特許第6834269号(P6834269)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6834269
(24)【登録日】2021年2月8日
(45)【発行日】2021年2月24日
(54)【発明の名称】液晶ポリエステルマルチフィラメント
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/84 20060101AFI20210215BHJP
   C08G 63/60 20060101ALI20210215BHJP
【FI】
   D01F6/84 311
   D01F6/84 303B
   C08G63/60
【請求項の数】10
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2016-174604(P2016-174604)
(22)【出願日】2016年9月7日
(65)【公開番号】特開2018-40076(P2018-40076A)
(43)【公開日】2018年3月15日
【審査請求日】2019年7月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】的場 兵和
(72)【発明者】
【氏名】榮 亮介
(72)【発明者】
【氏名】田中 久順
【審査官】 春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/119756(WO,A1)
【文献】 特開2014−167174(JP,A)
【文献】 特開平07−126974(JP,A)
【文献】 特開平03−294517(JP,A)
【文献】 特開平06−207316(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/095661(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/103986(WO,A1)
【文献】 特開昭57−167429(JP,A)
【文献】 特開昭62−149934(JP,A)
【文献】 特開平04−272246(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F6/84
D01F6/62
D01F6/86
D01D7/00
D01D10/00
C08G63/00−63/91
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xが8.0以下であることを特徴とする液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項2】
糸条柔軟指数Xが5.0以下であることを特徴とする請求項1に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項3】
強度が15.0cN/dtex以上である、請求項1または2に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項4】
液晶ポリエステルが、下記構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)から構成されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【化1】
【請求項5】
構造単位(I)の割合が構造単位(I)、(II)および(III)の合計に対して40〜85mol%であり、構造単位(II)の割合が構造単位(II)および(III)の合計に対して60〜90mol%であり、構造単位(IV)の割合が構造単位(IV)および(V)の合計に対して40〜95mol%である、請求項4に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項6】
液晶ポリエステルを溶融紡糸後パッケージに巻き取り固相重合する液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法であって、固相重合が完了したパッケージを解舒する際に少なくとも4方向に屈曲させ、その後に再び巻き取ることを特徴とする請求項1〜5記載のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントからなる高次加工製品。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントからなるロープまたはスリング。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントからなるテンションメンバー。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメントを含む樹脂強化用繊維材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶ポリエステルマルチフィラメントに関する。詳しくは、一般産業資材用途に好適に用いることができる液晶ポリエステルマルチフィラメントに関する。
【背景技術】
【0002】
液晶ポリエステル繊維は、剛直な分子構造を有する液晶ポリエステルポリマーを原料とし、溶融紡糸においては、分子鎖を繊維軸方向に高度に配向させ、さらに高温長時間の熱処理を施すことで、溶融紡糸で得られる繊維の中では最も高い強度・弾性率が発現することが知られている。また、液晶ポリエステル繊維は、熱処理により分子量が増加するとともに、融点も上昇するため、耐熱性や寸法安定性が向上することも知られている。このような液晶ポリエステル繊維は、一般産業資材用途、例えば、ロープ、スリング、漁網、ネット、メッシュ、織物、布帛、シート状物、ベルト、テンションメンバー、各種補強用コード、樹脂強化用繊維等に好適に用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−107826号公報
【特許文献2】特開平5−222613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記液晶ポリエステル繊維は、そのポリマー特性である「剛直さ」ゆえに、糸条自体も剛直な形態を有する。この糸条の剛直性は、高次加工においてパッケージから原糸を解舒する際に糸条が暴れ、解舒張力の変動増加による品質バラツキ、およびパッケージまたは周辺の糸ガイド等に糸条が引っ掛り、設備の異常停止や糸切れよる工程通過性悪化の要因となっている。特に糸条を縦取解舒する際には、解舒側の糸張力がほぼないため、糸条がさらに暴れやすくなる。特に液晶ポリエステル繊維は、他のスーパー繊維に比べて剛直な糸条を有するため、工程通過性の悪化が顕在化する。
【0005】
特許文献1では、マルチフィラメントの表面に無機粒子を付着させることで、粒子が支点となって糸条が屈曲しやすくなり、屈曲に対する耐久性(耐屈曲疲労性)が向上した可能性が考えられる。しかしながら、特許文献1の中には糸条の柔軟性に関する記載はなく、マルチフィラメント糸表面に無機粒子を付着させただけでは、マルチフィラメント自体の柔軟性は改善できない。
