特許第6830266号(P6830266)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6830266NASH改善用組成物、NASH改善用食品組成物、NASH改善用飲料組成物、NASHから肝硬変への移行予防用組成物及びNASHから肝細胞癌への移行予防用組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6830266
(24)【登録日】2021年1月28日
(45)【発行日】2021年2月17日
(54)【発明の名称】NASH改善用組成物、NASH改善用食品組成物、NASH改善用飲料組成物、NASHから肝硬変への移行予防用組成物及びNASHから肝細胞癌への移行予防用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/07 20060101AFI20210208BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20210208BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20210208BHJP
   A61K 9/20 20060101ALI20210208BHJP
   A61K 9/48 20060101ALI20210208BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20210208BHJP
   A61K 9/16 20060101ALI20210208BHJP
   A61K 9/14 20060101ALI20210208BHJP
   A61K 9/06 20060101ALI20210208BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20210208BHJP
【FI】
   A61K36/07
   A61P1/16
   A61P35/00
   A61K9/20
   A61K9/48
   A61K9/08
   A61K9/16
   A61K9/14
   A61K9/06
   A23L33/10
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2018-567433(P2018-567433)
(86)(22)【出願日】2018年2月6日
(86)【国際出願番号】JP2018003958
(87)【国際公開番号】WO2018147260
(87)【国際公開日】20180816
【審査請求日】2019年8月6日
(31)【優先権主張番号】特願2017-20741(P2017-20741)
(32)【優先日】2017年2月7日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年8月9日、2016年度 越後白雪茸研究会総会 第7回 越後白雪茸研究会セミナー・研究報告会議で発表、平成28年8月31日、ウェブサイトにて公開 掲載アドレス:http://echigoshirayukidake.com/blog/archives/326 :http://echigoshirayukidake.com/blog/wp−content/uploads/2016/08/7b667228bbfb3b5daa91f04ca31f34b4.pdf
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-10011
(73)【特許権者】
【識別番号】503360159
【氏名又は名称】マイコロジーテクノ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101236
【弁理士】
【氏名又は名称】栗原 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100166914
【弁理士】
【氏名又は名称】山▲崎▼ 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 賢一
(72)【発明者】
【氏名】小西 徹也
(72)【発明者】
【氏名】古賀 祐介
【審査官】 原口 美和
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−190317(JP,A)
【文献】 国際公開第2004/097007(WO,A1)
【文献】 国際公開第2008/129996(WO,A1)
【文献】 佐藤眞治,越後白雪茸がもつ抗肥満効果,平成28年度越後白雪茸研究会 研究会議3発表内容PDF[オンライン],2016年,全文,[検索日 2018.03.06]インターネット:<URL:http://echigoshirayukidake.com/blog/wp-content/uploads
【文献】 渡辺賢一ほか,非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis:NASH)における越後白雪茸の効果,平成28年度越後白雪茸研究会 研究会議1発表内容資料[オンライン],2016年,(全文),[検索日 2018.03.06]インターネット:<URL:http://echigoshirayukidake.com/blog/wp-content/uploads
【文献】 佐藤眞治,越後白雪茸の抗肥満効果,平成27年度越後白雪茸研究会 研究報告1研究要旨[オンライン],2015年,(全文),[検索日 2018.03.06]インターネット:<URL:http://echigoshirayukidake.com/blog/wp-content/uploads
