(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
直線状の軸の周りに配置された複数本のロッド電極から成り、該複数本のロッド電極で囲まれる空間に導入された試料成分由来のイオンを該ロッド電極に印加される高周波電圧を含む電圧により形成される電場の作用で質量電荷比に応じて分離するイオン光学素子、を具備する質量分析装置において、
a)前記イオン光学素子が内部に配置される領域を画定する境界部材と、
b)前記複数本のロッド電極を保持する絶縁性材料から成るロッドホルダと、
c)前記境界部材に前記ロッドホルダを固定するための固定部材であって、前記境界部材に固定され、その上に前記ロッドホルダが載置されるホルダ保持台と、その両端部が前記ホルダ保持台にそれぞれ固定され、該両端部の間の部分と前記ホルダ保持台との間に前記ロッドホルダを挟み込んで該ロッドホルダを前記ホルダ保持台に押し付けるように該ホルダ保持台に取り付けられるホルダ押さえ部材と、から成る固定部材と、
d)前記ホルダ保持台と前記ロッドホルダとの接触面の少なくとも一部、前記ホルダ押さえ部材と前記ロッドホルダとの接触面の少なくとも一部、及び、前記ホルダ保持台と前記ホルダ押さえ部材との接触面の少なくとも一部に、それぞれ介挿される放熱促進部材と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC−MS)等に用いられる一般的な四重極型質量分析装置では、イオン源において試料ガス中に含まれる化合物からイオンを生成し、その生成された各種イオンを四重極マスフィルタで質量電荷比m/zに応じて分離し、その分離されたイオンをイオン検出器で検出する。四重極マスフィルタにおいて所定の質量電荷比範囲に亘る質量走査を繰り返すことで、質量電荷比とイオン強度との関係を示すマススペ
クトルを繰り返し取得することができる。
【0003】
四重極マスフィルタは一般に、外形が略円柱状である4本のロッド電極が直線状の中心軸の周りに互いに略平行に且つ中心軸の周りに同じ角度間隔(つまりは90°間隔)離して配置された構成を有する。質量電荷比に応じてイオンを分離する際には、中心軸を挟んで対向する2本のロッド電極に、正の直流電圧に高周波電圧を重畳した+(U+Vcosωt)なる電圧を印加し、他の2本のロッド電極に、負の直流電圧に先の高周波電圧とは位相が反転した電圧を重畳した−(U+Vcosωt)なる電圧を印加する。この直流電圧の電圧値Uと高周波電圧の振幅値Vとを目的の質量電荷比に応じた所定の値とすることで、その目的の質量電荷比を有するイオンを選択的に通過させることができる。
【0004】
高い効率で且つ高い選択性で以て目的とするイオンが四重極マスフィルタを通過するようにするには、4本のロッド電極を高い位置精度で以て配置する必要がある。一方で、そうした高い位置精度でロッド電極を配置するための組立作業の手間はできるだけ低減する必要がある。そのため、従来の装置では一般的に、4本のロッド電極をセラミックなどの絶縁材料から成るロッドホルダに形成された溝に嵌め込むことで、それらロッド電極の位置関係を定めることができるような構成が採られている(特許文献1、2参照)。
【0005】
図9は従来の四重極型質量分析装置においてロッド電極がロッドホルダに保持されている状態を示す平面図、
図10は
図9中のA−AA線断面図である。図示するように、4本のロッド電極50a〜50dは円環状のロッドホルダ51の内側の溝に嵌め込まれた状態で該ロッドホルダ51に固定される。この場合、ロッドホルダ51の内側の溝をその大きさ、形状、位置が中心軸Cの周りに正確に回転対称になるように設けることで、4本のロッド電極50a〜50dの相対位置関係を理想的な状態又はそれに近い状態にすることができる。
【0006】
しかしながら、こうした構成の四重極マスフィルタでは、上記特許文献にも開示されているように、ロッド電極50a〜50dに高周波電圧を印加するとロッドホルダ51の材料の誘電損失によって該ロッドホルダ51自体が発熱し、熱膨張によってロッド電極50a〜50d間の距離が変化してしまうという問題がある。ロッド電極50a〜50d間の距離が変化すると、通過させようとしているイオンと実際に通過するイオンとで質量電荷比にずれが生じたり、通過するイオンの質量電荷比の範囲が広がってしまったりする。即ち、ロッドホルダ51の発熱による熱膨張は質量精度や質量分解能の低下をもたらす。
