特許第6834209号(P6834209)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6834209製品の状態予測装置、製品の状態制御装置、製品の状態予測方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6834209
(24)【登録日】2021年2月8日
(45)【発行日】2021年2月24日
(54)【発明の名称】製品の状態予測装置、製品の状態制御装置、製品の状態予測方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G05B 13/04 20060101AFI20210215BHJP
   G05B 19/418 20060101ALI20210215BHJP
   B21B 37/76 20060101ALN20210215BHJP
【FI】
   G05B13/04
   G05B19/418 Z
   !B21B37/76 ABBJ
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-139591(P2016-139591)
(22)【出願日】2016年7月14日
(65)【公開番号】特開2018-10521(P2018-10521A)
(43)【公開日】2018年1月18日
【審査請求日】2019年3月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090273
【弁理士】
【氏名又は名称】國分 孝悦
(72)【発明者】
【氏名】小林 俊介
(72)【発明者】
【氏名】角谷 泰則
【審査官】 中田 善邦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−081518(JP,A)
【文献】 特開平04−372046(JP,A)
【文献】 特開平08−240587(JP,A)
【文献】 特開2011−039762(JP,A)
【文献】 特開2008−112288(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 1/00− 7/04,11/00−13/04,
17/00−17/02,21/00−21/02,
G05B19/418,
B21B37/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
製品の製造工程において、状態予測モデルにより製品の状態の予測値を算出する製品の状態予測装置であって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出手段と、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正手段と、
前記抽出手段で抽出した近傍教師データ或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算手段と、
前記計算手段で求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正手段とを備え、
前記修正手段は、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データから当該製造条件に係るすべての近傍教師データを除外することを特徴とする製品の状態予測装置。
【請求項2】
製品の製造工程において、状態予測モデルにより製品の状態の予測値を算出する製品の状態予測装置であって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出手段と、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正手段と、
前記抽出手段で抽出した近傍教師データ或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算手段と、
前記計算手段で求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正手段とを備え、
前記修正手段は、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最大値よりも大きいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最大値に置き換え、また、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最小値よりも小さいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最小値に置き換えることを特徴とする製品の状態予測装置。
【請求項3】
前記データベースは、実績データとして、製品の状態実績値と前記状態予測モデルを用いて算出した製品の状態の予測値との差を製造条件と紐付けて蓄積し、
前記抽出手段は、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ実績データを、前記距離関数に基づいて近傍教師データとして抽出することを特徴とする請求項1又は2に記載の製品の状態予測装置。
【請求項4】
前記製品は鋼板、前記製造工程は冷却工程、前記製品の状態は鋼板の冷却停止温度、前記状態予測モデルは温度予測モデルであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の製品の状態予測装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の製品の状態予測装置と、
前記補正手段で補正した前記予測対象製品の状態の予測値が、予め前記予測対象製品毎に定められた目標値と一致するように、前記製造工程に用いられる製造設備の操作量を制御する制御手段とを備えたことを特徴とする製品の状態制御装置。
