特許第6827349号(P6827349)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6827349
(24)【登録日】2021年1月21日
(45)【発行日】2021年2月10日
(54)【発明の名称】鉄回収剤および鉄回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 3/26 20060101AFI20210128BHJP
   C22B 3/30 20060101ALI20210128BHJP
   C22B 3/38 20060101ALI20210128BHJP
   C22B 3/40 20060101ALI20210128BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20210128BHJP
【FI】
   C22B3/26
   C22B3/30
   C22B3/38
   C22B3/40
   C22B3/44 101A
【請求項の数】6
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2017-59903(P2017-59903)
(22)【出願日】2017年3月24日
(65)【公開番号】特開2018-162490(P2018-162490A)
(43)【公開日】2018年10月18日
【審査請求日】2019年11月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】中山 沙希
(72)【発明者】
【氏名】桜井 沙織
(72)【発明者】
【氏名】植田 健太郎
【審査官】 ▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−166408(JP,A)
【文献】 特開2011−084783(JP,A)
【文献】 Shyeni et al.,"Ring-opening copolymerization (ROCOP):synthesis and properties of polyesters and polycarbonates",Chemical Communications,英国,Royal Society of Chemistry,2015年,Vol.51,p.6459-6479
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 3/26
C22B 3/30
C22B 3/38
C22B 3/40
C22B 3/44
C22B 61/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄が溶解する水溶液から鉄を回収する鉄回収剤であって、
下限臨界溶液温度を有する液体としての式(1)で表される有機化合物を主成分とする鉄回収剤。
−(A)−OR ………(1)
ただし、−(A)−は、()〜(6)で示される少なくとも一種の構造を有する重合体または共重合体であり、n,mは独立して1〜6の整数である
−(O−CO−(CH)n−CO)m− ………(5)
−(O−CO−(CH)n)m− ………(6)
また、式(1)中、RおよびRはそれぞれ独立して水素または、炭素数1〜8のアルキル基または、炭素数1〜8のアルケニル基、カルボキシ基、アセチル基である
【請求項2】
鉄捕捉剤を含有する請求項1に記載の鉄回収剤。
【請求項3】
前記鉄捕捉剤がリン酸モノエステル化合物、リン酸ジエステル化合物、リン酸トリエステル化合物、ヒドロキシオキシム系化合物から選ばれる少なくとも一種を含有するものである請求項2に記載の鉄回収剤。
【請求項4】
前記式(1)で表される有機化合物が、アジピン酸ビス(2-(2-(2-メトキシ)エトキシ)エチル)、アジピン酸ビス(2-(2-(2-エトキシ)エトキシ)エチル)から選ばれる少なくとも一種以上を主成分とするものである請求項1〜3のいずれか一項に記載の鉄回収剤。
【請求項5】
鉄が溶解する水溶液から鉄を回収する鉄回収方法であって、
前記鉄が溶解する水溶液に、下限臨界溶液温度を有する液体としての請求項1〜4のいずれか一項に記載の鉄回収剤を添加し、均一な溶液を形成する混合工程と、
混合工程により得られた溶液を下限臨界溶液温度以上の温度に加熱する加熱工程と、
加熱工程により2相分離した有機化合物相を分離回収する回収工程と、
分離回収された有機化合物相に脱着剤を添加する脱着処理工程とを順に行い、
得られた有機化合物相から鉄を回収する鉄回収方法。
【請求項6】
前記脱着剤が、還元作用を有する還元剤またはpH調整作用を有するpH調整剤を主成分とするものである請求項5に記載の鉄回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄が溶解する水溶液から鉄を回収する鉄回収剤および鉄回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属を含む水溶液中から金属を分離する技術は、資源の回収・再利用の観点から極めて重要である。
