(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
絹糸を織った絹織物および絹糸自体は、その独特の光沢や風合いのみならず、弾力性などの観点からも、非常に優れた素材である。絹織物を生成するためには大量の絹糸が必要であり、絹糸の大量生産を効率よく実現するための装置が知られている。
【0003】
絹糸を効率よく大量生産するための装置の一つとして、回転蔟(カイテンマブシ)がある。回転蔟を用いることで、絹糸の製造がより効率よく行えることについて説明する。回転蔟とは、水平方向の軸を中心に回転する機構を有する蔟である。蔟とは、十分に育った熟蚕が営繭を行うに適した空間として用意される枠組みである。一般的な蔟は、複数の熟蚕がそれぞれに営繭出来るように、複数の部屋に区切られている。
【0004】
熟蚕を蔟に入れる際には、熟蚕の数を、蔟の部屋の数以下に抑える必要がある。これは、玉繭の形成を防ぐためである。玉繭とは、2頭(またはそれ以上)の熟蚕が共同で一つの大きな繭を作り、その中で一緒に蛹化している繭である。玉繭では、複数の繭糸が複雑に絡み合っており、繭糸の繰り出しが困難であるため、絹糸の製造には不適切である。玉繭が出来る原因の一つに、熟蚕の数に対する部屋の数の不足がある。言い換えれば、熟蚕の数を、蔟の部屋の数以下に抑えることで、玉繭の生成をある程度までは防ぐことが出来る。
【0005】
熟蚕を蔟に入れる際に、部屋ごとに熟蚕を一頭ずつ入れても良いが、絹糸の大量生産を前提とすると、このような作業は手間がかかりすぎる。そこで、熟蚕が営繭する場所を求めて移動する習性を利用する。すなわち、熟蚕が営繭する場所を求めて蔟の中を移動出来るように、各部屋の間は完全には仕切らない。こうすることで、熟蚕は空き部屋を見つけるまで移動を続けることが期待できる。
【0006】
営繭する場所が決まると、熟蚕は営繭を開始する。ただし、一つの蔟に入っている複数の熟蚕のうち、一部の熟蚕が営繭を始めても、残りの熟蚕がまだ移動を続けている場合がある。熟蚕には、営繭する場所をなるべく上の方向に求めて、重力の方向に逆らって移動する習性がある。熟蚕の上方向への移動によって、回転蔟全体の重心が回転軸より上に移動すると、回転蔟は自動的に回転する。その結果、熟蚕が営繭を開始した部屋は、回転蔟の下方向に分布し、空き部屋は回転蔟の上方向に分布することになり、熟蚕は自動的に空き部屋に向かって移動することになる。このように、回転蔟を用いることで、部屋ごとに熟蚕を一頭ずつ入れる手間を省きつつ、玉繭の生成を防ぐことが出来る。
【0007】
しかしながら、絹糸の製造には多数の工程が必要である。
【0008】
絹糸の製造工程の一つに、精錬工程がある。精錬工程では、蚕の繭から引き出した繭糸の表面を覆うセリシンが、完全に、または部分的に、除去される。セリシンとは、繭糸を構成する2種類の蛋白質のうちの1つである。もう1つの蛋白質は、フィブロインである。
【0009】
図1は、繭糸10の構成を示す断面図である。フィブロインは、繭糸の長手方向に長く、1本の繭糸10は平行に配置された2本のフィブロイン11、12を含んでいる。セリシン13は、2本のフィブロイン11、12の表面を覆っており、2本のフィブロイン11、12の間にも入り込んでいる。フィブロイン11、12の表面は一様になだらかである。その一方で、セリシン13の厚さにはムラがあり、その表面には凹凸がある。精錬工程には、表面が凸凹しているセリシンを除去することで、フィブロイン11、12の光沢や風合いを繭糸に与えるのみならず、絹織物への加工に適した一様になだらかな表面形状を繭糸10に与えるという重要な意味がある。ここで、繭糸10の表面が一様になだらかでさえあれば、セリシン13を必ずしも完全に除去しなくても良い。セリシン13をあえて部分的に残すことで、異なる光沢や風合いを有する繭糸10を生成する技術も知られている。なお、繭から引き出した細い繭糸10を複数本合わせたものを生糸と呼び、精練された生糸を絹糸と呼ぶ。
