(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.表面被覆切削工具の構成
表面被覆切削工具は、工具基体の表面に、Cr(クロム)とAl(アルミニウム)とV(バナジウム)の複合窒化物からなる単層の被覆層を有する。複合窒化物は、組成式:Cr
aAl
bV
cNで表した場合に、
0.11≦a≦0.26
0.73≦b≦0.85
0<c≦0.04
a+b+c=1
(但し、a、b、cはいずれも原子比)を満足することを特徴とする。
なお、「単層の被覆層」とは、実質、同一の元素により構成された被覆層の事であり、SEM(走査型電子顕微鏡)による観察で、構成元素の違いを伴う界面が観察されない被覆層を意味する。
【0016】
(1)工具基体
工具基体としては、切削工具の分野において従来から広く用いられてきたものを適宜用いることができ、特に限定されない。例えば、工具基体として、超硬合金、サーメット、立方晶型窒化硼素焼結体、セラミックス(炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、炭化珪素、炭化チタン、及びそれらの複合材料等)、ダイヤモンド焼結体が好適に例示される。超硬合金として、WC−Co系合金、WC−TiC−Co系合金、WC−TiC−TaC−Co系合金等のWC基超硬合金を例示できる。
【0017】
(2)表面被覆切削工具の種類
表面被覆切削工具は、切削加工に用いられる従来公知の様々な切削工具に適用することができる。表面被覆切削工具として、旋削加工用又はフライス加工用刃先交換型チップ(切削インサート、スローアウェイチップ)、ドリル、エンドミル、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップを好適に例示できる。
ここで、表面被覆切削工具の一例について、
図1、2を参照しつつ説明する。ここでは、表面被覆切削工具としての溝入れ加工用工具(切削インサート)1を示している。溝入れ加工用工具1は、側面視で略平行四辺形状をなしている。溝入れ加工用工具1は、角部1Aが突出している。溝入れ加工用工具1は、ホルダー3にねじ止めされ、交換可能とされている。
【0018】
(3)被覆層
表面被覆切削工具における被覆層は、工具基体の表面に形成されている。被覆層は、CrとAlとVの複合窒化物からなる単層とされている。複合窒化物は、組成式:Cr
aAl
bV
cNで表した場合に、下記の関係式を満たしている。
0.11≦a≦0.26
0.73≦b≦0.85
0<c≦0.04
a+b+c=1
【0019】
上記組成式におけるa、b、cが下記の関係式を満たしていることが好ましい。
0.19≦a≦0.26
0.73≦b≦0.80
0<c≦0.03
a+b+c=1
【0020】
a、b、cが上記の関係式を満たしている場合には、表面被覆切削工具の耐溶着性及び耐摩耗性が向上する。
なお、「b<0.73」であると、被覆層が、立方晶の単一相になり、六方晶の特性を発揮することが困難となる。他方、「0.85<b」であると、被覆層が、六方晶が主相になり、立方晶の特性を発揮することが困難となる。よって、「0.73≦b≦0.85」とすることで、単層の被覆層に、立方晶及び六方晶を混在させて、被覆層に立方晶及び六方晶の優れた特性を発揮させることができる。
【0021】
また、被覆層では、「0<c」とされており、V成分は必須とされている。Vを添加することで被覆層と被削材の摺動性を向上させることができる。Vは酸化開始温度が低く、優先的に酸素を吸着しV
2O
5を形成する。V
2O
5には被覆層と被削材の滑りを良好に保つ効果が期待される。しかし、「0.04<c」となると、V
2O
5の効果が支配的となり、被覆層の硬度、及び耐熱性の低下をもたらす傾向にある。よって、「0<c≦0.04」とすることで、被覆層の硬度、及び耐熱性を維持した状態で、被削材の滑りを良好に保つことができる。
