(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6831254
(24)【登録日】2021年2月1日
(45)【発行日】2021年2月17日
(54)【発明の名称】耐酸露点腐食性に優れる溶接鋼管およびその製造法並びに熱交換器
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20210208BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20210208BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20210208BHJP
B23K 13/00 20060101ALI20210208BHJP
C21D 1/18 20060101ALI20210208BHJP
C21D 1/26 20060101ALI20210208BHJP
C21D 1/42 20060101ALI20210208BHJP
C21D 9/08 20060101ALI20210208BHJP
C21D 9/50 20060101ALI20210208BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/60
B23K31/00 B
B23K13/00 A
C21D1/18 M
C21D1/26 A
C21D1/42 C
C21D9/08 F
C21D9/50 101A
【請求項の数】9
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-14922(P2017-14922)
(22)【出願日】2017年1月30日
(65)【公開番号】特開2017-186650(P2017-186650A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2019年8月28日
(31)【優先権主張番号】特願2016-67104(P2016-67104)
(32)【優先日】2016年3月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592260572
【氏名又は名称】日鉄めっき鋼管株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】藤原 進
(72)【発明者】
【氏名】片桐 幸男
(72)【発明者】
【氏名】面迫 浩次
(72)【発明者】
【氏名】牧原 保雅
(72)【発明者】
【氏名】田中 涼太
【審査官】
鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】
特開平09−201688(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/144248(WO,A1)
【文献】
国際公開第2015/147166(WO,A1)
【文献】
特開2003−213367(JP,A)
【文献】
特開2006−274347(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
B23K 13/00 − 13/08
B23K 31/00 − 31/02
C21D 1/18
C21D 1/26
C21D 1/42
C21D 9/08
C21D 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.005〜0.80%、Mn:0.10〜1.50%、P:0.002〜0.025%、S:0.010〜0.030%、Cu:0.08〜1.20%、Ni:0.005〜0.50%、Cr:0.04〜0.25%、Mo:0.010〜0.085%、Al:0.005〜0.100%、N:0.001〜0.015%、Ti、Nb、V:合計0〜0.20%、B:0〜0.010%、Sb、Sn:合計0〜0.10%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼管であって、管の長手方向に伸びる溶接部を持ち、管の長手方向に垂直な断面の肉厚中央において、溶接部の硬さHw(HV)と母材部の平均硬さHp(HV)の差Hw−Hpが70HV以下、母材部の平均硬さHpが135HV以上であり、かつ母材部の金属組織が再結晶フェライト単相組織またはセメンタイト、パーライトの1種以上を合計10体積%以下の範囲で含有し残部が再結晶フェライト相である組織である、耐酸露点腐食性に優れる鋼管。
【請求項2】
前記Hw−Hpが20HV以下である請求項1に記載の鋼管。
【請求項3】
母材部の肉厚が1.0〜5.0mmである請求項1または2に記載の鋼管。
【請求項4】
質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.005〜0.80%、Mn:0.10〜1.50%、P:0.002〜0.025%、S:0.010〜0.030%、Cu:0.08〜1.20%、Ni:0.005〜0.50%、Cr:0.04〜0.25%、Mo:0.010〜0.085%、Al:0.005〜0.100%、N:0.001〜0.015%、Ti、Nb、V:合計0〜0.20%、B:0〜0.010%、Sb、Sn:合計0〜0.10%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成の鋼板を管状に溶接造管して、管の長手方向に伸びる溶接部を形成させた鋼管に対して、高周波誘導加熱による入熱を付与して溶接部または管全周を650℃以上1000℃以下の温度まで昇温させ、溶接部が650℃以上1000℃以下の温度に保持される時間を10秒以下としたのち冷却する熱処理を施すことにより溶接部の硬さHw(HV)と母材部の平均硬さHp(HV)の差Hw−Hpを70HV以下とする、耐酸露点腐食性に優れる鋼管の製造法。
