNi基合金軟化粉末の作製と成型加工性評価)
実験1で得られた前駆体粉末PP1〜PP8および単相前駆体粉末PP9〜PP10に対して、後述する表2に示した熱処理条件(徐冷開始温度、徐冷過程の冷却速度)で粉末軟化処理を施して、実施例1〜11および比較例1〜12のNi基合金軟化粉末を作製した。徐冷過程の終了温度は、比較例1,12以外は950℃とした。比較例1,12では、徐冷開始温度から室温までガス冷却によって急冷した。
【0096】
得られた各Ni基合金軟化粉末に対して、微細組織観察(粒界γ’相の析出量)および室温ビッカース硬さ測定を行い、成型加工性を評価した。
【0097】
粒界γ’相の析出量は、軟化粉末の電子顕微鏡観察および画像解析(ImageJ)により求めた。軟化粉末の室温ビッカース硬さは、10粒子をランダムに抽出し、マイクロビッカース硬度計(株式会社明石製作所、型式:MVK-E)を用いて測定した。10粒子の室温ビッカース硬さのうち、最大値と最小値とを除いた8粒子の室温ビッカース硬さの平均値を、当該軟化粉末の室温ビッカース硬さとした。成型加工性評価は、370 Hv以下の室温ビッカース硬さを「合格」と判定し、370 Hv超の室温ビッカース硬さを「不合格」と判定した。
【0098】
実施例1〜11および比較例1〜12のNi基合金軟化粉末の諸元および評価結果を表2に示す。表2において、γ’相の700℃におけるγ’相の平衡析出量および固溶温度は、表1の合金組成から熱力学計算に基づいて求めたものである。
【0099】
【表2】
【0100】
表2に示したように、高温−徐冷熱処理における徐冷過程の開始温度および/または冷却速度が本発明の規定を外れる比較例1〜7の軟化粉末は、粒界γ’相の析出量が20体積%未満であり(その代わり、粒内γ’相析出量の増加が確認され)、室温ビッカース硬さが370 Hv超である。その結果、成型加工性が不合格と判定された。高温−徐冷熱処理における徐冷開始温度(すなわち、加熱温度)が低過ぎたり、徐冷過程の冷却速度が高過ぎたりすると、粒界γ’相がほとんど析出・成長しないため、十分な成型加工性が確保できないことが確認された。
【0101】
700℃におけるγ’相の平衡析出量が本発明の規定を外れる前駆体粉末PP8を用いた比較例8の軟化粉末は、γ’相の平衡析出量が30体積%未満であり、本発明が対象とする強析出強化Ni基合金材料に当てはまらない。ただし、γ’相析出量が絶対的に少ないため、従来から成形加工性/成型加工性に特段の問題はない。
【0102】
これら比較例1〜8に対し、実施例1〜7の軟化粉末では、いずれも粒界γ’相の析出量が20体積%以上であり、室温ビッカース硬さが370 Hv以下である。その結果、成型加工性が合格と判定された。すなわち、本発明の作用効果が確認された。
【0103】
また、単相前駆体粉末PP9〜PP10を用いた実施例8〜9の軟化粉末は、徐冷開始温度をγ’相の固溶温度未満とした亜高温−徐冷熱処理であっても、粒界γ’相の析出量が20体積%以上であり、室温ビッカース硬さが370 Hv以下である。その結果、成型加工性が合格と判定された。すなわち、本発明の作用効果が確認された。
【0104】
さらに、単相前駆体粉末PP9〜PP10に対して高温−徐冷熱処理を適用した実施例10〜11の軟化粉末も、粒界γ’相の析出量が20体積%以上であり、室温ビッカース硬さが370 Hv以下である。その結果、成型加工性が合格と判定された。すなわち、本発明の作用効果が確認された。
【0105】
一方、単相前駆体粉末PP9〜PP10を用いても軟化処理における徐冷過程の開始温度または冷却速度が本発明の規定を外れる比較例9〜12の軟化粉末は、粒界γ’相の析出量が20体積%未満であり、室温ビッカース硬さが370 Hv超である。その結果、成型加工性が不合格と判定された。亜高温−徐冷熱処理における徐冷開始温度が低過ぎたり、高温−徐冷熱処理における徐冷過程の冷却速度が高過ぎたりすると、粒界γ’相がほとんど析出・成長しないため、十分な成型加工性が確保できないことが確認された。
【0106】
以上の結果から、本発明に係るNi基合金軟化粉末の製造方法を適用することで、強析出強化Ni基合金材料や超強析出強化Ni基合金材料であっても、良好な成形加工性/成型加工性を示す軟化粉末を提供できることが示された。当該Ni基合金軟化粉末を用いて粉末冶金技術を適用することにより、強析出強化Ni基合金部材を低コストで提供できることが期待される。
【0107】
上述した実施形態や実験例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。