【0006】
また、特許文献2では、重量平均分子量の異なる2種の液晶ポリエステルポリマーの混合物を原料ポリマーとして紡糸することで、繊維表面の分子配向を低下させ、繊維軸に対して垂直方向の力を加えた際のフィブリル化を抑制することにより屈曲変形に対する耐久性を向上させていると考えられる。しかし、特許文献2でも、糸条の柔軟性に関する記載はなく、ニートポリマーを使用した比較例1に比べ実施例1,2の物性変化および耐久性の改善効果が小さいことから、フィブリル化のようなミクロな構造への影響がみられたとしても、糸条の柔軟性といったマクロなレベルでの改善効果はないと考えられる。
【0007】
したがって、パッケージからの原糸解舒性が改善されるほど柔軟な液晶ポリエステルマルチフィラメントは、従来技術では得られていない。
【0008】
そこで本発明では、前記従来技術の有する課題を解決し、高次加工におけるパッケージからの原糸解舒性を改善し、工程通過性を飛躍的に向上させることが可能な柔軟な糸条形態を有する液晶ポリエステルマルチフィラメントを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は次の構成を有する。すなわち、マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xが8.0以下であることを特徴とする液晶ポリエステルマルチフィラメントである。
【0010】
また、本発明は、固相重合が完了したパッケージを解舒する際に、少なくとも84方向に屈曲させた後、巻き取ることを特徴とする上記液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法である。
【0011】
さらに本発明は、上記液晶ポリエステルマルチフィラメントからなる高次加工製品である。
【0012】
また、別の本発明は、上記液晶ポリエステルマルチフィラメントからなるロープまたはスリングである。
【0013】
さらに別の本発明は、上記液晶ポリエステルマルチフィラメントからなるテンションメンバーである。
【0014】
さらに別の本発明は、上記液晶ポリエステルマルチフィラメントからなる樹脂強化用繊維材である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、高次加工におけるパッケージからの原糸解舒性が改善されるため、高次加工時の工程通過性が飛躍的に向上し、高強度ロープやスリング等の一般産業資材用途に好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメント及びその製造方法を詳細に説明する。
【0017】
なお、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法は、本発明で規定する液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られる限り、何ら限定されないが、好ましい形態を以下に述べる。
【0018】
本発明に用いられる液晶ポリエステルとは、加熱して溶融した際に光学異方性(液晶性)を呈するポリエステルを指す。これは、液晶ポリエステルからなる試料をホットステージにのせ、窒素雰囲気下で昇温加熱し、偏光顕微鏡で試料の透過光の有無を観察することにより認定できる。
【0019】
本発明に用いられる液晶ポリエステルとしては、例えば芳香族オキシカルボン酸の重合物(a)、芳香族ジカルボン酸と芳香族ジオール、脂肪族ジオールの重合物(b)、上記(a)と上記(b)の共重合物(c)等が挙げられ、中でも芳香族のみで構成された重合物が好ましい。芳香族のみで構成された重合物は、繊維にした際に優れた強度および弾性率を発現する。また、液晶ポリエステルの重合処方は従来公知の方法を用いることができる。
【0020】
ここで、芳香族オキシカルボン酸としては、例としてヒドロキシ安息香酸(p−ヒドロキシ安息香酸など)、ヒドロキシナフトエ酸等(6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸など)、またはこれらのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体等が挙げられる。
【0021】
また、芳香族ジカルボン酸としては、例としてテレフタル酸、イソフタル酸、ジフェニルジカルボン酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルエーテルジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエタンジカルボン酸等、またはこれらのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体等が挙げられる。
【0022】
更に、芳香族ジオールとしては、例としてヒドロキノン、レゾルシン、ジヒドロキシビフェニル、ナフタレンジオール等、またはこれらのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体等が挙げられ、脂肪族ジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ネオペンチルグリコール等が挙げられる。
【0023】
本発明に用いる液晶ポリエステルは、上記モノマー以外に、液晶性を損なわない程度の範囲で更に他のモノマーを共重合させることができ、例としてアジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジオン酸等の脂肪族ジカルボン酸、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環式ジカルボン酸、ポリエチレングリコール等のポリエーテル、ポリシロキサン、芳香族イミノカルボン酸、芳香族ジイミン、および芳香族ヒドロキシイミン等が挙げられる。
【0024】
本発明に用いる前記モノマー等を重合した液晶ポリエステルの好ましい例としては、p−ヒドロキシ安息香酸成分と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸成分が共重合された液 晶ポリエステル、p−ヒドロキシ安息香酸成分と4,4’−ジヒドロキシビフェニル成分とイソフタル酸成分および/またはテレフタル酸成分が共重合された液晶ポリエステル、p−ヒドロキシ安息香酸成分と4,4’−ジヒドロキシビフェニル成分とイソフタル酸成分とテレフタル酸成分とヒドロキノン成分が共重合された液晶ポリエステルが挙げられる。
【0025】
本発明では特に、下記化学式に示す構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)からなる液晶ポリエステルであることが好ましい。なお、本発明において構造単位とはポリマーの主鎖における繰り返し構造を構成し得る単位を指す。
【0026】
【化1】
【0027】
この組み合わせにより、分子鎖は適切な結晶性と非直線性すなわち溶融紡糸可能な融点を有するようになる。したがって、ポリマーの融点と熱分解温度の間で設定される紡糸温度において良好な製糸性を有するようになり、長手方向に比較的均一な繊維が得られ、かつ適度な結晶性を有するため繊維の強度、弾性率を高めることができる。