【0007】
上記問題を解決するための最も簡単な方法は、ロッドホルダに熱膨張率が小さい材料を用いることである。しかしながら、一般に熱膨張率が小さい材料は高価であり、こうした材料を用いるとコスト増加に繋がる。また、そうした材料は必ずしも加工性等の他の特性がロッドホルダに適さない場合があり、熱膨張率が小さい材料を選択することが難しい場合もある。さらに、熱膨張率が小さい材料を用いたとしても、発熱による熱膨張を完全に無くすことはできないため、より高い精度や分解能が要求される場合には、材料の選択以外の対策も必要になる。
【0008】
一方、特許文献1には、バネで接続した一対の放熱板の間にロッドホルダを挟み込み、ロッドホルダに発生した熱を該ロッドホルダに接触した放熱板に逃がすことで放熱を促進させる構成の装置が開示されている。しかしながら、こうした構成は複雑であるとともに、ロッド電極のメンテナンス性も悪くなる。
【0009】
また特許文献2には、熱膨張によるロッドホルダの歪み量を検出し、それに応じて、各ロッド電極に印加する電圧を微調整することで質量ずれを軽減する技術が開示されている。しかしながら、こうした方法では、温度変化量や歪み量と電圧の調整量との関係を予め精度良く求めておく必要があり、そうした関係に変化が生じると質量ずれの補正が十分に行えないおそれがある。また、構成自体もかなり複雑になり、コストの大幅な増加が避けられない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のような問題は四重極マスフィルタを用いた質量分析装置に限るものではなく、高い位置精度で複数本のロッド電極を中心軸の周りに配置する必要がある構成のイオン光学素子、具体的には、それ自体で質量分離の機能を有するリニアイオントラップでも同様の問題がある。
【0012】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、四重極マスフィルタやリニアイオントラップを構成する複数本のロッド電極を保持するロッドホルダの発熱を低減して、その熱膨張に起因する質量精度や質量分解能の低下を軽減することができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係
る質量分析装置は、直線状の軸の周りに配置された複数本のロッド電極から成り、該複数本のロッド電極で囲まれる空間に導入された試料成分由来のイオンを該ロッド電極に印加される高周波電圧を含む電圧により形成される電場の作用で質量電荷比に応じて分離するイオン光学素子、を具備する質量分析装置において、
a)前記イオン光学素子が内部に配置される領域を画定する境界部材と、
b)前記複数本のロッド電極を保持する絶縁性材料から成るロッドホルダと、
c)前記境界部材に前記ロッドホルダを固定するための固定部材
であって、前記境界部材に固定され、その上に前記ロッドホルダが載置されるホルダ保持台と、その両端部が前記ホルダ保持台にそれぞれ固定され、該両端部の間の部分と前記ホルダ保持台との間に前記ロッドホルダを挟み込んで該ロッドホルダを前記ホルダ保持台に押し付けるように該ホルダ保持台に取り付けられるホルダ押さえ部材と、から成る固定部材と、
d)前記
ホルダ保持台と前記ロッドホルダとの接触面の少なくとも一部、
前記ホルダ押さえ部材と前記ロッドホルダとの接触面の少なくとも一部、及び、前記ホルダ保持台と前記ホルダ押さえ部材との接触面の少なくとも一部に、それぞれ介挿される放熱促進部材と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
本発明に係
る質量分析装置
の他の構成では
、前記固定部材と前記境界部材との接触面の少なくとも一部に介挿される放熱促進部材
をさらに備えること
ができる。
【0015】
本発
明に係る質量分析装置において、前記イオン光学素子は典型的には四重極マスフィルタ又はリニアイオントラップである。
【0016】
イオン光学素子が四重極マスフィルタである場合、本発明に係る質量分析装置は、シングルタイプの四重極型質量分析装置、コリジョンセルを挟んで前後に四重極マスフィルタを配置したトリプル四重極型質量分析装置、コリジョンセルの前段に四重極マスフィルタを、後段に飛行時間型質量分析器を配置した四重極−飛行時間型(Q−TOF型)質量分析装置などである。また、イオン光学素子がリニアイオントラップである場合、本発明に係る質量分析装置は、リニアイオントラップ型質量分析装置、リニアイオントラップで質量選別したイオンを該イオントラップ内で開裂させたあと、外部の飛行時間型質量分析器やフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析器などで質量分析するタイプの質量分析装置などである。