そのため、金属が含まれている材料から鉄を分離回収するために、電気分解法、化学的変換法、イオン交換法、溶媒抽出法、吸着法またはこれらの組み合せなど多種多様の方法が提案されている。現状、効率的な金属の回収方法として知られている溶媒抽出法では、例えば、代表的なものとして貴金属元素を含有する溶液をジブチルカルビトール等のキレート剤に接触させて溶液中の貴金属を前記キレート剤に吸着させ、貴金属を濃縮し、回収する方法が知られている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Asano et al., Journal of the Mining and Materials Processing Institute of Japan 123(8), 399-405, 2007-08-25
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、提案されている方法では、キレート剤が揮発性の高い有機溶媒であるため、環境性に良くない。また、大量の溶媒を用いることになるため、回収率が必ずしも良好とはいえず、環境問題としても好ましいものとはいえない。さらに、有機溶媒を効率良く回収するためには、溶媒の再生利用等のプロセスが必須となり、工程が複雑になるため、エネルギー的にも回収率が低いという問題がある。また、回収される金属の市場価値を比較すると、貴金属に比べて鉄を回収する場合、より一層低コストで高効率な処理が行われることが要求される。
【0005】
したがって、本発明は上記実状に鑑み、溶媒の再生利用等のプロセスを簡略化し、鉄の回収率を高めることができる鉄回収剤及び鉄回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための本発明の鉄回収剤の特徴構成は、
鉄が溶解する水溶液から鉄を回収する鉄回収剤であって、
下限臨界溶液温度を有する液体としての式(1)で表される有機化合物を主成分とする鉄回収剤。
−(A)−OR ………(1)
ただし、−(A)−は、()〜(6)で示される少なくとも一種の構造を有する重合体または共重合体であり、n,mは独立して1〜6の整数である
−(O−CO−(CH)n−CO)m− ………(5)
−(O−CO−(CH)n)m− ………(6)
また、式(1)中、RおよびRはそれぞれ独立して水素または、炭素数1〜8のアルキル基または、炭素数1〜8のアルケニル基、カルボキシ基、アセチル基である
【0007】
グリコールモノアルキルエーテルのような物質は、ある温度を境にそれより高い温度では分子内、或いは分子間の疎水結合が強まりポリマー鎖が凝集し、逆に、低い温度ではポリマー鎖が水分子を結合し水和する相転移挙動を示すが、この境界温度を下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution temperature, LCST)と呼ぶ。
【0008】
上記特徴構成において、式(1)で表される有機化合物(以下、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物と呼ぶ)は、下限臨界溶液温度より低い温度域では水に均一溶解し、式(1)で表される有機化合物が均一に溶解した水溶液(以下、「均一溶液」という。)を形成する。この均一溶液を昇温していくと臨界温度付近で式(1)で表される有機化合物の急激な脱水和およびそれに伴う疎水性相互作用により水に不溶となり、相分離が起こる。その結果、式(1)で表される有機化合物相と水相とに分離するという特徴を有している。また、式(1)で表される有機化合物は式()〜(6)に示される主鎖を含有することから、鉄イオンと電気的に結合し、錯形成しやすいことを本発明者らは実験的に明らかにしている。
【0009】
式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物は、溶媒として機能するとともに、鉄イオンに配位して錯体を形成し、上記均一溶液から相分離が起きる際、鉄イオンが錯体として捕捉された状態で有機化合物相に移動するため、鉄のイオンを水相から有機化合物相に分離することができる。すなわち、鉄のイオンが含まれている水相に式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物を混合すると、低温にて水相に含まれる鉄のイオンが式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉された状態の均一溶液を形成する。この均一溶液を加熱して、下限臨界溶液温度を超える温度にすると、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物は、水相から分離して有機化合物相を形成する。そのため、大量の有機溶媒で式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物を抽出しなくとも、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物を水相から分離回収することができるようになる。ここで、分離回収された式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物には鉄が錯形成により溶解した状態となっているから、この鉄を再度式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物から脱離させることによって、回収することができる。