【0028】
さらに本発明においては、構造単位(II)、(III)のような嵩高くなく、直線性の高いジオールからなる成分を組み合わせることが好ましい。この成分を組み合わせることにより繊維中で分子鎖は秩序だった乱れの少ない構造を取ると共に、結晶性が過度に高まらず繊維軸垂直方向の相互作用も維持できる。これにより高い強度、弾性率に加えて優れた耐摩耗性も得られるのである。
【0029】
上記した構造単位(I)は構造単位(I)、(II)および(III)の合計に対して40〜85mol%が好ましく、より好ましくは65〜80mol%、さらに好ましくは68〜75mol%である。このような範囲とすることで結晶性を適切な範囲とすることができ高い強度、弾性率が得られ、かつ融点も溶融紡糸可能な範囲となる。
【0030】
構造単位(II)は構造単位(II)および(III)の合計に対して60〜90mol%が好ましく、より好ましくは60〜80mol%、さらに好ましくは65〜75mol%である。このような範囲とすることで結晶性が過度に高まらず繊維軸垂直方向の相互作用も維持できるため耐摩耗性を高めることができる。
【0031】
構造単位(IV)は構造単位(IV)および (V)の合計に対して40〜95mol%が好ましく、より好ましくは50〜90mol%、さらに好ましくは60〜85mol%である。このような範囲とすることでポリマーの融点が適切な範囲となり、ポリマーの融点と熱分解温度の間で設定される紡糸温度において良好な製糸性を有するようになり単繊維繊度が細く、長手方向に比較的均一な繊維が得られる。
【0032】
なお、構造単位(II)と(III)の合計と(IV)と(V)の合計は実質的に等モルであることが好ましい。ここでいう実質的に等モルとは主鎖を構成するジオキシ単位とジカルボニル単位が等モル量存在することをいい、末端の構造単位は一方が偏在する場合などもあり必ずしも等モルにならなくてもよいことを意味する。
【0033】
本発明に用いる液晶ポリエステルの各構造単位の特に好ましい範囲は以下のとおりである。なお、各構造単位の好ましい範囲は、構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)の合計を100mol%とした時の範囲である。この範囲の中で上記した条件を満たすよう組成を調整することで本発明の液晶ポリエステル繊維が好適に得られる。
【0034】
構造単位(I) 45〜65mol%
構造単位(II) 12〜18mol%
構造単位(III) 3〜10mol%
構造単位(IV) 5〜20mol%
構造単位(V) 2〜15mol%
本発明に用いる液晶ポリエステルのポリスチレン換算の重量平均分子量(以下、Mw)は3万以上が好ましく、5万以上がより好ましい。Mwを3万以上とすることで紡糸温度において適切な粘度を持ち製糸性高めることができ、Mwが高いほど得られる繊維の強度、伸度、弾性率は高まる。また流動性を優れたものとする観点から、Mwは25万未満が好ましく、15万未満がより好ましい。なお、本発明で言うMwとは実施例記載の方法により求められた値とする。
【0035】
本発明に用いる液晶ポリエステルの融点は、溶融紡糸のし易さ、耐熱性の面から200〜380℃の範囲のものが好ましく、より好ましくは250〜350℃であり、更に好ましくは290〜340℃である。なお本発明で言う融点とは実施例記載の方法により求められた値とする。
【0036】
また、本発明に用いる液晶ポリエステルには、本発明の効果を損なわない範囲で他のポリマーを添加・併用することができる。添加・併用とは、ポリマー同士を混合する場合や、2成分以上の複合紡糸において一方の成分、乃至は複数の成分に他のポリマーを部分的に混合使用すること、あるいは全面的に使用することをいう。他のポリマーとしては、例としてポリエステル、ポリオレフィンやポリスチレン等のビニル系重合体、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリイミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、芳香族ポリケトン、脂肪族ポリケトン、半芳香族ポリエステルアミド、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂等のポリマーを添加しても良く、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン46、ナイロン6T、ナイロン9T、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリシクロヘキサンジメタノールテレフタレート、ポリエステル99M等が好適な例として挙げられる。なお、これらのポリマーを添加・併用する場合、その融点は液晶ポリエステルの融点±30℃以内にすることが製糸性を損なわないために好ましく、また、得られる繊維の強度、弾性率を向上させるためには添加・併用する量は液晶ポリエステルに対して50重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましく、実質的に他のポリマーを添加・併用しないことが最も好ましい。
【0037】
本発明に用いる液晶ポリエステルには、本発明の効果を損なわない範囲内で、各種金属酸化物、カオリン、シリカ等の無機物、着色剤、艶消剤、難燃剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、赤外線吸収剤、結晶核剤、蛍光増白剤、末端基封止剤、相溶化剤等の添加剤を少量含有していても良い。
【0038】
液晶ポリエステルマルチフィラメントの溶融紡糸において、基本的な溶融押出法としては通常の手法を用いることができるが、重合時に生成する秩序構造をなくすためにエクストルーダー型の押出機を用いることが好ましい。押し出されたポリマーは配管を経由しギアーポンプ等公知の計量装置により計量され、異物除去のフィルターを通過した後、口金へと導かれる。このときポリマー配管から口金までの温度(紡糸温度)は液晶ポリエステルの融点以上、熱分解温度以下とすることが好ましく、液晶ポリエステルの融点+10℃以上、400℃以下とすることがより好ましく、液晶ポリエステルの融点+20℃以上、370℃以下とすることが更に好ましい。なお、ポリマー配管から口金までの温度をそれぞれ独立して調整することも可能である。この場合、口金に近い部位の温度をその上流側の温度より高くすることで吐出が安定する。
【0039】
また、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの溶融紡糸では、通常、エネルギーコストの低減や生産性向上を目的に、1つの口金に多数の口金孔を穿孔するため、それぞれの口金孔の吐出、細化挙動を安定させた方が良い。
【0040】
