(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を詳しく説明する。
【0019】
本発明者らは、タンク用鋼材の耐応力腐食割れ性、鋼材(母材)の低温靭性、及び溶接後のHAZの低温靭性にについて調査及び検討し、次の知見を得た。
【0020】
(A)耐応力腐食割れ性について
上述のとおり、タンクの強度を確保しつつ、耐応力腐食割れ性を得るためには、タンク用鋼材の降伏強度YSを355〜440MPa、引張強度TSを490〜620MPa、降伏比YRを85%以下とすることが求められる。鋼材の板厚をt(mm)とした場合、鋼材表面からt/4深さ位置でのミクロ組織が面積率で50〜80%のフェライトを含有し、フェライトの結晶粒(フェライト粒)の平均円相当径が5.5〜15.0μmであれば、上記強度範囲(以下、許容強度範囲という)を得ることができる。なお、タンク用鋼材のミクロ組織において、フェライト以外の残部は硬質組織からなる。硬質組織は、合計面積率で10%以下のマルテンサイト及びパーライトを含有し、残部はベイナイトからなる。上記マルテンサイトは、焼戻しマルテンサイト及び島状マルテンサイトも含む。
【0021】
(B)鋼材の低温靭性について
熱間圧延後の鋼材の冷却速度が遅すぎれば、硬質組織が鋼材の圧延方向に延伸して形成される。硬質組織のうち、アスペクト比(圧延方向に延伸した硬質組織の長軸長さ/圧延方向に伸びた硬質組織の短軸長さ)が5以上のものを「バンド組織」と定義する。バンド組織は、タンク用鋼材の低温靭性を低下させる。そのため、タンク用鋼材中のバンド組織はなるべく少ない方が好ましい。鋼材中の硬質組織全体に占めるバンド組織の面積率が50%以下であれば、鋼材(母材)において、優れた低温靭性が得られる。
【0022】
(C)HAZの低温靭性について
タンク用鋼材を溶接した際に形成されるHAZの低温靭性を高めるためには、HAZ中の結晶粒を微細化することが有効である。結晶粒を微細にするための結晶粒微細化方法として、(1)オーステナイト粒(以後、γ粒という)成長をTiN等により抑制するピン留め効果を活用する方法、及び、(2)γ粒内に存在する介在物を起点に粒内フェライトを成長させて結晶粒を微細化する方法がある。
【0023】
しかしながら、上記(1)の結晶粒微細化方法では、溶接時にTiNの一部が溶解し、ピン留め効果が低下する場合がある。そこで、本発明者らは、上記(2)の結晶粒微細化方法に着目して、さらに検討を行った。
【0024】
溶接時に旧γ粒内において粒内フェライトを生成及び成長させれば、溶接後のHAZのマトリクスにおいて、結晶粒が微細化される。鋼中の介在物であるTi系酸化物は、粒内フェライトの生成核となる。Ti系酸化物とは、Tiを含有する酸化物であって、たとえば、TiO、Ti
2O
3等である。そこで、本発明者らは、粒内フェライト生成と鋼中のTi系酸化物との関係についてさらに調査を行った。その結果、本発明者らは次の新たな知見を得た。
【0025】
(a)製鋼段階でTi系酸化物の周辺にMnSが生成することにより、Ti系酸化物とMnSとを含有する複合介在物が生成すれば、MnSと鋼材のマトリクスとの界面にMnが欠乏した領域が形成される。このMn欠乏領域(初期Mn欠乏領域)では、フェライト成長開始温度が大きく上昇する。そのため、鋼材を溶接した場合、その冷却過程において、このMn欠乏領域から粒内フェライトが優先的に成長する。
【0026】
(b)鋼材の溶接を行うと、複合介在物近傍に存在する鋼材のマトリクス中のMnが拡散し、Ti系酸化物の内部に存在する原子空孔にMnが吸収される。その結果、溶接により熱履歴を受けたHAZとTi系酸化物との界面に、Mnが欠乏した領域が形成される。このMn欠乏領域(溶接Mn欠乏領域)も粒内フェライトの優先成長の起点となる。
【0027】
(c)上記(a)及び(b)の両作用によりHAZ組織の微細化を達成できるため、溶接したタンクに必要なHAZの低温靭性を得ることができる。
【0028】
上記知見に基づいて、本発明者らは、粒内フェライトを生成しやすい複合介在物の形態についてさらに検討した。その結果、複合介在物の形態が次の要件を満たしていれば、溶接した際のHAZ中の結晶粒が微細化でき、良好な低温HAZ靭性が得られることを見出した。
【0029】
(I)複合介在物の断面積に占めるMnSの割合は10%以上90%未満である。
(II)複合介在物のマトリクスとの界面に占めるMnSの割合は10%以上である。
(III)粒径が0.5〜5.0μmの複合介在物の個数密度は10〜100個/mm
2である。
【0030】
以上の知見に基づいて完成した本発明によるタンク用鋼材は、化学組成が、質量%で、C:0.03〜0.10%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.9〜2.0%、P:0.02%以下、S:0.0010〜0.0100%、Nb:0.005〜0.05%、Ti:0.005〜0.025%、sol.Al:0.005%以下、N:0.0010〜0.0100%、O:0.0010〜0.0050%、Cu:0〜0.50%、Ni:0〜0.50%、Cr:0〜0.50%、Mo:0〜0.20%、V:0〜0.06%、B:0〜0.002%、Ca:0〜0.005%、Mg:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。タンク用鋼材の表面から厚さt/4の深さ位置において、組織は、面積率で50〜80%のフェライトと、硬質組織とからなる。フェライトの結晶粒の平均円相当径は5.5〜15.0μmである。硬質組織は、合計面積率で10%以下のマルテンサイト及びパーライトを含有し、残部はベイナイトからなる。硬質組織のうち、タンク用鋼材の圧延方向に伸びた硬質組織の長軸長さ/圧延方向に伸びた硬質組織の短軸長さで定義されるアスペクト比が5以上のバンド組織の、硬質組織全体に占める面積率は50%以下である。タンク用鋼材はさらに、鋼中に、Ti系酸化物とTi系酸化物の周囲に配置されるMnSとを含有する複合介在物を含む。複合介在物の断面積に占めるMnSの割合は10%以上90%未満であり、複合介在物のマトリクスとの界面に占めるMnSの割合は10%以上であり、粒径が0.5〜5.0μmの複合介在物の個数密度は10〜100個/mm
2である。
【0031】
上記化学組成は、Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%、Cr:0.04〜0.50%、Mo:0.03〜0.20%、及びV:0.005〜0.06%からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【0032】
