特許第6830108号(P6830108)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6830108
(24)【登録日】2021年1月27日
(45)【発行日】2021年2月17日
(54)【発明の名称】ガラス溶融部材
(51)【国際特許分類】
   C03B 5/43 20060101AFI20210208BHJP
   F27B 14/10 20060101ALI20210208BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20210208BHJP
【FI】
   C03B5/43
   F27B14/10
   B22F3/24 F
【請求項の数】18
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2018-549923(P2018-549923)
(86)(22)【出願日】2017年3月23日
(65)【公表番号】特表2019-513667(P2019-513667A)
(43)【公表日】2019年5月30日
(86)【国際出願番号】AT2017000017
(87)【国際公開番号】WO2017161391
(87)【国際公開日】20170928
【審査請求日】2020年1月20日
(31)【優先権主張番号】GM64/2016
(32)【優先日】2016年3月25日
(33)【優先権主張国】AT
(73)【特許権者】
【識別番号】390040486
【氏名又は名称】プランゼー エスエー
(74)【代理人】
【識別番号】100075166
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 巖
(74)【代理人】
【識別番号】100133167
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100169627
【弁理士】
【氏名又は名称】竹本 美奈
(72)【発明者】
【氏名】トラクスラー,ハンネス
(72)【発明者】
【氏名】マルク,ミヒャエル
(72)【発明者】
【氏名】シフトナー,ロベルト
(72)【発明者】
【氏名】クナーブル,ウォルフラム
【審査官】 大塚 晴彦
(56)【参考文献】
【文献】 特表2013−512340(JP,A)
【文献】 独国特許出願公開第19921934(DE,A1)
【文献】 特表2015−516299(JP,A)
【文献】 特表2002−536548(JP,A)
【文献】 特開平07−054093(JP,A)
【文献】 特開平11−152534(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0160108(US,A1)
【文献】 特開昭62−287028(JP,A)
【文献】 特開平9−196570(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B 5/00− 5/44
B22F 3/24
F27B 14/10
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐熱金属からなるガラス溶融部材(1)を製造する方法であって、前記ガラス溶融部材(1)の表面縁部帯域(2)が局所的圧縮応力を適用されて少なくとも部分的に緻密化され、その結果、その空隙率が前記表面縁部帯域(2)の下側にあり残留空隙率を有する本体部分(3)に比較して減少させられることを特徴とするガラス溶融部材の製造方法。
【請求項2】
前記局所的圧縮応力の適用が平滑圧延プロセスにおいて圧延体(4)により行なわれる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記局所的圧縮応力の適用がショットブラストにより行なわれる請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記局所的圧縮応力の適用により緻密化された前記表面縁部帯域(2)の空隙率が1%未満に減少される請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