【0017】
本発明に係る質量分析装置において、イオン光学素子が内部に配置される領域を画定する境界部材とは例えば、真空ポンプにより真空排気される真空ハウジング、或いは該真空ハウジングの内部に配置され、その内部にイオン光学素子が収容される筒状等の形状の容器である。
【0018】
また本発明に係る質量分析装置において、放熱促進部材は典型的には、熱伝導性の高い材料が配合された又は熱伝導性の高い粉末が混合されたシート状、液体状、又はゲル状の部材である。具体的には、放熱シリコーンゴムから成るシート、熱伝導性両面粘着シリコーンテープ、放熱シリコーン接着剤、シリコーングリースなどのオイルコンパウンドなどが含まれる。
【0019】
分析時にロッド電極に高周波電圧を含む電圧(高周波電圧のみ、又は直流電圧に高周波電圧が重畳された電圧など)が印加されると、それにより形成される電場による誘電損失のために、例えばセラミック等から成るロッドホルダが発熱する。ロッドホルダで発生した熱の一部は該ロッドホルダに接触している固定部材に伝わり、固定部材から真空雰囲気中に輻射されたり、或いは固定部材から境界部材を介して外部に放出されたりする。一般に、ロッドホルダと固定部材とが互いに接触する面はそれぞれ平滑な状態となるように加工されるが、それでも各面にはごく微細な凹凸が存在するために両面の間には微細な隙間が多数形成され、それにより接触面の熱抵抗が無視できない程度に高くなる傾向にある。
【0020】
これに対し
本発明に係る質量分析装置では、固定部材とロッドホルダとの接触面の少なくとも一部に上述したような放熱促進部材が介挿されているため、放熱促進部材が固定部材とロッドホルダとの接触面における微細な隙間を埋め、両者の密着性が向上する。それによって、両者の間の熱抵抗が小さくなり、ロッドホルダから固定部材への熱の伝わりが良好になる。その結果として、固定部材からその周りの領域(通常は真空雰囲気)への熱の輻射や固定部材から境界部材への伝熱性が良好になり、ロッドホルダの放熱性を高めることができる。
【0022】
また
本発明に係る質量分析装置では、ロッドホルダで発生した熱の一部は該ロッドホルダに接触しているホルダ保持台に伝わり、ホルダ保持台から真空雰囲気中に輻射されたり、或いは境界部材を介して外部に放出されたりする。一方、ロッドホルダの熱の一部は該ロッドホルダに接触しているホルダ押さえ部材に一旦伝わり、ホルダ押さえ部材を経てホルダ保持台に伝わって、ホルダ保持台から真空雰囲気中に輻射されたり、或いは境界部材を介して外部に放出されたりする。
【0023】
後者の放熱経路は前者の放熱経路に比べてホルダ押さえ部材を経る分だけ熱抵抗が大きいため、それだけ放熱性に劣る。そのため、ロッドホルダの中でホルダ押さえ部材に接している又はホルダ押さえ部材に近い部分はホルダ保持部に接している又はホルダ保持部に近い部分に比べて温度が高くなる傾向にあり、これがロッドホルダの中での温度分布をもたらす。これに対し
本発明では、ロッドホルダとホルダ押さえ部材との接触面の少なくとも一部に放熱促進部材が介挿されているため、ロッドホルダからホルダ押さえ部材への熱伝導性が向上し、ロッドホルダからホルダ保持台へと効率良く熱を伝えることができるようになる。それにより、ロッドホルダからの放熱性が向上し、ロッドホルダの温度上昇を軽減することができる。また、上述したホルダ押さえ部材を通した放熱経路とホルダ押さえ部材を通さない放熱経路とによる放熱性の差を小さくすることができるので、ロッドホルダの中での部位による温度差を縮小することができる。
【0024】
また
本発明では、ホルダ保持台とホルダ押さえ部材との接触面の少なくとも一部にも放熱促進部材
が介挿
されているため、ホルダ押さえ部材とホルダ保持台との接触面の熱抵抗も小さくなるので、ホルダ押さえ部材を通したロッドホルダからホルダ保持台への熱の伝導性を一層向上させることができる。
【0025】
また本発明
