(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
外周面に内輪軌道面を有する内輪と、内周面に外輪軌道面を有する外輪と、前記内輪軌道面と前記外輪軌道面との間に配置される複数の玉と、前記玉を周方向に間隔を有して保持する複数のポケットを有する外輪案内方式の保持器と、を備え、前記外輪の反カウンタボア側の内周面に外輪案内面が形成されたアンギュラ玉軸受であって、
前記保持器は、
前記外輪案内面に摺接可能な保持器案内面と、
前記保持器案内面よりも軸方向中央で円周方向に形成され、前記保持器案内面よりも小径な逃し面と、
を有し、
前記逃し面の前記保持器案内面側の端部は、軸方向に関して、前記外輪の前記外輪軌道面と前記外輪案内面との境界となるエッジ部と、前記ポケットの前記反カウンタボア側のポケット軸方向端部との間における、前記ポケット軸方向端部よりも軸方向内側に配置されるアンギュラ玉軸受。
前記逃し面の前記保持器案内面側の端部は、軸方向断面において、保持器半径方向外側へ向けた直線部を介して前記保持器案内面と接続される請求項1に記載のアンギュラ玉軸受。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
<第1構成例>
図1は本発明の実施形態を説明するための図で、アンギュラ玉軸受の一部断面図である。ここで説明するアンギュラ玉軸受は、工作機械の主軸等、高速回転する装置に用いられる一般的な転がり軸受であるが、これに限らず、他の構成のアンギュラ玉軸受であってもよい。
【0010】
アンギュラ玉軸受100は、内周面に外輪軌道面11を有する外輪13と、外周面に内輪軌道面15を有する内輪17と、複数の玉(転動体)19と、複数のポケット21を有する保持器23と、を備える。
【0011】
図2は
図1の要部拡大断面図である。
複数の玉19は、外輪軌道面11及び内輪軌道面15との間に接触角αを有して転動自在に配置される。保持器23は、内輪17と外輪13との間に配置され、保持器外径面には周方向に間隔を有して複数のポケット21が形成される。それぞれのポケット21には、玉19が転動自在に保持される。
【0012】
図3は
図2に示す保持器全体の外観斜視図である。
保持器23は、保持器外径面の軸方向両端に、径方向外側へ突出する環状の被案内部24,25が形成される。ここで、被案内部24,25とは、外輪案内面29によって案内され得る保持器23側の案内面を意味する。本構成のアンギュラ玉軸受100は、保持器23の軸方向一端側(
図1における左側)の被案内部24における保持器案内面27が、外輪13の反カウンタボア側の外輪案内面29に摺接して案内される外輪案内方式である。なお、本構成ではアンギュラ型の軸受であるため、実際に保持器23が外輪13に案内されるのは、片側の被案内部24のみとなる。しかし、図示例の保持器23は軸対象形状であり、被案内部24,25は互いに等価であるため、ここでは、いずれの被案内部24,25も「被案内部」と呼称する。
【0013】
保持器23は、合成樹脂を含む材料を用いた射出成形品である。保持器23に使用可能な合成樹脂としては、例えば、PPS(ポリフェニレンサルファイド)、PPS−CF(カーボン繊維強化ポリフェニレンサルファイド)等が挙げられる。その他にも、母材として、PA(ポリアミド)、PAI(ポリアミドイミド)、熱可塑性ポリイミド、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)が利用可能で、強化繊維として、カーボン繊維、ガラス繊維、アラミド繊維等の有機繊維が利用可能である。
【0014】
本構成においては、一方の被案内部24が必須の構成であり、他方の被案内部25は後述する構成例のように省略されていてもよい。
【0015】
図4(A)は
図3に示す保持器の断面図、(B)は
図3に示す保持器の要部正面図である。なお、
図4(A)は
図4(B)のIV−IV断面図を示している。また、
図5は保持器の保持器外径面及び外輪の一部断面拡大斜視図である。
【0016】
一般に、軸受内に配置された保持器23は、保持器案内面27と外輪案内面29(
図2参照)との間の案内すきまと、ポケットすきまとの範囲で移動自在となる。そのため、外輪案内方式のアンギュラ玉軸受においては、外輪13の外輪案内面29と外輪軌道面11との境界のエッジ部33(
図2参照)に、保持器23が接触することがある。保持器23がエッジ部33に接触すると、保持器23はエッジ部33との接触部分から摩耗が進行する。そこで、本構成の保持器23は、エッジ部33と接触しないように、外輪13のエッジ部33との対面領域に、径方向内側に窪む逃し面(本構成例ではエッジ逃し溝35)を設けてある。