【請求項5】
最高到達温度を650℃以上800℃以下とし、冷却を水冷とする請求項4に記載の鋼管の製造法。
【請求項6】
質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.005〜0.80%、Mn:0.10〜1.50%、P:0.002〜0.025%、S:0.010〜0.030%、Cu:0.08〜1.20%、Ni:0.005〜0.50%、Cr:0.04〜0.25%、Mo:0.010〜0.085%、Al:0.005〜0.100%、N:0.001〜0.015%、Ti、Nb、V:合計0〜0.20%、B:0〜0.010%、Sb、Sn:合計0〜0.10%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成の鋼板を管状に溶接造管して、管の長手方向に伸びる溶接部を形成させた鋼管に対して、高周波誘導加熱による入熱を付与して溶接部または管全周を700℃以上1000℃以下の温度まで昇温させ、溶接部が700℃以上1000℃以下の温度に保持される時間を10秒以下としたのち冷却する熱処理を施すことにより溶接部の硬さHw(HV)と母材部の平均硬さHp(HV)の差Hw−Hpを70HV以下とする、耐酸露点腐食性に優れる鋼管の製造法。
【請求項7】
前記冷却において、少なくとも550℃までの温度域を空冷とする請求項6に記載の鋼管の製造法。
【請求項8】
溶接造管に供する鋼板の板厚が1.0〜5.0mmである請求項4〜7のいずれか1項に記載の鋼管の製造法。
【請求項9】
石炭焚火力発電所の燃焼排ガスまたは廃棄物焼却施設の燃焼排ガスに曝される熱交換部材に請求項1〜3のいずれか1項に記載の鋼管を用いた熱交換器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
硫黄酸化物や塩化水素を含むガスと接触する部材の表面では、ガスの露点より低温状態においていわゆる「硫酸凝結」あるいは「塩酸凝結」が生じる。その部材が金属である場合には硫酸あるは塩酸を含む凝結水によって腐食が進行し問題となることがある。このような凝結水中の酸による腐食を本明細書では「酸露点腐食」と呼んでいる。本発明は酸露点腐食に対する抵抗力を付与した鋼を用いた溶接鋼管において、特に溶接部の耐硫酸性を改善したもの、およびその製造方法に関する。また、その鋼管を用いた熱交換器に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電所や廃棄物焼却施設の燃焼排ガスは主に、水分、硫黄酸化物(二酸化硫黄、三酸化硫黄)、塩化水素、窒素酸化物、二酸化炭素、窒素、酸素などで構成されている。特に排ガス中に三酸化硫黄が1ppmでも含まれていると排ガスの露点は100℃以上に達することが多く、硫酸凝結が生じやすい。また、石炭焚火力発電所の排ガスや、廃棄物焼却施設(都市ごみ焼却施設や産業廃棄物焼却施設)の排ガスには塩化水素が相当量含まれており、塩酸凝結も生じやすい。
【0003】
硫酸凝結が生じる温度(硫酸露点)および塩酸凝結が生じる温度(塩酸露点)は、燃焼排ガス組成によって変動する。一般に硫酸露点は100〜150℃程度、塩酸露点は50〜80℃程度となることが多く、同じ燃焼設備の排ガス流路であっても、硫酸露点腐食支配の部位と塩酸露点腐食支配の部位が生じうる。このため排ガス流路のなかでも比較的低温となる金属部材(例えば煙道のダクト壁や煙突を構成する部材、集塵器部材、排ガスの熱を利用するためのパイプ、フィン等の熱交換部材など)には、耐硫酸露点腐食と耐塩酸露点腐食の両方に優れた材料を適用する必要がある。
【0004】
耐酸露点腐食性を改善した鋼としてSb添加鋼が知られている(特許文献1、2)。特に耐硫酸露点腐食性と耐塩酸露点腐食性の両方を改善するためには、Sbと、CuあるいはさらにMoの複合添加が効果的であるとされる(特許文献2)。しかし、Sbは高価な元素であり鋼材のコスト増を招く要因となるとともに、鋼材原料としてSbを多量に消費する場合には原料調達面において不安がある。また、Sb添加により鋼の熱間加工性が低下する。
【0005】
耐酸性に優れる材料としてはステンレス鋼があるが、酸の濃度や温度によってはSb添加鋼より腐食が進行しやすい場合もある。ステンレス鋼は高価であるとともに酸露点腐食に対して万全な材料であるとは言えない。
【0006】
一方、Sb添加に頼らずに耐硫酸露点腐食性や耐塩酸露点腐食性を改善するための手法も種々検討されてきた。例えば、特許文献3には、P、S、Cu、Moの含有量を厳密にコントロールすることにより耐硫酸露点腐食性を向上させる技術が開示されている。特許文献4には、CrやMoの添加量を厳密に制御することにより、耐硫酸露点腐食性と耐塩酸露点腐食性の両方の特性を改善する技術が開示されている。特許文献5には、S含有量を一定以上に管理し、かつMo含有量を抑制することが耐硫酸露点腐食性を一層向上させるうえで有効であることが記載されている。特許文献6には、Cu、Cr、Moを含有する鋼においてフェライト結晶粒径を微細化することにより、耐硫酸露点腐食性と耐塩酸露点腐食性の両方を改善するために必要なCu、Cr、Moの許容範囲を拡大できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭43−14585号公報
