(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1A〜
図1Dを参照して、実施例によるレーザアニール方法について説明する。
図1A〜
図1Dは、レーザアニール前及びレーザアニール中におけるSiCウエハの断面図である。
【0011】
図1Aに示すように、表層部にドーパント注入層11が形成されたSiCウエハ10と、その表面に形成された吸収膜12とを含むアニール対象物1を準備する。SiCウエハ10はn型導電性を有し、ドーパント注入層11にはp型導電性を付与するドーパント、例えばアルミニウム(Al)が注入されている。吸収膜12には、単結晶シリコンの融点よりも高い融点を持ち、シリサイドを形成する金属、例えばタングステン(W)、モリブデン(Mo)、チタン(Ti)、ニオブ(Nb)等を用いることができる。
【0012】
図1Bに示すように、SiCウエハ10上の吸収膜12(
図1A)にレーザビーム15を入射させる。これによりシリサイド反応が生じ、金属シリサイド膜13が形成される。吸収膜12はシリサイド化されることによりほぼ消失する。シリサイド反応中に、SiCウエハ10のドーパント注入層11が加熱される。
【0013】
図1Cに示すように、レーザビーム15の入射を継続し、金属シリサイド膜13(
図1B)を蒸発させる。このとき、SiCウエハ10のドーパント注入層11がさらに加熱される。
【0014】
図1Dに示すように、レーザビーム15の入射をさらに継続し、ドーパント注入層11をさらに加熱する。これにより、ドーパント注入層11内のドーパントが活性化する。
【0015】
次に、
図2を参照して実施例によるレーザアニール装置について説明する。
図2は、実施例によるレーザアニール装置の概略図である。チャンバ20内に保持機構21が収容されている。保持機構21はアニール対象物1(
図1A〜
図1D)を保持する。ガス導入口25からチャンバ20内に不活性ガス、例えばアルゴン(Ar)が導入される。ガス排気口26からチャンバ20内のガスが排気される。チャンバ20の壁にレーザ導入窓23が取り付けられている。レーザ導入窓23を通してチャンバ20内に導入されたレーザビームが、アニール対象物1に入射する。
【0016】
レーザ光源30がアニール用のレーザビームを出力する。レーザ光源30には、例えば波長800nmのレーザビームを出力するレーザダイオードを用いることができる。レーザ光源30から出力されたレーザビームは光ファイバ31に導入され、光ファイバ31の出力端から出力される。光ファイバ31の出力端におけるレーザビームのパワーの最大値は、例えば60Wである。光ファイバ31の出力端から出力されたレーザビームは、集光光学系32により集光され、レーザ導入窓23を通過してチャンバ20内のアニール対象物1に入射する。
【0017】
光ファイバ31の出力端では、レーザビームのビーム断面内のビームプロファイルはほぼ均一化されている。このため、アニール対象物1の表面におけるレーザビームのビームスポットのプロファイルもほぼ均一化される。集光光学系32の倍率を変化させることにより、アニール対象物1の表面におけるビームスポットの大きさを変化させることができる。ビームスポットの大きさを変化させることにより、レーザビームのパワー密度を変化させることが可能である。また、レーザ光源30の出力を変化させることによっても、アニール対象物1の表面におけるパワー密度を変化させることができる。
【0018】
制御装置35がレーザ光源30を制御する。オペレータが入力装置36を操作することにより、制御装置35に種々のコマンド、レーザアニール条件等を入力する。制御装置35は、出力装置37からオペレータに通知すべき種々の情報を出力させる。
【0019】
[熱処理温度]
次に、SiC内のドーパントを活性化させるために必要となる熱処理温度について説明する。
レーザアニールにおいても、従来の誘導加熱炉を用いたアニール時の熱処理温度及び熱処理時間と同程度のアニール条件に設定すれば、従来と同程度の活性化を行うことができる。ただし、レーザアニールの特徴である局所加熱を生かすためには熱処理温度を高くし、熱処理時間を短くすることが好ましい。
【0020】
