【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための本発明の鉄回収剤の特徴構成は、
鉄が溶解する水溶液から鉄を回収する鉄回収剤であって、
下限臨界溶液温度を有する液体としての式(1)で表される有機化合物を主成分とする鉄回収剤。
R
1−(A)−OR
2 ………(1)
ただし、−(A)−は、(
5)〜(6)で示される少なくとも一種の構造を有する重合体または共重合体であり、n,mは独立して1〜6の整数である
。
−(O−CO−(CH
2)n−CO)m− ………(5)
−(O−CO−(CH
2)n)m− ………(6)
また、式(1)中、R
1およびR
2はそれぞれ独立して水素または、炭素数1〜8のアルキル基または、炭素数1〜8のアルケニル基、カルボキシ基、アセチル基である
。
【0007】
グリコールモノアルキルエーテルのような物質は、ある温度を境にそれより高い温度では分子内、或いは分子間の疎水結合が強まりポリマー鎖が凝集し、逆に、低い温度ではポリマー鎖が水分子を結合し水和する相転移挙動を示すが、この境界温度を下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution temperature, LCST)と呼ぶ。
【0008】
上記特徴構成において、式(1)で表される有機化合物(以下、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物と呼ぶ)は、下限臨界溶液温度より低い温度域では水に均一溶解し、式(1)で表される有機化合物が均一に溶解した水溶液(以下、「均一溶液」という。)を形成する。この均一溶液を昇温していくと臨界温度付近で式(1)で表される有機化合物の急激な脱水和およびそれに伴う疎水性相互作用により水に不溶となり、相分離が起こる。その結果、式(1)で表される有機化合物相と水相とに分離するという特徴を有している。また、式(1)で表される有機化合物は式(
5)〜(6)に示される主鎖を含有することから、鉄イオンと電気的に結合し、錯形成しやすいことを本発明者らは実験的に明らかにしている。
【0009】
式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物は、溶媒として機能するとともに、鉄イオンに配位して錯体を形成し、上記均一溶液から相分離が起きる際、鉄イオンが錯体として捕捉された状態で有機化合物相に移動するため、鉄のイオンを水相から有機化合物相に分離することができる。すなわち、鉄のイオンが含まれている水相に式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物を混合すると、低温にて水相に含まれる鉄のイオンが式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉された状態の均一溶液を形成する。この均一溶液を加熱して、下限臨界溶液温度を超える温度にすると、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物は、水相から分離して有機化合物相を形成する。そのため、大量の有機溶媒で式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物を抽出しなくとも、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物を水相から分離回収することができるようになる。ここで、分離回収された式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物には鉄が錯形成により溶解した状態となっているから、この鉄を再度式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物から脱離させることによって、回収することができる。
【0010】
なお、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物としては、式(1)の構成を備えていれば特に制限されない。
【0011】
また、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物は、鉄に対して高い錯形成能力を発揮するため、水溶液中の鉄のほとんどを有機化合物相中に移動させることができ、鉄の高い回収率を実現することができる。
【0012】
したがって、温度変化のみで、水相と有機化合物相との混合分離を行え、溶媒の再生利用等のプロセスを簡略化することができるので、有機溶媒の使用量を抑制して効率よく鉄を回収することができ、鉄の回収率を高めることができる。
【0013】
また、上記構成において、鉄回収剤は、さらに鉄捕捉剤を含有してもよい。
【0014】
鉄に対して錯形成し、鉄を、有機溶媒を含む相に移動させることのできる物質として、種々の鉄捕捉剤が知られている。このような鉄捕捉剤は、鉄に結合した状態で、水相よりも有機化合物相に移行する傾向が高い。そのため、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物のみでは、水と式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物との均一溶液中に含まれる鉄のすべてを回収しきれないというような場合であっても、鉄捕捉剤が式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物で回収しきれなかった鉄イオンに結合し錯形成して、鉄イオンを有機化合物相に移行させる役割を果たすため、さらに鉄の回収率を高めるのに寄与する。
【0015】
上記構成において前記鉄捕捉剤がリン酸モノエステル化合物、リン酸ジエステル化合物、リン酸トリエステル化合物、ヒドロキシオキシム系化合物から選ばれる少なくとも一種を含有するものが用いられる。
【0016】
鉄捕捉剤としては、鉄イオンに配位可能なヘテロ原子を有し、ヘテロ原子の配位した鉄イオンを包囲するアルキル基を有する化合物が有効に用いられ、鉄イオンを安定的に有機化合物相に移行することができる。このような化合物としては、リン酸モノエステル化合物、リン酸ジエステル化合物、リン酸トリエステル化合物、ヒドロキシオキシム系化合物が例示される。
【0017】
また、上記構成において、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物としては
、
・アジピン酸ビス(2-(2-(2-メトキシ)エトキシ)エチル)
・アジピン酸ビス(2-(2-(2-エトキシ)エトキシ)エチル)