【文献】 WATANABE, T et al.,In Vitro and in Vivo Anti-oxidant Activity of Hot Water Extract of Basidiomycetes-X, Newly Identifie,Biological and Pharmaceutical Bulletin,2008年,Vol. 31, No. 1,pp. 111-117
【文献】 成人病と生活習慣病,2016年,Vol. 46, No. 9,pp. 1163-1170
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/07
A23L 33/10
A61K 9/06
A61K 9/08
A61K 9/14
A61K 9/16
A61K 9/20
A61K 9/48
A61P 1/16
A61P 35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とすることを特徴とするNASH改善用組成物。
【請求項2】
粉末、顆粒、錠剤、カプセル、溶液状及びゲル状から選択される何れかの形態であることを特徴とする請求項1に記載のNASH改善用組成物。
【請求項3】
バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とすることを特徴とするNASH改善用食品組成物。
【請求項4】
バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とすることを特徴とするNASH改善用飲料組成物。
【請求項5】
バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とし、NASHから肝硬変への移行を予防することを特徴とするNASHから肝硬変への移行予防用組成物。
【請求項6】
バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とし、NASHから肝細胞癌への移行を予防することを特徴とするNASHから肝細胞癌への移行予防用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NASH改善用組成物、NASH改善用食品組成物、NASH改善用飲料組成物、NASHから肝硬変への移行予防用組成物及びNASHから肝細胞癌への移行予防用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
古来きのこ類は、独特の風味や香りを有する食材として汎用されると共に、免疫力の向上、抗菌、体調リズムの調節、老化防止等の生理機能活性化作用等を有するとして、漢方薬又はある種の疾患の民間薬としても用いられてきた。また、きのこに関する薬効成分の研究も進歩してきており、抗菌・抗ウイルス作用、強心作用、血糖降下作用、コレステロール低下作用、抗血栓作用、血圧降下作用を示す成分が見出されている。
【0003】
本出願人は、新規なきのこであるバシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011(以下、「バシディオマイセテスX」という)の抽出組成物(以下、「バシディオマイセテスX抽出組成物」という。)について、以前に出願した(特許文献1参照)。バシディオマイセテスX抽出組成物は、多量の多糖類(β−D−グルカン)が含まれており、抗酸化力が高く、OHラジカル消去活性を有しているため、老化防止等の効能が期待できるものである。また、バシディオマイセテスX抽出組成物は、免疫調整効果を有しているため、免疫賦活剤等として用いて好適なものである。また、本出願人は、バシディオマイセテスX抽出組成物を用いた、アトピー性疾患の改善・予防に対して優れた効果を有するアトピー性疾患組成物についても、以前に出願した(特許文献2参照)。
【0004】
ところで、近年、世界的な食生活の欧米化にともない、脂肪を多量に含む食事の摂取量増加や、社会変化に由来する運動量の低下、ストレスの増大等が著しく、ヒト体内の脂肪蓄積レベルが危機的な社会問題にまでなっている。過剰に摂取された脂肪は、各組織に蓄積され様々な生活習慣病の主因となる。例えば、脂肪が過剰に蓄えられ、肥大化した内臓器官の脂肪細胞におけるサイトカイン分泌異常は、糖尿病や動脈硬化等、メタボリックシンドロームの大きな原因の一つとなっている。また、脂肪細胞の保持可能な脂肪量を超えると、その内臓器官に炎症が生じ、例えば肝臓の場合は脂肪性肝疾患等を生じる。
【0005】
また、脂肪性肝疾患の中で、飲酒歴が無い又は飲酒歴が乏しい(女性20g/日以下、男性30g/日以下)にもかかわらず、脂肪性肝疾患を発症する例が数多く見出され問題となっている。この疾患は、非アルコール性脂肪性肝疾患(non−alcoholic fatty liver disease:NAFLD)と呼ばれ、通常、単純性脂肪肝(simple steatosis)と、単純性脂肪肝に更に炎症や線維化を伴い予後不良と考えられている非アルコール性脂肪肝炎(Nonalcoholic steatohepatitis:NASH)との2種類に大別されている(非特許文献1参照)。これらのうちNASHは、肝硬変及び肝細胞癌に移行する例があることから、その対策は目下の緊急課題として極めて重要な位置づけが与えられている。
【0006】
NASHの症状は、メタボリック症候群の一つであると考えられているように、合併症として肥満、糖尿病、高脂血症、及び高血圧等の生活習慣病が認められている。人口の20%〜30%が脂肪肝であり、約3%がNASHを発症していると推察される欧米を始め、肥満者及び生活習慣病患者数の増大に伴い、今後世界的に脂肪肝炎患者が急増することが想定されている。
【0007】