従来の誘導加熱炉を用いたアニールでの熱処理温度は1600℃以上1800℃以下の範囲内であり、熱処理時間は5分以上30分以下の範囲内である。レーザアニールにおいて熱処理時間をこれより短くするためには、熱処理温度をさらに高める必要がある。高温でアニールを行うことから、チャンバ20(
図2)内は不活性ガス雰囲気、例えばAr雰囲気とすることが好ましい。
【0021】
[拡散距離]
次に、SiC内のドーパントを活性化させるために必要となる拡散距離について説明する。
イオン注入されたドーパント、例えばAlを活性化させるには、ドーパントを結晶格子の位置まで移動(拡散)させなければならない。この時の拡散距離Lは、熱処理温度T、熱処理時間tを用いて以下の式で表すことができる。
【数1】
ここで、D(T)は以下の式で定義される。
【数2】
D
0は拡散係数、E
Aは活性化エネルギ、kはボルツマン定数である。SiC中のAlの拡散係数D
0は1.3×10
−8m
2/s、活性化エネルギE
Aは2.394eVである。
【0022】
誘導加熱炉を用いた従来のアニール条件の範囲で熱処理温度の下限値は1600℃、熱処理時間の下限値は5分である。このときの拡散距離Lは13.6nmになる。誘導加熱炉を用いた従来のアニール条件の範囲で熱処理温度の上限値は1800℃、熱処理時間の上限値は30分である。このときの拡散距離Lは67.5nmになる。4回周期六方晶系炭化ケイ素(4H−SiC)のa軸方向の格子間隔は0.3nmであり、c軸方向の格子間隔は1.0nmである。SiC中のドーパントを活性化させるためには、格子間隔に比べて10倍以上長い拡散距離となる条件でアニールを行わなければならないことがわかる。
【0023】
[レーザによるSiCの直接加熱]
次に、
図3を参照して、SiC内のドーパントを活性化させるためにレーザ照射によってSiCウエハを直接加熱する方法について考察する。
【0024】
図3は、SiCの吸収長(吸収係数の逆数)の波長依存性を示すグラフである。横軸は波長を単位「nm」で表し、縦軸は吸収長を単位「μm」で表す。波長350nmにおいて吸収長が約10μmである。レーザビームの波長が350nmより長くなると、SiCウエハのドーパント注入層11はほとんどレーザエネルギを吸収しない。従って、SiCウエハを直接加熱してドーパントの活性化を行うには、波長が350nmより短いレーザビームを用いることが好ましい。
【0025】
ところが、波長350nmより短い紫外波長域で、かつ高出力が得られるレーザ光源は、基本的にパルス発振であり、そのパルス幅は1ns〜100nsの範囲内である。この範囲で最も長いパルス幅である100nsの加熱時間でレーザアニールを行う場合、SiCの昇華温度2545℃の熱処理温度でも拡散距離Lは活性化に必要とされる拡散距離よりも4桁程度小さくなってしまう。この4桁の差を埋めるためには、パルスレーザビームを1万ショットまたはそれ以上照射しなければならない。従って、紫外波長域のパルスレーザビームを用いてSiCを直接加熱してドーパントを活性化させる方法は、現実的とはいえない。
【0026】
[SiCの予熱の併用]
次に、レーザアニールを行う際に、SiCウエハを予熱しておく方法について考察する。SiCウエハの温度が高くなると、格子振動が大きくなりSiCの各原子を結合する共有結合が影響を受ける。これにより、室温時のエネルギバンドギャップよりも低い光子エネルギの光でもSiCに吸収されるようになる。4H−SiC結晶の室温時のエネルギバンドギャップは3.26eVである。4H−SiC結晶に一般的な緑色(光子エネルギ約2.3eV)や近赤外(光子エネルギ約1.5eV)の光を吸収させるには、かなりの予熱が必要になることがわかる。このため、SiCウエハを高温に予熱するための加熱装置が必要になり、アニール装置の構成が大きな制約を受けることになる。
【0027】
このように、レーザ照射前にSiCウエハを予熱しておくことにより、レーザエネルギをSiCウエハに直接吸収させる方法も、現実的であるとはいえない。
【0028】
[レーザを吸収する吸収膜]
レーザ照射によってSiCウエハを直接加熱してドーパントの活性化を行う方法、及び予熱を併用して直接加熱する方法が現実的ではないことがわかった。その他の方法として、レーザエネルギを吸収する吸収膜12(