【0010】
上記に関連して、特許文献1(特開2003−342870号公報)には、生糸或いは絹織物の精錬法に係る記載が開示されている。この精錬法は、生糸或いは絹織物を精錬するに当たって、水を電気分解することによって得られる還元性のアルカリイオン水を精錬に用いることを特徴としている。
【発明を実施するための形態】
【0018】
添付図面を参照して、本発明による絹糸の製造装置および絹糸の製造方法を実施するための形態を以下に説明する。
【0019】
発明者は、営繭する熟蚕を模擬微小重力環境下に置くことによって生成される繭から取る繭糸の外周部に配置されたセリシンの表面が、精錬後の絹糸のように一様になだらかであり、したがって精錬工程が省略可能であることを確認した。また、このような繭糸を合わせて生成される生糸は、通常の重力環境下で営繭された繭と比較して、特にヤング率において顕著な特性を有することが確認された。以下、模擬微小重力環境を発生させる模擬微小重力装置を用いて絹糸を製造する装置および方法について説明する。
【0020】
(第1の実施形態)
図2Aは、一実施形態による絹糸の製造装置1の全体的な構成の一例を示す俯瞰図である。
図2Aに示した絹糸の製造装置1は、模擬微小重力装置2としての多軸回転装置と、営繭容器3とを備える。多軸回転装置は、回転対象をn軸回転させる装置である。ここで、nは2以上の自然数である。本実施形態では、n=2である。すなわち、本実施形態では、模擬微小重力装置2として2軸回転装置を用いる。また、回転対象は営繭容器3である。
【0021】
図2Bは、一実施形態による模擬微小重力装置2の構成の一例を示す図である。
図2Bの模擬微小重力装置2は、2軸回転装置としての3次元クリノスタットである。
【0022】
模擬微小重力装置2の構成要素について説明する。模擬微小重力装置2は、本体21と、外側モータ22と、外側フレーム23と、内側モータ24と、内側フレーム25と、制御装置26とを備える。本体21は、基部211と、脚212と、脚213とを備える。
【0023】
模擬微小重力装置2の構成要素の接続関係について説明する。基部211は、静止系に固定されている。脚212および脚213は、それぞれ、基部211に固定されている。
【0024】
外側モータ22の本体および軸は、それぞれ、脚212と、外側フレーム23との間に接続されている。言い換えれば、外側モータ22が回転動作をすることによって、外側フレーム23が本体21に対して回転する。ここで、外側フレーム23の回転動作をより安定化させるために、外側モータ22の反対側にさらなる回転機構があり、この回転機構が脚213と、外側フレーム23との間を回転自在に接続していても良い。
【0025】
同様に、内側モータ24の本体および軸は、それぞれ、外側フレーム23および内側フレーム25に接続されている。言い換えれば、内側モータ24が回転動作をすることによって、内側フレーム25が外側フレーム23に対して回転する。ここで、内側フレーム25の回転動作をより安定化させるために、内側モータ24の反対側にさらなる回転機構があり、この回転機構が外側フレーム23と、内側フレーム25との間を回転自在に接続していても良い。
【0026】
外側モータ22の軸がその周囲を回転する仮想的な回転軸を、第1回転軸と呼ぶ。同様に、内側モータ24の軸がその周囲を回転する仮想的な回転軸を、第2回転軸と呼ぶ。模擬微小重力装置2の各構成要素は、これらの第1回転軸および第2回転軸が直交するように配置されていることが好ましい。
【0027】
内側フレーム25には、営繭容器3が接続されている。営繭容器3は、内側フレーム25に着脱可能に接続されていても良いし、分離不能に固定されていても良い。