【請求項6】
前記製品は鋼板、前記製造工程は冷却工程、前記製品の状態は鋼板の冷却停止温度、前記状態予測モデルは温度予測モデル、前記操作量は冷却水量及び鋼板の搬送速度のうち少なくともいずれかであることを特徴とする請求項5に記載の製品の状態制御装置。
【請求項7】
製品の製造工程において、状態予測モデルを用いて製品の状態の予測値を算出する製品の状態予測方法であって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出ステップと、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出ステップで抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正ステップと、
前記抽出ステップで抽出した近傍教師データ或いは前記修正ステップで修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正ステップで修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算ステップと、
前記計算ステップで求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正ステップとを有し、
前記修正ステップでは、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出ステップで抽出した近傍教師データから当該製造条件に係るすべての近傍教師データを除外することを特徴とする製品の状態予測方法。
【請求項8】
製品の製造工程において、状態予測モデルを用いて製品の状態の予測値を算出する製品の状態予測方法であって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出ステップと、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出ステップで抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正ステップと、
前記抽出ステップで抽出した近傍教師データ或いは前記修正ステップで修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正ステップで修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算ステップと、
前記計算ステップで求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正ステップとを有し、
前記修正ステップでは、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最大値よりも大きいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最大値に置き換え、また、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最小値よりも小さいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最小値に置き換えることを特徴とする製品の状態予測方法。
【請求項9】
製品の製造工程において、状態予測モデルを用いて製品の状態の予測値を算出するためのプログラムであって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出手段と、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正手段と、
前記抽出手段で抽出した近傍教師データ或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算手段と、
前記計算手段で求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正手段としてコンピュータを機能させ、
前記修正手段は、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データから当該製造条件に係るすべての近傍教師データを除外することを特徴とするプログラム。
【請求項10】
製品の製造工程において、状態予測モデルを用いて製品の状態の予測値を算出するためのプログラムであって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出手段と、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正手段と、
前記抽出手段で抽出した近傍教師データ或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算手段と、
前記計算手段で求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正手段としてコンピュータを機能させ、
前記修正手段は、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最大値よりも大きいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最大値に置き換え、また、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最小値よりも小さいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最小値に置き換えることを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば鋼板の冷却工程において、温度予測モデルにより鋼板の冷却停止温度の予測値を算出するのに利用して好適な製品の状態予測装置、製品の状態制御装置、製品の状態予測方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