図1A)をSiCウエハ10に形成し、吸収膜12をレーザ照射によって加熱することにより、間接的にドーパント注入層11を加熱する方法が活性化アニールの候補として挙げられる。
【0029】
吸収膜12の材料として、SiC内に混入してもSiCの電気的特性に悪影響を及ぼさないものを用いることが好ましい。例えば、ドーパントとして用いたAlを吸収膜として使用することが好ましい。ところが、レーザ光に対するAlの反射率が高いため、Alは吸収膜に適さない。さらに、Alは融点が低いことから、レーザアニール時の熱処理温度も低くならざるを得ない。このため、Alは、レーザアニールのような短時間加熱に用いる吸収膜には適さない。
【0030】
SiCに対してオーミック電極として使用できる材料であり、かつ融点の高いTi、Mo、W、Nb、Cr等が吸収膜の材料の候補として挙げられる。これらの金属は、シリサイド層の構成材料に用いることが可能であり、熱処理中に、吸収膜を構成するこれらの金属のごく一部がSiCウエハ内に混入したとしても、悪影響は小さく対策も取りやすい。これらの候補の中でレーザ光の反射率が低い金属として、W、Mo、Ti、Nbが挙げられる。これらの金属をSiCウエハの表面に形成してレーザアニールを行うと、Siと反応してシリサイド層を形成する。これらの金属は、シリサイド反応後に余ってしまうCとも化合物を形成する。このため、シリサイド反応後にCが単独で浮遊することを抑制する効果も得られる。
【0031】
[実施例の優れた効果]
次に、
図4を参照して、上記実施例の優れた効果について説明する。
上記実施例では、アニール対象物1(
図1A)が吸収膜12を含む。吸収膜12は、レーザアニールに用いられるレーザビームの波長域、例えば800nmの波長域の光に対して、SiCウエハ10よりも高い吸収係数を持つ。このため、レーザエネルギを効率的に吸収することができる。
【0032】
吸収膜12として金属膜を用いているため、レーザ照射時のSiCウエハ10の破損を抑制する効果が得られる。
【0033】
レーザビーム15(
図1B)を照射すると、吸収膜12(
図1A)とSiCウエハ10のSiとがシリサイド反応することにより、吸収膜12の構成元素とSiとの金属間化合物である金属シリサイド膜13(
図1B)が形成される。金属シリサイド膜13の形成によってSiCウエハ10内のSi原子が消費されるため、金属シリサイド膜13の近傍ではSi原子が不足し、Cリッチの状態になる。Si原子が不足すると、サイトコンペティション効果により、ドーパントであるAl原子がSi原子の格子位置に入り易くなる。その結果、ドーパントの活性化が生じ易くなるという効果が得られる。
【0034】
SiCウエハ10にドーパントをイオン注入する際には、高速に加速したドーパントイオンをSiCウエハ10の表面から注入する。SiCウエハ10内にドーパントイオンが入ると、SiCウエハ10内の多数の原子と相互作用し合い減速する。速度が低下すると、ドーパントイオンがSiCウエハ10内のSi原子やC原子に衝突する。これにより、SiCウエハ10内のある深さ範囲の領域にドーパントイオンを注入することができる。ドーパントイオンの密度がピークを示す深さの近傍において、結晶欠陥が増加し、結晶性が悪化する。
【0035】
SiCウエハ10の表面の極近傍では、ドーパントイオンのエネルギが高すぎるため衝突断面積が小さく、ドーパントイオンがSi原子やC原子に衝突する確率が低い。このため、SiCウエハ10の表面の極近傍では、イオン注入によって発生する結晶欠陥や歪が非常に少ない。
【0036】
図4Aは、ドーパントイオンを注入した状態のSiCウエハ10の断面模式図である。ドーパント注入層11よりも浅い極表層部14の結晶欠陥密度は、結晶性が悪化したドーパント注入層11の結晶欠陥密度より低い。この状態で活性化アニールを行うと、結晶性の悪いドーパント注入層11の上下の結晶性の高い領域からドーパント注入層11の内部に向かって結晶性の回復が起こる。結晶成長は成長方向に特異性を持つため、上下の界面から内側に向かって結晶成長して結晶性が回復した場合、上下から成長した結晶同士が接触する界面で結晶学的に連続することはない。すなわち、下から上方に向かって成長した結晶と上から下方に向かって成長した結晶との界面に、大量の結晶欠陥が残留することになる。