これを達成するためには口金孔の孔径を小さくするとともに、ランド長(口金孔の直管部の長さ)を長くすることが好ましい。ただし孔の詰まりを有効に防止する観点から孔径は0.03mm以上、1.00mm以下が好ましく、0.05mm以上、0.80mm以下がより好ましく、0.08mm以上、0.60mm以下がさらに好ましい。圧力損失が高くなるのを有効に防止する観点から、ランド長Lを孔径Dで除した商で定義されるL/Dは0.5以上、3.0以下が好ましく0.8以上、2.5以下がより好ましく、1.0以上、2.0以下が更に好ましい。
【0041】
また、マルチフィラメントの生産性を向上させるために1つの口金の孔数は10孔以上500孔以下が好ましく、10孔以上400孔以下がより好ましく、10孔以上300孔以下が更に好ましい。なお、口金孔の直上に位置する導入孔は直径が口金孔径の5倍以上のストレート孔とすることが圧力損失を高めない点で好ましい。導入孔と口金孔の接続部分はテーパーとすることが異常滞留を抑制する上で好ましいが、テーパー部分の長さはランド長の2倍以下とすることが圧力損失を高めず、流線を安定させる上で好ましい。
【0042】
口金孔より吐出されたポリマーは保温領域、冷却領域を通過させ固化してフィラメントとした後、一定速度で回転するローラー(ゴデットローラー)により引き取られる。保温領域は過度に長いと製糸性が悪くなるため口金面から400mmまでとすることが好ましく、300mmまでとすることがより好ましく、保温領域を200mmまでとすることが更に好ましい。保温領域は加熱手段を用いて雰囲気温度を高めることも可能であり、その温度範囲は100℃以上、500℃以下が好ましく、200℃以上、400℃以下がより好ましい。冷却は不活性ガス、空気、水蒸気等を用いることができるが、平行あるいは環状の空気流を用いることが環境負荷を低くする点から好ましい。
【0043】
引き取り速度は生産性向上のため50m/分以上が好ましく、300m/分以上がより好ましく、500m/分以上が更に好ましい。本発明に用いる液晶ポリエステルは紡糸温度において好適な曳糸性を有することから引き取り速度を高速にできる。上限は特に制限されないが、本発明に用いる液晶ポリエステルにおいては曳糸性の点から3,000m/分程度となる。
【0044】
引き取り速度を吐出線速度で除した商で定義される紡糸ドラフトは1以上500以下とすることが好ましく、5以上200以下とすることがより好ましく、12以上100以下とすることが更に好ましい。本発明に用いる液晶ポリエステルは好適な曳糸性を有することからドラフトを高くでき、生産性向上に有利である。なお、紡糸ドラフトの計算に用いた、吐出線速度(m/分)とは、単孔あたりの吐出量(m/分)を単孔断面積(m)で除した商で定義される値であり、引き取り速度(m/分)を吐出線速度で除するため、紡糸ドラフトは無次元数となる。
【0045】
本発明では製糸性および生産性向上の観点から、上記紡糸ドラフトを得るために紡糸パックあたりのポリマー吐出量を10〜2,000g/分と設定することが好ましく、20〜1,000g/分と設定することがより好ましく、30〜500g/分と設定することが更に好ましい。10〜2,000g/分と高吐出で紡糸することで、液晶ポリエステルの生産性が向上する。
【0046】
巻き取りは通常の巻き取り機を用いチーズ、パーン、コーン等の形状のパッケージとすることができるが、巻量を高く設定できるチーズ巻きのパッケージとすることが好ましい。
【0047】
液晶ポリエステルマルチフィラメントの溶融紡糸では、オイリングローラー等で吐出糸条に紡糸油剤を付与することでマルチフィラメントを集束させ、ローラー等で引き取った後、延伸することなく、ワインダーで巻き取ることが一般的である。このように、マルチフィラメント紡出糸条を集束させることで、巻き取り性が向上し、巻崩れのないパッケージが得られる。
【0048】
液晶ポリエステルマルチフィラメントにおいては、溶融紡糸してフィラメントとした後に固相重合を行うことが好ましい。
【0049】
パッケージ状で固相重合を行う場合、融着し易いので、これを防止するためには巻密度が0.30g/cm以上のパッケージとしてボビン上に形成し、これを固相重合することが好ましい。ここで巻密度とは、パッケージ外形寸法と心材となるボビンの寸法から求められるパッケージの占有体積Vf(cm)と繊維の重量Wf(g)からWf/Vf(g/cm)により計算される値である。巻密度は過度に小さいとパッケージにおける張力が不足するため繊維間の接点面積が大きくなり融着が増大するだけでなく、パッケージが巻き崩れるため0.30g/cm以上とすることが好ましく、0.40g/cm以上とすることがより好ましく、0.50g/cm以上とすることが更に好ましい。また、上限は特に制限されないが、巻密度が過度に大きいとパッケージの内層における繊維間の密着力が大きくなり接点での融着が増大するため、1.50g/cm以下とすることが好ましい。本発明においては、融着軽減および巻き崩れ防止の観点から、巻密度を0.30〜1.00g/cmとすることがより好ましい。
【0050】
このような巻密度のパッケージは、工程通過性が良く、工程の簡略化が可能である。例えば、液晶ポリエステルの溶融紡糸後に直接巻き取って、上記巻密度を有するパッケージを形成することも可能であり、工程通過性の向上が図れる。また、固相重合時の糸重量を調整する際などに、溶融紡糸で一旦巻き取ったパッケージを巻き返して、上記巻密度を有するパッケージを形成することも可能である。パッケージ形状を整え巻密度制御するためには通常用いられるコンタクトロール等を用いず、パッケージ表面を非接触の状態で巻き取ることや、溶融紡出した原糸を調速ロールを介さず直接、速度制御された巻取機で巻き取ることも有効である。これらの場合、パッケージ形状を整えるためには、巻取速度を3000m/分以下、特に2000m/分以下とすることが好ましい。下限としては生産性の点から50m/分以上であることが好ましい。
【0051】
該パッケージを形成するために用いられるボビンは円筒形状のものであればいかなるものでも良く、パッケージとして巻き取る際に巻取機に取り付けこれを回転させることで繊維を巻き取り、パッケージを形成する。固相重合に際してはパッケージをボビンと一体で処理することもできるが、パッケージからボビンのみを抜き取って処理することもできる。ボビンに巻いたまま処理する場合、該ボビンは固相重合温度に耐える必要があり、アルミや真鍮、鉄、ステンレスなどの金属製であることが好ましい。またこの場合、ボビンには多数の穴の空いていることが固相重合を効率的に行えるため好ましい。またパッケージからボビンを抜き取って処理する場合には、ボビン外表面に外皮を装着しておくことが好ましい。また、いずれの場合にもボビンの外表面にはクッション材を巻き付け、その上に液晶ポリエステル溶融紡糸フィラメントを巻き取っていくことが好ましい。クッション材の材質は、アラミド繊維などの有機繊維または金属繊維からなるフェルトが好ましく、厚みは0.1mm以上、20mm以下が好ましい。前述の外皮を該クッション材で代用することもできる。
【0052】
該パッケージの繊維重量は巻密度が本発明の範囲内となるものであればいかなる重量でも良いが、生産性を考慮すると0.01kg以上、11kg以下が好ましい範囲である。なお、糸長としては1万m以上200万m以下が好ましい範囲である。
【0053】