【0010】
なお、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物としては、式(1)の構成を備えていれば特に制限されない。
【0011】
また、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物は、鉄に対して高い錯形成能力を発揮するため、水溶液中の鉄のほとんどを有機化合物相中に移動させることができ、鉄の高い回収率を実現することができる。
【0012】
したがって、温度変化のみで、水相と有機化合物相との混合分離を行え、溶媒の再生利用等のプロセスを簡略化することができるので、有機溶媒の使用量を抑制して効率よく鉄を回収することができ、鉄の回収率を高めることができる。
【0013】
また、上記構成において、鉄回収剤は、さらに鉄捕捉剤を含有してもよい。
【0014】
鉄に対して錯形成し、鉄を、有機溶媒を含む相に移動させることのできる物質として、種々の鉄捕捉剤が知られている。このような鉄捕捉剤は、鉄に結合した状態で、水相よりも有機化合物相に移行する傾向が高い。そのため、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物のみでは、水と式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物との均一溶液中に含まれる鉄のすべてを回収しきれないというような場合であっても、鉄捕捉剤が式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物で回収しきれなかった鉄イオンに結合し錯形成して、鉄イオンを有機化合物相に移行させる役割を果たすため、さらに鉄の回収率を高めるのに寄与する。
【0015】
上記構成において前記鉄捕捉剤がリン酸モノエステル化合物、リン酸ジエステル化合物、リン酸トリエステル化合物、ヒドロキシオキシム系化合物から選ばれる少なくとも一種を含有するものが用いられる。
【0016】
鉄捕捉剤としては、鉄イオンに配位可能なヘテロ原子を有し、ヘテロ原子の配位した鉄イオンを包囲するアルキル基を有する化合物が有効に用いられ、鉄イオンを安定的に有機化合物相に移行することができる。このような化合物としては、リン酸モノエステル化合物、リン酸ジエステル化合物、リン酸トリエステル化合物、ヒドロキシオキシム系化合物が例示される。
【0017】
また、上記構成において、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物としては
アジピン酸ビス(2-(2-(2-メトキシ)エトキシ)エチル)
・アジピン酸ビス(2-(2-(2-エトキシ)エトキシ)エチル)
から選ばれる少なくとも一種以上を主成分とするもの、が有効に利用できる。
【0018】
上記構成によると、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物としては、鉄に配位可能な酸素原子を少なくとも複数有するとともに、配位した鉄イオンを包囲するアルキル基を複数有するので、溶媒として機能しながら、鉄を捕捉する機能を発揮することができるものとなる。そのため、安定的に鉄イオンを有機化合物相に移行させることができ、効率的に鉄を回収するのに役立てられる。
【0020】
また、上記目的を達成するための本発明の鉄回収方法の特徴構成は、
鉄が溶解する水溶液から鉄を回収する鉄回収方法であって、
前記鉄が溶解する水溶液に、下限臨界溶液温度を有する液体としての請求項1〜4のいずれか一項に記載の鉄回収剤を添加し、均一な溶液を形成する混合工程と、
混合工程により得られた溶液を下限臨界溶液温度以上の温度に加熱する加熱工程と、
加熱工程により2相分離した有機化合物相を分離回収する回収工程と、
分離回収された有機化合物相に脱着剤を添加する脱着処理工程とを順に行い、
得られた有機化合物相から鉄を回収する点にある。
【0021】
上記構成によると、混合工程を行うことにより、鉄の溶解する水溶液に、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物が均一に溶解して、水溶液中の鉄イオンに対して式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物が錯形成する。
【0022】
