特許第6827154号(P6827154)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6827154
(24)【登録日】2021年1月21日
(45)【発行日】2021年2月10日
(54)【発明の名称】光線治療装置および光線治療方法
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/06 20060101AFI20210128BHJP
【FI】
   A61N5/06 B
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2018-565239(P2018-565239)
(86)(22)【出願日】2017年2月6日
(86)【国際出願番号】JP2017004285
(87)【国際公開番号】WO2018142630
(87)【国際公開日】20180809
【審査請求日】2019年2月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【弁理士】
【氏名又は名称】永岡 重幸
(72)【発明者】
【氏名】森田 明理
(72)【発明者】
【氏名】益田 秀之
(72)【発明者】
【氏名】木村 誠
【審査官】 安田 昌司
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/066657(WO,A1)
【文献】 特表2010−500076(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/130891(WO,A2)
【文献】 特開2004−350946(JP,A)
【文献】 特開2015−019770(JP,A)
【文献】 特許第4921828(JP,B2)
【文献】 特表2004−505734(JP,A)
【文献】 特許第4971665(JP,B2)
【文献】 特許第4266706(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚疾患のある患部にUV−B領域の治療光を照射する光源部を備える光線皮膚治療装置であって、
前記光源部は、UV−B領域の光を放射するLED素子を有し、
前記LED素子の放射光のピーク波長が312nm以上かつ315nm以下であり、
前記LED素子の前記放射光は、フィルタを介することなく前記患部に直接照射され、かつ297nm以下の波長の光を含まないことを特徴とする光線皮膚治療装置。
【請求項2】
前記LED素子の放射光のピーク波長が313nm以上であることを特徴とする請求項1に記載の光線皮膚治療装置。
【請求項3】
前記LED素子の放射光は、半値幅が10nm以上20nm以下のスペクトルを有することを特徴とする請求項1または2に記載の光線皮膚治療装置。
【請求項4】
前記光源部は、前記LED素子の放射光を低減させずにそのまま前記治療光として照射することを特徴とする請求項1からのいずれか1項に記載の光線皮膚治療装置。
【請求項5】
前記光源部は、複数の前記LED素子をアレイ状に配列した構成を有し、
前記LED素子の各々はいずれも放射光のピーク波長が312nm以上であることを特徴とする請求項1からのいずれか1項に記載の光線皮膚治療装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光により治療を行う光線治療装置および光線治療方法に関し、特にUV−B領域の紫外線により皮膚疾患などを治療する光線治療装置および光線治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、紫外光を利用して、皮膚疾患(尋常性白斑、乾癬、掌蹠膿疱症、円形脱毛症、アトピー性皮膚炎など)の治療が行われている。例えば、特許文献1(特許第4971665号公報)には、エキシマランプ(エキシマ放電ランプ)よりなる光源を用いた皮膚疾患治療用光線治療器が開示されている。
エキシマランプは、放電容器(発光管)の内部に所定の発光ガス等封入すると共に、少なくとも1枚の誘電体(ガラス)を介在させて1対の電極を配置し、該一対の電極に交流電圧を印加して誘電体を介在させた放電を生じさせ、ガスを発光させるランプである。封入したガスの種類により放射される光(紫外光)の波長帯を変えることが可能であり、放電ガスとしてキセノンクロライド(Xe−Cl)を封入した場合、波長308nm近傍にピークを有する紫外光を得ることができる。