NASHの臨床病態の主な特徴としては、アラニンアミノトランスフェラーゼ(Alanine transaminase:ALT)優位のトランスアミナーゼ活性の上昇や、ヒアルロン酸濃度等の繊維化マーカーの上昇等が挙げられるが、NASHの診断には、脂肪滴の沈着や炎症細胞浸潤、肝臓の線維化、肝細胞が風船のようにふくらむ風船様肝細胞の形成、といった病理所見を判別する肝生検が必要となるため、その診断は容易ではない。更に、肝硬変まで至った症例(Burn out NASH)では、脂肪滴そのものが消失してしまうことが一層診断を困難にさせている。
【0008】
従って、NASHは、他の疾患の除外が診断の助けになっているため早期診断が困難であり、適切な改善を受ける前に肝硬変、肝細胞癌等の致死性の疾患に進展してしまう。現在、NASHと診断された患者の30%は10年の経過で肝硬変に進展し、それらの半数が肝不全となっている。
【0009】
また、明確に有効性が確認された改善薬は未だ存在しないため、食生活の改善や運動療法による減量が、NAFLD又はNASHを改善するための第一選択とされている。並行して、インスリン抵抗性改善薬、ビタミンE等の抗酸化剤、肝庇護薬及びアンジオテンシンII受容体拮抗薬等、NASHの背景にある生活習慣病を標的とした薬剤治療が行われるケースもあるが、有効性よりも寧ろ長期投与による副作用の観点から忌避される傾向にある。それ故、投薬よりも安全性の高い食品又は食経験の豊富な天然物を利用したNASHの予防及び治療戦略が模索されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2004/097007号
【特許文献2】特開2007−109449号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】田中直樹、外1名、「肝臓」、2002年、第43巻、第12号、p.539−549
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1、特許文献2及び非特許文献1には、バシディオマイセテスXを、非アルコール性脂肪肝炎(以下、「NASH」という)の改善、又はNASHを予防することが可能な食品組成物や飲料組成物に応用することや、バシディオマイセテスXがNASHから肝硬変及び肝細胞癌への移行を予防することについては記載さておらず、その効果も実証されていない。
【0013】
本発明は、このような実情に鑑み、安全性が高く、しかも経口摂取しやすいバシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011を適用して、NASH改善用組成物、NASH改善用食品組成物、NASH改善用飲料組成物、NASHから肝硬変への移行予防用組成物及びNASHから肝細胞癌への移行予防用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決すべく誠意研究を重ねた結果、バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011が、安全性が高く経口摂取しやすい形態に加工することが可能であり、NASHを改善すると共に、NASHから肝硬変及び肝細胞癌への移行を予防する機能を有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
上記目的を達成する本発明の第1の態様は、バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とすることを特徴とするNASH改善用組成物にある。
【0016】
本発明の第2の態様は、粉末、顆粒、錠剤、カプセル、溶液状及びゲル状から選択される何れかの形態であることを特徴とする第1の態様に記載のNASH改善用組成物にある。
【0017】
本発明の第3の態様は、バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とすることを特徴とするNASH改善用食品組成物にある。
【0018】
本発明の第4の態様は、バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とすることを特徴とするNASH改善用飲料組成物にある。
【0019】
本発明の第5の態様は、バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とし、NASHから肝硬変への移行を予防することを特徴とするNASHから肝硬変への移行予防用組成物にある。
【0020】
本発明の第6の態様は、バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分とし、NASHから肝細胞癌への移行を予防することを特徴とするNASHから肝細胞癌への移行予防用組成物にある。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、安全性が高く、しかも経口摂取しやすいバシディオマイセテスXを適用して、NASH改善用組成物、NASH改善用食品組成物、NASH改善用飲料組成物、NASHから肝硬変への移行予防用組成物及びNASHから肝細胞癌への移行予防用組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】(a)〜(e)は各試験群の血液検査結果を示すグラフであり、(a)はALT濃度、(b)はAST濃度、(c)はAPL濃度、(d)はTC濃度、(e)はTG濃度をそれぞれ示す。
図2】(a)〜(c)は各試験群の各臓器量及び血糖値の測定結果を示すグラフであり、(a)は肝重量/体重、(b)は脾臓重量/体重、(c)は血糖値をそれぞれ示す。
図3】(a)〜(l)は各試験群の組織観察結果を示す写真であり、(a)〜(d)は肝臓像、(e)〜(h)はH&E染色した肝臓組織像、(i)〜(l)はMT染色した線維化領域像をそれぞれ示す。
図4】(a)〜(c)は各試験群におけるウエスタンブロッティングによる各タンパク質の発現量の測定結果を示すグラフであり、(a)はPPARα/GAPDH、(b)はPPARγ/GAPDH、(c)はCytochrome C/GAPDHをそれぞれ示す。