製品の製造工程において、製品の状態が所望の状態となるように制御するために、製品の状態の実績値と物理モデルである状態予測モデルによる計算値との誤差を学習し、この誤差を用いて状態予測モデルによる計算値を補正して、所望の状態となるように操作量を決定する手法が用いられている。
例えば鋼板の熱間圧延工程の下流の冷却工程では、所定の温度まで鋼板を冷却することで製品に必要な機械特性を得る。
鋼板の冷却制御は、製品の機械特性に直結し、また、歩留まりに影響を及ぼすため、その精度向上が求められる。冷却制御では、水冷による鋼板の温度変化を伝熱モデル計算により推定し、所望の冷却停止温度となるように、冷却水量や鋼板の搬送速度等を決定する。伝熱モデルは熱流体力学や伝熱工学の知見に則り作成されるが、鋼板の表面性状や設備の経時変化等、モデル化が難しいファクターも多く、伝熱モデルによる制御だけでは冷却停止温度を目標値に精度良く一致させることは困難である。
【0003】
そこで、冷却停止温度のモデル計算値と実績値との差(モデル誤差)を学習モデルによって予測し、冷却停止温度のモデル計算値を補正する方法が採用されている。
特許文献1には、冷却工程に供する当該厚鋼板について、冷却工程における厚鋼板の温度変化挙動を予測するための厚鋼板の温度予測モデルを用いて、冷却工程における当該厚鋼板の冷却停止温度の予測値を算出する予測値算出工程、スラブ毎に過去の実績データを蓄積したデータベースから、当該厚鋼板と製造条件が類似する厚鋼板の過去の実績データを抽出する抽出工程、前記抽出工程において抽出した前記過去の実績データに基づいて、線形回帰モデル式をたて、当該厚鋼板の冷却停止温度の予測値の誤差を推定する推定工程、前記予測値算出工程において算出した当該厚鋼板の冷却停止温度の予測値と、前記推定工程において推定した当該厚鋼板の冷却停止温度の予測値の誤差とから、前記冷却停止温度の修正値を算出する修正値算出工程、を有することが開示されている。
【0004】
データベースから実績データを抽出するときに、製造条件の類似の判定は、例えば式(1)の重み付きユークリッド距離関数に基づいて行われる。ここで、xi:=(xi,1,・・・,xi,mTは製造条件、qjは製造条件係数、iは鋼板(製造No)を示す添字(i=0:予測対象材)である。ユークリッド距離diが小さい順に実績データを所定の数だけ抽出する。
【0005】
【数1】
【0006】
このようにして抽出される実績データを近傍教師データとして局所回帰モデルを生成する。例えば式(2)、式(3)で表わされる局所重み付き回帰モデルを生成する。ここで、βは回帰パラメータ、yはモデル誤差実績値、y^(^はyの上に付されているものとする)はモデル誤差予測値、nは近傍教師データ数である。また、wiは重み係数である。
【0007】
【数2】
【0008】
具体的な手段として、局所重み付き線形重回帰(式(4)、式(5))、局所重み付きPLS(Partial Least Squares)回帰(式(6)〜式(8))が提案されている。
【0009】
【数3】
【0010】
【数4】
【0011】
局所重み付き線形重回帰は、モデル誤差予測値y^を製造条件xの線形結合で表わし(式(4))、重み付き誤差2乗和を最小化するような係数aregを求める方法である(式(5))。この方法では、製造条件同士に相関がある場合、回帰係数が不安定になる多重共線性の問題がある。
そこで、局所重み付きPLS回帰では、多重共線性が発生しないよう、変数同士の共分散が最大化される潜在変数zを生成する(式(8))。Ctrは行列XTWyyTWXの固有ベクトルからなる行列である。X:=(x1,・・・,xnT、W:=diag(w1,・・・,wn)、y:=(y1,・・・,ynTである。その後、潜在変数zに対して線形重回帰を行うことにより(式(6)、式(7))、多重共線性の問題を回避している。
【0012】
局所重み付き回帰の手順において、重み係数wiの設定では、例えば式(9)の形が用いられる。αはパラメータであり、正の実数である。
【0013】
【数5】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特許第5682484号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】鉄と鋼, 15, 2509-2514, 1981
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上述したように局所重み付き回帰モデルを生成してモデル誤差予測値を求める場合に、図8に示すように、モデル誤差実績値に対して大きく外れた値801を予測値として出力することがある(以下、外れ予測値と呼ぶ)。図8は、モデル誤差実績値とモデル誤差予測値との関係を示す図である。このような外れ予測値801が発生したまま冷却停止温度のモデル計算値を補正するのでは、冷却停止温度を高い精度で予測できなくなるおそれがある。
【0017】
本発明は上記のような点に鑑みてなされたものであり、鋼板の冷却停止温度等の製品の状態のモデル誤差を予測するに際して、外れ予測値の発生を抑えられるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記の課題を解決するための本発明の要旨は、以下のとおりである。
[1] 製品の製造工程において、状態予測モデルにより製品の状態の予測値を算出する製品の状態予測装置であって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出手段と、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正手段と、
前記抽出手段で抽出した近傍教師データ或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算手段と、