の他の構成では、固定部材と境界部材との接触面の少なくとも一部に上述したような放熱促進部材が介挿されているため、放熱促進部材が固定部材と境界部材との接触面における微細な隙間を埋め、両者の密着性が向上する。それによって、両者の間の熱抵抗が小さくなり、ロッドホルダから固定部材へ伝わった熱が境界部材に逃げやすくなる。その結果として、ロッドホルダの放熱性を高めることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、ロッド電極を保持するロッドホルダからの放熱性が向上し、ロッドホルダの温度上昇を軽減することができる。それにより、ロッドホルダの熱膨張に起因する質量精度や質量分解能の低下を軽減することができる。また本発明によれば、ロッドホルダにも熱膨張率が或る程度大きな材料を用いることができるので、その材料の選択の幅を広げることができ、コスト削減を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係る質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例の質量分析装置の概略構成図である。この質量分析装置は、試料ガス中の成分を分析するシングルタイプの四重極型質量分析装置である。
【0029】
図1に示すように、真空ポンプ(図示せず)によって真空排気される真空ハウジング1には、電子イオン化法や化学イオン化法などによるイオン化を行うイオン源2が取り付けられ、該イオン源2において生成された試料成分由来のイオンが真空ハウジング1内に導入される。真空ハウジング1の内部には、イオンを収束させつつ輸送するイオンガイド3と、イオン光軸でもある中心軸Cの周りに配置された4本(但し
図1では 4本のうちの2本のみが見えている)のロッド電極50a〜50dを含む四重極マスフィルタユニット5と、イオンを検出するイオン検出器7と、イオンガイド3と四重極マスフィルタユニット5との間を仕切る隔壁を兼ね、イオンが通過する開口4aが形成されている入口レンズ4と、四重極マスフィルタユニット5とイオン検出器7との間を仕切る隔壁を兼ね、イオンが通過する開口6aが形成されている出口レンズ6と、が配置されている。即ち、本実施例では、真空ハウジング1の一部、入口レンズ4、及び出口レンズ6が本発明における境界部材に相当し、四重極マスフィルタユニット5は、この境界部材により確定される内部領域20に配置されている。なお、説明の便宜上、イオン光軸をZ軸方向とし、該Z軸に直交するX軸、Y軸を図示するように定めている。
【0030】
真空ハウジング1は導電体材料から成り、ここでは比較的安価であるアルミニウムが用いられている。また、入口レンズ4及び出口レンズ6も同じく導電体材料から成り、ここでは真空ハウジング1と同様にアルミニウムが用いられている。但し、これらの材料はこれに限らず、例えばステンレスなどを用いてもよい。
【0031】
図2は
図1中の四重極マスフィルタユニット5をイオン入射側(
図1では左方向)から見た状態の平面図、
図3は
図2に示した四重極マスフィルタユニット5の組立分解図、
図4は四重極マスフィルタユニット5においてロッド電極50a〜50d同士を接続するショートバネを示す概略図である。
【0032】
外形が略円柱状である4本のロッド電極50a〜50dはそれぞれ、略円環状で所定の厚さを有するロッドホルダ51の内側の溝に嵌め込まれた状態で、図示しないネジにより該ロッドホルダ51に固定されている。ロッドホルダ51はロッド電極50a〜50dの前端側と後端側とにそれぞれ1個ずつ設けられ、これにより、4本のロッド電極50a〜50dの相対的な位置関係は定まっている。2個のロッドホルダ51はそれぞれ、真空ハウジング1の底面上に取り付けられたホルダ保持台52の略半円状の凹部52aに載置される。即ち、ロッドホルダ51の略下半分はホルダ保持台52の凹部52aに収容される。ロッドホルダ51の略上半分は、ホルダ保持台52に2本のネジ56で固定される固定バンド53によって下方に、つまりホルダ保持台52の凹部52aに押し付けられるように固定される。これにより、4本のロッド電極50a〜50dの絶対的な位置が定まっている。
【0033】
四重極マスフィルタでは、中心軸Cを挟んで対向する2本のロッド電極に同じ電圧が印加され、中心軸Cの周りに隣接する2本のロッド電極には互いに異なる電圧が印加される。そこで本実施例の装置では、中心軸Cを挟んで対向する2本一組のロッド電極50a、50cとロッド電極50bと50dとはそれぞれ、