エキシマランプは、放射光のスペクトル特性のピークが急峻であるため、特定の波長のみを利用する治療用装置の光源としては優位であるとされてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4971665号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、エキシマランプは、その構造上、点灯する際、高電圧(20kV〜80kV)を印加する必要がある。また、高い発光効率を実現するため、高周波・パルス点灯する必要がある。そのため、特許文献1(特許第4971665号公報)に記載の技術のように光源としてエキシマランプを用いた場合、その電源装置を収容するために大きなスペースが必要であり、結果的に装置全体が大型化してしまう。
一方、近時では、LEDの開発が著しく、一般照明のみならず、多くの工業機械機器・産業用機械においてもランプからLEDへ光源の切り替えが進んでいる。LEDは、可視光域にとどまらず紫外領域においても高出力化が進み、医療分野においても光源のLED化が期待されている。概して、LEDを光源として用いた場合、ランプの電源装置よりも簡単な回路構成を実現でき、装置を小型化、軽量化できるため、メリットが大きいと考えられている。
【0005】
このようなことから、光線治療装置においても、エキシマランプに替えてLEDを光源として用いることが検討されている。しかしながら、医療機器としての安全性については未だ十分に検証されておらず、安易に光源としてLEDを採用できないというのが実情である。
この理由は、LEDとエキシマランプとでは放射光のスペクトル特性が大きく異なっていることに由来する。具体的には、スペクトル半値幅は、エキシマランプからの放射光では3nm〜5nmであるのに対し、LEDからの放射光では10nm〜20nmである。このため、光線治療器において、単純に従来のエキシマランプの主ピーク波長(308nm)に一致させたLEDを光源として用いた場合、エキシマランプと比較して、皮膚に対してダメージを与える短波長帯の光(以下、「ダメージ波長帯の光」という。)が多く出力されることになる。したがって、治療効果よりもダメージを多く生じさせてしまうおそれがある。
そこで、本発明は、光源としてLED素子を用いたとしても、スペクトル特性に由来する皮膚の健常部へのダメージを抑え、良好な治療効果が得られる光線治療装置および光線治療方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明に係る光線治療装置の一態様は、患部にUV−B領域の治療光を照射する光源部を備える光線治療装置であって、前記光源部は、UV−B領域の光を放射するLED素子を有し、前記LED素子の放射光のピーク波長が312nm以上である。
このように、LED素子の放射光のピーク波長の下限値を312nm以上とするので、短波長領域の紫外線による副作用を抑制しつつ良好な治療効果を得ることができる。また、光源としてLED素子を用いるので、装置全体を小型化、軽量化することができる。さらに、光源の点灯に高電圧を必要としないので、装置側の安全性を高め、ホームユースが可能な装置とすることができる。
【0007】
また、上記の光線治療装置において、前記LED素子の放射光のピーク波長が313nm以上であってもよい。この場合、より適切に紫外線による副作用を抑制することができる。
さらに、上記の光線治療装置において、前記LED素子の放射光のピーク波長が315nm以下であってもよい。この場合、従来装置と同程度の治療時間(光照射量)で同程度の治療効果を得ることができる。
【0008】
また、上記の光線治療装置において、前記LED素子の放射光は、半値幅が20nm以下のスペクトルを有していてもよい。この場合、LED素子からの放射光に含まれるダメージ波長帯の光を低減させることができ、紫外線による副作用を適切に抑制することができる。
さらに、上記の光線治療装置において、前記光源部は、前記LED素子の放射光を低減させずにそのまま前記治療光として照射してもよい。このように、LED素子の放射光を低減させるフィルタ等を設けないようにすることで、特定の波長帯の光をカットするために必要波長帯の光が低減されることを防止することができる。
【0009】