前記計算手段で求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正手段とを備え、
前記修正手段は、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データから当該製造条件に係るすべての近傍教師データを除外することを特徴とする製品の状態予測装置。
[2] 製品の製造工程において、状態予測モデルにより製品の状態の予測値を算出する製品の状態予測装置であって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出手段と、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正手段と、
前記抽出手段で抽出した近傍教師データ或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算手段と、
前記計算手段で求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正手段とを備え、
前記修正手段は、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最大値よりも大きいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最大値に置き換え、また、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最小値よりも小さいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最小値に置き換えることを特徴とする製品の状態予測装置。
[3] 前記データベースは、実績データとして、製品の状態実績値と前記状態予測モデルを用いて算出した製品の状態の予測値との差を製造条件と紐付けて蓄積し、
前記抽出手段は、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ実績データを、前記距離関数に基づいて近傍教師データとして抽出することを特徴とする[1]又は[2]に記載の製品の状態予測装置。
[4] 前記製品は鋼板、前記製造工程は冷却工程、前記製品の状態は鋼板の冷却停止温度、前記状態予測モデルは温度予測モデルであることを特徴とする[1]乃至[3]のいずれか一つに記載の製品の状態予測装置。
[5] [1]乃至[4]のいずれか一つに記載の製品の状態予測装置と、
前記補正手段で補正した前記予測対象製品の状態の予測値が、予め前記予測対象製品毎に定められた目標値と一致するように、前記製造工程に用いられる製造設備の操作量を制御する制御手段とを備えたことを特徴とする製品の状態制御装置。
[6] 前記製品は鋼板、前記製造工程は冷却工程、前記製品の状態は鋼板の冷却停止温度、前記状態予測モデルは温度予測モデル、前記操作量は冷却水量及び鋼板の搬送速度のうち少なくともいずれかであることを特徴とする[5]に記載の製品の状態制御装置。
[7] 製品の製造工程において、状態予測モデルを用いて製品の状態の予測値を算出する製品の状態予測方法であって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出ステップと、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出ステップで抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正ステップと、
前記抽出ステップで抽出した近傍教師データ或いは前記修正ステップで修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正ステップで修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算ステップと、
前記計算ステップで求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正ステップとを有し、
前記修正ステップでは、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出ステップで抽出した近傍教師データから当該製造条件に係るすべての近傍教師データを除外することを特徴とする製品の状態予測方法。
[8] 製品の製造工程において、状態予測モデルを用いて製品の状態の予測値を算出する製品の状態予測方法であって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出ステップと、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出ステップで抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正ステップと、
前記抽出ステップで抽出した近傍教師データ或いは前記修正ステップで修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正ステップで修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算ステップと、
前記計算ステップで求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正ステップとを有し、
前記修正ステップでは、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最大値よりも大きいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最大値に置き換え、また、前記抽出ステップで抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最小値よりも小さいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最小値に置き換えることを特徴とする製品の状態予測方法。