次に加熱工程を行うと、均一溶液が2相に分離して、水相と有機化合物相とを形成する。この時、鉄イオンは式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉されており、鉄イオンを捕捉した式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物は、有機化合物相に移行することから、鉄が水相から分離されることになる。また、加熱により2相分離するから有機溶媒等を用いることなく鉄を有機化合物相に移行することができ、効率よく分離することができる。
【0023】
回収工程では、加熱工程で得られた有機化合物相は明確に2相分離するので有機化合物相のみを容易に分離回収することができる。
【0024】
有機化合物相に分離回収された鉄イオンは、そのままでは再利用することができないので、脱着剤を添加する脱着処理工程により、鉄として析出させることができる。すなわち、鉄イオンとして式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉されていた鉄イオンを、金属として遊離させることにより、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物と分離させて回収できるので、回収のためのプロセスを簡略なものにできる。回収された鉄は、精製、再加工することにより再利用することができる。
【0025】
たとえば、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物の化学構造的な特徴としてオキシエチレン鎖を繰り返す構造を有する場合、オキシエチレン鎖を構成するオキシエチレンのユニット数や、オキシエチレン鎖の末端アルキル基の種類を変えることにより下限臨界溶液温度を変化させることができる。すなわち、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物の−(A)−の構成におけるn、mの数やR1,R2の炭素数を適切に選択することによって、下限臨界溶液温度を好適に設定調整することができる。
式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物の下限臨界溶液温度は、作業性を考慮して20〜100℃、好ましくは40℃〜100℃の範囲にあるものが作業性良く使用できる。
【0026】
上記構成において、前記脱着剤が、還元作用を有する還元剤またはpH調整作用を有するpH調整剤を主成分とするものであると好適である。
例えば、還元剤として、水素化ホウ素塩、ホスホン酸塩、次亜燐酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩、亜二チオン酸塩から選ばれる無機化合物を用いることができる。また、還元剤として、ヒドラジン、エチレンジアミン、ウレア、チオウレア、ジメチルアミノボランから選ばれるアミン類、ジアミン類およびイミン類、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒドから選ばれるアルデヒド類、メタンチオール、エタンチオール、プロパンチオールから選ばれるチオール類などの有機化合物を用いることができる。さらに、還元剤として、ハイドロキノン、タンニン酸、クエン酸、アスコルビン酸およびそれらのナトリウム塩、カリウム塩から選ばれる化合物を用いることができる。
例えば、pH調整剤としては水溶性のものが好ましく、また、pH調整剤として、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、酢酸、炭酸、シュウ酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化銅、アンモニアから選ばれるpH調整剤を用いることができる。
【0027】
上記還元剤は、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に結合した鉄イオンを金属にまで還元するための還元能力を有しており、イオンとして式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉されていた鉄を、金属にまで還元することにより回収させるのに利用することができる。
また、上記pH調整剤は式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に結合した鉄イオンを式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物から脱着させることができ、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉されていた鉄を、鉄化合物として回収させるのに利用することができる。
これらは、汎用的な還元剤、pH調整剤として市場に流通しているものであり、安価かつ取り扱い容易なものであるので、鉄回収方法を実施するうえで、低コストで鉄を回収できることとなるので好ましい。
【発明の効果】
【0028】