【0037】
上記実施例では、
図4Aに示した極表層部14に相当する領域に金属シリサイド膜13(
図1B)が形成される。この金属シリサイド膜13は、
図1Cに示した工程で蒸発してしまう。
【0038】
図4Bは、金属シリサイド膜13が蒸発した状態のSiCウエハ10の断面模式図である。実施例においては、金属シリサイド膜13が蒸発しているため、ドーパント注入層11に、上から下方に向かう結晶成長は生じない。このため、活性化アニール後に結晶性が回復したドーパント注入層11内の結晶欠陥の増大を抑制することができる。さらに、結晶成長方向または結晶性回復方向を一方向に限定することができるため、熱負荷がより小さな条件で活性化を行うことが可能になる。
【0039】
SiCは大気圧下で液相を持たないため、結晶性の高い極表層部14(
図4A)の処理は重要である。例えば、結晶性の高い極表層部14が発生しない程度の低エネルギでイオン注入を行う方法、イオン注入後に極表層部14を除去する処理を追加する方法等により、結晶欠陥の増大を抑制することも可能である。上記実施例では、このような方法を採用することなく、結晶欠陥の増大を抑制することができる。
【0040】
[レーザアニールによる結晶性回復の評価実験]
次に、
図5及び
図6を参照して、SiCウエハ10内のドーパントの活性化を行った評価実験の結果について説明する。
【0041】
評価実験では、アニール対象物1のSiCウエハ10として、表層部にエピタキシャル成長膜が形成されたn型導電性の4H−SiCウエハを用いた。SiCウエハの構成は下記のとおりである。
口径:直径100mm
厚さ:350μm
オフ角度:4度
エピタキシャル成長膜の厚さ:5μm
エピタキシャル成長膜のn型ドーパント濃度:1×10
15cm
−3以下
【0042】
ドーパントのイオン注入条件は下記のとおりである。
イオン種:Al
+
加速エネルギ:350keV
ドーズ量:4×10
14cm
−2
注入時ウエハ温度:500℃
【0043】
図5は、上記条件でイオン注入を行ったSiCウエハ10のキャリア濃度プロファイルを示すグラフである。横軸は深さを単位「nm」で表し、縦軸はキャリア濃度を単位「cm
−3」で表す。深さ400nmにおいて、キャリア濃度が最大値を示しており、キャリアのピーク濃度が1×10
19cm
−3を上回るようにドーズ量を設定した。
【0044】
次に、活性化アニールの評価方法について説明する。活性化の評価を行うには、ドーパント原子であるAl原子がSi原子と置き換わったことを検証する必要があるが、キャリア濃度や極性の分析ではSi原子と置換したAl原子に関する情報しか得られないため、活性化していないAl原子の状況を推測することができず、プロセスの解明には向かない。従って、イオン注入によって生じた結晶欠陥の回復度合い(結晶性の高さ)に基づいて活性化プロセスの評価を行うこととする。
【0045】
結晶性の評価にはラマン分光分析を用いた。純粋な単結晶は原子が周期的に配列している。これらの原子は、ある一定の振動準位で振動している。エネルギバンドギャップよりも低い光子エネルギのレーザ光を4H−SiCウエハに照射すると、ある確率で価電子帯の電子が光子エネルギを吸収する。光子エネルギがエネルギバンドギャップより小さい、光子エネルギを吸収した電子は仮想準位に励起されるが、直ちに価電子帯に戻る。光子エネルギは4H−SiC結晶に吸収されていないため、電子が元の準位に戻るときに、エネルギ保存の法則により、入射した光子のエネルギと同一のエネルギを持つ光子が放出される(この現象はレイリー散乱と呼ばれる。)。
【0046】
しかし、ある確率で振動準位分だけ高いエネルギ準位に電子が遷移することがある。この準位は振動準位に当たり、この電子が元の準位に戻るとき、エネルギ保存の法則から、振動準位に相当するエネルギだけ低い光子エネルギを持つ光子が放出される。この現象は、ストークラマンと呼ばれる。この光子エネルギに由来する波長の変化はラマンシフトと呼ばれる。
【0047】
4H−SiC結晶においては、775cm
−1と797cm