【特許文献2】特開2003−213367号公報
【特許文献3】特開2012−180546号公報
【特許文献4】特開2012−57221号公報
【特許文献5】特開2013−194251号公報
【特許文献6】国際公開第2015/147166号
【特許文献7】特開2009−173995号公報
【特許文献8】特開平6−240414号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献6の技術によって、Sb添加に頼らずに耐硫酸露点腐食性および耐塩酸露点腐食性を同時に改善した鋼板を工業的に歩留り良く生産することが容易になった。しかし、そのような鋼板を溶接造管して得られた「鋼管」においては、溶接部での耐硫酸性が低下してしまうという問題がある。これは、Sを含有させて耐硫酸性の向上を図っている鋼に特有の問題であり、上述のSb添加鋼においても同様である。すなわち溶接部では、溶接後の急冷過程でMnS系介在物の周囲のマトリックスにS濃化領域が形成され、地鉄とS濃化領域の間の電位差によって腐食が進行すると考えられている。そのため従来は、溶接造管後に、鋼管を炉内で加熱処理することによって、溶接部の金属組織が母材部とほとんど区別できなくなる程度にまで組織の均一化を図る処理がなされていた。一般的に溶接部も含めて優れた耐硫酸露点腐食性を呈する鋼管を製造するためには連続式焼鈍炉等を用いて無酸化雰囲気に制御の上、比較的長時間高温の加熱が施されるので、高コストを要するのが現状である。
【0009】
一方、鋼管の溶接部を高周波誘導加熱装置で再加熱することにより、溶接部の加工性や靭性を改善する技術(シームアニール)が知られている(例えば特許文献7)。また、焼入れ性を高めた成分設計の鋼管を高周波加熱装置にて加熱、冷却する焼入れ処理技術(高周波焼入れ)が知られている(例えば特許文献8)。しかし、そのような短時間の処理で上述のような組織の均一化を実現することは難しい。
【0010】
本発明は、耐硫酸露点腐食性および耐塩酸露点腐食性に優れる鋼板を素材とする溶接鋼管において、溶接部の耐硫酸性を改善した低コストなものであって、特に、母材が過度に軟質化されておらず、強度も十分に高いものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述のように、溶接後の鋼管に、組織を均一化するための入念な熱処理を施すことは、コスト上昇の大きな要因となる。発明者らは種々検討の結果、Sを含有させ、Cu、CrおよびMoを複合添加したタイプの耐酸露点腐食鋼を使用した溶接鋼管の場合、溶接部の金属組織が母材とほとんど区別できなくなる程の入念な均一化の熱処理を施さなくても、上記のようなシームアニールあるいは高周波焼入れの技術を利用した溶接部の短時間な熱処理によって、溶接部の耐硫酸性を顕著に改善することができ、条件制御によっては溶接部の耐硫酸性を母材と同等レベルに引き上げることが可能になることを知見した。すなわち、溶接時の冷却過程で硬化した溶接部の硬さが、必ずしも母材の硬さと同レベルにまでは低下しない組織状態(換言すれば、溶接部と母材の硬さにある程度の差が生じている組織状態)の鋼管においても、溶接部の耐硫酸性を顕著に改善することが可能である。特に、溶接部の硬さが母材の硬さに近くなる(両者の差が例えば20HV以内となる)ような短時間加熱条件を適用すれば、溶接部の耐硫酸性を母材と同等レベルに改善されることがわかった。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0012】
具体的には、質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.005〜0.80%、Mn:0.10〜1.50%、P:0.002〜0.025%、S:0.010〜0.030%、Cu:0.08〜1.20%、Ni:0.005〜0.50%、Cr:0.04〜0.25%、Mo:0.010〜0.085%、Al:0.005〜0.100%、N:0.001〜0.015%、Ti、Nb、V:合計0〜0.20%、B:0〜0.010%、Sb、Sn:合計0〜0.10%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼管であって、管の長手方向に伸びる溶接部を持ち、管の長手方向に垂直な断面の肉厚中央において、溶接部の硬さHw(HV)と母材部の平均硬さHp(HV)の差Hw−Hpが70HV以下である耐酸露点腐食性に優れる鋼管によって、上記目的が達成される。母材部の肉厚は例えば1.0〜5.0mmである。母材部の平均硬さHpは例えば135HV以上である。前記Hw−Hpは20HV以下とすることができる。
【0013】
ここで、「母材」は溶接される材料、「溶接金属」は溶接中に溶融凝固した金属、「溶接部」は「溶接金属」と「熱影響部(HAZ)」を含んだ部分をそれぞれ意味する(JIS Z3001−1:2013参照)。溶接後の材料における「母材部」は、溶接部を除く母材由来の部分を意味する。管の長手方向に垂直な断面の硬さ測定は、JIS Z2244:2009に従うマイクロビッカース硬さ試験において、HV0.03(試験力0.2942N)で測定することができる。母材部の平均硬さHpは以下のようにして定めることができる。