【0022】
CrとAlとVの複合窒化物からなる単層の被覆層の厚みは、特に限定されない。この単層の被覆層の厚みは、十分な耐溶着性及び耐摩耗性を確保する点から、好ましくは0.5μm以上であり、より好ましくは0.8μm以上であり、特に好ましくは1.5μm以上である。なお、被覆層の厚みは、通常10μm以下である。
被覆層の厚みは、表面被覆切削工具を切断し、その断面をSEMにより観察して測定することができる。
【0023】
単層の被覆層には、六方晶と立方晶とが混在している。六方晶と立方晶とが混在していることについては、単層の被覆層のX線回折により確認することができる。
図3にCu−Kα線を用いたX線回折装置を用いて測定したX線回折の測定結果の一例を示す。
図3の横軸は、ピーク位置の回折角2θである。縦軸は、回折強度である。立方晶の(111)面、立方晶の(200)面、六方晶の(100)面のピークは、それぞれ下記の位置に観察される。これらの位置でのピークの有無により、六方晶と立方晶の存在を確認することができる。本実施形態では、六方晶及び立方晶が混在していることから、六方晶及び立方晶のいずれのピークも観察される。
・立方晶の(111)面のピーク…37.7°
・立方晶の(200)面のピーク…43.8°
・六方晶の(100)面のピーク…32.6°
【0024】
本実施形態
の一態様では、単層の被覆層をX線回折で測定し、立方晶の(111)面のピーク強度をIAとし、六方晶の(100)面のピーク強度をIBとした際に、ピーク強度比(IA/IB)の値が以下の範囲である。すなわち、ピーク強度比(IA/IB)の値が、1.5以上5.8以下であ
り、5.5以上5.8以下であることがより好ましい。
ピーク強度比(IA/IB)の値は、六方晶に対する立方晶の存在比率を表し、1.5未満では六方晶の影響が支配的となり、被覆層硬度が低下する傾向にあり、耐溶着性は向上するが、耐摩耗性が劣化してしまうおそれがある。
他方、5.8より大きいと、立方晶の影響が支配的となり、被覆層硬度が上昇し、耐摩耗性は向上するが、耐溶着性が劣化してしまうおそれがある。
ピーク強度比(IA/IB)の値が1.5以上5.8以下の範囲であれば、耐溶着性及び耐摩耗性を併せ持った被覆層、すなわち、立方晶と六方晶の優れた特性をもつ被覆層となる。
【0025】
本実施形態
の他の態様では、単層の被覆層をX線回折で測定し、立方晶の(200)面のピーク強度をICとした際に、ピーク強度比(IA/IC)の値が0.9以上であ
り、、1.6以上であることがより好ましい。なお、ピーク強度比(IA/IC)の値の上限値は、通常5.0である。
ピーク強度比(IA/IC)の値は、立方晶(200)に対する立方晶(111)の強度比率を規定するものである。無配向の被覆層の上記の比率は0.9程度であり、0.9以上とすることで、耐欠損性を向上させることができる。
【0026】
(4)CrとAlとVの複合窒化物からなる単層の被覆層以外の被覆層
本実施形態の表面被覆切削工具には、CrとAlとVの複合窒化物からなる単層の被覆層以外の被覆層(以下、「他の被覆層」という)を有していてもよい。
他の被覆層としては、特に限定されないが、例えば、TiN、TiCN、TiAlN、CrAlN、が好適に例示される。他の被覆層の厚みは、特に限定されない。他の被覆層は、CrとAlとVの複合窒化物からなる単層の被覆層よりも、内側(工具基体側)に位置してもよいし、外側に位置してもよい。また、他の被覆層の層の数は特に限定されず、単層、複層のいずれであってもよい。また、他の被覆層が複層である場合には、同一組成の層が積層されていてもよいし、異なる組成の層が積層されていてもよい。
【0027】
(5)実施形態の表面被覆切削工具の効果