図4に示すように、本発明における接続部材に相当する2本のショートバネ54a、54bによって電気的に接続されている。ショートバネ54a、54bは弾性力によって各ロッド電極50a〜50dに密着するものである。この一方のショートバネ54aに図示しない電圧源より、直流電圧Uと高周波電圧Vcosωtとを重畳した電圧U+Vcosωtが印加され、他方のショートバネ54bに極性が反転した直流電圧−Uと位相が反転した高周波電圧−Vcosωtとを重畳した電圧−(U+Vcosωt)が印加される。
【0034】
4本のロッド電極50a〜50dは導電体から成り、例えばステンレスやモリブデンなどが用いられる。ロッドホルダ51は絶縁体から成り、適当なセラミックが用いられる。また、ホルダ保持台52は真空ハウジング1と同じ材料、例えばアルミニウムなどから成る。それ以外の部材については後述する。
【0035】
本実施例の質量分析装置における基本的な分析動作を簡単に説明する。
イオン源2は外部から導入された試料ガス中の成分をイオン化する。生成されたイオンはイオン源2から引き出されて真空ハウジング1内に導入され、イオンガイド3により収束されて入口レンズ4の開口4aを経て4本のロッド電極50a〜50dで囲まれる、Z軸方向に延在する分離空間に導入される。4本のロッド電極50a〜50dには、上述したようにショートバネ54a、54bを通して測定対象である目的イオンの質量電荷比に応じた直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧が印加される。その電圧により形成される四重極電場によって上記目的イオンのみが安定的に振動しつつ分離空間を通過する。一方、他のイオンは途中で発散する。こうして質量電荷比に応じて選択された目的イオンが分離空間を通り抜け、出口レンズ6の開口6aを経てイオン検出器7に到達する。イオン検出器7は到達したイオンの量に応じた信号強度の検出信号を出力する。
【0036】
上述したような分析の際に、4本のロッド電極50a〜50dには比較的大きな振幅の高周波電圧±Vcosωtが印加され、それによって強い高周波電場が分離空間に形成される。そのため、ロッドホルダ51の材料の誘電損失によってロッドホルダ51自体が発熱し、その熱膨張によって4本のロッド電極50a〜50の相対的な位置関係が変化する。また、ロッドホルダ51の熱がロッド電極50a〜50dに伝わり、ロッド電極50a〜50d自体が熱膨張によって変形して相互の距離が変化する場合もある。ロッド電極50a〜50の相対的な位置関係や距離が変化すると、四重極マスフィルタとしての特性、即ち、質量分解能や質量精度が低下するおそれがある。そこで、本実施例の質量分析装置では、ロッドホルダ51の発熱に起因するロッド電極50a〜50dの相対的な位置関係の変化や変形を軽減するために、種々の方策が採られている。その点について詳細に説明する。
【0037】
ロッドホルダ51の発熱を軽減するには、ロッドホルダ51の放熱性を高めればよい。ここで考えられる放熱経路は次の五つである。
(1)ロッドホルダ51→ホルダ保持台52→真空ハウジング1への熱伝導、及び、真空ハウジング1から外部への熱放出。
(2)ロッドホルダ51→固定バンド53→ホルダ保持台52→真空ハウジング1への熱伝導、及び、真空ハウジング1から外部への熱放出。
(3)ロッドホルダ51→固定バンド53への熱伝導、固定バンド→真空ハウジング1内の真空雰囲気への熱輻射、及び、真空ハウジング1から外部への熱放出。
(4)ロッドホルダ51→ロッド電極50a〜50d及びショートバネ54a、54bへの熱伝導、ロッド電極50a〜50d及びショートバネ54a、54b→真空ハウジング1内の真空雰囲気への熱輻射、並びに、真空ハウジング1から外部への熱放出。
(5)ロッドホルダ51→真空ハウジング1内の真空雰囲気への熱輻射、及び、真空ハウジング1から外部への熱放出。
【0038】
上記(3)、(4)、(5)ではいずれも真空ハウジング1内の真空雰囲気への熱輻射が放熱経路に含まれる。したがって、この熱輻射の効率を高めることで、(3)、(4)、(5)の放熱経路での放熱性を高めることができる。熱輻射の効率を低下させる大きな要因の一つは、四重極マスフィルタユニット5が配置される内部領域20に熱がこもってしまうことである。そこで本実施例の装置では、この熱輻射の効率が高くなるように、内部領域20を画定する真空ハウジング1の内壁面、並びに、入口レンズ4及び出口レンズ6にあって四重極マスフィルタユニット5に向いた面に、輻射率が高まるような表面処理加工が施されている。ここで、内部領域20を画定する真空ハウジング1の内壁面とは、底面、天面、側面(