適用される前記局所的圧縮応力が前記耐熱金属の降伏点を超える請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記縁部帯域(2)の緻密化後に、前記ガラス溶融部材(1)又は少なくとも前記表面縁部帯域(2)が前記耐熱金属の再結晶温度を超える温度で熱処理される請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
少なくとも部分的に表面縁部帯域(2)を有し、この帯域が表面縁部帯域(2)の下側の残留空隙率を有する本体部分(3)に比較して緻密化され空隙率が減少している耐熱金属から成るガラス溶融部材(1)。
【請求項8】
前記ガラス溶融部材(1)が粉末冶金法により製造されている請求項7に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項9】
前記表面縁部帯域(2)の空隙率が1%以下である請求項7又は8のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項10】
前記表面縁部帯域(2)の空隙率がその下側の本体部分(3)の空隙率よりも少なくとも1.5%だけ小さい請求項7〜9のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項11】
前記表面縁部帯域(2)が前記ガラス溶融部材(1)の残りの本体部分(3)よりも粗い粒子構造を有する請求項7〜10のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項12】
前記表面縁部帯域(2)の平均粒径が40〜1,000μmの範囲にある請求項7〜11のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項13】
前記縁部帯域(2)が50μm〜1,000μmの深さを有する請求項7〜12のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項14】
前記縁部帯域(2)の表面が0.30μm未満の粗さRaを有する請求項7〜13のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項15】
前記ガラス溶融部材(1)がるつぼである請求項7〜14のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項16】
前記ガラス溶融部材(1)がガラス溶融電極である請求項7〜14のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項17】
前記ガラス溶融部材(1)が、その内壁及び外壁の両方に、緻密化された表面縁部帯域(2)を有する請求項7〜16のいずれか1項に記載のガラス溶融部材(1)。
【請求項18】
ガラス溶融物を収容し又は処理するための請求項7〜17のいずれか1項に記載の前記ガラス溶融部材(1)の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1の前文の特徴を有する耐熱金属から成るガラス溶融部材の製造方法及び耐熱金属から成るガラス溶融部材に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス溶融物に対する耐熱金属の耐薬品性が高いにも拘わらず、耐熱金属から成るガラス溶融部材は、しばしばガラス溶融物による腐食作用を被ることがある。
【0003】
溶融物と接触する表面の耐性を改良するために、しばしば被膜が施される。特許文献1には、例えばサファイア単結晶成長用のモリブデンるつぼが記載されており、そのるつぼの内壁は、タングステンから成る被膜を備えている。
【0004】
しかし、被膜は、元素又は粒子が被膜から溶融物内部へ侵入し溶融物を汚染するおそれがあるという欠点を伴う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許出願公開第20150225870A1号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、ガラス溶融物に対する耐性を改良した耐熱金属から成るガラス溶融部材の製造方法を提供することにある。更に、溶融物に対する耐性を改良したガラス溶融部材を提供する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この課題は、請求項1の特徴を有するガラス溶融部材の製造方法又は請求項7の特徴を有するガラス溶融部材により解決される。有利な実施形態は、従属請求項に提示されている。