したがって、鉄を簡略なプロセスで回収できるようになり、回収率を高めることができた。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、本発明の鉄回収剤を用いた鉄回収方法の実施形態を説明する。なお、以下に好適な実施例を記すが、これら実施例はそれぞれ、本発明をより具体的に例示するために記載されたものであって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々変更が可能であり、本発明は、以下の記載に限定されるものではない。
【0030】
本発明の実施形態にかかる鉄回収方法は、鉄の溶解する水溶液に、本発明の実施形態にかかる鉄回収剤である、下限臨界溶液温度を有する液体としての有機化合物を主成分とする鉄回収剤を添加し、均一な溶液を形成する混合工程と、
混合工程により得られた溶液を下限臨界溶液温度以上の温度に加熱する加熱工程と、
加熱工程により2相分離した有機化合物相を分離回収する回収工程と、
分離回収された有機化合物相に脱着剤を添加する脱着処理工程とを順に行い、得られた有機化合物相から鉄を回収するものである。
【0031】
(混合工程)
鉄の溶解する水溶液は、大別して酸性溶液と中性溶液に分けられる。酸性溶液は、例えば、宝飾品、電子基板、産業用触媒等を適度な大きさに粉砕し、王水、硫酸、塩酸、硝酸等の酸溶液に溶解して得られる。得られた水溶液には、1mol/L以下、好ましくは1×10−2mol/L以下の濃度で鉄を含有していることが望ましい。また中性溶液は、例えば、鉄が溶解している地下水、河川水、湖水である。
【0032】
まず混合工程として、鉄の溶解する水溶液に下限臨界溶液温度を有する有機化合物を含有する鉄回収剤を添加する。ここで、下限臨界溶液温度を有する有機化合物とは、下記(1)に示す化学物質である。
−(A)−OR ………(1)
ただし、−(A)−は、(2)〜(6)で示される少なくとも一種の構造を有する重合体または共重合体であり、n,mは独立して1〜6の整数である。
−(O−CH−CH)n− ………(2)
−(O−CH−CH−CH)n− ………(3)
−(O−CH(CH) −CH)n− ………(4)
−(O−CO−(CH)n−CO)m− ………(5)
−(O−CO−(CH)n)m− ………(6)
また、式(1)中、RおよびRはそれぞれ独立して水素または、炭素数1〜8のアルキル基または、炭素数1〜8のアルケニル基、カルボキシ基、アセチル基である。
ただし、式(1)中−(A)−が(2)である場合、R及びRがともに炭素数1〜5のアルキル基または、炭素数1〜5のアルケニル基である場合を除く。
たとえば、(1)のR=炭素数1のアルキル基、R=炭素数4のアルキル基、Aが(2)かつn=3をとるトリエチレングリコールブチルメチルエーテルを用いた場合、下限臨界溶液温度が40℃付近であるので、40℃以下において混合することにより互いに溶解して均一な溶液を形成する。
【0033】
ここで鉄回収剤に含有させる下限臨界溶液温度を有する有機化合物の量は、使用する下限臨界溶液温度を有する有機化合物の種類や水溶液中に含まれている鉄の濃度により異なる場合があり、一概にはいえないが、少ないと鉄を回収する下限臨界溶液温度を有する有機化合物が少なくなるため良くなく、逆に多すぎると鉄の回収効率は良くなるが、必要以上に下限臨界溶液温度を有する有機化合物を要するため経済的な理由で良くない。
【0034】
鉄回収剤としては、下限臨界溶液温度を有する有機化合物をそのまま使用するだけでなく、別の鉄捕捉剤をあらかじめ混合させておいたものも使用できる。例えば、鉄含有水溶液に溶解しない既知の疎水性の鉄捕捉剤は、下限臨界溶液温度を有する有機化合物に溶解するものが多いので、これらの鉄捕捉剤を下限臨界溶液温度を有する有機化合物に溶解させておくと、下限臨界溶液温度を有する有機化合物のみを用いた場合よりも鉄の回収効率を向上させる場合がある。鉄捕捉剤としては、リン酸モノエステル化合物、リン酸ジエステル化合物、リン酸トリエステル化合物、ヒドロキシオキシム系化合物を少なくとも1種類以上含有するものが用いられる。
【0035】
鉄回収剤としては、鉄が含有される水溶液に対して体積比率で同量程度用いると、取り扱い容易で作業性が高いので好ましいが、具体的には鉄回収剤に含まれる下限臨界溶液温度を有する有機化合物を鉄が含有される水溶液に対して5体積%〜80体積%程度混合することができる。例えば鉄の濃度が1×10−2mol/Lの水溶液に含有させる場合、鉄回収剤中に含まれる下限臨界溶液温度を有する有機化合物の量は、鉄が含有される水溶液の体積に対して10%以上、好ましくは25%以上である。
【0036】
(加熱工程)
次に、混合工程により得られた均一溶液を下限臨界溶液温度以上の温度に加熱する。
すなわち、均一溶液を昇温していくと下限臨界溶液温度付近で下限臨界溶液温度を有する有機化合物の急激な脱水和およびそれに伴う疎水性相互作用による相分離が起こり、その結果、下限臨界溶液温度を有する有機化合物が水溶液に不溶となる。たとえば、トリエチレングリコールブチルメチルエーテルを用いた場合、下限臨界溶液温度が40℃付近であるので、たとえば50℃以上に加熱することにより均一溶液は2相分離して水相と下限臨界溶液温度を有する有機化合物相とに2相分離する。