【0028】
制御装置26は、外側モータ22および内側モータ24のそれぞれに、電気的に接続されている。
【0029】
図3Aは、一実施形態による営繭容器3の構成の一例を示す図である。
【0030】
図3Aに示した営繭容器3の構成要素について説明する。営繭容器3は、本体31と、蓋32と、蔟34とを備える。本体31の表面には、複数の空気穴33が空いている。蔟34は、本体31の中に入っている。
【0031】
図3Bは、一実施形態による蔟34の構成の一例を示す図である。
【0032】
図3Bに示した蔟34の構成要素について説明する。蔟34は、枠35と、通路36とを備える。
図3Bの例では、蔟34は、細長い紙を長手方向に蛇腹状に折り畳み、通路36となる複数の穴を空け、その周囲に残る枠35が連なった状態に加工したものである。このような蔟34を複数用意して営繭容器3の中に入れることで、繭の毛羽41を支持する枠35と、熟蚕が営繭の場所を求めて営繭容器3の内側を移動する通路36とを備える、複数の三角形の部屋が出来上がる。ただし、蔟34と、蔟34によって形成される部屋とは、
図3Aおよび
図3Bに例示した構成に限定されない。
【0033】
図3Cは、一実施形態による営繭容器3Aの構成の別の一例を示す図である。
図3Cに示した営繭容器3Aは、複数の四角形の部屋を備える。
【0034】
図3Cに示した営繭容器3Aの構成要素について説明する。営繭容器3Aは、本体31と、蓋32と、蔟34Aとを備える。
図3Cの本体31および蓋32については、
図3Aの場合と同様であるので、さらなる詳細な説明を省略する。以下、本体31に入っている蔟34Aの構成例について説明する。
【0035】
図3Dは、一実施形態による蔟34Aの構成の別の一例を示す図である。
【0036】
図3Dに示した蔟34Aの構成要素について説明する。蔟34Aは、複数のプレート371、372を備える。言い換えれば、
図3Dの例では、蔟34Aは、複数のプレート371、372を組み合わせて構成される。
【0037】
プレート371は、枠35Aと、通路36Aと、スリット381とを備える。一例として、プレート371は、細長い長方形の紙に通路36となる複数の穴を空け、これらの穴の周囲に枠35を残し、さらに、隣接する穴の間にスリット381を切り取ることで製造することが出来る。それぞれのスリット381の形状は、細長い長方形であって、その短辺はプレート371の厚さより長く、その長辺はプレート317の幅の半分より長いことが好ましい。さらに、それぞれのスリット381は、プレート371の短辺に平行で、かつ、プレート317の長辺の一方に達していることが好ましい。
【0038】
プレート372は、プレート371と同様に構成されている。すなわち、プレート372は、枠35Aと、通路36Aと、スリット382とを備える。ここで、プレート372のスリット382は、プレート371のスリット381と同様に構成されている。
【0039】
それぞれのプレート371と、それぞれのプレート372とは、互いの短辺が平行で、かつ、互いの長辺が直交するように配置される。このとき、スリット381およびスリット382が向かい合い、さらに、スリット381がプレート372を挟み込み、かつ、スリット382がプレート371を挟み込むように、プレート371およびプレート372を組み合わせる。このように構成される蔟34Aは、営繭容器3Aを複数の四角形の部屋に区切ることが出来る。
【0040】
なお、プレート371およびプレート372は、必ずしも直交しなくても良い。その場合、出来上がる部屋の形状は、平行四辺形になる。さらに、複数のプレート371同士は必ずしも互いに平行に配置されていなくても良いし、また、複数のプレート372同士も必ずしも互いに平行に配置されていなくても良い。その場合、出来上がる部屋の形状は、任意の四角形になる。いずれの場合も、