上記化学組成は、B:0.0002〜0.002%、Ca:0.001〜0.005%、及びMg:0.001〜0.005%からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【0033】
本発明によるタンク用鋼材の製造方法は、溶製工程と、スラブ製造工程と、熱間圧延工程と、冷却工程とを備える。溶製工程では、RH真空脱ガス処理前において、溶鋼中の酸素ポテンシャルを10〜60ppmとし、RH真空脱ガス処理において化学組成を調整して上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。スラブ製造工程では、溶鋼を用いて連続鋳造法によりスラブを製造する。熱間圧延工程は、加熱工程と圧延工程とを含む。加熱工程では、スラブを1000〜1250℃に加熱する。圧延工程では、加熱されたスラブに対して熱間圧延を実施して鋼材を製造する。熱間圧延中において、900℃以下の温度での累積圧下率を30%以上にする。冷却工程は、第1冷却工程と、第2冷却工程と、第3冷却工程と、第4冷却工程とを含む。第1冷却工程では、熱間圧延終了後から鋼材温度がT1℃となるまでの間、1.1〜5℃/秒の第1冷却速度で鋼材を冷却する。第2冷却工程では、鋼材温度がT1℃からT2℃となるまでの間、5〜15℃/秒の第2冷却速度で鋼材を冷却する。第3冷却工程では、鋼材温度がT2℃からT3℃となるまでの間、15℃/秒以上の第3冷却速度で鋼材を冷却する。第4冷却工程では、鋼材温度がT3℃となったとき、第3冷却速度での冷却を停止し、鋼材を放冷する。
ここで、A
r3≧T1≧A
r3−100、A
r3−50≧T2≧A
r3−200、A
r3−200≧T3≧350、T1−T2≧40、T2−T3≧100である。
【0034】
以下、本発明によるタンク用鋼材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0035】
[化学組成]
本発明のタンク用鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0036】
C:0.03〜0.10%
炭素(C)は、鋼材の強度を高める。C含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、HAZの低温靭性が低下する。C含有量が高すぎればさらに、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の耐応力腐食割れ性が低下する。したがって、C含有量は0.03〜0.10%である。C含有量の好ましい下限は0.04%であり、より好ましくは0.05%である。C含有量の好ましい上限は0.07%である。
【0037】
Si:0.05〜0.5%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼材の強度を高める。Si含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、鋼材中のHAZが過剰に硬化して、低温靭性が低下する。したがって、Si含有量は0.05〜0.5%である。Si含有量の好ましい下限は0.10%である。Si含有量の好ましい上限は0.4%であり、より好ましくは0.3%である。
【0038】
Mn:0.9〜2.0%
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼材の強度及び低温靭性を高める。Mnはさらに、Sと結合してMnSを形成し、HAZの低温靭性を高める。Mn含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、焼戻し脆性が高まり、溶接性が低下する。したがって、Mn含有量は0.9〜2.0%である。Mn含有量の好ましい下限は1.2%であり、より好ましくは1.3%である。Mn含有量の好ましい上限は1.6%であり、より好ましくは1.5%である。
【0039】
P:0.02%以下
リン(P)は不純物である。Pは、鋼材の機械的特性を低下し、特に、鋼材の低温靭性を低下する。したがって、P含有量は0.02%以下である。P含有量の好ましい上限は0.015%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0040】
S:0.0010〜0.0100%
硫黄(S)はMnと結合してMnSを形成する。このとき、複合介在物が形成されれば、Mn欠乏領域が形成され、HAZの低温靭性を高めることができる。S含有量が低すぎれば、この効果は得られない。一方、S含有量が高すぎれば、粗大なMnSが単体で析出し、HAZの低温靭性が低下する。したがって、S含有量は0.0010〜0.0100%である。S含有量の好ましい下限は0.0020%である。S含有量の好ましい上限は0.0050%であり、より好ましくは0.0030%である。
【0041】
Nb:0.005〜0.05%
ニオブ(Nb)は、炭化物を形成して鋼材中の結晶粒を微細化することにより、鋼材の強度及び低温靭性を高める。Nb含有量が低すぎればこの効果は得られない。一方、Nb含有量が高すぎれば、HAZにおいてMA(島状マルテンサイト)が多量に生成し、HAZの低温靭性が低下する。Nb含有量が高すぎればさらに、鋼材中のフェライト粒が微細化する。そのため、鋼材の強度が過剰に高くなる。したがって、Nb含有量は0.005〜0.05%である。Nb含有量の好ましい下限は0.007%である。Nb含有量の好ましい上限は0.04%であり、より好ましくは0.03%である。
【0042】
Ti:0.005〜0.025%
チタン(Ti)は、Ti系酸化物を形成し、粒内フェライトの生成核となり、HAZの低温靭性を高める。Tiはさらに、鋼中のNと結合してTiNを形成し、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。Ti含有量は低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Ti含有量が高すぎれば、Ti系酸化物の個数密度及び粗大なTi系酸化物が増加し、HAZの低温靭性が低下する。Ti含有量が高すぎればさらに、TiCが生成して降伏強度が高くなりすぎる。その結果、YRが高くなりすぎる場合がある。したがって、Ti含有量は0.005〜0.025%である。Ti含有量の好ましい下限は0.007%である。Ti含有量の好ましい上限は0.020%であり、より好ましくは0.018%である。