固相重合時の融着を防ぐため、フィラメントの表面に油剤を付着させることは好ましい実施形態である。これら成分の付着は溶融紡糸から巻き取りまでの間に行っても良いが、付着効率を高めるためには巻き返しの際に行う、あるいは溶融紡糸の時点で少量を付着させ、巻き返しの際にさらに追加することが好ましい。
【0054】
油剤付着方法はガイド給油でも良いが、繊維に均一に付着させるためには金属製あるいはセラミック製のキスロール(オイリングロール)による付着が好ましい。
【0055】
油剤の成分としては固相重合での高温熱処理で揮発させないため耐熱性が高い方が良く、通常の無機粒子、フッ素系化合物、シロキサン系化合物(ジメチルポリシロキサン、ジフェニルポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサンなど)およびこれらの混合物などが好ましい。本発明における通常の無機粒子とは、例として鉱物、水酸化マグネシウム等の金属水酸化物、シリカやアルミナ等の金属酸化物、炭酸カルシウムや炭酸バリウム等の炭酸塩化物、硫酸カルシウムや硫酸バリウム等の硫酸塩化合物の他、カーボンブラック等が挙げられる。
【0056】
また、これらの成分は固体付着、油剤の直接塗布でも構わないが付着量を適正化しつつ均一塗布するためにはエマルジョン塗布が好ましく、安全性の点から水エマルジョンが特に好ましい。したがって成分としては水溶性あるいは水エマルジョンを形成しやすいことが望ましく、中でもシロキサン系化合物の水エマルジョンを主体とし、これにシリカやケイ酸塩を添加した混合油剤が固相重合条件下において不活性であり、固相重合での融着防止効果に加え、易滑性にも効果を示すため好ましい。ケイ酸塩を用いる場合は、特に層状構造を持つフィロケイ酸塩が好ましい。なおフィロケイ酸塩としては、カオリナイト、ハロイ石、蛇文石、珪ニッケル鉱、スメクタイト族、葉ろう石、滑石、雲母などが挙げられるが、これらの中でも入手の容易性を考慮して滑石、雲母を用いることが最も好ましい。
【0057】
繊維への油剤の付着量は融着抑制のためには多い方が好ましく、繊維全体を100重量%としたときに0.5重量%以上が好ましく、1.0重量%以上がより好ましい。一方、多すぎると繊維がべたつきハンドリングを悪化させる他、後工程で工程通過性を悪化させるため10.0重量%以下が好ましく、8.0重量%以下がより好ましく、6.0重量%以下が特に好ましい。なお、繊維への油剤付着量は実施例に記載した方法により求められる値を指す。
【0058】
固相重合は窒素等の不活性ガス雰囲気中や、空気のような酸素含有の活性ガス雰囲気中または減圧下で行うことが可能であるが、設備の簡素化および繊維あるいは付着物の酸化防止のため窒素雰囲気下で行うことが好ましい。この際、固相重合の雰囲気は露点が−40℃以下の低湿気体が好ましい。
【0059】
固相重合温度は、固相重合に供する液晶ポリエステルフィラメントの融点(Tm1)に対し、最高到達温度が液晶ポリエステルフィラメントの融点(Tm1)−80℃以上であることが好ましい。このような融点近傍の高温とすることで固相重合が速やかに進行し、繊維の強度を向上させることができる。また最高到達温度はTm1未満とすることが融着防止のために好ましい。また固相重合の進行と共に液晶ポリエステルフィラメントの融点は上昇するため、固相重合温度を固相重合の進行状態に応じて固相重合に供する液晶ポリエステルフィラメントの融点(Tm1)+100℃程度まで高めることができる。なお固相重合温度を時間に対し段階的にあるいは連続的に高めることは、融着を防ぐと共に固相重合の時間効率を高めることができ、より好ましい。
【0060】
固相重合時間は、繊維の強度、弾性率、融点を十分に高くするために最高到達温度で5時間以上とすることが好ましく、10時間以上がより好ましい。上限は特に制限されないが強度、弾性率、融点増加の効果は経過時間と共に飽和するため100時間程度で十分であり、生産性を高めるためには短時間が好ましく、50時間程度でも問題はない。
【0061】
固相重合後のパッケージは、運搬効率を高めるために固相重合後のパッケージを再度巻き返して巻密度を高めることが好ましい。このとき、フィラメントを固相重合パッケージから解舒する際には解舒による固相重合パッケージの崩れを防ぎ、さらに軽微な融着を剥がす際のフィブリル化を抑制するために、固相重合パッケージを回転させながら回転軸と垂直方向(繊維周回方向)に糸を解舒する、いわゆる横取りにより解舒することが好ましい。さらに固相重合パッケージの回転は自由回転ではなく積極駆動により回転させることがパッケージからの糸離れ張力を低減させフィブリル化をより抑制できる点で好ましい。
【0062】
本発明の如きマルチフィラメントの糸条柔軟指数Xが8.0以下であることを特徴とする液晶ポリエステルマルチフィラメントを得るための方法は何ら限定されるものではないが、例えば、固相重合が完了したパッケージからフィラメントを解舒する際に、複数の方向に屈曲を与える方法がある。ここでいう方向とは、解舒後におけるマルチフィラメントの長手方向に対して垂直な面内において0〜360°の範囲示される方向を指し、最初に屈曲した方向と以降に屈曲した方向とがなす角度を方位角と定義する(したがって、最初に屈曲した方向の方位角は0°である。)。
【0063】
すなわち本発明では、液晶ポリエステルマルチフィラメントの解舒方法と糸条柔軟性の関係を鋭意検討した結果、固相重合が完了したパッケージから解舒されるフィラメントに対して、複数の方向への屈曲を与えることでマルチフィラメントが柔軟になることを見出した。
【0064】
マルチフィラメントの柔軟性を高めるために、屈曲を与える方向としては、4方向以上が好ましく、8方向以上とすることがさらに好ましい。また、上限は特に制限されないが、糸仕掛け時の作業性が悪化する点から36方向以下とすることが好ましい。本発明においては、糸掛けの作業性および設備簡易化の観点から、4〜18方向が好ましい範囲である。
【0065】
複数の方向に屈曲を加える際の方位角は、マルチフィラメント中の各フィラメントを均一に柔軟にするために360°を屈曲させる回数で等分した角度とすることが好ましい。例えば、8方向に屈曲させる際の方位角は、解除後におけるマルチフィラメントの長手方向に対して垂直な面内において0〜360°を8等分割した際の角度であり、0°、45°、90°、135°、180°、225°、270°、315°となる。また、上記角度において、方位角は0°(最初の屈曲)以外はいずれの順番で屈曲させても良い。
【0066】
ガイドとガイド間の距離(1つの屈曲から次の屈曲までの距離)は、屈曲を付与した後の糸ブレを抑え、ガイドからの糸外れ、ガイドへの糸条の引掛りを抑制するため、50cm以上とするのが良く、設備をコンパクトにするため100cm以下とするのが良い。
【0067】
屈曲を与える方法としては、バーガイド、ループガイド、アイレットガイド、スリットガイド、フックガイド、スネールガイド、ローラーガイド、ベアリングローラーガイド等の糸ガイドで屈曲させるのが好ましく、中でもマルチフィラメントの擦過を低減させるためにローラーガイド、ベアリングローラーガイドを使用することがさらに好ましい。
【0068】