また、本発明に係る光線治療方法の一態様は、光源部から患部にUV−B領域の治療光を照射する光線治療方法であって、前記光源部を構成するLED素子からピーク波長が312nm以上のUV−B領域の光を放射させる工程と、前記LED素子の放射光を前記治療光として前記患部に照射する工程と、を含む。これにより、光線治療における光源としてLED素子を採用しつつ、短波長帯の光による皮膚の健常部へのダメージを抑え、良好な治療効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、光源としてLED素子を採用しながらも、短波長帯の光による皮膚の健常部へのダメージを抑え、良好な治療効果を得ることができる。
上記した本発明の目的、態様及び効果並びに上記されなかった本発明の目的、態様及び効果は、当業者であれば添付図面及び請求の範囲の記載を参照することにより下記の発明を実施するための形態(発明の詳細な説明)から理解できるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本実施形態の光線治療装置を示す概略構成図である。
図2図2は、エキシマランプとLEDとについて光スペクトルを比較した図である。
図3図3は、ピーク波長310nmに設定した分光照射器のスペクトルである。
図4図4は、照射量とアポトーシス誘導比率との関係を示す測定結果である。
図5図5は、50%アポトーシスを誘導する照射量を示す図である。
図6図6は、50%アポトーシスを誘導する照射量での副作用の測定結果である。
図7図7は、治療効果および副作用の波長依存性を示す図である。
図8図8は、従来装置との治療時間の比較結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態の光線治療装置10を示す概略構成図である。本実施形態における光線治療装置10は、LED素子を含む光源部からUV−B領域(280nm〜320nm)の治療光を照射することにより皮膚疾患を治療するLED皮膚治療装置である。ここで、治療対象となる皮膚疾患は、尋常性白斑、尋常性乾癬、掌蹠膿疱症、円形脱毛症、アトピー性皮膚炎、類乾癬、菌状息肉症、結節性痒疹、悪性リンパ腫などである。
光線治療装置10は、図1に一部を断面にした側面図を示すように、筐体11と、筐体11内に設けられた光源部12とを備える。光源部12は、UV−B領域の紫外線を放射するLED素子(以下、単に「LED」ともいう。)12aを備える。また、光線治療装置10は、LED12aの前面(図1における左側)に、LED12aの放射光を透過し治療光として照射するための照射窓13を備える。照射窓13は、石英ガラスなどからなる紫外線を透過する材料により構成されている。
【0013】
本実施形態では、光源部12は、複数のLED12aをアレイ状に配列した構成を有する。ここで、LED12aの数は、光線治療装置10から照射される治療光の照射領域の大きさに応じて適宜設定することができる。また、これら複数のLED12aは、個別に光出力を制御可能であってもよい。例えば、治療光の照射領域において、照射面照度が均一となるように個々の光出力を制御してもよい。また、複数のLED12aのうち一部のみをオンし、治療光の照射領域の大きさや形状を疾患部位の大きさや形状に対応させるようにしてもよい。
【0014】
さらに、光線治療装置10は、照射窓13とは反対側に把持部(把手)14を備える。また、光線治療装置10は、把持部14の上部にスイッチ15を備える。光線治療装置10の操作者(例えば、医者)は、把持部14を掴んで光線治療装置10を持ち、前面の照射窓13を患者の疾患部位に当接または近接させた状態でスイッチ15を押下することでLED12aを点灯し、疾患部位に治療光を照射することができる。
【0015】
LED12aは、そのピーク波長が312nm以上320nm以下の範囲内にあり、より好ましくは313nm以上320nm以下の範囲内である。また、上記ピーク波長の上限値は、より好ましくは315nmである。さらに、その光スペクトルの半値幅(半値全幅)は20nm以下である。
このような範囲にピーク波長を有するLED12aを用いることで、皮膚の健常部へのダメージを抑えつつ、適切な治療効果を得ることができる。以下、この点について具体的に説明する。
【0016】
従来のエキシマランプを用いた光線治療装置においては、副作用がある程度以下に抑制された状態において良好な治療効果を得るために、波長308nmにピークを有する紫外光が用いられている。そこで、光源のLED化に際し、単純に波長308nmにピークを有するLED光を用いることが考えられる。しかしながら、エキシマランプとLEDとについて、ピーク波長を一致させて光スペクトルを比較すると、図2に示すように、その形状は大きく異なる。図2の実線に示すように、エキシマランプはピークがシャープで、裾野部分の光の放射が少ないのに対し、図2の破線に示すように、LEDの放射光はブロード状で、波長297nm以下のダメージ波長帯の光もより多く出力される。具体的に光スペクトルの半値幅で比較すると、エキシマランプからの放射光は3nm〜5nmであるのに対し、LED放射光は10nm〜20nmである。