図5】(a)及び(b)は各試験群におけるウエスタンブロッティングによる各タンパク質の発現量の測定結果を示すグラフであり、(a)はSIRT1/GAPDH、(b)はGlut4/GAPDHをそれぞれ示す。
図6】(a)〜(c)は各試験群におけるウエスタンブロッティングによる各タンパク質の発現量の測定結果を示すグラフであり、(a)はp−NF−κB/NF−κB、(b)はIL−1β/GAPDH、(c)はIL−10/GAPDHをそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の抗NASH組成物は、バシディオマイセテスX乾燥粉末又はその抽出組成物を有効成分として含有する。
【0024】
ここで、本発明でいうバシディオマイセテスは、担子菌であり、嘴状突起(クランプ)は観察されるが、担子器形成能を有しないという特性を有しており、他の担子菌と区別される。即ち、培養しても、担子器を形成せずに、菌核(菌糸塊)を形成するだけである。かかるバシディオマイセテスは、菌を自然界から探索した結果得たものであり、単離し、バシディオマイセテスXとして独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) NITE特許生物寄託センター(NITE−IPOD)に寄託した(受託番号:FERM BP−10011)。
【0025】
このバシディオマイセテスXは、分生子を形成しない、即ち、無性世代を有しないものである。例えば、ポテトグルコース寒天培地で培養すると、培養菌糸は、クランプを有し、平滑であるが、分生子を形成せず、子実体を形成しない。コロニー表面の形状色調を観察すると、コロニー内に淡桃色菌糸塊を形成しており、植菌部位から同心円状に生長したコロニー内に複数の菌糸塊を形成した場合、菌糸塊相互は菌糸束により連結される。なお、コロニーの裏面の色調は淡桃色である。また、グルコース・ドライイースト寒天培地で培養すると、培養菌糸はクランプを有し、平滑であるが、分生子を形成せず、子実体を形成しない。コロニー表面の形状色調を観察すると、コロニー内に淡桃〜白色の菌糸塊を形成し、植菌部位を中心とするように厚さ5mm〜6mmの菌糸塊を形成している。なお、コロニーの裏面の色調は、淡桃〜白色である。
【0026】
バシディオマイセテスXの最適生育条件は、例えば、pH5.0〜6.0で、温度22℃〜26℃である。また、生育範囲は、例えば、pH4.0〜7.5で、温度5℃〜30℃である。
【0027】
また、バシディオマイセテスXは、上述した一般的な培養方法により培養でき、培養方法は特に限定されるものではない。例えば、適当な栄養源を添加して滅菌した寒天培地、おがくず培地、液体培地等に、培養済の菌株或いは種菌を無菌的に植菌し、適温条件下で培養することにより、バシディオマイセテスXの菌糸塊を得ることができる。なお、バシディオマイセテスXを培養すると、培養した環境に応じて菌糸塊を形成する。
【0028】
このようなバシディオマイセテスX菌糸塊を、必要に応じて乾燥し、この乾燥物を粉末(バシディオマイセテスX乾燥粉末)にすることにより、本発明の抗NASH組成物となる。或いは、前述の乾燥粉末を、顆粒、錠剤、カプセル、溶液状、ゲル状等にして抗NASH組成物としてもよい。
【0029】
また、バシディオマイセテスX抽出組成物を、本発明の抗NASH組成物の有効成分としてもよい。バシディオマイセテスX菌糸塊からの抽出方法は特に限定されない。例えば、バシディオマイセテスX菌糸塊から細胞内容物を効率よく抽出するには、好適には、必要に応じてバシディオマイセテスX菌糸塊を凍結する等して細胞壁に損傷を与えて解凍した後、ミキサー等により破砕し、エキス(バシディオマイセテスX抽出組成物)を抽出する。
【0030】
エキスの抽出溶媒も特に限定されないが、水、低級アルコール等、更には、酸、アルカリ、その他の添加剤を添加した抽出液を用いて常温又は加熱条件下、又は加圧下にて抽出する。一般的には、熱水で煮出して抽出するか、或いは、水又はアルコールやアルカリを添加した水と破砕物を混合した状態で、例えば、100MPa〜700MPa程度、好ましくは、300MPa〜600MPa程度加圧して抽出するのがよい。
【0031】
ここで、抽出方法の一例を説明する。まず、凍結しているバシディオマイセテスX菌糸塊を常温解凍し、ミキサーを用いて破砕し、破砕したバシディオマイセテスX菌糸塊と抽出溶媒である水との割合を、例えば、1:5程度とし、破砕バシディオマイセテスX菌糸塊50gをガラス瓶に入れ、水250mLを加えて蓋を締め、これを鍋の底にタオルを敷いた上に水を注ぎ、破砕バシディオマイセテスX菌糸塊の入ったガラス瓶を置いて加熱・沸騰させる。沸騰してから90分間加熱を継続し、冷却後固液分離し、抽出液(バシディオマイセテスX抽出組成物)及び残渣(バシディオマイセテスX抽出残渣)を得る。抽出液のpHは例えば、6.3〜6.5を示す。破砕したバシディオマイセテスX菌糸塊は、バシディオマイセテスX乾燥粉末に替えてもよく、例えば、この場合、適宜これを水溶媒中で、撹拌しながら4時間〜6時間静置培養し、その後、固液分離し、抽出液及び残渣(バシディオマイセテスX抽出残渣)を得ることができる。
【0032】
このように得た抽出液を、必要に応じて濃縮し、バシディオマイセテスX抽出組成物とする。なお、エキスの濃縮方法は特に限定されないが、例えば以下のように行う。
【0033】
得られた抽出液をビーカーに移し、加熱・蒸発させて濃縮する。このとき、抽出液は淡いベージュ色から褐色を呈するようになり、盛んに発泡をはじめるようになるが、更に蒸発・濃縮を継続し、例えば、pH4.9、密度1.25g/cmのタール状となった時点で、濃縮を終了させる。この濃縮エキスは、醤油様の芳香を発する。なお、この時点における、バシディオマイセテスX菌糸塊からの濃縮エキスの収率は平均12%である。このように得た濃縮エキスは冷却するに従い、粘性が非常に高まるため、濃縮終了と同時に保存容器に移す必要がある。また、保存容器に移した濃縮エキスは、そのまま冷却後、冷凍・凍結保存とするのが好ましい。