図3Aおよび
図3Bの場合と同様に、営繭容器3Aに入れられた複数の熟蚕が、通路36Aを通って複数の部屋の間を移動し、各熟蚕が1つの部屋で営繭出来るような蔟34Aを構成することが好ましい。
【0041】
図2A、
図2B、
図3Aおよび
図3Bに示した絹糸の製造装置1およびその構成要素の動作、すなわち一実施形態による絹糸の製造方法について説明する。
図4は、一実施形態による絹糸製造方法の構成の一例を示すフローチャートである。
図4のフローチャートは、合計7の、第0〜第6のステップを含んでいる。まず、第0ステップS100において、絹糸の製造方法が開始される。第0ステップS100の次には、第1ステップS101が実行される。
【0042】
第1ステップS101において、熟蚕が営繭容器3に入れられる。このとき、玉繭の発生を抑制するために、営繭容器3に入れる熟蚕の数は、蔟34の中の枠35で形成された部屋の数と等しい、または、部屋の数以下であることが好ましい。このとき、部屋ごとに一頭の熟蚕を配置しても良いが、熟蚕は通路36を通って部屋を移動するので、熟蚕をまとめて営繭容器3に入れても良い。第1ステップS101の次には、第2ステップS102が実行される。
【0043】
第2ステップS102において、模擬微小重力装置2が動作して営繭容器3を多軸回転させる。ここで、模擬微小重力装置2の動作について説明する。
【0044】
制御装置26は、制御信号を模擬微小重力装置2に向けて適宜に伝達する電気回路であっても良いし、メモリ上のプログラムをプロセッサが実行して同様の動作を行う計算機であっても良い。制御装置26は、外側モータ22の回転動作を制御するために、第1制御信号を生成して外側モータ22に向けて送信する。外側モータ22は、第1制御信号を受信すると、第1制御信号の内容に応じて回転動作を開始し、または停止する。外側モータ22が回転するとき、その回転角速度は一定に保たれることが好ましい。この条件をフィードバック制御によって実現するために、外側モータ22は回転同期信号を制御装置26に向けて送信しても良い。なお、外側モータ22が回転すると、外側フレーム23、内側モータ24、内側フレーム25および営繭容器3は、同じ角速度で回転する。
【0045】
同様に、制御装置26は、内側モータ24の回転動作を制御するために、第2制御信号を生成して内側モータ24に向けて送信する。内側モータ24は、第2制御信号を受信すると、第2制御信号の内容に応じて回転動作を開始し、または停止する。内側モータ24が回転するとき、その回転角速度は一定に保たれることが好ましい。この条件をフィードバック制御によって実現するために、内側モータ24は回転同期信号を制御装置26に向けて送信しても良い。なお、内側モータ24が回転すると、内側フレーム25および営繭容器3は、同じ角速度で回転する。
【0046】
外側モータ22および内側モータ24が同時に回転することによって、内側フレーム25と、内側フレーム25に接続されている営繭容器3とは、2軸回転の環境下に置かれる。このとき、外側モータ22の回転角速度と、内側モータ24の回転角速度との比率を適切な値に設定することによって、営繭容器3は模擬微小重力環境下に置かれる。すなわち、営繭容器3から見た重力方向はあらゆる方向(立体角で4πステラジアン)にくまなく移動するので、時間で積分した重力はほぼゼロとなる。本実施例では時間平均で10
−3Gのオーダーであった。言い換えれば、生物を模擬微小重力環境下に置くことは、その生物から見た重力をあらゆる方向に分散することでもある。以下、模擬微小重力環境下に置くことを、重力分散とも記す。
【0047】
このような模擬微小重力環境下に置かれた一部の生物は、無重力環境下に置かれた場合と同様の反応を示すことが知られている。第2ステップS102の次には、第3ステップS103が実行される。