【0014】
〔母材部の平均硬さHpの求め方〕
管の長手方向に垂直な断面を硬さ測定面として調製し、その測定面内に管の外面側より肉厚の1/4深さの位置を結ぶ環状のライン(以下「環状ライン」という。)を想定する。母材部の平均肉厚をt(mm)、環状ライン上の溶接部中心位置をP
0とし、P
0から環状ライン上を一方向に距離tだけ進んだ点をP
A、P
0から環状ライン上をP
Aと反対方向に距離tだけ進んだ点をP
Bとする。そのP
AまたはP
Bが熱影響部を外れた位置にあるか否かが疑わしい場合は、更に環状ライン上をtだけ進んだ点をそれぞれP
A、P
Bとする。P
Aから溶接部を通らない方向に環状ライン上をP
Bまで進むルートにおいて、環状ライン上にP
AおよびP
Bを含むほぼ等間隔の9点を設定し、それら9点の位置でビッカース硬さを測定し、それらの測定値の総和を9で除した値を母材部の平均硬さHp(HV)とする。ここで、「ほぼ等間隔」とは、隣接する2点間の環状ライン上距離(合計8箇所)の最大値が最小値の2倍を超えないことを意味する。
【0015】
上記鋼管の製造方法として、上記化学組成の鋼板を管状に溶接造管して、管の長手方向に伸びる溶接部を形成させた鋼管に対して、高周波誘導加熱による入熱を付与して溶接部または管全周を650℃以上1000℃以下、あるいは700℃以上1000℃以下の温度まで昇温させたのち冷却する熱処理を施す製造法が提供される。この熱処理においては、溶接部が650℃以上1000℃以下、あるいは700℃以上1000℃以下の温度に保持される時間を10秒以下とすることができる。また、上記冷却を水冷とする場合には、例えば材料の最高到達温度を650℃以上800℃以下の範囲とすることができる。材料の最高到達温度を700℃以上1000℃以下の範囲とし、冷却において、少なくとも550℃までの温度域を空冷とするヒートパターンを採用してもよい。この場合、常温まで空冷を続けることもできるし、550℃を下回ったのち水冷に切り替えることもできる。
【0016】
このようにして得られた前記の鋼管は、例えば石炭焚火力発電所の燃焼排ガスまたは廃棄物焼却施設の燃焼排ガスに曝される熱交換部材に適用できる。特に、前記排ガスに曝されて表面に凝結が生じる部材に好適である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、耐硫酸露点腐食性および耐塩酸露点腐食性に優れる鋼板を素材とする溶接鋼管において、溶接部の耐硫酸性を改善した低コストなものが実現できた。従来行われている、溶接部を含めた金属組織を均一化する入念な熱処理によって溶接部の耐硫酸性を改善する手法では、母材部の強度レベルが軟質化によって低下する。ロールフォーミングや冷間引抜など後処理によって強度レベルを上げるには更にコストがかかる。本発明に従う鋼管では母材部の強度低下が小さいので、溶接造管より前に行う加工(鋼板での冷間圧延など)により、適度な強度レベルに調整することができる。例えば最終的な母材部の平均硬さHpを135HV以上とした鋼管は、入念な組織の均一化熱処理を施した軟質な鋼管と比べ、強度レベルが高い。このような高強度化は部材の薄肉化に対応でき、熱交換器の高効率化に寄与しうる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】溶接鋼管Aの硫酸浸漬試験後の試験片について、管の長手方向に垂直に切断した断面を例示した写真。
【
図2】
図1における管の外面側表面付近の拡大写真。
【
図3】溶接鋼管Bの硫酸浸漬試験後の試験片について、管の長手方向に垂直に切断した断面を例示した写真。
【
図4】
図3における管の外面側表面付近の拡大写真。
【
図5】従来例の溶接鋼管の硫酸浸漬試験後の試験片について、管の長手方向に垂直に切断した断面を例示した写真。
【発明を実施するための形態】
【0019】
〔化学組成〕
本発明に適用する鋼の成分元素について説明する。成分元素に関する「%」は特に断らない限り質量%を意味する。
【0020】
Cは、耐酸露点腐食性に大きな影響を及ぼさないが、多量のC含有は加工性の低下を招く要因となるので、C含有量は0.15%以下とする。一方、過度の低C化は製造コストの上昇を招く。ここではC含有量0.001%以上のものを対象とする。
【0021】
Siは、製鋼時の脱酸のために有効である他、耐酸腐食性の向上および構造材料としての強度確保のためにも有効である。0.005%以上のSi含有量を確保することがより効果的である。過度のSi添加は熱延時のデスケール性を低下させ、スケール疵の増大を招く。さらに溶接性を低下させる要因ともなる。Si含有量は0.80%以下に制限される。
【0022】
Mnは、鋼の強度調整に有効であり、またSによる熱間脆性を防止する作用を有する。Mn含有量は0.10%以上とすることがより効果的であり、0.30%以上、あるいは0.50%以上のMn含有量に管理してもよい。ただし、Mnは耐塩酸腐食性を低下させる要因となる。Mn含有量は1.50%まで許容され、1.20%以下、あるいは1.00%以下の範囲に管理してもよい。
【0023】