【0043】
sol.Al:0.005%以下
アルミニウム(Al)は、鋼材を脱酸する。しかしながら、Al含有量が高すぎれば、鋼が脱酸されすぎ、Ti系酸化物の形成量が低下する。その結果、HAZの低温靭性が低下する。したがって、Al含有量は0.005%以下である。Al含有量の好ましい上限は0.004%である。本明細書でいうAl含有量は、酸可溶Al(sol.Al)の含有量である。
【0044】
N:0.0010〜0.0100%
窒素(N)は不可避的に含有される。Nは、Tiと結合してTiNを形成し、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。N含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、N含有量が高すぎれば、鋼材及びHAZの低温靭性が低下する。したがって、N含有量は0.0010〜0.0100%である。N含有量の好ましい下限は0.0020%である。N含有量の好ましい上限は0.0060%である。
【0045】
O:0.0010〜0.0050%
酸素(O)は、Tiと結合してTi系酸化物を生成し、粒内フェライトの生成核となり、HAZの低温靭性を高める。O含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、O含有量が高すぎれば、粗大な酸化物系複合介在物が形成され、破壊の起点となる。その結果、鋼材及びHAZの低温靭性が低下する場合がある。したがって、O含有量は0.0010〜0.0050%である。O含有量の好ましい下限は0.0015%である。O含有量の好ましい上限は0.0030%である。
【0046】
本実施の形態のタンク用鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とはタンク用鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のタンク用鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0047】
[任意元素について]
本発明によるタンク用鋼材はさらに、Feの一部に代えて、Cu、Ni、Cr、Mo及びVからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼材の強度を高める。
【0048】
Cu:0〜0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Cuは鋼材の強度及び耐食性を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、高温割れが発生しやすくなる。したがって、Cu含有量は0〜0.50%である。Cu含有量の好ましい下限は0.05%であり、より好ましくは0.08%である。Cu含有量の好ましい上限は0.40%であり、より好ましくは0.35%である。
【0049】
Ni:0〜0.50%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Niは鋼に固溶して鋼材の強度及び低温靭性を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、この効果が飽和するだけでなく、製造コストが高くなる。したがって、Ni含有量は0〜0.50%である。Ni含有量の好ましい下限は0.05%であり、より好ましくは0.08%である。Ni含有量の好ましい上限は0.45%であり、より好ましくは0.40%である。
【0050】
Cr:0〜0.50%
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Crは鋼材の強度を高める。Crが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cr含有量が高すぎれば、この効果が飽和するだけでなく、HAZの低温靭性が低下する。したがって、Cr含有量は0〜0.50%である。Cr含有量の好ましい下限は0.04%であり、より好ましくは0.08%である。Cr含有量の好ましい上限は0.40%であり、より好ましくは0.35%である。
【0051】
Mo:0〜0.20%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Moは鋼材の強度を高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が高すぎれば、鋼材の強度が高くなりすぎるだけでなく、HAZの低温靭性が低下する。したがって、Mo含有量は0〜0.20%である。Mo含有量の好ましい下限は0.03%であり、より好ましくは0.05%である。Mo含有量の好ましい上限は0.15%である。
【0052】
V:0〜0.06%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Vは炭窒化物を形成し、鋼材を析出強化する。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、その効果が飽和するだけでなく、生産コストが高くなる。したがって、V含有量は0〜0.06%である。V含有量の好ましい下限は0.005%であり、より好ましくは0.010%である。V含有量の好ましい上限は0.05%であり、より好ましくは0.04%である。
【0053】
本発明によるタンク用鋼材はさらに、Feの一部に代えて、B、Ca及びMgからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、HAZの低温靭性を高める。
【0054】
B:0〜0.002%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、BはNと結合してBNを形成して、HAZの低温靭性に有害な固溶N量を低減する。その結果、HAZの低温靭性が高まる。Bはさらに、粒界フェライトの生成を抑制する。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が高すぎれば、HAZの低温靭性が低下する。したがって、B含有量は0〜0.002%である。B含有量の好ましい下限は0.0002%であり、より好ましくは0.0005%である。B含有量の好ましい上限は0.0015%である。