[9] 製品の製造工程において、状態予測モデルを用いて製品の状態の予測値を算出するためのプログラムであって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出手段と、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正手段と、
前記抽出手段で抽出した近傍教師データ或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算手段と、
前記計算手段で求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正手段としてコンピュータを機能させ、
前記修正手段は、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データから当該製造条件に係るすべての近傍教師データを除外することを特徴とするプログラム。
[10] 製品の製造工程において、状態予測モデルを用いて製品の状態の予測値を算出するためのプログラムであって、
予測対象製品の状態の予測値を算出する際に、製造条件を含む実績データを蓄積したデータベースから、前記予測対象製品の製造条件と前記実績データの製造条件との類似度を表す距離関数に基づいて、前記予測対象製品の製造条件と類似する製造条件を持つ前記実績データを近傍教師データとして抽出する抽出手段と、
前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データの当該製造条件の範囲外にあるとき、前記抽出手段で抽出した近傍教師データ及び前記予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正する修正手段と、
前記抽出手段で抽出した近傍教師データ或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値の誤差を求める回帰モデルを生成し、当該回帰モデル、及び前記予測対象製品の製造条件或いは前記修正手段で修正した場合はその修正した製造条件により当該誤差を計算する計算手段と、
前記計算手段で求めた前記予測対象製品の状態の予測値の誤差に基づいて、前記状態予測モデルにより算出する前記予測対象製品の状態の予測値を補正する補正手段としてコンピュータを機能させ、
前記修正手段は、前記予測対象製品のある製造条件が、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最大値よりも大きいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最大値に置き換え、また、前記抽出手段で抽出したいずれかの近傍教師データに含まれる当該製造条件の最小値よりも小さいとき、前記予測対象製品の当該製造条件を前記最小値に置き換えることを特徴とするプログラム。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、鋼板の冷却停止温度等の製品の状態のモデル誤差を予測するに際して、予測対象製品の製造条件が近傍教師データの範囲外にあるとき、近傍教師データ及び予測対象製品の当該製造条件のうち少なくともいずれか一方を修正することにより、外れ予測値の発生を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】冷却制御システムの構成例を示す図である。
図2】局所回帰モデル生成部の機能構成を示すブロック図である。
図3】製造条件とモデル誤差実測値/予測値との関係を示す図である。
図4】第1の実施形態における近傍教師データの修正処理を示すフローチャートである。
図5】第2の実施形態における予測対象材の製造条件の修正処理を示すフローチャートである。
図6】数値実験のための機能構成を示す図である。
図7】発明法におけるモデル誤差実績値とモデル誤差予測値との関係を示す図である。
図8】比較法におけるモデル誤差実績値とモデル誤差予測値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。各実施形態では、本発明を冷却工程における鋼板の冷却停止温度の予測及び制御に適用した例を述べる。
(第1の実施形態)
図1は、冷却設備を含む冷却制御システムの構成例を示す図である。
冷却設備では、搬送テーブル3により鋼板1が搬送され、冷却ノズル2から水を噴射して鋼板1を冷却する。
冷却ノズル2は、冷却プロセスコンピュータ5から出力される指示値に基づいて、冷却水量を制御する。冷却水量の制御方式としては、流量弁開度調節、ノズルON/OFF制御等、一般的な冷却水量の制御方式が適用可能である。
また、搬送テーブル3は、冷却プロセスコンピュータ5から出力される指示値に基づいて、鋼板の搬送速度を制御する。鋼板の搬送速度の制御方式としては、モータドライバによる制御等、一般的な搬送速度制御方式が適用可能である。
冷却設備の出側において、温度計4により鋼板の冷却停止温度が測定され、冷却プロセスコンピュータ5に入力される。温度測定方式としては、放射温度計やサーモグラフィ等、一般的な温度測定方式が適用可能である。
【0022】
冷却プロセスコンピュータ5は、冷却停止温度計算部7、減算器8、データベース9、局所回帰モデル生成部10、及び冷却設定計算部11を備える。冷却プロセスコンピュータ5には、上位の圧延プロセスコンピュータ6から予測対象材の製造条件が入力される。製造条件としては、例えば鋼板サイズ、鋼種、冷却停止温度の目標値等があるが、外気温、圧延ロール粗度等、冷却工程に影響する情報として一般的である要素は含み得る。本実施形態では、冷却プロセスコンピュータ5が本発明でいう製品の状態予測装置、製品の状態制御装置として機能する。