【0008】
ガラス溶融部材に対するガラス溶融物の腐食作用は、局所的圧縮応力が適用されることによりガラス溶融部材の表面縁部帯域(oberflaechlichen Randzone)が少なくとも部分的に緻密化され、その空隙率が、表面縁部帯域の下側にあり残留空隙率を有する本体部分に比較して、減少することにより、著しく減少することができる。空隙率が減少された縁部帯域は、ガラス溶融物による腐食作用の機会が少なくなり、それ故、腐食作用に対する耐性が大きくなる。
【0009】
本発明において、耐熱金属とは、周期律表の第4族(チタン、ジルコニウム及びハフニウム)、第5族(バナジウム、ニオブ、タンタル)及び第6族(クロム、モリブデン、タングステン)の金属並びにレニウム並びに上記元素の合金(耐熱金属合金)を意味する。耐熱金属合金とは、当該元素を少なくとも50原子%有する合金を意味する。
【0010】
これらの材料は、なかんずく、高い使用温度において優れた形状安定性を有し、多くの溶融物に対して耐薬品性を有する。モリブデン及びモリブデン合金は、多くのガラス溶融物に対し極めて高い耐性を示す。この出願においてガラス溶融物とは、例えばケイ酸塩ガラス(例えば石英ガラス)、ホウ酸ガラス(例えばホウケイ酸ガラス)並びに酸化アルミニウムの溶融物などの酸化物材料の溶融物を意味する。
【0011】
この出願においてガラス溶融部材とは、ガラス溶融物と接触して使用される部材を意味する。
【0012】
これには、例えば、ガラス溶融電極、ガラス製造におけるタンクの被覆材又は溶融るつぼがある。石英ガラス又はサファイア単結晶製造用のるつぼは、特に重視する価値がある。
【0013】
本発明方法の適用により、表面縁部帯域における空隙率の減少とともに、圧縮応力が適用される縁部帯域の表面の平滑化も生じる。このようにして平滑化された表面は、ガラス溶融物による腐食作用の機会を低減させる。更に、ガラス溶融物における気泡の形成が減少させられる。
【0014】
本発明は、特に、残留空隙率を有する粉末冶金法で製造された部材への適用に好適である。本発明において、残留空隙率とは、部材中に存在する空孔の割合を意味するが、これは、製造過程で本体中に残るものであり、特に粉末冶金法により製造された部材において当てはまる。
【0015】
粉末冶金法による製造は、一般に、粉末混合物の押圧とこれに続く焼結を含んでいる。
【0016】
1つ又は複数の成形工程が焼結に続くことがある。賦形部品は、例えば、このように成形された半完成品から作ることができる。その例としては、鍛造及び/又は圧延された棒の長さを、主として切断で短くしたガラス溶融電極が挙げられる。
【0017】
半完成品を経由するガラス溶融部材の製造の別の例は、圧延金属板の曲げ、押出又は押圧により、るつぼを作ることである。
【0018】
粉末を押圧して、直接、将来の賦形部品の形状とし、続いて焼結して賦形部品を作ることも可能である。このようにして作られた賦形部品は、p/s(押圧/焼結:英語pressed/sinteredから)賦形部品と呼ばれている。p/s賦形部品は、一般にその焼結状態で、場合によっては所望の許容誤差を調整するための機械的加工後に、使用に供される。この意味で、最終形状に近い加工(英語では、near net shape manufacturing:ニア・ネット・シェイプ加工)という言葉も使われている。p/s賦形部品の典型的な相対密度は、92%〜97%で、残留空隙率3〜8%に対応する。押圧/焼結された部材は、通常、殆ど塑性変形をしない。
【0019】
多くの用途に対しては、押圧及び焼結により部材の最終形状を与える製造方法が極めて経済的な方法であるから、3〜8%の残留空隙率が許容可能である。このようにして、例えば、るつぼが良好に製造され得る。
【0020】
本発明方法によれば、ガラス溶融部材−残りの本体部分は残留空隙率を有するのだが−の表面縁部帯域が、緻密化され、表面縁部帯域の空隙率は減少する。
【0021】
圧延体による局所的圧縮応力の適用は、平滑圧延プロセスで行なわれると有利である。圧延体は、被加工材の表面に押し付けられ、重畳軌道により表面上を案内される。平滑圧延では、被加工材の縁部帯域は圧延体により塑性変形される。圧延体は、この場合、一般に被加工材に比して小さい。例えば圧延におけるような大量変形は行なわれない。変形は、表面近くの縁部帯域に留まっている。
【0022】
平滑圧延は、通常は、被加工材の粗さを低く設定し被加工材表面に残留圧縮応力を誘起することにより疲労特性を改良するために、使用される。