【0055】
Ca:0〜0.005%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Caは鋼中のSと結合して、MnSの伸展を抑制する。その結果、HAZの低温靭性が高まる。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、この効果は飽和する。したがって、Ca含有量は0〜0.005%である。Ca含有量の好ましい下限は0.001%であり、より好ましくは0.0015%である。Ca含有量の好ましい上限は0.004%であり、より好ましくは0.003%である。
【0056】
Mg:0〜0.005%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、MgはHAZにおいてオーステナイト粒の成長を抑制して組織を微細化する。その結果、HAZの低温靭性が高まる。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が高すぎれば、この効果は飽和する。したがって、Mg含有量は0〜0.005%である。Mg含有量の好ましい下限は0.001%である。Mg含有量の好ましい上限は0.004%であり、より好ましくは0.003%である。
【0057】
[タンク用鋼材の構成]
上記化学組成を有するタンク用鋼材は、次の構成を有する。なお、以下に示すミクロ組織等の要件は、鋼材の平均的な組織を見るため、鋼材の表面から圧下方向に厚さt/4の位置(以下、t/4位置という、ここで、厚さtは、鋼材の圧延方向と垂直な方向(圧下方向)の長さ(厚さ)を意味する。t/4位置とは、鋼材の厚さをtとした場合、鋼材表面からt/4深さの位置を意味する。)で判断すればよい。
【0058】
[鋼材のミクロ組織(Microstructure)]
タンク用鋼材のミクロ組織(マトリクス組織)は、面積率で50〜80%のフェライトと、硬質組織とからなる。
【0059】
硬質組織は、合計面積率で10%以下のマルテンサイト及びパーライトを含有し、残部はベイナイトからなる。マルテンサイトは、焼戻しマルテンサイト及び島状マルテンサイトを含む。
【0060】
[フェライト面積率AR
F]
フェライト面積率AR
Fは50〜80%である。フェライト面積率AR
Fが低すぎれば、強度特性(降伏強度YS、引張強度TS及び降伏比YR)のいずれかが、アンモニアタンクに要求される許容強度範囲(降伏強度YSが355〜440MPa、引張強度TSが490〜620MPa、降伏比YRが85%以下)の上限を超える。そのため、耐応力腐食割れ性が低下する。
【0061】
一方、フェライト面積率AR
Fが高すぎれば、降伏強度YSは低下するものの、引張強度TSも低下する。そのため、強度特性のいずれかが、許容強度範囲の下限未満となり、十分な強度が得られない。
【0062】
フェライト面積率AR
Fが50〜80%であれば、強度特性が許容強度範囲内となる。そのため、タンクにおいて十分な強度が得られ、かつ、優れた耐応力腐食割れ性が得られる。フェライト面積率AR
Fの好ましい下限は55%であり、より好ましくは60%である。フェライト面積率AR
Fの好ましい上限は75%であり、より好ましくは65%である。
【0063】
ミクロ組織観察及びフェライト面積率AR
Fは次の方法で測定される。鋼材のL断面(圧延方向及び圧下方向に平行な断面)のミクロ組織をナイタール腐食により現出させる。500倍の光学顕微鏡観察を任意のt/4位置で5視野実施(撮影)し、各視野のミクロ組織画像を生成する。生成されたミクロ組織画像を、画像処理(二値化処理)して、フェライト組織と、硬質組織とを特定する。特定後、各視野でのフェライト面積率を求める。各視野のフェライト面積率の平均を、フェライト面積率AR
F(%)と定義する。
【0064】
[フェライトの平均円相当径D
F]
フェライトの結晶粒(フェライト粒)の平均円相当径D
Fは5.5〜15.0μmである。円相当径とは、フェライト粒の面積を、同じ面積を有する円に換算した場合の円の直径を意味する。平均円相当径D
Fが5.5μm未満であれば、フェライト粒が微細であるため降伏強度YS等が高くなりすぎ、耐応力腐食割れ性が低下する。一方、平均円相当径D
Fが15.0μmを超えれば、フェライト粒が粗大すぎるため、鋼材の低温靭性が低下する。したがって、平均円相当径D
Fは5.5〜15.0μmである。平均円相当径D
Fの好ましい下限は6.0μmである。平均円相当径D
Fの好ましい上限は10μmである。
【0065】
フェライト粒の平均円相当径D
Fは次の方法で測定される。上述の各視野のミクロ組織画像において、画像処理によりフェライト粒界を特定する。特定後、汎用のアプリケーションソフト(日鉄住金テクノロジー株式会社製、商品名:粒子解析)を用いて、各視野のフェライト粒の平均円相当径(μm)を求める。求めた5視野の平均円相当径の平均を、フェライトの平均円相当径D
F(μm)と定義する。
【0066】
[硬質組織中の相の特定]
硬質組織中のマルテンサイトの総面積は次の方法で測定される。すなわち、鋼材のL断面を鏡面研磨し、レペラ腐食液により腐食する。その後、光学顕微鏡を用いて組織観察を行うとともに、写真を撮影して画像解析する。マルテンサイトはコントラストにより判別可能である。なお、SR処理するとマルテンサイトは分解してフェライトとセメンタイトになるので、測定はSR処理していない圧延まま材を用いる。
【0067】
また、硬質組織中のパーライトの総面積は次の方法で測定される。すなわち、鋼材のL断面を鏡面研磨し、ナイタール腐食液により腐食する。パーライトはコントラストにより他の相と区別して判別可能である。なお、この測定もSR処理していない圧延まま材を用いる。
【0068】
相の特定後、各視野において、硬質組織中のマルテンサイト及びパーライトの総面積率を求める。各視野における硬質組織中のマルテンサイト及びパーライトの総面積率の平均を、硬質組織中のマルテンサイト及びパーライトの合計面積率(%)と定義する。
【0069】
[硬質組織中のバンド組織の面積率AR
B]
本実施形態のタンク用鋼材ではさらに、硬質組織中のバンド組織の面積率が50%以下である。
【0070】
上述のとおり、バンド組織は、L断面における硬質組織のうち、式(1)で定義されるアスペクト比が5以上となる硬質組織である。つまり、バンド組織は、圧延方向に長く延在する硬質組織である。
アスペクト比=圧延方向に伸びた硬質組織の長軸長さ/圧延方向に伸びた硬質組織の短軸長さ 式(1)