Pは、熱間加工性や溶接性を劣化させるので0.025%以下に制限される。耐硫酸露点腐食性および耐塩酸露点腐食性をより一層向上させるためにはP含有量の低減が有効となるが、過度の低減は製鋼負荷を増大させコストを押し上げる要因となる。P含有量は0.002〜0.025%の範囲で調整すればよい。0.005〜0.015%とすることがより好ましい。
【0024】
Sは、耐硫酸露点腐食性を向上させるために有効な元素である。その作用を十分発揮させるために、0.010%以上のS含有量とする。0.010%を超える範囲に管理してもよい。ただし、S含有量が増えると溶接部での耐硫酸性が低下し、後述の加熱処理を行っても、S含有による本来の耐硫酸露点腐食性向上作用が鋼管全体としては活かせなくなる。種々検討の結果、S含有量は0.030%以下に制限される。
【0025】
Cuは、耐硫酸露点腐食性および耐塩酸露点腐食性を向上させるために有効であり、本発明では0.08%以上のCu含有量を確保する必要がある。しかし、過度のCu含有は熱間加工性を低下させる要因となるので、1.20%以下の含有量とすることが望ましい。
【0026】
Niは、耐酸露点腐食性の向上に直接的には作用しないが、Cu添加による熱間加工性の低下を抑制する作用を発揮する元素であり、0.005%以上の含有量とすることが望ましい。熱間加工性を重視する場合は0.05%以上のNi含有量を確保することがより効果的であり、0.10%以上とすることがより効果的である。ただし、0.50%を超えるとその効果が飽和しコスト高となる。Ni含有量は0.50%以下の範囲で設定する。
【0027】
CrとMoは、Sb等の特殊元素に頼らずに耐硫酸露点腐食性と耐塩酸露点腐食性を同時に向上させる上で重要な元素である。種々検討の結果、Crを0.04〜0.25%、かつMoを0.010〜0.085%の範囲で複合添加することにより、耐硫酸露点腐食性と耐塩酸露点腐食性の同時改善が可能となる。Cr含有量については0.10〜0.25%とすることが一層効果的である。またMo含有量については0.03〜0.07%とすることが一層効果的である。
【0028】
Alは、製鋼時の脱酸のために必要な元素である。0.005%以上のAl含有量に調整することが効果的であり、0.010%以上とすることがさらに効果的である。しかし、Alは熱間加工性を低下させる要因となる。種々検討の結果、Al含有量は0.100%以下に制限され、0.050%以下に管理してもよい。
【0029】
Nは、Cと同様、耐酸露点腐食性に大きな影響を及ぼさないが、多量のN含有は加工性の低下を招く要因となるので、N含有量は0.015%以下とする。一方、過度の低N化は製造コストの上昇を招く。
【0030】
Ti、Nb、Vは、フェライト結晶粒径の微細化作用を有し、耐酸露点腐食性の改善に有効である。そのため、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、Ti、Nb、Vの1種以上の合計含有量を0.005%以上とすることがより効果的である。ただし、過剰に添加しても上記作用は飽和し、製造コストが上昇する。Ti、Nb、Vの1種以上を添加する場合は、それらの合計含有量を0.20%以下とすることが望ましい。
【0031】
Bは、微量の添加でフェライト結晶粒径の微細化作用を発揮しうる元素であるため、必要に応じて添加することができる。その場合、Bの含有量は0.0005%以上とすることがより効果的である。ただし、過剰にBを添加しても上記作用は飽和し、製造コストが上昇する。Bを添加する場合は0.010%以下の含有量範囲で行うことが望ましい。
【0032】
Sb、Snは、CrやMoと同様に電気化学的なアノード・カソード反応を緩慢にさせる作用を通じて耐酸露点腐食性を改善するのに有効な元素である。本発明ではS含有量を狭い範囲に厳密にコントロールし、かつCu、Cr、Moを複合添加する手法により、優れた耐酸露点腐食性を付与するので、Sb、Snの添加は必ずしも必要ではない。ただし、Sb、Snを添加した場合には、耐酸露点腐食性を更に向上させることが可能となる。従って、耐酸露点腐食性のレベルアップを重視する場合には、必要に応じてSb、Snの1種以上を添加することができる。これらの元素の添加効果を十分に発揮させるためには、Sb、Snの合計含有量が0.005%以上となるようにこれらの1種以上を含有させることが望ましい。ただし、過剰に添加しても上記作用は飽和し、製造コストが上昇する。Sb、Snの1種以上を添加する場合は、それらの合計含有量を0.10%以下とすることが望ましい。
【0033】
〔金属組織〕
本発明で対象とする溶接鋼管の母材部は、例えば再結晶フェライト相を主体とする金属組織を有する。フェライト単相組織である場合の他、セメンタイト、パーライトの1種以上を合計10体積%以下の範囲で含有し残部がフェライト相である組織であっても構わない。高周波焼入れ装置を用いて管全周をオーステナイト域まで加熱し急冷した場合などには、母材部は、マルテンサイト単相またはフェライト、マルテンサイト、ベイナイトの1種以上を含む金属組織となることがある。なお、本明細書では、セメンタイト、パーライトを第二相と呼ぶことがある。このうちパーライトは薄いフェライト相とセメンタイト相で構成される層状組織であるが、本明細書において第二相の残部として記述されるフェライト相、すなわちフェライト結晶粒度の測定対象となるフェライト相には、パーライトを構成するフェライト相は含まれない。同様に第二相の構成要素としてパーライトと同列に記述されるセメンタイトにも、パーライトを構成するセメンタイトは含まれない。母材部の平均硬さHpが135HV以上に調整されていることが好ましく、145HV以上であるものがより好ましい。