本実施形態の表面被覆切削工具では、CrとAlとVの複合窒化物からなる単層の被覆層内に六方晶と立方晶が混在している。この単層の被覆層は、従来技術(上述の特許文献1)の積層膜と比較して硬質であり、被覆層のパフォーマンス低下を引き起こしにくいと考えられ、切削性能の向上につながると推測される。
本実施形態の表面被覆切削工具では、被削材と工具表面の親和性を低減することにより、すなわち、被覆層中の鉄系元素を減らすことにより、耐溶着性能が既存品より向上する。また、Al、Cr、Vの量を制御することで、立方晶と六方晶を混相させ被覆層の特性を向上させることができる。
被覆層にVを添加することで、被覆層と被削材の摺動性を向上させることができる。Vは酸化開始温度が低く、優先的に酸素を吸着しV
2O
5を形成する。V
2O
5には被覆層と被削材の滑りを良好に保つ効果が期待される。
(111)配向をさせること、すなわち、ピーク強度比(IA/IC)の値を0.9以上とすることで、耐欠損性能や、耐チッピング性能が向上し、工具寿命が延長する。ここで、耐チッピング性能とは、工具が細かく欠けにくい性能をいう。
【0028】
2.表面被覆切削工具の製造方法
表面被覆切削工具の製造方法は特に限定されない。例えば、アークイオンプレーティング蒸発法により、工具基体の表面に、CrとAlとVの複合窒化物からなる単層の被覆層を形成することができる。この製造方法において、表面被覆の形成条件を制御することによって所望の表面被覆切削工具を得ることができる。本実施形態では、工具基体の表面に形成される、CrとAlとVの複合窒化物からなる被覆層は単層であるため、この被覆層の形成には1種類のターゲット(蒸発源)が用いられる。ターゲットとしては、Al、Cr、及びVを含有する合金製ターゲットを用い、反応ガスとして窒素ガスを用いる。
【実施例】
【0029】
実施例により本発明を更に具体的に説明する。
【0030】
1.表面被覆切削工具の作製
工具基体として、グレードがJIS規格K種の超硬合金、チップ形状が溝入れ加工用のものを用いた。工具基体を、カソードアークイオンプレーティング装置に設置した。
真空ポンプによりチャンバー内を減圧するとともに、装置内に設置されたヒーターにより工具基体を温度500℃に加熱し、チャンバー内の圧力が4.0×10
−3Paとなるまで真空引きを行った。次に、アルゴンガスを導入してチャンバー内の圧力を1.0Paに保持し、基体バイアス電源の電圧を徐々に上げながら、−350Vとし、工具基体の表面のクリーニングを20分間行った。その後、アルゴンガスを排気した。
次いで、上記装置にAl、Cr、及びVを含有する合金製ターゲットをセットし、反応ガスとして窒素ガスを導入しながら、基体温度500℃、反応ガス圧1.0Pa、基体バイアス電圧を−30Vに維持したまま、カソード電極に100Aのアーク電流を供給し、アーク式蒸発源から金属イオンを発生させ、刃先に1.5μmの被覆層を形成した。本発明には磁力線が被処理体まで伸び、被処理体近傍における成膜ガスのプラズマ密度が従来の蒸発源に比べ格段に高いことを特徴とする蒸発源を用いた。比較例1〜4の表面被覆切削工具は、前記の被覆条件を適宜調整することで製造した。
このようにして、下記表1に示す、実施例1〜4、比較例1〜4の表面被覆切削工具を得た。得られた表面被覆切削工具の被覆層を、Cu−Kα線を用いたX線回折装置(リガク製のRINT−TTR3)にて測定した。
なお、実施例1〜4、比較例1〜4では、合金製ターゲットのAl、Cr、及びVの含有割合を調整することにより、表面の被覆層の組成及び結晶相を下記の表1のように調整した。
【0031】
2.耐摩耗性試験
各表面被覆切削工具を用いて、以下の条件による突切り加工を行い、300pass後の刃先の前逃げ摩耗幅を測定した。切削条件は、被削材をSUS304(Φ20)とし、切削速度60m/min、送り量0.05mm/revとした。
【0032】
3.試験結果
試験結果を表1に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