ここで、アスペクト比が5以上でも硬質組織が圧延方向への伸長が認められない場合、バンド組織には含めない。また、「圧延方向に伸びた硬質組織」とは、硬質組織の長軸と圧延方向とがなす角が15°以下の硬質組織を意味する。
【0071】
バンド組織の面積率AR
Bは、次の方法で求められる。鋼材のL断面のミクロ組織をナイタール腐食により現出させる。200倍の光学顕微鏡観察をt/4位置で5視野実施(撮影)し、各視野のミクロ組織画像を生成する。生成された各視野のミクロ組織画像において、フェライトと硬質組織とを二値化処理して特定する。特定後、上記アプリケーションソフトを用いて、各硬質組織のアスペクト比を算出する。アスペクト比が5以上の硬質組織(バンド組織)の面積率を求める。各視野でのバンド組織の面積率の平均を、L断面の硬質組織における、バンド組織の面積率AR
B(%)と定義する。
【0072】
バンド組織の面積率AR
Bが50%以下であれば、鋼材の低温靭性が高まる。AR
Bが50%以下であればさらに、硬質組織が微細に分散する。そのため、加工硬化特性が高まり、降伏比YRが低下する。好ましい面積率AR
Bは20%以下であり、さらに好ましくは、0%である。
【0073】
[複合介在物の断面積に占めるMnSの割合]
本実施形態のタンク用鋼材は、鋼材中にTi系酸化物とTi系酸化物の周囲に配置されるMnSとを含有する複合介在物を含む。鋼材の横断面(圧延方向に垂直な断面)において、複合介在物の断面積に占めるMnSの割合(面積率)が10%未満であれば、複合介在物のMnSとマトリクス(母相)との界面に初期Mn欠乏層が十分に形成されない。そのため溶接した際に生成する粒内フェライトの生成量が低下する。一方、複合介在物の断面積に占めるMnSの割合が90%以上であれば、複合介在物はMnS主体となる。この場合、MnがTi系酸化物中の原子空孔に吸収される駆動力は働かず、溶接Mn欠乏層が形成されないため、粒内フェライトの生成量が低下する。したがって、複合介在物の断面積に占めるMnSの割合は、10%以上90%未満である。
【0074】
複合介在物の断面積に占めるMnSの割合は、次の方法で測定される。鋼材の横断面のうち、t/4位置を20箇所特定する。電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用い、複合介在物を面分析したマッピング画像から、複合介在物の断面積におけるMnSの面積率(%)を決定する。得られた面積率の平均値を、複合介在物の断面積に占めるMnSの割合(MnS面積率)(%)と定義する。
【0075】
[複合介在物のマトリクスとの界面に占めるMnSの割合]
複合介在物中のMnSはTi系酸化物の周囲に形成される。すなわち、複合介在物とマトリックスとの界面にMnSは形成される。鋼材の横断面において、複合介在物の界面に占めるMnSの割合が10%未満であれば、MnSとマトリクスとの界面に形成される初期Mn欠乏領域が小さく、溶接しても粒内フェライトの生成量が十分でないので、良好な低温HAZ靭性を得ることができない。したがって、複合介在物のマトリクスとの界面に占めるMnSの割合は、10%以上である。MnSの割合が大きいほど粒内フェライトが生成しやすくなるため、MnSの割合の上限は定めないが、通常80%以下となる。
【0076】
複合介在物の界面に占めるMnSの割合は、次の方法で測定される。MnS面積率の測定に用いたMnSマッピング画像から、断面における複合介在物のマトリクスとの界面の周長に対するMnSとマトリクスとの界面の周長の割合を求める。得られた割合の平均値を、複合介在物のマトリクスとの界面に占めるMnSの割合(MnS周占有率)(%)と定義する。
【0077】
[複合介在物の個数密度]
本明細書において、複合介在物の個数密度とは、規定の粒径を有する複合介在物の、単位面積当たりの個数である。複合介在物の粒径とは、複合介在物の面積を、同じ面積を有する円に換算した場合の円の直径、すなわち円相当径を意味する。複合介在物の粒径が小さすぎれば、複合介在物が周辺のマトリクスから吸収できるMn量が低下し、粒内フェライトの生成量が低下する。一方で、複合介在物の粒径が大きすぎれば、粗大な複合介在物が破壊の起点となる。したがって、本発明において、対象とする複合介在物の粒径は、0.5〜5.0μmである。
【0078】
複合介在物の個数密度は、Mn吸収量に関わる。γ粒界からの粗大なフェライトの成長を抑制するためには、γ粒内に少なくとも1つ以上の複合介在物が含まれる必要がある。粒径が0.5〜5.0μmの複合介在物の個数密度が10個/mm
2未満であれば、粒内フェライトが十分に生成されない。一方で、粒径が0.5〜5.0μmの複合介在物の個数密度が100個/mm
2を超えれば、複合介在物が破壊の起点となりやすい。したがって、粒径が0.5〜5.0μmの複合介在物の個数密度は10〜100個/mm
2である。
【0079】
粒径が0.5〜5.0μmの複合介在物の個数密度は、次の方法で測定される。鋼材の横断面のうち、t/4位置を4視野特定する(視野面積は1mm
2)。SEM−EDXを組み合わせた自動介在物分析装置を用いて、複合介在物の形状測定を実施する。具体的には、得られたSEM画像に含まれる粒径0.5〜5.0μmの複合介在物の個数(個)から、複合介在物の個数密度(個/mm
2)を求める。各視野において得られた複合介在物の個数密度の平均を求め、タンク用鋼材中の粒径が0.5〜5.0μmの複合介在物の個数密度(個/mm
2)と定義する。
【0080】
[製造方法]
本実施形態のタンク用鋼材の製造方法の一例を説明する。以下の説明では、タンク用鋼材を鋼板とする。本例において、タンク用鋼材の製造方法は、溶製工程と、スラブ製造工程と、熱間圧延工程と、冷却工程とを含む。
【0081】
[溶製工程]
溶製工程では、RH(Ruhrstahl−Hausen)真空脱ガス処理前の溶鋼に対してArガスを上部より溶鋼内に吹き込み、溶鋼表面のスラグと溶鋼とを反応させることにより、スラグ内のトータルFe量を調整し、溶鋼中の酸素ポテンシャルOxpを10〜60ppmの範囲とする。
【0082】
上記工程において、Arガスの流量はたとえば100〜200L/minであり、吹き込み時間はたとえば5〜15(min)である。続いてRH真空脱ガス処理を実施し、各元素を添加し、成分調整を行う。
【0083】
[スラブ製造工程]
上記溶製工程により上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。製造された溶鋼を用いて、周知の連続鋳造法によりスラブを製造する。
【0084】
[熱間圧延工程]