−1の位置にラマンシフトによる散乱光強度のピークが現れる。本評価実験においては、797cm
−1の位置に現れた信号強度が低かったため、775cm
−2の位置に現れた信号強度に基づいて4H−SiC結晶の結晶性を評価することとした。
【0048】
結晶性の悪い単結晶では原子配列の周期性が低いため、振動準位の純度が低い。結晶性の悪い4H−SiC結晶ほど775cm
−1に相当するエネルギ以外の振動準位が多くなるため、775cm
−1の位置の信号強度が低くなる。この現象を利用し、ラマン分光分析によって775cm
−1の位置の信号強度を測定することにより、結晶性の評価を行うことができる。
【0049】
図6は、吸収膜12を形成したアニール対象物1に照射したレーザビーム15(
図1B〜
図1D)のアニール対象物1の表面におけるパワー密度と、775cm
−1の位置における信号強度(以下、ラマン強度という。)との関係を示すグラフである。横軸はアニール対象物1の表面におけるレーザビーム15のパワー密度を単位「kW/cm
2」で表し、縦軸はラマン強度の任意単位で表す。
図6のグラフ中の三角形、ひし形、及び円形の記号は、それぞれレーザ照射時間を2秒、10秒、及び20秒としたときの測定結果を示す。吸収膜12として厚さ100nmのW膜を用いた。
【0050】
イオン注入を行う前のベアウエハのラマン強度R
0は8200カウントであった。このラマン強度R
0が、レーザアニールにより結晶が回復したSiCウエハ10のラマン強度の目標値となる。Alをイオン注入した後、レーザアニールを行う前のSiCウエハ10のラマン強度R
1は2900カウントであった。
【0051】
パワー密度が17kW/cm
2以下の範囲では、パワー密度を高めてもラマン強度はほぼ一定の大きさに留まっている。結晶性の回復度合いは、熱処理温度と熱処理時間とで決まる。本評価実験では、熱処理時間を2秒、10秒、または20秒に設定している。拡散係数Dが熱処理温度に依存するため、拡散距離は熱処理温度が高くなるに従って長くなるはずである。パワー密度が17kW/cm
2以下の範囲で結晶性の回復が進まないのは、熱処理温度が高まっていないことが要因と考えられる。
【0052】
パワー密度が17kW/cm
2の位置で、ラマン強度が階段状に大きくなっていることがわかる。ただし、パワー密度が17kW/cm
2以上23kW/cm
2以下の範囲でも、ラマン強度はほぼ一定に留まっており、結晶性の回復が見られない。これも、熱処理温度が十分高まっていないことが要因と考えられる。
【0053】
評価実験においては、パワー密度が17kW/cm
2を上回るとWからなる吸収膜12がシリサイド反応を起こし、金属シリサイド膜13(
図1B)が形成された。パワー密度が17kW/cm
2以下の条件では、吸収膜12に吸収されたレーザエネルギがWとSiとのシリサイド反応に必要な潜熱として消費されるため、SiCウエハ10の温度の上昇が抑制されていると考えられる。このため、パワー密度が17kW/cm
2以下の範囲では、パワー密度を高めても、熱処理時間を長くしても、ラマン強度はほぼ一定であり、結晶性の回復はほとんど生じていない。
【0054】
パワー密度が23kW/cm
2以上になると、金属シリサイド膜13(
図1B)が蒸発し始める。パワー密度が17kW/cm
2以上23kW/cm
2以下の範囲では、金属シリサイド膜13に投入されたレーザエネルギが、金属シリサイド膜13の蒸発潜熱として消費される。このため、17kW/cm
2以上23kW/cm
2以下の範囲内でパワー密度を高くしても、SiCウエハ10の十分な温度上昇が得られないと考えられる。
【0055】
金属シリサイド膜13が蒸発して消失するまでの期間(
図1Bから
図1Cまでの期間)に、ドーパント注入層11が加熱されて温度が上昇する。例えば、金属シリサイド膜13とドーパント注入層11との界面の温度は、タングステンシリサイドの沸点近傍まで上昇すると考えられる。
【0056】
パワー密度が23kW/cm
2以上になると、金属シリサイド膜13が蒸発した後も、ドーパント注入層11にレーザ照射が行われる(