【0023】
冷却停止温度計算部7は、鋼板の製造条件と、冷却設備における水量実績値及び鋼板の搬送速度実績値に基づいて、伝熱モデルからなる温度予測モデルにより鋼板の冷却停止温度の計算値(「冷却停止温度計算値」と呼ぶ)を算出する。
減算器8は、温度計4で測定される冷却停止温度実績値と冷却停止温度計算部7から出力される冷却停止温度計算値との差(「モデル誤差実績値」と呼ぶ)をとる。
【0024】
データベース9は、実績データとして、減算器8から出力されるモデル誤差実績値を製造条件と紐付けて蓄積する。また、データベース9は、予測対象材の製造条件が入力されると、その製造条件と類似する製造条件を持つ実績データを近傍教師データとして抽出し、局所回帰モデル生成部10に出力する機能を有する。本実施形態では、データベース9が本発明でいう抽出手段として機能する。
データベース9から実績データを抽出するときに、製造条件の類似の判定は、例えば式(1)の重み付きユークリッド距離関数に基づいて行われる。なお、本実施形態ではユークリッド距離を例とするが、マハラノビス距離等、多変数系の距離の定義として公知であるものは適用可能である。
【0025】
局所回帰モデル生成部10は、データベース9から抽出される近傍教師データを用いて、温度予測モデルにより算出する予測対象材の冷却停止温度の予測値の誤差(モデル誤差予測値と呼ぶ)を求める局所重み付き回帰モデルを生成し、当該局所重み付き回帰モデルによりモデル誤差予測値を計算する。本実施形態では、局所回帰モデル生成部10が本発明でいう修正手段、計算手段として機能する。
【0026】
冷却設定計算部11は、局所回帰モデル生成部10から出力されるモデル誤差予測値に基づいて、温度予測モデルにより算出する予測対象材の冷却停止温度の予測値を補正する。そして、冷却設定計算部11は、補正した予測対象材の冷却停止温度の予測値が、予め予測対象材毎に定められた目標値と一致するように、冷却水量及び鋼板の搬送速度のうち少なくともいずれかの指示値を補正した上で、冷却水量及び鋼板の搬送速度の指示値を冷却設備に出力する。本実施形態では、冷却設定計算部11が本発明でいう補正手段、制御手段として機能する。なお、本実施形態では冷却水量と鋼板の搬送速度を操作量とする例としたが、それ以外にも冷却ノズル2の高さ等、冷却設備の操作量として一般的である要素は含み得る。
【0027】
ここで、本発明者は、図8に示したように外れ予測値801が出力されるのは、一又は複数の製造条件について、近傍教師データのとりうる値の範囲が狭く、予測対象材の製造条件がこの範囲外に存在する外挿の状態になっているケースであることを見出した。
図3(a)〜(c)に、ある製造条件とモデル誤差実測値/予測値との関係を示す。図3(a)〜(c)の横軸が説明変数である当該製造条件を、縦軸がモデル誤差実績値及びモデル誤差予測値を表わす。○は、当該製造条件について近傍教師データのとりうる値の最大値及び最小値を表わす。
【0028】
図3(a)に示すように、当該製造条件について、近傍教師データの範囲Rが広い場合、操業のばらつきや測定誤差等によりノイズが乗ったとしても、回帰モデルにより求めるモデル誤差予測値はさほど変動しない。したがって、予測対象材の製造条件(図中の星印)が外挿の状態であっても、モデル誤差予測値は実績値(図中の真のモデル)から考えられる範囲からさほどかけ離れたものとはならない。
【0029】
一方、図3(b)に示すように、当該製造条件について、近傍教師データの範囲Rが狭い場合、小さなノイズによっても回帰モデルにより求めるモデル誤差予測値は大きく変動することになる。それでも、予測対象材の製造条件が内挿の状態であれば、モデル誤差予測値は実績値から考えられる範囲からさほどかけ離れたものとはならない。しかしながら、図3(c)に示すように、当該製造条件について、近傍教師データの範囲Rが狭い場合に、予測対象材の製造条件が外挿の状態であると、モデル誤差予測値は実績値から考えられる範囲から大きくかけ離れたものとなる。
【0030】
以上のように、外れ予測値が出力されるのは、ある製造条件について、近傍教師データの範囲Rが狭いためノイズの影響を大きく受け、しかも、予測対象材の製造条件が外挿の状態であることでそのノイズの影響が増幅されることになった結果といえる。
この問題への対策として、本実施形態では、上記のようにノイズの影響を大きく受け、その影響が増幅される製造条件を近傍教師データから除外した上で、回帰計算を行うようにする。
この場合に、近傍教師データの範囲Rの広さ、及び、外挿の状態か否かの両方を評価することが考えられるが、近傍教師データの範囲Rは、製造条件毎に単位系が異なり、製造範囲も製造箇所毎に違うため、一意に判断することは難しい。したがって、外挿の状態か否かを評価することが妥当であるといえる。
【0031】
図2は、局所回帰モデル生成部10の機能構成を示すブロック図である。
101は入力部であり、予測対象材の製造条件と、データベース9から抽出される近傍教師データとを入力する。
【0032】
102は修正部であり、予測対象材のある製造条件が、入力部101で入力した近傍教師データの範囲R外に存在する外挿の状態になっているとき、外挿の状態となるのを避けるように近傍教師データを修正する。具体的には、予測対象材のある製造条件が、近傍教師データの範囲R外に存在するとき、近傍教師データから当該製造条件を除外する。
【0033】
103は局所重み付き回帰計算部であり、入力部101で入力した近傍教師データ、或いは修正部102で修正した場合はその修正した近傍教師データを用いて、局所重み付き線形重回帰(式(4)、式(5))や、局所重み付きPLS回帰(式(6)〜式(8))等により局所重み付き回帰モデルを生成する。修正部102で修正した近傍教師データを用いる場合、局所重み付き回帰モデルは、除外された製造条件を説明変数として含まないかたちとなる。
【0034】