スラブに対して熱間圧延を実施して、上述のタンク用鋼材を製造する。熱間圧延工程の詳細は次のとおりである。
【0085】
[加熱工程]
初めに、スラブを加熱炉で加熱する。加熱温度は1000〜1250℃である。加熱温度が1000℃未満である場合、オーステナイト結晶粒が微細化されるため、フェライト結晶粒が微細化される。この場合、タンク用鋼材の強度が高くなりすぎる。そのため、許容強度範囲の上限を超える。一方、加熱温度が1250℃を超える場合、オーステナイト結晶粒が粗大化する。この場合、タンク用鋼材の低温靭性が低下する。
【0086】
[圧延工程]
加熱炉からスラブを抽出し、スラブに対して熱間圧延を実施して鋼材(鋼板)を製造する。このとき、圧延中のスラブの温度が900℃以下での累積圧下率RR
900を30%以上にする。900℃以下での累積圧下率RR
900が30%未満と少ない場合、結晶粒が粗大化して、低温靭性が低下する。したがって、900℃以下での累積圧下率RR
900は30%以上である。好ましい累積圧下率RR
900は35%以上である。圧延中のスラブの下限温度は特に規定しないが、次工程である水冷工程を考慮すると、圧延中のスラブの温度はA
r3−10(℃)以上とすることが好ましい。
【0087】
[冷却工程]
冷却工程は、熱間圧延直後から、次の冷却工程を鋼材に対して実施する。
第1冷却工程:熱間圧延終了後から鋼材温度がT1℃となるまでの間、1.1〜5℃/秒の第1冷却速度で鋼材を冷却する。
第2冷却工程:鋼材温度がT1℃からT2℃となるまでの間、5〜15℃/秒の第2冷却速度で鋼材を冷却する。
第3冷却工程:鋼材温度がT2℃からT3℃となるまでの間、15℃/秒以上の第3冷却速度で鋼材を冷却する。
第4冷却工程:鋼材温度がT3℃となったとき、第3冷却速度での冷却を停止し、鋼材を放冷する。
ここで、A
r3≧T1≧A
r3−100、A
r3−50≧T2≧A
r3−200、A
r3−200≧T3≧350、T1−T2≧40、T2−T3≧100である。
【0088】
本発明では、熱間圧延終了後に所定期間放冷する代わりに、上述のとおり、熱間圧延直後から上記第1冷却速度で冷却を実施する。第1冷却速度は水冷に相当する速度である。第1冷却工程を実施することにより、バンド組織の生成が抑制され、硬質組織が鋼材中に微細分散される。そのため、バンド組織面積率が50%以下になる。
【0089】
第1冷却工程に引き続き、第1冷却工程での冷却速度以上の冷却速度で冷却する第2冷却工程を実施する。これにより、第1冷却工程及び第2冷却工程で生成されるフェライトの面積率が50〜80%となり、かつ、フェライト粒の平均円相当径が5.5〜15.0μmとなる。
【0090】
第2冷却工程に引き続き、第2冷却工程での冷却速度以上の冷却速度で冷却する第3冷却工程を実施する。これにより、上述の硬質組織が生成する。第3冷却工程に引き続き、鋼材を放冷する第4冷却工程を実施することにより、硬質組織中のマルテンサイトの面積分率を抑えることができる。
【0091】
第1〜第4冷却工程を詳細は、次のとおりである。
【0092】
[第1冷却工程]
仕上げ圧延終了後から鋼板の温度T1までの間の冷却速度CR1を1.1〜5℃/秒として、鋼材を冷却する。ここで、温度T1はA
r3≧T1≧A
r3−100を満足する温度である。
【0093】
温度T1がA
r3点を超えれば、十分なフェライトが得られない。一方、温度T1がA
r3点−100℃未満の場合、フェライト生成量が多くなりすぎ、フェライト面積率AR
Fが80%を超える。その結果、その結果、タンク用鋼材の強度特性が低下する場合がある。
【0094】
冷却速度CR1が1.1℃/秒未満の場合、バンド組織が過剰に形成され、バンド組織面積率AR
Bが50%を超える。この場合、鋼材は十分な低温靭性が得られない。一方、冷却速度CR1が5℃/秒を超えれば、フェライトの平均円相当径D
Fが5.5μm未満になる。そのため、タンク用鋼材の強度特性が、許容強度範囲を超え、十分な耐応力腐食割れが得られない。
【0095】
上述の冷却速度CR1は、水冷の水量を調整することにより実現可能である。冷却速度CR1はたとえば、仕上げ圧延終了直後から温度T1になるまでの時間に基づいて算出できる。
【0096】
[第2冷却工程]
鋼板の温度T1からT2までの間の冷却速度CR2を5〜15℃/秒として、鋼材を冷却する。ここで、温度T2はA
r3−50≧T2≧A
r3−200及びT1−T2≧40を満足する温度である。
【0097】
温度T2がA
r3点−50℃を超える場合、温度T1との差がなく、十分なフェライトが得られない。したがって、フェライト面積率AR
Fが50%未満になり、さらにフェライト粒の平均円相当径D
Fが5.5μm未満になる。そのため、タンク用鋼材の強度特性が、許容強度範囲を超え、十分な耐応力腐食割れが得られない。一方、温度T2がA
r3−200℃未満の場合、フェライト生成量が多くなりすぎ、フェライト面積率AR
Fが80%を超える。その結果、タンク用鋼材の強度特性が低下する場合がある。また、T1−T2≧40を満足しない場合も温度T1と温度T2との差がないため、十分なフェライトが得られない。したがって、フェライト面積率AR
Fが50%未満になる。そのため、タンク用鋼材の強度特性が、許容強度範囲を超え、十分な耐応力腐食割れが得られない。
【0098】
冷却速度CR2が5℃/秒未満であれば、フェライト生成量が多くなりすぎ、フェライト面積率AR
Fが80%を超え、さらにフェライト粒の平均円相当径D
Fが15.0μmを超える。その結果、タンク用鋼材の強度特性が低下する場合がある。一方、冷却速度CR2が15℃/秒を超えれば、十分な量のフェライトが得られず、フェライト面積率AR
Fが50%未満になる。そのため、タンク用鋼材の強度特性が、許容強度範囲を超え、十分な耐応力腐食割れが得られない。さらに鋼材の低温靭性が低下する場合がある。
【0099】
上記冷却速度CR2での冷却速度は、たとえば水冷の水量を調整することで実現できる。冷却速度CR2の算出は、冷却速度CR1と同様である。
【0100】
[第3冷却工程]
鋼板の温度T2からT3までの間の冷却速度CR3を15℃/秒以上として、鋼材を冷却する。ここで、温度T3はA
r3−200≧T3≧350及びT2−T3≧100を満足する温度である。
【0101】
温度T3がA