【0017】
つまり、ピーク波長を従来のエキシマランプの主ピーク波長(308nm)に一致させたLEDでは、光スペクトルの裾野がダメージ波長帯に及んでしまう。そのため、安易に光線治療装置の光源を従来のエキシマランプから当該エキシマランプの主ピーク波長(308nm)に一致させたLEDへ変更したのみでは、治療効果よりもダメージ(副作用)の方が大きいものとなってしまう。これは、ピーク波長を従来の蛍光ランプの主ピーク波長(311nm)に一致させたLEDについても同様である。
本実施形態では、ピーク波長を従来のエキシマランプの主ピーク波長(308nm)等に一致させるのではなく、LED光のピーク波長の下限値を312nm、好ましくは313nmに設定する。この結果、副作用を抑制しつつ良好な治療効果を得ることができる。さらにスペクトル半値幅が20nm以下であるLEDを用いることで、放射光に含まれるダメージ波長帯の光を低減させることができ、より適切に紫外線による副作用を抑制することができる。以下、この内容について実験例をもとに説明する。
【0018】
本発明者らは、LED光源を用いた光線治療装置における治療効果の波長依存性と副作用の波長依存性とを調査するために、以下の光スペクトルを有する光源を用いた光治療装置で実験を行った。
<条件>
スペクトル半値幅:14nm
ピーク波長:280nm、285nm、290nm、295nm、300nm、
305nm、310nm、315nm、320nm
(UV−B領域を5nmきざみ)
なお、実験装置の光源には、LEDの放射光に類似した光を形成可能であり、ピーク波長を任意に(連続的に)設定可能な分光照射器を用いた。図3に、半値幅を14nm、ピーク波長を310nmに設定した分光照射器の光スペクトルを示す。この図3において、曲線Aは、分光照射器の光スペクトル、曲線Bは、半値幅14nm、ピーク波長310nmの代表的なLEDの光スペクトルである。
【0019】
(実験1)
4×105/mL濃度のJurkat細胞を24ウェルプレートに500μLずつ播種し、分光照射器を用いて上記条件の光をそれぞれ照射した。照射後、温度37℃、5%CO2の環境下で24時間培養した。その後、FACS(Fluorescence Activated Cell Sorting)を用いてAnnexin V 陽性の割合、すなわちアポトーシス誘導比率を調べた。その結果を図4に示す。
図4において、横軸は光照射量(mJ/cm2)、縦軸はアポトーシス誘導比率である。ここで、曲線aは、ピーク波長280nmの光の光照射量とアポトーシス誘導比率との関係を示している。同様に、曲線bはピーク波長285nm、曲線cはピーク波長290nm、曲線dはピーク波長295nm、曲線eはピーク波長300nm、曲線fはピーク波長305nm、曲線gはピーク波長310nm、曲線hはピーク波長315nm、曲線iはピーク波長320nmの光の光照射量とアポトーシス誘導比率との関係を示している。
【0020】
この図4からも明らかなように、ピーク波長が280nm〜300nmといった短波長側のLED類似光(曲線a〜e)では、少ない照射量でアポトーシス誘導比率が高くなる(少ない照射量で高い治療効果が得られる)ことがわかる。
上記条件の各光について治療効果を比較するために、各光において同等の治療効果を得るために必要な照射量をそれぞれ求めた。ここでは、上記のアポトーシス誘導比率を調べる実験を複数回(例えば、3回)行い、アポトーシス誘導比率が50%となる照射量を測定した。その結果を図5に示す。図5において、横軸は照射したLED類似光のピーク波長、縦軸は50%アポトーシスを誘導する照射量である。この図5では、複数回測定した照射量の平均値に標準誤差のエラーバーを付けて示している。
このように、単純に治療効果だけをみると、治療光としては上記短波長側のLED光が有効であるといえる。しかしながら、上記短波長側のLED光は、紫外線による副作用が大きく、治療光として用いることはできない。
【0021】
そこで、本発明者らは、上記条件の各光のうち、同等の治療効果が得られた場合に副作用が最も小さくなる光が治療光として適切な光であると考え、さらに以下の実験を行った。