【0034】
このバシディオマイセテスX抽出組成物を、必要に応じて乾燥し、粉末、顆粒、錠剤、カプセル、溶液状、ゲル状等にしたものが、本発明の抗NASH組成物である。また、バシディオマイセテスX乾燥粉末を、本発明の抗NASH組成物としてもよい。なお、それらへの抗NASH組成物の含有割合は、用途に応じて適宜設定すればよく、特に限定されない。
【0035】
本発明の抗NASH組成物は、上記の粉末、顆粒、錠剤、カプセル、溶液状、ゲル状等から選択される何れかの形態でNASH予防用食品組成物やNASH予防用飲料組成物とすることができる。そして、必要に応じてこれらに加工を加えることにより、サプリメントや飲料等として提供することができる。なお、NASH予防用食品組成物及びNASH予防用飲料組成物中のバシディオマイセテスX乾燥粉末又はバシディオマイセテスX抽出組成物の含有割合は、必要に応じて適宜設定すればよく、特に限定されない。
【0036】
本発明の抗NASH組成物は、後述する実施例に示すように、NASHを改善することができ、また、肝硬変予防用組成物及び肝細胞癌予防用組成物は、NASHから肝硬変及び肝細胞癌への移行を予防することができる。このため、本発明の抗NASH組成物の投与によりNASHを改善することができ、また、肝硬変予防用組成物及び肝細胞癌予防用組成物の投与によりNASHから肝硬変及び肝細胞癌への移行を予防することができる。
【0037】
また、本発明の抗NASH組成物をNASHの予防及び治療に用いることができ、また、肝硬変予防用組成物及び肝細胞癌予防用組成物を肝硬変及び肝細胞癌の予防に用いることができる。このようなNASH治療方法、肝硬変予防方法及び肝細胞癌予防方法では、各組成物の摂取方法に特に制限はなく、NASHの程度やNASHに由来する諸症状等に合わせて有効量を適宜決定し、内服することができる。本実施形態では、日常生活において手軽に摂取可能であることから、経口摂取させることが好ましい。また、摂取条件としては、例えば、バシディオマイセテスX抽出組成物を乾燥して粉末化し、好ましくは200mg〜300mgの錠剤としたものを、1日1回〜3回、好ましくは3回経口摂取するNASH治療方法、肝硬変予防方法及び肝細胞癌予防方法が挙げられる。服用期間は特に限定されないが、長期間とすることが好ましく、例えば、8週間以上が好ましく、特に16週間以上が好ましい。或いは、バシディオマイセテスX乾燥粉末を用いる場合には、例えば、そのまま錠剤にしたものを摂取してもよいし、シロップ等の液体に溶解して摂取してもよい。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を、実施例及びバシディオマイセテスX乾燥粉末又はバシディオマイセテスX抽出組成物の製造例を参照しながら更に具体的に説明する。なお、製造例1〜4でバシディオマイセテスXの培養例を、製造例5でバシディオマイセテスXの乾燥例、製造例6でバシディオマイセテスX抽出組成物乾燥粉末の製造例を示す。
【0039】
(製造例1)
<菌糸塊からの分離>
(1)培地の調製
下記表1に示す配合で、PSA培地及びPDA培地を調製し、試験管又は三角フラスコに分注した後、シリコセン(又は綿栓)を施しオートクレーブにより121℃20分高圧蒸気滅菌した。その後、試験管の場合は、滅菌後熱いうちに傾斜させてスラント(斜面)培地とし、三角フラスコの場合は、そのまま静置してプレート(平面)培地とした。
【0040】
【表1】
【0041】
(2)菌糸塊からの分離
大きめのバシディオマイセテスX菌糸塊を手で割り、火炎滅菌したメスを冷却させてからバシディオマイセテスX断面より切片を切断し、火炎滅菌冷却後のピンセットで、(1)のPSA培地及びPDA培地スラントにバシディオマイセテスX切片を植菌した。なお操作は、無菌箱又はクリーンベンチ内の、無菌処理済み条件下で行った。
【0042】
(3)菌糸塊生産のためのAgar培地による培養
1cm角としたジャガイモ200gを、精製水を用いて煮沸後20分継続、冷却後、固液分離したジャガイモ浸出液、スクロース20g及びAgar1g(0.1%)に蒸留水を全量1Lとなるように加えて、Agar培地を調整した。なお、通常Agar培地は1.5〜2.0(培地1Lに対し、15g〜20g)のAgar添加するが、培養後の菌糸塊と、Agar培地の分離を容易にするため、また液体培地ではバシディオマイセテスXの切片が沈降しやすいため物理的強度を維持する目的で、0.1%添加することとした。この0.1%Agar培地を試験管に各5mLに分注し、シリコセンを施した後オートクレーブにより121℃20分間高圧蒸気滅菌した。その後、無菌処理済みの無菌箱内において、製造例1のスラントにおいて培養中のバシディオマイセテスX菌糸塊から切片を切除し、0.1%Agar培地に無菌操作により植菌した。24℃条件下でインキュベーターにおいて培養させたところ、24時間〜48時間後には発菌した。発菌後、24℃条件下で培養を継続すると、14日間でAgar培地上に菌糸が生育した。
【0043】
(製造例2)
<菌糸塊生産のためのおがくず培地による培養>
(1)種菌の培養
おがくず1L、脱脂ぬか15g、ふすま15g及びサンパール(菌糸活性剤・日本製紙製)5gに、水を加えて十分に攪拌し、培地を強く握って水がにじむ程度(湿式含水率70%程度)として、おがくず培地を調製した。この培地を三角フラスコに入れ、シリコセンを施した後、オートクレーブにより121℃40分高圧蒸気滅菌した。滅菌後24時間後に、製造例1のスラントにて培養中のバシディオマイセテスX菌糸を無菌箱内にて無菌操作によっておがくず培地に植菌した。なお、植菌は滅菌三角刀でスラントの一部を切除するようにし、菌糸にダメージを与えないよう行った。また、植菌の密度は、おがくず培地表面積の20%〜30%とした。24℃条件下で培養したところ3日後(遅くとも5日後)に発菌し、30日後には三角フラスコおがくず培地に菌糸が充満した。