図1D)。金属シリサイド膜13が蒸発した時点でドーパント注入層11の温度が十分高い温度まで予熱されているため、ドーパント注入層11はレーザエネルギを吸収することができる。このため、吸収膜12及び金属シリサイド膜13が消失した後も、ドーパント注入層11がレーザエネルギを吸収し、さらに高温まで加熱される。その結果、パワー密度が24kW/cm
2以上の範囲では、パワー密度を大きくするに従って、ラマン強度が大きくなっている。すなわち、結晶性が回復している。
【0057】
パワー密度が23kW/cm
2以下の範囲、すなわち、ドーパント注入層11が結晶性を回復するのに十分な温度まで達していない範囲では、熱処理時間を2秒以上20秒以下の範囲で変化させても、ラマン強度にほとんど変化はなかった。パワー密度が24kW/cm
2以上の範囲では、実際に結晶性の回復が進むため、熱処理時間を長くするに従って、ラマン強度は大きくなると推測される。
【0058】
上述のように、SiCウエハ10の表面に形成された金属シリサイド膜13を蒸発させ、その後もレーザ照射を続けることにより、ドーパント注入層11の結晶性を回復させることができる。
【0059】
[レーザアニールによる活性化の評価実験]
結晶性を回復させることができる条件でレーザアニールを行ったサンプルについて、ドーパントの活性化の程度を評価した。以下、
図7を参照して、その結果について説明する。上述の評価実験で用いたAl注入済みのアニール対象物1に対して、パワー密度26.2kW/cm
2で10秒間のレーザアニールを行った。
【0060】
図7は、レーザアニール後のSiCウエハ10の断面の極性像を示す図である。横軸はSiCウエハ10の面内方向の位置を単位「μm」で表し、縦軸は深さ方向の位置を単位「μm」で表す。極性像は、走査型静電容量顕微鏡法で計測した。使用した走査型静電容量顕微鏡の感度限界は約1×10
15cm
−3である。
図7の深さ9μmより深い位置に現れている濃い領域Anが、n型導電性のn型SiCウエハに相当する。それよりも浅い領域が、エピタキシャル成長層に相当する。深さ3μmよりやや浅い位置に現れているやや濃い領域Apがドーパント注入層11に相当する。この領域Apは、走査型静電容量顕微鏡法で計測した結果、p型導電性を示していることが確認された。その他の領域は、導電性を判定することができなかった。これは、エピタキシャル成長層のn型ドーパント濃度が1×10
15cm
−3以下であり、走査型静電容量顕微鏡の感度限界とほぼ等しいためである。なお、実際には、n型の領域Anは青色の多数のドットで示され、p型の領域Apはオレンジ色の多数のドットで示されている。導電性を判定することができない領域には、青色のドットとオレンジ色のドットとが混在している。
【0061】
次に、ドーパントの活性化率について考察する。走査型静電容量顕微鏡法ではキャリア濃度を特定することができないため、走査型静電容量顕微鏡の感度、
図5に示したドーパントプロファイル、及び
図7に示したp型の領域Apの厚さに基づいて活性化率を推測することとした。
【0062】
エピタキシャル成長層の当初のn型キャリア濃度は最大で1×10
15cm
−3である。p型の領域Apは、ドーパントの活性化によってn型からp型に反転している。走査型静電容量顕微鏡の感度から、p型の領域Apのp型キャリア濃度は1×10
15cm
−3以上であることがわかる。従って、活性化したドーパント濃度は、2×10
15cm
−3以上であると考えられる。
【0063】
また、p型の領域Apの厚さは、
図7から約0.4μmであることがわかる。
図5に示したドーパントプロファイルから、ドーパント濃度が1×10
18cm
−3以上の領域がp型に反転するとp型の領域の厚さが約0.4μmになることがわかる。注入したドーパント濃度が1×10
18cm
−3以上の領域内で、活性化したドーパント濃度が2×10
15cm
−3以上になっているため、活性化率は、約0.2%であると推定される。
【0064】
従来の誘導加熱炉を用いた活性化アニールによる活性化率は約1%である。これと比較すると、結晶性回復の閾値をわずかに上回る程度のパワー密度でレーザアニールすることにより、十分高い活性化率が得られていると考えられる。
【0065】
上述の評価実験から、以下の知見が得られる。