被覆層の組成式Cr
aAl
bV
cNにて、「0.11≦a≦0.26」、「0.73≦b≦0.85」、「0<c≦0.04」の全てを満たす実施例1〜5は、比較例1〜4と比べて、摩耗幅が小さく、耐摩耗性が向上したことが確認された。
また、実施例1〜4は、溶着剥離によるチッピングがほとんど起きていないことが確認された。
比較例1は、Alの含有量が少ないため、立方晶の単一相となった。このため、六方晶の特性を発揮できないことから耐溶着性が劣り、溶着剥離が起こってチッピングにより摩耗が進行した。
比較例2は、Alの含有量が多いため、六方晶の影響が強くなり、摩耗が進行した。
比較例3は、従来のCrAlNからなる被覆層の場合を示している。比較例3では、Vが含有されておらず、しかもAlの含有量が比較的少ないため、立方晶の単一相となった。このため、六方晶の特性を発揮できないことから耐溶着性が劣り、溶着剥離が起こってチッピングにより摩耗が進行した。
比較例4は、Vの含有量が多いため、六方晶の影響が強くなり、摩耗が進行した。また、比較例4は、耐熱性が劣っていた。
【0035】
次に、ピーク強度比(IA/IB)の値について検討する。実施例1〜5は、いずれもピーク強度比(IA/IB)の値が1.5以上5.8以下となっており、摩耗幅が小さいことが確認された。
他方、比較例1、3は、立方晶のみであるから、ピーク強度比(IA/IB)の値は計算できない。また、比較例2、4は、ピーク強度比(IA/IB)の値が1.5未満となっており、摩耗幅が大きいことが確認された。
以上の結果から、ピーク強度比(IA/IB)の値が1.5以上5.8以下の場合には、耐溶着性及び耐摩耗性を併せ持った被覆層であることが確認された。
【0036】
次に、ピーク強度比(IA/IC)の値について検討する。実施例1〜5は、いずれもピーク強度比(IA/IC)の値が0.9以上となっており、摩耗幅が小さいことが確認された。
他方、比較例1、3は、ピーク強度比(IA/IC)の値が0.9未満となっており、摩耗幅が大きいことが確認された。なお、比較例2、4は、ピーク強度比(IA/IC)の値が0.9以上であるが、被覆層の組成が本発明の範囲外である。
以上の結果から、ピーク強度比(IA/IC)の値が0.9以上の場合には、耐溶着性及び耐摩耗性を併せ持った被覆層であることが確認された。
【0037】
ここで、実施例1と実施例3とを詳細に比較検討する。実施例1と実施例3は、ピーク強度比(IA/IB)の値については、近似している。しかし、実施例1のピーク強度比(IA/IC)は、「0.9」であり、実施例3の「1.6」に比べて、小さい。摩耗幅を比較すると、実施例3の方が実施例1よりも小さい。このように検討すると、ピーク強度比(IA/IC)が1.6以上であると、耐摩耗性が極めて良好であることが確認される。
【0038】
4.実施例の効果
本実施例によれば、低炭素鋼、ステンレス材料、ダクタイル鋳鉄等の刃先に被削材が溶着しやすい材料の切削において、耐溶着性及び耐摩耗性の向上が図れる。よって、長寿命の表面被覆切削工具を提供することができる。
本実施例では、CrとAlとVの複合窒化物からなる単層の被覆層内に六方晶と立方晶が混在している。この単層の被覆層は、従来技術(上述の特許文献1)の積層品や、立方晶単層品と比較して、耐溶着性に優れており、溶着に起因する工具損傷を軽減することができる。
さらに、ピーク強度比(IA/IC)の値を0.9以上とすることで、耐欠損性に優れた被覆層となり工具寿命を延長できる。
【0039】
<他の実施形態(変形例)>
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能である。
【0040】
(1)上記実施形態では、溝入れ加工用工具を一例として説明したが、本発明は、切削加工に用いられる様々な切削工具に適用することができる。