【0023】
平滑圧延は、残留空隙率を有するガラス溶融部材、有利には粉末冶金法で製造されたガラス溶融部材、への提案された適用において、残りの本体部分に残留空隙率を有するガラス溶融部材の表面縁部帯域における残留空隙率を減少させる作用をし、これによりガラス溶融部材は、ガラス溶融物により、攻撃されにくくなる。
【0024】
局所的圧縮応力の適用は、ショットブラストにより行なうことができる。ショットブラストによっても、表面縁部帯域の空隙率の減少が観察できるが、これは、平滑圧延の場合よりも浅いところまでである。
【0025】
局所的圧縮応力の適用により、緻密化された表面縁部帯域の空隙率は、有利には1%未満に減少させられる。緻密化された表面縁部帯域の空隙率は、好適には0%〜1%、特に好適には0.1%〜1%である。
【0026】
適用される局所的圧縮応力は、好ましくは耐熱金属の降伏点以上である。これにより、耐熱金属の表面縁部帯域における塑性変形が達成される。
【0027】
ガラス溶融部材は、縁部帯域の緻密化後に、好適には耐熱金属の再結晶温度を超える温度で、熱処理される。表面硬度の向上及び残留圧縮応力の導入が求められる平滑圧延との関係での教示とは全く反して、この有利な代替方法は、前以って縁部帯域が塑性変形したガラス溶融部材を耐熱金属の再結晶温度を超える温度で熱処理するという一見逆説的なルートを取る。再結晶温度を超える温度での熱処理は、いずれにしても、冷間固化により生じ得る硬度の上昇及び存在し得る残留圧縮応力を解消することになる。それ故、再結晶温度を超える温度での熱処理は、硬度の向上及び/又は残留圧縮応力の導入の目的で予め処理された部材に対しては、通常は実施されないであろう。
【0028】
しかし、出願人の実験によれば、再結晶温度を超える温度での熱処理は、その前に局所的圧縮応力の適用により緻密化されそれによって塑性変形を被った表面縁部帯域に、多大の粒子成長をもたらすことが判明した。これは、縁部帯域の塑性変形によりもたらされる粒子成長の促進力の向上により、説明できる。粗粒組織の有利な形成は変形の度合いが小さいところで生じる。何故なら、その場合には、再結晶の萌芽がごく僅かしか利用可能でないからである。
【0029】
この有利な代替方法により作られた縁部層における粗粒組織は、ガラス溶融物による腐食作用に対するガラス溶融部材の耐性を著しく改良する。粒界の数の減少により、部材中へのガラス溶融物の拡散は、より困難になる。
【0030】
再結晶温度を超える温度では、組織は、欠陥格子の解消及び粒子の新規形成により、変化する。公知のように、再結晶温度は変形度の関数であり、再結晶温度は、通常は、変形度の上昇に伴い低下する。その理由は、変形によりエネルギーが材料にもたらされ、このエネルギーが再結晶への駆動力として作用することにある。
【0031】
再結晶温度TRxxの基準値は、0.3T<TRxx<0.5Tである。Tは材料の融点(ケルビン)である。
【0032】
熱処理温度は、有利には、緻密化された縁部帯域の再結晶温度には到達するが残りの変形していない本体では再結晶が生じないように、設定される。
【0033】
耐熱金属の再結晶温度を超える温度での熱処理は、ガラス溶融部材の最初の使用時に行なわれると特に有利である。それにより、ガラス溶融部材を別個にアニーリングする必要は無くなり、粒子成長を促進する熱処理はインサイチュで行なわれる。これは、当該耐熱金属の個々の再結晶温度を超える使用温度、より厳密には、緻密化された縁部帯域における再結晶温度を超える温度、での適用に対して、実現され得る。サファイア単結晶成長及び石英ガラスの製造の用途に対して、これは常に当てはまる。ここでは、典型的な使用温度は2,000℃以上であり、従って、確実に関連材料の再結晶温度を超える。
【0034】
ガラス溶融部材全体を熱処理せずに縁部帯域のみを加熱することも考えられる。例えば誘導加熱により縁部帯域のみを加熱することもできよう。
【0035】
また、少なくとも部分的に、表面縁部帯域を有し、この帯域が、表面縁部帯域の下側にあり残留空隙率を有する本体部分に比べて、緻密化され空隙率が減少した耐熱金属から成るガラス溶融部材も本発明の対象である。
【0036】
ガラス溶融部材が粉末冶金法、好適には押圧及び焼結、により製造されると有利である。
【0037】
表面縁部帯域の空隙率は、0%〜1%、残りの本体の残留空隙率は3%〜8%であると有利である。表面縁部帯域の空隙率が0.1%〜1%であると特に有利である。