【0044】
(2)菌糸塊の発生
(1)と同様にしたおがくず培地を調製し、この培地をポリプロピレン製ビンに入れ、フタをして、オートクレーブにより121℃40分高圧蒸気滅菌した。滅菌後24時間後、無菌処理済みの無菌箱内において無菌操作により、(1)で培養した種菌をポリプロピレン製ビンのおがくず培地に植菌した。なお、植菌の密度は、おがくず培地表面積がほぼ覆われる程度とした。24℃条件下で培養したところ、48時間後に発菌し、60日後にはポリプロピレン製ビン内のおがくず培地全体に菌糸が充満した。更に40日〜50日経過すると、ポリプロピレン製ビン内壁に菌糸が展開し、菌糸束を形成、更に培養を継続すると菌糸塊を形成した。
【0045】
(製造例3)
<バシディオマイセテスX乾燥粉末の製造>
菌糸の細胞壁に損傷を与え、細胞内容物が浸出することを容易にするため、製造例2で得られた生鮮バシディオマイセテスX菌糸塊を冷凍・凍結させ、凍結しているバシディオマイセテスX菌糸塊を常温解凍し、ミキサーを用いて破砕したものを乾燥して粉末に加工した(以下、「バシディオマイセテスX乾燥粉末」という)。
【0046】
(製造例4)
<バシディオマイセテスX抽出組成物乾燥粉末の製造>
製造例3で得られたバシディオマイセテスX乾燥粉末(乾燥重量4kg)を計りとり、水20Lを加えた後、適宜撹拌しながら4〜6時間静置培養した。その後、吸引濾過により固形物(以下、「バシディオマイセテスX抽出残渣」という)を除き、バシディオマイセテスX抽出組成物17.6kg(固形分:8.0%)を得た。最後に−40℃で予備凍結の後、凍結乾燥に供した(以下、バシディオマイセテスX抽出組成物乾燥粉末という)。
【0047】
(実施例1)
製造例4で得られたバシディオマイセテスX抽出組成物乾燥粉末を水に溶かし、1日の投与量が500mg/kg体重となるように調製したものを被験物とした。
【0048】
(1)使用動物と投与NASH治療方法
生後間もないC57BL/6系雌性マウス各個体を、非アルコール性脂肪性肝炎(以下、「NASH」という)を発症させていない健常(正常)群(n=5)(以下、「Normal群」という)、軽度のNASHを発症させた無治療群(n=5)(以下、「HFD−8W群」という)、重度のNASHを発症させた無治療群(n=8)(以下、「NASH群」という)、及び重度のNASHを発症させ5%バシディオマイセテスX抽出組成物乾燥粉末を投与したNASH改善群(n=6)(以下、「NASH+Mushroom群」という)群の4群に分けた。
【0049】
(2)NASHの誘導
健常群のマウスを除いて、生後およそ1週目にマウスあたり200μgのストレプトゾトシン(streptozotocin:STZ)を皮下注射した。何れの群も通常飼料による生後4週間の予備飼育後、健常食又は高脂肪食(日本クレア社製、日本)を各群、次のように摂餌させた。
【0050】
Normal群は、生後4週目から通常飼料を引き続き、12週に亘って自由摂取させて飼育を行った。HFD−8W群は、生後4週目に、通常飼料から高脂肪食に変更し、8週に亘って自由摂取させて飼育を行った。NASH群は、生後4週目に、通常飼料から高脂肪食に変更し、12週に亘って自由摂取させて飼育を行った。NASH+Mushroom群は、生後4週目に通常飼料から高脂肪食に変更し、12週に亘って自由摂取させて飼育を行った。NASH+Mushroom群は、バシディオマイセテスX抽出組成物乾燥粉末を水に溶解したものを被験物として、生後12週目から16週目までの5週間、1日の投与量が500mg/kg体重となるようゾンデにより一日一回、経口投与した。
【0051】
(3)血液検査
12週間又は16週間が経過した後に各試験群に対して一晩絶食をかけて空腹時採血を行い血液検査に供した。これらの結果を図1に示した。図1において、(a)〜(e)は各試験群の血液検査結果を示すグラフであり、(a)はALT濃度、(b)はAST濃度、(c)はAPL濃度、(d)はTC濃度、(e)はTG濃度をそれぞれ示す。
【0052】
ここで、計測項目であるアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(Aspartate transaminase:AST)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)及びアルカリホスファターゼ(Alkaline Phosphatase:ALP)は、いずれも肝臓組織中に存在し、細胞が傷害されると細胞外へ漏出するため(逸脱酵素)、これらの成分濃度は肝機能の状態を示す重要な指標となる。他に、総コレステロール(Total Cholesterol:TC)、中性脂肪(Triglyceride:TG)の計測を行った。
【0053】
また、図1における各数値は、平均値±標準誤差で表し、統計学的検討には一元配置分散分析法(one−way ANOVA, followed by Dunnett’s法)を用い、P値が0.05未満を有意とした。なお、後述する各試験(図2及び図4図6参照)においても、同様の分析法を用いて統計処理を行った。
【0054】
図1に示すように、NASH+Mushroom群の肝機能パラメータは、NASH群と比較してALT濃度、AST濃度、ALP濃度すべてにおいて有意に減少していた。また、NASH+Mushroom群ではTG濃度及びTC濃度がNASH群よりも低い傾向がみられた。
【0055】
(4)各臓器量及び血糖値の測定
上記(1)の各試験後に犠死させた後に解剖して各試験群の体重(Body weight:BW)に対する肝重量(Liver weight:LW)及び脾臓重量(Spleen weight:Sp)と血糖値を測定し、その測定結果を図2に示した。図2において、(a)〜(c)は各試験群の各臓器量及び血糖値の測定結果を示すグラフであり、(a)は肝重量/体重、(b)は脾臓重量/体重、(c)は血糖値をそれぞれ示す。