104はモデル誤差計算部であり、局所重み付き回帰計算部103で生成した局所重み付き回帰モデルに予測対象材の製造条件を入力し、予測対象材のモデル誤差予測値を算出する。上述のように修正部102で修正した近傍教師データを用いる場合、局所重み付き回帰モデルは、除外された製造条件を説明変数として含まないかたちとなるので、予測対象材の当該製造条件は使用されないことになる。
【0035】
105は出力部であり、モデル誤差計算部104で算出した予測対象材のモデル誤差予測値を冷却設定計算部11に出力する。
【0036】
図4に、修正部102による近傍教師データの修正処理の例を示す。
近傍教師データの製造条件がxi,jであり、予測対象材の製造条件がx0,jであるとする。iは鋼板を示す添字(i=1〜n)、jは製造条件を示す添え字(j=1〜m)である。
ステップS1で、j=1とする。
ステップS2で、予測対象材の製造条件x0,jが外挿の状態か否か、すなわち近傍教師データの範囲R外に存在するか否かを判定する。具体的には、予測対象材の製造条件x0,jが、製造条件xi,jの最小値min(x1,j,・・・,xn,j)よりも小さいか、或いは製造条件xi,jの最大値max(x1,j,・・・,xn,j)よりも大きいかを判定する。その結果、予測対象材の製造条件x0,jが近傍教師データの範囲R外に存在すれば、ステップS3に進み、近傍教師データの範囲R内に存在すれば、ステップS4に進む。
ステップS3で、近傍教師データから製造条件をxi,jを除外して、ステップS4に進む。
ステップS4で、j=mであるか否かを判定する。j=mに達していなければ、ステップS5でjをインクリメントしてステップS2に戻り、j=mに達していれば、修正した近傍教師データを出力して、本処理を終了する。
【0037】
以上のように、予測対象材の製造条件が、近傍教師データの範囲R外に存在するとき、近傍教師データから当該製造条件を除外するようにしたので、予測対象材の製造条件が外挿の状態となるのを解消することができる。これにより、ノイズの影響を大きく受けたり、その影響が増幅されたりすることがなく、外れ予測値の発生を抑えて、モデル誤差予測値の予測精度を向上させることができる。
【0038】
(第2の実施形態)
第1の実施形態では、予測対象材のある製造条件が近傍教師データの範囲R外に存在するとき、近傍教師データを修正するのに対して、第2の実施形態では、予測対象材の当該製造条件を修正する。なお、局所回帰モデル生成部10を含む冷却制御システムの構成は第1の実施形態と同様であり、以下では、第1の実施形態との相違点を中心に説明し、第1の実施形態との共通点についての説明は省略する。
【0039】
本実施形態では、修正部102は、予測対象材のある製造条件が、入力部101で入力した近傍教師データの範囲R外に存在する外挿の状態になっているとき、外挿の状態となるのを避けるように予測対象材の当該製造条件を修正する。具体的には、予測対象材のある製造条件が、近傍教師データに含まれる当該製造条件の最大値よりも大きいとき、予測対象材の当該製造条件を近傍教師データの最大値に置き換え、また、近傍教師データに含まれる当該製造条件の最小値よりも小さいとき、予測対象材の当該製造条件を近傍教師データの最小値に置き換える。
【0040】
この場合、局所重み付き回帰計算部103は、入力部101で入力した近傍教師データを用いて、局所重み付き線形重回帰(式(4)、式(5))や、局所重み付きPLS回帰(式(6)〜式(8))等により局所重み付き回帰モデルを生成する。
そして、モデル誤差計算部104は、局所重み付き回帰計算部103で生成した局所重み付き回帰モデルに、予測対象材の製造条件(修正部102で修正した場合はその修正した製造条件)を入力し、予測対象材のモデル誤差予測値を算出する。
【0041】
図5に、修正部102による予測対象材の製造条件の修正処理の例を示す。
ステップS11で、j=1とする。
ステップS12、S14で、予測対象材の製造条件x0,jが外挿の状態か否か、すなわち近傍教師データの範囲R外に存在するか否かを判定する。具体的には、ステップS12で、予測対象材の製造条件x0,jが、製造条件xi,jの最小値min(x1,j,・・・,xn,j)よりも小さいか判定し、最小値よりも小さければ、ステップS13に進み、最小値以上であれば、ステップS14に進む。ステップS14で、予測対象材の製造条件x0,jが、製造条件xi,jの最大値max(x1,j,・・・,xn,j)よりも大きいか判定し、最大値よりも大きければ、ステップS15に進み、最大値以下であれば、ステップS16に進む。
ステップS13で、予測対象材の製造条件x0,jを近傍教師データの最小値min(x1,j,・・・,xn,j)に置き換えて、ステップS16に進む。また、ステップS15で、予測対象材の製造条件x0,jを近傍教師データの最大値max(x1,j,・・・,xn,j)に置き換えて、ステップS16に進む。
ステップS16で、j=mであるか否かを判定する。j=mに達していなければ、ステップS17でjをインクリメントしてステップS12に戻り、j=mに達していれば、修正した予測対象材の製造条件を出力して、本処理を終了する。
【0042】
以上のように、予測対象材の製造条件が近傍教師データの範囲R外に存在するとき、予測対象材の当該製造条件を近傍教師データに含まれる当該製造条件の最大値又は最小値に合わせるようにしたので、予測対象材の製造条件が外挿の状態となるのを解消することができる。これにより、ノイズの影響を大きく受けたり、その影響が増幅されたりすることがなく、外れ予測値の発生を抑えて、モデル誤差予測値の予測精度を向上させることができる。
【0043】
本発明は、冷却工程における鋼板の冷却停止温度の予測及び制御に適用できるだけでなく、汎用的に適用可能であって、ある製造設備にて原材料から製品を製造する製造工程において、状態予測モデルにより製品の状態の予測値を算出し、その予測値に基づき製造設備を制御する場合に広く効果を有する。