【0038】
表面縁部帯域の空隙率がその下側の本体部分の空隙率より少なくとも1.5パーセントポイント低いと有利である。換言すれば空隙率の差は、少なくとも1.5パーセントポイントとする。数値例を挙げれば下側の本体部分の空隙率が2.5%であれば、表面側の縁部帯域の空隙率は1%以下である。これは表面縁部帯域には、その下側の本体に比べて、空隙率に明白な差があるということである。
【0039】
表面縁部帯域は、ガラス溶融部材の使用時にガラス溶融物に曝されるガラス溶融部材の各領域に形成されると有利である。
【0040】
空孔の無い縁部帯域は、ガラス溶融部材の下側の本体部分よりも粗い粒子構造を有すると有利である。例えば表面縁部帯域における平均粒径は、その下側の本体部分よりも有利には少なくとも50%大きく、特に有利には少なくとも2倍の大きさにすることができる。表面縁部帯域の粗い粒子構造は、ガラス溶融物の腐食作用に対しより強い耐性を示す。これは粗粒組織における粒界の数が微粒組織におけるよりも少ないことにより明らかである。このようにして形成されたガラス溶融部材は、その下側の本体部分に微粒組織を有する。これに対し表面縁部帯域では、ガラス溶融部材は、ガラス溶融物による腐食作用に対して特に強い抵抗を示す粗粒組織を有する。
【0041】
好適には表面縁部帯域の平均粒径が40〜1,000μmの範囲、好ましくは100〜300μmの範囲、であるのに対し、その下側の本体部分の平均粒径は、例えば15〜40μmである。
【0042】
表面縁部帯域の深さは、好適には50μm〜1,000μm、有利には300μm〜500μmを有する。換言すれば、表面縁部帯域は、少なくとも50μmから1,000μmまで、有利には300μm〜500μmの距離だけ、ガラス溶融部材の本体に入り込む。
【0043】
表面縁部帯域は、好適には、その表面に0.30μm未満の粗さRa、有利には0.20μm未満、特に有利には0.15μm未満、のRaを有する。押圧/焼結された部材の未処理表面は、これに対して、典型的には0.70μmの粗さRaを有する。粗さが小さければ、表面の腐食作用に対する耐性が改良される。更に平滑な表面では気泡発生の核が少なくなるので、表面における気泡形成が減少させられる。
【0044】
有利な例では、ガラス溶融部材は、るつぼ、特に石英ガラス又はサファイア単結晶製造用のるつぼ、であり得る。本発明によるガラス溶融部材の上述の特性は、るつぼ用として特に有利である。これで作られた石英ガラス又はサファイア単結晶の品質が、改良されるとともに、るつぼの寿命は延長される。
【0045】
別の有利な例では、ガラス溶融部材はガラス溶融電極であり得る。この場合、本発明によるガラス溶融部材の特徴が特に発揮される。特に指摘すべきことは、このようにして形成されたガラス溶融電極の気泡発生が少ないことと寿命が延長されることである。
【0046】
ガラス溶融部材は、内壁にも外壁にも緻密化された表面縁部帯域を有すると有利である。この有利な実施形態では、ガラス溶融部材、特にるつぼ、の内壁及び外壁の両方が、表面縁部帯域において、機械的圧縮応力の適用により圧縮される。この変形例は、特に空洞を形成するガラス溶融部材、即ち、例えばるつぼ又はタンク、に適用される。このようにして得られたガラス溶融部材は、表面縁部帯域の下側にある本体部分に比較して、内壁でも外壁でも空隙率が減少した表面縁部帯域を有することになる。
【0047】
この変形例の特別な利点は、これにより外側も内側も緻密化された縁部帯域を備えたサンドイッチ構造が作られることである。再結晶後には、このようなガラス溶融部材は、内側及び外側両方の縁部帯域に粗粒組織を備えた組織を示す。これに対し、これらの間には、より小さい粒子を有する領域が残る。
【0048】
片側だけが緻密化された縁部帯域では、再結晶により、壁厚全体に亘って粒子が形成され得る。このようないわば壁を貫通する粒子又はその粒界は、ガラス溶融部材の気密性に関しては不利となり得る。再結晶に際しては、この実施形態では粒子が両側から互いに成長するので、外側及び内側で緻密化された縁部帯域により、ガラス溶融部材の壁厚全体に広がる粒界の発生を避けることができる。
【0049】
ガラス溶融物の収容又は処理用にガラス溶融部材を利用すると有利である。処理とは、例えば加熱、撹拌又は賦形を意味する。ガラス溶融物とは、酸化物材料の溶融物を意味する。
【0050】
[製造例]