上記ガイド通過後の屈曲角は、屈曲を効果的に付与し、糸条の柔軟性を高めるために30°以上が好ましく、60°以上がさらに好ましい。また上限は特に制限されないが、糸掛けの作業性の観点から90°以下とすることが好ましい。ここでいう屈曲角とは、ガイド通過前の走行糸条の長手方向に伸ばした延長線と、ガイド通って屈曲した後の走行糸条の長手方向のなす角度を指す。
【0069】
屈曲を与えた後で、再び液晶ポリエステルマルチフィラメントパッケージを形成する。本発明においては、パーン、ドラム、コーンなどの形態のパッケージとすることができるが、生産性の観点から巻量を多く確保することができるドラム巻取パッケージとすることが好ましい。
【0070】
また、本発明における液晶ポリエステルマルチフィラメントは、高次加工製品とした場合の工程通過性を高めるために、マルチフィラメントに集束性を付与した方が良く、目的に応じて各種仕上油剤を付与することが好ましい態様である。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの糸条柔軟指数Xは8.0以下であることが必須であり、5.0以下が好ましく、4.0以下がさらに好ましい。8.0を超えると解舒時に糸条が暴れ、張力変動に起因した品質変動の発生、パッケージまたは糸ガイド等への糸条の引掛りが多発し、安定解舒が困難である。糸条柔軟指数を8.0以下とすることでパッケージ解舒時の解舒性は大幅に改善し、高次加工時の工程通過性を飛躍的に向上させることができる。パッケージ解舒時の解舒性を改善するためには柔軟性の向上が必要であり、その柔軟性の指標として糸条柔軟指数が有効であることを本発明者らは見出し、本発明に到達したものである。また、本発明で達し得る糸条柔軟指数Xの下限としては0.1程度である。なお、マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xの定義及び測定方法は後述する。
【0071】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの単繊維繊度は、1〜30dtexであることが好ましい。また、1〜20dtexであることがより好ましい。1〜30dtexと単繊維繊度を細くすることで、吐出後に単繊維内部まで均一な冷却が可能となり、製糸性が安定し、毛羽品位の良好な液晶ポリエステルマルチフィラメントが得やすくなるだけでなく、熱処理時に外気に触れる繊維表面積が増え、高強度・高弾性化に有利である。単繊維繊度が1〜30dtexである本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの糸条は柔軟であるため、高次工程通過性に優れる上、織物などに用いた場合には、糸条の充填率が高く、高密度化および収納性向上が図れる。なお、本発明では総繊度を単繊維数で除した商を単繊維繊度(dtex)とした。
【0072】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの単繊維数(フィラメント数)は10〜500本が好ましく、10〜400本であることがより好ましく、10〜300本であることがさらに好ましい。単繊維数を10〜500本とすることで、マルチフィラメントの生産性向上が図れる上、熱処理時に外気に触れる繊維表面積が大きくなるため固相重合反応が促進されて、強度・弾性率のバラツキが低減し、均一な物性を有する液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られる。また、紡糸で得られたサンプルを分繊あるいは合糸して単繊維数が10〜500本の液晶ポリエステルマルチフィラメントとすることも何等差し支えない。なお、単繊維数は実施例に記載した手法により求められる値を指す。
【0073】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの総繊度Tは、100〜3,000dtexが好ましく、150〜2,500dtexであることがより好ましく、200〜2000dtexであることがさらに好ましい。100〜3,000dtexとすることで、工程通過性が高く、原糸使用量が極めて多い産業資材用途に好適である。また、紡糸で得られたサンプルを分繊あるいは合糸して総繊度が100〜3,000dtexの液晶ポリエステルマルチフィラメントとすることも何等差し支えない。なお、総繊度は実施例に記載した手法により求められる値を指す。
【0074】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の強度は、15.0cN/dtex以上が好ましく、17.0cN/dtex以上がより好ましく、19.0cN/dtex以上が更に好ましい。強度が15.0cN/dtex以上あることで、高強度かつ軽量化が求められる産業資材用途に好適である。強度の上限は特に限定されないが、本発明で達し得る上限としては30.0cN/dtex程度である。なお、本発明で言う強度は実施例に記載した強伸度・弾性率測定での破断強度を指す。
【0075】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の伸度は、5.0%以下が好ましく、4.5%以下がより好ましく、4.0%以下が更に好ましい。伸度が5.0%以下であるため、外部から応力を受けた際に伸びにくく、重量物を吊り上げる際に寸法変化を生じずに好適に使用できる。伸度の下限は特に限定されないが、本発明で達し得る下限としては1.0%程度である。なお、本発明で言う伸度は実施例に記載した強伸度・弾性率測定での破断伸度を指す。
【0076】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の弾性率は、300cN/dtex以上が好ましく、500cN/dtex以上がより好ましく、700cN/dtex以上が更に好ましい。弾性率が300cN/dtex以上あることで、応力を受けた際の寸法変化が小さく産業資材用途に好適である。弾性率の上限は特に限定されないが、本発明で達しえる上限としては弾性率1,000cN/dtex程度である。なお、本発明で言う弾性率とは実施例に記載した強伸度・弾性率測定での弾性率を指す。
【0077】
かくして得られた本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、糸条柔軟指数Xが8.0以下であり、このような形態を有する液晶ポリエステルマルチフィラメントは、糸条が極めて柔軟なため、高次加工におけるパッケージの解除性に優れ、工程通過性を大幅に向上させることができる。このように、マルチフィラメントの形態を制御した、高強度、高弾性、耐熱性、寸法安定性、耐薬品性、低吸湿特性を有する液晶ポリエステルマルチフィラメントは、一般産業資材用途で好適に用いることができる。一般産業資材用途の例としては、ロープ、スリング、漁網、ネット、メッシュ、織物、布帛、シート状物、ベルト、テンションメンバー、土木・建築資材、スポーツ資材、防護資材、ゴム補強資材、各種補強用コード、樹脂強化用繊維材、電気材料、音響材料等が挙げられる。この中でも、ロープ、スリング、テンションメンバー、樹脂強化用繊維材等では、設備が簡易となる点から、一般に縦取りでのパッケージ解舒を実施しており、本発明の柔軟な糸条形態を有する液晶ポリエステルマルチフィラメントは特に好適に使用できる。