【0056】
図2(a)に示した通り、NASH+Mushroom群の肝重量/体重(以下、「LW/BW」という)は、NASH群と比較して減少傾向にあることが明らかになった。一方、図2(b)及び(c)に示した通り、NASH+Mushroom群の脾臓重量/体重(以下、「Sp/BW」という)及び血糖値は、NASH群と比較して有意に減少した。これらのことから、バシディオマイセテスX抽出組成物乾燥粉末の摂取によりSp/BW及び血糖値の増大が抑制されることが明らかになり、肝臓重量の減少傾向は肝腫大の改善を示唆し、脾臓重量の正常化は免疫系昂進の改善を示唆する。
【0057】
(5)組織観察
上記(4)の解剖時に肝臓を採取し、ヘマトキシリン・エオシン染色(以下、「H&E染色」という)及びマッソントリクローム(Masson trichrome)染色(以下、「MT染色」という)を行って肝臓組織を観察し、その結果を図3に示した。
【0058】
図3において、(a)〜(l)は各試験群の組織観察結果を示す写真であり、(a)〜(d)は肝臓像、(e)〜(h)はH&E染色した肝臓組織像、(i)〜(l)はMT染色した線維化領域像をそれぞれ示す。
【0059】
各試験群の肝臓像の結果において、図3(d)に示したNASH+Mushroom群の肝臓は、図3(a)に示したNormal群の肝臓形態と比較的近く、脂肪の沈着や炎症症状、肝細胞が風船のようにふくらむ風船様肝細胞及び肝細胞癌の形成等、NASH特有の病理所見が抑制された。一方、図3(b)に示したHFD−8W群の肝臓では脂肪肝を呈した。また、図3(c)に示したNASH群の肝臓では、特に図中の丸で囲った領域において、風船様肝細胞及び肝細胞癌の形成等、NASHに特有の諸症状を明らかに呈した。
【0060】
また、図3(e)〜(h)に示した通り、H&E染色像の結果から、NASH+Mushroom群の肝臓は、Normal群の肝臓形態と比較的近く、脂肪滴の沈着や炎症細胞の浸潤、風船様肝細胞及び肝細胞癌の形成等、NASH特有の病理所見が抑制された一方で、HFD−8W群の肝臓は脂肪肝を呈し、また、NASH群の肝臓は上記のNASH特有の諸症状が顕著に現れた肝臓組織像であった。特に、図3(g)に示したNASH群では脂肪滴がなくなっている箇所が垣間見られ、肝硬変まで至った症例(Burn out NASH)を彷彿とさせるまで症状が悪化した肝織像となった。なお、H&E染色においては、脂肪は染色されないため、細胞内の白く抜けている部分が脂肪である。
【0061】
更に、図3(i)〜(l)に示した通り、MT染色の結果から、NASH+Mushroom群の肝臓は、肝臓の線維化が顕著に抑制され、Normal群の肝臓形態に比較的近い状態にまで改善したが、HFD−8W群及びNASH群の肝臓切片上においては不可逆性の線維化を生じていることが観察された。特に、図3(k)に示したNASH群では肝臓の線維化が顕著であった。
【0062】
これらのことは、図3(a)〜(l)に示すように、バシディオマイセテスXがNASH特有の病理所見である脂肪滴の沈着や炎症細胞浸潤、肝臓の線維化、風船様肝細胞及び肝細胞癌の形成を抑制・改善すること、即ち、NASHから肝硬変及び肝細胞癌への移行を予防する機能を有することを強く示唆する。
【0063】
(6)ウエスタンブロッティング
上記(2)の解剖時に採取し肝臓組織をポリトロンで処理し、BCA(bicinchoninicacid)法によりタンパク質の定量を行った。その後、2×sample bufferを加えてウエスタンブロッティングの試料とした。各試料中の総タンパクを10%SDS−polyaclylamidegel electrophoresis (SDS−PAGE)ゲルを用いて150V、50分で電気泳動し、10V、60分でニトロセルロース膜に転写した。転写後、この膜のバンドをPoncean Sで染色し確認した後、PBSで洗浄し、5%BSAを用いて1時間blockingを行った。
【0064】
一次抗体として、ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(Peroxisome Proliferator−Activated Receptor:PPAR)α(1:1000)、 PPARγ(1:1000)、シトクロムC(Cytochrome C:cyt c)(1:1000)、サーチュイン(Sirtuin:SIRT)1(1:1000)、グルコーストランスポーター4(Glucose transporter type 4:Glut4)(1:1000)、核内因子κB(nuclear factor‐kappa B:NF−κB)(1:1000)、活性化NF−κB(Phospho‐NFκB:p−NF−κB)(1:1000)、インターロイキン−1β(Interleukin‐1β:IL−1β)(1:1000)、(Interleukin‐1β:IL−10:IL−10)(1:1000)、及び内部標準であるグリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(glyceraldehyde−3−phosphate−dehydrogenase:GAPDH)(1:8000)を4℃の冷蔵室で一晩反応させた。
【0065】
翌日、1×TBS・Tween20で洗浄した後、適宜、二次抗体としてanti−rabbit(1:10000)、anti−mouse(1:10000)、又は、anti−goat(1:10000)を室温で1時間反応させた。イムノスターLDを用いてC−DiGitブロットスキャナー(エムエステクノシステムズ社)で、それぞれのタンパク質の発現量を測定した。p−NF−κBの発現量は、対応するNF−κBで除することにより、また、PPARα、PPARγ、Cytochrome C、SIRT1、Glut4、IL−1β、IL−10の発現量は、対応するGAPDHの発現量で除することにより、それぞれ群間比較し、これらの結果を図4図6に示した。