押圧/焼結されたモリブデン製の円形粗材の上側及び下側の表面縁部帯域が、平滑圧延法で局所的圧縮応力の適用により、緻密化された。それぞれ、工具は、圧延体として、2つの球体寸法(直径φ6mm及びφ13mm)を有するセラミック製の圧延球体が使用された。圧延球体は、静水圧的に可変圧延圧力を適用し得る。
【0051】
表1に要約したように、押圧/焼結された円形粗材の各側面が1つの球体寸法で処理された。粗材側面毎に4つの異なる圧力(50、150、250、350バール)で試験された。素材の各側面に異なる圧延圧力を用いて同心部分の実験が行なわれた。
【0052】
表1:実験マトリックス
【表1】
【0053】
圧延圧力は流体静水圧力として圧延球体に作用し、球体直径及び表面における球体圧により、有効圧縮応力(球体圧の面積あたりの有効力)に変換される。有効圧縮応力の評価に必要な球体圧の面積を顕微鏡写真から求めることは、当業者によく知られている。次表には、φ6mmの圧延球体の例で決定した有効圧縮応力(面圧)の値が示されている。
【0054】
表2:φ6mmの圧延球体に対する圧延圧力及び有効圧縮応力
【表2】
【0055】
表2には、6mmの球体直径で約250バール以降の圧延圧力で既に1,000MPaを超える有効圧縮応力が生じ得ることが示されている。押圧/焼結されたモリブデンの降伏点と見做される0.2%オフセット降伏応力は、最大で約400MPaである。従って、及ぼされた圧縮応力は明瞭に材料の降伏点を超えている。
【0056】
有効圧縮応力は、球体が材料表面と接触する面積と逆比例する。圧延圧力が約250バール以降上昇すると、有効圧縮応力は、更にごく僅か増大する。
【0057】
次表には、加工済み円形粗材の粗さ測定の結果をまとめた。
表3:粗さ測定結果
【表3】
【0058】
測定距離5.6mmのMahr社の粗さ測定器MarsurfPS1が使用された。すべての値は個別測定であり、測定誤差は典型的には10%の範囲であった。処理前の初期状態は,“0バール”の行で示されており、0.70μmであった。表面の最良の平滑度はφ6mm球体による加工により与えられ(最小Ra0.11μm)、100〜200バールの範囲の圧力が良好と示された。φ13mm球体では、最小粗さはφ6mm球体のものより小さい圧力で達成されたが、しかしφ6mm球体で得られた粗さ以上であった。
【0059】
約200バール以降では、φ13mm球体では粗さは初期状態よりも悪化しており、350バールでは明らかに表面の破損に至っていた。
【0060】
圧延された表面の再結晶状態の検査のため押圧/焼結したMo円形粗材の試料が、それぞれの圧延圧力について採取された。これらの試料は、水素雰囲気中で1,700〜2,200℃の最高温度に加熱された。保持時間は2時間であった。組織変化は光学顕微鏡で横断面に基づいて分析された。ここでは、板状の試料(円形粗材)に対して述べたが、この方法は、ガラス溶融部材の任意の形状に適用可能である。
【0061】
本発明を以下に図面により詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0062】
図1図1a−bは、本発明によるガラス溶融部材の実施例の概略横断面図を示す。
図2図2a−bは、縁部帯域が緻密化された試料(局所的な空隙率を求めるためエッチングしていない。)の金属組織学的断面を示す。
図3図3a−dは、縁部帯域が緻密化され且つ熱処理された試料(粒径を求めるためエッチング済み。)の金属組織学的断面を示す。
図4図4a−bは、製法の概略説明図を示す。
【0063】
図1a及び1bは、本発明によるガラス溶融部材1の実施例の概略横断面図である。図1aでは、ガラス溶融部材1は、るつぼとして形成されている。このるつぼは、例えば、サファイア単結晶成長用に使用することができる。るつぼには、酸化アルミニウムが装填され、るつぼ内で溶融される。るつぼの材料は、典型的にはタングステン又はモリブデンである。るつぼの内壁表面縁部帯域2は、本発明によれば、機械的な圧縮応力の適用により緻密化され、これにより、表面縁部帯域2は、その下にあるガラス溶融部材1の本体部分3よりも低い空隙率を有する。表面縁部帯域2の緻密化は、有利には平滑圧延により行なわれる。平滑圧延では、圧延体が押し付けられ表面上を案内される。回転対称部材に対しては、これは例えば旋盤で行なわれる。
【0064】
押圧/焼結されたるつぼ(下側の本体部分3に相当する。)の相対密度は、例えば96%である。これは4%の空隙率に相当する。