【0017】
エッジ逃し溝35は、保持器外径面において、保持器案内面27よりも軸方向中央側で円周方向に形成される。このエッジ逃し溝35は、保持器案内面27よりも小さな外径となって環状に形成される。つまり、エッジ逃し溝35は、被案内部24と被案内部25との間で、保持器案内面27の径方向高さから一段低く形成される。この段差によって、保持器23が傾斜した場合でも、エッジ部33が保持器23に接触することがなくなり、エッジ部33との接触による保持器23の摩耗を未然に防止できる。本構成において、保持器23は、エッジ逃し溝35を溝幅方向(
図4(B)の左右方向)に二等分する仮想線37を境に、
図4(B)において左右対称形状となる。
【0018】
保持器23は、保持器案内面27とエッジ逃し溝35との間に、円周方向に延在する周方向段部38が形成される。周方向段部38は、保持器案内面27から、保持器案内面27よりも低いエッジ逃し溝35に落ち込む段差であり、エッジ逃し溝35の両端部に形成される。周方向段部38は、保持器の軸方向断面において、保持器半径方向外側へ向けた直線部を介して保持器案内面27と接続される面である。図示例では垂直壁面であるが、断面が直線状であれば傾斜した面(円錐面)であってもよい。エッジ逃し溝35の溝底面からの周方向段部38の立ち上がり角度は、例えば90°±10°、好ましくは90°±5°、更に好ましくは90°±3°の範囲であればよい。
【0019】
本構成のアンギュラ玉軸受100は、周方向段部38が、外輪軌道面11と外輪案内面29との境界となるエッジ部33と、ポケット21の反カウンタボア側の軸方向端(ポケット軸
方向端部P)との間の領域A(
図4(B)参照)に配置される。つまり、周方向段部38は、エッジ部33よりも反カウンタボア側の軸方向外側で、且つ、ポケット軸
方向端部Pよりも軸方向内側に配置される(L>0)。
【0020】
これにより、外輪13のエッジ部33は、保持器23のエッジ逃し溝35の対面位置に配置され、保持器23が傾斜しても、エッジ部33と保持器23との接触が防止される。
【0021】
次に、上記した構成の作用を説明する。
図6は外輪13にグリースが付着するまでのグリース移動の様子を示す作用説明図である。
アンギュラ玉軸受100をグリース潤滑で使用する際には、初期に慣らし運転を実施する。慣らし運転は、初期に封入したグリースが軸受内部から排出される所定の位置へ移動することによって完了する。
【0022】
この慣らし運転では、まず、保持器23がM方向(
図5参照)に回転すると、矢印45に示すように、保持器内径部のグリースが保持器23の軸方向端部から直接外部へ排出される。また、グリースは、矢印47に示すように、玉19に接触、若しくはポケット内径面に沿って保持器外径側へ移動し、遠心力で外輪内径面に付着する。軸受内のグリースは玉19を中心として、カウンタボア側と反カウンタボア側でほとんど交わらない。
カウンタボア側のグリースは、滞留位置53へ留まる。一方、反カウンタボア側のグリースは、滞留位置49に付着するが、従来構造の場合、滞留位置49のグリースは軸方向外側へ移動する力が働かず、矢印47から矢印51の流れを繰り返す。
【0023】
図7は
図6の一部を拡大した説明図である。
本構成のアンギュラ玉軸受100では、前述したように、エッジ逃し溝35と保持器案内面27との間の周方向段部38が、外輪13のエッジ部33と、保持器23のポケット軸
方向端部Pとの間の領域Aに配置される。従来構造のように、周方向段部38が、ポケット軸
方向端部Pよりも反カウンタボア側の軸方向端側に形成された場合には、エッジ逃し溝35に付着したグリースは、エッジ逃し溝35と玉19とに付着しながら殆どが円周方向に移動し、軸方向端へ排出されにくくなる。
【0024】
一方、本構成のアンギュラ玉軸受100は、周方向段部38が、ポケット軸
方向端部Pよりも軸方向中央に向けて張り出して配置される。このため、ポケット縁の保持器案内面27と同じ径の部分から排出されたグリースは、直接外輪案内面29と保持器案内面27の間に入り、これらの相対運動によるせん断により軸方向端へ排出される。そして、周方向段部38が保持器半径方向に向けた断面直線状の面であることにより、エッジ逃し溝35に付着したグリースが、周方向段部38の表面に濡れ広がりやすくなる。しかも、グリースが周方向段部38に溜まりやすくなり、保持器回転による遠心力で、グリースが径方向外側に移動されやすくなる。これにより、例えば周方向段部38が円弧状である場合と比較して、グリースが、エッジ逃し溝35から周方向段部38を介して、保持器案内面27と外輪案内面29との間の案内すきまに入り込みやすくなる。よって、グリースの高い流動性が得られ、グリース排出がより活発となる。