【実施例】
【0078】
次に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれにより何等限定されるものではない。なお、明細書本文および実施例に用いた特性の定義および各物性の測定、算出法を以下に示す。
【0079】
(1)融点
示差走査熱量計(TA 1nstruments社製DSC2920)で行う示差熱量測定において、50℃から20℃/分の昇温条件測定した際に観測される吸熱ピーク温度(Tm1)の観測後、およそTm1+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温速度で50℃まで冷却し、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピーク温度(Tm2)を融点とした。同様の操作を2回行い、2回の平均値を液晶ポリエステルの融点Tm2(℃)とした。
【0080】
(2)ポリスチレン換算の重量平均分子量(分子量)
溶媒としてペンタフルオロフェノール/クロロホルム=35/65(重量比)の混合溶媒を用い、120℃で20分攪拌しながら、液晶ポリエステルを混合溶媒に溶解させる。このとき、液晶ポリエスエルの濃度が0.04重量%となるように調製し、GPC測定用試料とする。これをWaters社製GPC測定装置を用いて測定し、ポリスチレン換算によりMwを求めた。同様の操作を2回行い、2回の平均値を重量平均分子量(Mw)とした。
【0081】
カラム:ShodexK−G(1)
ShodexK−806M(2)
ShodexK−802(1)
検出器:示差屈折率検出器RI(2414型)
温度 :23±2℃
流速 :0.8mL/分
注入量:0.200mL
(3)水分率
平沼産業社製カールフィッシャー水分計(AQ−2100)を用いた電量滴定法で測定した。試行回数3回の平均値を用いた。
【0082】
(4)油剤濃度
油剤を分散させた溶液の重量をW0、油剤の重量をW1とした場合に、W1をW0で除した商に100を乗じた積を油剤濃度(重量%)とした。
【0083】
(5)油剤付着量
検尺機にて繊維を100mカセ取りして重量を測定した後、カセを100mlの水に浸して超音波洗浄機を用いて1時間洗浄を行った。超音波洗浄後のカセを60℃の温度で1時間乾燥させて重量を測定し、洗浄前重量と洗浄後重量の差を洗浄前重量で除した商に100を乗じた積を油剤付着量(重量%)とした。
【0084】
(6)総繊度
JIS L 1013(2010)8.3.1 A法により、所定荷重0.045cN/dtexで正量繊度を測定して総繊度(dtex)とした。
【0085】
(7)単繊維数
JIS L 1013(2010)8.4の方法で算出した。
【0086】
(8)単繊維繊度
総繊度を単繊維数で除した値を単繊維繊度(dtex)とした。
【0087】
(9)強伸度、弾性率
JIS L 1013(2010)8.5.1標準時試験に示される定速伸長条件で測定した。試料をオリエンテック社製“テンシロン”(TENSILON)UCT−100を用い、掴み間隔(測定試長)は250mm、引張速度は50mm/分で行った。強度・伸度は破断時の応力および伸びとし、弾性率は引張試験における応力と伸びのグラフにおける0.5%伸度点での傾きから算出した。
【0088】
(10)マルチフィラメントの曲げ抵抗値A
JIS K7171に示される定速たわみ条件を参考に測定した。すなわち、まずパッケージに巻き取ったマルチフィラメントの曲げ、および撚りグセを解くため、マルチフィラメントを長さ1000mmに切り出して、その一端に、金属製フックを結びつけ、他端に破断荷重の300gの錘を結びつけ、温度25℃、相対湿度40%に調節された環境下、空中に24時間吊してマルチフィラントを鉛直にせしめ、測定試料を得た。得られた測定試料をさらに40mmの長さで切り出し、試料片とした。東洋ボールドウィン社製“テンシロン”(TENSILON) UTM−4−100を用い、5mmの間隔で設置した支持台に得られた試験片を対称的に乗せ、試験片の支点間中央に圧子で力を加えた。支持台は固定した状態で、圧子を20mm/分の一定速度で下降させ、試験片に力を付与した際の最大荷重を測定し、曲げ抵抗値A(cN)とした。支持台、および圧子の直径は1.0mmとした。施行回数5回の平均値を用いた。
【0089】
(11)マルチフィラメントの糸条柔軟指数X
マルチフィラメントの曲げ抵抗値Aとマルチフィラメントの総繊度Tを用いて、次式から算出した値を糸条柔軟指数Xと定義した。
【0090】
糸条柔軟指数X=(A/T)×10
(12)工程通過性評価
固相重合が完了したパッケージを床面に対して垂直方向に設置し、100m/minで縦取り解舒し、5,000m当たりのマルチフィラメントがパッケージに引っかかり、解舒が停止した回数を評価した。停止回数が0〜2回の場合は◎(特に良い)、3〜5回の場合は○(良い)、6〜10回の場合は△(やや悪い)、11回以上の場合は×(悪い)とし、解舒停止回数が5回以内(◎〜○)の場合を合格とした。
【0091】
[実施例1]
攪拌翼、留出管を備えた5Lの反応容器にp−ヒドロキシ安息香酸870重量部、4,4’−ジヒドロキシビフェニル327重量部、イソフタル酸157重量部、テレフタル酸292重量部、ヒドロキノン89重量部および無水酢酸1433重量部(フェノール性水酸基合計の1.08当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら室温から145℃まで30分で昇温した後、145℃で2時間反応させた。その後、330℃まで4時間で昇温した。重合温度を330℃に保持し、1.5時間で1.0mmHg(133Pa)に減圧し、更に20分間反応を続け、所定トルクに到達したところで重縮合を完了させた。次に反応容器内を1.0kg/cm(0.1MPa)に加圧し、直径10mmの円形吐出口を1個持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。
【0092】
この液晶ポリエステルはp−ヒドロキシ安息香酸単位が全体の54mol%、4,4’−ジヒドロキシビフェニル単位が16mol%、イソフタル酸単位が8mol%、テレフタル酸単位が15mol%、ヒドロキノン単位が7mol%からなり、融点は315℃であり、高化式フローテスターを用いて温度330℃、剪断速度1,000/secで測定した溶融粘度が30Pa・secであった。また、Mwは145,000であった。
【0093】
この液晶ポリエステルを用い、120℃で12時間真空乾燥を行い、水分・オリゴマーを除去した。このときの液晶ポリエステルの水分率は50ppmであった。この乾燥した液晶ポリエステルを、単軸のエクストルーダーにて(ヒーター温度290〜340℃)溶融押出しし、ギアーポンプで計量しつつ紡糸パックにポリマーを供給した。このときのエクストルーダー出口から紡糸パックまでの紡糸温度は335℃とした。紡糸パックでは濾過精度が15μmの金属不織布フィルターを用いてポリマーを濾過し、孔径0.13mm、ランド長0.26mmの孔を300個有する口金より吐出量100g/分(単孔あたり0.33g/分)でポリマーを吐出した。