図1では四重極マスフィルタユニット5の向こう側の面及び見えない手前側の面)である。
【0039】
本実施例の装置では上記表面処理加工として、黒ニッケルメッキ加工処理による被膜層10を真空ハウジング1の内壁面や入口レンズ4及び出口レンズ6の一部の面に形成している。よく知られているように黒色ニッケルメッキは反射防止や装飾を目的としてごく一般に利用されているメッキの一つであり、加工コストが比較的安価である。黒色ニッケルメッキによる被膜層10を形成すると表面が黒色になり、表面がアルミニウムの面である場合に比べて輻射率が向上する。輻射率が高いことは熱吸収率が高いことを意味する。これにより、ロッド電極50a〜50dや固定バンド53等から真空雰囲気へと輻射された熱が真空ハウジング1の内壁面や入口レンズ4、出口レンズ6に効率良く吸収され、四重極マスフィルタユニット5付近に熱がこもりにくくなる。その結果、上記(3)、(4)、(5)の放熱経路における放熱性を従来よりも高めることができる。
【0040】
なお、輻射率が高まるような表面処理加工は黒色ニッケルメッキに限らない。例えば上述したように真空ハウジング1がアルミニウム製である場合、黒色ニッケルメッキの代わりに通常のニッケルメッキでもよいし、アルマイト加工処理(好ましくは黒アルマイト加工処理)による被膜層を形成してもよい。或いは、カーボン被膜形成処理やセラミック溶射処理、さらにはそれ以外のメッキ加工処理、塗装又は塗布加工処理、溶射処理などによって、輻射率の改善が可能な被膜層を表面に形成してもよい。また、真空ハウジング1や入口レンズ4、出口レンズ6の材料とは異なる材料から成る被膜層を形成するのではなく、それら部材そのものの表面を化学的に又は物理的に削ることで凹凸を形成するようにしてもよい。また、各種の加工処理によって被膜層を形成するのではなく、真空ハウジング1の内壁面、入口レンズ4、及び出口レンズ6に、それら部材の材料に比べて輻射率が高い別の材料の薄板や薄箔を貼り付けたり、黒体テープを貼り付けたりしてもよい。こうしたものも、広い意味での表面処理加工の一つである。
【0041】
もちろん、上述したような輻射率を上げるための表面処理加工は、真空ハウジング1の内壁面、入口レンズ4、及び出口レンズ6の全てではなく、その一部にのみ行ってもよい。また、異なる種類の表面処理加工を組み合わせてもよい。なお、当然のことながら、入口レンズ4や出口レンズ6はそれぞれイオンを収束させる電場を形成するものであるので、そうした電場の形成に障害とならない範囲で表面処理加工を行う必要がある。
【0042】
上記(1)と(2)の放熱経路を比べれば分かるように、(2)では固定バンド53を経てロッドホルダ51からホルダ保持台52に熱が伝導するため(1)に比べて放熱効率が悪い。そのため、ロッドホルダ51の上部は下部に比べて温度上昇が大きくなる傾向にある。(2)の放熱経路における放熱効率を改善するには、固定バンド53自体の熱伝導性を向上させることが必要である。こうした固定バンド53の材料としては一般的にステンレスが用いられるが、ステンレスは熱伝導率が比較的低い。そこで、本実施例の装置では、固定バンド53の材料として、熱伝導率がステンレスに比べて高く且つ比較的安価であるリン青銅を用いている。
【0043】
上述したように固定バンド53はロッドホルダ51をホルダ保持台52に押し付けるように固定するものであり、適度なバネ性が必要である。固定バンド53のバネ性が低いと、ロッドホルダ51が熱膨張したときに外側に広がることが妨げられるため、熱による変形が内側、つまりはロッド電極50a〜50dを保持する部分に集中し、ロッド電極50a〜50dの相対位置のずれを大きくする。これに対し、固定バンド53が適度なバネ性を有していると、ロッドホルダ51が熱膨張したときに固定バンド53が延びてロッドホルダ51が外側に広がるため、ロッド電極50a〜50dの相対位置のずれが小さくて済む。但し、固定バンド53のバネ性が高すぎるとロッドホルダ51の固定が不安定になり、振動等によってロッド電極50a〜50dの絶対位置がずれるおそれがある。
【0044】