【0065】
圧縮後の表面縁部帯域2の空隙率は、例えば0.02%である。表面縁部帯域2の圧縮により、このるつぼは、従来のるつぼよりも、酸化アルミニウム溶融物による腐食作用に対する耐性が著しく増大する。表面縁部帯域2のほぼ空孔のない組織は、残留空隙率を有する組織よりも溶融物の腐食作用に曝される表面が少ない。
【0066】
本発明による表面が緻密化されたるつぼは、緻密化された表面縁部帯域2の再結晶温度を超える温度で熱処理を施されると有利である。押圧/焼結されたるつぼの下側本体部分3は、製造過程で塑性変形を受けないので、下側本体部分3には、再結晶は全く生じないか又はごく僅かしか生じない。表面縁部帯域2における再結晶は、表面縁部帯域2に著しい粒子成長をもたらす。所望の粗粒組織に調製するための必要温度は、当業者により、実験で求めることができる。この場合、例えば熱処理は、種々の温度で実施される。最良の粗粒組織が調製される温度は、試料の金属学的評価により決定することができる。
【0067】
表面縁部帯域2に生じる組織は、その下側の本体部分3の組織よりも著しく粗い粒子を有する。表面縁部帯域2の粗粒組織は、ガラス溶融部材1の溶融物による腐食作用に対する耐性を更に高める。粒界は、常に腐食作用に対して弱点となるので、粗粒組織は微粒組織よりも腐食耐性が大きい。
【0068】
熱処理は、るつぼの使用時にインサイチュで行なうと有利である。サファイア単結晶成長用るつぼの典型的な使用温度は、2,000℃以上である。従って、るつぼの最初の使用時に所望の粗粒組織が形成され、別個に熱処理を実施しなくてもよい。
【0069】
図1bでは、ガラス溶融部材1がガラス溶融電極として形成されている。ガラス溶融電極は、ガラス溶融物中に直接通電することによりガラス溶融物の加熱を行なうものである。ガラス溶融電極は、典型的には鍛造及び/又は圧延されたモリブデン棒で製造される。棒材料の変形率が小さいことにより、例えば、ガラス溶融電極の残留空隙率は3%となり、これは97%の相対密度に相応する。
【0070】
本実施例によるガラス溶融電極では、緻密化された表面縁部帯域2が例えば0.02%の空隙率を有するのに対し、ガラス溶融電極の下側の本体部分3の空隙率は3%である。
【0071】
るつぼの実施例で説明したように、この場合も縁部帯域2の再結晶のための熱処理を実施すると有利である。
【0072】
この実施例によるガラス溶融電極は、ガラス溶融物による腐食作用に対し、従来のガラス溶融電極よりも著しく耐性がある。
【0073】
図2a−bは、押圧/焼結されたモリブデン円形粗材の表面縁部帯域2及びその下側の本体部分3のエッチングしない金属組織学的断面の光学顕微鏡写真を示すが、表面縁部帯域2は、φ6mmの球体による150バール又は250バールのロール圧力での平滑圧延により緻密化されたものである。
【0074】
表面縁部帯域2は、それぞれ、写真の左側部分にある。これらの写真により、表面縁部帯域2では、その下側の本体部分3に比較して空隙率が明らかに減少していることが分かる。次表は、図2a−bの試料における空隙率測定の結果を示す。
【0075】
表4:図2a−bの試料についての空隙率の測定結果
【表4】
【0076】
定量的評価によれば、縁部帯域2の空隙率は、150バールの圧延圧力では約0.4%、250バールの圧延圧力では約0.2%であった。下側の本体部分3の空隙率は、これに対し約4〜5%である。
【0077】
要約すると、図2a−b及び定量的組織解析から、押圧/焼結された試料の表面縁部帯域2に圧縮応力を適用することにより−この例では平滑圧延により−、空隙がほぼ完全に除去されることが分かる。緻密化された表面縁部帯域2の深さは、150バールの圧延圧力の試料では約200μm、250バールの圧延圧力の試料では約300μmである。
【0078】
空隙率の測定は、空隙の面積比率の定量的組織分析により行なわれた。この目的のため、光学顕微鏡撮影で白黒写真が作られ、画像処理プログラムにより、画像の代表的な部分における空隙の面積比率が測定された。
【0079】
図3a−dは、押圧/焼結されたモリブデンの表面縁部帯域2が緻密化された試料の、圧縮縁部帯域2及び下側の本体部分3の一部の横断薄片の光学顕微鏡写真である。薄片は粒界を可視化するためエッチングされた。
【0080】
縁部帯域2の緻密化パラメータは、圧延体としてφ6mmの圧延球体を使用して、50バール(図3a、3b)又は250バール(図3c、3d)であった。
【0081】