【0025】
図8(A),(B)は外輪案内面29に付着したグリースが軸方向外側に排出されるまでの作用を説明する図で、(A)はアンギュラ玉軸受の一部断面図、(B)は外輪13に接するグリースが付着した保持器の要部正面図である。
滞留位置49のグリースは、外輪案内面29と保持器案内面27の間の狭い案内すきまに入り、保持器23と外輪13との相対運動によるせん断により、案内すきまから押し出されるように、軸方向外側へ排出される。
【0026】
このように、アンギュラ玉軸受100では、エッジ逃し溝35が保持器外径面に形成されている場合であっても、ポケット21から排出されたグリースの一部が直接案内面に入ることにより、一部のグリースが排出されるようになる。これにより、グリースが排出されないことによる攪拌抵抗の増大を防止し、発熱量の増大を抑制することが可能となる。
【0027】
したがって、本実施形態のアンギュラ玉軸受100によれば、グリースの案内面側からの排出性と、保持器外径面の耐摩耗性を向上させ、しかも、グリースの攪拌抵抗による発熱を低減し、軸受の寿命低下を抑制することができる。特にグリース潤滑でdmn値が80万(PCD(玉ピッチ円直径)×回転数)以上で使用される場合には、上記効果が顕著に得られる。
【0028】
また、保持器が軸方向に関して対称形状に形成されているため、軸受の組立時に保持器23の向きを意識する必要がなく、軸受の組立性を向上できる。
【0029】
次に、他の構成例を説明する。
<第2構成例>
図9(A)は第2構成例の保持器の一部断面図、(B)は(A)に示す保持器の要部正面図である。なお、
図9(A)は
図9(B)のIX−IX断面図を示している。
上記の保持器23は、エッジ逃し溝35を二分する仮想線37(
図4参照)を境に左右対称形状であったが、非対称な構成であってもよい。即ち、第2構成例の保持器23Aは、保持器外径面の軸方向一端のみに半径方向外側へ突出する被案内部24を有する。保持器外径面には、被案内部24に対し軸方向の反対側に、保持器案内面27よりも小さな外径のエッジ逃し面55が形成される。したがって、片側の保持器案内面27とエッジ逃し面55との間にのみ、周方向段部57が形成される。保持器23Aのこれ以外の構成は、前述の保持器23と同様である。
【0030】
本構成の保持器23Aによれば、保持器23Aをシンプルな構造にでき、保持器23Aの耐久性と生産性とを共に高めることができる。
【0031】
本構成の保持器23Aは、第1構成例の保持器23と同様に、周方向段部57の軸方向位置がポケット軸
方向端部Pよりも軸方向内側に配置される。これにより、上記同様に玉とポケット21とのすきま部分から掻き出されたグリースを、軸方向外側へより排出しやすくなる。
【0032】
なお、本作用は、グリース潤滑のみならず、オイルエア潤滑やジェット潤滑等でも同様の効果が見込まれる。
【0033】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【実施例】
【0034】
内径70mmのアンギュラ玉軸受(日本精工製 型番70BNR10H)において、グリース(日本精工製 MTEグリース)を軸受の空間容積の15%封入し、アンデロン測定機にて4000min
−1で2分間回転させた。その後、軸受を分解して保持器へのグリースの付着を観察することでグリースの排出性を確認した。試験に用いた保持器とその試験結果については、
図10に纏めて示している。また、試験実施前のグリース封入状態を
図11,
図12に示す。
図11は試験に用いた軸受の一部断面図で、
図12は
図11に示す軸受の一部側面図である。試験実施前に、シリンジ71の先端を内輪17の外周面と保持器23の内周面との間に向けて、シリンジ71からグリース73を吐出する。グリース73は、軸受の周方向に沿った玉19同士の間にそれぞれ供給され、保持器23の内径側のみに封入された状態となる。
【0035】
比較例1の保持器は、保持器外径部にエッジ逃し溝がない、現在、最も一般的に使用される保持器形状を有する。つまり、円筒状の保持器本体に、径方向に貫通する複数のポケットが形成された保持器である。
比較例2の保持器は、比較例1の保持器の保持器外周面に、円周方向に沿って環状のエッジ逃し溝を設けたもので、エッジ逃し溝の軸方向幅は、ポケット径より大きい。また、外輪のエッジ部は、エッジ逃し溝の軸方向領域内に配置されている。
