(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6832010
(24)【登録日】2021年2月3日
(45)【発行日】2021年2月24日
(54)【発明の名称】耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒
(51)【国際特許分類】
B01J 23/89 20060101AFI20210215BHJP
C01B 3/40 20060101ALI20210215BHJP
B01J 23/755 20060101ALI20210215BHJP
B01J 23/887 20060101ALI20210215BHJP
B01J 23/888 20060101ALI20210215BHJP
【FI】
B01J23/89 M
C01B3/40
B01J23/755 M
B01J23/887 M
B01J23/888 M
【請求項の数】6
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2017-129580(P2017-129580)
(22)【出願日】2017年6月30日
(65)【公開番号】特開2019-10628(P2019-10628A)
(43)【公開日】2019年1月24日
【審査請求日】2020年3月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】中西 寛
(72)【発明者】
【氏名】笠井 秀明
(72)【発明者】
【氏名】アレヴァロ ライアン ラクダオ
【審査官】
森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−237066(JP,A)
【文献】
特開2012−196662(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 − 38/74
C01B 3/00 − 3/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステップ段差部分が触媒活性点であるステップ表面を有するニッケル触媒において、最表面のニッケル原子層はそのままでメタンの活性化触媒作用を残存させたまま、少なくともサブ表面で炭素原子と結合する位置にあるニッケル原子を他の元素Mに置き換えることにより、コーキング現象を抑制したことを特徴とする耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒。
【請求項2】
ステップのサブ表面に不純物として他の元素Mの原子を埋め込んだことを特徴とする請求項1に記載の耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒。
【請求項3】
ステップのサブ表面位置の原子を他の元素Mとする構造を特徴とする請求項1に記載の耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒。
【請求項4】
ステップのサブ表面のニッケル原子層を他の元素Mの原子層で置き換えたことを特徴とする請求項1に記載の耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒。
【請求項5】
ステップ段差部分を有する他の元素Mの表面上にニッケルを表面偏析させたことを特徴とする請求項1に記載の耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒。
【請求項6】
前記元素Mが、Ir, Pt, Au, Fe, Co, Tc, Ru, Rh, Pd, Ag及びWからなる群より1種以上選ばれる請求項1から4のいずれか一項に記載の耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の水素の工業的生産には、天然ガスの主成分であるメタン等の炭化水素から、金属触媒を用い、水蒸気改質にて水素を取り出す方法が主として利用されている。この方法を用いて水素を製造する場合、副産物として二酸化炭素が排出されるが、燃料改質工場での集中的排出であるため二酸化炭素の回収が容易であり、地球温暖化における問題は少ない。水蒸気改質触媒としては、工業的にはニッケルが主に用いられている。ニッケルを触媒として用いた場合、炭化水素に含まれる炭素がうまく酸化されず、析出した炭素で触媒表面が覆われる「コーキング現象」がしばしば現れる。このコーキングはニッケルの触媒作用を失活させるため、触媒の寿命が著しく短くなるという問題があった。
【0003】
一方、耐コーキング作用をもつ触媒としてルテニウムが見出されている。ルテニウムは、白金族元素の貴金属で、ニッケルに比べて高価である(ルテニウム190円/g(2017年3月)に対し、ニッケル〜1円/g)。また、ルテニウムは酸化するとRuO
4になる。RuO
4は揮発性が高く(融点40℃)、容易にルテニウムが蒸散する問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J. R. Rostrup-Nielsen, J. Catalysis 85 (1984) 31-43, Page 32, Table 1
【非特許文献2】H. S. Bengaard, et al., J. Catalysis 209 (2002) 365384, Page 373, 5.2.1 節