【0048】
第3ステップS103において、熟蚕が営繭するまで待機する。ここで、熟蚕が営繭容器3の内部を移動し、営繭する部屋を決め、営繭を開始するまでの時間には、個体差がある。繭の収穫は、最後に営繭した熟蚕が繭を完成した後、かつ、最初に営繭した熟蚕が羽化する前に行う必要がある。しかしながら、模擬微小重力装置2が多軸回転を継続している間は、営繭容器3の内部を観察することが困難である。発明者が実験を行った結果、第1ステップS101で営繭容器に熟蚕を入れてから、繭の収穫までの期間は、約一週間が適当であることが確認された。ただし、この期間は、営繭容器3の規模や、営繭容器3に入れられる熟蚕の頭数などに応じて変動することが予想されるので、適宜に調整することが望ましい。第3ステップS103の次には、第4ステップS104が実行される。
【0049】
第4ステップS104において、模擬微小重力装置2の多軸回転動作を停止して、営繭容器3から繭を収穫する。第4ステップS104の次には、第5ステップS105が実行される。
【0050】
第5ステップS105において、収穫された繭から絹糸が取られる。正確には、繭から取られる繭糸を合わせて生糸が取られる。しかし、前述のとおり、このようにして取られる繭糸または生糸は、その外周部に配置されたセリシンの表面が、精錬後の絹糸のように一様になだらかであり、したがって精錬工程が省略可能である。すなわち、このようにして取られる生糸は、そのまま絹糸として使用可能であるので、繭から絹糸を取る、とも表現し得る。第5ステップS105の次には、第6ステップS106が実行される。
【0051】
第6ステップS106において、一実施形態による絹糸の製造方法が終了する。
【0052】
以上に説明した絹糸の製造装置および製造方法によって製造される生糸(または絹糸)の特性について説明する。比較対象として、通常の重力環境下で製造された生糸(または絹糸)を用いる。この比較対象は、
図3Aおよび
図3Bに示したのと同じ営繭容器および蔟を水平に固定した環境下で、模擬微小重力下に置かれた熟蚕と同じ遺伝子を有し、かつ、同様に育成された熟蚕が営繭した繭から取れた生糸(または絹糸)である。なお、ここで同じ遺伝子を有する熟蚕とは、同じ両親から生まれた熟蚕を意味する。このような比較対象を、以下、「平飼い」と呼ぶ。
【0053】
図5Aおよび
図5Bは、従来技術で製造される、平飼いの生糸の電子顕微鏡写真である。外周部に配置されているセリシンの表面に激しい凹凸が認められる。
【0054】
図5Cは、従来技術による精錬工程を経て製造される、平飼いの絹糸の電子顕微鏡写真である。生糸が精錬されることによって、外周部のセリシンの大部分乃至全てが取り除かれた結果、表面が一様になだらかな絹糸が得られる。
【0055】
図5Dは、一実施形態による絹糸製造装置および絹糸製造方法で製造される生糸の電子顕微鏡写真である。この生糸は精錬されていない状態で、すでに平飼いの精錬後の絹糸の状態と同様に、表面が一様になだらかである。
【0056】
以下に、平飼いの(従来技術による)生糸と、重力分散の(上記の一実施形態による)生糸との間で、特性の実測値の比較を行う。実測した特性は、最大伸度、ヤング率および繊度の3種類である。また、平飼いおよび重力分散の双方において、次の様に生成された生糸を用いた。すなわち、収穫した繭から繭糸を取るにあたって、繭を煮る時間は16分間であった。また、繭糸を合わせて生糸を巻き取る繰糸速度は、65m/min(メートル毎分)であった。
【0057】