【0094】
吐出直後に室温で冷却固化させた液晶ポリエステルマルチフィラメントを、オイリングローラーを用いて油剤(ポリジメチルシロキサン(東レ・ダウコーニング社製「SH200−350cSt」)が5.0重量%の水エマルジョン)を付着させながら75300フィラメントともに600m/分のネルソンローラーで引き取った。このときの紡糸ドラフトは29.3である。また、油剤付着量は1.5重量%であった。ネルソンローラーで引き取ったマルチフィラメントは、そのままダンサーアームを介し羽トラバース型のワインダーを用いてチーズ形状に巻き取った。溶融紡糸での曳糸性は良好であり、総繊度1670dtex、単繊維繊度5.6dtexの液晶ポリエステルマルチフィラメントが、糸切れすることなく安定紡糸でき、4.0kg巻パッケージの紡糸原糸を得た。
【0095】
この紡糸パッケージから繊維を縦方向(繊維周回方向に対し垂直方向)に解舒し、速度を一定とした巻取機((株)神津製作所製SSP−WV8P型プレシジョンワインダー)にて400m/分で巻き返しを行った。なお、巻き返しの芯材にはステンレス製のボビンを用い、巻き返し時の張力は0.005cN/dtex、巻き密度を0.50g/cmとし、巻量は4.0kgとした。更にパッケージ形状はテーパー角65°のテーパーエンド巻きとした。
【0096】
得られた巻き返しサンプルを、密閉型オーブンを用いて、室温から240℃まで昇温し、240℃にて3時間保持した後、290℃まで昇温し、更に290℃で20時間保持する条件にて固相重合を行った。なお、固相重合における雰囲気は除湿窒素を流量100L/分にて供給し、庫内が加圧にならないよう排気口より排気させた。
【0097】
こうして得られた固相重合パッケージをインバーターモーターにより回転できる送り出し装置に取り付け、繊維を横方向(繊維周回方向)に200m/分で送り出しつつ解舒を行い、湯浅糸道工業製のベアリングローラーガイド(A312030)を糸長が50cmとなる位置に配置し、4方向(4等分割)に屈曲角60°で屈曲させた後に巻取機にて製品パッケージに巻き取った。なお、繊維物性は表1に記載の通りである。実施例1で得られた本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの糸条柔軟指数Xは6.6となり、工程通過性は○であった。
【0098】
[実施例2〜4]
固相重合パッケージの解舒時に与える屈曲を8方向(8等分割))、18方向(18等分割)、または36方向(36等分割))に増やしたこと以外は実施例1と同様の方法で液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。
【0099】
[実施例5〜8]
使用する糸ガイドを湯浅糸道工業製のバーガイド(A707096)に変更したこと、屈曲方向を表1の通りに変更したこと以外は実施例1〜4と同様の方法で液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。
【0100】
[実施例9〜14]
口金の孔数および吐出量を表2の通りとしたこと以外は実施例3と同様の方法で液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。
[実施例15]
液晶ポリエステル樹脂として、p−ヒドロキシ安息香酸単位が全体の73mol%、6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸単位が27mol%からなる液晶ポリエステル樹脂を用いたこと以外は実施例3と同様の方法で液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。
実施例1〜15の繊維物性を表1及び2に示す。
【0101】
[比較例1〜3]
固相重合パッケージの解舒時に屈曲させない、または1方向、2方向(2等分割)に屈曲させたこと以外は実施例1と同様の方法で液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。
【0102】
[比較例4〜5]
固相重合パッケージの解舒時に与える屈曲を18方向(18等分割)とし、屈曲させる際の屈曲角を10°、20°としたこと以外は実施例1と同様の方法で液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。
[比較例6]
ポリエチレングリコールラウリレートを主成分とする紡糸油剤に、無機微粒子として平均粒径5〜7μmのケイ酸およびマグネシウムを主成分とする合成無機微粒子(コープケミカル株式会社製「ソマシフME−100」、モース硬度=2.8)を濃度6質量%で分散させて用いたこと以外は、比較例1と同様の方法で液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。
比較例1〜6の繊維物性を表3に示す。
【0103】
【表1】
【0104】
【表2】
【0105】
【表3】
【0106】
表1及び2の実施例1〜15から明らかなように、固相重合が完了したパッケージを解舒する際に、マルチフィラメントに複数の方向の屈曲を付与することで、マルチフィラメントの柔軟性が向上することが分かる。このように、マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xを8.0以下に制御し、柔軟な糸条形態を有する本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントを得ることができた。特に、実施例2〜4,6〜14のように、マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xを5.0以下に制御することで工程通過性がさらに向上し、マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xが4.0以下に制御したものでは解舒停止回数ゼロ回を達成した。この液晶ポリエステルマルチフィラメントは、高次加工時におけるパッケージの解舒性が飛躍的に改善され、従来技術に比べ、格段に工程通過性が高くなり、一般産業資材用途に好適に使用できる。
【0107】
一方、表3の比較例1〜6から明らかなように、固相重合が完了したパッケージを解舒する際に屈曲させない、または屈曲が不足する場合には、マルチフィラメントの糸条柔軟指数Xが8.0より大きくなり、剛直な糸条となった。そして、糸条柔軟指数Xが8.0より大きい場合、パッケージから糸条を解舒する際に、糸条が暴れやすく、高次加工製時おける糸条の解舒不良が生じやすくなり、工程通過性が悪化した。以上のように、糸条柔軟指数Xが8.0より大きい場合には本発明が目的とする効果を奏することができない。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、柔軟な糸条形態を有するため、パッケージを解舒する際の解舒性が極めて良好であり、高強度ロープやスリング等の一般産業資材用途に好適に用いることができる。