リン青銅はステンレスに比べて縦弾性係数が小さいため、ステンレス製の固定バンドと同程度のバネ性を得るために、固定バンド53の厚さを厚くしている。このように固定バンド53を厚くすると、薄い場合に比べて熱伝導性が高くなる。即ち、その材料自体の熱伝導率が高いだけでなく、厚さが厚いことでも熱伝導性を上げることができるので、上記(2)の放熱経路における放熱性を従来よりも高めることができる。
なお、リン青銅はステンレスに比べて錆が生じ易いため、その表面に金メッキ処理を行うことで錆の発生を防止するようにしている。もちろん、それ以外の防錆表面処理を行ってもよい。
【0045】
また、固定バンド53と同様にショートバネ54a、54bにもリン青銅を用い、その表面に金メッキ処理を施している。上述したようにロッドホルダ51の上部の温度が下部に比べて高い場合、ロッドホルダ51からの伝熱により上側のロッド電極50a、50dの温度は下側のロッド電極50b、50cよりも高くなる。ステンレスに比べて熱伝導性が高いリン青銅製のショートバネ54a、54bを用いることで、上側のロッド電極50a、50dの熱がショートバネ54a、54bを経て下側のロッド電極50b、50cに伝わり易くなるので、上側のロッド電極50a、50dと下側のロッド電極50b、50cとの温度差を低減することができる。それによって、ロッド電極50a〜50d自体の熱膨張による変形の片寄りを抑えることができる。
【0046】
また、上述したように固定バンド53及びショートバネ54a、54bは金メッキ表面処理が施されたリン青銅製であるが、さらにその表面に上記被膜層10と同様の、輻射率を上げるための表面処理加工による被膜層が形成されている。即ち、
図2中に示すように、固定バンド53は、金メッキ表面処理が施されたリン青銅製の主部材531の表面全体に、黒ニッケルメッキ加工処理による被膜層532が形成されている。図示しないが、ショートバネ54a、54bも同様である。
【0047】
このように固定バンド53及びショートバネ54a、54bの表面に被膜層532を設けることで、固定バンド53及びショートバネ54a、54bからその周囲の空間への熱輻射の効率が高くなる。即ち、固定バンド53、ショートバネ54a、54bをそれぞれ熱が伝わり易くなるだけでなく、その伝熱の途中経路での熱の放散も盛んになる。それにより、上記(3)、(4)の放熱経路における放熱性をさらに一層高めることができる。
【0048】
固定バンド53及びショートバネ54a、54bの表面に形成される被膜層532も黒ニッケルメッキ加工処理によるものに限らず、被膜層10と同様の他の様々な手法により形成されるものとすることができる。
【0049】
また、本実施例の装置では、間にロッドホルダ51を挟んで固定バンド53をホルダ保持台52に固定する際に、固定バンド53とロッドホルダ51との間、及び固定バンド53とホルダ保持台52との間に、本発明における放熱促進部材に相当する放熱性層55を介挿している。本実施例の装置では、放熱性層55として放熱シリコーンによる適宜の厚さの被膜層(シリコーンゴムシートやシリコーンテープなど)を用いているが、これに限らず、放熱シリコーン接着剤や放熱グリス(オイルコンパウンド)などの塗布層でもよい。
【0050】
固定バンド53やロッドホルダ51、ホルダ保持台52において互いに接触する面は平滑になるように(凹凸ができるだけないように)加工されているが、それでもごく微細な凹凸が残ることは避けられない。そのため、固定バンド53とロッドホルダ51とを、固定バンド53とホルダ保持台52とを、或いは、ロッドホルダ51とホルダ保持台52とを、直接接触させた場合、両者の接触面にはごく微細なレベルでの隙間が生じ、その隙間が一種の熱抵抗となる。これに対し、それらの面の間に放熱性層55を設けることで、そうしたごく微細なレベルでの隙間が埋まり伝熱性が高まる。さらにまた、放熱シリコーンや放熱グリスはそれ自体に熱伝導性の高い成分や粒子が含まれている。それにより、ロッドホルダ51から固定バンド53への伝熱性、及び、固定バンド53からホルダ保持台52への伝熱性が高まり、上記(2)、(3)の放熱経路における放熱性をさらに一層高めることができる。
【0051】
上述したように本実施例の装置では、上記(1)〜(5)の放熱経路での放熱性を高めるような幾つかの構成上の工夫を行うことで、ロッドホルダ51やロッド電極50a〜50dの温度上昇を軽減することができる。もちろん、上述した全ての構成上の工夫を盛り込むのではなく、その一部のみを用いても従来装置に比べればロッドホルダ51やロッド電極50a〜50dの温度上昇を軽減することができる。