SiCウエハ10の表面にシリサイド反応する金属からなる吸収膜12を形成し、レーザアニールを行って金属シリサイド膜13を形成し、さらに金属シリサイド膜13を蒸発させることにより、SiCウエハ10を十分予熱することができる。予熱されたSiCウエハ10にさらにレーザ照射を継続することにより、ドーパントを活性化させることができる。十分な予熱効果を得るためには、吸収膜として、融点の高い金属を用いることが好ましい。例えば、単結晶シリコンの融点より低い融点を持つ金属だと、十分な温度まで加熱されない状態でシリサイド膜が形成されてしまうため、十分な予熱を行うことが困難である。シリサイド膜形成時に十分な予熱を行うために、単結晶シリコンの融点よりも高い融点を持つ金属を用いることが好ましい。このような金属として、タングステン、モリブデン、チタン、ニオブ等が挙げられる。
【0066】
金属シリサイド膜13を蒸発させるためには、レーザビームのパワー密度をある閾値(第1閾値)以上に設定しなければならない。この第1閾値は、
図6から約23kW/cm
2であることがわかる。この第1閾値以上のパワー密度のレーザビームを入射させることにより、SiCウエハ10の結晶性を回復させることができる。ドーパントを活性化させるために、第1閾値以上のパワー密度でレーザアニールを行うことが好ましい。
【0067】
十分な活性化率を得るためには、
図7に示した評価実験結果から、パワー密度を26kW/cm
2以上にすることが好ましい。さらに、レーザビームの照射時間(SiCウエハ10の表面の同一地点へのレーザビームの入射時間)は、1秒以上とすることが好ましく、2秒以上とすることがより好ましく、10秒以上とすることがさらに好ましい。レーザビームの照射時間を長くすると、活性化率を高めることができる。
【0068】
図2に示したレーザアニール装置を用いて活性化アニールを行う場合には、制御装置35が活性化を生じさせる条件を満たすようにレーザ光源30を制御するとよい。活性化を生じさせる第1の条件として、アニール対象物1(
図1B)の表面におけるレーザビームのパワー密度が、吸収膜12とSiCウエハ10との間でシリサイド反応を生じさせる大きさであることが挙げられる。第2の条件として、アニール対象物1(
図1B)の表面におけるレーザビームのパワー密度が、形成された金属シリサイド膜13(
図1B)を蒸発させることができる大きさであることが挙げられる。
【0069】
図5及び
図6を参照して説明した結晶性回復の評価実験では、SiCウエハの厚さを350μmとし、エピタキシャル成長膜の厚さを5μmとした。また、
図7を参照して説明した活性化の評価実験では、SiCウエハの厚さを375μmとした。
【0070】
次に、SiCウエハの厚さを限定しない場合のレーザビームのパワー密度の一般的な好ましい範囲について説明する。
【0071】
SiCウエハにIGBTなどを形成する場合には、ウエハの裏側の表面にp型層が形成される。この場合は、電気的特性改善のためにウエハを研削して薄板化することがある。また、SiCエピタキシャルウエハの表側の表面にp型層を形成する場合は、逆にウエハの厚さが上記評価実験で用いたウエハの厚さより厚い場合もある。特に、SiCは絶縁破壊強度がSiより10倍弱高いため、電気的特性の観点からSiCウエハの厚さを、Siウエハを用いた場合と比べて非常に薄くすることが可能である。
【0072】
レーザアニール時の熱処理温度に大きく影響する熱容量はSiCウエハの厚さに依存するため、SiCウエハの厚さにより、結晶性回復や活性化に必要となるパワー密度は上下する。また、ウエハの大きさや形状も重要である。チップ状に分割されたSiCウエハをレーザアニールする場合は、熱容量が分割前のSiCウエハよりも小さいため結晶性回復や活性化に必要となるパワー密度は低下する。本明細書において、チップに分割されたSiCチップも、SiCウエハと呼ぶこととする。
【0073】
パワー密度はウエハ表面におけるレーザビームのパワーをビームスポットの面積で割った値であり、結晶回復とドーパント(例えばアルミニウム)の活性化で重要なパラメータである。ここで、それぞれ個々のパラメータに分解して検討する。ウエハの口径及び厚さが同じ条件である場合、アニール対象物の熱容量が一定であることからレーザビームのパワーが大きいほど、すなわち入熱量が大きいほど熱処理温度は高まりやすい。そして、パワーが大きければレーザビームのビームスポットも大きくすることが可能である。ビームスポットが大きくなると、周囲への熱拡散によるエネルギロスが少なくなるため、活性化に必要となるパワー密度は低下する。