実施例1の保持器は、比較例2の保持器におけるエッジ逃し溝の軸方向幅を更に狭くしたもので、エッジ逃し溝の軸方向幅が、ポケット径より小さくされている。つまり、エッジ逃し溝の反カウンタボア側の端部は、外輪のエッジ部と、ポケット軸
方向端部Pとの間に配置されている。
各保持器の材質は、カーボン繊維強化ポリフェニレンサルファイド(PPS−CF)である。
【0036】
比較例1の保持器では、ポケットから排出されたグリースが保持器外径面と外輪案内面で形成される案内すきまに入り、案内すきまに入ったグリースは、保持器と外輪との相対運動により、せん断されながら案内面側の軸方向端部から排出された。しかし、保持器が外輪の軌道面エッジと接触する構成であるため、軌道面のエッジ位置を発生起点とする摩耗は発生する可能性がある。
【0037】
比較例2の保持器では、保持器にグリースを封入して軸受を回転させると、グリースがポケットから径方向外側に排出される。しかし、試験後の保持器へのグリースの付着状態は、グリースが保持器案内部まで到達していなかった。これは、保持器外径面に移動したグリースに軸受の軸方向外側へ排出する力が働かないためであると考えられる。この状態で軸受を高速回転すると、グリースが軸受内部で循環し続け、攪拌抵抗による発熱及び案内面の潤滑不良によって、早期に軸受が損傷を受けるおそれがある。また、保持器の外径面の耐摩耗性は、グリースが摺動部に到達していなく、潤滑不良の状態であり、この状態で高速、もしくは長時間の回転させると早期に摩耗すると考えられる。
【0038】
実施例1の保持器では、保持器外径面に設けたエッジ逃し溝の軸方向幅が、ポケット径より小さい。そのため、エッジ逃し溝のない比較例1と同様に、ポケットから移動したグリースが、外輪案内面と保持器案内面との間の案内すきまに入り込み、案内すきま内で、せん断されながら軸方向外側に排出される。また、この構成ではエッジ部の接触がなく、案内面にグリースが到達し、潤滑状態も良好であることから、十分な耐摩耗性があると考えられる。
【0039】
実施例1と比較例1、2の各保持器は、いずれも軸方向に関して左右対称であるが、
図9に示すような非対称の段付きの保持器でも同様の結果が得られた。なお、
図10に示す○印は良品レベル、×印は通常の使用条件では問題ないが、使用条件が過酷になる場合に不良品となり得るレベルを表す。
【0040】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 外周面に内輪軌道面を有する内輪と、内周面に外輪軌道面を有する外輪と、前記内輪軌道面と前記外輪軌道面との間に配置される複数の玉と、前記玉を周方向に間隔を有して保持する複数のポケットを有する外輪案内方式の保持器と、を備え、前記外輪の反カウンタボア側の内周面に外輪案内面が形成されたアンギュラ玉軸受であって、
前記保持器は、
前記外輪案内面に摺接可能な保持器案内面と、
前記保持器案内面よりも軸方向中央で円周方向に形成され、前記保持器案内面よりも小径な逃し面と、
を有し、
前記逃し面の前記保持器案内面側の端部は、軸方向に関して、前記外輪の前記外輪軌道面と前記外輪案内面との境界となるエッジ部と、前記ポケットの反カウンタボア側のポケット軸
方向端部との間に配置されるアンギュラ玉軸受。
このアンギュラ玉軸受によれば、保持器の逃し面の端部が、外輪のエッジ部と、ポケットの反カウンタ側のポケット軸
方向端部との間に配置されるため、エッジ部が保持器に干渉することを防止できる。また、ポケットから排出されたグリースの一部が直接、外輪案内面と保持器案内面との間の案内すきまに入るため、そのグリースは、双方の相対運動によるせん断によって軸方向へ移動する。これにより、従来、軸受内部で循環を繰り返すことになるグリースが、軸方向端部から排出されやすくなる。
【0041】
(2) 前記逃し面の前記保持器案内面側の端部は、軸方向断面において、保持器半径方向外側へ向けた直線部を介して前記保持器案内面と接続される(1)に記載のアンギュラ玉軸受。
このアンギュラ玉軸受によれば、逃し面の端部が垂直面又は傾斜面からなる軸方向断面で直線部となる面を介して保持器案内面と接続されるため、グリースが円滑に軸受外に移動するようになる。
【0042】
(3) 前記保持器は、軸方向に関して対称形状に形成されている(1)又は(2)のアンギュラ玉軸受。
このアンギュラ玉軸受によれば、保持器外径面において、軸方向に関して対称形状となるため、軸受の組立時に保持器の向きを意識する必要がなく、軸受の組立性を向上できる。