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は以上のような従来技術の問題に鑑みてされたものであり、水蒸気改質等の触媒にあるメタンの活性化(炭素-水素結合の開裂をともなう化学反応の促進)を残存させたまま、耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒を安価に提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、水蒸気改質触媒の触媒作用について、原子・電子のレベルから反応機構を調査・研究してきた。その結果、原子スケールで平坦な金属表面では触媒活性が無く、活性点は
図1に示すステップ表面の段差部分であることが分かった。
図1にNi(221)ステップ表面に吸着したメタン分子を示す。コーキング作用の著しいニッケルと、コーキング作用の弱いルテニウムで、この活性点における特性の相違を研究した結果、メタン(x=4)から単離炭素(x=0)ができるまでの化学種(CH
x:x=1〜4)においては、大差なく終段(x=0)の炭素原子(C)の吸着状態が著しく異なることが分かった。
図2にニッケル及びルテニウムのステップ表面でのCH
4-n (n=0〜4)とn個のHが共吸着する場合の吸着エネルギーΔE(eV)を示す。ニッケルでは、炭素は最表面の4つのニッケル原子および、サブ表面の一つのニッケル原子との、合計5配位の結合をするのに対して、ルテニウムでは表面の4つのルテニウム原子とだけ結合をすることがわかった。
図3にニッケル及びルテニウムのステップ表面に炭素原子が吸着した場合の電子のエネルギー状態密度を示す。点線で囲んだピークの電子((a)では2ピーク、(b)では1ピーク)の空間分布を挿絵中にしめしている。この電子が(a)C-Niもしくは(b)C-Ru結合に関与している。特に点線で囲んだ(a)の2ピークの内、高エネルギー側の低いピークが、炭素とサブ表面のニッケル原子との結合に関与している(矢印で示す電子の空間分布に示されている)。サブ表面原子と炭素原子が結合することで、ニッケル表面では炭素が極めて安定に存在し、コーキング作用がおこる。
【0007】
ステップの段差が活性点になっているとの推測は以前からあり(例えば、非特許文献1、2)、コーキングを防ぐ手段として、ステップ段差に他の元素(非特許文献1、2では硫黄)を吸着させ、コーキングを抑制するなどの試みもされたが、コーキングとともに水蒸気改質触媒作用そのものも同時に失活する。そこで本発明者等は、ニッケル・ステップ表面にて水蒸気触媒作用を残したまま、コーキングのみ抑制するには、最表面のニッケルはそのままで、サブ表面で炭素と結合する位置にあるニッケル(ステップ直下のサブ表面原子)を他の元素Mに置き換え(
図4(a))、5番目の結合を抑制することを考え、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明によれば、上記課題を解決するため、第1に、ステップ段差部分が触媒活性点であるステップ表面を有するニッケル触媒において、最表面のニッケル原子層はそのままで水蒸気触媒作用を残存させたまま、少なくともサブ表面で炭素原子と結合する位置にあるニッケル原子を他の元素Mの原子に置き換えることにより、コーキング現象を抑制したことを特徴とする耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒が提供される。
【0009】
第2に、上記第1の発明において、ステップのサブ表面に他の元素Mの原子層を埋め込んだことを特徴とする耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒が提供される。
【0010】
第3に、上記第1の発明において、ステップのサブ表面位置の原子を他の元素Mとする構造を特徴とする耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒が提供される。
【0011】
第4に、ステップのサブ表面のニッケル原子層を他の元素Mの原子層で置き換えたことを特徴とする耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒が提供される。
【0012】
第5に、上記第4の発明において、ステップ段差部分を有する他の元素Mの表面上にニッケルを表面偏析させたことを特徴とする耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒が提供される。
【0013】
第6に、上記第1から第5のいずれかの発明において、前記元素Mが、Ir, Pt, Au, Fe, Co, Tc, Ru, Rh, Pd, Ag及びWからなる群より選ばれる1種である耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、メタンの活性化作用を残存させたまま、コーキング現象を抑制でき、安価に耐コーキング作用を有するメタンの活性化触媒を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】Ni(221)ステップ表面に吸着したメタン分子を示す図である。
【
図2】Ni(左図)及びRu(右図)のステップ表面でのCH