【0074】
これより、結晶性の回復やドーパントの活性化に最適なパワー密度はSiCウエハの厚さ及び形状とレーザアニール装置の仕様にも影響される。パワー密度26kW/cm
2以上でドーパントが活性化した
図7の評価実験は一例であり、ウエハの厚さが薄い場合やレーザビームのパワーが大きい場合は、より低いパワー密度でもドーパントが活性化し得る。
【0075】
従って、レーザビームのパワー、ウエハの厚さ、ウエハの大きさ等を変化させると、ドーパントの活性化に要するパワー密度は、
図7の評価実験で確認されたドーパントの活性化に要するパワー密度26kW/cm
2の半分程度まで小さくすることができると予想される。例えば、パワー密度の好ましい範囲は、13kW/cm
2以上になると予想される。
【0076】
[実施例の変形例]
上記実施例では、レーザ光源として発振波長800nmのレーザダイオードを用いたが、その他の波長域の発振波長を持つレーザ光源を用いてもよい。レーザ光源として、吸収膜12(
図1A)が吸収することができる波長域の発振波長を持つレーザ発振器を用いることが好ましい。また、上記実施例では、連続発振レーザビームを用いたが、金属シリサイド膜13(
図1B)を蒸発させることができるパワーを持つパルスレーザビームを用いてもよい。
【0077】
レーザアニール中にSiCウエハ10の温度を高めるために、保持機構21(
図2)として、SiCウエハ10から外部への熱伝達を阻害する構造を有するものを用いるとよい。例えば、SiCウエハ10の底面の一部の領域のみに接触してSiCウエハ10を支持する剣山状の構造とするとよい。または、SiCウエハ10を外周部近傍で保持して、内奥部を空中に支持する構造とするとよい。
【0078】
上記実施例では、4H−SiCのウエハをアニール対象としたが、その他の結晶構造を持つSiC、例えば3C−SiC、6H−SiC等をアニール対象としてもよい。また、上記実施例では、p型ドーパントとしてAlを用いたが、その他のドーパント、例えばボロン(B)を用いてもよい。
【0079】
上記実施例では、SiCウエハに注入したp型ドーパントを活性化させたが、上記実施例によるレーザアニール方法を用いてn型ドーパントを活性化させることも可能である。n型ドーパントとして、窒素(N)やリン(P)を用いることができる。
【0080】
次に、
図8を参照して、他の実施例によるレーザアニール装置について説明する。以下、
図2に示したレーザアニール装置と共通の構成については説明を省略する。
【0081】
図8は、本実施例によるレーザアニール装置の概略図である。本実施例によるレーザアニール装置は、
図2に示したレーザアニール装置の光ファイバ31に代えて、アッテネータ41、ビームエキスパンダ42、ホモジナイザ43、ベンディングミラー44を、及び集光光学系45が用いられる。
【0082】
アッテネータ41はレーザビームを減衰させる。ビームエキスパンダ42は、入射したレーザビームをコリメートするとともに、ビーム径を拡大する。ホモジナイザ43及び集光光学系45は、SiCウエハ10の表面におけるビーム断面を所定の形状に整形するとともに、ビーム断面内の光強度分布を均一化する。
【0083】
図8に示したレーザアニール装置を用いても、
図2に示したレーザアニール装置と同様に、SiCウエハ10のドーパントの活性化を行うことが可能である。
【0084】
図1〜
図8に示した実施例による方法で作製されたSiCウエハは、pinフォトダイオード、パワーMOSFET、フリーホイールダイオード等に用いることができる。
【0085】
上述の実施例は例示であり、異なる実施例で示した構成の部分的な置換または組み合わせが可能であることは言うまでもない。複数の実施例の同様の構成による同様の作用効果については実施例ごとには逐次言及しない。さらに、本発明は上述の実施例に制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。