【0066】
図4において、(a)〜(c)は各試験群におけるウエスタンブロッティングによる各タンパク質の発現量の測定結果を示すグラフであり、(a)はPPARα/GAPDH、(b)はPPARγ/GAPDH、(c)はCytochrome C/GAPDHをそれぞれ示す。図5において、(a)及び(b)は各試験群におけるウエスタンブロッティングによる各タンパク質の発現量の測定結果を示すグラフであり、(a)はSIRT1/GAPDH、(b)はGlut4/GAPDHをそれぞれ示す。図6において、(a)〜(c)は各試験群におけるウエスタンブロッティングによる各タンパク質の発現量の測定結果を示すグラフであり、(a)はp−NF−κB/NF−κB、(b)はIL−1β/GAPDH、(c)はIL−10/GAPDHをそれぞれ示す。
【0067】
PPARは、ステロイドホルモン受容体スーパーファミリーに属する核内受容体のひとつであり、α、β、γの3型が存在する。PPARαは特に肝臓や心臓、消化管等、脂肪酸酸化の盛んな臓器に多く存在する。肝臓については、PPARの活性化を通じたペルオキシソームの増殖により、極長鎖脂肪酸のβ酸化や胆汁酸合成を始め、肝臓の様々な遺伝子の発現や酵素活性、代謝状態が急速且つ劇的に変化することが知られている。
【0068】
図4(a)に示すように、NASH+Mushroom群におけるPPARαの発現量が、HFD−8W群、NASH群それぞれのものと比較していずれも有意に増大した。このことは、バシディオマイセテスXの投与により脂肪酸のβ酸化や胆汁酸合成等脂質代謝が昂進していることを示唆する。このことは一方で、図1(d)及び(e)に示した血中脂質(TC及びTG)の改善傾向に寄与している可能性が示唆される。
【0069】
また、脂肪細胞の分化に関与する蛋白質の一つであるPPARγは、肥満時の肝臓(脂肪肝)においても発現が上昇することが知られている(『田中直樹、外1名、「信州医誌」、2008年、第56巻、第6号、p.347−358』参照。図4(a)に示すように、バシディオマイセテスXの投与により、NASH+Mushroom群におけるPPARγの発現量が、HFD−8W群、NASH群それぞれのものと比較していずれも改善する傾向が見られた。
【0070】
図5に示すように、HFD−8W群、NASH群と比較して、NASH+Mushroom群では、SIRT1及びGlut4の発現量が改善傾向にあることが示された。SIRT1及びGlut4の活性化はインスリン抵抗性を改善することが知られていることから、図2(c)に示したNASH+Mushroom群における血糖値の改善が、SIRT1及びGlut4の活性化を介したインスリン抵抗性の改善によるものであることが示唆される。
【0071】
更にまた、未だ議論の余地はあるものの、遺伝子修復系の活性化を介して腫瘍抑制因子として作用する可能性が示唆されている(『大田秀隆、「日本老年医学会雑誌」、2010年、第47巻、第1号、p.11−16』参照)。このことは、本発明が、NASHを改善すること、特にNASHから肝硬変及び肝細胞癌への移行を予防する機能を有することとの関連を示唆する。
【0072】
図6(a)に示すように、NASH+Mushroom群におけるp−NF−κB/NF−κBの発現量がHFD−8W群と比較して有意に減少した。NF−κBが炎症のマスターレギュレーターとして炎症惹起に深く関与することから、その活性化の抑制は、肝臓における炎症状態の改善を示唆する。他方、先に述べたPPARαの増大がNF−κBの活性を競合阻害することにより抗炎症作用を示すことは、本発明によるNASH改善効果がPPARαの増大に起因するNF−κBの活性化抑制を介した抗炎症作用に基づくものとして説明し得る。また、図6(b)及び(c)に示すように、NASH+Mushroom群におけるIL−1β/GAPDHやIL−10/GAPDHの発現量がNormal群と比較して減少傾向にあることから、肝臓における炎症状態の改善の可能性を示唆する。
【0073】
以上より、実施例1で得られたバシディオマイセテスX抽出組成物乾燥粉末を経口摂取することにより、主としてPPARα、NF−κB、及びSIRT1発現量制御を介した(1)肝臓組織修復効果、(2)肝臓組織における脂肪代謝の改善効果、(3)高血糖症状の改善効果、(4)脂肪滴の沈着、炎症細胞の浸潤、風船様肝細胞、及び肝細胞癌抑制作用が明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の抗NASH組成物は、以上で説明した通り、食生活の改善や運動療法による減量等の過重負荷を避けると共に、NASH背景にある生活習慣病を標的とした薬剤の長期投与による副作用を懸念することなく、安全性の高い食品又は食経験の豊富な天然物由来の組成物である。これを摂取することにより、NASHの改善が期待できる。また、NASH予防用食品組成物及びNASH予防用飲料組成物を、例えば日常生活で使用可能なサプリメント等の食品や飲料に含有して長期間経口摂取させるのみという安全かつ簡便なものである。
【0075】
更に、本発明の抗NASH組成物や肝硬変予防用組成物及び肝細胞癌予防用組成物の摂取により、主としてPPARα、NF−κB、及びSIRT1発現量制御を介した(1)肝臓組織修復効果、(2)肝臓組織における脂肪代謝の改善効果、(3)高血糖症状の改善効果、(4)脂肪滴の沈着、炎症細胞の浸潤、風船様肝細胞、及び肝細胞癌等NASH特有の病理所見の抑制作用に基づき、NASHを改善する作用、特にNASHから肝硬変及び肝細胞癌への発症を予防する作用が期待できる。
【受託番号】
【0076】
バシディオマイセテスX(Basidiomycetes−X)FERM BP−10011
【0077】
図1
図2
図3
図4
図5
図6