4-nとn個のHが共吸着する場合の吸着エネルギー(n=0〜4)を示す図である。
【
図3】Ni(図中(a))及びRu(図中(b))のステップ表面に炭素原子が吸着した場合の電子のエネルギー状態密度を示す図である。
【
図4】Niステップ表面のサブ表面原子を元素Mの原子に置換する3通りの構造を示す図である。
【
図5】ステップ直下のサブ表面Ni原子を元素Mの原子に置き換えた場合(
図4(a))の炭素原子の吸着エネルギーを示す図である。M=Niは、置換しない場合を表す。
【
図6】ステップ直下のサブ表面Ni原子をAuの原子に置き換えた(
図4(a)に示す構造でM=Auの)表面に炭素原子が吸着した場合の電子のエネルギー状態密度を示す図である。
【
図7】Niステップ表面(左図)及びステップ直下のサブ表面原子をAuの原子に置き換えた場合(右図)でのCH
4-nとn個のHが共吸着する場合の吸着エネルギー(n=0〜4)を示す図である。
【
図8】表面第二層すなわちサブ表面Ni原子層を元素Mの原子層に置き換えた(
図4(b)に示す構造の)場合の炭素原子の吸着エネルギーを示す図である。M=Niは、置換しない場合を表す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施の形態に基づいて詳細に説明する。
【0017】
本発明のメタンの活性化触媒は、最表面のニッケルはそのままで、少なくともサブ表面で炭素と結合する位置にあるニッケル(ステップ直下のサブ表面原子)を他の元素Mに置き換え(
図4(a))、5番目の結合を抑制するようにしたことを特徴とする。
【0018】
このようにすることにより、
図5に示す結果が得られた。
図5はステップ直下のサブ表面Ni原子を他の元素Mの原子で置き換えた(
図4(a)に示す構造の)場合の炭素原子の吸着エネルギーを示す図である。-8.324 eVの直線より下(Stronger)が置換前(M=Ni)よりCとの結合が強くなった場合であり、上(Weaker)が置換前よりCとの結合が弱くなった場合である。完全に結合が4配位になるのは、M=Ir, Pt, Auである。
図6にこの場合の一例として、ステップ直下のサブ表面のNi原子をAu原子に置き換えた(
図4(a)に示す構造の)場合の電子エネルギー状態密度を示す。炭素との結合力が、置換しない(M=Ni)場合より弱くなるM=Fe, Co, Tc, Ru, Rh, Pd, Ag, Wの場合もコーキング抑制に効果がある。なお、メタンの活性化触媒作用については、純Niステップ表面同様に失活していないことも調査済みである。
図7に、Niステップ表面(左図)及びステップ直下のサブ表面原子をAuに置き換えた場合(右図)でのCH
4-n(n=0〜4)とn個のHが共吸着する場合の吸着エネルギーを示す。
【0019】
本発明のメタンの活性化触媒では、
図4(a)と同様の置換構造として、不純物としてステップサブ表面に元素Mの原子を埋め込むもの、サブ表面のNi原子層を元素Mの原子層に置き換えるもの(
図4(b))、元素Mの原子からなるステップ表面にNiが表面偏析したもの(
図4(c))なども同様のコーキング抑制効果がある。また、本発明のメタンの活性化触媒では、コアシェル構造のナノ粒子で、コアが元素Mからなる原子層、最表層のシェル(一層)がNi原子層からなる構造としても、同様のコーキング抑制効果がある。
【0020】
図4(b)に示した、表面第二層すなわちサブ表面原子層を元素Mの原子層に置き換えた場合の炭素の吸着エネルギーを
図8に示す。図中でM=Niの場合の吸着エネルギー(-8.324 eV)より下(Stronger)が置換前よりCとの結合が強くなった場合であり、上(Weaker)が置換前よりCとの結合が弱くなった場合である。このサブ表面層置換の構造ではWがよりコーキング抑制効果があることが分かる。
【0021】
本発明によるメタンの活性化触媒は、液相還元法により製造することができる。すなわち、金属イオンを含む溶液を還元することにより金属ナノ粒子を作るが、その粒子の成長過程で、NiとMの配合を制御することにより、
図4(a), (b), (c)の構造を作ることができる。
【0022】
図4(a)の構造は、後述の
図4(b)の製造過程でMの量を減らせば、Mは、テラス上よりステップのところに安定に吸着するので、ステップだけをMで埋めた表面ができる。その上に一層Niを成長させれば
図4(a)の構造が製造できる。
【0023】
図4(b)の構造は、Niでナノ粒子を作り、その上にM相を成長させ、さらにNi相を成長させることにより製造できる。
【0024】
図4(c)の構造は、まずMだけでナノ粒子作っておいて、あとNiイオンを含む溶液を噴霧または、Niイオンを含む溶液に漬けて還元させ表面をNiで覆うか、あるいは、NiとMを混ぜてナノ粒子を混ぜて温度を上げて表面偏析させることにより製造できる。
【0025】
不純物としての埋め込みの場合は、単にNiに少量のMを混ぜて合金化すれば製造できる。
【0026】
なお、液相還元法だけでなく単純なメカニカルアロイング、メカニカルミリングなどでも製造可能である。
【0027】
以上、本発明の触媒を水蒸気改質にて水素を取り出すものとして説明してきたが、本発明の触媒は、ドライリフォーミングや部分酸化などの炭素-水素結合の開裂をともなう化学反応の触媒としても有用である。したがって、生成物として水素以外にもメタノール等の高付加価値化成品製造の触媒にも有用である。