図3a及び3cは、熱処理前の機械的圧縮応力の適用による表面縁部帯域2の緻密化後の初期状態(“AZ”)を示す。熱処理前の初期状態では、表面縁部帯域2にもその下側の本体部分3にも微粒焼結組織が見られる。
【0082】
図3b及び3dは、2,100℃での熱処理による再結晶及び2時間の保持時間後の組織を示す。表面縁部帯域2の粒子構造の粗大化が明瞭にみられる。その下側の変形していない本体部分3には、微粒焼結組織が残っている。
【0083】
明瞭に読み取ることができるように個々の粒子は、強調表示されている。図3aの詳細部Aは、一例として、初期状態における表面縁部帯域2における粒子を示す。粒径は、約40μmである。図3bの詳細部Bは、2,100℃で熱処理された試料の表面縁部帯域2における粒子を示す。粒径は、約250μmである。その下側の変形されてない本体部分3の粒径は変化していない。これから、粒子の成長の原因となる再結晶は、表面縁部帯域2のみに生じ、この帯域には、機械的緻密化により、機械的変形の形で再結晶に対する推進力がもたらされたのは明らかである。
【0084】
粒径に関する定量的組織分析の結果を下表にまとめる。
表5:図3の試料の定量的組織分析結果
【表5】
【0085】
表5は、図3a−dに示された試料の定量的組織分析の結果を再現している。略語は以下を意味する。AZ:平滑圧延後の初期状態、KG:平均粒径、KZ:粒子数。μm表示の平均粒径、ASTMにより決定した粒径(ASTM数)及び粒子数は、ASTM E112−13規格により測定された。評価は、エッチングされた断面の光学顕微鏡写真に基づく線切断法により行なわれた。μmの粒径の測定の際の測定精度は、約5%である。
【0086】
熱処理後の縁部帯域2における粒径は、その下側の本体部分3の非変形組織に対してほぼ2倍であることが判明した。
【0087】
変形された表面縁部帯域2の再結晶温度を超える温度での熱処理は、従って、顕著な粒子の成長を生じる。粗粒組織の粒界の数が減少し且つ高温領域における不純物の拡散が主として粒界に沿って生じるので、粗粒の縁部帯域2は、粒界拡散の減少を生じる。粒界に沿った溶融物の拡散による腐食作用は、より困難になる。更に、縁部帯域2の粗粒組織は、このようにして製造されたガラス溶融部材1のクリープ耐性を改良する。
【0088】
結局のところ、縁部帯域2に極めて平滑な表面が生じるので溶融物中の酸化物により惹き起こされる気泡形成の可能性は低くなる。平滑な表面は、気泡の成長の発生の芽を少なくしている。
【0089】
この結果、このように製造されたガラス溶融部材1の特性が著しく改良される。
【0090】
局所的圧縮応力の適用による縁部帯域2の緻密化は、コスト的に有利であり、基本的にすべての耐熱金属材料に適用することができる。
【0091】
図4aは、本発明による製造方法の概略図である。図示の例では、ガラス溶融部材1は、るつぼである。下側の本体部分3に残留空隙率を有するガラス溶融部材1の表面縁部帯域2は、圧延体4による局所的圧縮応力の適用により緻密化され、表面縁部帯域2は、ほぼ無孔にされる。この方法は、球状の圧延体4を押し付けることにより実現される。
【0092】
ガラス溶融部材1は、その後、図4bに概略的に示すように、ガラス溶融部材1を形成する耐熱金属の再結晶温度を超える温度で熱処理される。この熱処理の結果、その前に変形された縁部帯域2に粗粒が形成される。
【0093】
従って、表面縁部帯域2に予め塑性変形が生じたガラス溶融部材1を耐熱金属の再結晶温度を超える温度で熱処理するという一見パラドックスな方法を選択している。再結晶温度を超える温度での熱処理により、いずれの場合も、冷間固化による硬度の上昇や残留圧縮応力が生じていても、これらが解消されることになる。しかしながら、従来技術では局所的圧縮応力の適用により、まさにこのことが、即ち硬度の上昇や残留圧縮応力の誘起が、意図されている。そのため、従来技術では、予め硬度の増加及び/又は残留圧縮応力の導入のために前以って処理された部材について再結晶温度を超える温度での熱処理は、実施されることはなかった。
【0094】
しかしながら、上述のようにこのような熱処理から生じる粗粒形成は、ガラス溶融物による腐食作用に対するガラス溶融部材1の耐性を改良する結果となる。
【符号の説明】
【0095】
1 ガラス溶融部材
2 表面縁部帯域
3 下側の本体部分
4 圧延体
AZ 初期状態
図1a
図1b
図2a
図2b
図3a
図3b
図3c
図3d
図4a
図4b