【0052】
なお、上記実施例の質量分析装置では、真空ハウジング1の内部に四重極マスフィルタユニット5が直接配置されていたが、特許文献3に記載の装置のように、四重極マスフィルタユニット5が筒状の容器内に取り付けられた状態で真空ハウジング1内に配置される構成が採られる場合もある。
図5はこうした構成が採られる場合の四重極型質量分析装置の要部の構成図である。
【0053】
この構成では、入口開口57a、出口開口57bが形成されている容器57の内側に内部領域20が形成され、この内部領域20に四重極マスフィルタユニット5が配置される。ここでは、容器57が本発明における境界部材に相当する。この構成では、内部領域20を画定する容器57の内壁面に黒ニッケルメッキ加工処理による被膜層10を形成したり、或いは、そのほかの上述の輻射率が高まる表面処理加工を施したりすればよい。これにより、容器57を介した真空ハウジング1への放熱経路の放熱効率を高めることができる。
【0054】
また、上記実施例では、薄板状の固定バンド53でロッドホルダ51をホルダ保持台52に固定していたが、ロッドホルダ51をホルダ保持台52に固定する固定部材としては種々の形態があり得る。例えば、
図6に示すように、ホルダ保持台52の凹部52aと同様の凹部58aが形成されている固定ブロック58をネジ59でホルダ保持台52に固定するようにしてもよい。この場合にも、固定ブロック58をリン青銅からなるものとし、その表面に防錆加工として金メッキ薄膜層を形成する。そして、さらにその上に黒ニッケルメッキ加工処理による被膜層を形成するとよい。また、固定ブロック58とロッドホルダ51との間に放熱性層55を介挿すればよい。
【0055】
上述したように、適切なバネ性を持たせてロッドホルダ51をホルダ保持台52に固定するにはブロック形状よりもバンド形状のほうが好ましいものの、固定ブロック58を採用する場合においても、固定ブロック58の表面に輻射率を上げるための表面処理加工を施すことで、上記(3)、(4)の放熱経路における放熱性を高めることができる。また、固定ブロック58とロッドホルダ51との間に放熱性層55を介挿することで、上記(2)、(3)の放熱経路における放熱性を高めることができる。
【0056】
また、
図2、
図6に示した例では、固定バンド53又は固定ブロック58とロッドホルダ51との間、及び、固定バンド53又は固定ブロック58とホルダ保持台52との間に放熱性層55を形成していたが、
図7に示す変形例のように、ホルダ保持台52とロッドホルダ51との間に放熱性層60を介挿してもよい。
【0057】
さらにまた、
図8に示す変形例のように、ホルダ保持台52と真空ハウジング1の内底面(又は
図5に示した容器57の内底面)との間に放熱性層61を介挿してもよい。
【0058】
また、上記実施例は本発明をシングルタイプの四重極型質量分析装置に適用した例であるが、四重極マスフィルタを使用した他のタイプの質量分析装置、具体的には、トリプル四重極型質量分析装置や四重極−飛行時間型質量分析装置に本発明を適用できることは明らかである。
【0059】
また、四重極マスフィルタではなく、四重極マスフィルタに類似したロッド電極構造であってイオンを質量電荷比に応じて分離する機能を有するリニアイオントラップを備えた質量分析装置にも本発明を適用することができる。こうしたリニアイオントラップでは、4本のロッド電極で囲まれる捕捉空間にイオンを一旦閉じ込め、そのあとに4本のロッド電極に目的イオンの質量電荷比に応じた高周波電圧を印加することで、閉じ込めていたイオンの一部を励振させて捕捉空間から外部へと放出する。そのため、ロッド電極を保持するロッドホルダが誘電損失によって発熱しロッド電極の相対位置関係が変化すると、捕捉空間から放出されるイオンの質量電荷比にずれが生じたりその質量電荷比幅が変化したりする。こうした質量分析装置に本発明を適用することで、ロッド電極の相対位置関係の変化を軽減することができ、捕捉空間から放出されるイオンの質量精度や質量分解能を高めることができる。
【0060】
さらにまた、上記の実施例や変形例は本発明の一例であるから、本発明の趣旨の範囲でさらに適宜、変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。