【0034】
一方、溶接部については、後述の熱処理の前後で組織が変化する。造管時に溶接を行うと、その溶接部にはマルテンサイト相が混在する硬質の組織が生成する。その状態の鋼管に後述の熱処理を施して得られる本発明に従う鋼管は、加熱条件によっては溶接部にマルテンサイト相に由来する変態相が残存するが、軟質化はある程度進行している。ただし、溶接部の硬さHwは、母材部の平均硬さHpに比べ、硬い状態であっても構わない。この場合、溶接鋼管の溶接部は、更に熱エネルギーを加えると、それに伴って更に軟質化する余地を残した組織状態であると言うことができる。このような、母材部との完全な均一化には至っていない組織状態の溶接部であっても、耐硫酸性を調べると溶接直後よりも顕著に改善されている。その原因として、溶接時の急昇温・急冷過程でMnS系介在物から生じた不安定で容易に溶解可能なMn・Fe系硫化物が、後述の熱処理によって再び安定な構造のMnSへと戻るのではないかと考えられる。すなわち、短時間であっても一旦650℃以上1000℃以下、好ましくは700℃以上1000℃以下の温度域まで加熱して空冷等の冷却を施せば、不安定なMn・Fe系硫化物が母材部と同様に安定なMnSへと変わり、その結果、溶接部にも母材部と変わらない耐硫酸腐食性を付与することが可能となる。
【0035】
上記のような耐硫酸性が改善された溶接部の組織状態は、溶接部の硬さHwと母材部の平均硬さHpの差Hw−Hpによって特定することができる。具体的には、上述の化学組成を満たす鋼種の場合、管の長手方向に垂直な断面の肉厚中央(具体的には管の外面側より肉厚の1/4深さの位置)において、溶接部の硬さHw(HV)と母材部の平均硬さHp(HV)の差Hw−Hpが70HV以下である場合に、溶接部の耐硫酸性は顕著に改善されることがわかった。特に、Hw−Hpが20HV以下である場合には、溶接部の耐硫酸性は母材とほぼ同等にまで回復している。
【0036】
〔製造方法〕
上記の組織状態を有する溶接鋼管は、素材鋼板に溶接造管を施して鋼管を製造し、その鋼管に短時間の熱処理を施すことによって製造することができる。
素材鋼板は、熱延鋼板または冷延鋼板のいずれでも良く、鋳造、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍を上記の順に有する一般的な鋼板製造工程によって製造することができる。必要に応じて調質圧延を施すことができる。板厚は、目標とする鋼管の肉厚に応じて例えば1.0〜5.0mmとすることができる。
【0037】
溶接造管は、鋼板を筒状に成形して鋼板幅方向端部のエッジ同士を溶接接合していく公知の高周波溶接造管方法によって行うことができる。溶接造管された鋼管は、管の長手方向に伸びる溶接部を有している。溶接ビード部は、切削バイト等を用いて切除することができる。本発明では、この溶接されたままの組織状態を有する鋼管に対して、管の外周面全体が炉中で高温の雰囲気に曝される熱処理を施すのではなく、高周波誘導加熱により入熱を付与する方法で短時間の熱処理を施す。この短時間の熱処理は、従来、溶接熱影響部の加工性や靭性を改善する手段として行われる熱処理(いわゆるシームアニール)を施す加熱設備、あるいは高周波焼入れ装置を利用して実施することが可能である。高周波焼入れ装置を用いて加熱する場合には、管全周が短時間加熱される。特に、溶接部を含めた管全周を800℃以上に加熱したのち冷却すれば、溶接部と母材部の金属組織は同等となり耐硫酸腐食性も同等の特性となる。この場合、高周波加熱後直ちに水冷を施せば、溶接部も母材部も等しくマルテンサイトを主体とする金属組織の高強度鋼管とすることも可能である。シームアニール、全周加熱のいずれであっても、最高到達温度から550℃までの平均冷却速度を50℃/s以下に制御すればフェライト、パーライトを主体とする金属組織となり、鋼管の加工性に有利となる上、安定なMnSを十分に形成することが可能となり、耐硫酸腐食性の改善効果も大きくなる。例えば少なくとも550℃に到達するまでの冷却を空冷とすることによって、上記の冷却速度の制御が可能である。この場合、550℃以下の温度域では水冷を行ってもよい。例えば、少なくとも550℃まで空冷とし、450℃以上の温度から水冷を行うといったヒートパターンを採用することができる。一方、最高到達温度を650℃以上800℃以下、好ましくは700℃以上800℃以下とし、高周波加熱後直ちに水冷を施しても、金属組織がフェライト主体の組織となり、加工性に有利な組織状態の鋼管を生産性良く製造できる。
【0038】
上記の熱処理は、高周波誘導加熱コイルが配置されている加熱処理ラインに、鋼管を長手方向に進行させながら行うことによって実施できる。管の長手方向に垂直な断面内において溶接部(すなわち溶接金属+熱影響部)または全周が650℃以上1000℃以下、あるいは700℃以上1000℃以下の温度域まで昇温され、その後冷却されるように、入熱量および管の移動速度をコントロールする。高周波加熱のような短時間加熱では溶接部において上記温度域まで昇温しない部分があると、その部分に不安定で容易に溶解可能なMn・Fe系硫化物が残存しやすく、溶接部の耐硫酸性を安定して十分に改善することが難しい。加熱温度が1000℃を超えると加熱に必要なエネルギーが非常に大きくなり、製造コストの上昇を招く。従って、最高到達温度は1000℃以下とすることが望ましく、800℃以上950℃以下とすることがより好ましい。