ここで取り出した下限臨界溶液温度を有する有機化合物相には、元々鉄が含有される水溶液に溶解していた鉄イオンが含まれており、鉄が含有される水溶液中の鉄イオンを回収できている。
【0037】
(回収工程)
回収工程では、加熱工程により2相分離した下限臨界溶液温度を有する有機化合物相を分離回収する。50℃で2相分離した各相は、50℃を維持した状態で静置し、上相として得られる下限臨界溶液温度を有する有機化合物相を分液回収することができる。
【0038】
(脱着処理工程)
次に、分離回収された下限臨界溶液温度を有する有機化合物相中に存在する鉄を、下限臨界溶液温度を有する有機化合物相から脱着させることを目的に、分離回収された下限臨界溶液温度を有する有機化合物相に脱着剤を添加する脱着処理工程を行う。すなわち、下限臨界溶液温度を有する有機化合物相に既知の脱着剤として、還元剤またはpH調整剤を加えると、前者の場合鉄は析出するのでろ過等で回収でき、後者の場合pH調整剤相に鉄が移動し結果的に濃縮される。
【0039】
ここで用いる還元剤としては、還元作用を有する物質として知られているものであれば特に制限されないが、例えば、水素化ホウ素塩、ホスホン酸塩、次亜燐酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩、亜二チオン酸塩等の無機化合物、ヒドラジン、エチレンジアミン、ウレア、チオウレア、ジメチルアミノボラン等の各種アミン、ジアミン類およびイミン類、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド等の各種アルデヒド類、メタンチオール、エタンチオール、プロパンチオール等の各種チオール類等の有機化合物、その他、ハイドロキノン、タンニン酸、クエン酸、アスコルビン酸およびそれらのナトリウム塩、カリウム塩等の還元作用を有する化合物等が挙げられる。中でもクエン酸、アスコルビン酸は、食品添加物として知られており、安全で安価のものであるため、好ましい。
【0040】
ここで用いるpH調整剤としては、pH調整効果を有する物質として知られているものであれば特に制限されないが、水溶性のものが好ましく、例えば酸性pH調整剤としては、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、酢酸、炭酸、シュウ酸が、塩基性pH調整剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化銅、アンモニア等の化学物質があげられる。
【0041】
(実施例1)
鉄イオンを含む水溶液として、塩化鉄(III)六水和物(関東化学)0.26gと塩化鉄(II)四水和物0.24g(関東化学)を超純水50mLで希釈したものをさらに希釈し5倍希釈した水溶液を用いた。
この溶液に鉄捕捉剤としてトリアミルリン酸(東京化成)0,09gを含む下限臨界溶液温度を有する有機化合物エチレングリコールモノイソブチルエーテル(東京化成)を50mL加えた(混合過程)。この状態で均一液体となった。
10分間攪拌後、温浴で70℃に加温し(加熱工程)、水相と下限臨界溶液温度を有する有機化合物相に分離させた(回収工程)。
分離した各相をそれぞれピペットで吸出し、それぞれの鉄濃度をICP発光分析法により定量し鉄の回収率および残存率を求めた。ここで回収率の定義は、前述の混合工程で得られた均一液体中に含まれている鉄の量に対して、回収工程で得られた下限臨界溶液温度を有する有機化合物相に含まれている鉄の量の割合であり、また、残存率の定義は、前述の混合工程で得られた均一液体中に含まれている鉄の量に対して、回収工程で得られた水相に含まれている鉄の量の割合である。結果は、鉄の回収率は67.4%、残存率は40.7%であった。
(実施例2)
鉄イオンを含む水溶液として、塩化鉄(III)六水和物(関東化学)0.26gと塩化鉄(II)四水和物0.24g(関東化学)を超純水50mLで希釈したものをさらに希釈し5倍希釈した水溶液を用いた。
この溶液に鉄捕捉剤としてリン酸水素ビス(2−エチルヘキシル)(東京化成)0,09gを含む下限臨界溶液温度を有する有機化合物ジエチレングリコールイソプロピルメチルエーテル(東京化成)を50mL加えた(混合過程)。この状態で均一液体となった。
10分間攪拌後、温浴で70℃に加温し(加熱工程)、水相と下限臨界溶液温度を有する有機化合物相に分離させた(回収工程)。
分離した各相をそれぞれピペットで吸出し、それぞれの鉄濃度をICP発光分析法により定量し鉄の回収率および残存率を求めた。ここで回収率の定義は、実施例1で定義した通りである。結果は、鉄の回収率は92.6%、残存率は7.4%であった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によると、鉄が溶解する水溶液から鉄を簡略なプロセスで回収できるので、廃回路基板等からの鉄回収などに利用することができる。