すなわち、実施形態における鋼板は製品の一例、冷却工程及び設備は製造工程及び設備の一例、鋼板の冷却停止温度は製品の状態の一例、温度予測モデルは状態予測モデルの一例である。そして、本発明を一般的な製造工程に適用する場合、状態制御システムは例えば図1と同様の構成とすればよく、実施形態における冷却停止温度計算部7を状態計算部とし、冷却設定計算部11を設定計算部とし、冷却水量や鋼板の搬送速度の指示値を製造設備の操作量の指示値と置き換えればよい。
製造条件と操作量の実績値から、状態計算部にて製品の状態を状態予測モデルにより予測し、この予測値である状態計算値と状態実績値との誤差であるモデル誤差実績値をデータベース9に蓄積する。そして、予測対象製品の状態の予測値を算出する際、実績データを蓄積したデータベース9から、距離関数に基づいて近傍教師データを抽出し、その近傍教師データを用いて、局所モデル生成部10にて前記モデル誤差を求める局所重み付き回帰モデルを生成し、この局所重み付き回帰モデルに製造条件を与えて計算した予測対象製品のモデル誤差の予測値に基づいて、前記状態予測モデルにより算出した予測対象製品の状態の予測値を補正する。このように補正することで、状態の予測値を実績値に近づけることができる。また、この補正された状態の予測値が予測対象製品毎に定められた目標値と一致するように、設定計算部にて製造設備の操作量の指示値を計算して製造設備を制御することですることで、製品の状態の実績値をより目標値に近づけることができる。
【0044】
例えば本発明を熱間圧延における板幅の予測及び制御に適用する場合、第1の実施形態における冷却設備はエッジャ、サイジングプレス等の鋼板幅加工設備となる。また、製造条件は鋼板サイズ、鋼種、装置入側鋼板温度等、板幅に影響を与えると考えられる要素となる。また、冷却ノズル2、搬送テーブル3はエッジャならば油圧圧下装置、サイジングプレスならば機械クランク等の板幅制御のためのアクチュエータとなる。また、温度計4はラインセンサ等の板幅測定装置となる。また、冷却プロセスコンピュータ5は圧延プロセスコンピュータ、上位の圧延コンピュータ6は加熱プロセスコンピュータもしくはビジネスコンピュータとなる。また、冷却停止温度計算部7は例えば非特許文献1に記載のモデルに基づき、装置出側板幅を計算する板幅計算部となる。また、冷却設定計算部11は例えば非特許文献1に記載のモデルに基づき、装置出側板幅が所望の値となるようにエッジャやサイジングプレスの開度、速度を設定する幅圧下設定計算部となる。
【実施例】
【0045】
本発明を適用した手法による効果を数値実験により検証した。
図6に、数値実験のための機能構成を示す。パーソナルコンピュータでデータベース9及び局所回帰モデル生成部10を再現して、数値実験を行う。工場で操業実績を蓄積している工場データベースからパーソナルコンピュータに製造条件を入力し、データベース9及び局所回帰モデル生成部10によりモデル誤差予測値を出力する。
工場データベースにはモデル誤差実績値も保存されているので、データベース9及び局所回帰モデル生成部10によるモデル誤差予測値と比較し、その精度を評価した。図1と違い、モデル誤差予測値は実操業に反映されないが、モデル誤差を精度良く予測することで、冷却停止温度制御の精度も向上すると考えられる。
【0046】
特許文献1に記載の内容に基づいて、局所回帰モデル生成部10では局所重み付きPLS回帰を用いるものとし、近傍教師データを修正しない場合(比較法)、第1の実施形態に従って近傍教師データを修正した場合(発明法1)、第2の実施形態に従って予測対象材の製造条件を修正した場合(発明法2)のそれぞれについてモデル誤差の予測精度を評価した。
【0047】
図8は、比較法におけるモデル誤差実績値とモデル誤差予測値との関係を示す図である。既述したように、ノイズの影響を受けて、外れ予測値801が発生している。評価指標として平均二乗誤差RMSEは16.11℃、決定係数(寄与率)R2は0.088であった。
【0048】
図7(a)は、発明法1におけるモデル誤差実績値とモデル誤差予測値との関係を示す図、図7(b)は、発明法2におけるモデル誤差実績値とモデル誤差予測値との関係を示す図である。発明法1、2では、いずれも外れ予測値の発生を抑えることができている。発明法1では、平均二乗誤差RMSEは10.82℃、決定係数(寄与率)R2は0.588となり、比較法よりも良い結果が得られた。また、発明法2では、平均二乗誤差RMSEは10.81℃、決定係数R2は0.589となり、比較法よりも良い結果が得られた。
【0049】
本発明を適用した製品の状態予測装置、鋼板の冷却停止温度予測装置、鋼板の冷却制御装置は、例えばCPU、ROM、RAM等を備えたコンピュータ装置により実現される。また、図1では、冷却停止温度計算部7、局所回帰モデル生成部10、冷却設定計算部11が1つのプロセスコンピュータ(冷却プロセスコンピュータ5)で動作する例を説明したが、それぞれ別個のコンピュータ装置で動作し、ネットワークを介して入出力を行うような形態でもよい。また、製造条件は圧延プロセスコンピュータ6からの入力となっているが、上位のビジネスコンピュータからの入力となる等、熱間圧延における加速冷却制御の形態として一般的である構成に対して本発明は適用可能である。
また、本発明は、本発明の機能を実現するソフトウェア(プログラム)を、ネットワーク又は各種記憶媒体を介してシステム或いは装置に供給し、そのシステム或いは装置のコンピュータがプログラムを読み出して実行することによっても実現可能である。
【符号の説明】
【0050】
1:鋼板、2:冷却ノズル、3:搬送テーブル、4:温度計、5:冷却プロセスコンピュータ、7:冷却停止温度計算部、8:減算器、9:データベース、10:局所回帰モデル生成部、11:冷却設定計算部、101:入力部、102:修正部、103:局所重み付き回帰計算部、104:モデル誤差計算部、105:出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8