【0039】
溶接部の材料温度が650℃以上1000℃以下、あるいは700℃以上1000℃以下の範囲に滞在する時間は、10秒以下とすることが望ましい。それより長時間の加熱はコストを引き上げる要因となり不経済である。発明者らは前記化学組成範囲の種々の鋼について、ソルトバスを用いて、熱電対を取り付けた試料により種々の昇温曲線となる熱処理実験を行った。その結果、650℃以上1000℃以下、あるいは700℃以上1000℃以下の温度域の滞在時間を0秒以上とすれば、溶接部の耐硫酸性の明らかな改善が認められた。ここで、滞在時間0秒は650℃、あるいは700℃に到達した時点で直ちに冷却を開始する場合に相当する。650℃以上1000℃以下、あるいは700℃以上1000℃以下の温度域の滞在時間を1秒以上10秒以下の範囲とすることがより好ましい。
【0040】
最高到達温度を800℃以上1000℃以下とする場合は、800℃以上1000℃以下の温度域の滞在時間を1秒以上10秒以下の範囲とすることがより好ましい。
【0041】
高周波誘導加熱装置を備える製造ラインにおける材料のヒートカーブ(昇温・冷却曲線)は、設備仕様および予備実験データに基づいてプログラミングされたソフトウェアを用いて、管径、肉厚、ライン速度、高周波出力等の製造条件を入力することによりシミュレートすることができる。
【0042】
上記の加熱後には、例えば「空冷」、「水冷」、または「空冷および水冷」にて冷却することができる。加熱後すぐに水冷を行うヒートパターンは、最高到達温度650℃以上800℃以下の場合に適用することが好適である。空冷および水冷にて冷却するヒートパターンの場合は、少なくとも550℃以下の温度まで空冷した後水冷に切り替えることが好ましい。
【実施例】
【0043】
《溶接造管ままの鋼管の特性調査》
以下の化学組成を有する板厚3mmの熱延鋼板を用意した。
質量%で、C:0.05%、Si:0.31%、Mn:0.93、P:0.011%、S:0.014%、Cu:0.34%、Ni:0.16%、Cr:0.22%、Mo:0.05%、Al:0.028%、N:0.0026%、残部Fe。
この鋼板を素材として、高周波溶接造管ラインにて外径34.0mmの円形断面を持つ溶接鋼管を製造した。溶接造管後にライン内にて外面および内面の溶接ビード研削を行った。このようにして、溶接したままの金属組織を有する溶接鋼管Aを得た。
【0044】
溶接鋼管Aについて、管の長手方向に垂直な断面を観察面とする試料を作製し、その断面についてJIS Z2244:2009に従いHV0.03(試験力0.2942N)での硬さ測定を行い、肉厚中央の溶接部の硬さHwと母材部の平均硬さHpを求めた。母材部の平均硬さHpは上掲の「母材部の平均硬さHpの求め方」に従って求めた。測定試験片の数はn=3とし、それぞれの試験片で求めたHwの総和のおよびHpの総和を試験数3で除した値を、それぞれ当該溶接鋼管のHwおよびHpの値として採用した。
その結果、この溶接鋼管Aの溶接部の硬さHwは271HV、母材部の平均硬さHpは165HVであった。それらの差Hw−Hpは106HVである。
【0045】
溶接鋼管Aから溶接部を中央に含む腐食試験片(幅25mm、長さ30mm)を切り出し、硫酸濃度40質量%、温度60℃の硫酸水溶液中に4時間浸漬する硫酸浸漬試験を実施した。硫酸浸漬試験前後の重量変化を電子天秤にて測定し、溶接部を含む試験片における単位面積当たりの腐食減量を計算により求めた。
その結果、溶接鋼管Aの溶接部を含まない母材部の試験片(母材部リファレンス)の腐食減量は65mg/cm
2、溶接鋼管Aの溶接部を含む試験片(溶接ままのリファレンス)の腐食減量は162mg/cm
2であった。
【0046】
図1に、溶接鋼管Aの硫酸浸漬試験後の試験片について、管の長手方向に垂直に切断した断面の写真を例示する。切断面は、結晶粒が現れるようにエッチングしてある。溶接部には管の内面および外面ともに、溝状の減肉が見られる。上記の腐食試験条件は鋼材にとって非常に厳しい硫酸腐食環境であるが、この鋼は耐硫酸性が本質的に高いので、母材部の溶解量(肉厚減少)は少ない。しかし、その優れた耐硫酸性は溶接部において低下していることがわかる。
図2に、
図1における管の外面側表面付近の拡大写真を示す。(a)が溶接部左側、(b)が溶接部中央、(c)が溶接部右側である。溶接熱影響部の端部付近における減肉が著しい。
【0047】
《シームアニールによる熱処理例》
溶接鋼管Aと同様の条件で製造した溶接鋼管の溶接部に、インラインにて高周波誘導加熱による入熱を付与するシームアニールを施した。この加熱処理ラインでのヒートカーブを、管径、肉厚、ライン速度、高周波出力等の条件からシミュレートして、溶接部の最高到達温度が700℃となり、650℃から最高到達温度までの滞在時間が約1秒となり、かつ溶接部の全体が650℃以上に昇温される条件で加熱した。最高到達温度に到達したのち、直ちに水を吹き付ける水冷処理により冷却した。このようにして、熱処理後の溶接鋼管Bを得た。
【0048】
また、溶接鋼管Aと同様の条件で製造した溶接鋼管の溶接部に、インラインにて高周波誘導加熱による入熱を付与するシームアニールを施した。この加熱処理ラインでのヒートカーブを、管径、肉厚、ライン速度、高周波出力等の条件からシミュレートして、溶接部の最高到達温度が750℃となり、700℃から最高到達温度までの滞在時間が約1秒となり、かつ溶接部の全体が700℃以上に昇温される条件で加熱した。最高到達温度に到達したのち加熱を止めて空冷し、溶接部の温度が550℃となったのち水を吹き付ける水冷処理により冷却した。このようにして、熱処理後の溶接鋼管Gを得た。