【0022】
(実験2)
4×105/mL濃度のJurkat細胞を24ウェルプレートに500μLずつ播種し、分光照射器を用いて上記条件の光をそれぞれ照射した。光の照射量は、実験1により求められた50%アポトーシスを誘導する照射量とした。各光の照射量を表1に示す。なお、表1に示す照射量は、各光につき複数回測定されたアポトーシス誘導比率が50%となる照射量の平均値である。
【0023】
【表1】
【0024】
そして、照射後、すぐに細胞を回収してDNAを抽出し、DNA損傷の指標であるCPD(シクロブタン型ピリミジンダイマー)および6−4PP(6−4型光産物)の産生量をELISA法によって調べた。その結果を図6に示す。
この図6からも明らかなように、紫外線誘発によるDNA損傷量は、ピーク波長315nmの光を照射した場合において最も少ないことが分かった。この知見に基づき、さらにピーク波長315nmの付近の波長帯において許容される波長範囲について検証を重ねた。
まず、上記条件の各光の照射量−アポトーシスの関係図(図4)において、それぞれ直線領域における傾きを作用係数と定義した。同様に、各光について照射量−CPDの関係図を求め、その関係図においてそれぞれ直線領域における傾きを作用係数と定義した。そして、これらの作用係数を、それぞれ最大値が1となるように規格化(正規化)した。
【0025】
図7は、アポトーシスの作用係数およびCPDの作用係数をそれぞれプロットした図である。アポトーシスの作用係数をプロットして得られる曲線は、治療効果の作用曲線を示す。一方、CPDの作用係数をプロットして得られる曲線は、副作用の作用曲線を示す。この図7より、治療効果が副作用を上回る波長範囲は、ピーク波長285nm〜297nmの範囲と、ピーク波長312nm以上の範囲であることがわかる。
これらの治療効果が副作用を上回る波長範囲のうち、ピーク波長285nm〜297nmの範囲は、図6に示したように紫外線による副作用の絶対値が大きい。つまり、ピーク波長285nm〜297nmの範囲の光は、副作用の大きさの割には治療効果が小さい光であるといえる。したがって、副作用を抑えつつ良好な治療効果が得られる治療光としては、ピーク波長312nm以上の光が有効であるといえる。
なお、この図7において、長波長側で2つの作用曲線が交差するピーク波長は、厳密には312nmと313nmとの間であるが、同図は誤差を含む中央値をプロットして得られた図であるため、許容される波長範囲の下限値はピーク波長312nmとして考えることができる。ただし、副作用の影響をより効果的に抑制する目的においては、ピーク波長の下限値を313nmとすることが好ましい。
【0026】
また、治療光として有効な光のピーク波長は、315nm以下であることが好ましい。図5に示すように、ピーク波長315nmを超える光では50%アポトーシス照射量が大きく、この範囲の光を治療光として用いた場合、治療に要する時間が長くなってしまう。一般的な臨床現場の状況を鑑みると、光源としてLEDを用いた場合であっても、治療時間は、ナローバンドUVB(NB−UVB)療法を用いた場合の治療時間と同等か少なくとも2倍以下であることが望ましい。ここで、NB−UVB療法とは、中波長紫外線(UV−B)領域の紫外線のみを患部に照射する治療方法であり、紫外線光源には311nm〜313nmといった狭帯域にスペクトルを有するランプが用いられるのが一般的である。
【0027】
図8は、各ピーク波長(300nm、310nm、315nm、320nm)を有するLED光を用いて治療した場合の治療時間を推定し、NB−UVB(図中、NB)を用いて治療した場合の治療時間と比較した結果である。ここで、光源の放射照度は同じであると仮定している。図8に示すように、ピーク波長320nmのLED光を用いた場合の治療時間は、ナローバンドUVBを用いた場合の治療時間の2.5倍以上にも及ぶ。これに対して、ピーク波長315nmのLED光を用いた場合の治療時間は、ナローバンドUVBを用いた場合の治療時間の2倍以下である。そのため、治療時間を考慮した場合、治療光として有効な光のピーク波長を315nm以下とすることが好ましい。
【0028】
以上、紫外線を照射した際の細胞の反応を実験により検証した結果、光源としてLEDを用いた場合、ピーク波長312nm以上315nm以下の範囲のLED光であれば、特段フィルタ等により特定の波長の光をカットせずにそのまま治療光として使用しても、副作用を抑制しつつ良好な治療効果が得られることが確認できた。
【0029】