r3点−200℃を超える場合、硬質組織内に過剰にパーライトが生成される。その結果、硬質組織内のマルテンサイト及びパーライトの合計面積率が10%を超える。この場合、鋼材の強度特性が低下し、さらに鋼材の低温靭性が低下する場合がある。一方、温度T3が350℃未満である場合、硬質組織内に過剰にマルテンサイトが生成される。その結果、硬質組織内のマルテンサイト及びパーライトの合計面積率が10%を超える。この場合、鋼材の強度特性が低下し、さらに鋼材の低温靭性が低下する場合がある。また、T2−T3≧100を満足しない場合も温度T2と温度T3との差がなく、硬質組織内に過剰にパーライトが生成される。その結果、硬質組織内のマルテンサイト及びパーライトの合計面積率が10%を超える。この場合、鋼材の強度特性が低下し、さらに鋼材の低温靭性が低下する場合がある。
【0102】
冷却速度CR3が15℃/秒未満であれば、硬質強度の強度が十分に得られない。この場合、鋼材の降伏強度YS又は引張強度TSが過剰に低くなる場合がある。
【0103】
[第4冷却工程]
鋼板の温度T3から室温までの間、放冷により鋼板を冷却する。つまり、温度T3で上記冷却を停止する。これにより、SR処理後であっても降伏強度YSが過剰に増加せず、許容強度範囲内とすることができる。
【0104】
温度T3が350℃未満の場合、つまり、350℃未満で冷却を停止した場合、上述のとおり、硬質組織内に過剰にマルテンサイトが生成される。
【実施例】
【0105】
表1に示す化学組成を有するスラブを、転炉で溶製した溶鋼を用いて製造した。具体的には、RH処理前の溶鋼中の酸素ポテンシャルを表2の量に調整した後、Ti等を添加し成分調整した。その後、連続鋳造法により、250mmの厚さを有するスラブを製造した。
【0106】
【表1】
【0107】
【表2】
【0108】
表1中の「A
r3」欄には、各鋼材番号のA
r3点が記載されている。
【0109】
スラブを用いて、表2に示す条件で熱間圧延及び冷却を実施して、15〜36mmの板厚を有する鋼板を製造した。
【0110】
具体的には、各試験番号のスラブを、表2に示す加熱温度(℃)で加熱した。加熱されたスラブに対して、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施した。このとき、圧延中のスラブ温度が900℃以下の範囲における累積圧下率RR
900は、表2に示すとおりであった。さらに連続圧延機で仕上げ圧延を実施して、鋼板を製造した。
【0111】
仕上げ圧延後の鋼板に対して、第1冷却〜第4冷却を実施した。具体的には、仕上げ圧延完了時の鋼板温度から鋼板温度T1までの間、表2に示す冷却速度CR1(℃/秒)で鋼板を冷却した(第1冷却工程)。次に、鋼板温度T1から鋼板温度T2までの間、表2に示す冷却速度CR2(℃/秒)で鋼板を冷却した(第2冷却工程)。次に、鋼板温度T2から鋼板温度T3までの間、表2に示す冷却速度CR3(℃/秒)で鋼板を冷却した(第3冷却工程)。最後、鋼板温度T3で冷却を停止し、その後、放冷した(第4冷却工程)。以上の工程により、試験番号1〜31で複数の鋼板を製造した。
【0112】
[SR処理]
試験番号ごとに、SR処理(応力除去焼鈍処理)を実施しない鋼板と、SR処理を実施した鋼板とを準備した。SR処理は、次の条件で実施した。各試験番号の鋼板を加熱して550℃で1時間保持した。1時間保持した後、徐冷した。以下、SR処理を実施しなかった鋼板を「圧延まま材」という。SR処理を実施した鋼板を「SR処理材」という。
【0113】
[溶接処理]
試験番号ごとに、溶接処理を実施した。溶接処理は、次の条件で実施した。各試験番号の圧延まま材に対し、20mm以上の鋼材は機械加工によって板厚20mmに調整し、20mm未満の鋼材はその板厚で溶接を実施した。開先条件はI開先とした。バックサイド側は入熱35kJ/cm、フロントサイド側は入熱50kJ/cmの条件で2電極SAW(サブマージアーク溶接)を実施した。溶接材料は日鐵住金溶接工業株式会社製の商品名NF310とY−DMとを使用した。以下、溶接処理を実施した圧延まま材を、「溶接処理材」という。
【0114】
[ミクロ組織観察試験]
各試験番号の圧延まま材に対して、上述の方法によりミクロ組織観察試験を実施して、フェライト面積率AR
F(%)、フェライト粒の平均円相当径D
F(μm)、及びバンド組織の面積率AR
B(%)を求めた。さらに硬質組織について、上述の方法により、ベイナイト、マルテンサイト及びパーライトを特定した。さらに、特定されたマルテンサイト及びパーライトの合計面積率(%)を求めた。
【0115】
後述の表3中の硬質組織欄において、「ベイナイト主体」は、硬質組織がベイナイトを含有し、残部が面積率で10%以下のマルテンサイト及び/又はパーライトからなることを意味する。ベイナイト、マルテンサイト、パーライトに数値(%)が付されている場合、その数値は、各相の面積率を意味する。
【0116】
[複合介在物観察試験]
各試験番号の圧延まま材に対して、上述の方法により複合介在物観察試験を実施して、MnS面積率(%)、MnS周占有率(%)、及び粒径が0.5〜5.0μmの複合介在物の個数密度(個/mm
2)を求めた。
【0117】
[引張試験]
各試験番号の圧延まま材及びSR処理材のそれぞれから、平行部の長さが8.5mm、標点距離が42.5mmの丸棒引張試験片を作製した。丸棒引張試験片の長さ方向は、圧延方向と垂直な方向(板幅方向)であった。丸棒引張試験片を用いて、常温、大気圧で引張試験を実施して、降伏強度YS(MPa)、引張強度TS(MPa)、及び、降伏比YR(=YS/TS×100、単位は%)を求めた。圧延まま材及びSR処理材のいずれについても、各強度特性(降伏強度YS、引張強度TS及び降伏比YR)が許容強度範囲内(降伏強度YSが355〜440MPa、引張強度TSが490〜620MPa、降伏比が85%以下)である場合、耐応力腐食割れ性に優れる、と評価した。
【0118】
[鋼材シャルピー衝撃試験]
各試験番号の圧延まま材及びSR処理材のそれぞれにおいて、表面下1mmの位置からJIS Z 2242(2005)に規定されるVノッチ試験片を3個ずつ作製した。Vノッチ試験片を用いて、シャルピー衝撃試験を実施して、−60℃での吸収エネルギー(vE−60)を求めた。圧延まま材及びSR処理材のいずれについても、鋼材の吸収エネルギーvE−60が3個共に100J以上である場合、鋼材の低温靭性が優れる、と評価した。
【0119】
[HAZシャルピー衝撃試験]
各試験番号の溶接処理材において、表面下1mmの位置からHAZと溶金が50:50となるようにJIS Z 2242(2005)に規定されるVノッチ試験片を3個ずつ作製した。Vノッチ試験片を用いて、シャルピー衝撃試験を実施して、−60℃での吸収エネルギー(vE−60)を求めた。HAZの吸収エネルギーvE−60が3個共に27J以上である場合、HAZの低温靭性が優れる、と評価した。