【0049】
溶接鋼管BおよびGについて、上記溶接鋼管Aの場合と同様の方法で肉厚中央の溶接部の硬さHwと母材部の平均硬さHpを求めた。
その結果、溶接鋼管Bの溶接部の硬さHwは227HV、母材部の平均硬さHpは169HVであり、それらの差Hw−Hpは58HVであった。また、溶接鋼管Gの溶接部の硬さHwは219HV、母材部の平均硬さHpは169HVであり、それらの差Hw−Hpは50HVであった。いずれも溶接造管後の熱処理によって溶接部は軟化しているが、母材部と同等レベルまでの軟化は認められなかった。
【0050】
溶接鋼管BおよびGから溶接部を中央に含む腐食試験片(幅25mm、長さ30mm)を切り出し、上述の溶接鋼管Aの場合と同様に、硫酸濃度40質量%、温度60℃の硫酸水溶液中に4時間浸漬する硫酸浸漬試験を実施した。
その結果、溶接鋼管BおよびGの溶接部を含む試験片の腐食減量はそれぞれ85mg/cm
2および73mg/cm
2であり、上述の溶接ままのリファレンスにおける腐食減量162mg/cm
2と比べ、非常に良好な耐硫酸腐食性を有していた。
【0051】
図3に、溶接鋼管Bの硫酸浸漬試験後の試験片について、管の長手方向に垂直に切断した断面の写真を例示する。切断面は、結晶粒が現れるようにエッチングしてある。
図4に、
図3における管の外面側表面付近の拡大写真を示す。(a)が溶接部左側、(b)が溶接部中央、(c)が溶接部右側である。溶接部は母材部よりも溶解量が若干多い。しかし、溶接ままの溶接鋼管Aと比べ、溶接部の浸食は明らかに少ない。本発明で規定される化学組成の溶接鋼管において、溶接造管後に溶接部を短時間加熱する熱処理を施すことにより、溶接部の耐硫酸性が顕著に改善された。
【0052】
《全周加熱による熱処理例》
溶接鋼管Aと同様の条件で製造した溶接鋼管について、高周波焼入れ装置を用いて、管全周に高周波誘導加熱による入熱を付与する熱処理を施した。加熱温度は放射温度計を用いて測定した。580℃もしくは680℃まで昇温したのち1秒以内に水冷処理を施す熱処理、または800℃もしくは950℃まで昇温したのち空冷する熱処理を施すことにより、熱処理後の溶接鋼管C(580℃/水冷)、D(680℃/水冷)、E(800℃/空冷)、F(950℃/空冷)を得た。また、850℃または950℃まで昇温したのち500℃まで空冷し、その後、水冷する熱処理を施すことにより、熱処理後の溶接鋼管H(850℃/空冷→水冷)、I(950℃/空冷→水冷)を得た。
【0053】
これら熱処理後の溶接鋼管C、D、E、F、H、Iについて、上記溶接鋼管Aの場合と同様の方法で肉厚中央の溶接部の硬さHwと母材部の平均硬さHpを求めた。
その結果、これらの熱処理後の溶接鋼管はいずれも、母材部の平均硬さHpが135HV以上と、上記従来例の市販品より高強度である。溶接部の硬さHwと母材部の平均硬さHpの差Hw−Hpについては、最高到達温度を800℃以上としたE、F、H、Iにおいて20HV以下に収まっていた。
【0054】
溶接鋼管C、D、E、F、H、Iから溶接部を中央に含む腐食試験片(幅25mm、長さ30mm)を切り出し、上述の溶接鋼管Aの場合と同様に、硫酸濃度40質量%、温度60℃の硫酸水溶液中に4時間浸漬する硫酸浸漬試験を実施した。
その結果、溶接部を含む試験片の腐食減量はそれぞれ、C(580℃/水冷):104mg/cm
2、D(680℃/水冷):86mg/cm
2、E(800℃/空冷):68mg/cm
2、F(950℃/空冷):64mg/cm
2、H(850℃/空冷→水冷):70mg/cm
2、I(950℃/空冷→水冷):68mg/cm
2であった。580℃の加熱でも、熱処理を施していない溶接鋼管A(溶接ままのリファレンス)よりも耐硫酸腐食性は改善されるが、650℃以上の温度域まで昇温させると大幅に良好となることがわかる。また、800℃以上の温度域まで昇温させたE、F、H、Iでは、短時間の加熱であるにもかかわらず母材部と概ね同等の耐硫酸腐食性を有することが確認された。
【0055】
以上の結果を表1にまとめて示す。
【0056】
【表1】
【0057】
《従来例》
市販の耐酸露点腐食性に優れる溶接鋼管について、上記と同様の硫酸浸漬試験を実施した。この鋼管は、Sbを約0.1質量%含有することによって耐酸露点腐食性を高めた鋼を使用している。硫酸浸漬試験の結果、この鋼管の溶接部を含む試験片の腐食減量は66mg/cm
2であった。
【0058】
図5に、この溶接鋼管の硫酸浸漬試験後の試験片について、管の長手方向に垂直に切断した断面の写真を例示する。切断面は、結晶粒が現れるようにエッチングしてある。
図5の中央に溶接部が位置しているが、溶接部の金属組織が母材部とほとんど区別できなくなる程度にまで入念に組織が均一化されていることがわかる。このように入念に均一化を図る熱処理を施した場合には、溶接部に由来する箇所と母材部との間で、耐硫酸性の差はほとんど見られなくなる。ただし、一般的な鋼管の熱処理では管全体を高温に保持する必要があり、製造コストが高くなる。この鋼管の断面硬さは、溶接部に由来する箇所および母材部とも、約120HV程度であり、熱処理によって軟化が進行していると考えられる。強度が要求される部材に適用する場合は肉厚が厚い鋼管を選択することが望まれる。