図6Aは、従来技術で製造される生糸と、一実施形態による絹糸製造装置および絹糸製造方法で製造される生糸との間で、最大伸度を実測して比較した結果の一例を示すグラフである。生糸などの繊維における最大伸度とは、繊維が引っ張られて破断するまでに伸びた長さを、引っ張る前の長さとの割合で示す値であり、その単位は「%(パーセント)」である。一例として、初期長さ100mmの繊維が引っ張られて破断するまでに長さ130mmまで延びた場合、この繊維の最大伸度は30%である。
【0058】
図6Aは、合計12本の棒グラフを含んでいる。これら12本の棒グラフのうち、白い6本は、上記の平飼いによる生糸の伸度を示し、残る黒い6本は、一実施形態の重力分散による生糸の伸度を示す。
【0059】
さらに、
図6Aの横軸に示した1〜6の数値は、最大伸度の実測に用いた生糸が、繭の内側から外側までのどの部分に由来するかを示している。棒グラフの横軸の値が1または2であることは、生糸が繭の外側に由来していることを示す。棒グラフの横軸の値が5または6であることは、生糸が繭の内側に由来していることを示す。棒グラフの横軸の値が3または4であることは、生糸が繭の中間部分に由来していることを示す。なお、熟蚕は、営繭する際、先に繭の外側を構成する繭糸を吐糸し、後から繭の内側を構成する繭糸を吐糸する。ここで、先に吐糸される繭糸は比較的太く、後から吐糸される繭糸は比較的細いことが知られている。
【0060】
図6Aに示したグラフを参照すると、横軸の値が1〜6のいずれである場合についても、平飼いの生糸と、重力分散の生糸との間には、最大伸度の顕著な差が認められない。
【0061】
図6Bは、従来技術で製造される生糸と、一実施形態による絹糸製造装置および絹糸製造方法で製造される生糸との間で、ヤング率を実測して比較した結果の一例を示すグラフである。生糸などの繊維におけるヤング率は、縦弾性係数とも呼ばれ、その繊維の弾性を表す値であり、その単位は「kgf/mm
2(重量キログラム毎平方ミリメートル)」である。
【0062】
図6Bは、
図6Aと同様に、合計12本の棒グラフを含んでいる。各棒グラフの色と、横軸番号については、
図6Aと同様であるので、さらなる詳細な説明を省略する。
【0063】
図6Bに示したグラフを参照すると、全体的な傾向として、重力分散の生糸の方が、平飼いの生糸よりも、ヤング率が有意に高いことが認められる。ヤング率がより大きければ、その繊維はより変形しにくく、すなわちより伸びにくい、とも言える。
【0064】
図6Cは、従来技術で製造される生糸と、一実施形態による絹糸製造装置および絹糸製造方法で製造される生糸との間で、繊度を実測して比較した結果の一例を示すグラフである。生糸などの繊維における繊度とは、繊維の太さを、所定の長さの繊維の重さで示す値であり、その単位は「g/m(グラム毎メートル)」である。この所定の長さは、平飼いと、重力分散との双方において、同じ繰糸機で100回巻きの長さである。
【0065】
図6Cは、
図6Aおよび
図6Bと同様に、合計12本の棒グラフを含んでいる。各棒グラフの色と、横軸番号については、
図6Aおよび
図6Bと同様であるので、さらなる詳細な説明を省略する。
【0066】
図6Cを参照すると、横軸の値が1〜6のいずれである場合についても、平飼いの生糸と、重力分散の生糸との間には、繊度の顕著な差が認められない。
【0067】
以上に説明したように、一実施形態による模擬微小重力環境下で生成した生糸は、精錬工程を省略してそのまま絹糸としての利用が可能である。また、一実施形態による模擬微小重力環境下で生成した生糸は、従来技術で生成した生糸よりも、ヤング率が有意に高い。したがって、一実施形態の絹糸の製造装置および製造方法によれば、高品質な絹糸を、少ない工数で生成することが出来る。
【0068】
以上、発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。また、前記実施の形態に説明したそれぞれの特徴は、技術的に矛盾しない範囲で自由に組み合わせることが可能である。