から選ばれる少なくとも一種以上を主成分とするもの、が有効に利用できる。
【0018】
上記構成によると、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物としては、鉄に配位可能な酸素原子を少なくとも複数有するとともに、配位した鉄イオンを包囲するアルキル基を複数有するので、溶媒として機能しながら、鉄を捕捉する機能を発揮することができるものとなる。そのため、安定的に鉄イオンを有機化合物相に移行させることができ、効率的に鉄を回収するのに役立てられる。
【0020】
また、上記目的を達成するための本発明の鉄回収方法の特徴構成は、
鉄が溶解する水溶液から鉄を回収する鉄回収方法であって、
前記鉄が溶解する水溶液に、下限臨界溶液温度を有する液体としての請求項1〜4のいずれか一項に記載の鉄回収剤を添加し、均一な溶液を形成する混合工程と、
混合工程により得られた溶液を下限臨界溶液温度以上の温度に加熱する加熱工程と、
加熱工程により2相分離した有機化合物相を分離回収する回収工程と、
分離回収された有機化合物相に脱着剤を添加する脱着処理工程とを順に行い、
得られた有機化合物相から鉄を回収する点にある。
【0021】
上記構成によると、混合工程を行うことにより、鉄の溶解する水溶液に、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物が均一に溶解して、水溶液中の鉄イオンに対して式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物が錯形成する。
【0022】
次に加熱工程を行うと、均一溶液が2相に分離して、水相と有機化合物相とを形成する。この時、鉄イオンは式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉されており、鉄イオンを捕捉した式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物は、有機化合物相に移行することから、鉄が水相から分離されることになる。また、加熱により2相分離するから有機溶媒等を用いることなく鉄を有機化合物相に移行することができ、効率よく分離することができる。
【0023】
回収工程では、加熱工程で得られた有機化合物相は明確に2相分離するので有機化合物相のみを容易に分離回収することができる。
【0024】
有機化合物相に分離回収された鉄イオンは、そのままでは再利用することができないので、脱着剤を添加する脱着処理工程により、鉄として析出させることができる。すなわち、鉄イオンとして式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉されていた鉄イオンを、金属として遊離させることにより、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物と分離させて回収できるので、回収のためのプロセスを簡略なものにできる。回収された鉄は、精製、再加工することにより再利用することができる。
【0025】
たとえば、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物の化学構造的な特徴としてオキシエチレン鎖を繰り返す構造を有する場合、オキシエチレン鎖を構成するオキシエチレンのユニット数や、オキシエチレン鎖の末端アルキル基の種類を変えることにより下限臨界溶液温度を変化させることができる。すなわち、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物の−(A)−の構成におけるn、mの数やR1,R2の炭素数を適切に選択することによって、下限臨界溶液温度を好適に設定調整することができる。
式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物の下限臨界溶液温度は、作業性を考慮して20〜100℃、好ましくは40℃〜100℃の範囲にあるものが作業性良く使用できる。
【0026】
上記構成において、前記脱着剤が、還元作用を有する還元剤またはpH調整作用を有するpH調整剤を主成分とするものであると好適である。
例えば、還元剤として、水素化ホウ素塩、ホスホン酸塩、次亜燐酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩、亜二チオン酸塩から選ばれる無機化合物を用いることができる。また、還元剤として、ヒドラジン、エチレンジアミン、ウレア、チオウレア、ジメチルアミノボランから選ばれるアミン類、ジアミン類およびイミン類、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒドから選ばれるアルデヒド類、メタンチオール、エタンチオール、プロパンチオールから選ばれるチオール類などの有機化合物を用いることができる。さらに、還元剤として、ハイドロキノン、タンニン酸、クエン酸、アスコルビン酸およびそれらのナトリウム塩、カリウム塩から選ばれる化合物を用いることができる。
例えば、pH調整剤としては水溶性のものが好ましく、また、pH調整剤として、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、酢酸、炭酸、シュウ酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化銅、アンモニアから選ばれるpH調整剤を用いることができる。
【0027】
上記還元剤は、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に結合した鉄イオンを金属にまで還元するための還元能力を有しており、イオンとして式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉されていた鉄を、金属にまで還元することにより回収させるのに利用することができる。
また、上記pH調整剤は式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に結合した鉄イオンを式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物から脱着させることができ、式(1)の下限臨界溶液温度を有する有機化合物に捕捉されていた鉄を、鉄化合物として回収させるのに利用することができる。
これらは、汎用的な還元剤、pH調整剤として市場に流通しているものであり、安価かつ取り扱い容易なものであるので、鉄回収方法を実施するうえで、低コストで鉄を回収できることとなるので好ましい。