以上の実験の結果に基づき、本実施形態における光線治療装置10は、治療光として用いるLED光のピーク波長の下限値を312nmとする。これにより、紫外線による副作用を抑制しつつ、良好な治療効果を得ることができる。
【0030】
なお、上記とは別の考え方として、ピーク波長を従来のエキシマランプの主ピーク波長(308nm)等に一致させたLEDを用い、ダメージ波長帯に及んだ裾野部分の光をフィルタによりカットするという案も考え得る。しかしながら、その場合、以下の問題が生じ得る。
【0031】
フィルタによる光の波長の選択(遮光)方法は大きく分けて2種類ある。1つは色ガラスによるもの、もう1つは多層干渉膜(多層膜)によるものである。
色ガラスによるフィルタの場合、特定の波長帯でシャープに光を取り除く設計とすることは不可能であり、光をブロード状にカットするような設計となる。そのため、ダメージ波長帯の光をカットするために必要波長帯の光を犠牲にしなければならない。必要波長帯の光がフィルタによって低減されて放射照度が低下すると、治療に要する時間が長くなってしまう。LEDの高効率化が進んでいるとはいえ、エキシマランプや水銀ランプほど高い出力を実現するには至っておらず、必要波長帯の光が低減されるのは問題である。
【0032】
また、多層膜によるフィルタの場合は、必要な波長のみを選択して放射できる比較的シャープな設計が可能であるが、多層膜という特性上、光が膜に入射する角度によって透過可能な光の波長が変わってしまう。LEDの場合、多層膜への光の入射角度を制御することが困難であり、フィルタの設計通りに波長をカットすることができない。
このように、必要波長帯の光をカットせずにダメージ波長帯の光をカットすることは困難であり、光源としてピーク波長を従来のエキシマランプの主ピーク波長(308nm)等に一致させたLEDを用いた場合、副作用を抑制しつ良好な治療効果を得ることはできない。
【0033】
これに対して、本実施形態では、光源としてピーク波長の下限値が312nm(好ましくは313nm)に設定されたLEDを用いるため、上述した実験結果からも明らかなように、フィルタを用いなくても、副作用を抑制しつつ良好な治療効果が得られる。つまり、必要波長帯の光を低減させることなく、LEDの放射光をそのまま治療光として用いても、副作用を抑制しつつ良好な治療効果を得ることができる。
【0034】
さらに、本実施形態における光線治療装置10は、治療光として用いるLED光のピーク波長の上限値を315nmとする。これにより、NB−UVB療法と同程度の治療時間で同程度の治療効果を得ることができる。なお、LED光のピーク波長の上限値は320nmまで許容することができる。この場合、治療時間はNB−UVB療法と比較して長くなるが、NB−UVB療法と同程度の治療効果を得ることができる。
以上のように、本実施形態における光線治療装置10は、皮膚疾患のある患部に治療光を照射することで、病因となっている免疫細胞(T細胞)を直接アポトーシスへ誘導し、過剰反応している病変部を沈静化させ、良好な治療効果を得ることができる。特に、本実施形態における光線治療装置10は、光源としてLED素子を採用しながらも、短波長帯の光による皮膚の健常部へのダメージを抑え、良好な治療効果を得ることができる。
【0035】
(変形例)
上記実施形態においては、LEDの放射光を、当該放射光の特定の波長を低減させるフィルタを介することなく、そのまま治療光として照射する場合について説明した。しかしながら、より安全性を高める目的で、フィルタを用いてLEDの放射光に含まれるダメージ波長帯の光をカットするようにしてもよい。この場合、上述したように必要波長帯の光が低減されるため治療時間は長くなるが、副作用を効果的に抑制しつつ良好な治療効果を得ることができる。
【0036】
なお、上記において特定の実施形態が説明されているが、当該実施形態は単なる例示であり、本発明の範囲を限定する意図はない。本明細書に記載された装置及び方法は上記した以外の形態において具現化することができる。また、本発明の範囲から離れることなく、上記した実施形態に対して適宜、省略、置換及び変更をなすこともできる。かかる省略、置換及び変更をなした形態は、請求の範囲に記載されたもの及びこれらの均等物の範疇に含まれ、本発明の技術的範囲に属する。
【符号の説明】
【0037】
10…光線治療装置、11…筐体、12…光源部、12a…LED素子、13…照射窓、14…把持部、15…スイッチ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8