【0120】
[試験結果]
試験結果を表3に示す。
【0121】
【表3】
【0122】
表3を参照して、試験番号1〜9の化学組成は適切であった。さらに、製造条件(Ti添加前のOxp、加熱温度、累積圧下率RR
900、鋼板温度T1〜T3、及び平均冷却速度CR1〜CR3)が適切であった。そのため、試験番号1〜9の圧延まま材及びSR処理材では、いずれも、降伏強度YSが355〜440MPa、引張強度TSが490〜620MPa、降伏比YRが85%以下であり、優れた耐応力腐食割れ性を示した。さらに、鋼材の吸収エネルギーvE−60はいずれも100J以上であり、鋼材は優れた低温靭性を示した。また、試験番号1〜9の溶接処理材では、HAZの吸収エネルギーvE−60はいずれも27J以上であり、HAZは優れた低温靭性を示した。
【0123】
一方、試験番号10では、C含有量が高すぎた。そのため、降伏強度YS及び引張強度TSが高すぎ、耐応力腐食割れ性が低かった。さらに、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0124】
試験番号11では、S含有量が低すぎた。そのため、複合介在物中のMnS面積率及びMnS周占有率が低すぎた。その結果、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0125】
試験番号12では、S含有量が高すぎた。そのため、複合介在物中のMnS面積率が高すぎた。その結果、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0126】
試験番号13では、Nb含有量が高すぎた。そのため、フェライトの平均円相当径D
Fが小さすぎ、降伏強度YS及び降伏比YRが高すぎた。その結果、耐応力腐食割れ性が低かった。さらに、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0127】
試験番号14では、Ti含有量が低すぎた。そのため、複合介在物の個数密度が低すぎた。その結果、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0128】
試験番号15では、Ti含有量が高すぎた。そのため、降伏強度が高すぎ、耐応力腐食割れ性が低かった。さらに、複合介在物の個数密度が高すぎた。その結果、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0129】
試験番号16では、sol.Al含有量が高すぎた。そのため、複合介在物の個数密度が低すぎた。その結果、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0130】
試験番号17では、O含有量が低すぎた。そのため、複合介在物の個数密度が低すぎた。その結果、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0131】
試験番号18では、O含有量が高すぎた。そのため、複合介在物の個数密度が高すぎた。その結果、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0132】
試験番号19では、Mo含有量が高すぎた。そのため、フェライトの平均円相当径D
Fが小さすぎ、降伏強度YSが高すぎた。その結果、耐応力腐食割れ性が低かった。さらに、HAZの吸収エネルギーvE−60が27J未満となり、HAZの低温靭性が低かった。
【0133】
試験番号20では、加熱温度が低すぎた。そのため、フェライトの平均円相当径D
Fが小さすぎ、降伏強度YSが高すぎた。その結果、耐応力腐食割れ性が低かった。
【0134】
試験番号21では、累積圧下率RR
900が低すぎた。そのため、フェライトの平均円相当径D
Fが大きすぎた。その結果、鋼材の吸収エネルギーvE−60が100J未満となり、鋼材の低温靭性が低かった。
【0135】
試験番号22では、鋼板温度T1が低すぎた。そのため、フェライト面積率AR
Fが高すぎ、降伏強度YS及び引張強度TSが低すぎた。
【0136】
試験番号23では、鋼板温度T1が高すぎた。そのため、フェライト変態が十分に生じず、フェライト面積率AR
Fが低すぎた。さらに、フェライトの平均円相当径D
Fが小さすぎた。その結果、降伏強度YS及び引張強度TSが高すぎ、耐応力腐食割れ性が低かった。
【0137】
試験番号24では、鋼板温度T2が低すぎた。そのため、フェライト面積率AR
Fが高すぎ、引張強度YS及び降伏強度TSが低すぎた。
【0138】
試験番号25では、鋼板温度T2が高すぎた。そのため、フェライト面積率AR
Fが小さすぎた。さらに、フェライトの平均円相当径D
Fが小さすぎた。その結果、降伏強度YSが高すぎ、耐応力腐食割れ性が低かった。
【0139】
試験番号26では、鋼板温度T3が低すぎた。そのため、マルテンサイトが過剰に形成され、圧延まま材の降伏強度YSが低すぎた。さらに、圧延まま材の鋼材の吸収エネルギーvE−60が100J未満となり、鋼材の低温靭性が低かった。
【0140】
試験番号27では、鋼板温度T3が高すぎた。そのため、パーライトが過剰に形成され、引張強度TSが低く、降伏比YRが高すぎた。
【0141】
試験番号28では、冷却速度CR1が低すぎた。そのため、バンド組織面積率AR
Bが高すぎた。その結果、鋼材の吸収エネルギーvE−60が100J未満となり、鋼材の低温靭性が低かった。
【0142】
試験番号29では、冷却速度CR1が高すぎた。そのため、フェライトの平均円相当径D
Fが小さすぎた。その結果、降伏強度YS及び降伏比YRが高すぎ、耐応力腐食割れ性が低かった。
【0143】
試験番号30では、冷却速度CR2が高すぎた。そのため、フェライトが十分生成できず、フェライト面積率AR
Fが低すぎ、フェライトの平均円相当径D
Fも小さすぎた。その結果、降伏強度YSが高すぎ、耐応力腐食割れ性が低かった。
【0144】
試験番号31では、冷却速度CR2が低すぎた。そのため、フェライト面積率AR
Fが高すぎ、フェライトの平均円相当径D
Fも大きすぎた。その結果、引張強度TSが低すぎた。さらに、鋼材の吸収エネルギーvE−60が100J未満となり、鋼材の低温靭性が低かった。
【0145】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。